アダムとエヴァ。

彼らは神から禁じられた知恵の実を食べた。

そして楽園から追放された最初の人間。


服も何も与えられず、荒野に放り投げられたんだってさ。

神様って無慈悲よね、せめて服ぐらい与えてやりなさいっての。

なにしろ無花果の葉で大事な所を隠しただけ。

そう、つまり素っ裸同然ってなわけよ。

こいつら寒くなかったのかしら?



ちなみにこの新世紀のエヴァはこのアタシ、惣流アスカ・ラングレー。

そして少し後ろの方でオロオロしながらついて来るアダムことバカシンジ。

もちろん素っ裸じゃないけどアタシ達の状況は信じられないくらいやばいのよ。

なにしろあんな砂浜にアタシ達二人だけ、しかも食べ物も水もなにもない。

そしてなによりもこの世界に人っ子一人いないって話じゃない。

つまり病気を見てくれる医者もいなければ誰もいない。

いるのはアタシ達、元エヴァンゲリオンパイロット二人のみ。

まったく、怪我とか病気とかしちゃったらどうすんのよ。

ってもう怪我してるか・・・。

包帯でぐるぐる巻きにされた右手と眼帯で覆われている左目。

見れば見るほど痛々しい。

でも不思議なことに痛みはない。

まあ、ものすごく不安であることにはかわりはないんだけど。

でもね、こんなメチャクチャな状況でも意外とアタシはポジティブなのよ。

えへへ、やっぱりシンジの愛の告白のおかげよね。

横目でちらりとシンジをうかがう。

見慣れたアイツの横顔。

つい先ほどの出来事が頭の中で鮮明によみがえってくる。

アイツの抱擁・・・告白、そしてお互いの唇から伝わるやさしい温もり。

自然とアタシの頬の筋肉がゆるくなるのが手に取るように分かる。




・・・もう一回したいな。




・・・ってアタシったらなんてヤラシーこと考えてんのよ!

これじゃあ、まるでシンジに骨抜きにされたみたいじゃないの!

ああ!もっとシャキッとしろっての!

と、何ともだらしない自分にとりあえず一喝。



・・・ふぅ、なんか全然アタシらしくないじゃない。

昔のアタシなら絶対ありえないことだ。

でも意外と悪い気分ではない、もしかしたらいい気分かもしれない。

恋すると人間変わるっていうけど、まんざらウソではないみたい。





それにしても・・・。



ぐるりと辺りを見渡す。

・・・ほんと、なにもないわね。

目の前には広大な砂浜のみ。

ふと、ため息がでそうになる。

でもあわててぱっと手で口を抑えた。

そんなアタシに不思議そうな顔で問いかけるシンジ。



「ん?どうかしたのアスカ?」

「どうかしたら悪いってぇーの!?」


間髪いれず馬鹿シンジを睨みつける。


「え、ご、ごめん・・・」

「はん!わかればいいのよ、わかれば」


アイツは見も蓋もないアタシの言葉に“なんで??”というような顔。

そんなシンジを横目にアタシは心の中で疑問に思う。



コイツほんとに知らないのかしら?

まあ、加持さんが教えてくれたんだけどね。

ため息吐いたら幸せが逃げてくんだって。

そんなことになるのはアタシ、絶対イヤ。

だってアタシ達の幸せが逃げてもらっちゃ困るでしょ。

もう、アンタも日本人ならちゃんと分かっときなさいよ、バカシンジ。



ホントはシンジに思いっきり説明してあげたかった。

けど恥ずかしいので心の中にしまっておく。

乙女心・・・そうアタシの心ほど複雑なものはこの世にないのだ。

そんな考えに妙に納得するアタシはふとさきほど頭の中で掠めた言葉を思い出す。

“幸せ”という言葉。



幸せ・・・か。



前のアタシには無縁なものだったな・・・。

エヴァに乗ってた頃のアタシは幸せを掴むことは出来なかった。

というよりも掴む努力をしてなかったと思う。

ただアタシはエヴァのことだけを気にして周りのことを気にすることをしなかった。

だからアタシのすぐ近くにあり、それこそ手を伸ばせば届くことができる幸せに気づくことが出来なかった。

全てを失って今更気づくなんて、バッカみたい・・・。

でも、それでもアタシは幸せになってみたい。

例えこんな希望のない世界でも。

アイツと一緒に。







ふたりの世界


Episode:2
                                          
A piece of happiness

 


LAS好き        2005.04.30

 










空には満天の星。

さっきの浜辺から一体どれくらいの時間をさまよい歩いただろうか。

アタシ達は今、砂で出来た緩やかな丘のてっぺんを目指し登っている。

丘の上の方からみればなにか見つけることができるかもしれない、というアタシのナイスなアイディア。

でもそんな緩やかな丘を上ることでさえ今のアタシにとっては至難の業。

昔ならともかく今のアタシの体の機能は極端に下がっているはず。

そういやまともな食事又は水分を最後に摂取したのは一体いつだったのだろうか、それすら思えだせない。

案の定アタシの唇はかさかさ、口の中はカラカラ、胃の中も空っぽという悲惨な状態。


うぅ・・・おなか減った、シンジの料理たべたいな・・・。

こんなことなら前にシンジが夕飯に出してくれた納豆残さず食べときゃよかった・・・。



こんな切迫詰まった状況でもそんなことを考えるアタシ。

まあ、つまり今のアタシはそんなことを考えるくらい思考回路が低下しているということだ。

それにまだ自分の姿は鏡で確認してはいないがきっとすごくやつれてるに違いない。


はぁ、やばいわね・・・。


自分自身の体のことはよく分かるってよくいうけどまんざらウソではないみたい。

アタシの体がだんだん弱っていくのが手に取るように分かる。


「ねえ、アスカ、大丈夫?」


そんなアタシの心を察したのだろう。

心配そうなアイツの言葉。

でもコイツ何度大丈夫と訊けば気がすむのだろう?

まあ、嬉しい事にかわりはないんだけどさ。



「まあね、アタシはアンタと違ってやわじゃないわよ」



そう強がって言ってはみたが心なしかアタシの声は小さい。

それにもう体全体が重い。

まるで自分の体に鉛をまきつけて歩いているようだ。

でもそんな素振りは極力みせないようにする。

シンジに迷惑掛けたくないから。

アイツのことだ。

もしアタシが疲れた素振りをすれば“僕がアスカを背負うよ”

なんて言い出しかねない。

そうなれば、アタシはシンジの体力を奪うことになってしまう。

最悪の場合、アタシだけならまだしも二人とも共倒れになる可能性がある。

生き延びる確率を少しでも上げたいならそいうった無用なことは極力避けたい。

例え独りぼっちになっても。



大丈夫、まだいける!

まだがんばれる、この丘を登ればたぶん街があるはずよ!



そう自分に言い聞かせ右足を引きずるように一歩前に踏み出す。

それでもやはりアタシの体力は予測以上に低下していた。

足に力が入らない、カクンっとアタシの右ひざが折れその場に座り込んでしまった。


「アスカ!!」


シンジが一目散に駆け寄りアタシの前にしゃがみ込む。


「アスカ、ねぇ、大丈夫??!しっかりしてよ!アスカ!!」


シンジは気を取り乱したようにアタシの細い肩を揺さぶる。


「ちょ、ちょっと?!」


アタシとしたことがシンジの必死の声と気迫に呑まれてこっちまで取り乱しそうになった。

でもアイツの指がアタシの肩に食い込んだときに生じた痛みがアタシを冷静に保ってくれた。


「ちょっ、・・・いたいわよ、バカシンジ,それにアンタ・・・取り乱しすぎよ」


アタシは怯える子供を慰めるように言葉を紡ぐ。


「ご、ごめん!」


アイツは弾ける様にパッとアタシの肩から手を離したが、またゆっくりとやさしくアタシの肩に手をおいた。

プラグスーツ越しに伝わるアイツの手のぬくもり。

それはアタシが孤独ではないということを再確認させてくれる。



「でもアスカ、お願いだから無理しないでよ、お願いだよ・・・」



シンジの今にも泣きそうな声にアタシは自分のことよりもコイツのことが心配になってしまう。

しかしこの状況を打破しないかぎりアタシ達に未来はない。

アタシは今からどう行動すればいいのかを考えた。






行く手を阻む壁。

今の難関はこの丘だ。

緩やかな丘だがされど丘。

悔しいけど今のアタシの体力を考えればシンジと共にこれ以上歩き回ることは無理だ。

ということはアタシはシンジと一緒にいけない。

ここで休んで回復するのをじっと待つしかない。

でも・・・。

例え少し休んだところでまた動けるまで回復するだろうか?

心の片隅で孤独になるという恐怖がアタシを少しずつ侵食する。

でも仕方がない、アタシ達が生き伸びるためにやるしかない。

アタシは不安な感情を無理やり押し込め、シンジにこれからのことについて話し始めた。


「あのね、シンジにお願いがあるの」

「え、なに?」

「ここから先、アンタひとりで行ってもらうわ」

「・・・ど、どういう意味?」

「あんたバカァ?言ったとおりの意味よ。アタシ、しばらく動けそうにないからね」

「で、でもダメだよ!アスカをこんなとこに置いてくなんて・・・できるわけないじゃいないか!!」


思ったとおりのシンジらしい反応にフッとアタシの顔から笑みがもれる。

でもすぐにその笑みは打ち消す。

ここは心を鬼にしなければならない。

なぜならこのプランががアタシ達の生存の確率を少しでも上げてくれるからだ。



「バカ・・・そうしなくっちゃ共倒れでしょうが・・・それにアタシはサラサラ死ぬつもりなんてないわよ。

まだまだアタシは色々したいことあるしアンタに言いたいことも山ほどあるんだからさ」

そう言って優しく微笑む。



「で、でも」

「と・に・か・く、アタシはもうこれ以上動けないからここで少し休憩するわ、そしてその間アンタがこの丘登って向こう側を偵察してくること!

あわよくば食料を確保することも忘れずにね!いい?!アタシもちゃんと後追いかけるから・・・ってちょっとアンタ聞いてんの??」

シンジは渋々アタシの話を最後まで聞いていた。

が不意にきっぱり一言。



「やっぱりダメだよ」

「・・・・・・・・・・・・」



こ、コイツ・・・いつもはアタシの言うことホイホイ聞くくせに。

アタシはこめかみを押さえながらも必死に怒鳴りたい思いを抑えるので必死だった。

でもそんなアタシの気持ちも露知らず、アイツは次にとんでもない行動に出た。

シンジはアタシの左手を取りシンジの肩にまわし、そしてひざの下の方にも手を滑らせる。

そしてひょいっとアタシを抱えあげた。



「!!!!」




女の子なら一度ぐらい想像したことがあるであろう。

恋焦がれる相手との夢のようなシチュエーション。

そう、世間ではお姫様抱っこと呼ばれているこの体勢。

それに今アタシは直面している!

そしてこれで落ち着こうとしても落ち着けるやつなんているわけもない、それがこのアタシなら尚更のことだ。

「あ、あ、アんた・・なな・なにす・・」

あまりの突拍子のできごことでアタシは完全に動転してしまい言葉がうまくでてこない。

もちろんそのときのアタシの顔はプラグスーツのごとく真っ赤かなのは言うまでもない。

何よりも先にまず恥ずかしさが全身を駆け巡る。

アタシは思いっきり怒鳴ろうと息をめいっぱい吸い込んだ。



『アンタこんな馬鹿なことせずにぱっぱとアタシを下ろして行きなさいよ!』



と、怒鳴ってやりたかったから。

が、その言葉が口から発せられる前にアイツの言葉がアタシの言葉を遮った。



「不安なんだ・・・アスカを置いていくのは。・・・それじゃダメかな?」

「・・・・・・」

・・・言えない。

『ダメにきまってんじゃない!この馬鹿!』

なんて言えるわけないよ。



最初から気づいていたこと。

でも心の奥にしまいこんでいた感情。

なんだかんだ言ったけど、結局アタシは怖いのだ。

片時でも独りになることが。

シンジに置いて行かれるのが。

でも自分では決して言い出せないアタシ。

いつもいつも強がって、意地っ張りなアタシ。

ホントに素直じゃないのよね、アタシって。



それにしてもコイツ、ホント嬉しいこといってくれるじゃない。

アタシはシンジに何か気のきいた台詞を言ってやりたかった。

けど予想を遥かに超えたシンジの行動にアタシの思考回路は完全にフリーズ。

そんな状態で気の利いた台詞などシンジに伝えられるはずもない。


「アンタ、救いようのないバカね・・・」


深層意識の中でがっくり肩を落とすアタシ。

はぁ・・・もう少し素直になりなさいよ・・・。

一言ありがとうって言えさえすればいいのにさ・・・。

でもシンジはそんなアタシの悪態にもめげずサラッと一言。


「僕だからね」


そう言ってシンジはアタシを抱いて一歩一歩足元を確かめるように丘を登っていった。







ん?


それに気づいたのが間もなく丘の頂に差し掛かったころだ。

体越しに聞えるアイツの鼓動は激しくなり呼吸も乱れている。

こころなしかシンジの足元がふらついているように見える。

仕方がないことだと思う。

なにせシンジはアタシみたいに特殊訓練なんて受けていない。

アタシ自身、別に重たくはない、いやむしろ軽い方だろう。

でも人間一人を抱えてこの丘を登っているのだ。

疲れるに決まってる。

アタシはアイツの顔を上目遣いで見ながら声をかける。

「ねぇ、アンタ少し休んだ方がいいんじゃない?」

アタシの声にアイツはびくっと体を震わせ顔をあさっての方向にパッと向けた。

「???」

一瞬、疑問に思ったがなぜシンジがこの行動にでたのかすぐに分かった。

たぶん必死に呼吸を整えているのだろう。

これはアタシに疲れた素振りを見せたくないがための行動にちがいない。

まったくもってシンジらしい行動だ。

・・・でもね、シンジ。

アンタの鼓動これでもかっていうぐらいバクバクいってるのよ・・・。

まあ、そこを突っ込むほどアタシは野暮じゃないけどさ。

少しの間のあとシンジはすぐに顔をこっちに向けとぼけたように言う。


「え?そんな、僕、全然大丈夫だよ。もうすぐ頂だからさ、あと少しだよ」

「・・・・・・・」


ったく、シャアシャアとウソをいってくれるじゃないの。

シンジはあくまで平静を装っているつもりだろうがアタシにはみえみえ。

でもそんなシンジの行動はアタシへの優しさだということは知っているからあえて黙っておく。

馬鹿シンジ・・・無理しちゃってさ。

でも、ありがと・・・。

そう心の中でアイツに感謝した。













頂にたたずむアタシ達。

そしてそこからみえるかすかな希望。

こんな絶望した世界でも幸せはまだアタシ達の傍にある。

アタシにはそう感じられて仕方がない。

アタシ達の視界に入るのは小さな町。

ところどころ白い煙のようなものが民家から立ち上っているがそんなことどうでもいい。

アタシ達、まだ生きていける。


ぎゅっ


つい嬉しくて傍にあるアイツの右手を取り、握り締める。

シンジは少し戸惑っていたけれど、それでも優しく握り返してくれた。


「何とかなりそうだね、僕達・・・」

「・・・・・・うん」


突然ふと熱い液体がアタシの頬をつたう。

今まで張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろうか。

アタシは慌ててぬぐうが後から後から涙が出てくる。

もう我慢の限界だった。

「シンジ、・・・少し胸、貸してもらうわよ」

「え?」

シンジに拒否権はない。

言い終わるやいなやアイツの胸に飛び込んだ。

涙でシンジのシャツが濡れてもかまうもんか。

アタシはアイツのきゃしゃな胸板にこれでもかというぐらいに顔を埋め、わんわん泣いた。

そういえば、こんなに大きな声で泣いたのはホントに久しぶりだと思う。

そんなアタシにシンジはなにをトチ狂ったのか。

シンジはアタシの背骨が折れそうなくらいにぎゅっと抱きしめてくる。

アイツの腕の力は結構強くて息を継ぐのにも一苦労してしまう。





もう、そんなことするなんて反則よ・・・。

ぐすっ。

涙、止まんないじゃないのよ、バカシンジ。

こんなに嬉しいはずなのに・・・。

止まらないよ・・・。





もしかしたら、これってミサトが言ってた“嬉し泣き”というやつだろうか。

ふと昔のワンシーンを思い出す。

毎週決まった時間に居間でお煎餅をかじりながらテレビをみてるとよく見かけた。

恋人同士が泣きながらお互いを抱きしめている光景。

普通なら一番盛り上がるシーンなのだがアタシは違った。

そんな泣くほど幸せになるなんて信じられなかったから。

『はんっ!やっぱドラマよねー。こんなの現実に起こるわけないじゃん!』

『あら?アスカは経験したことないの〜?シンちゃんと』

『バッ、バッカじゃないの!んなことやるわけないじゃない!!そ、そういうミサトはどうなのよ!?』

『そりゃあ、一度ぐらいあるわよん』

『ぷっ。だっさー、嬉しくて涙流すなんて大の大人がするもんじゃないわよ』

『でもとても幸せなことよ。それにアスカだってそういう時が来るかも知れないわよん?シンちゃんと』

『バッ、バカいってんじゃないわよ!』


他愛のない会話。

でも今となってはかけがえのない思い出。






ねぇミサト?




アタシ、嬉し泣きしちゃったよ・・・。




シンジの腕の中、もう会うことはできないミサトにアタシはそっと告げるのだった。








                                      




                                                                
続劇







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 LAS好き様の当サイトへの2話目の投稿。
 地獄の砂漠も二人の愛があれば乗り越えられる!
 自分で言ってて赤くなってりゃ世話ないわね。
 でもまだこの作品のアスカは恋愛若葉マークなんだもん。
 シンジの言動のひとつひとつに心が揺さぶられるのよ。
 さあ、いよいよ町へ。煙が上っているってことは人がいるってこと?
 まさか人喰い人種なんていないわよね。
 でもサードインパクトの後だから…。
 愛し合う二人の前に現れるのは善良な仲間か悪意の持ち主かはたまた使徒か?
 次回も楽しみよね。
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、LAS好き様。

 

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