すべての終わり、
タヌキ 2004.06.25
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「キモチワルイ」
そう言ってアスカは気を失った。
紅い海から人々が帰ってきて、ネルフがなんとか稼動し始めてもアスカの意識は戻らなかった。
シンジは片時も離れず、アスカのそばにいた。
「アスカ、おはよう。今日も良い天気だよ」
から始まって
「アスカ、時間だから電気を消すよ。お休み」
まで、シンジはずっとアスカに語りかけていた。
「アスカの心に気が付かなくてゴメン」
「いっぱい傷つけてゴメン」
「助けに行かなくてゴメン」
「間に合わなくてゴメン」
「もう、戦わなくて良いんだよ」
「元気になったらまた一緒にくらそう」
「退院祝いにハンバーグつくるから、はやく起きなよ」
謝罪と未来の言葉を繰りかえしながら、いつも最後にシンジはこう言う。
「アスカ、好きだ」
床ずれを予防するために1時間ごとにアスカの体位を交換し、
少しでも筋肉の衰えを防ぐためにと手足のマッサージを繰りかえす。
シンジが再開された学校へ行くこともなく、三ヶ月が過ぎた。
ネルフ関係者以外の見舞いはない。
鈴原トウジは疎開した第二東京市の病院でリハビリを続け、洞木ヒカリからは破壊された家が再建されるまで帰れないと電話があった。
三バカトリオの残り、相田ケンスケだけが戻ってきていたが、セキュリティの関係で病棟へは入れない。
綾波レイは紅い海で消えたまま、見つかっていない。
碇ゲンドウ、加持リョウジ、ゼーレの老人たちももういない。
紅い海から帰ってきた冬月コウゾウを司令代行としてネルフは生き残りの戦いを続けていた。
「シンちゃん、やっほー」
「お疲れさま、シンジくん」
軽い挨拶はネルフの作戦部長葛城ミサト、普通のはネルフの技術部長赤木リツコである。
存在意義さえ失ったネルフを支える二人がアスカの部屋を同時に訪れることは珍しい。
「食事と休憩はちゃんととってる? シンジくん」
リツコがシンジの顔色を見た。はたから見てもシンジのやつれようは、いまベッドで寝たままのアスカと大差ない。
「大丈夫ですよ、夜もちゃんと寝てますし」
シンジが力無く笑う。
「そう、でも気をつけてね。あなたが倒れたらアスカの面倒を看る人がいなくなるのよ」
あの最後の戦いの日、戦略自衛隊の攻撃を受けたネルフは大きな被害をだした。
サードインパクトのあと、死んだはずの人間、そのほとんどが帰ってはきたが、
襲われた恐怖は忘れられないのだろう、半分以上の人間がネルフを去っていた。
オペレーターの青葉もその一人だ。
ネルフ医療施設も同様である。医者も看護婦もまったく足りていない。
本来なら24時間介護の必要なアスカにさえ、付き添いがつけられない状態であった。
「はい」
シンジはうなずいた。
「シンジくん、あなたにアスカのことを任せておいてこんなことを言うのもなんだけど、
贖罪のつもりならやめておきなさい。アスカは許しを請う意味での看病など決して認めないわよ。
目覚めたアスカに再び拒絶されたら、あなたの心が保たない。
あなたは誰にも謝る必要など無いの。謝るのは私たち。
子供を自分たちの欲望のために生け贄にした。その罪はどうやっても償えないけど」
リツコが頭を下げた。ミサトもならう。
「贖罪のつもりが無いとは言いません。でもそれだけじゃないです。
僕はあのときに誓ったんです。アスカと共に生きたいって。
アスカに好きって言ってもらうのではなく、僕から、アスカに愛してるって言おうって。
いまは、好きな人のそばにいられるので幸せなんです」
シンジの目が暖かいまなざしで寝ているアスカを見る。
「強くなったわね、シンちゃん」
ミサトがほほえんだ。
「僕はあなた達を許すことはできません。
綾波を消し、アスカをこんな目に遭わせた、あなたたちを」
表情を消し、淡々と話すシンジにミサトの目が伏せられる。
「でも僕はもっと自分を許せないんです。
アスカに手を差し伸べることさえせず、綾波を拒絶し、
そして自分の心の弱さからサードインパクトを起こしてしまった」
シンジの目に暗いものが浮かぶ。
「それもあなたのせいではないわ」
ミサトがつぶやいた。
「知ってますよ。ミサトさんと加持さんがどういう役割だったか、
アスカがなんのために壊れたかも」
シンジが感情のない声で語った。
再び謝ろうとしたミサトをリツコが手で制した。
「シンジくん。どっちにしろあなたは休むべきよ。いまからアスカの検査をしたいの。
二時間くらいかかると思うから寝てきなさい。あなたのためではなく、アスカのために」
リツコはエヴァ計画の責任者であり、
チルドレンと呼ばれた頃の少年少女を一番知っている。
「わかりました。じゃ、隣の病室で寝てきます。何かあったら起こしてください」
シンジは素直にでていった。
リツコがシンジのでていったあと、病室の鍵をかけた。
「さて、アスカ。いつまで寝たふりをしているの」
リツコが腕を組んだ。
「えっ」
ミサトが驚愕の声をあげる。
「さすがにアンタはごまかせないか。
馬鹿シンジはまったく気づいてないのに。あの馬鹿、耳元でうるさいったらありゃしないわ」
永遠に閉じられたままと思われていたアスカのまぶたが開けられ、ターコイズブルーの瞳が冷たい光を放った。
「脳血流サーモグラフィーを見たらすぐにわかったわよ」
「ア、アスカ、意識がもどったのね」
ミサトの歓喜にアスカは氷の声でこたえた。
「喜んでもらいたくないわね、あんたたちには」
ミサトが愕然とした。リツコは顔色も変えない。
「私たちのしてきたことを思えば当然だわ。さっきも言ったけど謝って済むことじゃないしね」
「で、シンジを追いだしてまで、アタシに話をしたいことはなに、さっさとしてくれる。
起きているだけでも結構体力使うから」
アスカがリツコをうながした。
「シンジくんのこと恨んでる? 」
「はっ、恨んでいるだって、そんなもんじゃないわよ。憎んでも憎みきれないわ」
針のような声をアスカはだした。
「アスカ」
ミサトが叫んだ。
「あのときは仕方なかったんだから許してやれとでも言うつもり?
ふざけるんじゃないわ。アタシの心に入りこんでおきながら、
見てほしいときに見てもくれず、助けてほしいときに来てもくれなかった。
生きながら喰われる痛みがどういうものかわかる?
心を覗かれる辛さがどれほどのものか味わったことがある? 」
「無いわね。まあ、チャンスがあっても遠慮しておくわ。
死ぬなら一発で殺してもらいたいから」
変わらぬ口調でリツコが言った。
「だったら、出ていって。そして二度と顔を出さないでくれる」
「ご希望には沿えないわね。私たちも遊んでいるわけじゃないの。
ネルフを生き残らせるために、サードインパクトの真相をしらなければならないのよ」
アスカの拒絶をリツコがあっさりと流した。
「サードインパクト? そんなもの知らないわよ。アタシはその前にあの白い悪魔たちに殺されてたんだから」
アスカが興味なさそうに言った。
「それがどうも違うみたいなのよ」
「どう違うというのよ」
「アスカ、あなたの右腕と左目、下腹部に傷があることを知っている? 」
「お腹はまだ見てないけど、左目はまったく見えないし、右腕に力が入らないのもわかっているわ。それがどうしたというの? 」
アスカの応えにリツコが逡巡した。
「……私死んだのよ、サードインパクトの寸前に。碇司令に拳銃で撃たれてね」
リツコが言い終わるのを待ってミサトが口を開いた。
「あたしも戦自の侵攻で殺されたの」
リツコとミサトが力無くほほえんだ。
「冗談にしちゃ、できが悪いわよ」
アスカが二人の体をしげしげと見た。
「サードインパクトの瞬間MAGIも止まってしまった。でもその寸前のデータはあるわ」
リツコが手にしていたノートパソコンをアスカに向けて、動かした。
そこには血を巻き散らしながらLCLのプールに堕ちていくリツコ、
シンジを送りだしたあと脇腹から血を流して動かなくなったミサトの映像があった。
「これもサードインパクトの影響なのかしらね」
リツコが白衣の下に来ていたシャツのボタンをはずした。
ふくよかな胸を包む黒のブラがなまめかしい。
「傷跡さえないでしょ。ミサトの脇腹にも傷はないわ。セカンドインパクトの時にできた胸の傷もない」
ミサトが制服をまくり上げて見せた。アスカが浅間温泉で見た胸の傷も消えていた。
「どういうことよ」
アスカが顔をしかめた。
「なぜこうなったかは解らない。とりあえずネルフの職員だけ調べた結果、
サードインパクトの寸前に死んだ人は、皆傷一つ無い身体で蘇っている」
「じゃ、なんでアタシは、このままなの」
アスカの顔に初めて狼狽が浮かんだ。
「推測でしかないけど、おそらくアスカは死ななかったのよ」
「そんな、アタシは確かに……」
アスカが口籠もった。
「あなたが死ぬ前にサードインパクトが始まった」
「じゃ、シンジくんは間に合ったの? 」
ミサトが顔を輝かせた。
「確定はできないわ。科学者として口にしたくない言葉だけど、たぶんそうね」
「あいつ、来たんだ」
アスカが小さくつぶやいた。
「でもあのときアスカが生きていたなら、LCLにとけこんだはずよ」
ミサトが重ねて訊いた。
「生きていた人間はすべて人類補完計画によってLCLに溶けるはずだった。
そして、一度は補完されてLCLになった人間も復活の時には傷一つ無い身体で帰ってきている。
つまりアスカは死ななかったし溶けもしなかったということになるわね」
「人類補完計画ってなによ」
アスカがリツコに問うた。
「人としての最期の進化をおこすこと。群体であるがために、個々の間の軋轢を無くせず
争いごとを起こす。ならば人類が一つになれば、心の壁は消え、戦はなくなり、
人は進化の階段を一つ上がることができる。こう考えた連中が進めた計画よ」
「人をすべてLCLの海に溶かして一つにするというわけ」
アスカはすぐに概要をつかんだ。
「馬鹿っじゃないの。人と競い合うこともしなくなったら退化するに決まっているじゃない」
アスカが鼻で笑った。
「それを究極の進化ととらえ、推進したのがネルフの上部組織ゼーレ、
そしてそれを利用して初号期に取りこまれた妻ともう一度ふれあおうとしたのが碇司令」
リツコの説明にアスカが厳しい口調で尋ねた。
「全部説明してくれる、エヴァのことも含めて」
うなずいたリツコはすべてを話した。
セカンドインパクトの真相、エヴァ計画、コアに取り込まれたシンジとアスカの母のこと、
愛情に飢えるように育てられたチルドレン、碇ゲンドウのねらい、
リツコの協力、ミサトの目的、加持の狙い、ユイのクローンであるレイの存在、
そしてサードインパクトのよりしろとなるべく心を壊されていくシンジ、
その最後の引き金となるべく生け贄にされたアスカ、
リツコの話は感情をまじえることなく終わった。
「あなたたちを壊すのに私もミサトも加持くんも協力していた。
ミサトはからくりを知らされていなかっただけ、私より罪は軽いわね」
「変わらないわよ。というより重いわ。家族だなんて口にしていただけにね」
アスカの眼差しはさきほどのシンジのものよりも厳しい。ミサトはなにか言いかけたが下を向いた。
「……ご、ごめんね」
「いまさら、もう遅いわよ。で、リツコ、なにが言いたいわけ? 」
「これを見て」
リツコがアスカの前に置いたノートパソコンをさわった。画面が切り替わる。
「これって、ガキエルのときじゃない」
画面に映っているのは、アスカが来日途中で出会った使徒ガキエルとの戦いであった。
「このとき、アスカ、シンジくんとダブルエントリーしたわよね」
「ええ」
「MAGIの修復が終わってもう一度すべての使徒について調べなおしたときに気が付いたんだけど……
ここよ、ガキエルの口を開かせた瞬間、あなた達のシンクロが158%を記録したの。
一秒もない一瞬だったからあのときは気にしなかったけど」
リツコが科学者の顔を見せる。
「それがどうしたのよ」
「エヴァのシンクロはLCLを通じて行われるわ。同じLCLの中にいて、
理論値を超えた数値が出た場合、エヴァだけじゃなく、同乗者ともシンクロしてしまう」
「なんですって」
アスカが驚きの声をあげた。
「そう、アスカとシンジくんは、あのときにすでにお互いを補完していたのよ。
だからサードインパクトでLCLに溶ける必要がなかった」
リツコが冷静な口調で断定した。
「じゃ、なぜアスカはシンジくんを憎むの? 補完しあえばお互いを完全に理解するんじゃないの? 」
ミサトが不思議そうに訊いた。
「完全な補完じゃなかったのよ。心も体も溶け合う補完があってこそ、
人はATフィールドを必要としなくなるわ。でも体が溶けるところまで行かない補完では足らない。
あの時二人は深層心理だけを共通した。容姿と表層心理は違ったまま。
だから、お互い惹かれあいながらも近親憎悪に陥ってしまった」
リツコがアスカを見た。アスカはかろうじて動く左手の親指の爪を噛んでいた。アスカが真剣に物事を考えるときの癖である。
「その癖、やめた方が良いわよ。みっともないから」
リツコが注意した。
「うっさいわね」
「アスカ、もうわかっているはずよ、あなたには」
リツコがアスカの手元からノートパソコンを取り上げた。
「あとは、シンジくんと話し合いなさい。どうするかは明日の今、そう、午後2時までにきめておいて頂戴」
「随分とせかすじゃない」
「いろいろ事情があるのよ。
それにこれ以上、時間が必要とでも言うつもり。二日前から起きていたくせに」
リツコがあきれたような顔をした。
「あれはシンジを油断させて殺す隙を探っていたのよ」
アスカが妙な言い訳をした。
「じゃ、シンジくんを呼んでくるわね。アスカ、あなたの思い通りにしたらいいのよ」
ミサトが出ていった。すぐにシンジを連れて戻ってきた。
「ア、アスカ、目覚めたんだね」
シンジが喜色満面に浮かべながらアスカの元へ走った。
「側に寄るんじゃない」
アスカがシンジをベッドまで2メートルのところで制し、シンジは素直に立ち止まった。
「じゃ、私たちは、帰るわ」
「また、明日ね、アスカ、シンジくん」
二人が出ていくまでシンジとアスカは口を閉じていた。
「よかった、アスカ。帰ってきてくれてうれしいよ」
「アタシはうれしくないわ。見てよ、この体の傷、天下の美少女がぼろぼろよ」
「ゴメン」
シンジが頭をさげた。
「形だけのお詫びなんか要らないわ。
シンジ、あんたにはいろいろ言いたいこともあるけど、まずあんたから話をしなさい、
アタシが壊れてから有ったこと全部よ。いい、隠したりしたら、只じゃすませないからね」
アスカに睨まれてシンジはうなずいた。
「長くなるから、横になってよ、体起こすのまだ辛いだろ」
シンジにうながされてアスカがベッドに横たわる。
大きく深呼吸してシンジは語り始めた。
最後の使徒カヲルのこと、病室でアスカをおかずにしたこと、
戦自の隊員に拳銃をつきつけられたこと、ミサトに助けられたこと、
初号機に載って出撃したこと、量産機にやられた弐号機を見てサードインパクトを引き起こしてしまったこと、
綾波レイがリリスだったこと、綾波に二人きりの世界を作らないかと誘われたこと、
それに対してアスカと共に生きたい、傷つけられても良いからもう一度みんなに会いたいと願ったこと、
気がついたら海辺にいたこと、傍にアスカが横たわっていたこと、と順を追って話した。
「嘘はついてないようね」
アスカがゆっくりと言った。
「いまから問うことに答えなさい。わからないは無し。逡巡も許さない。いいわね」
「うん」
アスカの鋭い視線をシンジは真正面から受け止めた。
「人を殺すぐらいなら自分が死んだ方がましと言っていたくせにどうしてカヲルを殺せたの? 」
「カヲルくんは使徒だったんだ。僕のことを好きと言っておきながら、僕たちを殺そうとした。
それで裏切られたと思ったんだ。
それにあのままじゃサードインパクトが起こってアスカが死んでしまうのがいやだったから」
「量産機に弐号機がやられたのを見てサードインパクトを起こしてしまったと言ったけど、なんで? 」
「ア、アスカが死んでしまったとおもったんだ。だったらもう僕は生きていても仕方ないし、
アスカのいない世界なんてどうでもよかったんだ」
「アタシをおかずにしていたわね。あれって女の子なら誰でもよかったの? 」
「ちがう、アスカだけだよ。アスカでなきゃ……」
「アタシの首を締めたのは、なぜ? 」
「あのときのアスカは死んだみたいだったんだ。
息はしていたけど動かないし、目もうつろだったし。だから首を絞めたんだ。
アスカ、最後の戦いの時に死にたくない死にたくないって言ってたじゃないか。
だから、殺されそうになったら反応するかなって思って」
「馬鹿シンジ」
アスカが心底あきれた顔をした。
「これで最後の質問よ。心して返事するのよ。あんた、アタシのこと……… 」
翌日の午後1時50分、リツコとミサトがアスカの病室へと向かっていた。
「行きたくないわ」
リツコの足取りは重い。
「今日になってアスカに会うのがつらくなったの? 」
ミサトが意外なものを見たと言わんばかりに目を見張った。
「そうじゃないわ」
「じゃ、なによ」
「ミサト、あなたエヴァとチルドレンはA10神経を介してシンクロするのは知っているわよね」
リツコの問いにミサトが今更なにをと言う顔でうなずいた。
「アスカやシンジくんは、当然エヴァに載るたびに、いえ、訓練でもシンクロするたび
にA10神経に刺激を受けていた。人間の身体はよく使うところほど肥大する。
すでにあの子たちのA10神経は常人の倍近い大きさになっているわ」
「それがどうかした? 」
「A10神経は、肉親や異性への愛情、性的な快感を司るわ。それが肥大すると言うことは……」
「ということは? 」
ミサトのあまりの鈍さに、リツコがため息をついた。
「愛情表現に対する羞恥が薄くなり、性衝動を抑えられなくなるのよ」
「まさか、あの二人が病室でいちゃついているとでも言うの?
あのプライドの高いアスカが、そんな新婚さんみたいなまねするわけないじゃない。
第一アスカがシンジくんを許すとはかぎらないわよ」
「よくそれで作戦部長やってたわね」
リツコがあきれた顔をしたとき、二人はアスカの病室の前に着いた。
「開けるわよ」
リツコが扉を開けた。ミサトの目が点になった。
「あーん」
シンジが重湯をレンゲにいれて、アスカの口元に運んでいる。
「熱い。ふーふーして」
「ごめん、気がつかなくて、ほら、もう大丈夫」
シンジがレンゲに唇をあてて確認した。
「あーん、薄い。食べた気がしない。ねえ、シンジなんかご飯つくってよ」
アスカの声が甘い。
「だめだよ、アスカ。何ヶ月も食べてないからいきなり重いものを食べたら胃が壊れちゃうよ。
最初はこれくらいから始めて、徐々にね」
シンジが口をとがらせているアスカをなだめる。
「じゃ、味付けして」
「仕方ないなあ」
シンジが重湯を一度口に含んで、そのままアスカに口移しに食べさせる。
「うん、おいしい、おかわり」
「ちょっとまってね。さますから」
シンジがまた重湯に息を吐きかけていた。
「あ、あんたたち、な、なにやっているの」
ミサトが大声をあげた。
「あっ、リツコさん、ミサトさん、アスカのお見舞いですか」
シンジが首だけで振り向いた。
「だめえ、シンジはアタシだけを見てなきゃだめ」
アスカがすねる。
「ゴメン、アスカ。リツコさん、ミサトさん、ちょっと待っててください。アスカの食事を済ませてしまいますから」
再びシンジの餌付けが始まった。
「どうなっているの、リツコ。こうなるとわかっていたのね。
一人でこんなのを見せつけられるのが嫌さにあたしを誘ったわね」
ミサトがリツコにくってかかった。
「無様ね」
誰に向かって言ったのかリツコが呟く。
「シンジぃ、お口直し」
「またかい。仕方ないなあ。好きだよ、アスカ」
「アタシも」
シンジの唇がアスカの唇をふさぐ。子猫がミルクを飲むような音が病室に響く。
「たった一日でここまでとは思わなかったわ。まったく男と女はロジックじゃないわね」
リツコが天を仰いだ。
「ごちそうさま」
アスカが食事を終えたのは、それから30分後だった。
「もう、いいかしら」
リツコが冷静に口を開いた。
「どうするのアスカ、これからもシンジくんと暮らす? 別居する? それともドイツに帰る? 」
「ばっかじゃない。アタシがなんでシンジと別れて暮らさなきゃなんないのよ」
「シンジくんもそれでいいのね」
「はい」
シンジの返事は簡潔であった。
「じゃ、この話は終わり。ところでシンジくん、ちょっと訊きたいのだけど」
「なんですか、リツコさん」
「サードインパクトのとき、シンジくんは一種の神だったわけよねえ。
だから私やミサトを蘇らせてくれた。傷も治してくれたのはわかるけど、どうしてバージンまで戻してくれたの? 」
「えっ、それは……」
「もう一度人生をやり直せと言う事かしら? 」
「よくわかりませんが、リツコさん、つらそうでしたから」
「そう、ありがと。お礼に私の初めてをシンジくんにあげるわ」
リツコが何かたくらむような笑顔を浮かべる。
「えっ」
シンジが間抜けな顔をした。
「なんですってえ」
アスカの眉が一気に吊り上がった。
「この、エッチ、スケベ、痴漢、変態」
アスカが力の入らない手でシンジを平手打ちした。
「そんなこと、僕はしないって」
シンジが必死でアスカを抑える。
「リツコだめよん、あたしが先なのよん。
シンちゃんとは、とっくに約束できて居るんだから。
ね。生きていたらシンちゃん、大人のキスの続きをしようって」
リツコの意図を汲み取ったミサトが、とどめのセリフと共にウインクした。
アスカの顔色が変わった。
「ミ、ミサトさん、その話はここで、あの……その」
シンジがあわてて手を振ってミサトの口を封じようとした。
「殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる……」
地の底からわくようなアスカの声がシンジを襲った。
「ア、アスカ、冗談だって、ミサトさんの冗談……」
アスカの顔を見たシンジが恐怖のあまり固まった。
エヴァ量産機と戦ったときよりもけわしい表情を貼りつけた美少女がそこには居た。
「殺してやる、殺してやる、殺してやる、アタシでなきゃできないって言ったくせに、この浮気者」
アスカが手元にあった重湯の入っていた土鍋を投げつけた。
直撃を受けたシンジが倒れる。
第三東京市一、いや日本一のバカップルは、こうやって誕生した。
後書き
ジュンさまの小説をお読みに来られた方には、申し訳ないです。エヴァの世界の新参者です。タヌキと言います。
ジュンさまの書かれるものに感動して、厚かましくも作らせて頂きました。
エヴァはやはりアスカとシンジの物語として描かれたものだと思いますが、
なんせあの映画の最終話からだとそう進みにくいなと考え、こういう形にしてみました。
二次小説は初めてなので、お目汚しでしょうが、お読み頂ければ幸いです。
ご意見ご感想などいただけましたら幸いです。
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タヌキ様の当サイトへの初投稿。
はじめての二次小説なんだって。
ここの管理人が書くの苦手なAEOEね。
良くぞ書いていただきました。
このでだしの緊張感の中、ここまでやってくださるとは…。
シンジぃ、ついに私たちバカップルになっちゃったよぉ。でへへ。
ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、タヌキ様。