私がその少女が泣いている姿を見つけたのは、決して偶然ではなかった。
彼女の悲しみの原因もその深さも、何もかもを承知しながら、私は熱のこもった視線で夕暮れの湖畔を一人歩く彼女の姿を観察し続けていた。
少女の滑らかな頬は寒さに赤らみ、止め処なく溢れる涙に濡れていた。けれど彼女は涙を拭うでもなく、まっすぐに正面だけを見て、ひたすらに歩みを進めていた。まばたきすら怖れるようにその青い瞳は見開かれ、腰まで届く豊かな赤毛がなびいていた。彼女のあごの先から零れ落ちた涙の雫が、夕日に照らされてまるで血のように煌めいた。
私は、ただじっと見ていた。鳥たちの棲む高みから、嘆き悲しむ惣流アスカの姿を見続けていた。
テクニカラー リンカ 2008.12.28 |
私の名はリリス。悪魔と呼ばれるものだ。
現代ではほとんどの人々は悪魔の存在など信じようとはしないだろう。夜空から見下ろす皓々たる街明かりはまるで星々の平原のようだ。彼らは光によって闇を駆逐し、この世界をすべて自分たちの支配下に置いたかのように考えている。
けれど、私は――つまり悪魔は――確かに存在する。人類創世のころから私たちは常に寄り添ってきた隣人だった。悪魔が一体どういうものなのか、一言で説明するのは難しい。さしずめ、この世界の生命とは在り様の異なるものとでも表現しておくべきか。
世界中の神話や伝承に散りばめられた悪魔に関する記述はほとんどが誤解と偏見に満ちたものだけど、必ずしも間違っているというわけではない。まず、姿に関していえば、私たちは定まった姿かたちを持たない。その代わり適宜に相応しい形態を取る。それこそ山のような巨体に雄ヤギの角を生やし、毛皮に覆われた脚の先は割れた蹄で、蛇の尾を持つといった姿で人々の前に姿を現した悪魔もいただろう。おそらくは演出効果を狙ったものだと思われる。ところが、実のところは人間と同じ形態を取るもののほうが圧倒的に多いのだ。
この私にしても、もう長い間少女の姿を使っている。年のころは十四、五の線の細い可憐な面立ちの少女だ。私にとって美醜は意味のないことではあるが、多くの人間はこの外見に対して警戒を緩めるのでこうしている。もちろん、それなりに気に入った容姿にあつらえてはいるけれど。肩に届かない髪の毛が水色なのは、私が空の色が好きだからだ。これは相対する人間にわずかな不安を芽生えさせるのにも役立っている。水色の髪の人間はいないから。この赤い瞳も同様の理由からだ。
また、伝承で語られるほど私たちは悪意に満ちた存在ではない。というよりも、人間に対して悪意などは持ち合わせていない。私たち悪魔は天使たちほど頭でっかちではないし、遊びのあるシステムになっているので、時に気紛れものがやりすぎてしまうことはあるけれど、決して悪意を持ってこの世界に存在しているわけではないのだ。時には人間を救うことだってある。
次に惣流アスカのことを説明しよう。
年齢は十四歳。両親と三人暮らしをしている中学二年生の少女だ。日本人だけど、人種的にはその血は四分の一しか引いていない。だから、彼女の容姿は両親譲りの白人的なものだ。性格は勝気で短気。外面はいいけど、本当に心を開くのはごく限られた少数に対してだけだ。
その少数のうちの一人が、碇シンジという少年だった。同い年で同じ中学校のクラスメート。それだけでなく、付き合いがもう十年にもなる幼馴染だ。もとは親同士の付き合いから始まったものだけど、本人たちの仲もきわめて良好で、幼い頃に遡るほどに彼らはいつでも二人一緒だった。
碇シンジは気の優しい大人しい少年だった。アスカとは違って純粋な日本人で線の細い面立ちをしており、音楽が好きでチェロを習っていた。
二人はすべてにおいておよそ対照的だったけれど、だからこそ気が合うのかもしれなかった。十年の間に数え切れないほど喧嘩はしても、二人の関係が途切れてしまう危機が訪れたことはなかった。
ところが、今年のクリスマスにそれは起こった。
碇シンジが死んだのだ。
交通事故だ。近所のコンビニに出かけて、信号待ちで横断歩道の前に立っていた彼はスピードも緩めず突っ込んできた車にはねられ、死んだ。ほぼ即死だった。年末が近づいて浮ついた時期に多くなる飲酒運転が事故の原因となった。
通夜と告別式が終わった次の日、彼女は今年最後の学校の授業が終わると自転車を飛ばして街の外れにある湖まで出かけていき、そこで泣いた。ひたすら泣き続けた。
それをずっと見守っていた私は、アスカの前に姿を現し、声をかける決心をした。彼女の気持ちは手に取るように分かる。私はすべてを見通すことができるのだ。でも、どんなに願ったところで神が彼女の願いを聞き届けることは決してない。私はそれを知っていた。
だからこそ、決心をしたのだ。何故なら、私ならば彼女の願いを叶えられるから。相応の代償と引き換えにして。
その夜、私はアスカの部屋にいた。ベッドでは時折顔を歪める彼女が眠っている。浅い眠りの中で夢を見ているのだろう。
古来悪魔の誘惑には様々な方法が存在するけど、夢の中に侵入するというのもその内のひとつとして挙げられる。突然姿を現して面と向かって取引を持ちかけても、正気を疑われるだけで信用されない現代では、こういう遠回りな方法もまた有効だ。夢の中の言葉は意識の深い部分に根を下ろす。
私は揃えた指先を眠るアスカの額へ静かに差し入れ、目蓋を閉じた。接続に痛みはない。周囲で青白い光がスパークし、一瞬あとに再び目蓋を持ち上げると、すでにそこはアスカの意識の中だった。
そこはどこまでも続く平原だった。腰まで届く背の高い柔らかな草が風になびいてさらさらと音を奏でている。ところどころには樹木が生え、豊かに葉を繁らせた枝を四方へ伸ばしている。空は青く、白い雲がゆっくりと流れている。
アスカは私を認めるとゆっくりと振り返った。
「こんにちは。アスカ」
「誰……?」
こちらを向いたアスカは泣いていた。風が彼女の豊かな赤毛と丈の長いレモン色のワンピースをさらってなびかせていた。
「私の名前はリリスよ。レイと呼ぶ人もいるわ」
「リリス……レイ」
「どうして泣いているのか、よかったら教えてもらえるかしら、アスカ?」
優しく訊ねた私に対して、アスカは唾を飲み込むと涙に震えた声で答えた。
「シンジがいなくなったの。見失ってしまったの。どんなに探しても見つからないの」
途方に暮れたようにアスカは周囲を見渡した。背の高い草の繁る草原は静かに風にその身を波打たせるばかりで、わずかな人影さえも見当たらない。
「シンジくんのことが大切なのね」
「あたしは……あたしの世界からシンジを見失うことがあるだなんて想像もしていなかった」
俯いた彼女の顔を風にさらわれた長い髪がとばりのように隠した。その陰で彼女の表情が深い悲しみに沈んでいくのが分かった。
「そう。でもアスカ。いくら探しても、もうシンジくんは見つからないのよ。彼はもう死んでしまったのよ」
「嫌、そんなの嫌。絶対に嫌よ」
顔を覆って泣き始めたアスカの肩にそっと触れ、私はささやいた。
「何に代えてもシンジくんのことを取り戻したい?」
顔を覆ったままアスカは頷く。それは確認した私は、より一層潜めた声でゆっくりと彼女に耳打ちした。
「それでは、明日の正午に街外れにある湖まで来なさい。そこでもう一度会いましょう」
はっと顔を上げ、アスカは恐る恐る訊ねた。
「そうすればシンジが戻ってくるの?」
「それはあなた次第よ、アスカ」
アスカから身体を離し、私はそっと微笑んだ。そろそろ彼女の意識から出て行く頃合だ。
「待って。本当に? 本当にあたしの願いを叶えてくれるの?」
「忘れないで。明日の正午、街外れの湖よ。待ってるわ、アスカ」
夜空へ舞い上がり、私はアスカの家の屋根を見下ろした。これで準備は整った。明日はきっと待ち合わせの場所で彼女に現れるだろう。細かい会話の内容は憶えていなくとも、湖に行かなければという思いだけに導かれて、彼女は必ずやって来る。そして私の顔を見れば、夢の中の出来事をすべて現実として思い出すだろう。
さて、それでは明日の算段でもするとしようか、と私が考えていたところだった。近づいてくる気配を感じて、私は険しい顔でそちらの方向を見た。その気配は、とても馴染みのあるものだった。残念ながら。
「やあ。こんばんは、リリス」
「相変わらず締まりのない顔ね、タブリス」
私同様に宙に浮かび、声をかけてきたのは、少年の姿をした悪魔だ。名はタブリス。薄いグレイの髪にいつも締まりのない笑みを張りつけた気取り屋で、何より正気を疑うのは、黒いこうもりの羽と先が矢じりになった尾を生やしていることだ。現代的悪魔の最新にして正しい姿はこれだと三十年くらい前に講釈を垂れていたけど、いまだに彼の情報は更新されないらしい。きっと機能不全でも起こしているに違いない。
「手厳しい歓迎だなぁ。久し振りに再会した同族に抱擁のひとつもできないのかい? もちろん、抱擁の代わりに生け贄でもいいよ」
「私は久し振りにあなたのふざけた顔を見たせいでとてもがっかりしてるわ。せっかく忘れかけていたのに」
「うふふ、そういう冷たいところが君の魅力だよ。まあ、抱擁は次回に取っておくとしよう。そんなことより少し話さないか」
タブリスはまるで私に邪険にされるのが嬉しいという風に顔を一層ほころばせると、こうもりの羽をぱたぱたさせて私のそばへ近づいてきた。こういうわざとらしい素振りが一部の人間を虜にするのに役立つのだそうだ。こんな悪魔に付け入られる人間も災難だとつくづく思う。
「今忙しいの。またにしてもらえる?」
「ふふん。あれが次の君の相手か」
タブリスは薄く笑うと地上にあるアスカの家を見下ろして言った。
「どれどれ。名前は惣流アスカ、十四歳、女。父はジョナサン、母はキョウコ。兄弟姉妹はいないな。……おや、プロテクトが掛けられている。でも、こんなもの僕ならすぐに……」
余計なことをしようとするタブリスを私はきつく睨んだ。同時に彼と私の間で赤い光が高い音を立てて弾ける。私の攻撃をタブリスが障壁を張って防いだのだ。
「おっとっと。危ないなぁ」
「次はばらばらに引き裂いてやるわ」
私の宣告に黒い羽をぱたぱたと揺らしてタブリスは笑った。
「うっふっふ。怖い悪魔だ」
「悪戯はやめなさい。彼女はもう私の相手よ。横から手出しすることは禁じられているはず」
「やれやれ、分かったよ。ほんの出来心だ。そう、とんがるなよ。さて、君も忙しいようだし、今夜はおいとまさせてもらうとしよう。おしゃべりはまたの機会に。きっとだよ」
大してがっかりした風もなく肩を竦めたタブリスは、ひらひら手を振るとその場でくるりと宙返りして夜の闇の中に溶けて消えた。
待ち合わせ場所にアスカが姿を現したのは、約束の正午よりも三十分も前だ。自転車を降りると、不安そうな表情で周囲を見回しながら、彼女は私を探してうろうろとし始めた。けれど、今はまだ姿を消している私を見つけることは彼女にはできない。私はきっちり約束の時間になるまで待ち、それから彼女の前へ姿を現した。
「来てくれてうれしいわ、アスカ」
突然声をかけられたアスカは警戒感を露わにした表情で半歩ほど後ずさった。つい一瞬前まで誰もいなかった場所へ突然出現した私のことをいぶかしんでいるのは明らかだった。何より、記憶としてよみがえったはずの昨晩交わされた夢の会話をまだ信じ切れていないようだ。驚きと不信、不安、そしてかすかな期待が入り混じった複雑なその表情を見て、私は口元をわずかに緩めた。
「改めて自己紹介しましょうか。私はリリスよ。あなたは惣流アスカね」
「昨日夢にあなたと同じ姿の女の子が出てきたわ。一体あなたは何者?」
硬い声でアスカは言った。その目はまっすぐに私に注がれ、身体中に緊張がみなぎっている。少しでも不審な動きを察知すれば逃げ出すつもりでいるのだろう。
「そうね。教えてもいいけれど、ひとまずどこかに座って話しましょう。あちらの斜面なんかがよさそうだわ」
よく晴れているけどひどく寒い日だった。私はもちろん平気だけど、アスカはきっと寒いのだろう。コートを着てマフラーを巻き、手袋まで着けているけど、それでも鼻の頭と頬を赤くして白い息を吐き出している。一方の私は白いタートルネックのセーターとベージュのパンツだけの姿。当然姿かたちを自在に変えられる私にとって服に意味などないので、本物の服ではなくてあくまでイメージに過ぎないけれど、時折アスカから信じられないというような視線を向けられるのが分かった。白い息を吐き出すこともなければ身を震わせもしない私は異様に映るようだ。しかし、そもそも私には寒いという感覚が分からない。逆に寒さに震えているアスカが羨ましいくらいだった。
私たちは日の当たる斜面に腰を下ろすと、改めて話し始めた。
「それで、私が何者かということよりもアスカには知りたいことがあるんじゃないかしら」
私が切り出すと、アスカは少し考える素振りを見せて言った。
「あるわ。でもまずは、あなたの正体を教えて。信用できない人間の話を聞く気はないわ」
なるほど、と私は頷いた。アスカは頭がいい子だ。それに用心深い。
「分かったわ。名前はもう知っているわね。リリス。レイと呼ぶ者もいるし、長い年月の間に他にもたくさんの名前で呼ばれてきたわ。現代の人間にはとても信じられないかもしれないけど、先入観を捨てて聞いて。私、悪魔なの」
「悪魔? 悪魔ってあの……」
「そう。その悪魔よ」
アスカは笑い出していいものやら分からないという表情で何度か言葉に詰まると、かぶりを振って立ち上がった。座ったまま私は彼女の顔を見上げる。
「オーケー。聞かなかったことにするわ。さよなら」
「信じないのね?」
「もっと別の相手を探して。見つかったら黒ミサでも仮装パーティでも好きなことをするといいわ。その水色の髪と赤い目もきっと受けるわよ」
アスカは私に背を向けたまま早口で言い切って、一刻も早くここを立ち去りたいという風に歩き出した。
「何をすれば信じるの?」
遠ざかろうとする彼女に私は訊ねた。
「分かってないわね、何をしたってあたしは……」
振り返って私に反論しようとしたアスカの言葉は途中で止まった。視線は私の横に固定されている。正確には私が指先の上で浮かばせている野球ボールよりやや小さな石ころに。人差し指と中指をひらめかせると、石ころは宙空でくるくると回転した。
「石が浮いてる……」
「ええ」
「ど、どうやって」
「簡単よ。こんなこともできる」
私は石ころを掴むとふっと息を吹き込んでからアスカのほうへ投げ渡した。「きゃっ」と声を上げて慌てて石を受け取った彼女は、驚いた声を上げてこちらを見た。
「すごく暖かいわ」
「持っていなさい。寒いのでしょう?」
アスカはどう判断していいものか迷っている様子で立ち止まっていた。彼女の視線は私や私が投げ寄越した石や、彼女が乗ってきた自転車の方向へ順繰りに何度も移動した。
見かねて私は口を出すことにした。
「私が悪魔であれ何であれ、ひとまず判断は保留にして話だけでもすることにしない? その上で気に入らなかったなら、私のことは忘れてくれて結構よ。それでどうかしら?」
「……分かったわ」
再びアスカが私の隣に腰を下ろし、会話は再開された。彼女は腹の上に暖かい石を置いてさらに両手で包み込んでいる。寒いというのは一体どういう感覚だろうか、と私はまた不思議に思った。
「悪魔とかそういうのを信じたわけじゃないけど、とにかくあなたに不思議な力があるということは分かったわ。それで、どういう話をするつもり? 言っておくけど、シンジのことで何かふざけたことを言うつもりなら、あたしは許さない。絶対に許さないわ」
「あら。怖いのね」
私がおどけて肩を竦めたら、アスカはすごい目で睨んできた。
「そうね。ふざけるのはよしましょう。何といっても、シンジくんはたったの四日前に死んだのだから」
この言葉を聞いたアスカの瞳に涙が滲んだ。やはりまだ立ち直っていない。それは私にとって好都合なのだけど、できれば彼女のこういう姿を見ていたくはないというのも本心だ。
「泣かないで、アスカ。昨夜、私が言ったでしょう。彼を取り戻す手がないわけではないわ」
とうとうこらえきれずにぽろぽろと涙を零し始めたアスカが震える声で反論した。
「無理よ。そんなのできるわけないわ。シンジはもう二度と戻ってこないのよ。あたしはあいつのいない世界で、笑ったり怒ったりしながら一歳ずつあいつと歳が離れていって、恋をしたり、仕事をしたり、結婚でもすれば子どもも生まれて、幸せな家庭ってやつに囲まれて暮らして……もう最悪だわ、分かる? ただあいつがいないっていうそれだけで、何もかもがこれほど嫌になるだなんて、思ってもみなかった」
泣きじゃくりながら苦痛を吐き出すように喋るアスカの肩に私は手を添えた。私の能力なら彼女の気を鎮めることもできるけれど、あえてそれはしない。
「別に将来あいつと結婚したいと思ってたとか、そういうのじゃない。ただ、生きていてさえくれたらよかったのよ。遠くに離れてたって何年も会わなくたっていい。たまに無事を知らせる便りでもくれたら、それであたしは満足できると思っていた。この世界のどこかにあいつが確かにいるんだっていう確信さえ持てたら、それだけで充分だったのよ。でも、あいつはもうどこにもいない。あいつはし、死んで、身体は燃やされて骨だけになって、窮屈な骨壷の中に押し込められて、あいつの意識とか心とかそういうものは、もうどこを探したって見つからない。どんなに探しても、見つからない。もうあたしの声は届かないのよ」
アスカは顔を伏せて嗚咽に身体を震わせた。
「毎日毎日、あたしは答え続けるのに、二度とあいつに届くことはないのよ!」
「何を、答えるの?」
私はアスカの耳元で静かに訊ねた。彼女はしばらくの間泣き続けてから、返事をした。
「好きだって。シンジのことが、あたしも好きだって」
「でも、もう届かない?」
「そうよ。あたしは思っているのとまるで正反対の言葉をあいつに伝えてしまったの。そしてそのままあいつは死んだわ。あたしの本心を誤解したまま、手の届かないところに行ってしまった」
そう言ってアスカは泣きじゃくった。
アスカの話が一体どういうことなのか、私はすべて知っていた。
クリスマスより一週間前のこと、シンジは学校帰りにアスカをこの湖に誘った。相手からの誘いにアスカは文句を言いつつも、内心は喜んで一緒に自転車を飛ばした。中学校に上がってからは二人で遊ぶ機会というのもかなり減ってしまい、こんな風にシンジの側から誘ってくれるというのは滅多にないことだった。
湖のそばを通る道路沿いに設置された自動販売機で飲み物を買うと、彼らは岸まで降りていって冗談を言い合ったりしながら時間を過ごした。
そしてしばらく経ってからのことだ。先ほどまで笑っていたシンジが突然神妙な顔つきになり、おもむろに言った。
「今度のクリスマスに一緒に出かけない?」
「クリスマスに? 欲しいものでもあるの?」
アスカはつっけんどんに訊ね返して足元にあった石ころを拾って湖に投げ込んだ。近くにいた鴨が翼をばたつかせてぎゃあぎゃあと逃げる。そういえば今年は彼へのクリスマスプレゼントをまだ買っていない。そのことを気付かれたのだろうか、と湖面に広がる波紋を眺めながら彼女は考えた。
「違うよ。僕はデートに誘ってるんだ」
「はっ?」
二投目に入ろうとしていたアスカは硬直して隣のシンジを凝視した。言葉は確かに聞こえ、その意味も理解できるが、それをこの隣の人物が喋ったということが彼女には上手く飲み込めない。でも、混乱した彼女が何かを叫び出してぶち壊しにする前に、シンジが素早く次の言葉を口にした。
「つまり、好きなんだ。アスカのことが」
みるみるうちに真っ赤になると、アスカは腕を振り回してわめいた。
「ばっ、馬っ鹿じゃないの。いきなりそんなこと言ったりして、わけ分からないわよ」
乱暴に投げた石ころが湖面に激突して水飛沫を上げた。また鴨が騒いで辺りから逃げ出す。その騒ぎの中でも、シンジの声はアスカによく届いた。
「僕は真剣だよ」
彼の表情は確かに真剣だった。アスカの顔をじっと見つめ、自らの告白への答えを彼は待っていた。
彼女は悔しかった。こんなにも重大な一言をさらりと言ってのけて、さも涼しげな顔でこちらの返答を待っているシンジの前で、ただ唇を噛んで悔しがっていた。こいつはずるい。昔からそうだ。いつも不意打ちであたしのことをうろたえさせたり喜ばせたりして、自分はまるでのほほんと構えている。あたしばかりがこんな気分を味わわされるなんて不公平じゃないか。アスカはそう考えていた。
だから、というわけでもないが、彼女の口から飛び出したのは、まったくもって素直でない言葉だった。
「そんなこと言ってあたしを担ごうとしても駄目。大体クリスマスにはもう予定が入ってるの。だから悪いけど、あんたとは出かけられないわ」
クリスマスに予定が入っているというのは本当だった。ちょうどその日が休みなので、同性の友人たち数人とスケートや映画に行く約束をしていたのだ。シンジのためだったらその予定をすべて潰してしまっても惜しくはない、と心の中のどこかでは思っていたけど、その気持ちはアスカの胸の奥に仕舞い込まれたままにされた。
ばっと立ち上がり、スカートの汚れを払うこともせずアスカは自転車のほうへ戻っていく。その背へ向けてシンジは言った。
「アスカ」
彼女は振り返らない。恥ずかしくて、悔しくて、振り返れなかった。
「アスカ、また明日」
シンジが死ぬ一週間前にこの湖で起こったことだ。
こうしてアスカは彼に対して本心を隠したまま残りの一週間を過ごすことになる。それを今、彼女は悔いているのだ。
「全部あたしのせいだわ。全部、何もかも。あの時ちゃんと自分の気持ちを打ち明けていれば。そうやってクリスマスの日に二人で出かけていれば」
「そうすれば彼は事故に遭わなかった?」
「そうよ! あたしと一緒なら事故の起こった場所を通りかかることもなく無事だった。なのに、あたしのせいであいつはクリスマスに独りぼっちで死んでしまったのよ。あいつはきっと勇気を出してあたしに告白したのに、あたしはそれを真面目に受け取るのが怖くて誤魔化してしまった。そのせいで何もかも台無しにしてしまったのよ。あいつの人生も、あいつのパパとママの人生も、あたし自身の人生も」
失って初めて相手の大切さに気付く、という人間は多い。そしてささいな言葉ひとつ、行動ひとつを振り返って、ああすればよかった、こうすればよかった、と自分を責める。自ら罪を背負い、大切な人を亡くした悲しみの上にさらに苦しみを重ねるのだ。
あなたは何も悪くない、と言葉を掛けるのは容易い。事実、ほとんどの場合はその通り悪くないのだから。けれど、まるで故人に対し自らがまだ生きていることへの罰だとでもいうように、むしろ喜んでその責め苦を背負い込もうとする。
長い間、私はそうした人間の姿を見てきた。そして今、アスカの姿を見ておぼろげに分かるような気がする。彼らはこの不条理を自らに課さずにはいられないのだ。亡くしてしまった存在が大切であればあるほどに、予期し得なかった死という圧倒的な現実に押し潰されてしまわないために、自らありもしない責任を背負い込むのだ。でなければ、その死にも、死に至った原因にも本当は何ひとつ意味などない、というただの事実があまりにつらすぎるから。自らにとって大切な人間の命がまったく何の意味もなく突然に奪われてしまった、ということに耐えられないから。
アスカはなりふり構わない大声で泣いていた。彼女の悲しみを分かってやることは私にはできない。できるのはただひとつだけ。
「アスカ」
私の呼びかけも耳に届いていない様子でアスカは泣きながら彼の名前を呼んでいる。繰り返し繰り返し、見ることもできなければ声も届かない国へと旅立ってしまった少年に向かって呼びかけ続ける。だけど、手渡されなかった言葉は永遠に届かない。
彼女の肩に置いた手に力を込め、私は彼女の意識へ直接言葉を流し込んだ。
「私がシンジくんを取り戻させてあげるわ、アスカ。もしもあなたがそう望むなら」
アスカが涙に濡れた顔を上げ、こちらを見た。腫れぼったくなり充血した目が縋るような光を帯びている。
「本当よ。もし本当にあなたが望むのだったら、私はそれをしてあげる」
「シンジが生き返るの? また会うことができるの?」
「私の御主人様に誓って。アスカ。必ずまた会わせてあげるわ。今度こそ、彼に言葉を伝えることができるのよ」
私の言葉にアスカは一瞬だけ喜色を浮かべたけれど、すぐに考え込むように俯き、沈んだ声で言った。
「でも、死んだ人を生き返らせるのと石ころを浮かばせるのとでは話が違う。あなたがいくら不思議な力を持っていたとしても、そんなことできるわけがないわ。あたしだって、本当にあいつが生き返ったらどんなに嬉しいか分からないくらいだけど、現実には無理よ。死ぬって、そういうことだったのよ。もう取り返しがつかないんだわ」
「いいえ、アスカ。あなたも現代の人間の偏った知識に毒されているようだけど、私をそこいらにいるただの超能力を持った人間だと思ってもらっては困るわ。いいこと、私は悪魔であり、そして、悪魔にできないことなんて何ひとつないのよ」
もちろん制限はつくけれど、多少の誇張は許容範囲だ。大概のことはできるというのは本当なのだから。
「シンジを生き返らせることも?」
「簡単なことよ」
「本当に? 嘘じゃないの?」
念を押すアスカに私はとっておきの微笑を見せて答えた。
「私の御主人様に誓って。でなければ、あなたの大切なシンジくんに誓ってもいい」
そして、微笑んだまま私はアスカに顔を近づけ、声を落として付け加えた。
「ただし、相応の代償を払ってもらわなければならないけれど。怖れるに足らないほんの小さな代償よ」
アスカはわずかに怯んだようで、こちらを見る表情が強張った。
「心配しないで。傷つけたりはしない。あなたの人生の一部をもらえればそれでいいの」
「あたしの人生の一部」
「そう。といっても別にあなたの人生を狂わせようとか考えているわけではないわ。ただ私は、それを受け取れるだけで満足できるの。本当よ」
ほんの少しの逡巡ののち、アスカは決心して言った。
「いいわ。それでシンジを取り戻せるなら。あたしは何でもする」
まっすぐにこちらを見つめてくる青い瞳には強い意志が宿っていた。彼女が迷っていたのは自らが代償を負うことではなく、私の言葉を本当に信じるかどうかだ。そして彼女は決意した。私を信じたのだ。
やはり彼女は私が期待していた通りの人間だ。微笑を浮かべたまま私は答えた。
「明日の夜まで待つわ。それまでに答えが変わらなければ、代償と引き換えにあなたの願いを叶えてあげましょう」
アスカは口元をぎゅっと引き締め、緊張した面持ちで頷いた。
「いいわ。明日の真夜中、あなたの部屋で。それまでもう一度よく考えなさい」
彼女の頬に軽く触れて私は立ち上がり、そのまま彼女の見ている前で姿を消した。
「リリス?」
仰天したアスカが私を名を呼んで周囲をきょろきょろと見回す。その様子を私は彼女の頭上数十メートルの高さから見下ろしていた。もちろん、不可視となった私の存在に気付く者は誰もいない。地上のアスカはしばらくその場に留まっていたけど、やがて停めていた自転車のところまで行き、それに乗って再び街の方角へ戻っていった。
明日の夜までの猶予を設けて彼女の前から一度姿を消してみせた私だけど、実はやろうと思えばすぐにでも彼女の願いを叶えることはできる。つまり、私には必要のない猶予なわけだ。彼女にも考え直す時間が必要だろうと思っての配慮だけど、どの道することがあるわけでもなく、悪魔と取引を決めた者が期限までどのように過ごすのか観察していようと思っていたところだった。
「やあ、一日ぶり」
私は心底からうんざりして声をかけてきた少年の顔を睨みつけた。昨晩、十五年ぶりくらいにその顔を見た時も思ったけれど、どうも私はこのタブリスという悪魔とは馬が合わないのだ。ところが相手のほうはそんなことにはまったく頓着しないどころか、むしろ私のことを気にかけているような素振りさえ見せる。もっとも、この馬鹿ものは天使にすら同じように気楽に声をかけるので、単に考えなしなだけなのかもしれない。この件に関する限り、彼に声をかけられるたびに無視をする天使たちに私は共感する。とにかく、彼が無数にいる悪魔の中でもひときわ変わりものだということは確かだ。御主人様がそのように意図されたのかどうかまでは私には分からないけれど。
「タブリス。昨夜言ったはず。私は今忙しいのよ」
「ああ、知ってるよ。例の娘の願いを叶えて碇シンジくんとやらを生き返らせるんだってね。幼馴染を突然亡くした少女の不幸を癒してあげるってわけか。実に感動的じゃないか」
ぺらぺらと喋るタブリスに私は思わず大声を上げた。
「タブリス! 盗み見たのね!」
私の周囲の空気がばりばりと音を立てて裂けた。次は八つ裂きにすると言った私の言葉を忘れたらしいこの愚かものに思い知らせてやるべく、私は腕を振り上げ、力を放出しようとした。けれど、それより先にタブリスが口を開いた。
「あんなプロテクトを掛けてたのは、死者の蘇生をするためかい? いずれにせよ天使たちは協定規約で直接介入はできないよ」
「言いたいことはそれだけ?」
「おやおや、怖いなぁ。でも、そもそも情報公開の義務があるのを忘れたの? 先にずるをしたのは君のほうなんだから、おっかない雷で僕を打つのはやめてくれないかな」
その言葉に私は振り上げた腕を渋々下ろした。確かに私たちは他の同族から情報の提供を求められたら、特定の例外を除いてその求めに応じなければならない。それをあえて隠したのは、天使たちよりもむしろ同族に私の目的を知られたくなかったからだ。
「そりゃあ確かに五百年前ならともかく、今の時代では蘇生なんて世の中に知られたら厄介なことになる。人間たちはちょっとやそっとでは奇蹟なんてもの信じようともしなくなったからね。かつては奇蹟の一言で済んでいたものが、いまや科学的検証だの何だのと、小うるさいことこの上ない。実際のところ、そのお得意の科学を持ってしても、いまだ世界のほとんどの事象を説明できないってことに気付いてないと来るのだから、まったくおめでたいったらないね」
「昔のほうがよかったと言いたいの? 人々が騙されやすかったから?」
「そうじゃないよ。ま、確かに変にひねくれた気はするけどね」
「そうかしら。案外、心は変わらないものだわ」
「ふふん。いやに感傷的じゃないか、リリス。いつから人間の心が分かるようになったんだい?」
「……長い間観察してきたわ」
「その通り。観察し、時に誘惑し、時に願いを叶え。長い長い時間、僕らがそうしてきたのはすべて御主人様のためだ。その点から言わせてもらえば、今回の件はあまり感心しないね。死なんてものはそこら中いくらでも溢れてるじゃないか。どうしてあの娘の願いに限って叶えてやらなければならない? リスクを負ってまでこだわる理由があるのか?」
珍しいことにタブリスは真面目に話しているようだった。詰め寄ってくる彼の赤い瞳から視線を逸らし、私はアスカが帰っていった方角を見た。
彼に理由を説明するつもりはない。また、私は安堵もしていた。どうやら彼は私の本当の目的までは探り出していない。これを知られたら、それこそ猛烈に反対され、ことによると妨害を受けるかもしれない。それでは困るのだ。絶対に。
「まただんまりか。時々思うんだけどね、君の思考回路はとてもひねくれてるよ。君は僕のことを変わりものだと考えているんだろうけど、御主人様に誓って、君も相当なものだよ」
「……かもしれないわね」
私が答えると、タブリスは肩を竦めて言った。
「ほらね? 変わってる」
彼の言う通り、私もまた変わっているのかもしれない。何しろ、私の本当の目的は悪魔にとっての禁忌に当たるのだから。
でも、私はもう決心した。後戻りはできない。
「話は終わりよ、タブリス。契約を果たすまで私はアスカのそばにいるわ。だからもうちょっかいは掛けないで」
「つれないね。君のことを思って忠告している僕に何と冷たい仕打ちだろう」
タブリスはさも傷ついたとばかりに顔を歪めて言った。けれど、柔弱なその表情にはしたたかな狡猾さが隠れている。馬鹿馬鹿しい、と私は一蹴した。
「人間を堕落させる手管が私に通用すると考えるほどあなたは馬鹿なの?」
「うふふ。これでも以前は『かをる、かをると草木もなびく』と詠われたものなんだけどね」
「千年前の話でしょう」
「面白い時代だったよ。のろいだ、まじないだと僕たちも引っ張りだこだった。一時は人間のふりをして宮廷を出入りしていたこともあるけど、あの頃の人間は実に扱いやすかったな」
「結局、今この時代も私たちにとっては遠く過ぎ去ってしまうものでしかないのね。一体どれくらい私たちはこうしてきたのかしら」
「僕たちに時間など意味はないよ」
「そう。それが答えだわ」
私はタブリスに背を向けてアスカが去っていった方向へ進み始めた。
「もう行くのかい?」
「ええ。さよなら」
始まりはどこにあるのだろう。
私は碇シンジのことを生まれた時から知っている。それどころか、はるかな過去にさかのぼって彼に連なる先祖たちのことも知っている。
たとえば百年前の帝国主義時代、徴兵されることを拒んで毒を飲んだ美術教師の男。あるいは五百年前の乱世に初陣で命を散らせたほんの少年といってもいい若武者。千年前、下級貴族として地方官吏の任に就いていた楽を愛した青年。さらにさかのぼり、二千年前、まだ人々がごく素朴な農耕狩猟と採集で小さく寄り集まって暮らしていた頃に出会ったまじない師の老婆。四千年前、民族抗争に破れて離散を余儀なくされ、大陸から一族を率いて海を渡った男の妻。
さらに上代、歴史のはるか彼方にある時代から始まる彼の一族との出会い。
ずっと私は彼に至る血脈を観察し続けてきた。悪魔が特定の一族に執着を見せることは珍しいことではない。ある時点で一人でも悪魔と親和的な性質を見せる者が現れれば、その後に続くその者の子孫たちも同様の性質を持ち合わせていることが多いからだ。だから悪魔は大抵の場合、取引をしたことのある人間の子孫のことを決して忘れたりはしない。
私は長い間、彼らの生と死を眺めてきた。時に寄り添い、時に傍観しながら、彼らの願いや彼らの愛、憎しみ、喜びや悲しみを見つめ続けてきた。
でも、それら数多くの長い物語を語るより十年前の出来事を語るほうが、きっといいだろう。
十年前、私はこの街にいた。長い間気に掛けてきた一族に新しい子が生まれて以来、私はその子の観察に時間を費やしていた。大過なく成長してすでに四歳となっていたその子が果たして将来私の望む側に引き込めるかどうかを見極めるためだった。
ある晴れた冬の日、私は公園に植わったケヤキの木の枝に腰掛け、砂場で遊ぶ四歳のシンジを頭上から眺めていた。プラスチック製のスコップを不器用に振るい、彼はこんもりとした砂の山を一心不乱に作っていた。その横では、同じ年頃と見える金髪碧眼の少女が砂を押し固めたベッドに人形を寝かしつけて遊んでいる。
彼女のことも私は知っていた。惣流アスカの先祖との出会いはシンジの一族に比べればずっと最近のことで、今から四百年ほど前にヨーロッパで三十年戦争に参加し、ペストを患って死の床にあった男の願いを聞き届けたのが最初だった。アスカは彼の一族で私が直接知る二人目の人間になる。私が係わりを持ったふたつの一族が出会ったのは数奇な巡り会わせといえた。
少し離れたところには二人の母親が立ち話に花を咲かせながらもひどく寒そうに身を縮めている。でも、一方の子どもたちは頬を赤く染めてはいるけど寒さなど関係ないという風に明るい顔で遊んでいた。知り合ってまだひと月ほどのシンジとアスカは驚くほど仲良くなっているようだった。長い長い時間に渡って出会いと別れを繰り返す人間たちを見てきた私にとっては、いずれは彼らも今この時のことを忘れてしまい、あるいは離れ離れになってお互いの存在すら忘れてしまうことになるのかもしれないということが分かっていたけれど、それでもこういう人間の姿を見ることは決して悪い気分ではなかった。悪魔でも長い時を過ごせば感傷に浸ることだってあるのだ。
そうして私が木の上から観察していると、ふと遊んでいたシンジが顔を上げて不思議そうな表情できょろきょろとし、やがて私のほうへ顔を固定して動かなくなった。一緒に遊んでいたアスカはシンジが他へ注意を奪われているのに気付いて彼の服を引っ張ったが、シンジ同様にこちらへ顔を向けてしばらくすると、彼女にも彼が見ているものが分かったようだった。
私は二人の注目を一身に浴びて妙な気分でいた。なぜなら、彼らとは位相を異ならせている私の姿は本来なら目に映るはずがないからだ。天使でも悪魔でも必要のない限りは彼らの前に決して姿を現さない。まだ観察だけに留めて将来シンジたちに接触するかどうかも決めていなかった私も、当然正体を現そうなどと考えるはずもなく、完全に姿を消しているはずだった。
しかし、実際にはシンジとアスカはまっすぐに私がいる方向を見ている。背後の空に何かあるわけでもなく、ただの木の枝を見ているにしては様子が違う。明らかに彼らは私がいる方向を見ているのではなく、私を見ているのだ。
そのうちに彼らは立ち上がり、手を繋いで私の足元まで駆け寄ってきた。ひっくり返るのではないかというくらいに上を見あげてシンジが私を指差すと、アスカもそれに頷いて応えた。私はといえば、面食らってしまって一体彼らが何を言い出すのだろうとそんな埒もないことを考えていた。
「ねえ、どうしてそんなところにいるの?」
「おねえちゃんはとりさんなの?」
「こわくない?」
「あたしにもあがれる?」
口々に質問を連発し始めた二人の姿に、私は何と答えを返していいか分からず戸惑っていた。こんなことは長い時間の中でも初めての経験だった。
私が返事をすることができないでいる間に、アスカは自分も登ろうと勇ましくも木の幹に張り付いて足を引っ掛けようとし、シンジがそれを服を引っ張って止めようとしていた。
「だめだよ、あぶないよ」
「はなして。あたしもあそこにいきたいの。そんでおねえちゃんのとなりにおすわりするのっ」
「おちちゃったらけがするよ」
「のぼるののぼるののぼるの!」
このままでは本当にアスカが登り出しそうな雰囲気だったので、見かねて私は声を掛けることにした。何しろこのケヤキは十数メートルも高さがあり、私がいる枝でも地面から優に五メートルは離れている。まっすぐな幹が伸びるケヤキを本当に登って来られるはずもないが、子どもならではの身軽さで途中まで這い上がった末に落ちて怪我でもされたら厄介だ。母親たちは子どもたちがただ遊んでいるだけと考え、今はまだ好きにさせておくつもりのようだった。彼女たちには私のことが見えていないのだ。子どもたちの会話も聞こえていないだろう。
「おじょうちゃん。危ないから駄目よ、登っては」
ふわりと舞い降りた私をシンジとアスカは口をぽかんと開けて眺めていた。地面に両膝をつけて視線の高さを合わせると、私はしみじみと幼い二人のことを見つめた。年齢は同じだが、シンジのほうがやや身体が小さい。着膨れしてころころと転がっていきそうな姿をふたつ並べて、彼らは丸い目をして私のことをじっと見ていた。
「あなたたち、本当に私のことが見えるのね」
何を当たり前のことを言っているのか、と二人はきょとんという顔をした。
確かにまれにこういうことはある。異界を見る能力とでもいうのか、そういった人間たちには姿を消しているはずの私たち悪魔や天使が見えるのだ。年齢が下るほど、赤ん坊に近づくほどによく見えるらしく、長じても能力が消えなかった者はいわゆる霊能力者などと呼ばれることもある。
これも血のなせる業なのだろうか。こちらを見るシンジに私はそう思った。アスカのほうはおそらくシンジに触発されて私の姿が目に映るようになったのだろう。だから彼女は最初は私に気付かなかったのだ。
「みえるよ? あ、でもおとうさんはめがねとると、なにもみえないんだよ」
「あっ、あたしのぱぱもめがねよ。こーんなの」
と、アスカは指で輪っかを作って両目に被せ、にかっと笑った。
「ぼくのおとうさんね、めがねないと、こんなおめめなの」
シンジは眉間にしわを寄せ、目尻を指で引っ張って目を糸のように細めた。二人はお互いの顔を見て、きゃらきゃらと笑い声を立てた。
「おねえちゃん、おなまえは?」
「あたしはね、アスカっ」
シンジの問いかけに被さってアスカが手を上げて元気な声で自分の名前を言った。二人の瞳は好奇心にきらきらと輝いている。私はそれが眩しくて少しの間言葉を失っていた。通常、悪魔は取引を持ちかける時しか人間に接触しない。そういう時、人間の瞳は欲望や、憎悪、絶望、また私たちに対する不信や不安に暗く濁っている。そんな瞳と長い間接し続けてきた私には、だからこの幼い二人の無垢で無邪気な瞳はひどく眩しく感じられた。まるで月のない夜空にまたたく星々を封じ込めたようだ。
しばらくして我に返った私は、二人が私の返事をじっと待っていることに気付いた。
「私は、私の名前は……リリスよ」
「りいす?」
「いりしゅ?」
二人はそれぞれ逆の方向へ首を傾けて私の名前を発音しようとした。でも、彼らの回らない舌では難しいらしい。
「言いにくければレイでもいいわ」
「れいちゃん」
「ええ、そうよ」
私は優しい顔を作ると、シンジと視線を合わせて言った。
「ぼうや、あなたのお名前は何ていうの?」
「ぼくはね、シンジっていうんだよ」
「そう。シンジくんね」
私が彼の名を呼ぶと、彼はにっこりと幼い顔をほころばせた。そこに数知れない彼の祖先たちの面影を見つけ、ひどく胸を掻き乱されるような気がした。一体彼らのうち何人と取引をしてきただろう。そのうちの何人の生命を代償として奪っただろう。気に掛けてきた一族とはいえ、私には彼らに対する愛情もなければ憎悪もない。私はただ悪魔としての役目を遂行してきただけであり、取引の代償に生命が相応しいと判断されれば躊躇なくそれを頂いてきた。たとえば千年前の下級貴族の青年は楽を愛し、楽の才を欲した。だから私はそれを与え、契約として二十四年後に彼の生命を奪った。彼の一族に限らず、そうやって私は多くの人間たちの生命をただ役目として摘み取ってきた。
人間の想像も及ばないほど長きに渡って存在してきた私は、生命の何たるかを本当に考えたことなどなかったのだ。それを理解しようとなど思いつきもしなかったのだ。
その思念に囚われていた私はアスカが背後に回ったのにまったく気付かなかった。小さな手で急に背中をぎゅっと押され、何だろうと振り返ると、彼女は赤い頬を不思議そうに膨らませて私に言った。
「はねがないよ」
「羽?」
「とりさんかとおもったのに、おねえちゃんはそうじゃないの?」
さて、何と答えればいいのだろう。あいにくと子守の経験はないし、人間ならばこういう時戸惑わないのだろうか。私が曖昧な表情をしているうちに、助け舟はシンジから出された。
「ちがうよ、アスカちゃん。きっとうさぎさんだよ。おめめがまっかだもの」
「でも、うさぎさんはおみみがながいのよ。そんであたまのうえにぴょーんてたってるの」
「そっか。それじゃあちがうのかなぁ。おねえちゃんはながいおみみ、ないものね? でも、あたまがおそらみたいだよ」
「やっぱりとりさん?」
「わかった。きっとてんしさんだよ。だからおそらもとべるんだ」
「ばかね、シンジちゃん。てんしさんにもはねは、はえてるのよ」
「えっ。うーん、それじゃあ……ようせいさん?」
私にはどういう飛躍で妖精と間違われるのか分からないが、それ以前に幼い二人からぽんぽん飛び出す会話にすっかり圧倒されていた。はたから眺めているのと間近でそれに加わるのとではまるで違う。まるで非論理で、善悪も欲望も関係ないやり取り。正面にいるシンジと背中側にいるアスカに挟まれて、私はただ黙ってしゃがんだままでいた。なぜだか動いたらいけないような気がしたのだ。そして、戸惑いつつも不思議とこの状況を楽しんでいる自分がいた。
「どうしてようせいさんなのよ」
「こないだよんだピノキオのごほんにね、ようせいさんがでてくるんだ。いいこにしてるとね、ピノキオをにんげんのおとこのこにしてくれるんだよ。ようせいさんはとってもきれいで、おそらからおりてくるの。『ぶるうふぇありい』っていうんだよ」
「ふぅーん」
アスカは唇を尖らせてくりくりした目で私を見た。本当にこいつは妖精なのか? と検分しているようだ。
私の正体は悪魔だ、と打ち明けてもよかったけど、天使ではないかとも考えていた二人のことなので、本当のことを喋ると傷つけることになってしまうのだろうか。いや、伝承に残る妖精などというものは大概は天使か悪魔の誰かなので、あながち妖精と呼ばれて間違っているわけでもない。だから、このまま黙っていよう。木の上から舞い降りたのは鳥か天使か、はたまた妖精か。他愛ない子どもの空想だけど、人間ならば幼い子どもの夢を壊すまいと同じ選択をするに違いない。
「でもあたし、ピノキオのごほん、よんだことないの。ほんとにおねえちゃんみたいなようせいさんがでてくるの?」
「えっ、よんだことないの? ほんとだよ。はねはあったけど……、きっといまはあかるいからみえないんだよ」
今からでも二人のために光り輝く羽を生やすべきだろうか。私はシンジの言葉にそんな埒もないことを考えていた。ところが、アスカは自分がピノキオを知らないのを馬鹿にされたと感じたようで、少し不機嫌になった。
「ふんっ。べつにピノキオなんかおもしろくないから、よまなくたっていいもん。あたしね、きょういえにかえったらシンデレラみるのよ。シンデレラのほうがぜったいおもしろいんだから!」
アスカが胸を張って威張った声を上げると、シンジは口を尖らせて早口で言い返した。
「じゃあ、ぼくはプーさんみようっと」
「ずるいっ。シンジちゃん、あたしもプーさんみるっ」
「いいよ。いっしょにみよっ」
「うんっ」
人間というものは何かあるたびに怒ったり喜んだりとせわしない生き物だと思ってきたけど、私の目の前にいる子どもたちときたら、まったくせわしないなんていうものではない。いつの時代でも子どもというものはそうだった気もするけど、これがものの十年や二十年であんなに気難しくなるのだから、人間というのは不思議なものだ。
シンジとアスカの二人の仲直りが成立したところで、私の正体に関しても決着したらしい。アスカはふーっと鼻から息を吐き出し、えらそうに腰に手を当てて宣言した。
「いいわ。じゃあ、おねえちゃんはようせいさんね」
「わぁー、すごいなぁ」
手を叩き出しそうな様子でシンジが感心した声を上げた。寒さのためか妖精への憧れのためか、赤く染まった頬がりんごのようだ。すると、さきほどからずっと私の背後にいたアスカが正面まで回ってシンジの隣に立ち、言った。
「ねえ、ようせいさん。あたしおそらをとびたいの」
「空を?」
私が訊ね返すと、彼女はあごが胸にぶつかるくらいに勢いよく頷いた。
「とりさんみたいにぴゅーんってとんでね、したからパパとママがおーいおーいって、てをふってね、あたしはくるくるおへんじしてとんでっちゃうの。それでね、おなかがすいたらもどってくるのよ」
「楽しそうね」
「うん! きっとたのしいよ!」
「そうね。アスカがいい子にして、毎日パパとママの言うことをよく聞いて、シンジくんとも仲良くできたら、いつかきっと空を飛べるようになるわ」
私は何を言っているのだろう。なぜ非論理極まる戯言で子どもの機嫌を取るようなことを? どうして私は微笑みを浮かべている?
「いつかっていつ? あした?」
「明日じゃないわ」
そう答えたらアスカがあからさまに沈んだ表情をしたので、私はすぐに付け足さなくてはならなかった。
「いつになるか私にも分からないけど、いつか必ず、きっとよ。だから、アスカもそれまでいい子にしなくては駄目。嫌いなものもちゃんと食べるのよ」
「えーっ。あたし、ニンジンきらいっ」
「あら。それなら鳥さんになるのはやめる?」
「ふぐっ。……がんばる。じゃあ、とべるようになったらおねえちゃんもいっしょにとぼうね」
「ええ、いいわ」
私は今度はシンジを見て言った。
「シンジくんはどう?」
シンジは照れたように少し俯いて上目遣いに私を窺った。
「えっとね、ぼくはクリスマスにこいぬがほしいな」
ああ、なるほど、と私は思った。人間の世界ではもうすぐクリスマスの時期なのだ。様々に形を変えながら人間たちによって行われてきたこの行事が一体いつ頃始まったのかはもはや定かではないが、そもそもの起源を数千年前にさかのぼろうかというものを脈々と受け継いできたのもまた、人間という生命のなせる業なのだ。人は死に、そして生まれる。その間で手渡されていくものが確かにあるのだ。ただ情報と経験が蓄積されていくのみの私たちとは違って。
「犬が好きなのね」
「うん。あっ、でも、ようせいさんじゃなくて、サンタさんにおねがいしなくちゃだめなのかな?」
「そうよ。シンジちゃんったらうっかりやさんね。そういうのはサンタさんにおねがいしなきゃだめなのよ」
ここぞとばかりにお姉さんぶって得意げにアスカが言うと、シンジはうーんと首をひねった。
私はこれまで出会ってきた何人ものシンジの祖先のことを思い、そして彼のこれからの生涯のことを思った。シンジもいずれ死ぬ。私が契約で奪うか否かに係わらず、人である以上死は免れない。けれど、きっと彼も自らの生きた証を残していくのだろう。有形か無形かを問わず、碇シンジという名前も忘れ去られるかもしれないけれど、確かに彼が存在したという証は受け継がれていくのだろう。
「すぐに決めなくてもいいのよ、シンジくん。また会った時には聞かせてちょうだい」
「おねえちゃん、どこかいっちゃうの?」
「ええ、もう行かなくてはならないの」
「ええーっ、やだやだっ。あたし、もっとおはなししたい。そうだ、さっきまでおすなでシンジちゃんとおうちをつくってたの。おねえちゃんもいっしょにつくろ?」
「ごめんなさいね、アスカちゃん。今日はもうお別れをしなくちゃいけないの」
「あのね、いまつくってるのはね、シンジちゃんとあたしのおうちなの。でも、いっしょにつくってくれたら、おねえちゃんもすんでいいよ?」
「まあ、ありがとう。今日は無理だけど、いつかお邪魔するわ。だから、アスカちゃんはその時までいい子でいて。そうすればきっと鳥さんになって二人でお空を散歩できるわ」
「ほんとう?」
「本当よ。さあ、シンジくんからもアスカちゃんに言ってあげて。大丈夫だって」
「うん。だいじょうぶだよ、アスカちゃん。だって、おねえちゃんはようせいさんだから、ぼくたちがどこにいても、おっきくなっても、すぐにみつけられるよ」
自分よりも少しだけ身体の大きなアスカに向かって、シンジは頼もしくそう言った。きっと彼の言葉通りに、いつどこでどんな状況にあっても私は必ず彼らのことを見つけ出すだろう。私が頷いてみせると、アスカも口元をぎゅっと結んで大きく頷いた。
「じゃあ、やくそく!」
アスカがちいさな小指を差し出してきた。その仕草に人間の指きりげんまんという遊びを思い出して、自分の小指を彼女の小指と絡めて上下に振った。
「ゆーびきーりげーんまーん、うーそつーいたーら、はーりせーんぼーん……」
アスカが元気な声で歌う。取引以外の約束をしたことなんて初めての経験だった。アスカとの指きりが終わると、次はシンジとそれをした。おずおずと差し出されたシンジの小指にこちらから指を絡めて、今度は私が指きりの呪文を唱える。
「ゆーびきーりげーんまーん」
私の声にシンジの楽しげな声が被さる。
「うーそつーいたーら、はーりせーんぼーん」
続いてアスカの明るい声も加わった。
「のーますっ、ゆーびきったっ!」
三人で声を揃えて歌い切ると、私たちは顔を見合わせて笑った。
本物の悪魔の契約ではないので、約束を破ったとしても実際に針を千本飲むという罰を負わされるわけではない。けれど、私は絶対にこの約束を守るだろう。御主人様にではなく、私自身に誓って。
「さあ、あなたたちも、もうお行きなさい。お母さんがあちらで待っているわ」
私が指差す方向を二人は振り返った。スコップやバケツがそのままになっている砂場の向こうで、母親たちは空想好きな子どもたちが今度はどういう遊びをしているのだろうと考えているような微笑ましげな表情をして、こちらを眺めていた。並んで木と向かい合って二人で何を喋っているのかと不思議に思っているかもしれないが、あとになって幼い二人が私の存在を主張したところで、母親たちは信じようとはしないだろう。子どもにありがちな空想の産物だと決め付けておしまいだ。
もちろん、私にとってはそのほうが都合がいいのだ。今は幼いシンジとアスカも、成長するにつれ今日の記憶を思い出すことはなくなるだろう。けれど、私の記憶の中に約束をした事実は残る。いつか彼らが成長したら、約束を果たしに私は姿を現すだろう。それまでのしばしの別れだ。
「二人とも。さようなら」
私が別れの言葉を口にすると、母親たちのほうを向いていた二人がもう一度こちらを振り返って言った。
「おねえちゃん、ちがうよ。またあしたっていうんだよ」
「ばかね、シンジちゃん。あしたあえるかどうかまだわからないでしょ。えーっとね、だから、またねでいいのよ」
「あっ、そっか。じゃあ、おねえちゃん。またね」
「またあそぼうねっ」
小さな手をぶんぶん振っている二人に、私も手を持ち上げてぎこちなく振り返した。そして、二人と同じ言葉を口にした。
「分かったわ。またね、二人とも」
シンジとアスカが手を繋いで母親たちのほうへ駆けて行った時には、もうすでに私はその場所から消えていた。
湖からアスカはまっすぐに家に帰るのではなく、ある場所に立ち寄っていた。彼女のあとを追っていた私は、一軒の家の前で自転車を停め、降りてインターホンを鳴らすでもなくサドルに腰掛けたままじっと建物を見つめているアスカの姿を見つけた。
それがどこなのか、私は充分に知っていた。ハニーサックルの垣根に囲まれた二階建ての家は、シンジが住んでいた場所だ。アスカが見上げている二階の窓はシンジの部屋。彼女は唇を噛み、長いことそうしてじっと眺め続けていた。
門扉の隙間から一匹の犬が顔を覗かせて「くーん」と鳴いたのは、アスカが家の前へ自転車を停めてしばらく経ってからのことだった。赤みの強い毛色のゴールデン・レトリバーだ。彼はアスカの姿を認めると、いっそう哀れげに呼びかけた。
「ジミニー」
アスカが犬の名を呟いた。ジミニーはシンジの飼い犬で、もう十歳になる。十年前のあの日から数日後のクリスマスに両親から彼に贈られたプレゼントだ。むろん、彼は当初それがサンタクロースからの贈り物だと信じていた。大喜びした彼は子犬にピノキオの友だちの名前をつけ、とても可愛がっていた。
もう何日も自分の主人に会えないのが悲しいのだろうか。彼は主人同様に自分を可愛がってくれたアスカの匂いを嗅ぎつけて、門の格子の隙間から鼻先を出し、元気のない声で何度か吠えた。
その姿にたまらずアスカは自転車を降りて門扉に駆け寄り、ジミニーの突き出された鼻面に手を添えた。柔らかな毛皮に覆われた温かなその感触に、シンジはもう二度とこの子を撫でることができないのだ、と考えたアスカの瞳がまたしても涙でにじんだ。
「よしよし、ジミニー。シンジに会えなくて寂しいよね。悲しいよね」
ジミニーは大人しくアスカに撫でられるがままになっている。
「あたしも寂しい。寂しくて、悲しいわ。もう一度シンジに会いたい」
門扉の前にひざまずいた彼女は格子の隙間から腕を差し入れてジミニーの身体に回した。鼻をすすり、彼女は言った。
「明日まで待っていてね、ジミニー。何もかも上手く行けば、お前の御主人様が帰ってこられるかもしれないの。とても信じられないような話だけど、それでもあいつが戻ってくるというのなら、あたしは何だって信じるわ。たとえ代償に何を差し出すことになっても構わない。だから、もう少しだけ辛抱して」
私は空からアスカとジミニーの様子を見下ろしながら、シンジの最期を思い出していた。
事故は私の見守る中で起こった。飲酒運転の車にはねられたシンジは、いくつかの内臓が破裂し、肋骨が折れて肺に刺さっていた。宙にはね飛ばされた身体がアスファルトの地面に激突した際に頭部も打ちつけ、何箇所か骨がさらに折れた。その時点でほぼ瀕死の状態で、助かる見込みは限りなく薄かった。
私は事故の数瞬前にそれを予見していた。しかし、何もできなかった。私たちは正式な手続きに則った場合以外で人間の世界に直接介入することを禁じられている。彼を助けるためにありとあらゆる手段を講じる能力が私にはあった。でも、それが禁忌とされているがゆえに、ただ黙って眺めているほかなかったのだ。結果として暴走する車はシンジの立っていた場所に突っ込み、彼の身体をその圧倒的で理不尽な暴力で壊した。
死んでしまう。アスファルトの地面にうつ伏せに倒れて動かないシンジの姿を見て、私はとっさに舞い降りて彼の意識の中へ接続を図ろうとした。半開きの眼は瞳孔が開きかかっている。急がなければ今にも彼の生命が消えてしまう。血塗れの額に腕を差し込み、私は意識を集中した。
背の高いケヤキの木のたもとにシンジは腰を下ろし、幹に背中を預けていた。全身の力が抜け、目を閉じてひどくつらそうにしている。
「シンジ……」
名を呼んでも彼は反応しない。彼の意識はひどく混濁して消えかかっていた。彼が息絶えるのはあと数秒後か、どんなに長くても数分といったところだろう。時間の圧縮されたこの場所でならもう少し長く感じるだろうけど、いずれにせよ時間がないことには変わりない。
私は彼のそばへ近寄ってひざまずき、両手で彼の頭を挟んでもう一度名前を呼んだ。
「シンジ。私の言葉が分かったら返事をして」
「……誰?」
シンジはまるで鉛の蓋を持ち上げるようにして目を開けると私を見た。どんよりと濁った生気のない瞳だった。その瞳を私の頭から足元までゆっくりと一巡りさせて、彼は言った。
「水色の髪の女の子……本当にいたんだ」
「私を憶えているの? あの時のことを憶えているの?」
まさかそんなはずはない。あれ以来、シンジの目が私の姿を捉えたことはなかったはずだ。あの日彼が私を見ることができたのは何かの偶然か、それは分からないが、とにかく十年も前に少し会話を交わしただけの私のことを憶えているなんてありえない。
でも、シンジはぜいぜいと苦しそうな呼吸を挟みながら、独り言のようにささやいた。
「ずっと長い間、おぼろげな記憶の中に君の姿があった。もうどんなことを話したかも憶えていないけど、君はずっと僕のことを見ていてくれた。見守っていてくれたんだね」
「ああ、シンジ。ごめんなさい。私は何もできなかった。見ていることしかできなかった」
「すごく痛くて苦しいんだ。……僕は死ぬの?」
「そうよ」
シンジは大きく深呼吸をすると、ゆっくりとまばたきをした。それだけでも一生分の気力を使い果たしてしまったかのように見えた。
「でも、まだ時間はある。まだ間に合うの、シンジ。私ならあなたの望みを何でも叶えられる。お願い、望みを言ってちょうだい」
私はまるで懇願するように霧散しかけている彼の意識に呼びかけた。
このまま何の手も打つことなく待っていれば、シンジは間違いなく死に、その魂は天使のものとも悪魔のものともならずにこの星独自の循環の中に組み入れられてしまうだろう。そうなれば私のこの十年はすべて泡と消えることになる。永遠に果たされない約束を抱えたまま、再び長い時を過ごさなくてはならなくなる。
できるなら、禁忌を破ってすぐにでもシンジの肉体を治癒してやりたかった。破裂した内臓を縫い合わせ、折れた骨を戻して肺の穴を塞ぎ、崩れた脳を元通りにしてやれば彼は助かる。そういう奇蹟の力が私には備わっている。でも、私はしょせん御主人様にプログラムされた、ただの悪魔に過ぎない。どんなに私自身が願ったとしても、自らそれを叶えることは決してできない。許されないのだ。私自身ではなく人間の願いでなければ。
意識の中のシンジの身体が急速に崩れ始めた。地面に触れている両足と両腕は半液状に溶けた地面と混ざり合い、彼の背はもたれていたケヤキに半ば埋もれていた。そのケヤキももはや樹木と呼べるものではなく、ただよどんだ色の不気味な柱でしかなかった。周囲には枯れた葉が降り積もり続けていた。
シンジの頭からどろりとした血が落ちてきて顔面を赤く濡らした。俯き加減になって目蓋を下ろした彼がこちらの呼びかけに答えることはなかった。それでも私は、崩れゆく彼の身体にすがりついて何度も懇願した。
「望みを言って。お願い、あなたの望みを言って。言ってちょうだい。お願いよ、シンジ。お願いだから……」
その時が迫っていた。シンジは死ぬ。
「駄目よ。死んでは駄目よ。死なないで。生きたいと言って。お願いだから、シンジ。私のシンジ……」
およそ非論理な思いが私の中を支配していた。私の中には感情など存在しないはずなのに、ひどくつらくて苦しかった。どうすればいいか分からず、私はほとんど混乱していた。
もはやこのままシンジは消え去ってしまうかと思われた。しかし、最期にほとんど動かない唇の隙間から言葉を零した。
「……アスカに……」
言葉は途切れ、そのまま彼の身体は頭からどろりとした液状に崩れて、私の腕をすり抜けて腐った地面と混ざり合い、消えてしまった。周囲の世界もまた同様に崩壊していく。私は彼の意識から弾き出されて、一瞬のうちに現実世界のシンジの身体の前に戻っていた。
彼はすでに息絶えていた。
騒がしい周囲の目には私の姿は映らない。遠いサイレンの音が徐々に近づいてくる。
結局は間に合わなかった。彼の魂はすでに肉体を抜け出し、私には追跡できないどこかへ運ばれていくのだろう。長い長い時間をかけていずれ転生することもあるのかもしれないが、私がそれに気づくことのできる可能性は限りなく低い。悪魔である私はこの星の秩序とは異なるプロトコルに従っているからだ。
私はじっとシンジの最期の言葉を考えていた。彼が何を言いたかったのか、それはもう永遠に分からない。すべては手遅れとなったのだ。
到着した救急隊員が彼の亡骸を運び出そうとしていた。少し離れたところで警官が事故を起こした車の運転者と話をしている。それを遠巻きに取り囲む人垣のざわめき。
その中で私はまだ方法がひとつ残されていることに気付いた。すべてを元に戻す方法がひとつだけ。
アスカとの約束の真夜中より十分前、私は彼女の部屋を訪れた。パジャマにカーディガンを羽織った格好で、彼女はベッドに腰掛けて私を待っていた。私が閉じられたガラス窓をすり抜けて部屋へ侵入してきたのにはさすがに肝を潰したようだったけど、感心なことに声を上げることもせず、じっとこちらを見つめていた。
「心変わりはしていないかしら?」
問いかけると、アスカは挑戦的に私を睨んだ。
「するわけがないわ。あなたこそ、本当にシンジのことを生き返らせることができるんでしょうね。もしも騙していたんだったら……」
「そうだとしたら?」
「あなたを許さないわ」
「勇ましいこと。安心しなさい。すべてが上手く行く。午前零時ちょうどにあなたの願いを叶えるわ。それまであと八分ね。何かお話しましょうか?」
私が提案すると、アスカは返事もせず落ち着かなげに立ち上がり、部屋の中を8の字に歩いてまた腰を下ろした。膝の上に硬く握った手を置き、唇を噛んでいる。
「不安?」
「……当たり前よ。普通なら頭がおかしくなったと思うところだわ。いいえ、実際におかしくなったのかも。あいつが死んだショックでありもしない幻を見ているだけかもしれない。そんなことを昨日から百回も二百回も考えたわ。今こうしていても、全部が全部信じ切れているわけじゃない。でも、あいつが本当に戻ってくるというのなら、どんなでたらめなものにでも縋りつきたい」
「シンジくんは幸せね。こんなにも想ってくれる人がいて」
「どうかしらね。いまさらこんなことを言っても、もうシンジはあたしを許してはくれないかもしれないわ。自分の気持ちに嘘をついて、あいつの気持ちを踏みにじった挙句、それが原因で事故に遭ったんだから。でも、いいの。あいつがもうあたしのことを好きでなくなっても、嫌いになったとしても。元気に戻って来てくれるなら、それだけでいいの」
アスカはつらそうに涙を滲ませて話した。本心では平気なわけはない。だけど、罪の意識が彼女にそう言わせているのだ。人間とは本当に何と矛盾していて、まるで非論理で、それでいてこんなにも健気で必死なのだろう。私はほとんど感動していた。
「心配しなくても、そんなことにはならないわ。私が保証する」
「どうしてあなたにそんなことが分かるの? そういう風にあいつを仕向けるつもり?」
「そんなことはしない。ただ、分かるのよ」
アスカは納得した風ではなかったが、私はそれ以上説明しなかった。ただ、少しだけ忠告してあげたくなった。いわば気紛れの老婆心だ。この私にそんなものがあるとすればの話だけど。
「ねえ、アスカ。次にシンジくんに会った時には、もう少し素直になりなさい。伝えるべき言葉や気持ちは、伝えられる時に伝えなさい。今日と同じ日常が明日にも必ず訪れるとは限らないの。どんなに大切に想っていても、ある日突然に手の中から失われてしまうことはあるのよ。だから、後悔したくなければそうなさい」
「私にそんなことを言う資格がまだあるの?」
「他人を好きになるのに資格が必要だと考えるなんて、とても奇妙なことだと私は思うけど、あえてあなたの質問に答えれば、あなたにはその資格がある」
「……それでもあいつはきっとあたしのことを許してくれないわ」
「まったく、あの強気はどこへ行ったのかしらね、このおじょうちゃんは」
今の彼女には何を言っても無駄なようだった。とはいえ、これは実際にその時になって彼女たちがどうにかする問題だ。私がこれ以上口を挟むことではない。
「……アスカ。昔、鳥になりたいと言ったのを憶えている?」
「鳥? 憶えてないわ」
「そう。ならいいの。……そろそろ時間ね」
私は立ち上がろうとするアスカを座ったままでいいと制して、彼女の目の前にまっすぐに立った。
「惣流アスカ。悪魔との契約により、あなたの大切な人を取り戻させてあげるわ」
アスカは唾を飲み込んで私を見つめている。
「代償にふたつのものを捧げてもらう。ひとつはあなたの寿命の最期の一年」
一度言葉を切った私は彼女の肩に両手を置き、耳元に唇が触れ合うほど近づけて、静かにささやいた。
「もうひとつ。いつか生まれてくるあなたの子をもらうわ」
ゆっくり顔を離して私はアスカの表情を見た。彼女の顔色は青白くなっている。
時計の針が午前零時を差した。私はそっとエンターキーを押した。
「このふたつが私がもらうあなたの人生の一部よ」
「ま……待ってっ!」
アスカは悲鳴を上げて私の腕を掴んだ。
でも、もう遅い。
「すでに契約の履行は着手された。もう遅いの、アスカ」
「嘘吐きっ! あたしを騙したわね!」
「騙してなどいないわ。さあ、次に目を覚ました時にはシンジくんのいる元通りの世界よ。安心して眠りなさい」
暴れようとするアスカの額に手をかざして彼女を眠らせ、私はふわりと舞い上がった。足元には静かな寝息を立てるアスカが横たわっている。
「ごめんなさい、アスカ。いつかまた」
夜空へ飛び立ってすぐに、ここ最近馴染みの気配が近づいてきた。私はそちらをゆっくりと振り返って、厳しい顔で彼のことを睨みつけた。
「さあ、この期に及んで何の用なの、タブリス」
「言っただろう。君のことが心配なんだよ、リリス」
タブリスは飄々と言うと、私の横に並んでアスカの家を見下ろした。
「それにしても、えげつないなぁ。死んでしまった男の子を助ける代わりに将来生まれてくる子どもを死産でもするつもりかい?」
やはり彼は見ていたのだ。厄介な相手だけど、途中で手出ししてこなかったことは幸運だった。アスカにも言ったが、もう止めることはできないのだ。
「勘違いしているようだけど、誰も死にはしないわ」
「契約違反がご法度だということは、僕同様に君もよく承知していたと思うんだけどね。御主人様のお仕置きはきついよ?」
すぐにはタブリスの言葉に答えず、私はじっとアスカの家を見下ろしていた。どうやらずっとアスカのそばについていた私が邪魔で、再度プロテクトを破って情報を盗もうとはしなかったらしい。確かに契約違反は私たちにとって禁忌で、これを破ると御主人様によって定められた罰を受けることになるけど、今回の私は契約を破ったりはしていない。かなりぎりぎりの線だったことは確かだけど。
「子どもは生まれてくるわ。かつて自分が何者であったか、一切の記憶を持たず、真っ白な存在として」
そうだ。無事に子どもは生まれてくるだろう。生命を奪うわけではない。その意味ではアスカを騙していないということになる。彼女を利用したというのは事実だけど、少なくとも彼女が解釈したような結果にはならない。
タブリスは私の言葉を聞いて少しの間考え込んでいたが、やがてその意味を悟ったらしく、信じられないという風に大きく目を見開き、かぶりを振って言った。
「正気の沙汰とも思えないな。人間なんかになりたがるなんて、どうかしてるんじゃないか? すぐに死んでしまう、脆くて悲しい生き物だよ、人間は」
「それでも私は人間になるの。もう飽きたのよ」
夜空を見上げて私は言った。明るい満月と街明かりに掻き消されて星はほとんど見えない。
「一体私たちはどれくらいこうして活動してきた?」
「およそ百万年」
「そう。百万年よ。私たちに時間など意味はないというのが事実であったとしても、長い年月だわ。そうは思わない?」
この星のサイクルで二億年前、別銀河で発達したふたつの種族の間で星間戦争が起こった。戦いながら進化し続けた彼らが他の生命を自らに取り込む方法を発見したことによって、果てのない移動が始まった。彼らの移動する航路上に存在する星々に仕掛けられた装置に吸収された精神エネルギーはやがて彼らの元へ運ばれて合一し、すでに肉体を捨て去っている彼らの存在の一部となる。ある意味では食糧といってもいい。
この星を彼らが訪れた百万年前、私たちの御主人様は地殻奥深くにハードウェアを埋設し、一方で神は静止軌道上に設置した。私たち悪魔も天使も、この星の人間の魂を回収するプログラムを実行するソフトウェアが作り出した機動端末に過ぎないのだ。これが、私たちの正体だ。
「だからどうだって言うんだ。たとえ一千万年かかろうと、僕たちは御主人様のために人間たちの魂を集めなくてはならない。それが僕たちの役目であり、存在理由だ。なのに君みたいに規約を破ってしまえば、いつの日か御主人様のもとへ還って合一を果たすこともできなくなるんだよ」
「タブリス、考えてもみて。神も御主人様も、とうにこの星にはいない。それどころか、地球へのシステムの設置を済ませたあとはこの銀河系を離れて、もうどこへいるのかさえ分からないのよ。今もまだ戦いが続いているのか、それともどちらか一方、あるいは両方ともがすでに滅んでしまっている可能性だってあるわ。合一の日など一体いつ来るというの?」
「君は自分の創造主が信じられないのか」
「私たちを生み出したシステムの設置は、実験でもあったのよ。必ずしも成功するとは限らない。いずれにせよ、私は現状のまま待つのはもう嫌なの。私はこの星に根を下ろしたいのよ。異質な隣人として人間たちに係わり続けるより、彼らの一員に加わりたい。百万年の不死を過ごすより、百年の生を生きたい」
「御主人様を裏切り、何千何万の仲間を見捨てるつもりなのか? そうまでして叶えたい望みだとでも?」
「もう決めたのよ、タブリス。それに、御主人様はともかく仲間たちのことに関していえば、時代を経るごとに段々と数が減ってきていることにあなたは気付かないの? 私と同じように人間になることを選択したものもいれば、動物や木、石ころに姿を変えたものもいる。そのまま消滅することを選んだものもいるわ。ひょっとするとこれはシステム全体が罹っている病かもしれない。でも、無理もないの。私たちはもう耐えられないのよ。回収された魂だって、もうとっくにシステムの許容限界を超えて飽和状態になっているはずなのに、一向に次のシークエンスに移行しない」
「知っているさ、そんなこと。でも、原因となっているバグを取り除けばすぐにでも正常な動作に戻るはずだ。それまで僕たちはサボるわけにはいかないんだ」
「あるいはそうかもしれない。でもさっき言ったように、もう決めたの。私が人間となることで、私に付与されていたすべての特権は剥奪され、登録も抹消されるでしょう。バックアップも破棄され、新たなリリスが再生されることもない。そうして私はいつの日か、アスカの子の魂と融合して新しい生命として生まれてくる。真っ白な存在として」
「そして短い一生を過ごして満足するというのか?」
「短いからこそ輝けるものもあるのよ、タブリス」
「理解しがたいな。君は完全に狂ってる」
タブリスはかぶりを振り、苦々しい表情で眼下に広がる人間たちの街を見下ろしていた。私は彼に理解してもらおうとは考えていない。それなのにこんなことを話しているのは、奇しくも悪魔としての最後の時にいあわせたこの百万年を連れ添った同胞に、私の中に芽生えた願いの正体を知っていて欲しかったのかもしれない。
「人間として生まれてきた時には、力の限りに声を上げて泣き、開かないその眼に姿は映らなくとも、確かな母の腕に抱かれていることでしょう。タブリス、あなたに分かるかしら。母に支えてもらわねば生きることもできない非力なその存在こそが奇蹟だということが。私たちは一夜にして城を築くこともできるし、海を割ることだってできる。死人を甦らすこともできるわ。でも、子を作ることはできない。新しい生命を生み出すことはできない。あなたの言う『すぐに死ぬ脆くて悲しい生き物』なら誰でもやってきたことが、私たちにはできないのよ。なのに、一体どういう理由で私たちは彼らの生命を奪えるというの?」
「すべては御主人様のためだ。僕たちはそのために作り出されたのだから。天使たちも同じさ」
硬い声でタブリスは答えた。私はかぶりを振り、彼に言った。
「そう。私たちはただの道具だった。でも、道具が道具としてだけ存在するには、百万年は長すぎたのよ。私は自分の中に芽生えた心に嘘をつけない。私は生きたいの、タブリス」
「どうあってもやめないつもりなんだね」
「これから星全体を転移させてシンジが死ぬ以前の時間まで戻るわ。そろそろ今の時間が凍結されるはずよ」
「よみがえらせるというのはそういうことだったのか。もうひとつの条件は惣流アスカの最期の一年だったね。……そうか、本当は彼女の余命はあと一年しかない。そうなんだね?」
「彼女はシンジの死のショックと、何より彼の死の遠因となったという自責に耐え切れず、一年ほどで命を落とすことになるという診断が出た。交通事故みたいな偶発的なものと違って、この手の予知は大体間違わないわ。だから言ったでしょう。私は契約違反はしていない」
「願いとは別に契約者自身の生命も救うか。悪魔からクリスマスプレゼントだなんて、悪趣味にもほどがあるよ」
私の説明を聞いて、タブリスはこちらをじっと見てから静かに言った。
「随分と策を弄したものだね、リリス。でも、君はまだ他にも規約違反を犯した。分かってるんだろう? 彼らが来るよ。あと二秒」
タブリスが口を閉じてぴったり二秒後、ふたつの光の塊が飛んできて私たちの目の前に停止した。まばゆい光に包まれたその姿は生物とも機械ともつかない異形の天使だ。
まるで鐘のような天使の声が私の意識の中に鳴り響いた。
「お前の行為には協定規約補足条項第三百二十二条二項が適用される。時空間に重大な影響を及ぼす能力を行使したものは相手側の二体以上の協議による直接介入を受けることを容認しなければならない。ただちに作業を停止せよ」
天使と悪魔は通常直接の係わり合いを持つことは禁じられている。基本的には互いのやることに手出し口出ししないということだ。ただし例外もあり、今回の場合は私の行為がその例外に引っ掛かった。そこで、二体の天使たちは押っ取り刀で駆けつけたというわけだ。むろん、彼らは実力行使してでも私を止めるつもりだろう。
「加勢しようか?」
「必要ない」
タブリスの提案を断り、私は天使たちに向かって言った。
「ここは人間たちの暮らす街。場所を変えるわ」
一瞬で街外れの湖の上空まで移動して再び天使たちと向かい合った。私の全身からエネルギーが渦をなして放出され、やがて私そのものが膨大な力のうねりとなってばりばりと大気を引き裂く。
「あなたたちの言うその条項の但書に、実力で介入を排除すれば以後そのものの行為は正当とみなされるとあるのは知っているわね」
はるか上空に暗雲が垂れ込め、ごろごろと雷鳴が鳴り響き始めた。ついて来ていたタブリスが軽い調子で呟いた。
「怖い怖い」
「作業を即時停止しなければ直接強制手段に入る」
二体の天使の最後通牒に、私は表情もなく一言だけ答えた。
「最古の悪魔の力を思い知るといいわ」
ほとばしった力の奔流が一瞬で天使たちを飲み込んだ。すさまじい光と音と熱の爆発。これらは人間には感知することができない類の現象だ。湖の表面だけは私の攻撃の余波を受けて激しく波打っていたが、深夜のことで湖畔には誰もいないだろうから問題はない。
奔流が去った時、天使たちは跡形もなく消えていた。
「お気の毒に」
後ろに下がっていたタブリスがぱたぱたと羽ばたいて、いつもの姿に戻った私に近づいてきて言った。
「この世界での示顕体が消滅しただけで、彼らはすぐにシステムから再ダウンロードされるわ。しょせん彼らも私たちも元はデータに過ぎないのだから」
「さすがはリリス。容赦ない」
「……こんなことをするのも今夜限りよ。そろそろ時間ね。転移が始まる」
周囲の景色が徐々に色彩を失い始めた。私はタブリスに手を差し出して言った。
「手を出して」
「なぜ?」
「一時的に私と同期して。あなたには最後まで見届けてもらう」
灰色の地表全体から光の渦が立ち昇る。タブリスの手を掴んだ次の瞬間、私たちの身体は星全体を覆う光に飲み込まれて時空の彼方に消えた。
「ここは一体いつの時間なんだい?」
「十二月十八日の午前零時十分。クリスマスの一週間前よ」
「ということは十二日分がなかったことになるのか」
私とタブリスは湖の上空からアスカの家を目指していた。転移は無事成功した。かつて私たちがいた時間は切り離されて消滅し、もう一度この時間から針を進めるのだ。とはいえ、その事実を知っているのは私とタブリスしかいない。消し去った未来から上書きされる現在へと引き継いだのは唯一、私とアスカの契約だけだ。
「どうして碇シンジの死の前日じゃないんだ?」
「これからおよそ十七時間後、シンジがアスカに愛の告白をするの」
「はぁ、何だって?」
「そこから二人にはやり直してもらわなければ」
「何だかよく分からないけど、きっと同じ選択をすると思うな。だって、彼らにとっては『やり直し』じゃないんだから」
「そうね。でも、私は信じてるわ」
「……さてと、着いたな。君はこれから?」
アスカの家の上空に到着した私たちは、向かい合ってお互いを見た。
「私はこれからアスカの胎内で休止状態に入るわ。いつか受精卵が発生したら自動的に融合に移ることになる。そして人間として生まれてくるのよ」
「あの娘が君の母親というわけか」
「ええ。父親が誰になるかは今のところ分からない。それがシンジならいいのだけど」
「ふん。まあ、ここまで来てしまってはどうしようもない。好きにするといいさ」
まさかタブリスは拗ねているのか? そんな考えが私を掠めた。本来ならばありえないことなのに、どうしてか私にはそうに違いないと思えた。
私たちにはそもそも感情などという低俗な機能は備わっていない。道具にはそんなものは不要であるし、高度な人工知能に感情を持たせることはとても危険なことだ。でも、百万年の長きに渡る経験が私たちを少しずつ変質させていった。
「この百万年に及ぶあなたとの付き合いを、人間だったら『家族のようだった』と表現するのかしらね」
「どうかな。人間になって確かめてみてくれ、リリス」
タブリスは肩を竦めて言った。
私は微笑みを作り、最後の別れを告げた。
「今度こそ、さようなら。タブリス」
まっすぐに降下し、安らかにベッドで眠るアスカの胎内に私は吸い込まれていく。
目覚めの時まで十年か二十年か。百万年を存在してきた私にとって、刹那に過ぎないその時間が、今はとても待ち遠しい。ほとんど初めて愉快な気持ちというものを味わいながら、私は規則正しい心音が鳴り響く温かい場所で眠りについた。
朝はあまり食欲がないと言うと、私のお母さんは「そんなんじゃ力が出ないわよ」とか「だからあんたはちっとも太らないのよ」とか小言を返す。
放っておいて欲しい。むしろダイエットという言葉に目の色を変えるお母さんは痩せている私に対して嫉妬しているのではあるまいか。でも、そんなことは口に出さない。反面教師という言葉の意味を私は知っているのだ。
動きたがらないあごを叱咤して扱き使い、私は冷めたトーストを美味しくもないのに先ほどから時間をかけてもぐもぐとやっていた。私以外はとっくに自分の分を食べ終わっていて、お父さんはコーヒーを飲みながら新聞を読み、お母さんは流しに下げた自分たちの食器をスポンジで洗っていた。
ちなみにうちは三人家族だ。私の名前は碇レイ。十四歳の中学二年生、両親は同い年の四十歳。共働き。
「パン一枚にいつまでかかってるのよ、レイ。さっさと食べないと片付かないでしょ」
「だぁってぇー」
「全部食べないと学校へ行かせないわよ。あ、あなた、コーヒーおかわりいる?」
予想通りに小言を漏らし、お母さんはそこだけは声色を変えてお父さんに話しかけた。なーにが「あ・な・た」よ。あほくさ。さりげなく肩に腕を乗せてるんじゃないわよ。
「いい歳してやめてよね」
「あーら、これでもお若いですねってよく言われるんだから」
「何かコメントは、お父さん?」
私が質問すると、お父さんは「うん」と頷いてから、コーヒーカップをお母さんに差し出して言った。
「おかわりちょうだい」
「ずるい。誤魔化した」
「いいのいいの。子どもは誤魔化されてなさい」
お母さんからコーヒーを注いでもらうお父さんの姿を眺めながら、私はもそもそとまだトーストを噛んでいた。学校へ行けなくなるのは困る。これでも私は皆勤賞なのだ。朝食欲がないばっかりにそれが台無しになるだなんて、あんまりだと思わない? 大体こんな創意工夫のかけらもないトーストがいけないのよ。もっとこう、フレンチトーストとかさ、あるじゃん。
「毎朝あんただけのためにフレンチトーストを作れっていうの?」
「そうは言ってないけど、もうちょっとこう、改善の余地があるんではないかと思ったのです」
「思ったのです、じゃないわ。作るのは全部お母さんなんですからね」
「お母さんのケチ」
「お弁当まで作ってもらって、この子ったら本当わがままなんだから。あなたも何とか言ってやってよ」
お母さんから話を振られたお父さんはのそのそと新聞を畳むと、湯気を立てるコーヒーをずずっと啜ってから言った。
「料理したこともないレイがお母さんの作ったものに文句を言うのは感心しないな。もっと感謝しなきゃ駄目だぞ」
「そうよ。もっと感謝しなさい。いつも美味しいもの作ってあげてるでしょ。大体、料理のひとつもできないんじゃ、将来彼氏の前で恥かくわよ。ま、今年のクリスマスもどうせそんな相手はいないんだろうから、レイにはまーったく心配いらない話かもしれないけどね」
こちらの神経を逆撫でするような言葉をあえて選ぶお母さんは、絶対に性格が悪いと思う。こんな人が奥さんで、お父さんはかわいそう。きっと騙されて結婚したんだわ。玉のような娘に恵まれたのが唯一の救いね。
それから大抵の場合、私に彼氏ができるできないという話題のあと、お母さんは自分たちのことを語りだす。
「お母さんが今のレイの歳の時には、もうお父さんと付き合ってたわよ。料理だって少しはできたわ。もちろん、今ほどじゃないけど」
ほらね。
「はいはいはい。夕日に染まる湖を眺めながら告白されたんでしょ。もう何百回も聞いたってば」
耳にタコどころかイカもクジラもチョウチンアンコウもできてるっつーの。
ところが、お母さんにはうんざり世界選手権で優勝できるレベルの私の表情がまったく目に入らないらしい。この死んだキンメダイみたいな娘の眼差しに気付かないなんて、恋は盲目とはよく言ったものだ。
「あの時のお父さん、かっこよかった」
いい歳してうっとりとした表情でお母さんはお父さんを見つめた。居場所がなくなるから娘の前ではやめていただきたい。花も恥らう十四歳を何だと思っているのかしら、このやろう。
仕方がないので私はキンメダイの物まねをやめてフレンチト−ストならぬただのバター塗ったトーストをもしゃもしゃ食べることにした。せめてジャムにしておけばなぁ。
「だってさ。お父さん、憶えてる?」
「ん? んん、まあ、忘れちゃったなぁ」
ありがとう。本当は憶えているのに照れ隠しをしてくれて。お父さんは我が家の最後の良心よ。
「ところでレイ、そろそろ時間やばいんじゃないの?」
「は? あっ、やっばーい。もうこんな時間!」
時計の針は午前八時を指そうとしていた。中学校までの道のりは歩いて十五分。走ればその半分。そして、私はまだ寝癖さえ直していない。
急いでトーストを口に詰め込み、牛乳で無理矢理喉の奥に流し込む。気持ち悪くても我慢だ。遺伝を過信するわけにはいかない、と私の慎ましやかなおっぱいは物語っていた。お母さんみたいなダイナマイツになるには、もっと食べなくてはいけないのだ。
超特急で準備を済ませてから玄関へ向かって猛突進していくと、背中からお母さんに声をかけられた。
「もう行くの? 忘れ物はない?」
「完璧。走ればまだ間に合うっ!」
「ああ、待って待って」
靴を履いてカバンを引っさげ、さあ行くぞと立ち上がった私を掴まえて、お母さんは私の頬にぶちゅっとキスをお見舞いした。
「いってらっしゃい」
「もうっ。口紅がつく」
ごしごしと頬をこする私を見てお母さんは笑って言った。
「ついてないわよ。大丈夫」
「やめてよね、子どもじゃないんだから。お父さんは?」
「もう行っちゃったわよ。レイがぐずぐずしてるから」
「あの裏切り者めぇ。じゃ、いってきまーす!」
「はいはい。気をつけて行ってらっしゃい」
クリスマスを一週間前に控えて、世の中はいよいよ本格的に冬に入り始めていた。朝の冷たくて硬くて透明な空気の中に赤くなった顔でぶつかって、白い息を吐き出しながら私は走る。お父さんはさっき国道の向こう側のバス停で並んでいるのを見た。お母さんはいつも私たちを見送ってから一番最後に家を出る。
学校には無事間に合った。私は結構足が速いのだ。ぜーぜー肩で息をしながら顔を合わせた友達に挨拶して回ると、妙な顔をされた。何よ、あんたらは遅刻しそうになったことがないっていうの? そりゃ汗もかくわよ。
「そこまでしなくたって、遅刻の一回や二回いいじゃない」
こんなことを言う友達は分かってない。諦めたらそこで試合終了なのだよ。
それにしても暑い。今日の最高気温は八度ってお天気お姉さんが言っていたのに、今私がかいている汗は一体何? 明日からは文句垂れずにさっさと朝ごはんを食べよう。そんな誓いを胸に秘めて、私は大人しく自分の席に座った。今はしんどくて友達とお喋りする気にもなれない。というかわき腹が痛くて死にそう。
「馬鹿ねぇ、レイ。おでこの汗すっごいわよ」
「デオドラント持ってるからいいもん」
机の上に伏せて「私は平気。まだ頑張れる」と心の中で呪文を唱えていると、すぐにチャイムが鳴って担任の先生が教室に入ってきた。続いて見慣れない男子が入ってくる。先生は一通りの挨拶をしたあとに、彼のことを転校生だと紹介した。もうすぐ冬休みだっていうのに、こんな時期に転校だなんて変わっている、と思うけど、そこは色々と事情があるのかもしれない。
転校生の名前は渚カヲルといった。
私の隣の席が空いていたので、自動的に渚カヲルくんはそこを宛がわれることになった。教壇からこちらへやって来て私の隣に座った彼は、いくぶん緊張した面持ちでこちらを向いて言った。
「よろしく」
「こちらこそよろしく。碇レイです」
にっこりと笑いかけると、渚くんは安心したように表情を緩めた。わりと可愛い顔をしている。ちょっと口が大きいし、そんなに好みではないけど。これはしばらく女子たちのおもちゃになりそうな予感。
先生の話は続いている。私たちは一度教壇のほうへ顔を戻した。
「渚くんはうちの学校の授業進度をまだ知らないから、隣の碇さんが教えてあげてください」
「はーい」
するとクラスの何人かが、いやいや大部分がざわざわとし始める。みんなまだまだガキね。これくらいのことをからかいの種にするなんて。あの両親に鍛え上げられた私の心はぴくりとも動揺してないわよ。そう考えて渚くんのほうを見ると、彼は少し照れ臭そうにみんなのからかいに応えていた。案外サービス精神旺盛な性格なのかもしれない。
確かに、私は結構可愛いと自負している。両親ともわりと整った顔立ちをしているし、お母さんから継いだゲルマン系の血のせいで周囲からはとても目立つ容姿をしている。従って私はモテる。今も私に彼氏がいないのは、こちらで拒んでいるからだ。
もっと理想の男の子がいれば付き合ってもいいんだけどね。お母さんが馬鹿みたいに十四歳からお父さん一筋の歴史を語り聞かせるから、娘の私は男女とはそういうものなのだと知らずに洗脳されてしまった。ところが、今のクラスメートとか見ていても将来のことなんてまったく想像できない。だから、付き合う気にはなれないのだ。迷惑な話だ。
つらつらとそんなことを考えていると、渚くんがこちらを向いて私たちは目が合った。彼は少し困ったような、申し訳ないような表情をしていた。おっと、スマイルスマイル。
「分からないことがあったら訊いてね。教科書はもう持ってるの?」
「ありがとう、碇さん。教科書は持ってるよ。ところで、気になってたんだけど」
「何?」
あなたに一目惚れしました、とか言うなよ?
私が訊ねると、彼はその大きな口元に曖昧な笑みを浮かべて言った。
「汗かいてるけど、暑いの?」
……スマイルだってば、私。
fin.
ノーモア静電気(あとがき)
最後までお付き合い下さって、ありがとうございました。
またしても遅刻したわけですが、申し訳ありません。年内に書き終わってよかったと安心しております。
ファンタジーかと思ったら実はSFだった、というのが好きです。ただ、私の不完全なお話ではその妙味は味わえないかもしれません。
でも、あまりクリスマスらしくないお話でした。ハッピークリスマス。最近乾燥しているせいか、激しく帯電しております。
お話の中のリリスがカミナリ様みたいですが、あれは実はすっごい静電気です。彼女はわきの下に常に下敷きを隠し持っています。嘘です。
「ブルーフェアリー」は、コッローディの原作では「青い髪の妖精」となっているそうです。
私はピノキオに詳しいわけではないのですが、「ピノキオのごほん〜」というシンジの台詞を書いたあとに調べてみてこの事実を発見しました。偶然ですがぴったりだったので、当初「めがみさま」だったところを「ようせいさん」に変更しました。同時に、人間になりたいというリリスの願望とも符号することにも気付きました。
一方で二人の両親や友人たちの出番はざっくり削られました。そんなものまで書いていると、とても今年中には終わらなかったからです。
ところで、私のお話ではなぜかシンジが犬や猫を飼っていることが多いのに気付いたのですが、どうしてなんでしょう。今回はゴールデンレトリバーのジミニーくんでした。自分にコオロギの名前をつけた御主人様を慕ういい子です。
という辺りで。
お読み下さった皆様。掲載して下さったジュン様。
ありがとうございました。
ハッピークリスマス。それからよいお年を。
rinker
リンカ様から短編を頂戴しました。
また空気を読んでいただいて私と同時にならないように配慮していただいたようです(笑)。
クリスマスものということですが、前作同様遅れた方がよかったと思います。
あ、自分と比べられる云々ではなく、作品内容的に。
これが間に合っていれば、自分のが恥ずかしくてアップしにくかったでしょうね。(ここ前回と同じ:苦笑)
みなさん、どうでした?
久しぶりに二次読んでうるっときました。
本当にありがとうございました、リンカ様。
これは管理人としてではなく、読者として。
(文責:ジュン)
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