赤ちゃんは何故『赤』なんだろう。 それは胎児が外界に出るときに、 母親の赤い血の海を潜ってくるからだと聞いたことがある。 だから、血塗れの身体を洗う必要があり、 そして、その状態から『赤』ちゃんと言われる。
赤い海の記憶
僕とアスカは、赤い海を拒否した。 生まれ変わることを。 新しい世界を。 苦しみや痛みのない世界を。 なぜなら、そこには人はいないから。 人が人たる所以。 各々の個性も感情もなく、ただ平穏に時が過ぎていくだけの世界。 碇シンジという物質だけではなく、感情もない世界。 じゃ、そこに存在するのは誰? いや、誰でもない。何が存在するのだろう。 ただ、安らぎだけの…赤い海に生かされているだけの、 そう…胎児に戻るだけじゃないのか? それもいいかもしれない。 誰にも邪魔にされず、誰にも傷つけられない。 素晴らしい世界。 いや、僕はそう思わない。 そこには碇シンジもいなければ…、 何より、そこには惣流・アスカ・ラングレーという名の、 生意気で寂しがり屋の女の子がいない。 僕はそんな世界には絶えられない。 アスカを知ってしまったから。 アスカという存在がこの世界にいることを知ってしまったから。 僕は赤い海にはいけない。 アスカが行こうとしても、絶対に引き止める。 そんなことをされるなら…、アスカを殺してやる…! 僕を置いてけぼりにして、一人で行くなら。 アスカを殺して、僕も…。
アンタ、馬鹿ぁ! どうしてこの私がアンタになんか殺されなきゃいけないのよ! はん!すぐ、生きるの死ぬのって。 大騒ぎしちゃってさ。 いい加減にしなさいよ、馬鹿シンジ。 私だってね、あんな気持の悪いところに行きたくはないわよ。 たとえママがあそこにいるとしてもね。 私は私よ。 惣流・アスカ・ラングレーなの! どこの馬の骨かわかんないヤツといっしょにされてたまるもんですか。 そんな風になるくらいなら、アンタとふたりぼっちで生きる方がまだましだわ。 ふん!もうこんなところにいたくないわ! ほら、さっさと私を連れて行ってよ。 仕方がないじゃない!歩けないんだもん。 アンタがおぶっていきなさいよ! いい?アンタが一生私の面倒を見るのよ。 さあ、早くおんぶしなさいよ。 このアスカ様がアンタ風情の背中に乗ってあげようてんだから、光栄に思いなさい!
アスカ、こんなに軽いんだ…。 もっと重いと思ってた。 イテッ!小突かないでよ。 重いって言われるより、よっぽどいいだろ。 どこに行こうか…。 自転車か何か見つけて…。 イテッ!そんなに何度も小突かないでって! はぁ…わかったよ。 おんぶしていくよ、ずっと…。 僕だって嫌な気持じゃないから…。 イテッ!耳に噛み付かないでよ! 無茶苦茶するよ、本当。
シンジ、知ってる? アンタの背中、凄く気持いいのよ。 これ、私の専用だからね。 誰にも貸してあげない。 でも、まだアンタにはこのことは教えてあげないわよ。 こうやって、隠すことができるから…楽しいの。 隠していた事を告白できるから…嬉しいの。 あんな赤い海にいたら、そんな楽しみまで奪われちゃう。 私は生きているんだから、アンタの背中でこうして生きてるんだからね。 いい?私より先に死んだら、許さないからね。
アスカ、もうそろそろ自分で歩いてみない? イテテ!首締めないでよ。 ここらあたりってどこなんだろ? 全然わかんないや。 え?どこでもいいって? はぁ…、また滅茶苦茶言ってる。 イテテ!足でお腹締めないでよ。 あれ?足動くんじゃないの? あ、ははっははははははははっはっはっはは! やめてよ!そんなに擽ったら、アスカ落ちちゃうよ。 げ!だ、だからって、そんなにくっつかなくてもいいじゃないか…。 そ、そりゃ、いやじゃないけど。 う、嬉しいよ。わかったよ、ちゃんと言えばいいんだろ。 碇シンジは惣流・アスカ・ラングレーをおんぶできて、本当に嬉しいです。 これでいい? うわ!な、何すんだよ! ごほうびのキスゥ?首筋に突然するんだもん。気持いいってより、びっくりするよ! い、いや、不満じゃなくて、びっくりし、あ、あ、あああ!
はん!これで満足? アンタの希望通り、唇にしっかりしてあげたわ! 鼻もつまんでないし、うがいだってする気はないから。 何よ!まだ足りないって言うの? その顔は、そういう顔よ!うるさい!私が決めたの。反抗するな。 んんんんんっ! はん!どう?え?まだ足りないって? アンタがこんなに助平だとは思わなかったわ。 うっさいわね!ぶつぶつ言うな! ぶつぶつ言う口はこれか! ちゅっちゅっちゅぅ〜っ! ど〜お、私のセカンド、サード、フォースキスの味は? 死ぬまで数えつづけてやるんだから。
アスカ? 寝ちゃったの? 静かになったと思ったら、眠っちゃったんだ。 どこまでいっても、瓦礫だけだ。 動物も、植物も、何もない。 僕とアスカがいるだけ。 この世界には、瓦礫と、赤い海と、僕と、アスカ。 他には何もない。 本当に何もないのかな? 先へ進めば、わかるよね。 でも…、 でも…、どうしてお腹がすかないんだろう。 喉が渇かないんだろう。 アスカを背負ってこんなに歩いているのに、どうして疲れないんだろう。 もしかして、僕は死んでいるのかな? この僕とアスカは、赤い海の中で見ている幻影なのかな? ははは、馬鹿なこと考えてるな、僕は。 もし、そうだったとしても、アスカがいるならそれでいいじゃないか。 アスカと一緒に行けるところまで行くんだ。
アスカ、好きだよ…。 シンジ、大好き。
シンジの考えていることなら、アスカにはすべてわかった。 アスカの考えていることも、シンジに筒抜けになる。 そのことに気付いたとき、二人は爆笑した。 でも困ることは何もなかった。 二人だけになってしまえば、隠すことがなくなってしまったからである。
やがて、シンジの背中から降りたアスカは、 シンジとしっかりと手を繋いで、瓦礫の中を歩き始めた。 どこまでも、ふたりぼっちで。
地球は赤い海を生命のスープとして再生したのだ。 赤い雨が降り、瓦礫が土に戻り、最初の植物が芽をふいたのは、 シンジがアスカを背負って歩いた日から、3000年後のことである。 いつの間にか海の色は青に戻り、小さな魚が泳ぐのが見えた。 そして、動物が地上に現れるには、さらに2000年を要するのだった。 だがいつまでたっても、地上を支配するような高等生物は生まれてくる気配がない。
何故なら、神様はとても忙しいのである。 女神様は繋いだ手を離すとご機嫌斜めになるし、余所見をすると膨れ面になる。 優しい神様は女神様の手を引いて、今日も地上を歩いていく。 神様にできることはただひとつ、女神様を歓ばせることだけ。 女神様にできることも、神様を慈しむことだけ。 森の動物たちはそんな神様を見るだけで幸せな気分になれた。 女神様は神様の首に縋りつきながら囁いた。
「ねえ、シンジ。神様って子供作っちゃいけないのかな?」 「そ、そんなこと、僕にわかるわけないじゃないか」 「あら、神様なのに知らないのぉ?」 「そ、それは、女神の担当だよ。きっと。多分。絶対」 「きったな〜い!逃げたなぁ、馬鹿シンジ!」
この二人の神にとって、時間という概念はないのだろう。 太陽が死ぬまで、あと何億年あるのかわからないが…。 この二人の神には、地上を制覇する生き物を産む気はさらさらない。 地球を征服していた人間が補完されることを望んで、赤い海に還ったのだから。 ならば、わざわざ制覇するような生き物が何のために必要になるのか? 使徒はいらない。 そして…、 世はすべてこともなし。
赤い海の記憶 −完−
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<あとがき>
いいのかこれで?アンタ等二人で幸せだったら、他人はど〜でもいいのか?
いえ。他人が静かな争いのない世界を望み赤い海に還ったのですから、これでいいのです。もし、誰も赤い海から帰ってこなかったら?それが大前提になってますから。そりゃあ、たとえ何人でも人間として戻ってきたら、シンジとアスカが彼らを抹殺するわけないですからね。
しかし、ガイアにとったら、最良の結末でしょう。
私はいやだけどね。
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