お弁当

 


 

サン・セバスティアン        2004.06.11

 

 

 
 


キーンコーンカーンコーン

「っしゃあ、メシやメシや!!」 

学生の本分は学業・・・のはずだが、この昼食の時間こそ学校生活の楽しみだ、という生徒も少なくない。
この鈴原トウジという少年もその一人だ。

「おい、ケンスケ、早よ行くで〜。パンが売切れてしまうやろ?」

「わかったよ。ったく、お前はメシ以外に楽しみはないのかねぇ・・・。」

カメラのレンズを拭きながら、ややあきれた口調で相田ケンスケがつぶやく。

「アホ、他にもあるわい。調理実習と、学校帰りのコンビニと・・・。」

「結局食いモンじゃないか・・・。」

まるで漫才だ。これはもう2−Aお決まりになってしまっている。

「だぁ〜!!そんなこと言うてる間にも焼きそばパンが〜!ケンスケ、行くで!」

「はいはい、わかりましたよ。お〜い、碇・・・。」

「アカン、アカン。センセは嫁はんとメシ食うさかいに。」

「それもそうだな。んじゃ、邪魔をしないようにいきますか。」

二人は勝手なことを言いながら購買に向かった。




その楽しそうな二人を横目に、碇シンジは最もつらい時間を過ごそうとしていた。原因はもちろん


「バカシンジ〜〜〜〜。」


・・・彼女である。
同僚でもあり、クラスメイトであり、そして同居人でもある惣流・アスカ・ラングレー。
彼女は常にシンジの頭を悩ますのだ。

「何でお弁当に昨日の晩御飯の残りものが入ってんのよ!アタシの楽しみはお弁当だけなんだから、
ちゃんとまともなもん作りなさいよ!」

「そ、そんなこと言ったって今朝は時間がなくて・・・。」

「言い訳無用!!あんたの事情なんて関係なし!」

いつもこの調子である。

しかし今日は違った。なんとシンジが反論したのである

「で、でも残り物だってちゃんと作ったんだからおいしいと思うよ?それにアスカ昨日は体調が悪いとか言って、
ほとんどこれ食べなかったじゃないか。」

しかしこれが彼女の逆鱗に触れた。

「アンタ・・・、アタシに逆らうつもり?」

彼女がその言葉を発したとたん、教室の温度が五度下がる。彼女がこういう態度をとったあとは、必ず
心身ともにぼろぼろになったシンジが残るだけだ。
シンジ自身もそのことはわかっていた。彼の頭の中には絶望だけが広がっていた。


しかし、救世主は必ずいるものだ。

「アスカ、どうしたの?」

このクラスの学級委員、洞木ヒカリである。職員室に呼ばれていた彼女は、何がおきていたのかはわからなかった。

「ちょっと、ヒカリ。聞いてよ、バカシンジのやつがね・・・・・」

アスカは、教室の入り口近くに行き、ことの一部始終をヒカリに話した。

「ふ〜ん。お弁当かぁ・・・。だったらさ、アスカ。」

「何よ?」

「碇君と一緒にお弁当食べればいいじゃない?」

「えぇ〜〜〜〜〜〜!!!!」

・・・ヒカリはたまに突拍子もないことを言う事がある。

「な、何でシンジと一緒にお弁当食べなきゃいけないのよ?」

アスカ、当然の疑問である。

「だって、アスカは碇君の作ったお弁当がおいしくないと思ってるんでしょ?
 だったら、どこがどうおいしくないか、碇君に言わないとだめよ。
 食べてもいないのにおいしくないって言われたら碇君だって悲しむわよ。」

アスカ、納得

「で、でも!!」

・・・していない。

「だからといって何で一緒に食べなきゃいけないのよ?」

「だって、一緒に食べないと、本当に食べて感想を言ってるのかわからないじゃない?」

アスカ、納得

「まぁ、それもそうだけど・・・。」

・・・した!!

「そうと決まれば・・・、碇君!!」

自分の席に座り、おとなしく待っていたシンジだったが、ヒカリに呼ばれ二人のもとへ。

「なに?委員長?」

「アスカと一緒にお弁当食べなさい!これは委員長命令です!」

・・・ヒカリはたまに、ものすごく強引だ。

「アスカと?別にいいけどなんで?」

碇シンジ、案外ドライな少年だ。
ヒカリは今度はシンジに説明する。

「ああ、そういうことか。いいよ、僕は。でもアスカは?」

シンジは、教室のドアにもたれかかり、頬を赤らめているアスカに声をかけた。

「ア、アタシもいいわよ。でも勘違いしないで!!アンタのためなんかじゃないんだからね!!
アタシの言ってることが正しいってことを証明するためなんだから!!」

「わかってるよ。いいから早く食べようよ。昼休みが終わっちゃうよ?」

「わ、わかったわよ・・・。でもここじゃ人が多いから屋上に行くわよ。」

「屋上?何で教室は人が多いからだめなの?」

碇シンジ、鈍感な少年である。男女二人っきりでお弁当を食べるという行為が、周りから見ればどういう関係に見えるのか。
少し考えればわかりそうな気もするが・・・。

「い・い・か・ら!屋上で食べるの!!」

「はいはい、じゃあ行こう。なんだかもう疲れてきた・・・。」




「屋上って案外人がいないんだね。」

「そ、そうね。」

そう言いながらシンジはお弁当をアスカに渡す。

「さっ、食べようか。もうあんまり時間もないしね。」

シンジは腰を下ろし、お弁当をあける。アスカも、シンジと少し距離をおいて腰を下ろした。

「アスカ?もっとこっちに来なよ。」

離れた位置に座るアスカにシンジが声をかける。

「わ、わかってるわよ。」

「どうしたの、アスカ?さっきからなんか変だよ?」

「ウルサイわね!!なんでもないわよ!!」

「そう?ならいいんだけど・・・。」

そして二人は青空のもと、ようやくお弁当を食べ始めたのだった。

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・。」

・・・お弁当とは、こんなに静かに食べるものだっただろうか?
会話を交わすこともなく、黙々とお弁当を食べ続ける二人。二人とも、もうほとんどお弁当は残っていない。

「・・・・・ねぇ。」

沈黙に耐え切れなくなったシンジが口を開いた。

「な、なによ・・・。」

驚きながらアスカが答える。

「そのさ・・・、お弁当・・・おいしかったのかな?」

アスカのお弁当は、きれいさっぱり無くなってしまっている。

「お、お弁当?お弁当ってなに?」

アスカ、パニック状態。

「いや、だからお弁当おいしかったのかな?」

「あぁ、お弁当がおいしかったかって?」

アスカ、やっと話を理解。

「うん。全部食べてくれたからおいしいと思ってくれたのかな?って。」

そう言われると、アスカは自分の手元にある空のお弁当箱を見た。

「あぁ、これは・・・。その・・・。えぇと・・・。」

もはや文章にすらなっていない。

「おいしくなかった?」

不安そうに聞くシンジ。

「あ、あのさ、シンジ・・・。」

申し訳なさそうにアスカがしゃべる。

「なに?アスカ?」

「今からアタシが言うことに対して、絶対怒らない?」

「えっ?う、うん。怒らないよ・・・。」

アスカが「絶対に怒らない?」と聞いてきたので、
(あぁ、やっぱりおいしくなかったんだ・・・。)
と、シンジは思った。

「じゃ、じゃあ言うけどさ・・・。」

シンジは、自分の料理が否定されることを覚悟した。
しかし返ってきた答えは、

「そ、その・・・、あ、味を覚えてない・・・。」

完全に予想外のものであった。

「はい?」

こんなことを言われては、シンジも当然聞き返したくもなるだろう。

「だから・・・、味を覚えてないの・・・。」

返ってきたのは同じ答え。

「味を覚えてないって・・・どういうこと?」

碇シンジ、もうアスカの言ってることの意味がわからない。

「どうって・・・、だから・・・。」

顔を真っ赤にしてアスカが答える。


「シ、シンジと一緒に食べたからよ!!」


人間はここまで赤くなれるのだろうか?というほど顔を真っ赤にするアスカ。

「ぼ、僕と一緒に食べたからって・・・。なんで?」

疑問は尽きないシンジ。

「う〜〜〜、それは・・・。」

アスカは腕を後ろに組んで、下を向いたまま答える。


「す、好きな人と二人っきりで食べたら、緊張してなに食べたかいちいち覚えてらんないわよ!!!」


アスカ、恥ずかしさのあまり大声を張り上げる。

「ご、ごめん。・・・って、えぇ〜〜!」

反射的に謝るシンジ・・・だったがすぐアスカの言ったことを理解した。

「アスカが僕のことを好き・・・?」

いまだにアスカが言ったことが信じられないシンジ。

「そ、そうよ。悪い!!!」

「わ、悪くないよ!うん!ぜんぜん悪くない!アスカの自由だもんね!何にも悪くないよ!」

わけのわからない否定をするシンジ。自分の言ったことをもはや理解していない。

「ア、アンタはどうなのよ・・・。」

「僕はどうって・・・?なにが?」

「決まってんでしょうが!!アンタがアタシのこと好きかどうかよ!!!」

・・・これは告白なのだろうか?

「ぼ、僕?僕は・・・。」

あまりにも急な展開についていけないシンジ。そんなシンジを見て、

「ごめんなさい・・・。」

アスカが泣き出してしまった。あのアスカが!!

「アスカ・・・?」

「アタシって都合のいい女だよね・・・。いつもシンジにワガママばっかり言って・・・。
 食べてもいないお弁当をおいしくないって言ったり・・・。こんなアタシにシンジに好きって言う資格
無いよね・・・。」

自分を責めるアスカ。今までシンジはアスカのこんな面を見たことがなかった。


シンジが、泣くアスカに向かって自分の気持ちを言う。

「僕が悪いんだ・・・。アスカの気持ちに、そして自分の気持ちに気付けなかった僕が悪いんだ。」

「シンジの気持ち・・・?」

アスカがたずねる。


「好きだよ、アスカ。」


アスカを抱きしめながら、シンジが優しく言う。

「本当に?」

「本当だよ。嘘なんかじゃない。」

「シンジ〜〜!」

シンジに抱きつくアスカ。泣いてはいるが、幸せにあふれている。


「これからはずっと私のこと好きでいてくれる?」

アスカがシンジに言う。

「いや、違うよ、アスカ。」

シンジはアスカが言うことを否定する。当然アスカは困惑する。

「違うって・・・。やっぱりあたしのこと嫌いなの?」

「それも違うよ、アスカ。」

またもアスカの言うことを否定するシンジ。


「『これからは』じゃなくて、『これまでも、そしてこれからも』でしょ?」


シンジは、アスカの髪をなでながらそう言う。

「うん・・。そうだね・・。シンジ・・・。」

シンジの胸の中で、アスカはそうつぶやいた。





FIN.






あとがき
どうも、サン・セバスティアンです。
2作目のSSということで前作より長いSSを書いてみました。
今回は前回より甘いかな?と個人的には思っています。
よかったら感想ください。

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 サン・セバスティアン様の2作目。
 今度はお昼休みのひとコマ。
 でもでもまさかまさかの告白合戦に。

 ヒカリに感謝!
 これで明日からはお弁当は豪華絢爛間違いなしねっ!
 あ、でももしかしたら将来の生活に備えて貯蓄に走るのかもね。アイツは変なところに気が回るみたいだから。
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、
サン・セバスティアン様。

 

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