「バカバカバカバカ、シンジのバカァ!」
いつものセリフだけど、今日はちょっとばかり深刻だったようだ。
アスカは目に涙を浮かべ、僕に枕をたたきつけて部屋を飛び出していった。
僕に降りてきた天使
かものはし 2006.08.06
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事の起こりは、僕の目覚し時計だった。 以前綾波が自分用とおそろいで買ってくれた水色の時計を、アスカが 「気に入らない」 と言い出したこと。 昔の彼女のプレゼントを、後生大事に抱えているように見えたらしい。 今はもう僕の妹になって彼氏もいる綾波の事を、そんな風に思い返したことすら無かったから、ついアスカに食って掛かった。 「いまさら何言ってるんだよ!訳わかんないよ」 「だって・・・目覚ましなら他のもあるじゃない。何でレイのなのよ!」 肩を震わせてそういうアスカの言葉を『いつもの事』と僕は受け流した。 散々文句を言われ続けて来た僕にとって“いつものアスカ”だと思ったから。 でも、この時はちょっと違った。 「なんでよぉ・・アタシは・・アタシは・・・」 ばっ、と手近にあった自分の枕を手に取り、僕をばんばん叩き始めた。 「ちょ、ちょっと、アスカ」 枕が破れて中の羽根が飛び散ってもアスカはやめようとしない。 そして、目覚し時計を掴むとそのまま走って部屋を出て行った。 アスカがいなくなった後、しばらく呆然としていた僕は、足元に散らばる羽根に目をやった。 廊下へ、玄関へ、点々と続いている。 まるで「アタシはこっちだから。早く追いかけてきてよ」と、アスカが言っているみたいだ。 ふう、とため息をついた僕は靴を履いて部屋を出た。 マンションの廊下にも、ぽつぽつと羽根が落ちているのが見える。 きっとアスカは、羽根まみれのまま走って行ったんだろう。 保護者抜きのアスカと二人きりで暮らし始めて1年になる。 アスカを抱きしめたり、アスカにキスしたりする事も、まるで毎日の挨拶のように普通の事になって、 そんな自分がアスカの事は一番わかってる、いや、アスカの事は全部わかってると思い込んでたのかもしれない。 でも、どんなに相手のことを好きになっていても、ずっと一緒に暮らしていても、きちんと話さないと、態度で示さないと分からない事は有るんだ。 きっとここだろうな、と見当をつけてやってきた公園のブランコに、アスカは座っていた。手の中の時計と睨めっこするように。 Tシャツの背中に2枚、枕の羽根が背中合わせにくっついていて、まるで小さな羽の生えた天使がうずくまっているみたいに見えた。 「アスカ・・」 声を掛けた僕にアスカはゆっくりと向き合って、なんだか他人同士みたいに、ぺこり、とお辞儀をして言った。 「愛してる事と、気持ちが通じる事と・・・勘違いしないで」 「あたしはシンジが大好きだから、シンジに隠し事はしたくないの。 アタシが喜んでる事も悲しんでる事も、全部シンジに知っていてもらいたいの。 だから、アタシが全部を見せるから、シンジにも全部を見せてもらいたいのよ。 アタシはシンジの事をなにもかも知ってるわけじゃない。 シンジもきっとアタシの事を全部は知らないと思う。 だから・・だから・・シンジが何を考えてるか、何をしたいか、いつもいつも教えて欲しいの」 アスカは、不安だったんだ。 たとえ目覚し時計一つでも、僕がどんな思いで使っているのか分からない事が。 僕の心の中に自分が踏み込めない所が出来るんじゃないか、と思うことが。 僕はアスカの持っている時計を見つめて言った。 「それをどうするかは、アスカに任せるよ」 ちょっと不思議そうな目で僕を見ているアスカに、言葉を続けた。 「これはね、レイが『アスカに見捨てられないようにね』って言って、僕にくれたんだ。 ほら、僕、基本的に朝弱いじゃない。 でも、そんな事言うなんて、レイもアスカのことがほんとは好きなんだな、って。 なんだか、レイの言う『絆』みたいだな、って思って使ってたんだよ。 ・・でも、今朝で電池も切れちゃったし、アスカの好きにしていいよ」 しばらく時計を手に考え込んでいたアスカは、にっ、と笑うとそれを空高く放り投げた。 きれいな放物線を描いて地面にぶつかり、砕ける時計を僕は唖然として眺めていた。 「アタシが新しいの買ってあげる。 レイにはアタシから『時計壊れたから捨てちゃった』って言っておくわ。 ・・これからは、アタシの時計で、アタシと一緒の時間を過して。 アタシの中はシンジで一杯なのに、シンジの中にアタシ以外の女がいるのって、やっぱりちょっとシャクだし」 「女って・・・妹じゃないか」 「そ・れ・で・も。かつてはライバルだった相手だしね」 少し上目遣いで、拗ねたように言うアスカに僕がかなうはずも無い。 それにさっきのアスカの言葉が、時計が壊れた事よりも僕の心に痛かった。 君をきちんと愛して、君にきちんと愛されるには、もっと僕の努力が必要だ。 ひょい、と僕の頭に手を伸ばしてアスカが何かをつまんだ。 「はね」 アスカの背中についているのと同じ白い羽根が、アスカの手の中にある。 「リビングはこいつで大変な事になってるよ」 僕が苦笑しながら言うと、アスカがうな垂れた。 「ゴメン。帰ったら掃除する」 僕は、そんなアスカの顔を起こし、優しくキスして言った。 「ううん。僕が掃除するよ。僕の責任だから。全部僕が片付ける。 だからアスカ、僕らの家に、一緒に帰ろう?」 「うん・・」 小さな声でそう呟くと、アスカは僕の腕にしがみついてきた。 「枕、使えなくなっちゃったわね」 「そうだね・・でも、僕のがあるよ」 「アンタはどうすんのよ」 「枕は一つでいいでしょ?」 僕がそういうと、アスカは赤く染まった顔をぷいっと背けた。 「バカ」 僕の天使の背中から、ふわり、と羽根が舞った。
はじめまして、かものはしと申します。
このようなお話を書いたのはほとんど初めてで、掲載していた
だいたジュン様に感謝感謝です。
タイトルからおわかりの通り、槇原敬之の「どうしようもない
僕に天使が降りてきた」という曲を元に書いてみました。
この歌、絶対アスカだと思います(笑)。
暖かくて、格好良くて、でもちょっとへっぽこなアスカ様が活
躍するようなお話を書いてみたいです。
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かものはし様の当サイトへの初投稿よっ。
サイトの掲示板を読んだけどさぁ、
基本的にはLRSの人ですってぇっ!
ぐるるるるるるぅっ!
目覚まし時計を壊しただけじゃたんないわよ!
あ、でもちゃんと掃除しとかなきゃね。公園なんだから。
でもさ、かものはし様?
これからはLASよ。LAS!
LASに宗旨替えするように、みんなも感想、ちゃんと出しなさいよっ。
ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、かものはし様。