御守を買うのはどこがいいのだろうか。
 いやまずどんな御守にすべきか。
 飛行機に乗るのだから交通安全なのか、初めて親子の対面をするのだから家内安全なのか、
それともひっくるめて大願成就にしておくべきか。
 少年と少女はあれこれと考え、いっそのこと京都に行こうかと話は決まった。
 京都に行けば大きな神社やお寺がいたるところにあるのだから問題はなかろう。
 いや、御守を口実にアスカがデートをしたかっただけなのかもしれない。
 

遊 園 地 ・ 外伝
 

京からふたりは

ー 1978 12月 

 


 2008.12.24        ジュン

 
 





「でも、シンジ君もやるわね。学校を休んでまで来るなんて」

「ふふん、休むといっても終業式だけじゃない。それくらい軽い軽い」

「よく言うわ。聖ネルフ中等部高等部と皆勤賞のユイが」

「私とシンジは違うもの。私だったら…」

「私たちのアメリカ行きを無理矢理遅らせて自分が休まなくても済む様にする、よね」

「私、そんなことしないわよ。絶対」

「絶対、ね。この大嘘吐き」

 惣流キョウコは首を曲げて聞こえるように独り言を吐く。
 学生時代の碇ユイの悪行については知りすぎるほどに知っている。
 もっともそれを悪行と知るのは親友の彼女だけだったが。

「でもアスカちゃんの方はきちんと学校に行くのよね。終業式が終わってから空港へ。偉いものね。
通信簿をお父さんに見せて褒めてもらおう…じゃない喜んでもらおうって…アメリカにも通信簿はあるのかしらね」

「さあ?通信簿のことは知らないわ。ただ休むのが嫌いだって。私に似ずにね。明日の朝、シンジ君は一人寂しくお留守番」

「寂しく思ってるかどうだかね。あの子のことだからアスカちゃんの帰りをわくわくしながら待っているに違いないわ。
まだお子様だからね」

「お子様ね。母親が思っているほど子供じゃないと思うけど」

「本人が思っているほど大人でもない筈よ。あら、この服いいんじゃない?アメリカ人なんかに見劣りしないわよ」

「そうかしら?わっ、高すぎる。却下」

 ユイが手にしたコートを元のハンガーに戻し、キョウコは別のコートの値札を見る。
 そしてユイの耳元で囁く。

「やっぱり百貨店はやめましょ。もっと安いところで」

「ご愁傷様。日本人離れした体格してる人は百貨店しか相手にしてくれないの」

 毒づくユイは斜め少し上を見上げた。
 中等部で初めて出逢った時からの身長差12.5cmはついに縮まらなかった。
 自分も発育が悪い方ではない。
 158cmならば同年代の日本人女性の中では発育がよいと呼ばれてもおかしくないのだ。
 もっとも夫は180cmという日本人離れをした長身で、もはやユイは現在の碇家では一番背が低くなっている。
 そう、シンジもすでにユイの背を抜いていたのであった。



「くっやしいなぁ、ついに抜かれちゃった」

「はは、コンマ5cmじゃないか。それにアスカだってまだ伸びるんじゃないの?」

「伸びたいわよ。まだママに6cm足りないんだもの」

 惣流アスカは悔しそうな顔をした。
 母親たちを大阪へのショッピングに早々に追い出し、家事を済ませた彼女はシンジを伴って国鉄の駅に向かって歩いた。
 今日は雪が降るかもしれないと予報されていたので二人は充分に着込んでいる。
 
「で、そう言うアンタはどこまで伸びるつもり?聞くところによるとアンタのお父さんって化け物みたいに背が高いんだって?」

「化け物って…、まあ、確かに高いなぁ。180ちょっとあるらしいから」

「180!」

 アスカは目を剥いて驚く。
 この時代でも彼らの父親の年代となると180cmといえばスポーツ選手か俳優かと思うくらいに普通には見かけない身長だ。
 
「アスカのお父さんは?聞いてない?」

「正確には知らないけど、ママより5cmくらい高いって聞いた。多分、シンジのパパの方が高いわよ」

「父さんは高すぎるからなぁ。あそこまで高くならなくていいよ」

 碇シンジはのほほんとした調子で言う。
 
「まっ、あまり高くなりすぎちゃってもねぇ。どう?アンタのパパとママを並べると」

 アスカが悪戯っぽく瞳を輝かせて訊くと、シンジはここだけの話だと言い出す。
 母親は父親の肩の辺りまでしか背がないので、喧嘩をする時は大変なのだと。
 仲がよさそうなのに喧嘩なんてするの?とアスカが驚いた。
 するよ、一方的に母さんの方からとシンジは朗らかに笑った。
 背の高さから碇夫妻の喧嘩に話題は変わったが、二人は楽しい会話を交わす。
 やがて国鉄の駅に着くと券売機で切符を買うために手袋を脱ぐ。
 このまま電車に乗るので彼女は手袋をコートのポケットにしまいこんだ。
 切符の代金は割り勘だ。
 そうしないとアスカの機嫌が悪くなるので、シンジは自然とそうするように学習している。
 もっとも出会った頃とは違い、祖父からのお年玉やお小遣いという臨時収入があるのでアスカの懐具合はかなり改善していた。
 それでも新聞配達のアルバイトをやめないというところは偉いと、シンジは彼女を尊敬している。
 但し、そういう発言を彼が小学校6年生の時にした事が原因で、
アスカが新聞配達を辞めることができなくなってしまったことをシンジは知らない。
 知っているのは母親たちと彼女の祖父だけだ。
 因みにそのことを祖父の惣流トモロヲに教えたのはアスカ自身だった。
 孫娘からの手紙を読み、惚気おってと彼が喜んだのは当然である。
 トモロヲ本人がそういう行動を好んでいるからだ。
 引っ込みがつかなくなり頑固に自分の道を突き進むしかなくなるというのは惣流家の人間の遺伝なのだ。

 最終目的地は清水寺ということにしているが、大阪で阪急に乗り換えずそのまま国鉄で京都に行こうと決めている。
 アスカはさっさと切符を買うが、シンジはゆっくりとしていた。
 少し下がって彼の様子を窺っていると背後から大声が襲いかかってきた。

「おおっ、惣流やんけ!そいつかっ!噂の彼氏は!」

 中学生男子の声は大きい。
 声を上げたのは自転車に跨ったジャージ姿の男子で、そのまわりに同じように自転車に乗った数人の仲間が笑っている。
 周囲にいたおばさんたちもびっくりして誰に声をかけたのかきょろきょろしたほどだ。
 アスカは溜息を吐くと息を大きく吸い込んだ。
 何しろ相手はすぐ近くにおらず、改札から10mほど離れたところにいるのである。
 
「うっさいわね!それに彼氏じゃないわよ!婚約者!間違えないでもらいたいわっ!」

「おわっ、惣流が怒りよった!逃げんと何か投げてきよるで!」

 おどけるようにジャージを着た男子が叫び、「逃げろ!」と仲間たちも騒ぎながら走っていく。
 まったくもう…と肩をすくめたアスカは周りを見て少し頬を赤らめた。
 興味津々のおばさん連中が遠慮もなくアスカの事を見ているからだ。

「あんたが惣流さん?うちのヒロシが言うとったで。2年の金髪美人は婚約者がおるって。ホンマやってんねぇ」

 うちのヒロシとやらにはまったく見当がつかないアスカだったがこういう会話には慣れている。
 新聞配達で年上の人間とよく話をする事もあるし、元来彼女が住んでいる町自体が下町らしく近所付合いがいいためだ。

「ホンマ、です。これが、婚約者のシンジ。東京に住んでます。よく宣伝しておいてくださいね。ちゃんと実在するんだって」

 いきなり紹介されて困ったのはシンジである。
 彼は顔を真っ赤にして物凄い勢いでお辞儀をした。

「あら、可愛い。うちのヒロシとは比べもんにならんわ」

 やっぱり東京もんは礼儀正しいんかいなと他のおばさんも笑い出す。

「ありがとうございます!では、アタシたちこれからデートですから失礼します!」

「あ、し、失礼します!」

 爽やかに別れの挨拶をするアスカに倣って、シンジは上ずった声でおばさんたちにまたお辞儀をする。
 行っといで!などと手を振るおばさんたちを後にして二人は改札の中に入った。
 シンジは背中に汗をかいちゃったと言い、アスカはそんな彼の腕に縋りつく。
 ギャラリーを意識しての行動であった。
 小声でシンジにみんなが見てるからねと囁き、彼女はラッキーと心を躍らせた。
 狭い地下通路を潜ってホームに出ると吹きっ晒しである。
 ホームの中ほどまで進むとずっと黙り込んでいたシンジが唇を開いた。

「あ、あのさ、さっきの…ほら、自転車の。あれって…えっと…」

 その質問はただの好奇心だろうか。
 アスカはそんなことはない、と思いたかった。
 しかし、彼女には自信がない。
 自信がないからこそ、あんな馬鹿な提案をしてしまったのだ。

「ん、なに?婚約者としては知っておく必要があるってこと?偽者の婚約者でも一応?」

 そう言いながら、アスカはじっとシンジの表情を窺った。
 そこに怒りとか憤りとか悲しみみたいな物が浮かんでくれればいいと願いながら。
 しかし、シンジは薄く笑っただけである。

「まあ、そうかな?虫除けの蚊取り線香としては」

「へぇ、アンタにしては巧いこと言うじゃない?それじゃ、馬鹿シンジはあの豚さんってことか。いいんじゃない?愛嬌があってさ」

「愛嬌か」

 へへへと笑うその屈託のない表情は芝居なのかそれとも素か。
 日頃はあんなにわかりやすい表情を見せるシンジなのに、アスカへの感情だけは把握できない。
 彼女の母親は明らかにアスカに異性として好意を持っていると断言するのだが、それがどうも自覚できないのだ。

 さて、ここで整理しておこう。
 アスカとシンジは小学5年生(アスカは外国人学校)の時に出逢った。
 その時にアスカの方は彼に好意を抱いた。
 所謂初恋である。
 しかし彼は友情の範囲を出ていなかったのである。
 それを認識したアスカは何としても彼を手中に収めようとさまざまな活動に出たのだが…。
 その活動は功を奏し、シンジはアスカに恋愛感情を抱いた。
 それはこの年の夏である。
 苦節3年。
 ところが相思相愛の二人だというのに、彼らは恋人という関係には至っていないのである。
 それは何故か。
 すべてはアスカの策略の失敗に尽きる。
 2年前、アスカが市立中学への進学を希望した時、彼女はある作戦を考えた。
 相変わらず彼女に友情しか感じていないシンジを婚約者に仕立てて一石二鳥の効果を狙ったのだ。
 婚約者がいるということで欲しくもない男子の好意を予防すること。
 そして偽者とはいえ婚約者となることでシンジの意識が自分に向いてくれたらという希望。
 前者については公立の中学に進学すると決めたことを近所の人が知ると口々に言われたのである。
 きっとモテモテになるわよ、と。
 シンジ以外のモテモテは要らない。
 そんなアスカにとってモテモテは非常に困るのだ。
 そもそも公立中学に進む最大の理由はいずれシンジと同じ大学などに進みたいからに他ならない。
 アメリカから出国できない父親が来日できれば東京に引越しするだろうと母親からも言われている。
 となれば高校、もしかすると中学の段階で同じ学校に進めるかもしれないではないか。
 そのためには自分も公立の学校に在籍しておいた方がいい。
 だからこそアスカは公立に進む決意をしたのだ。
 そして近所の人たちの言葉や母親の経験談からモテモテ対策を考えざるを得なくなってしまったのである。
 最初は自分などがもてるなどと冗談かと思った。
 しかし女子校に進んだ母親でさえ同性にもてたと体験談を聞いたのだ。
 ただでさえ、日本人の中にただ一人白人が混じることはとにかく目立つ。
 幼稚園の時にそれで痛い目にあったアスカはそのことを実感している。
 その当時は苛められたのだが、中学ではもてる?
 嘘だろうと思ったが、入学前に打ち合わせをしに行った中学校で
女性教員から注意を受けたことで実際に起こりえることだとわかったのである。
 男子の気を惹くような事をすれば女子の中で浮くから気をつけた方がよい、と。
 その場で彼女は思いついたのだ。
 アタシ、東京に婚約者がいますから大丈夫です!と胸を張って宣言したのである。
 隣に座っていたキョウコは軽く溜息を漏らしたが否定はしなかった。
 そんな母子に教員はさすがに向こうの人は違いますねとやや頓珍漢な受け答えをしたものだ。
 そしてアスカはシンジに依頼したのだ。
 さすがに電話でそんな事を口にはできない。
 だから手紙に書いて送ったのである。
 そういう危惧があるから、婚約者がいるということにしておきたい。
 こういうことを頼めるのはシンジしかいない。
 そこで婚約者の偽者になって欲しいと、アスカは書いた。
 シンジは気軽にいいよと返してきた。
 その文面を読むと彼女を助けるというだけの意識しかないのは明白だ。
 がっくりときたアスカだったが、それでも彼の事を婚約者と言い触らせるという権利を得たのだ。
 偽者だなど知ったことか。声を大にしてこっち(関西)で言い触らしてやる。
 そのうちにシンジががんじがらめになって既成事実となってしまえばいい。
 そう思い直したアスカは中学入学直後から婚約者の存在を具体的に言い続けたのだった。
 そのことで彼女は一躍有名になったし、告白を受けても瞬殺することができたわけだ。
 そして彼氏どころか婚約者がいるということで、女子の中でも一躍人気者となったのである。
 シンジにとっては最初は苦笑するしかない出来事だった。
 しかし、2年になってアスカのことを好きなことがいきなりわかったのである。
 それは夏休みが終わって2学期が始まった頃のことだった。
 同じクラスの女子に交際してくださいと言われたのだ。
 その時、考えるより先に言葉が出てきたのであった。
 ごめんなさい。僕には結婚を約束している女の子が神戸にいるんだ、と。
 その女子は驚いた。
 断られたということよりも、彼にフィアンセがいるということにである。
 最初は断るためにそんな突拍子もないことを言い出したのではないかと疑ったのだが、
頼みもしないのにシンジがその女の子の事を賞賛し続けることに逆に呆れ果ててしまった。
 金髪で青い眼で白人の容姿で綺麗で頭が良くて(口は悪いけど)、僕なんかにはもったいない……。
 勝手に出てくる言葉を自分の耳で聞きながら、ああ僕はアスカが好きなんだ、と気がついたのだ。
 その日からシンジは変わった。
 自分は大好きな女の子の、偽者の婚約者になっているのである。
 その肩書きから“偽者”というのを取り去ってしまいたい。
 そう願うのだが、逆に偽者役をしてしまっているだけに告白をし辛くなってしまっていた。
 いや、それよりももし告白をして断られたらどうしよう。
 それを考えると次の一歩が踏み出せない。
 まさか、アスカも同じように告白を断られたらとジレンマに苦しんでいるとは思いもしないで。
 ということで、二人は今、公的には婚約者同士なのだが、本人間では恋人未満というわけだ。
 どうにかしたいと二人とも思っているのだが。

 これが二人の今である。
 シンジはアスカに対して親しげ(アスカはぞんざいと受け取った)な口ぶりで話しかけた男子に対し嫉妬心を持ち、
アスカの方は自分の知り合いに嫉妬してくれたと考えた。
 が、それは相手に伝わっていない。
 フィルターをかけて相手を見ているので、二人ともに素直に受け取っていないのだ。
 双方ともが偽者婚約者という芝居を続行中と考えている。
 馬鹿な話だ。

「ははっ、あれはクラスメート。ただの友達よ」

 アスカはことさらに明るく男子のことを説明した。

「でも、呼び捨てにしてた」

 ぼそっと言うシンジは拗ねた子供のようだが、それが嫉妬のせいなのかどうかわからない。
 何故なら表情が笑顔のままだからだ。
 これは強張ったまま笑顔を装っているという方が正しいのだが。

「関西の中学生が惣流さんなんて呼ぶ方が変よ。そっちの方が疑わしいって感じ」

「そうなの?」

 その時だった。
 またもやあの大声が聞こえてきたのだ。

「おいこら!はよキスせんかい!こっちは寒い中待っとんやでっ!」

 びっくりして声の方を見ると、線路を越えたフェンスの向こうで先ほどの連中がこちらを見ていた。
 線路が二つ間にあるので結構離れているのだが、結構声は届くものだ。

「この、馬鹿っ!」

 さすがにアスカはむかっと来て罵声を返す。
 近くにいた人々が何事かと一様に眉をひそめた。

「馬鹿ちゃうでぇ!わしら、アホやねんっ!はははっ」

 笑い声を残して彼らは自転車で去っていった。
 まるで蒸気機関のように唇から白い息を漏らすと、アスカは鼻息も荒く吐き捨てる。

「あいつら、明日ぶっとばしてやる」

「えっ、本当にしないよね。ぶっとばすなんて」

「するわよ!手ではしないけど、上靴入れとかそういうのでぶん殴ってやる」

「や、やめとこうよ。ね?」

「やるって言ったらやるのっ。女だからって舐めてたら痛い目に合うって教えてやるんだから」

 アスカの攻撃力は上がったような気がする。
 それがシンジの実感だった。
 市立中学に進んだアスカは幼稚園時代のことでいささか気後れしていたのだが、すぐに地を出すことができた。
 だから寧ろ外国人学校にいたときよりも元気になっているのではないかとシンジは思っていた。

 入学式に現れた金髪の可愛い同級生に男子は胸をときめかせたが、自己紹介で早速婚約者がいる事を表明されがっくりときた。
 しかしながら気取らない、というよりもがらっぱちな言動の所為か、学内での人気は高くなった。
 中には男除けのために居もせぬ婚約者を捏造しているのではないかと疑う者もいたが、
アスカにそういう相手が現実に存在するということは学内で定説となっていたのである。
 仲のいいツーショット写真を時折見せびらかされ、そしてシンジが遊びに来た時に二人を見かけた者もいたからだ。
 そして今日、アスカの同級生は二人を目撃した。
 おそらく明日の終業式はその話題で持ちきりだろう。
 きっと調子のいい連中だからキスしていたとか誇張して言い触らすに違いない。
 それはそれで放置しておこうとアスカは決めていた。
 それよりも…。

 ああ…、本物のキス、したいなぁ。

 アスカはそう実感した。
 噂ではなく、現実にシンジとキスをしたい。
 そのためには偽者の婚約関係ではなく、まず現実の恋人関係にならないといけないのだ。
 そのハードルは高い。
 ただし、当人たちに限ってだが。
 キョウコやユイの目ではハードルなどただの幻影に過ぎず、すでに二人はアツアツのカップルに他ならない。
 二人にその意識がないだけだ。

 キスをしたいのは、シンジも同じである。
 寧ろ彼の方が男子であるだけにやや切実で、本能的で、性的衝動性が強いといえる。
 彼が夢の中でアスカに何をし何をされているかなど、絶対に他人には言えない。
 二人がもしその気になれば、今この一瞬にもキスを交わすことなど容易であるのに。
 
 二人を乗せた電車は市街地を走り工場の間を抜け大阪に向かう。
 宝塚ファミリーランドに向かう時は阪急電車の車窓から見える風景に話が弾むのだが、
国鉄の場合は線路沿いの工場を見てその商品を話題にすることが多い。
 ビール工場やお菓子などの話をしながらも、時に会話は小休止する。
 そんな時に相手のことを大いに意識してしまう。
 手を伸ばせば抱きしめることができるほどの距離にいるから余計にだろう。
 
 大阪駅で新快速に乗り換え、30分も経たずに二人は京都駅に降り立った。
 
「ううぅ、寒い!」

 うんうんとシンジは頷いた。
 ジャンパーのファスナーを一番上まで彼は引っ張り上げ、そしてポケットから手袋を出した。
 それを横目で見てアスカは仕方ないわねとばかりに自分も手袋を出す。
 彼女の白い毛糸の手袋と、彼の黒い皮手袋はまったく似通っていない。
 似ているのは防寒という役目だけだ。
 アスカのスペックの中に編み物という項目はない。
 もしシンジから手編みの手袋が欲しいなどと言われたとしても残念ながら今の彼女にはどうすることもできないのだ。
 因みに彼女の手袋は母親の手製である。
 シンジの皮手袋は父親のお下がりだという。
 ようやく編み物に目覚めたユイが夫の手袋を作ったので、彼の皮手袋を無理矢理取り上げ息子に下げ渡したのだ。
 その手編みの手袋はどう見てもアスカのものの方が素人目にも巧い。
 父親のはところどころがごつごつしているようだとシンジは笑う。
 じゃ…、アタシがアンタのを作ってあげようか。
 そう言えたならどんなにいいだろう。
 アスカはそんな事を考えたが、提案することは可能だと思った。
 何故なら理由はいくらでもある。
 クリスマスプレゼントとか偽婚約者のお礼だとか。
 しかし、彼女の能力の中に編み物というものは存在しない。
 今からがんばってみても冬の間に完成するかどうか。
 だが、アスカは諦めるつもりはなかった。
 来年は絶対にシンジに手編みの手袋をプレゼントしよう。
 その次の年は手編みのマフラー。そしてその次はセーター。
 野望はどんどん広がるが、さてそこまで巧くなるかどうか。
 勉強や運動と違って、いささか自信がわいてこない彼女だった。
 それでもチャレンジすることだけはやめるつもりはない。

 アスカは恨めしげに看板を睨みつけた。
 それは地下鉄工事中の看板だった。
 
「来年開通予定だって。悔しいなぁ。ここまで寒いとは思わなかったわよ」

「本当に寒いね。京都ってこんなに冷えるんだ」

「ぶるるっ」

 あまりの寒さに身体を震わせたアスカだったがいいことを思いついた。
 
「馬鹿シンジ。アンタ…、あ、あの、そうよっ、アンタのぬくもりをアタシによこしなさいよっ」

 随分な要求だと言った本人が思った。
 しかもその言い様は何だ。
 あまりに寒いから暖房機代わりになってよ、と頼むつもりだったのだが口から出てきたのは奇妙な命令である。
 シンジもどういう意味かすぐに理解できないようできょとんとした顔のままだ。

「あ、つ、つまり、アタシたち、婚約者なんだから、一応。ほ、ほら、身体をくっつけたらあったかいかな、とか」

「押しくら饅頭しながらってこと?」

「ば、馬鹿ねっ」

 ああ、助かった。
 惚けたことを言うシンジの腕をアスカは自分の腕で引き寄せる。
 恋人同士のように腕を絡めて歩こうというわけだ。

「ほ、ほらね、あったかいでしょ」

「う、うん。すごく温かいや」

 嘘である。
 温かいというレベルではなく、二人ともかぁっと熱くなってしまった。
 心がヒートアップしたので身体の寒さを忘れることができたわけだ。
 そんな彼氏彼女のような行動を取ったためか、アスカは道に迷った。
 大通りを歩き続ければいいものを近道しようとあちこち曲がった所為である。

「誰かに聞いた方がいいんじゃないの?」

「そんなの恥ずかしくてヤよ」

「だってわからないんだろ」

「じゃ、アンタわかる?」

「わかるわけないじゃないか。どこに行くかもよくわかってないのに」

 確かにそうだ。
 今日はアスカにお任せ、いや、いつもだが。
 アスカはぶつぶつと言いながら頭の中で地図を組み立てようとした。
 京都は碁盤の目だから、駅から清水までは真っ直ぐ上がって右に曲がって行けばいいんだから…。
 今はどっちを向いているんだろうか?
 あいにく山も何も見えない。
 彼女はぶぅっと頬を膨らませた。
 屈辱である。

「アスカって方向音痴だったの?」

「違うわよ!神戸じゃこんなことないもんっ」

 アスカは力説した。
 神戸は山と海の間にある街だから山手と海側で事が足りる。
 したがって東西南北ではなく、山海左右で場所はすぐにわかるのだと。
 だからわかりにくい町の京都が悪いのだと彼女は主張するのだが、シンジはこう思った。
 結局方向音痴なのじゃないかと。
 ただそれを声にしないだけの良識は備えている。

「アンタはどうなのよ。何も見ずに知らないところを歩ける?」

「はは、それは無理だよ。地図を見ないと駄目だよ、やっぱり」

「でもさ、東京って平野なんでしょ。何も目的物が見えないから困るんじゃないの?
あ、東京タワーを目印にするとか?」

「無理だよ。東京タワーなんて見えないところの方が多いって。だいたい坂だらけなんだし」

「ええっ、嘘っ!東京に坂なんてあるのっ?関東平野って平野なんでしょ。平野はまっすぐじゃないっ」

 アスカは手を水平に動かした。
 彼女の頭では平野というものは大阪市内のようなものでほとんどまっ平らになっているものと了解していたのだ。
 するとどうだろう。
 シンジの話によるとかなりの高低差があるそうだ。
 地下鉄も地上を走る部分があると聞き、アスカはそんなの詐欺じゃないと怒り出す。
 地下を走らない地下鉄などその命名に問題があるではないか、と。

「そんなの僕に言われても困るよ。とにかく…ところで今はどこに向かってるの?」
 
 話している間も二人の足は止まっていない。
 腕を絡めているアスカに引きずられるように前に進んでいるのだ。

「わかるわけないでしょ。困った時はとにかく前にずんずん進めばいいのよ」

「そんな無茶な。あ、じゃ、僕が聞いてくるよ」

 アスカのプライドを考えてシンジは自分で動こうとした。
 ずっと組んでいた腕が離れていく。
 ああ、もったいない。
 たとえ迷っていてもずっと腕を絡めて歩きたかったのに…。
 アスカの気持ちの中にはそんなものもあったようだ。
 だから、彼女は思わずシンジの腕を掴んでしまった。
 道を尋ねるということなどどうでもよく、ただ彼の身体が離れたことで無意識にそうしてしまったのだ。
 びっくりしてどうしたのと問いかける彼に本当のことなど言えはしない。
 背けた顔のその向こうにあったのは定食屋さん。
 そこの看板には“今日の定食480円”という文句が見える。
 咄嗟にアスカはそれを利用した。

「お腹空いた。お昼食べよ」

 お洒落なレストランなど二人には無縁だった。
 実質的なデートに出かけても食事はうどん屋さんやファーストフードがほとんどである。
 だからアスカの促した定食屋での昼食という提案にもシンジはごく自然に乗った。
 少し早いかもしれないが観光地だから混むより間に食事を済ませてしまう方がいいに決まっている。
 それに480円の定食は魅力的だった。
 二人はそこに入り本日の定食を注文した。
 その時点で初めて日替わりのメニューが今日は唐揚げである事を発見したのだ。

「あちゃあ、しまったわね。今日の夜は鳥の足を買ってくるってママ言ってたから」

「はは、でも唐揚げだからいいよね。ああ、そうだ。ついでに道も聞こうよ」

 今日のシンジは行動的である。
 なに、好きな女の子の前でいいところを見せようと彼なりに張り切っているだけなのだが。
 唐揚げ定食を持ってきたおばさんに彼は清水寺への道を尋ねた。
 すると歩いていくなら一口での説明は難しいと答えられた。
 ここからなら八坂神社までバスで行ってそこから二年坂を通っていったらいいとアドバイスされ、
そのようにするとシンジは明るくお礼を言う。

「僕は関東の人か。外人さんとデートやったら案内が大変やね。まあ、きばりや」

 ふふふと笑っておばさんは奥に戻った。
 黙っていたアスカは複雑な表情を浮かべる。

「案内してるのは関西人のアタシなんだけどさ。ま、道に迷ったのはそのアタシだけど」

「仕方ないよ。食べ終わったらバスに乗って行こうか、ね?」

「オォ〜ケェ。ああ、ここ出るまでアタシ外人だからね。英語しか使わないからよろしく」

「えっ!」

「Oh! What a juicy…」

 シンジの成績は悪くない。
 寧ろいい方なのだが、英語の会話については得意とはいえなかった。
 もっともこの頃ようやく学校も英会話に力を入れはじめたわけなので、彼の英会話力は中学生としては普通なのだ。
 外国人学校に通い、また独力でドイツ語も習得しているアスカとはレベルが違うのだ。
 そのアスカは完全に外国人観光客になりきっている。
 表情も豊かに英語をシンジに捲し立て、相手の彼は必死にヒヤリングをしていた。
 おかげでなかなか食が進まない。
 始末の悪いことにアスカは時々質問をしてくる。
 一生懸命に日本語で訳し、たどたどしい英語で返す。
 僕は思います、だから“I think”でいいよね。で、唐揚げ…ってケンタッキーフライドチキン?
 あ、フライドチキンでいいのか。美味しいって、なんだっけ?あれ?習ったような気もするけど。
 もうっ、勘弁してよぉ。何食べてるかもわかんないよ!
 突然実施された英語のヒヤリング試験にシンジはがっくりきてしまった。
 それならば止めて欲しいと彼女に訴えればいいものだが、それは彼の選択肢には存在しないようだ。
 アスカに逆らうということがすぐに頭に浮かばないというのは如何なものか。
 後になって後悔するのが彼のスタンスだった。
 ともあれ、味のわからない唐揚げ定食を食べ終え、二人はレジに向かった。
 本来は割り勘なのだが、この場だけはシンジが代表して払うということをアスカは英語で通達していた。
 あくまで観光客で押し通そうというわけだ。
 しかし…。

「ごちそうさま」
 
「おおきに」

 挨拶を交わし先に出るシンジの背中を追って、アスカも外に出ようとした。
 そしてレジのおばさんに「グッバイ」と愛想笑いをした時、声をかけられたのだ。

「さんきゅーべりまっち。可愛い彼氏さんどすな」

「ありがとっ。あ…」

 思わず日本語で答えてしまい、アスカは顔を真っ赤に染めた。
 相手のおばさんもあらあらと笑い、金髪の少女は大きく頭を下げて店の外に飛び出したのだ。
 近くのバス停で待っている間、アスカはずっと地団太を踏んでいた。

「もうっ、これじゃ大脱走そのままじゃないっ。引っ掛けに簡単に引っかかっちゃってさ、アタシの馬鹿っ」

 アスカの言う事はシンジにもちゃんと伝わっていた。
 映画の『大脱走』にこんな場面があった。
 脱走中の捕虜がドイツの捜査官に尋問をされる。
 フランス語での会話を終えてバスに乗る、そのほっとしたその瞬間
英語で「Good luck」と呼びかけられ思わず「Thank you」と返してしまい捕まってしまったのだ。
 洋画劇場で何度も放送された有名な映画なだけにアスカたちの年代にはよく知られていた。
 ただ見ていたのは吹き替え版だからフランス語の後で交わされたのは「気をつけて」「ありがとう」という日本語だったが、
それでも見ていた子供たちには大きなインパクトがあったのである。
 だからシンジはすぐにその場面を思い出すことができたのだ。

「別に引っ掛けるつもりじゃなかったんじゃないの?」

「うっさいわね。アタシの問題なのよ。ああ、もう少しで完璧だったのに」

 アスカとしてはシンジを褒められたから余計につい日本語が出てしまったのだろう。
 だからこそ負けず嫌いの彼女は悔しくてたまらないのだ。
 バスに乗っている間もアスカは膨れっ面のままだった。
 隣に座っているシンジはそんな彼女が可愛くて仕方がない。
 どんどん大人っぽく綺麗になっているというのに、その中身はまだまだ子供のままだ。
 そのギャップもまた彼女の魅力なのだ。
 
「だけどアスカ凄いや。英語ペラペラだから、きっとアメリカのお父さんとも普通に喋れるだろ?」

「それはちょっと不安。もし通じなかったらどうしようって…」

「大丈夫だよ。僕とは違うもん。僕だったら最初の挨拶でつまっちゃうに決まってるし」

「いくら外国人学校とかで日常会話してるっていってもねぇ」

「だって、それだったらキョウコさんの方が難しかったんじゃないかなぁ。だって学校は普通の女子校だったんだから」
 
「でもさ、おじいちゃんにしこまれてたんでしょ。小学校のうちに。しかも1年くらいでなんだから、ママは天才なのよ」

「アスカも天才だろ?」

 シンジが冗談抜きで言うと、アスカは苦笑する。
 確かに自分のことを天才美少女と呼称するがそれはシンジに対してだけの話だ。
 自分で努力家だと自覚している彼女が天才だと自慢したいのは彼一人である。
 だからこの時も彼女はぎこちなく頷いた。
 ただ不安感を打ち明けたことで心が軽くなったことは確かだ。
 
「まあ、馬鹿シンジとは違ってね」

 いつもの調子で言葉を発したつもりだったが、実際には少しばかり声が小さかった。
 もっともシンジの方はバスの中だからとアスカの調子の低さは気にならない。
 それには気づかれなくてよかったと彼女は心から思った。
 鈍感なくせに一度気になりだすと落ち込んでしまうほどに気にする彼だから。
 何しろ今日はクリスマスイブなのだ。
 京都のような町でもところどころにクリスマスの装飾が見られる。
 しかし神戸や東京の繁華街のようにあちこちに装飾がありジングルベルが鳴っているというレベルには程遠い。
 
「ママたち、ちゃんと普通の鳥の足を買ってくるかしら」

「ちゃんとって、焼いてないのを買ってくるとか?」

「まさかっ。我が家の台所にはオーブンなんてないから生なんか買ってこないわよ。
変化球で唐揚げとかにされたらたまらないじゃない?まっ、美味しけりゃ文句ないけどさ」

 よし、調子出てきた。
 アスカはほっとした。
 どうも今日は精神状態が安定してくれない。
 その理由は彼女にもわかっていた。
 生まれてこの方一度も会ったことがない父親と顔を合わすことが不安なのだ。
 そのことをシンジも了解していた。
 但し彼の場合は母親に注意されたからだ。
 新幹線の中でそのことを言われ、ああなるほどと頷いたところはやはり彼らしいとも言える。
 のほほんとした鈍感さは彼の持ち味ともいえるからだ。
 もし彼にそういうアドバイスをしてくれる人間が身近にいなければさぞかし歯がゆい人間になっていただろう。
 その意味ではアスカにとっても彼の両親の存在は大きかったわけだ。
 
「もしかして丸焼きなんて買ってこないでしょうね」

「はは、あり得そう」

「うそっ。アンタんとこそんなことしてるの?」

 アスカは目を丸くした。
 鳥の(本当は七面鳥なのだろうが生憎そんなものは彼女は口にしたことがない)丸焼きなどテレビや映画の世界だけの話ではないか。

「まさか。でも母さんがいつか言ったことがあるんだ。あれを一度食べてみたいって」

「そ、それって希望っていうか、願望ってやつじゃないの?まさか本当に…」

「うちは3人家族だろ。だからあんなのを買っても余りそうだしって、いつも断念してるそうだよ」

「3人も4人もそんなに変わらないじゃない。ママだって駄目って言うわよ。絶対に」

 そう断言したもののアスカは頭にその光景を浮かべてみた。
 我が家の小さな4畳半に置かれた卓袱台。
 その真ん中に鳥の丸焼きが…ああ、違う、これは豚の丸焼きだ。鳥は…どんなのだっけ?
 市場のお肉屋で売られているのは鳥の足だけだ。
 丸焼きといえば…。
 一生懸命に記憶の中にある鳥の丸焼きを引っ張り出そうとしたがなかなか出てきてくれない。
 アスカは小さく溜息を吐いた。
 そもそも丸焼きなんてどうやって食べたらいいのよ、中まで火が通ってるの?
 って、丸焼きってことは心臓とか内臓や…げげっ、脳味噌とか目玉も一緒に焼くわけぇ!
 変な想像をしてしまった彼女は顔を歪めた。
 そんなもの絶対に食べたくもないし、見たくもない。
 臓物などは処理した後にその中に詰め物をしてオーブンで焼くのが本当の丸焼きだなどまったく知らないアスカだった。
 因みにシンジも知るはずがない。

 バスを降りたのは八坂神社の前だった。
 そこまで行けばアスカの覚えている光景と繋がった。
 喜色を浮かべた彼女はこっちよとシンジを促す。
 
「御守、どうする?先に買ってしまう?」

 シンジはそう問いかけた後にしまったと思った。
 そもそも今日は御守を買うということが最大の目的なのではないか。
 それを“先”と呼称した以上、“後”に何をするのか、あるいは何をしたいのか表明しないといけないではないか。
 彼にとってその何とはアスカとのデートというただそれだけなのだが。
 それを言うことができるのなら世話はない。
 シンジは彼女の偽者の婚約者に過ぎず、彼氏でもなんでもないのだから。
 だから彼は慌てた。
 必死で言い訳を考えようとしたが、思いつく言葉は「君が好きだ」ということだけ。
 もちろんそれを口にはできない。
 こんな場所で喧嘩になるなんて最低ではないか。
 アスカの家にまで帰り着くことは一人でもできるだろうが、彼女を怒らせてしまったならばどの面下げて玄関に入れるというのだ。
 寧ろ東京まで肩を落として帰る……持っている財布の中身でどこまで戻れるのか疑問だが……方がまだましだろう。
 ところが、恐れていた「どうして?」とか「後で何するのよ」という言葉は返ってこない。
 返ってきた言葉はごく普通の内容である。
 ああ、聞き流してくれたのだと、口にした後は彼女の顔を見ることもできなかったシンジはほっとした。

 アスカは慌てていた。
 頭の中を駆け巡っているのは「後に何するの?」という問いかけだ。
 その問いかけを口の端にのぼらせることを必死に思いとどめ、
その結果自問が超高速ピンボールのように脳内を飛び跳ね、自答がどんどん湧き出てくる。
 何かシンジに反応しないといけないとは頭の隅で思ってはいるものの、浮かび続けるとんでもない妄想に頬が緩んでしまう。
 手を繋ぐ、腕を組む、頬を寄せる、キスをする、きゃあきゃあきゃあっ!
 そんな妄想を抱いているとシンジに知られてしまったなら、即座に嫌われてしまうに違いない。
 そう考えたアスカは一生懸命に妄想を追い出し、顔を無理矢理引き締め、さりげなく声を発した。

「御守なんて何処ででも売ってるわよ、ここは京都なんだからっ」

 よし、普通に返せた。
 アタシ、なかなかやるわね、ふふふのふ!
 うん、そうだねと同意してくれた言葉を聞き、ずっと彼の顔を見ることもできなかったアスカはほっとした。

 人通りの多い神社の石段で3分以上もじっと立ち止まって顔も見合わせない、
そんな日本人の少年と白人の少女のカップルを避けて通る通行人たちはさぞ迷惑だったことだろう。

 二人は八坂神社から高台寺方面へと足を進め、手を繋ぐところまでには至らなかったもののそれなりに近い距離感で並んで歩いていた。
 当然、それぞれの心は幸せ一杯である。
 年末とは言え日曜日であるだけに観光客の数は少なくない。
 アスカの記憶とは関係なしに清水寺までの道は迷いようがないほど人通りが多い。
 道の右側と左側にはっきりとそれぞれの行き先を目指す人の列ができていた。
 当然、アスカとシンジは清水へ向かう人の波に乗っていた。
 但しその波はゆったりと動いている。
 目的地を目指すという意味はあるが、その道を歩くこと自体に大きな意味を観光客は持っているからだ。
 二人もその例外ではなく話をしながら人々と同じように歩みを進めていた。

「シンジって京都は初めてなのよね」

「うん、もしかすると来年の修学旅行は京都かもしれないけど」

「わっ、そうなんだ。じゃ、アンタ、抜け出しなさいよ」

「えっ、む、無理だよ。そんなの。あ、でも…」

「何?やっぱり抜け出す?」

「う、うぅん、そうじゃなくて。あ、あのさ」

 シンジは思い切って言うことにした。
 それはアスカへの想いが強くなりすぎていたためだろう。
 それに今回神戸に向かう前から彼は何となく不安を感じていたのだ。
 アメリカに向かったアスカがそのまま帰ってこないのではないか。
 絶対にそんなことはないと思っているのだが、こういう悪い想像というものは歯止めが利かない。
 彼女が日本にいない間に、日本が沈没するのではないか、戦争が起きるのではないか、バルタン星人が侵略を始めるのではないか……。
 その中で最悪の想像は、アメリカでカッコいい外人とアスカが恋人になってしまうのではないか、ということだった。
 そんなことを考えると、胃が痛くなってしまう。
 いっそ玉砕覚悟で彼女に恋心を打ち明けてしまおうか。
 それはずっと考え続けてきたことだが、断られたらと思い何も言えなかった彼の背中を少しだけ後押ししていたのだ。
 しかし、そこはシンジだ。
 スパッと言えるような彼ではない。

「も、もしね、アスカが、あ、あ、会いに、来てくれたらいいなって」

「行くっ」

 即答とはこのことか。
 シンジの言葉が終わるや否や、アスカは宣言してしまった。
 その言葉の大きさに彼女は頬を赤らめ、彼は息が止まるほど驚いた。
 このままいい雰囲気で話が進めばよいのだろうが、
アスカが自分の恥じらいを塗り隠そうと冗談っぽく話し出したのでその方向には進まない。

「そ、それって、あれ?ほ、ほら、アタシが、例の、偽者の婚約者として現れたらいいのでしょ」

 偽者、と耳にしてシンジはかなり落胆した。
 本物の婚約者になりたいと思うが故に、つい“偽者”という部分を余計に力を入れて喋ってしまう。
 だからこそ、それを耳にしたシンジが落胆してしまうのだ。
 そういう悪循環をずっと繰り返している二人だった。

「う、うん。そうすれば…」

 既成事実が作れるじゃないか。
 二人とも同じ事を思い、しかしそれを口にはできなかった。
 しかし利害はまさしく一致する。
 結局、何故そうするのかという点は曖昧なままで、来年の修学旅行にアスカが訪問することは決定した。
 ただしそれは学校が終わってから放課後に駆けつけることが条件だと彼女は主張する。
 何処までも学校を休むことを嫌がるところはさすがに偉いなとシンジは感じた。
 明日も終業式が終わってから伊丹空港に向かうのだから。

 二人の恋心に関わる会話は一旦ここで終わった。
 そこからは京都を舞台にしたテレビドラマなどの話になった。
 こういう他愛もない話題になって、ほっとしたような残念なような奇妙な気持ちを互いに抱いている。
 だが、この日の二人は微妙なバランスで会話を推移しているのだ。
 そのベースになっているのは心に深く抱いている相手への恋心であることに間違いはない。
 その思いを相手に伝えたいという欲求がふつふつと湧いてきているのだ。
 噴火の時は近い。

 やがて二人は二年坂に差しかかった。
 この坂については外国人学校の遠足で来たときにその由来を教わり、そしてアスカはしっかりと覚えている。
 ここで転ぶと2年後に死ぬのよと告げられ、最初はシンジは冗談だと笑い飛ばした。
 しかし嘘吐きと思われたくないアスカはすぐ近くの土産物屋に突入し、店のおばさんに真偽を問いかけたのである。
 もちろんその答えは肯定に決まっている。
 それ見たことかとアスカはふんぞり返り、罰だとその土産物屋でシンジは買物をさせられることになった。
 彼女は既に見当をつけているにもかかわらず、何を買えとはずばりと言わない。
 これを幸いにアスカはシンジからのプレゼントをせしめようと企んでいたのだ。
 もっともそれを思いついたのはおばさんからの答えを聞いてシンジが驚いた表情を見せた時だ。
 罰ゲームをさせようということと、どうせならこのデートの記念としてプレゼントしてもらいたい。
 その二つを一瞬で結びつけたのだ。
 こういう抜け目のなさはアスカの際立った才能といえよう。
 ところが彼女は欲しいものをすぐに言わなかった。
 いや、言えなかったという方が正しい。
 つまり、恥ずかしいのである。
 ずばりこれと言えない彼女は外堀を埋めることしかできない。

「食べ物はねぇ、冬だからって京都で豚まん食べるわけにも…って、そもそも置いてないか。
まあ、アンタの罰ゲームって意味じゃ後に残るものがいいわよね。そうそう、やっぱり残るものがいいわよ、うん」

 大きな独り言をシンジに聞こえるように漏らすアスカはちらりと彼を窺う。
 少年は彼女と視線が合うと慌てて近くにあった扇子を広げてばたばたと顔を仰ぐ。
 その動きを見て、アスカはもしかすると脈があるのではないかと心を躍らせた。
 脈があるどころではないのだが、そこまで気がつかないのだから仕方がない。
 ともあれ彼女はその時点でようやくお目当てのものを指差した。
 赤い髪飾りである。
 日本髪に結うことなどないだろうから、日常に使うことはないだろう。
 しかし、いかにも京都という感じがするではないか。
 しかもそれほど高価ではないから大丈夫だと思う。

「あれこれ考えても仕方ないから、もうそれでいいわ。別に欲しいわけじゃないんだけど」

 じゃあ、別のにしろよ!などということをシンジは言わない。
 寧ろ彼は浮かぶ喜色を懸命に抑えてポケットから財布を取り出した。
 そしてアスカの指定したものが入った袋を彼女におずおずと差し出す。
 本当なら喜んで袋を胸に抱きしめたいところだが、アスカは素っ気無さを装って受け取る。

「アリガト。まっ、そんなに欲しいわけじゃなかったんだけど」

 小さな袋をコートのポケットに収めると、彼女は素早く動いた。
 おばさん、これちょうだいと差し出したのはキーホルダーである。

「おおきに、2個で600円」

「あっ、2個だった?まあ、いいわ。うん、じゃ2個頂戴。ありがと。袋はいいわ、このままで」

 2個掴んでいることを承知していたアスカは、すっ呆けた顔でシンジにそのうちの1個を突き出した。

「2個もいらないからアンタにひとつあげるわ。ありがたくもらっておきなさいよ。
ほら、チェロのケースとかにつけたらいいんじゃない?ま、学生鞄でもいいけどさ」

 舞妓さんと新選組隊士のディフォルメキャラクターがカップルで一つのワッカにぶら下がっているキーホルダーだ。
 もちろん、シンジはありがたく頂戴した。
 アスカとお揃いだと胸を高鳴らせながら。
 素直に受け取ってくれた彼の態度を見て、これは物凄くいい反応なのではないかとアスカは胸を躍らせる。
 しかしそんな自分を彼女は戒めた。

 その後、アスカは扇子を5面買った。
 同じ絵柄だけではないが、舞妓さんの絵が描かれているものばかりである。
 シンジに説明するのは、アメリカへのお土産だという。
 それは父親へのものではなく、父親が日本へ出国できるように便宜を図ってもらっている人たちへのものだ。

「扇子だから、センスがいいって褒められたりしてね。あはは」

 下手な冗談を言うアスカにシンジは愛想笑いしかできなかった。
 そんな対応は普通なら彼女を怒らせるだけなのだが、今のアスカは上機嫌だからそれで充分だ。
 袋に入れられた扇子はシンジのリュックサックに収まる。
 手にしたリュックサックを見てシンジは一旦ポケットに入れたキーホルダーを取り出した。

「今はこれにつけておいていいかな?東京に帰ったらチェロのケースにつけるから」

「ん、い、いいわよ。全然OK!あ、そうだっ、アタシもどっかにつけちゃおうかな!アンタに負けたくないもん」

 まったく理解不能の理由をこじつけて、アスカは自分の格好を慌てて見渡す。
 生憎と鞄の類は持っておらず(荷物はシンジが持つ役割分担だから)、彼女はコートのポケットに目をつけた。
 そこのボタンホールにキーホルダーを取り付けたのだ。
 よしっ、これでお揃い!
 アスカもシンジもそれぞれに満足した。
 このような片思いの自己満足があと数時間も経たないうちに解消されると、神様だけが知っていた。何教の神様かは知らぬ。

 シンジはしっかりと地面を踏みしめながら坂道を登っていった。
 転んじゃ駄目だ、転んじゃ駄目だ。右左、右左。いちに、いちに。
 二年坂から三年坂へと二人は進んでいく。
 アスカはあえて何も喋らずにシンジの様子を見て楽しんでいた。
 転ばぬように注意し、足に力を入れていることが隣にいるとありありとわかる。
 その注意力を逸らすとあっさりとつまずいてしまうだろう。
 それくらいに力が入りすぎているのだ。
 しかしアスカは何もしない。
 彼女の性格ならばそんな彼を転ばせてみたいと思う方が普通だ。
 実際何かしてみたくて仕方がないのを心の中で抑えているのである。
 転がって顔面蒼白になる彼も見たいのだが、迷信相手に一生懸命な姿は微笑ましくてたまらない。
 それに…。
 もし彼が転んでしまって、そして3年後に死んでしまったら?
 ぶるるるる。とんでもない!
 よし、シンジが転ばないようにしっかりと見守ってやろう。
 結局、しっかりと迷信に惑わされているアスカであった。

 三年坂から清水坂に交わるところでシンジは息をはっと吐いた。
 そして真剣な表情でアスカに訊いたのだ。

「この後、四年坂なんてないよね?ねっ?」

 あるわよと一旦言ってから、アスカは笑ってもう終わりと本当のことを告げた。
 シンジとしては彼女に恋心を打ち明けぬまま死ぬなどとんでもないことと一生懸命に歩いてきたのだ。
 恐ろしい迷信の坂が終わり、ほっとした彼はそこで急に気がついた。
 今歩いている坂には物騒な名前はついていない様だが、
今ここでバナナの皮で滑り打ちどころが悪くそのまま…なんてことは絶対に有り得ないと言い切れるのかどうか。
 もし何もしないままに死んでしまったら?
 二年坂で転んで二年以内に死ぬことになったら、それまでにしておくことはないのか?
 その想いを胸にじっと秘めたままこの世を去るのか?
 いや、その前に一言「好きだ」と告げるべきではないか。
 日頃は「…かなぁ」「…だよね」の彼が、こんな調子で自問自答するなど前代未聞だ。
 迷信が優柔不断なシンジを後押ししたわけであった。
 清水坂は人通りが多くまるで順路のように人の流れができている。
 だからシンジはただじっと足を進めたままでこんな人生の一大事を考え込んでいたのだ。
 隣のアスカはその間どうしていたのだろう。
 その答えは簡単だ。見惚れていたのである。
 生きるか死ぬかという大問題を熟考しているシンジは真っ直ぐな眼差しで真剣な表情をしていた。
 そう、あの日の遊園地で、ねずみ男に立ち向かった時のように。
 痘痕も靨。
 あの時この少年に惚れてしまったアスカだからこそ見惚れるほどに見入ってしまうわけだ。
 そんな二人は人の流れに乗って清水寺へ。

 門前町というか土産物屋通りと呼称すべきか。
 左右にずらりと店が並ぶ坂を上り、アスカとシンジは清水寺の入り口に到着した。
 その時、シンジは清水寺という文字を見、そしてあの言葉を連想したのだ。
 清水の舞台から飛び降りるつもりで……。
 これだ!
 シンジは息を飲んだ。
 その通りだ。清水の舞台から飛び降りるつもりで告白するのだ。
 折りしもその清水の舞台にもうすぐ到着するところである。
 彼は頷いた。
 今日ここで、自分はアスカに告白するのだ。
 少年は決意した。

 拝観料を払った二人は轟門を通り回廊を渡って本堂へ。
 アスカは二度目、シンジは初めての清水の舞台である。
 微かな傾斜が舞台についていて、手すりの方に
 シンジは決意を胸に手すりに向かった。
 その背中をアスカは追う。
 何かが起こる。
 そんな雰囲気が漂っているのを彼女は察知していた。
 告白してくれるのか?
 そんな期待が彼女を無口にしている。
 胸は高鳴り、喉は渇き、足取りはもつれそうだ。
 手すりを両手で掴んだシンジの隣にようやく辿りついたアスカは彼の横顔を恐る恐る見た。
 少年は鼻息も荒く大きく目を見開いていた。
 手すりを持つ手は血管が浮き出るほどに力が込められている。
 その時、アスカは思い出した。
 シンジは決して高所恐怖症ではない。
 幽霊やお化けの類にも案外平気である。
 しかし物理的に怖いものは怖いのだ。
 その代表がジェットコースターであり、そしてこの清水の舞台もその仲間のようだ。
 わずかに傾斜がついていることも加わって手すりの向こうへと吸い寄せられるような気がする。
 高所恐怖症でなくとも身が竦んでもおかしくはないのだ。
 告白を決意し一種の極限状態にあったシンジは手すりに到達して初めて、そこが彼にとって恐怖心を生む場所だと知ったのだ。
 そのことに気がついた彼はもう何も言えなかった。
 告白どころではない。
 周囲の音は消え、自分の喉がごくりと鳴る音とはぁはぁという呼吸しか聞こえてこなかったのだ。
 だがそんな彼を後押ししてくれたのは傍らから伸びてきた白い手だった。
 欄干を握り締めている彼の手にアスカの手が添えられた。
 冬だけに温かいとはいえないが、何故かほっとする。
 シンジが吐いた息は白くぼわっと広がり、恐怖心はその吐息とともに消えた。
 そして眼下の森に向かっていた目を隣に向ける。
 そこには恋する少女の微笑があった。
 
「シンジ…」

 その笑顔は彼の背中を押した。
 もちろん、その時の彼はアスカの方を向いている。
 欄干を乗り越えるという方向に押されたのではない。
 時は今、想いを告げる、舞台かな。
 シンジは覚悟を決めた。

「アスカ…」

 恋愛に関する野性の本能というものは外れるというのが相場だが、この時のアスカは確信した。
 来た、来た、来たっ!苦節三年、ついに来た!
 恋する男に自分のことを好きだと言ってもらえる。
 片思いをするものならば常に夢見たこの瞬間。
 間違いなくそれが彼女にやってきた。
 このシンジの表情がそうでなくてどうする!
 はちきれんばかりの期待を胸に、アスカは彼の言葉を待った。

 しかし、彼は台詞を思い切り間違えたのである。
 それだけシンジも張りつめていたのだ。

「結婚してくれないとここから飛び降りるぞっ」

 アスカも驚いたが、言った本人はもっとびっくりした。
 僕は君のことが大好きだから、このまま本物の婚約者にしてくれませんか?
 清水の舞台から飛び降りるつもりでアスカにそう告げよう。
 そんな台詞を考えていたのに、咄嗟に出てきたのは脅迫に限りなく近い言葉だった。
 シンジは慌てた。
 別に大声を張り上げたわけではないし、欄干によじ登るようなパフォーマンスをしたわけでもない。
 だから周囲の注目を集めていないので、恥ずかしいとか照れるという感覚はなかった。
 ただ失敗したという衝撃が彼を慌てさせたのだ。
 
「あ、あの、ぼ、僕…」

 先ほどの覚悟を決めた男らしい表情は何処へやら、情けない顔になり次の言葉がなかなか出てこない。
 そんなシンジとは違い、アスカの方は余裕綽々だ。
 何しろ追い求めてきた獲物が自分から網にかかってくれたのだ。
 結婚して欲しいといわれたのだから、もう彼を手離す気などさらさらない。
 もう彼は自分のものなのだ。
 彼女はにんまりと笑った。

「こっち来なさいよ」

 アスカは欄干から離れて舞台の後の方へシンジを誘った。
 あのままあの場所で世紀のラブシーン(で悪い?とアスカは考えた)を演じるわけにはいかない。
 いくらなんでも京都有数の観光スポットでゆっくり会話など出来やしない。
 欄干から下界を見たいと押し合いへし合いに近い状態なのだ。
 事実二人が離れた空間にはすぐに別の観光客が納まった。
 人目につかないところと考えるならばこの舞台から離れてしまうべきだろうが、アスカはここの場所に拘った。
 ここで告白されたのだから、ここで決着をつけるべきだろう。
 それに清水の舞台で将来を誓い合ったなど、何ともロマンチックな出来事ではないか。
 そう思ったからこそ、アスカは舞台の外れで足を留めたのだ。

「アンタ、飛び降りたら死ぬわよ」

「で、でも、僕は…」

 先ほどの勢いが残っていれば、君に失恋するなら死んだ方がましだとか何とか
威勢のいい言葉を吐けただろうが今の彼はいつものように口ごもってしまうだけだ。
 もっともアスカはそんな言葉が聞きたいわけではない。
 彼の気持ちは最初の脅迫で充分わかるのだから。

「アンタね、それじゃアタシにも飛び降りろって言いたいわけぇ?」

「へ?」

 そうそう、この顔。
 アスカは彼の戸惑った表情に満足した。

「いい?アンタに飛び降りられたら、このアタシも生きていく甲斐がないってことよ。わかる?」

 わかるかと問われ、シンジは一生懸命に考えた。
 彼女の今言ったことをじっくり考えると…。
 彼はおずおずと切り出した。

「あ、あの…、つまり…、えっと、僕はここにいていいの?」

「はぁ?アンタ、ずっとここにいるつもり?この寒い中で?アタシはもう帰るんだけど、アンタはどうすんのよ」

「一緒に帰る…?」

「うん。だったらそうしたらいいじゃない。アタシは全然構わないわよ」

「本当?」

 ようやく目を輝かすことのできた少年に問われ、少女は精一杯の虚勢を張った。
 ここは清水の舞台なのだから、勝利の踊りを舞っても差し支えはない筈だ。
 但し舞踊の心得のない彼女の舞は珍妙なものになってしまうので自重するしかない。
 喜びのためにどうにかなってしまいそうな身体を押さえつけるために彼女は必死にクールを装っているのだ。

「あ、手を繋ぎたかったら繋いであげてもいいし、腕を組みたかったら組んだげる。まぁ、好きにしたら?」

 キスしたかったら…とも付け加えたかったが、とりあえず場所を考えてアスカはそれくらいに留めた。
 それが正解だった。
 すぐにシンジが求めてきた内容を考えると。

「じ、じ、じゃ、手を繋いで、腕も組んで…」

「アンタ馬鹿ぁ?そんなの一遍にできないでしょうが」

「あ、そ、そうだね。ははは、僕、馬鹿だなぁ」

 頬は真っ赤に染まっているものの、シンジはいつもの口調に戻っている。
 落ち着きを取り戻したようである。

「とりあえず…手を繋いだげよっか」

 クールを装うにも限界がある。
 アスカはそう言った後に伸ばした手を自分の顔の方に戻した。
 一旦伸ばされた手をすぐさま握ろうとしたシンジがあれれ?と見ていると、何とアスカは自分の頬を抓ったのだ。

「アスカ…?」

 アスカは捻った頬をすぐに撫でながら顔を歪めて笑った。

「いったぁ〜いっ。夢じゃないみたい」

 するとシンジは慌てて自分の頬をぴしゃりと引っ叩いた。

「は、はは、痛いや。夢じゃないね、いててて…、強く叩きすぎちゃった…」

 興奮と恥じらいに染まっていた彼の頬は見る見る今までと違う赤色に変じていく。
 アスカは咄嗟に手を伸ばしシンジの頬を優しく撫でる。

「馬鹿ね。切れちゃったんじゃないの?口の中」

「う、うん…」

 アスカの掌の感触があまりに気持ちがよく、シンジはうっとりとしてしまう。
 こんなに気持ちがいいのなら反対側も叩こうか。
 キリスト様も右の頬の続きは左の頬…って感じのこと言ってなかったっけ?

「腫れないでしょうね、これ。手の型残るのなんてイヤよ、アタシ」

「はは、大丈夫だよ。そのうちに引くよ」

「そのうちじゃ駄目。だって、アタシが叩いたみたいに見られちゃうじゃない」

「あ、そうか」

「でしょう?」

「痛いの痛いの、飛んでけ」

 撫でていた手をアスカはさっと空へ向けた。
 その動きにつられてシンジも空を見る。
 二人が見上げた京都の空は薄く雲が敷き詰められ、その雲越しに淡く陽の光が透けていた。
 


 その後の二人は幸福感で満ちていた。
 手を繋いで清水坂を降り、三年坂と二年坂も転ぶことなく通過し、八坂神社から京都駅行きのバスに乗った。
 二人掛けの座席に収まったが会話は少なく、ただバラ色の未来を思い描き、肩を寄せ合う二人だったのだ。
 しかし、何か忘れていませんか、お二人さん。

「ねぇ、シンジ?」

「なに?」

「このこと、ママたちに報告する?」

「う、うぅ〜ん、恥ずかしいけど、どうせすぐにばれそうだし」

「そうよね、ママたち滅茶苦茶鋭いからね。見抜かれるより先に宣言する方がいいかも」

「お父さんは?アメリカで言う?」

「うぅ〜ん、それはわかんない。だって、初対面の娘にいきなり恋人ができたのって言われちゃあね」

「はは、それはそうだね」

「でも、明日、もう行っちゃうのよね。アタシとママはアメリカに」

「うん。寂しいなぁ」

 わあっ、どうしてこんなにドキドキするような事言うのよ、馬鹿シンジは!
 
「ア、アタシだって。それにアタシ、飛行機初めてで不安なんだからね」

「大丈夫だよ。僕だって初めて乗った時は物凄く…」

 トモロヲに無理矢理乗せられた飛行機初体験のことをシンジは持ち出した。
 今となっては懐かしい思い出だから安心して話すことができる。
 それにいつも自信満々のアスカが少しは飛行機に不安を感じていることに親近感を覚えているのだ。

「ちょっと待って、シンジっ」

「へ?」

 待ったのポーズをつけた手をアスカは自分の顎のところに持っていく。
 何か大変なことを忘れているのではないか。
 アメリカ行き、飛行機、不安…。

「ああっ!」

 アスカは窓際の降車ボタンを凄い勢いで押した。

「ど、どうしたの?何か落としてきたとか…」

「ち、ち、違うわよっ。御守!買ってないじゃない、アタシたち!」

「あっ」

 御守を買いに京都に来たという目的をシンジも思い出した。
 次のバス停に着くまで二人はじりじりして待ち、扉が開くとすぐに歩道へと飛び出した。

「神社!お寺でも!」

「み、見えないよ、どこにも。ここにはないんじゃない?」

「ここは京都よ!石を投げたらお寺に当たるわよ!」

 力むアスカだが、降りた停留所が悪かったのか、そのバス停の周りは商店や二階建ての小さなビルばかりだ。
 ええいとばかりにシンジは近くにあったお蕎麦屋に飛び込んだ。
 しばらくすると彼と一緒におばさんが出てきて、身振り手振りで近所の神社の場所を教えてくれた。
 そこならば御守を売っている筈だと。
 アスカとシンジはおばさんに最敬礼してその方角に駆けた。
 ただし、彼女になったばかりの初々しいアスカは彼氏に対する牽制を忘れてはいない。

「ちょっと馬鹿シンジ!アンタ、どうしていつもいつも女ばっかりに声かけんのよ!アタシってものがありながら!」

「えっ、ちょっと、そんなぁ」

「うっさい、言い訳すんなっ。あっ、あったわよ、赤い鳥居!」

 前方に見えた鳥居を目視した途端にスピードを上げたアスカに取り残された形のシンジは苦笑した。
 今のは何だったのだと思いながらも悪い気持ちはしない。
 嫉妬してくれてるんだと嬉しく思ったシンジは鳥居の前で手招きしているアスカの元へ全力疾走した。
 それから二人は大急ぎで御守を7個買い求めたのだ。
 アスカはシンジのために青い御守を。
 シンジはアスカのために赤い御守を。
 しかし自分たちの分に時間をかけてしまったので親たちのものは急いで選んだ。
 女性二人には淡い桃色のもの、そしてトモロヲを含む男性3人には濃い紫色のものを袋に入れてもらったのだ。
 こうして当初の目的をようやく果たした二人は大慌てで神戸に戻ったのだ。
 約束の時間より一時間以上遅れることに慌てふためきながら。
 しかし、帰りの電車の中で寄り添って立つ二人は幸福一杯であった。
 


 


「なるほどね、それでラブラブになった二人は当初の目的を忘れてしまって遅くなったと」

「忘れてないでしょ。ちゃんと買ってきたじゃない」

 卓袱台の上にアスカは御守を7個並べた。
 そこにはクリスマス用のご馳走もはいどうぞとばかりに待機している。
 小さめだがホールケーキを食べるのは実はアスカは生まれて初めてだった。
 そしてアスカの不安どおりに唐揚げが盛られたお皿が真ん中に鎮座していた。
 もっとも一人一本ずつ鳥の足もしっかり用意されているのだが。
 
「これはシンジので。こっちはアタシの」

「どうせそうだと思った。その二つだけお互いで選びあったんでしょ。どうせ」

「いいじゃないか、母さんのだって買ってきたし、父さんたちのも」

 シンジは濃い紫色の御守を二つ手にした。
 
「これは僕から父さんとトモロヲおじいさんに渡しておくね。アスカと僕からって」

「うんっ。じゃ、これはパパに渡しとく。アタシとシンジからって」

 そんな二人を横目に見て、ユイとキョウコは苦笑した。
 これはしばらく当てられる毎日が続きそうだ。

「じゃ、残ったのが私たちのね」

「とりあえずありがたく貰っておきましょうか」

 同じ桃色の御守をそれぞれ手にした二人の母親は目をくわっと見開き、そして互いの御守を覗き見る。
 二つとも同じものだと確認したうえで、ユイとキョウコは同時に咳払いをした。
 その不吉な音はラブラブの子供たちをすぐに現実に戻し、恐る恐る母親を顧みる。
 母親の咳払いというものは小さい時から叱られる時の徴だから、もはや身体に染み付いてしまっているのだろう。

「これはどういう意味かしら?」

 微笑みながらユイが優しく訊ねる。
 ぞわぞわっとシンジの背中に寒気が走った。

「アスカ、随分と思い切ったことを願ったものね。ああ、恥ずかしい」

 真顔になって睨みつけたキョウコがぴしりと言う。
 やばいやばいやばい!とアスカは逃げ腰になった。

「お、御守だよ。ねっ、アスカ。ちゃんと買ってきたものだから間違いないよ、うん、普通の御守だよ。ううん、違う。よく効くって。
うちの御守は願い事が物凄く叶うって神社のおばさんが言ってた」

「こら、馬鹿シンジ。べらべら喋るんじゃないわよ」

 言い訳を嫌うキョウコを相手にする時は黙って耐えるしかない習慣を持ったアスカと、
黙っていると何か言いなさいとユイに叱られるシンジとでは叱られた時の対応が大きく異なっていた。
 二人の母親は示し合わせたかのように、黙って手に持っていた御守をそれぞれの子供に突き出す。
 まるで水戸黄門の印籠のように目の前に突きつけられた桃色の御守を凝視した子供たちはそこに書かれている文字を読んだ。

「こさずけおまもり…。えええっ」

 子授御守と文字を読み、顔を見合したアスカとシンジは大慌てで自分たちの御守を調べる。

「よかった。シンジのは学業成就よ」

「アスカのは旅行安全だよ。ほっとした」

「まあ、確認したものね。買う前に」

 ほっとして笑顔になる二人の背中に冷水を浴びせるかのように、
母親たちは紐を持ちぶらぶらさせた御守を子供たちにさらに突き出し小言を続ける。

「確認?自分たちのだけ?」

「あらあら、仲のいいことで。きっと二人のを決めるのに時間を充分かけたのね。親たちのなんかどうでもいいと」

「ち、違うって。確かに時間はなかったけど、い、色で選んだんだ」

「こらっ、時間がなかったって認めちゃ駄目でしょうが」

「あ、あ、えっと、つまり、あの、この色が綺麗だからって」

「綺麗?」

 さすがに母親たちは女性である。
 綺麗という言葉には悪い気はしない。
 その一瞬緩んだ空気を読んだアスカは取って置きの発言をキョウコに向けた。

「あのねっ、ママの肌が白くて綺麗だからってシンジがこの色にしようって言ったの」

「まあ、シンジ君ったら正直者ね」

「こら、キョウコ。あっさり騙されるんじゃないわよ」

「いいじゃない、ユイ。うふふ」

 御守を自分の手の甲に乗せ淡い桃色と自分の肌の色を見比べて、キョウコはあっという間に上機嫌になる。
 
「まったく単純なんだから、キョウコは。もうっ」

 共同戦線を張っていた盟友に裏切られ、ユイはぷぅっと膨れた。
 それがまるで子供のように見えて、アスカはついくすくすと笑ってしまう。
 ユイは溜息を吐いて、御守を自分の目の前でぶらぶらさせる。

「まあ、いいか。シンジは妹が欲しいってずっと言ってたし」

「ええっ!そ、そんなのいつの話だよ」

「七夕によく書いてたでしょ。いらない?妹」

「そ、そ、そんなの…知るわけないよ」

 ついにシンジは逃げ出してしまった。
 とは言え狭いアパートだから隣の部屋に向かって四つん這いで逃亡しただけだが。
 
「男たちの方は普通に家内安全か。まあ、無難なところね」

「ほらアスカ。シンジ君、呼んできなさい。食べましょう」

「うん、わかった」

 隣の部屋に行き小声で何事か話している子供たちの様子に母親二人は顔を見合わせ笑った。

「ご利益あったらどうする?」

「さあ、クリスマスイブに日本の御守ってどうなのかしら?」

「いいんじゃない?日本は古来から八百万の神なの。きっと800万もあるんだからその中にキリスト教も仏教も入ってるんだわ」

「平和な考え方。まあ、その方が争いがなさそうでいいけど」

「戦争反対。クリスマス万歳。こらっ、シンジ!いつまでいちゃいちゃしてるのっ。早く来なさい!」

 ユイが叱りつけ、キョウコは微笑んだ。
 親友の意見には大いに賛同する。
 戦争は大嫌いだし、クリスマスという行事は楽しい。
 この年になっても宗教とは何かということがよくわからない。
 ドイツ生まれの母親はカトリックだったそうだが、今は惣流家の菩提寺に葬られている。
 惣流家代々の墓の下だから異国の人であろうが宗教が別であろうがお構いなしに葬ったのだ。
 戦時中だとはいえ可哀相なことをしたと、祖母からキョウコは聞いたことがある。
 しかし…と女学生時代のキョウコは考えたものだ。
 写真でしか知らない母親はキリスト教のお墓に埋葬されればそれで安らかに眠ることができるのだろうか、と。
 戦後日本に育ったキョウコは周囲の子供たちと同様に混濁した宗教観の中で育っている。
 家では仏壇に手を合わし、初詣に神社に赴き、そして…クリスマスだ。
 キョウコの家では特にクリスマスを祝うようなことはなかったが、
それでも駅前などでは年を経るごとにクリスマスの装飾が派手になっていくのを目の当たりにしている。
 だが、そういう日本人を彼女は不思議には思わなかった。
 自分も同じ日本人なのだから。
 宗教論は棚上げして、とにかく祝おう。
 クリスマス万歳。平和万歳、だ。
 この子たちは戦争を経験することなどないように…。

「さあ、食べましょう」

 キョウコの合図で席に戻った子供たちも手を合わせた。



 翌日、アスカとキョウコがアメリカに旅立つ。
 伊丹空港14時発でロサンゼルス到着は27時、つまり26日の午前3時だが、それは日本時間。
 時差があるから現地の到着は12月25日の午前10時になる。
 何とかクリスマスの間に対面ができるわけだ。
 アンソニー・ラングレーはキョウコとほぼ15年振りに、そしてアスカとは初めて顔を合わすのである。
 空港の展望デッキからシンジとユイはアスカたちの乗った飛行機を見送った。 
 少年は手を大きく振りながら、旅行の安全と対面の成功と無事の帰還を合わせて祈った。
 学業成就の御守を握り締めながら祈っても仕方がないかもしれないが、それでも彼は願わずにはいられない。
 もはやアスカは彼の正式な婚約者なのだから。

「さて、シンジ。私たちも帰ろうか。東京に」

「うん」

 そう答えながらも彼は小さな点になってしまった飛行機を目で追っている。

「さあ、帰ったらあなたは英語の勉強をしなきゃあね」

「どうして?」

「アスカのお父さんに挨拶しないといけないでしょう。英語できちんと。
お嬢さんとお付き合いさせていただいています。将来結婚したいと思っています。とかね」

「えっ」

 母親のからかいに照れた拍子に、追いかけていた機影は見えなくなってしまった。
 がっくりとした息子の肩をユイはポンと叩いた。

「まあ、あの人に教えてもらいなさい」

「父さんじゃないよね」

「当たり前でしょ。あの人はギブ・ミー・チョコレート世代なんだから。トモロヲおじさまよ」

 ユイは語学に堪能なアスカのおじいさんの名前を持ち出した。

「ああ、そうか。でも…恥ずかしいなぁ」

「何言ってるの。おじさまにもちゃんと報告しないといけないでしょう。
胸を張りなさい。私が婚約したのはあなたよりもっと子供だったのよ」

「したんじゃなくて、させたんだろ」

「さあ、ね。ほら、帰るわよ。新幹線に間に合わなくなる」

 ユイはくるりと背中を向けたが、シンジは最後にもう一度と飛行機の消えた方角に向かって手を振った。
 アスカ、いいクリスマスを…。

「この馬鹿息子。そっちはアジア方面。飛行機は旋回してあっちに飛んでいくのよ」

「あ…」

 シンジは慌てて踵を返し、ユイに教えられた方角に手を振る。
 彼のリュックサックにつけられたキーホルダーの、可愛い新選組隊士と舞妓さんのカップルが小さく楽しげに揺れた。



 昭和53年12月25日月曜日現地時間午前10時42分。
 シンジの強い想いが叶ったのか、アスカとキョウコは涙の対面を果たした。
 二人は3日間のアメリカ滞在を経て、開港したばかりの新空港の方でなく羽田空港に無事帰還した。
 出迎えたシンジとトモロヲ、そしてユイに伴われ、母娘は新年を過ごす惣流家に向かう。
 自分の実家が想像以上に大きく目を丸くしたアスカだったが、正月の滞在中にトモロヲのサイドカーにも乗ることができ、
さらにゲンドウに対して何年後か後に碇家の嫁になりますとしっかりとした挨拶もしてのけたのだ。
 初詣にはアスカは生まれて初めて晴れ着を着た。
 昔キョウコが着ていたものである。
 着付けと結い髪は美容院でして貰い、そして彼女の赤金色の髪には髪飾りがつけられた。
 これを使ってくださいとアスカが持ってきたものである。
 それは京都でシンジに罰ゲームとして買ってもらったあの赤い髪飾りであった。

 さて、シンジとアスカはあの御守を大切にした。
 何しろ素晴らしいご利益のある神社の御守なのだ。
 アメリカ行きの無事が叶ったばかりか、まさか、翌年にキョウコ、次の年にユイと、二人の母親ともが子宝を授けられるとは…。
 きっとクリスマスイブにお寺や神社をお参りして色々な神様の助けを借りられたからだとアスカは力説した。
 そしてアスカとシンジは受験や就職などの大きな願い事がある年は、
その前の年のクリスマスイブに神社仏閣デートをし最後にどこかの神社で御守を買うことにしたのだ。
 その方法がよかったのか、それともその宗教的いい加減さに呆れて苦笑する神様たちの優しさか。
 その後の二人の人生は概ね良好である。


(おわり)


 

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