前作までの設定を引きずっております。先にそちらをお読みいただけると幸いです。
 タヌキ
 

 

LASから始まる
 
新たな戦い
 

 


 

タヌキ        2004.09.04

 

 










 日曜日、入院しているアスカにとって月曜日も日曜日もベッドの上での生活に変わりは
ないが、学校へ行かなくて良いシンジが24時間隣にいてくれる貴重な一日である。
 すでにサードインパクトから3ヶ月がたち、アスカの治療も怪我を治すことから体力の
回復へと変わってきている。
 リハビリテーション、長期の横臥生活でその機能を著しく失った両足の改善が急務であ
るが、左目の視力を失ったアスカの場合はまずバランスをとることから始めなければなら
ない。


「まず立ちあがることから始めましょう」


 理学療法士が朝食が終わるなり入ってくる。大学を出て数年と言うところか、アスカ
とも水城一尉とも違うが、小麦色の肌にスレンダーな肢体、大きな丸い目が印象的な
美しい女性である。


「医者だろうが、大統領だろうが、シンジ以外の男に身体を触れさせない」


 もともと潔癖症ぎみのアスカである。がんとして男の理学療法士、肢体機能回復訓練士
を受け付けない。


「右腕に体重をかけてはいけません。いいですか、左腕をベッドの枠にかけて、そう、両
足をしっかり降ろして。スリッパは駄目です。滑りますからね。裸足でいきますよ。汚れ
たって彼氏がていねいに拭いてくれるでしょう」


 理学療法士が、冗談を言いながらアスカの脇に手を入れて支える。


「上半身に力が入りすぎですよ。そんなにかちかちだったらバランス取れなくなって倒れ
てしまいます」


 理学療法士がアスカに注意を促す。


「大丈夫よ。エヴァに初めて乗ったシンジじゃないんだから、座ってるだけ、歩いてみる
だけじゃ話しになんないのよ」


 アスカが理学療法士を突き放した。だが、両足は彼女の体重を支えるだけの力を持って
いない。たちまち前に倒れ始める。


「アスカ」


 1メートルほど離れたところで見守っていたシンジがさっと動く。倒れかかるアスカを
しっかりと抱きかかえた。


「駄目だよ、怪我したらどうするんだよ」


 シンジがアスカを優しく諭す。


「だって、のんびりなんてやってられないのよ。さっさとリハビリ終わらして、学校に行
きたいのよ」


 アスカはいらだちを隠さない。


「みんなに会いたいのはわかるけど。お願いだから無茶はしないで」


 アスカの焦りがシンジを他の女から守るためだと全然気づいていない。女心の機微を知
るのに14歳は幼すぎる。


「そうですよ、ゆっくり、ゆっくり進んでいくのが一番確実で早道なんですから」


 理学療法士が、シンジに抱かれているアスカをそっと引きはがし、もう一度ベッドに座
らせる。シンジから引きはがされたアスカの眼が氷のように冷たく睨むが、幸い気が付か
なかったようだ。


「では、もう一度やってみましょう。今度は彼氏に立っていてもらいましょうか、すぐに
支えてもらえるように」


 シンジを目の前に配してもらった途端、アスカの眼の色が氷から南国の海に変わる。


「いいわねえ。14歳で一生支えてくれる相手がいるなんてねえ。あたしなんか27にも
なって彼氏いない歴5年だもの。もっともデートする暇有ったら、ダイビングしているけ
どね」


 その変化には気づいたらしい。理学療法士がけらけらと笑う。


「ダイビングって、沖縄? 」

「長期の休みが取れるときはね。慶良間諸島の海は最高よ。潜った瞬間もうエクスタシー、
最高よ」


 アスカの問いに理学療法士が感動を声にこめて応える。


「沖縄かあ、いけなかったよね」


 シンジが思い出したように口を開いた。第一中学校2年次最大のイベント修学旅行の
行き先が沖縄だった。


「行くわよ、絶対に。良いこと、シンジ。アタシを必ず沖縄に連れて行きなさいよ」


 アスカはシンジの眼をじっと見つめながら命じる。
 中学の修学旅行に行けなかったことが今更ながら悔しいのだ。もちろん、シンジと一緒
にいけなかったことがである。
 その代わり、命を捨ててまでアスカを救うというシンジの想いを知ったときでもあり、
自分の奥底でくすぶっていた感情に火が付いたときでもあったが。


「うん、一緒に行こうね」


 シンジがにっこりと微笑む。甘い雰囲気に理学療法士の顔がちょっとゆがむ。


「それまでに泳げるようになっておかないとねえ」

「わ、わかっているよ」


 アスカのにやっとした顔にシンジが小さく膨れる。


「大丈夫よ。ダイビングはね、泳げなくてもできるからね」


 理学療法士が二人の会話に加わってくる。和やかな雰囲気の中リハビリは続けられた。





 日曜日のお昼ご飯はアスカの希望でパスタになることが多い。
 今日は中太麺と豚肉、イカ、キャベツ、タマネギをつかった焼きそばにした。日本に来
てから焼きそばとお好み焼きを知ったドイツ育ちのアスカだったが、妙に気に入ったのか、
トマトベースのパスタよりもリクエストすることが多い。
 もちろん、食事はいつもの餌付け作業である。アスカは手を一切使わない。
 最近はお互いのタイミングもかつてのユニゾンのように完璧にとれるので、「あーーん」
と言った声かけさえも不要である。シンジはアスカが欲しがるのを感じて一口量すくい
上げた焼きそばを口に運び、アスカは箸先を見ることなく合わせて口を開ける。アスカが
見ているのはシンジの顔だけ。
 間で二人の距離がゼロになることが何度も有るので、食事に1時間はかかる。その間、
303号室の扉には、以前コンフォート17のアスカの部屋にかけられていたホワイト
ボードが掛かる。

「勝手に入ったらコロス」

 こんなもの掛けなくても誰も入ってこない。すでに病院で二人の部屋に進んではいり
たがる人間はいなくなっていた……はずであった。



 不意に303号室の扉が開き、一人の少女が顔出す。


「アスカ、大丈夫……………いやあ、不潔よぉぉぉぉ」


 大声をあげた少女の前でアスカとシンジは一本の焼きそばを左右から食べていたので
ある。もっとも焼きそばは数ミリも姿を見せておらず、すぐに二人の唇が磁石のように
くっついて音を立てていた。
 不潔よと叫ぶまでの間がやたら長かったのは、しっかりと見ていたからだったりする。


「14歳でそんなことまでしては、不純異性交友よぅ。校則違反なのよ、アスカも碇君も
不良になってしまったのねぇ」


 委員長と呼ばれている少女は、なによりも規則を重んじ、社会生活の模範となるべく
品行方正に生きている。そんな彼女にとって未成年がキスを、それも初々しい相手に触れ
たいという優しいものでなく、思い切り粘っこい大人の性愛としてのキスをするなど言語
道断なのだ。


「さようなら、アスカはわたしの手の届かないところに行ってしまったのねえ」


 逃げようとした少女をシンジが追いかけた。


「ちょっと、待ってよ。洞木さん」



 いまやたった一人となったエヴァンゲリオンの搭乗者碇シンジは日本の重要人物で
ある。セキュリティも厳しい。そのシンジと同じレベルで保護されているのが、303号
室に入院している惣流・アスカ・ラングレーその人。すでに彼女が唯一シンクロできる
エヴァ弐号機はこの世になく、チルドレンとしての資格は失った彼女にそれだけのレベル
のガードが付いているのは、彼女が唯一、碇シンジを思い通りに動かせるからだ。
 アスカを抑えることはシンジを手に入れるに等しい。

 IDが無ければたどり着けないこの部屋に、洞木ヒカリが来られたのは、前もって届け
出がなされていたからだ。土曜日に疎開先から第三新東京市に戻ってきた彼女がまず会い
たがるのはアスカであり、アスカも会いたがる、赤木リツコの手配であった。 


「アスカ、大丈夫? 」


 ようやく精神世界から現実へ還ってきたヒカリの口から最初にでたのは、アスカへの気
配り。


「まあね。左目は駄目になったし、右手も完全に回復しないけど。失った以上のものを
手に入れたから良いの」


 どことなく嬉しそうなアスカの言葉にヒカリがにやつきながら問う。


「それって、碇君のこと? 」

「そうよ。シンジのせい、いえおかげかな。ヒカリには聞いてもらうわ」


 そう言ったアスカの目が台所でお茶の用意をしているシンジに向かう。


「ねえ、シンジ、アタシ、チーズケーキが食べたくなった。フェルマのレアのやつ」


 アスカは、いままでヒカリが耳にしたこともない甘えるような口調でシンジに強請る。
ヒカリが唖然とした。


「お茶が後になるけどいい? 」


 文句一つ言うことなくシンジが財布を手にして訊く。使徒が来ていた頃、最後はアスカ
の言うとおりにさせられるとわかっていながら抵抗していたシンジ、その変わりように
ヒカリが再び驚く。


「うん。でも早く帰ってきてね」


 じゃ行かさなければいいだろうと突っこまれそうな科白でアスカがシンジを見送った。



「二人とも本当に変わったわ。もちろん、いい方にね」


 ヒカリがアスカにやさしい微笑みを向ける。アスカが小さな声でアリガトと呟く。


「碇君の事が好きだったことに気づいたのね」


 ヒカリはアスカがシンジにシンクロ率で抜かれてからの葛藤を見ている。使徒による
精神汚染で自我崩壊寸前になったアスカの面倒をしばらく見てもいた。横から見ていた
からこそ、アスカの奥底に居るのが誰であり、それを否定することで孤高の戦士を演じ続け
ようとしていたこともわかっていた。でも命がけで戦わなければならない少女の使命感に
なにも出来なかった。


「シンジのことが好きだって気づいたのは、たぶん修学旅行に行けなかったとき。それを
認めたのは、このベッドの上で目覚めたとき」


 アスカはベッドを左手で軽く叩く。


「実はね、シンジは気づかなかったんだけど、意識を取り戻していたのに、寝たふりしてい
てね、シンジの様子を窺っていたの。二日間だけなんだけどね」


 アスカはいたずらをした子供がよくやる、ちょっと申し訳ないような笑顔を浮かべる。
しかし、そんなおどけた表情をアスカは直ぐに消した。


「シンジったら、恥ずかしいことを平気で口にするし、ちょっとでもアタシが楽なように
って気づかってくれていたわ。でもね、それが罪滅ぼしだったら、アタシは絶対にシンジ
を許すつもりはなかった。アタシの心も体も傷だらけにしたアイツにどうやって復讐して
やろう。このまま寝たきりで衰弱して死んでやれば、アイツの心に一生傷が残るだろうと
か、隙を見て殺してやろうかとか、考えていたわ」


 アスカの顔をどす黒い雲のようなものが支配していく。すさまじさに圧迫されたヒカリ
が凍り付く。


「使徒よりも、戦略自衛隊よりも、アタシを愛してくれなかった家族よりも、子供を戦場
に行かせておきながら、心の傷のフォローさえしない大人たちよりも憎んだわ」


 そこまで言ったアスカの上から殺気が霧散し、ヒカリが大きく息を吐いた。


「二日目だったかな、夕焼けが病室を紅く染めたときにね、アタシの髪を梳きながら、
シンジがそっと呟いたの」

「なんて? 」


 ようやくヒカリが声を出す。


「シンジがね、アタシに向かってこう語りかけたの」


 アスカがすっと息を吸って話を切る。そして目を輝かせながらその時シンジが口にした
言葉をなぞる。


「僕たちは犠牲になるために生まれてきたんじゃない。生け贄になるための生活は地獄
だったよね。特にこの半年は辛かった。無かったことに出来れば楽に人生やり直せるかも
しれない。でも僕は忘れない。アスカと過ごした思い出を捨てることになるから。今まで
の14年は、これから生きていくための糧だったんだ。アスカ、君に会えて本当によかっ
た。一緒に楽しもう、だから目を覚ましてって」


 アスカは一気に心に刻んだシンジの言葉を語った。


「そのときよ、アタシ、心の中からシンジの事が大好きだってわかったの」


 言い終わったアスカは夕日に照らされていたその時よりも真っ赤に染まっている。


「よかったわね、アスカ。あなた本当に幸せ者よ」


 ヒカリがそっとアスカの頭を胸に抱く。アスカの涙がヒカリのブラウスを濡らしていく。


「ありがと、ヒカル。でもね、アタシの中にまだ、シンジへの憎しみは残っているの。
シンジのことは好き。愛しているわ。だけど、あの時、アタシを見捨てたシンジを許せ
ないの。怖いのよ。いつこの憎しみが愛情を飲みこんでしまわないか、それを思うと、
壊れたままだった方が良かったんじゃないかって……」


 アスカは両肩を手でしっかりと抱きしめるようにして震える身体を押さえようとする。


「使徒に心を犯されたとき、アタシはシンジが必ず来てくれる、いつもアタシが危なく
なったら命を省みずにシンジは来てくれた、だからまたシンジがと待っていた。シンジは
来なかった。もちろん後でミサトから聞いたわ。シンジは初号機で出るって言ってくれた
ことを。そしてそれを司令が拒絶したことも。でもね、それは司令の命令がアタシの命よ
りも大事と言うこと。アタシはシンジにとっても命令より軽い人間だったって知らされた
の。アタシにとって要らないということはなにより辛いのよ」

「アスカ……」


 ヒカリが涙を浮かべてアスカの手を握る。絶えずアスカが自己顕示していた姿を思い浮
かべたのか、ヒカリも辛そうだ。


「不安なのね、アスカ。全てをシンジくんに委ねてしまってから、また捨てられるのが」


 ヒカリが静かにアスカの背中をなでながら囁いた。


「人を完全に知ることは出来ないわ。でもね、騙すより騙される方が良いじゃない。碇君
の性格からして、アスカに騙されても騙す事はないと思うし。任せてみたら。それでも
裏切られたなら、碇君を殺して、アスカも死ねばいいじゃない」


 ヒカリがさりげない口調でとんでもないことをアスカの耳に告げる。


「そうね。いざとなったら、シンジと心中してしまえばいい。そうしたら、永遠にシンジ
と一緒に居られる」


 アスカも思い切り納得している。


「第一、わたしたちまだ14歳なのよ。これからもっといろいろな出会いがあるわ。
アスカは魅力的だもの、碇君よりずっといい男が見つかるわ」

「ダメッ。アタシにはシンジしかいないの。シンジ以上の男なんて現れるわけ無い。
全ての代わりにアタシを選んでくれるような男が他にいるわけ無い」


 アスカが必死にヒカリの言葉を否定する。


「ほら、アスカは碇君を信じているじゃない。だったら、最後まで信じてあげなさい」

「あああ、引っかけたわね。許さないから」


 にやにや笑っているヒカリをアスカがぶつまねをした。
 きゃあきゃあ言いながら二人は騒ぎまくっている。



 しばらくはしゃいでいたアスカは、息を鎮めた。


「ねえ、ヒカリ。お願いがあるんだけど」

「なに、アスカ。わたしに出来ることだったら何でも言って」


 笑顔を残したまま、ヒカリがアスカに顔を近づける。


「あのね、実はね……」


 アスカは今第一中学校で起こっているシンジ争奪戦の話をヒカリに聞かせた。ノート
パソコンに入っている3人の女性たち、アメリカのマリア、ロシアのイリーナ、フランス
のフランソワーズのデーターを見せる。


「そんなことが……」


 ヒカリが絶句する。特にアスカそっくりなフランソワーズに驚いたようだ。


「そんなに碇君って重要人物なの? 」


 今も見たシンジの茫洋とした雰囲気からは想像できないのだろう。ヒカリが戸惑いなが
らアスカに訊く。


「ええ。唯一のエヴァパイロットだから。シンジがその気になれば、フォースインパクト
を起こして人類を破滅させることも可能よ」

「…………」


 アスカの言い分に驚きを隠せないヒカリ。


「でもね、そんなことはどうでも良いの。アタシがお願いしたいのは、友人の彼氏に妙な
虫が付かないように監視して欲しいのよ」


 アスカはヒカリに両手を合わせて拝むようにして頼む。


「世界の破滅を防ぐためなんて言われたら、困るけど、それならいいわ。その代わり元気
になったら、たっぷり奢ってもらうからね」


 ヒカリがどんと胸を叩いた。しばらく見ない間に大きく育った胸が揺れる。アスカが
じっとした目つきで睨む。


「いいわねえ、大きくなってさ。トウジのおかげ? 」


 皮肉げなアスカの言い方にヒカリの顔がにやりとゆがむ。


「アスカこそ、毎日碇君にマッサージしてもらっているんじゃないの? さぞや巨乳に…
…」


 シーツをめくったヒカリの手が止まった。


「な、無いわね」

「これはね、入院したからなの。ちゃんと元気になったら元通りになるんだから。いえ、
もっと立派になってやるんだからね」


 アスカは必死で力説する。


「やったわ。ずっとアスカに勝てなかったわたしがプロポーションでアスカを抜いたのね」


 ヒカリがガッツポーズを決めている。


「ひぃいかぁりぃ」


 アスカの声が氷のように冷たくなる。ヒカリも命の危険を感じたらしい。咄嗟に後ろに
飛び退く。


「覚えてなさい、高校入学時よ、その時が勝負。バストのカップの大きい方が勝ち。
負けた方が勝った人に一ヶ月毎日あんみつ奢る。どう? 」


 勝負事になると熱くなるアスカの性格などお見通しである。ヒカリがアスカのまねを
して指をびしっとアスカに突きつけた。


「受けて立つわ。負けて泣かないようにね」


 ヒカリがわざと胸を誇示するように張る。


「言ったわねえ。こうなったら、今日からシンジに毎日マッサージさせてやる」


 アスカがそう言ったとき、病室のドアが音を立てて開き、シンジが戻ってきた。
手にチーズケーキの箱を持って。


「僕がどうするんだって? 」


 全部は聞こえなかったのだろう、のんびりした表情でシンジがアスカに問うた。


「今日から、手足以外に胸もマッサージする。良いわね」

「良いよって……アスカ、それはダメだよ」


 アスカの命令には応じる癖の付いたシンジだったが、さすがにまずいと思ったのだろう、
拒否する。


「アタシの胸に触るのが嫌だって言うの? 」


 シンジの拒絶にアスカの短い堪忍袋の緒が音を立ててちぎれかける。


「嫌なわけないじゃないか。でもそんなことしたら、僕我慢できなくなるから」


 情けない声でシンジがアスカに言い訳する。


「我慢しなくて良いわよ。アタシはもうシンジのものなんだから。責任取ってくれるんで
しょ? 」


 アスカは14歳が口にするだけでPTA総会のネタになりそうなことを平然と言う。


「ダメだって。リツコさんから禁止されているんだよ。アスカが退院するまでやっちゃ
だめだって」

「ふうん、アンタ、アタシよりリツコの言うことを守るんだ。やっぱり、リツコとなにか
有ったわね。この浮気者」


 アスカの顔が一気に鬼の顔になる。


「なにもないよ。信じてよ」


 シンジが泣き声をあげたとき、横で見ていたヒカリが噴きだした。


「変わらないわ。なんか、やっと第三新東京市に帰ってきた気がする」


 笑いながらヒカリが涙を流す。それを見たアスカも涙を溢れさせる。


「ありがと、ヒカリ」


 アスカは今日何度目かの礼を心から口にした。


「いいのよ、親友じゃない。でもうらやましいわ。アスカには、ずっと側にいてくれる
恋人が居るんだもの」


 ヒカリがちょっと憂いの含んだ顔でため息をつく。



「そういえば、あのジャージ馬鹿はどうなったのよ」

「アスカ、そんな言い方は酷いよ。僕も知りたいな、トウジは元気? 」


 シンジがアスカをたしなめながらヒカリに訊いた。


「ええ。元気よ」

「トウジ、リハビリだって聞いたけど、足まだ義足なの? 」


 LCLの海から帰ってきたものの傷は全部回復しているはずである。リツコがゲンドウ
に撃たれた跡もないし、ミサトが戦自との戦いで受けた傷も消えている。シンジの疑問は
当然である。


「それがね、鈴原ったら、義足になれるために必死でリハビリしていたじゃない。それが
気づいたら元の足に戻っているでしょ。義足に馴れてしまった分、自分の足のこと忘れて
しまって、ちゃんと歩けないの」


 ヒカリが顔を伏せながら小さな声で告げた。


「ええっ、自分の足に馴れるためにリハビリ? 馬鹿じゃないの」

「アスカ、それは酷いわよ。それだけ鈴原がまじめに義足のリハビリにチャレンジしてい
たんじゃない」


 彼氏の悪口を言われてヒカリが膨れる。


「ゴメン、ゴメン、ヒカリ許して」

「許して欲しかったら、わたしの前で碇君に告白しなさい。ずっとしたかったんでしょ。
でないと、協力しないわよ」

「ひどい、ヒカリ。こんな瀕死の病人をいじめるなんて……」

「嘘泣きは利かないわよ。さあ、どうするの? 言うの言わないの? 」


 ヒカリに迫られてアスカがたじたじとなる。それはシンジにはとても珍しい風景で
あった。


「碇君も聞きたいわよね。アスカの告白」

「うん。いつも僕が言わされているからねえ。たまにはアスカから言って欲しいな」


 ヒカリの尻馬にシンジも乗る。


「わかったわよ」


 アスカが降参した。


「じゃ、一回しか言わないからね。この天下の美少女、惣流・アスカ・ラングレーさまの
告白を受けられるのは、シンジだけなんだから、心して聞きなさいよ」


 ベッドの上でアスカが腰に左手を当て、音がしそうなほどの勢いでシンジを右手で指
さす。


「ア、ア、アタシは、シンジが好きなんだから、こ、恋人になりなさい。拒否はさせない
わ」


 アスカは真っ赤になりながら勇気を振り絞って言った。


「ありがとう、アスカ」


 シンジも頬を染めながら喜んで頷く。二人はじっと顔を見つめ合ってそっと近づく。


「はいはい。そこまで。まったく熱いんだから。第三者のことも気遣ってね」


 ヒカリが二人の間に割って入る。アスカが小さな舌打ちをした。


「お茶入れるから、洞木さん、ゆっくりしていけるんでしょ」

 シンジが恥ずかしいのだろうあわてて台所に逃げだす。
 いつもよりあわただしい日曜日は、アスカの楽しそうな笑い声で過ぎていった。





            続く
 

 


 

 

後書き
 お読み頂き感謝しております。
 ヒカリの参戦前夜、インターバルです。
 あと、アスカがシンジを受け入れたことの説明不足を感じていたので、その分を
 入れました。
 ご意見、ご感想をいただければ幸いです。


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 タヌキ様の当サイトへの10作目。
 ヒカリ、嬉しいっ!
 やっぱり親友よね。なんだか心が軽くなるわ。
 ま、今だけは親友のあんたに免じて、
 胸の大きさだけは負けておいて上げるわ。あ、と〜ぜん今だけよっ!
 絶対に高校入学の時には大差で勝って、
 あんみつ以外に、私の目の前でジャージ馬鹿に告白してもらおっと。
 ああ、すっごく楽しみっ!
 でも、その前に片付けないといけないのがまだ三人いたんだっけ。
 ファイト!アスカ。ヒカリも手伝ってね。
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、タヌキ様。

 

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