午前5時。 日曜日のこんな朝早くに、惣流家のリビングでは大騒ぎになっていたの。 姿を消した私の置手紙のためだったわ。 「先輩。どうしてそんなに悠然としているんですか!警察に電話を」 「そんなに大騒ぎしなくても…」 「キョウコさん、なんと言っても女の子ですから」 「あなた。あなたも心当たりを。ほら、シンジ、どこかアスカの行きそうな場所は」 「いや…それは…」 「あら、私は知ってるわよ」 「先輩!」 その場にいた人の中でただ一人、ソファーに座って紅茶を飲んでいたママがいとも簡単に言ってのけたの。 「どこですか?アスカはどこに?」 たどたどしいけど、懐かしいシンジの声。 「そうね、こっちから探しにいかなくても、そろそろ…」 「えっ?」 そろそろ、出番ね。 いくわよっ!アスカっ!
「じゃっじゃぁ〜んっ!」
私はバスルームから、華麗に登場したわ! ずずずず…。 リビングにはママが紅茶を飲んでいる音だけがしている。 他の3人は呆然と私を見つめていたわ。 「おはようございます、リツコおば様」 「あ、おはよう…アスカ」 「お久しぶりです!ゲンドウおじ様!」 「あ、う、うむ…」 「なぁんだ、ちゃんと身体あるじゃない、馬鹿シンジ!」 「アスカっ!」 「はい。ご挨拶が終わったら、みなさんお座りになって。紅茶淹れますから」 「先輩!騙したんですか?アスカに全部話してたんですか?」 「いいえ、全然。さあ、座って」 ママは碇家の3人を座らせると、キッチンに向かった。 私は3人の向かい側にドスンと座って、満面の笑みを浮かべて3人を見渡したわ。 中でも凍りついたようなシンジの顔を。 シンジは生意気にも私から顔を背けたの。 く、くぅ〜!はん!いいわ!そんなことできるのも今のうちよ! ただ笑っている私に痺れを切らしたのか、おば様が口火を切ったわ。 「ねえ、アスカ。あなたはどこまで知ってるの?」 「全然。推理はしたけど、事実ってのはまったく知らないわ」 「推理って…。じゃ、キョウコ先輩からは」 「もちろん、何も聞いてないわ。 おば様、私を甘く見ないで。ミステリー、好きなんだから。 そりゃあ、おば様みたいに天才少女科学者じゃないけど。 でも、危うくみんなのお芝居に乗せられるところだったわ。 だって、おば様のお話凄く巧かったんだもん。 自分の部屋で散々泣いて、泣きつかれたときに気が付いたの」 「あら、私、どこか間違えたかしら」 「ほら、私が返事に困って、おば様を質問攻めにしたでしょ。 あの時、おば様はレイと…シンジの心とアメリカを出るときから話してないって言ったわ」 「そ、そうね。そう言ったわ」 「じゃ、どうして京都と神戸でシンジが変心しなかったことを知っていたの? あの時、ママも初耳だって、結構力を入れて言ってくれたし」 「さすがはアスカね。よく気が付いてくれたわ」 紅茶を用意してきたママが、カップを配りながら私に微笑みかけた。 「だって、私、ママにそのことを喋った覚えがあるもん。 娘を15年もしてると、天然でボケてるのと、わざとボケてるのとの違いくらいわかるわ」 「はあ…、そうだったの。キョウコ先輩。約束が違いますよ」 リツコおば様に責められても、ママは平然と笑ってた。 「あら、私はアスカに何も教えなかったわよ。度忘れしてただけ。 ま、それに私はこの計画には最初から反対だったでしょ。リツコ、あなただって」 「わ、私は…」 リツコおば様は、ため息をついて紅茶を啜った。 「そうね。まあ、もともと計画に無理があったから」 「母さん」 「あら、ごめんなさい、シンジ。 でもずっと言ってきたように、あなたにはアスカの気持ちがわかってないわ。 シナリオ通りに進んでくれるほど、アスカの愛情は軽くはないの。ね、アスカ?」 ぼふっ! こんなに気軽に言ってくれると、て、照れるわね。 そりゃあ、シンジが大好きだから、仕掛けがわかったんだから。 「で、アスカ。教えてくれる?それがきっかけとして、何がわかったの?」 リツコおば様はもう好奇心でいっぱいだった。 どうやらおば様はもともと私の側に立っていてくれてたみたいね。ありがと、おば様! 「そうね、そこがおかしいって気づいてしまうと、今回の要求自体がおかしいの。 だって、シンジが私にあんな要求するわけないもん。 シンジなら私にそんなつらい選択をさせる前に自分から姿を消してるわ」 シンジがこっちを向いて口を開こうとしたけど、私は手で止めたの。 「待って、もう少し話をさせて。 まあそのシナリオのように、消える前にもう一度だけ私に会いたいって設定はわかるけど、 それならシンジであることは隠して、レイとして私に接するはず。 だって消えることがわかってるのに、わざわざ私に期待を持たせてどん底へ突き落とすようなこと、 私の大好きなシンジがするわけないもの。 つまり、シンジはわざと私の前に出てきて私にその存在を消させるように仕向けた。 ということは、考えられるのは2つくらいかな。 他に好きな女性ができたので、私から逃げようと考えた」 私はシンジをじろりと睨んだわ。 でもシンジの表情は変わらなかったの。無表情のまま。 「でもこの答はありえない。だってそんな計画におば様が参加するはずないし、 シンジは私以外の女の子には見向きもしない…そうよね!馬鹿シンジ!」 う〜ん、ここで力を入れないといけないのが、二人の仲が磐石じゃないってとこね。 ここは澄まして語らないといけないところだわ。 「となれば、残った答はひとつ。私にシンジをあきらめさせようとしているってことね。 レイという存在を巧く利用して、私にレイとシンジのどちらかを選ばせる。 これはよく考えたわね。私の性格を熟知しているわ。 私がシンジを選んで、レイを消すなんてするわけないもの。 何がどうなってんのか、全然わからなかったけど、 レイとは別個にシンジの身体があるってことはピンときたわ。 ということは、私にあきらめさせようと思うほど、怪我が重いってことよね。 見たところ、最悪の予想より、全然大丈夫みたいだけど。 私はね、アンタが脳髄だけになってても愛してるわよ! まったく、くだらないこと考えるんだから。ホント、馬鹿シンジ。 そこまではいいとして、私がレイを選んだ後、どうするかって考えなかったの?」 「ほらね、だから私もそこが甘いって言ったでしょ」 「ああ、だが、そのために、キョウコくんに協力を」 「あのね、おじ様。ママがず〜と私に付いてることなんかできないの。 自殺しようと思ったらいくらでも方法はあるわ。 もし私がからくりに気づいてなかったら、今ごろあの世に旅立ってるわよ。 それから騙されたことを知って、みんなに悪霊として祟ってるわね。うん。 シンジの分まで強く生きるなんて、はん!いかにも男の考えそうな独り善がりね」 腕組みして力説する私の言葉に、ママとリツコおば様がうんうんと肯いてる。 「まあ、そういうことで、とにかく細かい所はわからないけど、 私を罠に嵌めようとしたことだけはわかったの。 だから、姿を消すことで当事者を引っ張り出そうとしたわけ」 「なるほど。でももっと大騒ぎになってたら?警察とか」 「大丈夫。ママに置手紙で教えておいたから。ね、ママ」 「ええ、あまりに簡単な暗号だったから。みんなに手紙をじっくり読まれないように苦労したわ」 「簡単すぎた?」 「小学生レベルね。文章の最初の一文字を使うなんて…。 リツコに気付かれてないか不安だったわ」 「はぁ…そうだったの。無様ね、その程度の暗号を見逃したなんて」 「アスカがあんな幼稚な文章書くはずないでしょ。一読してすぐわかったわ。 私は専業主婦で読書や映画を楽しむ時間はたっぷりあるんですから。 “スベテリョウカイ ゴジ リビング”。アスカ、もうちょっと文章を考えなさい」 「だって時間がなかったから。でも、ママありがとう。みんな集めてくれて」 「いえいえ、可愛い娘の頼みですから」 「さてと、じゃ真実ってのを教えてもらいましょうか。脚色なしの真実をね」 「仕方がないわね。シンジ、私が話すわよ。ほら、あきらめなさい。 あなたがどんなにがんばっても、アスカの愛情には負けるのよ。 ね、アスカ。けっこうショッキングな話だし、本当に秘密の話もあるから絶対に他言しては駄目よ」 「わかったわ。約束する」 「そうね、あの事故のときから話した方がいいわね」
爆発自体は小規模なものだった。 しかし、近くにいたシンジは爆風をもろに浴び、重傷を負った。 両手両足切断。顔の下部の損失。脳髄と内臓にほとんど損傷がなかったのが、奇蹟といえた。 ただ、一般の手術で命を取り留めることは困難なことは一目瞭然だった。 そこでゲンドウとリツコは爆発の責任を問わないことを条件に、 秘密裏に開発していたクローン技術を応用することにしたのである。 あの鈴原にも使ったクローン技術による、手足の再生。 もちろん、すぐに再生できるわけがなく、延命処置と平行して行われることになったのだが、 その時、彼らがまったく予期していなかったことが起こった。 シンジの苦痛を和らがせるために使ったある装置の影響で、 別の部屋で眠っていた少女が覚醒したのだ。
「それが…レイ」 「そう。驚いたわ。永久に目覚めないと思っていた彼女が目を覚まして、 最初に喋ったのが『僕、どうなってるの?』だったから。 理屈はいまでもわからないわ。 ただその装置を使うと、シンジの精神はレイの肉体に宿るということだけはわかったの。 まあ、これは科学では立証できない、そう…親子の血のなせるわざということかもしれないわ」 「親子?それって…?」 わけがわからない私に、リツコおば様は苦笑して言葉を紡いだ。 「あのね、アスカ。驚かないでね。レイはシンジの母親にあたるの」 へ? レイがシンジの…って、じゃおば様は?いや、それよりもレイはシンジと同じ年齢じゃない。 わかんないよ。 「ふふ、鳩が豆鉄砲を食らった顔って、こういう顔なのね。 つまり、綾波レイは碇シンジの本当の母親である、碇ユイの完全なクローン人間なの」 「クローン…レイが!」 「そう、全世界で禁止されてるクローン人間。私が強引に作ったの。 シンジの母親のユイさんは、キョウコ先輩の親友で…碇ゲンドウ博士の愛妻だった」 私はママを見た。ママは優しく肯いて、そして暖かい手で私の手を包んでくれたの。 「当時15歳の私はこの人に憧れていた。ふふふ、こんな風采してるけど、けっこういい人なのよ。 でもこの人は奥さんに夢中でそんな小娘は眼中になかったわけ。 ところがユイ先輩はシンジの出産時に感染症であっけなく死んでしまったの。 この人の嘆きようは見ている方がつらいくらいだった。 その時、その15歳の小娘がとんでもないことをしてのけたのよ。 ユイさんの細胞を使ってクローンを…胎児を作ったわけ。自分の卵巣を使ってね。 この人の悲しみを和らげようとしたことでもあるけど、 本音を言うと身体を張って妻の座を狙ったってところね」 リツコおば様は淡々と話していた。 「キリスト教じゃ処女受胎は神様の降臨になるんでしょうけど、 生まれてきた子供は目を開けなかったの。 ちゃんと生きているんだけど、意識はなかった。 その上、アルピノで生まれてきたものだから、神の領域を汚した報いだと、関係者からは蔑まれたわ。 そしてその子は処置されそうになったんだけど、何とか延命治療で命は永らえることはできたのよね。 あの子も日本で病院に入れるわけにはいかなかったから。 名前を私たちとは全然違う名前にして、一人アメリカに残してきたわけなの。 だから、この人と私はあの研究所には頭が上がらなくて…、 アメリカに来いと言われれば行くしかなかったわけ。 まあ、今回のシンジの一件で貸し借りなしになったけど」 「じゃ…レイはおば様の実の子供じゃないですか」 「そうよ。遺伝子は私のものは欠片も入ってないけどね、レイは私がお腹を痛めて産んだ子供。 でも、シンジが…シンジの精神がレイの身体に入り込んだのは驚いたわ。 これが本当の親子なのかって、自分が情けなかった。 その上、装置を止めたときに、レイ自身の精神が覚醒したんだから。 私が言うのも変だけど、科学だけじゃ解明できないものがあるのよね。 ずっとシンジの母親をしてきたんだけど、何か悔しかったわ」 その時、おば様の隣に座っていたシンジがすっと手をおば様の肩に置いたの。 私…このとき、ああシンジだっ!と感じたの。 この優しさが私の好きなシンジなのよ。
そして、赤ん坊同様のレイを育てる一方で、シンジの再生計画が進んでいったんだけど、 どうしても越えられない壁があったの。 手足は激しい運動はできないけど、普通に動かせることができた。 でも、顔だけは…動かすことはできたけど、感情を表現することができなかったの。 私はシンジの顔を見つめた。 確かにシンジの顔。最後に会ったときには見当たらなかった、髭も薄く見える。 ホント、とんでもない技術だわ。 ただ…人形の顔。よくできた蝋人形の顔。 心は笑っていても、顔は笑えない。 怒ろうが、悲しもうが、無表情なまま。 シンジはそんな自分が嫌で私から遠ざかろうとしたわけ。 まあ、それだけ私のことを想ってくれていたってことは評価してあげるけど…。 それに私にも原因があったことにこのとき気付いたの。 シンジがそういう状態にあることなんか全然知らないものだから、 ビデオメールで何度も“シンジの笑顔が見たいよぉ”なんて送ったもんね。 その私の言葉がどれだけシンジの心を圧迫していったか…。 ごめんね、シンジ。
「ね、おば様」 私はおば様の耳元にあることを囁いた。 おば様はにやりと笑って、 「大丈夫よ。思う存分していいわ」 「ありがと。ね、シンジ。ちょっと立って」 「え…うん」 長い話の間、顔は無表情だったけど、 見るからに居たたまれないという雰囲気を全身から発していたシンジはゆっくりと立ち上がった。 私はソファーから離れて、シンジを手招きした。 「アスカ…これって、もしかして…」 「そうよ。アンタが一番したがったことをしてあげる」 「え…そんな…こんなところで…」 う〜ん、本当に言葉と顔がアンバランスね。 こんな顔で私の前に出たくなかった、シンジの気持ちはわかるわ。 「でも、その前に…」 ばしっ! 「わっ!」 もひとつ。ばしっ! 「痛い!」 駄目駄目2発じゃすまないんだから。 ばしっ!ばしっ! 「お、おい、止めた方が…」 「じゃ、あなたが代わってあげればいかがですか?」 「うむ…叩かれるのも、リハビリになるかもしれん」 手加減はしてるわよ! 本気で殴ってどうにかなっちゃったら大変だもん。 でも10発は叩かせてもらうわよっ! 家族ぐるみで、この私を騙したんだから。
「はぁ…はぁ…」 「いたたた…もう、いい?」 「駄目。こんなんじゃ許してあげないんだから。 一生償いはしてもらうからねっ!」 「アスカ、本当にいいの?こんな僕でも…」 「アンタ馬鹿ぁ!いい加減にしなさいよ。アンタ、すっごく幸せじゃないのっ! そんな大怪我したのに、こんなに動けるように治してもらえて…。 笑えないくらい何よ!アンタの笑顔は確かに魅力的だけど。 私は笑顔に惚れたわけじゃないからねっ!この馬鹿シンジっ!」 そして、私はシンジの唇にキスしたの。 血の味がしたってことは、口の中が切れちゃったのね。 ごめんね、シンジ。手加減がちょっと足りなかったみたい。
その後は和やかな雑談タイムになったわ。 私はシンジの隣に…というよりべたっと腕にくっついて甘えまくったの。 はん!ママが睨んでも怖くないもん。 そうそう…そのシンジの心がレイの身体に飛び込むことのできる装置は効果が20mくらいだったのね。 だから貸切のホテルでは使えなかったのよ。 でも、装置を抱えてシンジと私たちの後を追っかけていたおじ様の姿見てみたかったな。 それからシンジがこれまでどこにいたかというと…。 「地下室ぅ!そんなのアンタの家にあったの?」 「ええ、世間に秘密の実験が必要な場合もあったから。 結構大きな地下室なのよ。私たちそこで生活していたの」 生活って…そんな場所で2ヶ月以上…? そこで装置を使ってシンジを変心させていたわけ。 「まあ研究していれば暇なんかないし、キョウコ先輩が差し入れしてくれてたからね。 あ、アスカたちが学校に行ってる間は地上で日光浴もしてたわよ」 も、もぐら親子…。 研究していれば生活環境が気にならないなんて、やっぱりこの夫婦はマッドサイエンティストなのかも? シンジ、お願いだからアンタは親に似ないでね。 それから、おじ様がおば様にボコボコに叩かれたのよね。 どうしてかって? あの…さ。私の耳元で真面目な顔して小声で言ったのよ。 「アスカくん、子供は大丈夫だ。生殖器官は全く損傷を受けていないし、状態も万全で…」 真っ赤になって固まった私の様子で、状況を察知したおば様が往復ビンタの連打。 その様子を見ているシンジの表情は硬いままだけど、恥ずかしがってるのが私には何となくわかるわよ。 これって、愛の力、かな…?
で、これからのこと。 レイをどうするか…。 おば様以外は碇家で生活することを主張したわ。 リツコおば様はいまさら母親面できないって嫌がったけど、ママの一喝で渋々了承したわ。 わかってるわよ、おば様。 そんな顔してるけど、本心は嬉しいんでしょ。 もう、素直じゃないんだから! それにおば様が来たときのパーティーでレイって、自然におば様の面倒見てたんだよ。 気付いてた? 養子に出していた実子を引き取るってことで、苗字も綾波から碇に変えるんだって。 碇レイ…か。何かまだしっくりこないわね。そのうち慣れるかな。 シンジの方は、まだ学校生活は難しいだろうと、自宅で学習とリハビリ。 もちろん、担当者はこの私。 ビシビシいくからね!覚悟しなさいよ、馬鹿シンジ! もうどこにも逃がさないんだから。
お昼前にニコニコ笑いながらヒカリの家から戻ってきたレイは、初めて見るシンジに驚いていたわ。 もともと無表情だったレイだから、シンジの無表情は気にならないみたいだったけど…。 私にこっそりこんなことを言うのよ。 「ね、アスカ。今度アレ試してみたら。ほら、アスカ名物もみもみ。アレは効くわよ」 真剣な顔で囁くレイの髪の毛を私は両手でボサボサにかき乱してやったの。 「やだ。何するの、アスカ」 「うん、それいいね。今度してみるよ」 「もう…髪の毛ぐしゃぐしゃ…アスカも女の子なんだから… そんなに乱暴者じゃ、彼氏に嫌われちゃうわよ…何がおかしいの?」 おかしいわよ!2ヶ月前のレイじゃ信じられないような言葉じゃない。 そうよ!レイだってこんなになったんだから、私がシンジの表情を取り戻してあげるわ!
今日は聖ネルフ学園の創立100周年記念祭の日。 そう、私がシンボルガールに選ばれた、あの記念祭。 シンジにもチケット渡したから、ママたちと一緒に来るわ。 おじ様は…たぶん来ないでしょう。 いや、海外出張から帰ってきてるパパが無理矢理引きずってくるかも。 おじさん一人じゃ恥ずかしいから。 楽しみなのはね、リツコおば様がカヲルを紹介されたときにどんな顔をするかなの。 あのポーカーフェースのおば様が娘の彼氏に会えば、何て言うのかしら。 あ、そういえば、いつの間にかナルシスホモ改め渚のヤツを私はカヲルって呼ぶようになっていた。 きっとカヲルもシンジのリハビリを手伝ってくれるでしょうね。 まあ、どうせ本当の目的はレイに会うことになるんでしょうけど。 そうだわ、シンジがもっとよくなれば、ダブルデートもいいかも。
「ね、レイ。手をつなごうか」 「へ?やだ。女同士で気持ち悪い」 「うっさいわね!二人とも立派な彼氏がいるでしょうが!」 「でも…噂になるわ」 「はん!世間がどうだってんのよ!」 「強気ね、アスカは。私はカヲルさんに変に思われたくないわ」 「何言ってんのよ、カヲルはレイに夢中じゃない」 「カヲルさんを呼び捨てにしないで。私の恋人なのに」 「じゃ、アンタも呼び捨てにすればいいじゃない」 「できない…恥ずかしいから」 「ふん、今日はカヲルも来るんでしょ」 「来るわ。一緒に模擬店を回るの。たこ焼き、焼きそば、ホットドック、夢のようだわ」 「食べ過ぎないようにね」 「いいの。苦しくなったらカヲルさんに膝枕で介抱してもらうの」 「はは、いいわね。私はシンボルガールだから、公式行事ばっかりよ。つまんないな」 「へへ、残念でした」 「あぁ〜くそっ!走るわよ!レイ」 「えぇ〜、疲れるからやだ」 「うっさい!行くわよ!」 「あぁ〜っ!引っ張らないで!」 「アンタ、何よこの手!べたべたじゃない。何持ってたのよ!」 「おにぎり」 「もうっ!アンタ馬鹿ぁ!その癖止めなさいよっ!」
レイの手を握り締めて、私は走った。 この赤い瞳の娘に出会ってから色々な事があったわよね。 そうね、騙されて…哀しかったり、苦しかったりしたけど…。 レイと友達になれたことでよしとするわ。 シンジには悪いけど、あの事故が起こらなかったら、 今でもこの娘はずっと眠りつづけてたんだもん。 それに、シンジの笑顔だって、絶対私が取り戻してやるんだから! さあ、この坂を登りきったら、校門が見えるわ!
「早すぎるぅ〜」 「急ぎなさいよ、レイっ!」 「アスカ、元気すぎる。手はなして〜」 「うっさい、もっと走れっ!」 「あうぅ〜気持ち悪いよぉ」 「何言ってんの。私は……、すっごく、気持ちいいわっ!!」
第15話・最終回 「赤き瞳に愛をこめて」 −終−
「私が愛した赤い瞳」 完
<あとがき> ジュンです。 最終回になりました。ここまでお読みいただきありがとうございました。 前半が少し説明くさくなってしまいました。イタモノの書けないジュンのことですから、こういう幕切れは予想されていたことと思います。 おそらくシンジの笑顔は何年もかからずに戻ったものと、作者は確信しています。アスカ名物もみもみ攻撃では無理だと思いますが。 当初はアスカに研究者への道を歩ませて、シンジに笑顔のできる顔を作ってあげるという結末も考えたのですが、それでは意味がないと思い直しました。科学偏重になりすぎたのが、蝋人形マスクの欠陥なのではと私は考えています。 天才少女科学者赤木リツコの凄絶な恋物語という話も書けそうですが止めときましょう。だってアスカが出てこないもん。 では、次の作品でまたお目にかかりましょう。 2003.1/27 ジュン <注 釈> 説明が過ぎるので、物語中で書かなかったことを二三。 ※一度は作中に書きましたがあまりに冗漫になりましたのでオミットしてしまいました。 アスカのママが科学者を止めて専業主婦になったのは、リツコの処女受胎に手を貸した影響でしょう。その時自分のお腹の中にはアスカがいたわけですから、余計に人間の生命を創造する研究がいやになったのです。 計画発動に2年かかったのは、レイが一人でいろいろできるようになるのに時間がそれだけかかったということです。なにしろ最初ははいはいから始まるわけ(寝たきりでは筋肉が育ちません)ですから。それが2年間でここまでになったのは、碇ユイが天才だった+リツコが愛情を注いで教育した(母親ですから)ということでしょう。まあリツコの愛情表現ですから、多少歪んでる(&照れてる)のでレイがああなったのかもしれません。 同じく、レイが美味しいものに弱いのはその理由からです。リツコおば様が料理が苦手ということで離乳食からインスタントがほとんどだったと思います。その意味から、お肉を食べる頻度が少なかった+ご馳走にも耐性がない。そして、甘いものを大量に食べてしまうのも幼児に特有の症状ですね。 最後にシンジが実の母の事を知ったのは、身体が一応完成した後のことです。身体が治療中にそんな不安になるようなことを告げるわけはありませんからね。もちろんシンジ君のことですから、継母となったリツコおば様に母親として変わらぬ愛情を誓ったことでしょう。でもってその時にレイの正体を知ったわけですな。
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