バレンタインの恋人未満
  




        


                                

2009.2.14

 

こめどころ


 

 2月14日はいつも悩みのタネだ。

しかしながらバレンタインなんてものは小学生から精々中学生のやる事で、高校生にもなってやってる奴はもう少ない。
でも、そう単純ではなく、結局真面目に付き合っている本当の恋人同士は、何かプレゼントを交換している。
交換となればやっぱりこの日にチョコレートを贈るのは手軽な割に重要らしい雰囲気が出るから、貧乏な高校生にとっては助かる催しものだ。
私が困るのは、ちゃんとした恋人同士ってわけではなく、かといってただの友人とか仲間とか言うには留まらないってことなの。あいつは。

10円分の麦チョコをあげたりしたこともあったけど、そういう逃げかたはもはやできない。
と言って小さな一箱が5千円もする高級チョコを贈るのもなぁ。17歳の身としては悩みは深いわけよ。
昨年の暮れの誕生日にあいつはきれいなジルコニアがついたチョーカーを贈ってくれた。
自分で言うのもなんだけど細くて長い私の首にそれはとても大人っぽく似合ったわけで。
ミサトがものすごく羨ましがっていた。こんなもの貰ったこと無いって。
その時私はシンジに手編みのマフラーと手袋を上げた。シンジのことを子供扱いしてたわけじゃないんだけどね。
高校生のプレゼント交換としてはまぁまぁ心がこもってると思ったのよね。シンジはきっと喜んでくれると思ったし。
だって、大人っぽいプレゼントなんて何を送ってあげればいいのか、さっぱりわからなかったんだもの。
高級酒とか飲めないし、カフスとネクタイピンとか万年筆なんか今は使わないしさ。そんなものが入用なほど大人じゃない。
つまりなんて言うか、女の子に比べると17歳の男の子って半端に子供なのよね。

デートだってシンジはやっと手をつないでくれるだけだし、キスだってせいぜい頬にしかしてくれない。
しかもこっちがさんざんねだって、先にしてやってから、ずいぶんおどおどしてからなんだよね。
ぎゅっと抱きしめてくれたこともない。暗がりに佇んだこともない。唇を交わすなんて何時のことになるんだろう。

「それでも、わたしのこと、結構大人だと思ってくれてるってことなのかな。あのチョーカー。」

ドレッサーの前で服を脱ぎ、素肌になってチョーカーをつけてみた。シンジの前でこんな姿になるなんて想像もつかない。
第一そんな日が来るかもなんて、来るわけないって思いのほうが圧倒的だ。
それでも上半身が染まって、火照ったような色になった。恥ずかしい、という気持ちが身体に満ちている。
このチョーカーは貰った時に着ていた、素肌にVネックのモヘヤのセーター以外では付けたことはない。
つまり、シンジも一回だけしか見たことはないのだ。
これはきっとシンジも大人っぽい背広に身を固めたりした時にお揃いで着るしかないわよね。
シンジがくらくらっとくるようなドレスを着て。フォーマルパーティーか何かの時にね。
私たちは今のところネルフの忘年会とか新年パーティーに高校の制服で出席するのがせいぜいだもの。付けるチャンスすらないわよ。
飲み物はノンアルコールのフルーツポンチとか子供向けシャンパン、甘ーいワインくらいだし。
呼んでもいいと言われた学校の仲間とケーキ各種とチキンや鮨や、生ハムメロンとか珍しい果実でお腹をいっぱいにするだけだ。
血のハムとか、クジラとか河豚の刺身とかキャビアとか、確かに高校生にとっては御馳走かもしれないけど。

まして…バレンタインデーなんて個人個人の告白とか、恋愛とか、繊細な心の動きを伴うようなことなんて、どうすればいいのよ。
何か贈ってあげたいとは思う。けど何を?何を贈ればあいつは喜んでくれるだろう。
しかも、バレンタインデーなんてもう流行おくれのすたれた風習、それだけに逆に真剣な告白になってしまいかねない、大切な日には。

そう考えて毎日を過ごしているうちにあっという間に明日はその日になってしまってる。
毎年間に合わなくなって、麦チョコだとか、ライスチョコだとか、売れ残りのバースデイチョコケーキとか、チューブチョコレートとか
気を利かせたつもりで子供っぽいマフラーとかミトンとか、毛糸の帽子とか、夜遅くに安売りシューズショップで買ってきたスニーカーとか、
何の変哲もないママチャリとかを贈ることになって。シンジは何でも喜んではくれたけど、私って馬鹿じゃないかと毎年思うよ。
それでも、お返しって言っていつも私がきっと気に入るようなものを準備してくれるんだよ。
そのことだけ取っても、私はシンジに抱きついてキスの配給をたっぷりしてやったっていいくらいなんだけど。そうはいかないんだ。
問題は、このうっとうしい性格なのよ。素直じゃない、思ったことを口に出来ない、突っ張らかるだけで、受けいれるということをしない。
この性格が治りさえすれば、私はシンジにしがみついて、泣きながら詫びながら、どんなにシンジが好きかを告白するだろうけど。

でも、そんなの冗談じゃないわよね。舌噛んで死ぬか、マシンガンで撃ち殺されるほうがまし。ああ、ほんとに!!
学校では結局何も言えなかった。午後のお茶も終わって、ネルフ研究所のマンマシンシステムの改造についての実験が行われている。
今回の実験は負荷が高い。負荷が高いほど精神汚染に陥る可能線が高い。それをコントロールしながら意識を不断に保てるようにするのだ。
シンジは特にマシンを使うことなくその数値を維持できる。私はせいぜい60%くらいで、突発事故があれば急速に低下することもある。
一時シンクロ数値が0になったことすらある。それほどエヴァのシンクロ率は不安定なのだ。私のシンクロは現在50%〜70%で安定している。
これは、自分の位置が不安定なものではなくなって安定したことによっている為らしい。ずいぶん私の心は自分勝手なものだ。
シンジが自分だけを見つめていてくれているという、安心感が私を安定させているのか。自分で幻滅する。自分を処断できる権利を持つ
リツコがいなくなったことも好い結果を生んでいるともいえる。

私は人の犠牲の上で安定感を得て、自分の身分を保っている。リツコも、シンジも、レイも私のために犠牲のヤギになった。
シンジやミサトは一緒に戻ってきたけれど、戻ってこなかった人たちは多い。戻った人も私のために大変な犠牲を払ったことを知ってる。
それなのに、この上シンジに私だけを見つめ続けてほしいなんて言えるだろうか。言えはしない、と思う。

だから今年も結局チョコレートしかない。手作りチョコレートセットなるものを作ってみた。帰って1時間ほどで10個ほど作った。
いくつか箱に分けた。ネルフの人たちで独身者はもうほとんどいない。バレンタインパーティーと称して若手の女子職員だけで
小部屋でパーティーを開く。特別呼びたい男子職員だけを少しだけ呼ぶのが許されてる。その中でもとって置きの本命はここには呼ばないで
自分の部屋に呼ぶというのが決まりになっている。つまりここに来る男子は永遠の補欠候補なのだ。かわいそうだけど。
シンジは私の部屋に封じ込め状態のこの5年間だ。感謝しなさいよ、シンジ。もみくちゃにされないで済んでるのは私のおかげなんだからね。

部屋に戻ると部屋には御馳走が整っている。ミサトは結婚したのでわたしたちは2人暮らしだ。
こんなごちそうを作らせて、これっぽっちのチョコで終わりなんだから、私もひどいよなあ、と思う。
でも、それもこれも皆シンジのためよ。その代り、いつかは私の全てはあんたのもんじゃないよ。決して損ではない…と思うけどな。
そうかな、得だろうか。もしかして「赤字だ」と思ってたらどうしよう。ねえシンジ、そんな風に思わないよね。
と言ってもまだまだ決定したわけじゃないけどね。あくまで今のところ筆頭候補だというだけよ。候補よ!

「ほら、アスカ。今年も君の好きなハンバーグと、ホワイトチキンシチューだよ。芽キャベツとジャガイモも入ってる。」

自分でも本当にうれしそうな顔をして、表情を大きく崩してシンジの顔を見る。この顔を鏡で見て我ながら機嫌がいいなあと思ってしまう。
手作りのチョコを一人で作っていたのをシンジは知ってる。次第に私の料理や縫物や編み物の腕が上がっているのもね。

だからうれしくていろいろ作るんだけど。シンジが好きだといつになったら言えるんだろうな。

まだ恋人じゃない。でもただの友達でもない。
婚約者なんてまだまだだし、キスを当たり前のように交わす仲でもない。ほんのたま―に。
でも今日は、また一歩進めようかと思っている。そんな風に少しずつ進んで行ってる。
手作りチョコは、シンジの御馳走の後に手渡すつもり。そして、私とシンジは一歩進めて恋人同士になろうと思う。

「ねえ、キスして。」

そう言って私はシンジにねだる。シンジはやっとの思いで私の肩を抱いてくれるだろう。

「いいの、ほんとに。」

そんな風に言いながら。おでこか、頬に。唇が近づく。

「だめ、そこじゃいや。」

シンジは肩を抱きなおして、唇に唇を重ねてくれるかな。恋人としてのキスをくれるかな。
きっと、甘いチョコレートの味がするキスになるんだろう。
結婚するまではやっぱりバレンタインデーがあってほしいよね。そう思う。あたしの髪の小花を落とさないように。
そっと、大切に、くちづけを交わしたいのよ。勇気を奮って抱き寄せて。プレゼントを頬を赤くして受け取って。
その時私は髪をほどき、きれいなドレスを着てあなたのチョーカーを付けるわ。

悩みの種の2月14日。

本当は大好きな日。あなたへの想いを確認する日。いつかやってくる日を夢見る日。

「馬鹿ね、こんなに好きなのに、君のこと。」

こっそりとシンジのことを君と呼ぶ。つらい思いを一緒にしてきた馬鹿シンジじゃなくて。
だから君も呼んで、あたしのことを唇に自然に上らせて。

アスカ。と



                                           

  komedokoro


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こめどころ様へ

ご投稿ありがとうございます。
いや、お久しぶりです。
公私共にお忙しいとは存じていますが(私とは違って:笑)、何とか隙間を見つけて書いてくださいね。
あなたが書かずして如何する。
連載モノもございますれば、新作でも。
首はそう長くないので、お待ちしていますよ。
来年のバレンタインには…なんて許しませんからね。






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