序論。




私は碇シンジが苦手である。

碇シンジとは、中学二年男子14歳、我がクラスメートのことである。

私にはもともと、男嫌いのきらいがある。

しかし、それは嫌いというよりも、むしろ興味がないという段階であって、

碇シンジに対するそれとは明らかに違うものだ。

では、仮に碇シンジに興味があるのか?と問われれば、私は閉口せざるを得ない。

というのも、私はある事情から碇シンジと同居しており、

半ば、否応なしに興味を抱かざるを得なかった事情が存在するからである。

これは私の本意ではない。

しかしながら、他人である同居人との円滑な人間関係を構築するため、

相手に対して、そのような感情を抱くのは万人の思うところであろう。

それについては、私といえど例外ではない。

では何故、年頃の私が男などと同居することになったか、ということについては、

まことに珍妙な経緯があるのだが、それは諸々の事情から公表を差し控えさせていただく。

これでは説得力がないとお思いかと察するが、

私にも人並みに乙女の事情という名の守秘義務があり、

このことについての言及は、これ以上は御免被りたい。

兎にも角にも、私は碇シンジが苦手なのである。

何故なら、碇シンジは私の精神をある意味、蹂躙ともいえるほど揺さぶり、

その後、私に実に奇妙な感覚を引き起こすからだ。

何が奇妙かと問われれば困る。それは本人である私すら知るところではないのだから。

しかし、それを分からず仕舞いにしておくほど私は愚かではない。

私はこの奇妙な感覚の原因を究明するため、碇シンジについての研究レポートを書くことに決めた。

周囲への理解は、私の生活を快適なものにするであろうし、

私の聡明な頭脳を発揮する機会を、ちょうど求めていたところでもある。

知性とは、日々の飽くなき探求によって初めて輝くものだ。

この努力も、大いに結構なものだと思う次第である。

なお、これ以下は本文に入る。

題して、




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          或る少年の一日        witten by Asuka Langley Sohryu
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一つ、碇シンジの朝の習慣について。




碇シンジの朝は早い。

平均的な中学生であるならば、まず間違いなく7時半程度まで睡眠をとる。

これは私も例に漏れない。

ところが、碇シンジは6時半ほどには、もう起床しているのである。

これは常人には驚くべき早さだといえよう。

だが、これには理由があるのだ。

というのも、碇シンジは我が家の家事のほぼ全てを担当しており、

その時間に起床しなければ、朝の仕事をこなすことが出来ないからである。

朝の仕事というのは、私を起床させること、私が摂る朝食の準備、私が入るお風呂の準備、

私が昼食で摂るお弁当の準備、及びその後の片付けである。

本来ならば、このような雑務は親がやるべきものであろうが、

残念ながら、私たちはともに親と別居中である。

といっても、もちろん二人暮らしというわけではない。

葛城ミサトという立派な保護者、かつ家長である妙齢の女性がいるのだ。

だが、この葛城ミサトという女性、29歳、三十路前にしてまったくの家事不能者であり、

その能力はある意味、天地を揺るがしさえするものである。

これは私論であるが故、彼女に対しての言及は避けるが、

ともかく私たちは生きたければ、自ら家事を買って出なければならない。

それで、碇シンジのかような朝の雑務と相成るわけである。

しかし、読者諸氏はここで疑問をお持ちかと思う。

何故、私がそれをしないのかと。

馬鹿を言ってはいけない。

私の就寝時間は23時30分である。

たっぷりの睡眠は美容の基本であり、婦女子のたしなみであるからだ。








二つ、登校過程における碇シンジ。



朝の雑務をこなすと、私たち生徒は登校しなければならない。

私と碇シンジは、一緒に登校する。

本来ならば、ここは余裕も持ってしかるべき時間なのだが、

私たちは急を要する場合が多い。

何故なら、碇シンジが私を起こせなかったり、碇シンジが炊いた風呂の湯加減のせいで

私のバスタイムが長引いたり、私が難癖を付けて碇シンジが昼のお弁当作成に手間取ったりするからだ。

その間、私は出るにも出られず、碇シンジを待っていなければならない。

それがようやく完了するころには、もう遅刻ぎりぎりというわけだ。

なぜ、碇シンジは時間に余裕を持って行動するということが出来ないのだろか?

しかし、私はすこぶる寛大である。

かの所業を平手一発で許してやるのだから。

その後、碇シンジは私を恨むような目線で見るが、まったくお門違いも甚だしいところである。








三つ、登校時、及び到着時における碇シンジ。



先のような理由もあり、私たちは全力で駆けねばならないこともあるが、

もちろん、余裕を持って登校することもある。

ここでは、その二つの場合について記す。

まず、全力で駆けた場合。

残念ながら、碇シンジは足が遅い。

ずぶの運動音痴というわけではない。

碇シンジは泳げないが、人並みの運動能力は兼ね備えているのだ。

だが、足の速度でカモシカの異名を取る私と比べてしまうと、極度に遅い。

やはり寛大な私は、急ぎながらも碇シンジのペースに合わせてやるのだが、

それで結局、遅刻という憂き目にあってしまう。

この場合は、遅刻原因を作った碇シンジに平手を浴びせてお終いである。

そして、余裕を持って登校した場合。これが曲者だ。

前記の通り、私は男という生き物が好きではない。

いかに私が興味を持っている碇シンジといえど、その点では変わらない。

しかも、私は状況に媚びるほど安い女ではない。

だから、私は碇シンジに自分より三歩後ろを歩くことを要求する。

これは婦女子たる私の当然の権利であろう。

ところが、いざ学校に到着し教室に入ると、鈴原と相田という馬鹿な男二人が、

私たちの意図をよそに、私たちを夫婦だ何だとはやし立てるのだ。

もちろん、このような輩は即時殲滅されてしかるべきであり、

私の嵐のような右アッパーで、彼らは星に還る。

しかし、問題はこの後だ。

静まりかえった教室で私たちに目線が集中し、私は照れてしまうのだ。

碇シンジもそれは同じで、やはり赤面する。

このようなことは気疲れするだけなので、出来ればやめてもらいたい。








四つ、就学時間における碇シンジ。




生徒宜しく、学問に励む。

というわけには、残念ながらいかない。

碇シンジは私の相手をする義務があるからだ。

義務の具体的内容とは、私とのメール、メッセンジャーの相手である。

何故、こんな必要があるかといえば、私は今では生徒に甘んじているものの、もともと大卒なのである。

つまり、こんな程度の低い授業など聞いていられるわけがないのだ。

そこで、碇シンジの登場となるわけだ。

碇シンジは、私が行動を起こしたら、それに対して可及的速やかに返信せねばならない。

10秒以上待たせでもしたら、それこそ私の平手を免れることは出来ない。

本来ならば、私の親友とこのようなやり取りをしたいところだが、

如何せん、彼女はクラス委員長であり、勤勉なる勉強家でもあるのだ。

そんな彼女の邪魔を出来るわけがない。

ならば、碇シンジはいいのか?と思われるだろう。

当然、よいのである。

碇シンジはああ見えて、学者の両親を持っている。

使徒と戦ってい…、失敬、とにかく昔は何に関しても無気力で成績もいまいちだったが、

今は、その才能を存分に発揮し、成績もすこぶる優秀である。

これならば、何の気兼ねもなく私の相手をさせられるではないか。

現に碇シンジも、私の相手が出来て、いつも嬉し涙を流している。

うむ。実に殊勝な態度ではないか。







五つ、昼休みにおける碇シンジ。




昼食を食す。それのみである。

だが、碇シンジにはやはり義務があるのだ。

まず、私に慎重にお弁当を渡さなければならない。

何が慎重かというと、お弁当を落とさないように、とかいう赤子レベルのことを述べているのではない。

先も述べた、鈴原、相田の両名に冷やかされないよう慎重に、という意味である。

ここで碇シンジが事を仕損じると、またも私たちは愛夫弁当だ恐妻家だといわれることになるからだ。

もちろんその場合は、かの両名を即時殲滅し、碇シンジに平手を見舞ってお終いである。

そして、次にお弁当の中身だ。

これは学校生活における、碇シンジの最も重要な課題であるといっても過言ではない。

碇シンジは私に美味しいお弁当を食させる義務があるのだ。

何故それが義務なのか?

何度も馬鹿なことを聞かないでほしい。

作った人間が料理に対して責任を持つのは、至極当然ではないか。

そして、責務を全うしなかった場合、それに対して罰が下るのも必然である。







六つ、帰宅途中における碇シンジ。




終業時間を迎えると、辺りはもう夕方である。

いかにここが、華の大都会たる第三新東京市であっても、

私のようなか弱い乙女が夜の盛り場を通れるわけがない。

そこで、碇シンジである。

碇シンジは私と共に帰らなければならない。

男性が女性を守る義務を負うのは、今も昔も変わらない。

が、しかし。

その普遍的真理を解さぬ無粋な輩がいるのだ。

鈴原、相田の両名である。

こともあろうかこの馬鹿どもは、碇シンジに遊びの誘いを持ちかけるのだ。

こんな万年ジャージ男が、親友の思い人であるかと思うと、頭痛がしてくる。

私は例のごとく、この二名を殲滅するが、この時ばかりは日本人の女性に対する扱いを嘆くばかりである。

私の保護者が、日本人は察しと思いやりが身上などと言っていたが、本当だろうか。

苦労する私の親友の姿が、目に浮かぶようである。

この後にようやく、私たちは帰宅の徒につくのだが、碇シンジの義務はここで終わるわけではない。

小腹が空いた私に、ファーストフードをご馳走しなければならないからだ。

もちろん、この場合は碇シンジが支払いをする。

もう、何故とは聞いてはいけない。

男性が女性にものをご馳走するのは、これまた普遍的真理に他ならない。







七つ、在宅中の碇シンジ。




この場合は、朝とそれほどやることは変わらない。

私に夕飯を作り、私にお風呂を沸かし、その後片付けをする。

私がこれを執筆している今、まさにこの時だ。

現在、碇シンジは夕飯の支度をしている。

ただ、この場合は一つ問題がある。

仕事を終えた私の保護者が、帰っているのだ。

この保護者がまた食わせ者で、夕飯ともなると、アルコールをこれでもかというほど食らい、

こともあろうか、私たち二人を酒の肴にしようとする。

たいていその場合は、碇シンジが発端となり、私まで被害を被るわけだ。

私は、保護者には制裁を与えようとするが、体術に優れるこの女にはそれが効かない。

結果、私の怒りの矛先は碇シンジに向けざるを得ない。

ほんの少しばかり心苦しい気もするが、因果から考えれば、当然の帰結ともいえる。

また、碇シンジのみが保護者の目標となる場合もあり、

その時は、売れ残った三十路寸前の身体でそれを惨めにも誘惑しようと試みる。

そこで私は間髪いれず、いたいけな少年碇シンジが性に狂わぬよう、救出してやるのだ。

なんと慈悲深い。

私は若年層に性の氾濫をもたらすこの酔っ払いを見ると、ひどく頭にきてしまう。

彼女も酒さえ飲まなければ、いい人間なのだが。

そして、私、葛城ミサト、碇シンジの順番でお風呂に入り、ようやく就寝となる。

これでようやく碇シンジの一日が終わるのだ。







総括。




ここまでの客観的事実から、碇シンジという男を考える。

まず、行動の共通点を挙げるならば、常に私の傍にいるということだ。

そして、その行動の全ては私に起因している。

その観点からは、碇シンジは私の従者のような人間だといえるだろう。

だが、しかし。

私のあの奇妙な感覚はそれでは説明できない。

あの安心するような、不安になるような、それでいて温かいあの心持ち。

碇シンジといる時にしか感じない、あの気持ち。

それ、即ち結論である。





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「困ったわ…。私ともあろうものが…。」





先ほどまで、快調に筆を滑らせていたアスカだったが、

急に複雑な顔を浮かべると、そのまま思案に没頭する。

自らの知性に絶対の自信を持ち、自尊心を頼むところする彼女は、

結論の出ない研究レポートに我慢出来なかった。

彼女は頭を抱える。

あの気持ちは何なのかと。




「アスカ〜、ゴハンできたよ〜。」




部屋の外から不意にかけられたその言葉に、アスカは飛び跳ねた。




「う、うっさい!そんな大きな声出さなくても、聞こえてるわよ、このバカ!」



「ご、ごめん…。」





アスカが怒声を上げると、すぐにシンジの気落ちした声が聞こえる。

その声に脱力すると、彼女は机の上に突っ伏した。

あれは、明らかに従者に感じるものではない。

ならば一体、なんだというのだろう?

アスカは目を閉じ、あの少年のことを考える。

朝、自分の世話をしてくれる少年。

学校で自分の相手をしてくれる少年。

帰り道、一緒に遊んでくれる少年。

文句を言いながらも、自分といてくれる少年。

いつも自分を見てくれる少年。

自分に笑いかけてくれる少年。




思わず、目を開く。

今度は心が飛び跳ねた。





「…何だっていうのよ…。」





再度、アスカは考える。

記憶の海に飛び込み、あらゆる既存の知識からそれを探す。

それこそ、関係があると思われるもの全てを。

だが、それでもアスカには分からない。

どうしても、答えを見つけることが出来ないのだ。





「私がここまで考えても分からないってことは、

 まだ私の知らないこと、知らない感情があるってことね…。」





素晴らしきかな、逆転の発想である。

やはり天才少女の異名は伊達ではないのだ。





「こういうときは、私を含めた二人の接点を探すのよ…、

 中学二年、14歳、同居人、エヴァのパイロット、

 男と女…。」





言葉の羅列はそこで止まる。

アスカの脳裏にある言葉がよぎった。

それから導き出されるものは、唯一つ。

疑いようのないものだった。

アスカは一気に脱力すると、椅子の上で身体をだらんとさせる。

そのままの態勢で、彼女は自嘲気味に呟いた。





「百聞は一見にしかずとはよく言ったもんだわ…。

 バカみたい…。最初から分かってたんじゃない…。

 早く終わらせよ…。」





そう呟き、残った結論部に取り掛かる。

だが、最後の一文でやはり筆を止めてしまう。

その一言を書くのは、彼女にとって最大の難関であった。





「…そうよ、別に結論を焦ることはないわ。

 もしかしたら、別の答えなのかもしれないし…。

 …うん、後でもいい…。ゆっくりで…、いいのよ…。

 時間は、たっぷりあるんだから…。」




言い訳にも似た言葉を残し、アスカはさっさと部屋を出た。

いつかこのレポートを書き終えることを、しっかりと心に誓って。




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以下の内容にて、本レポートを終わるものとする。

私の奇妙な感覚は、碇シンジによって引き起こされていることは、

最早、疑いの余地はない。

だが、それは私の内在に起因するものでもあったのだ。

結論、










私は碇シンジが、





End.




       

或る少年の一日

 

 

written by rego

 

 

       <あとがき>



        4時間で書けました。
        えっと、ごめんなさい。(^^;


           rego


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<アスカ>rego様からの投稿の第3弾よっっっ!くわぁっ!
<某管理人>おおきに、ありがとうございます!って、どないしたんですか?えらい剣幕でっせ。
<アスカ>ちょっと、サングラスと帽子とマスクと、それにどこでもドアを出しなさいよっ。
<某管理人>どないするつもりでっか?
<アスカ>だって頭にくるじゃない。さっさと言ってしまいなさいよ!もうっ!
<某管理人>あ、さよか。なるほど。
<アスカ>何落ち着いてるのよ!この大たわけっ!
<某管理人>あわわ、すんません!お、お助けぇ〜!(どたばた)
 
 
あああっ!もうっ!いい加減にしなさいよ。アスカの馬鹿っ!
 
ホント、馬鹿、馬鹿、馬鹿っ!
 早く「好きっ」って言ってしまえばいいのに。
 大事なシンジはバシバシ引っ叩くし!
 私がアンタを平手打ちしに行くわよ。
 ああ、じれったいよぉ!
 「好き」って言いなさいよ。もうっ!

<某管理人>あの…ここで終わってるところがええんですけど…。

 こぉらっ!ちょこっと顔を出して、こそこそ発言するなっ!
 私にとっては作品の良さよりも、シンジなの。シンジっ!
 世間の誰がなんと言っても私はシンジと幸せになるのよ!

<某管理人>あの…きっと幸せになると思うんですけど。この二人も。

 へ?そう?

<某管理人>そりゃ、間違いおまへんやろなぁ。

 あ、そうなの?
 なぁんだ。じゃ、いいわ。
 ま、私とシンジを見習って、世界一幸せになんのよ。こっほんっ!
 
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、rego様。

 

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