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 タヌキ
 

 

LASから始まる
 
新たな戦い
 
10

 


 

タヌキ        2004.12.15

 

 










 人の値打ちは咄嗟の対応でわかるという。やはりアスカは並の少女ではなかった。
 撃たれたイリアの元へ向かわせたヘリに医者を載せただけではなく、全ての型の輸血用
血液を積み込ませたのだ。その上でヒカリの端末にメールを送る。

「イリア撃たれる。裏庭。ヘリ後5分。校庭」

 簡潔な文章だが、必要なことは伝わる。ヒカリとて使徒との戦いに巻き込まれた経験を
もつ。急いではいるが慌ててはいない。素早くケンスケに目で合図を送ると一緒に走り出
す。

「どうした? 」

 走りながらケンスケが訊く。

「ガルバチョフさんが撃たれたらしいわ」

「なにっ。保安部は何をしていたんだ。刺客の進入を校内へ許すなど」

 ケンスケが驚愕する。
 日本の首相よりも重要人物であるシンジのガードの最終責任は保安部にある。作戦部、
諜報部は、その隙間を埋めているだけ。保安部は全員総出で登校経路、学校周辺を警戒し
ていたはずである。

「わからないけど、今は、アスカの指示に従わないと」

 走りながら携帯電話の画面に浮かぶメールを見せる。

「了解」

 ケンスケが頷いた。


 
 裏庭についた二人は、目を疑った。 血だらけのシンジが血まみれのイリーナを抱いて
呆然とし、呂貞春は、シンジをかばうように立ちながらあたりに目を配っている。

「呂さん」

 ヒカリの声に呂貞春が振り向く。

「アスカから連絡。校庭にヘリを回すって」

「わかりました。先導をお願いします。わたしは殿をつとめます」

 女子二人はきびきびとお互いの役割を確認する。

「おい、シンジ」

 ケンスケがシンジに声をかけるが、シンジは意識をどこかに飛ばしたままなのか振り向
きもせず、小さくつぶやいているだけである。

「また、人を傷つけてしまった。もう、誰も傷つけないと誓ったのに。僕はやはり生きて
いてはいけない存在なんだ」

「何言っているんだ、シンジ、しっかりしろ」

 ケンスケに肩をつかまれてもシンジの目に光りは戻らない。

「ヘリの音が聞こえます。急がないと。碇さん」

 呂貞春もシンジに声をかけるが、シンジは変わらない。

「碇くん、しっかりして」

 ヒカリの言葉もシンジには届いていない。

「いい加減にしなさい」

 甲高い音がして呂貞春の右手がシンジの頬をひっぱたいた。

「イリーナさんを殺すつもりですか。今ならまだ間に合うかもしれないんですよ」

 叩かれても目に力を取り戻すことのなかったシンジが、間に合うかもの一言で我に返る。

「そうだ、急がなきゃ」

 シンジはヒカリの背中に張り付くようにして走った。
 その後を呂貞春があたりに目を配りながら続く。

「いい女だなあ」

 一人取り残されたケンスケが思わず呟いていた。



「早く」

 校庭に舞い降りたヘリに野次馬が集まっていたが、ヒカリの「邪魔しないで、どいて」
という金切り声と赤の衣装をまとい悲愴な顔をしたシンジに蜘蛛の子を散らすように消え
ていく。

「ストレッチャーに載せて。とりあえず人工血液を点滴、その間に血液型の判定を」

 医師の指示に看護士たちがてきぱきと動く。ヘリは患者の保定を待ってすぐに飛びた
つ。

「血液型は、Aです。RHは+」

 看護士が叫ぶ。

「血液パックを。間違うなよ」

 医師の指示が飛ぶ。
 イリーナのブラウスと下着をはさみで切り取り、傷口を明示する。横になっても流れる
ことのない見事なバストのわずかに下、左側に大きな穴があいている。
 銃弾のエネルギーは入るときより出ていくときの方が大きい傷を残す。ゴルフボールで
も余裕で通りそうな穴にシンジの詰めたハンカチが見える。

「これは君がしたのか」

「は、はい」

 医師の問いにシンジが応える。声が震えているのは、傷口のひどさに驚いたのか。

「いい判断だ。内臓を傷つけることをおそれずによくやったな。外から押さえただけでは
血液の流出はこの数倍に及んだはずだ。ハンカチの繊維に凝固因子が絡むことで失血量が
が思ったより少なくて済んだようだ」

「はあ」

「その代わり、肺臓に感染を引き起こすことになるだろうが。だが、即死させるよりはま
しだ」

「すいません」

「謝ることじゃない。選択肢が少ないときによりよい方を選べるのは立派な事だ」

 医師はシンジと話しながらも的確に治療を進める。

「酸化セルロースブロックとガーゼ、圧迫テープ」

 ハンカチを引き出すと再び出血が始まる。そこに医師は白い乾燥春雨のようなものを詰
め込み、上からガーゼで蓋し、さらにテープで止める。

「先生、血液が切れました」

「まずいな。失血が多すぎる。このままでは循環器が持たない」

 医師の顔色が明らかにくもる。

「先生、僕の血を使ってください。A型です」

 シンジがネルフのIDカードを見せる。そこには血液型が書かれている。感染症の有無
も。健康体であるシンジに問題はない。

「よし、よく言ったぞ。左手肘内静脈に留置針。30ccのシリンジで吸引、それを血液
パックに回せ」

 医師の言葉が着々となされていく。シンジの左上腕にゴム止血帯が巻かれ、肘の内側に
翼のついた針が差し込まれテープで固定される。そこに注射器をつけ血を吸い上げては、
イリーナに支給されている血液パックに注がれていく。

「病院はまだか? 」

「あと5分です」

「3分に縮めろ。こんなかわいい女の子の命を失わせるのは人類の損失だぞ」

「了解」

 パイロットの声にも気迫がこもる。

「碇シンジくんだったな」

「はい」

 医師がシンジに語りかける。

「悪いが、死なない程度に血をもらうよ」

「いいですよ」

 医師の言葉通り、ネルフ医療施設についたシンジは、イリーナが運ばれていくのを見届
けて気を失った。



「シンジが倒れた? まさか、弾が当たっていたの? いやぁあぁぁぁ」

 アスカの絶叫が303号室に轟く。病院が揺れたんじゃないかと思うほどの大声である。
それだけではない。おぼつかない脚を無理に引きずってシンジの元へと向かう。

「だめです。三佐、安静にしてください」

 水城一尉がアスカをベッドへ連れ戻す。

「三佐が行かれても役に立ちません。かえって邪魔になるだけです」

「うるさい、黙れ。アタシをシンジの所に行かせないつもり? 」

 アスカの眼が明らかに殺気を含んで水城一尉を睨みつけた。

「お願いします。落ち着いてください」

 水城一尉が目をそらさないでアスカをなだめる。

「惣流さんが、そのような状態で碇くんを守れるわけないでしょう」

 水城一尉がアスカを階級でなく名前で呼ぶ。これは部下としてではなく、女として先輩
である水城から、後輩のアスカへの言葉と言うことだ。

「なんで、シンジがあんなロシア女の為に命をかけなきゃなんないのよ」

 アスカの激昂は少しだけおさまったようだ。

「三佐、その発言はちょっと問題が………」

 水城一尉がアスカを抑えようとするが、嫉妬スイッチの入ったアスカに聞こえるはずも
ない。

「病院全部の医者をシンジのところに行かせなさい。シンジに万一のことがあったら、誰
一人、生かして病院から出さない」

「そんなこと意味ありませんよ。小児科や産婦人科なんて呼んでどうするんです? それ
よりも碇二尉の状態を正確に確認することが先決では? 」

「そ、そうね。連絡はどうなっているの? 遅すぎるわ。諜報部長名で最優先事項として
要求しなさい」

 アスカが喚き終わるのを待っていたかのように病室の扉が開いて葛城ミサトが入ってき
た。

「シンちゃんの事となると、本当にまだ小娘のままなんだから。シンちゃんなら大丈夫。
ちょっと多めに献血しただけだから」

 ミサトが笑いながら告げる。

「なんですってぇ。シンジの血があの女の体の中に………ゆ、許せない。シンジの身体は
血の一滴、髪の毛一筋までアタシのものなのよ。医療部にロシア女の血を全部入れ替える
ように命じなさい」

「無茶言わないの。そんなことしたらイリーナ・ガルバチョフは間違いなく死ぬわよ。シ
ンちゃんの努力を無にするつもり? 」

「ぐっ」

 ミサトの言い分にアスカは黙るしかない。アスカの命令でイリーナが死んだとなったら、
シンジがおかしくなるのは目に見えている。アスカの前から消え去ることを選ぶだろう。

「じゃ、足りなくなったシンジの血をアタシが補うわ。アタシの血をシンジに輸血して」

「できっこないでしょ」

「なんでアタシの血をシンジにあげれないのよ」

 アスカは不満たらたらである。

「惣流三佐の血液型はO、碇二尉はA。できないことはないですが、輸血用の血液がある
ときにあえてリスクを負う必要はないと思います」

 水木一尉が、冷静に諭す。

「知っているわよ、そんなこと。リスクなんて愛の力で何とかするわ」

「なんともならないわよ」

 ミサトがあきれた顔で言う。

「ネルフの科学力でどうにかしなさいよ。アタシとシンジはなんでも共用できるように」

「そんなことリツコの耳に入ったら、アスカもシンちゃんも改造されちゃうわよ。それこ
そ臓器とか脳とか二人の間で交換できるようにね」

「それも良いわね。全てを共有できる二人………」

 ちょっと妄想に入りかけたアスカにミサトが天を仰ぐ。

「あのね、そんなことしたら、どっちがどっちなのか判らなくなって、自分で自分に愛を
囁く、てなことになりかねないわよ」

「うげっ、それは嫌だわ。アタシ、ナルシスじゃないから」

 アスカが吐くまねをする。アスカにとってナルシスという言葉は禁句である。

「シンちゃんのことなら大丈夫だって。今、輸血しているわ。心配しないで。飯田一尉の
ものだから。2時間ほどしたら帰ってこれるわ。今、洞木さんがついていてくれているわ」

「妙な病気を持ってないでしょうね」

「ネルフ入社の時の健康診断では問題なかったわよ」

「なら、女の血でなきゃ誰でも良いわよ。さて、ミサトが来たということは、保安部のこ
とね」

 アスカの顔が真剣になる。

「本当に、アスカってシンちゃんの事がなければパーフェクトね」

 ミサトが大きなため息をつく。

「いいのよ、それで。アタシはシンジのために有るんだから。優先順位が決まっているだ
け」

「はいはい。ごちそうさま。本当に嘘みたいよね。使徒戦役の頃のアスカが今のアスカを
見たらどういうかしら」

「良くやったと言うわよ。あの頃だって心の奥ではシンジのことが気になっていたんだか
ら。さっ、遊びはここまで。ミサト、ロシアの刺客があんな簡単に第一中学校の敷地に入
れたのは、保安部に裏切り者がいたからよね。それも複数、いや、保安部全体が裏切った」

 アスカが静かな怒りを声にのせる。

「ええ。保安部員85名のうち実に70名が消えたわ。その中には保安部長まで居たわ。
とりあえず残った15名も作戦部で拘束中」

「保安部長って、ゲヒルンの頃からいたわよね。確か警視庁からの出向組」

「ええ」

「サードインパクト前からのひも付きだったってことか。ふん、アタシが壊れるまで放置
されたのも、今ならよくわかるわ」

 かつてアスカは、シンジにシンクロ率で抜かれたことから心のよりどころを無くし、自
我を崩壊させていった。その過程を見ていながら知らん顔していたのは保安部であった。

「残りは、最近の戦自引き抜き組ね」

「ええ。保安部は壊滅状態だったから。保安部長権限で新規雇用をしたの。それが祟った
わね」

「ですが、おかしいですね。折角ネルフの獅子身中の虫に育てあげた保安部を潰してまで
あそこでロシア娘を撃つ必要があったとは思えません」

 黙ってミサトとアスカのやりとりを聞いていた水城一尉が口を挟さむ。

「ミサトはどう思う? 」

「前線の一兵士にすぎないイリーナの口を封じなければいけないほどのことがある。おそ
らく、かつての与党とロシアの間に密約が出来て居るんでしょう。いかに碇シンジが手元
にあっても宇宙へいく手段がなければ宝の持ち腐れ。それならロシアと手を組んで碇シン
ジを共有し、ネルフも世界各国も抑えようと考えた。近いうちに総攻撃が始まると見てい
いわ。その時期と目標をロシア娘は知っている」

 アスカの問いにミサトが答える。

「アタシもそう思うわ。で、ミサトはどこが狙われると思う? 」

「ここしかないでしょ。ここならアスカもいるし、シンジくんもいる。ネルフ直轄とはい
え、医療機関だからね、防御はそう厚くない。アスカを殺してシンジくんを連れ去るのは
そう難しい問題じゃない」

「違うわね」

 アスカはミサトの考えをあっさりと否定する。

「すでに先日一度襲われた。当然警備の見直しもした。それにここはアタシの直轄である
諜報部が守っている。まずこのフロアーに入りこむことはできない。壁と床天井はチタン
合金の上にセラミックを載せたチョバム装甲だし、ガラスは全て高分子フィルムコーティ
ングされた特殊硬化ガラス。バズーカ程度じゃ傷も付かないわよ。戦車砲でもガラスが破
れる程度。独立した発電施設に数週間籠城できるだけの食料に水、ちょっとした要塞よ。
攻撃開始から1時間以内に落とせなかったら援軍が駆けつける。ロシアの特殊部隊が一個
中隊ぐらいで攻めて来たんじゃ、歯も立たないわ」

 唯一のエヴァ操縦者とその連れ合いが住んでいるのだ。防備が完璧なのは当然である。

「じゃ、どこを狙うというの? 第一中学校? 」

「一つはね」

「もう一つは……まさか、本部」

 ミサトが驚愕の声をあげる。

「おそらくね。本部を攻撃されればネルフは防戦に精一杯にならざるを得ない。援軍も出
せないわ。そして保安部を失い脆弱になった第一中学校を襲えば、シンジを手に入れるこ
とは簡単」

「ごめん、アスカ、また来るわ」

 慌ててミサトが病室を出て行く。

「ミサト、保安部長は殺さずにアタシに頂戴。たっぷりいたぶってやらないと気が済まな
いから」

「約束は出来ないわよ」

 そう残してミサトは消えた。

「三佐、保安部が敵に回ったのなら本部の警備は筒抜けですよ」

 水城一尉の眉がひそめられる。

「大丈夫よ。あそこに誰が居ると思っているの? あの赤木リツコよ。世界のマッドが、
MAGIと共にある。その上、本部は元兵装ビル。半日もあれば戦自の一個大隊が攻めて
きても堪えないように改造するでしょうよ」

 水城一尉の危惧をアスカは一笑の元にふした。

「問題は、第一中学校よ。諜報部も人手が足りないし、作戦部も本部防衛で手一杯。ヒカ
リやケンスケでは、どうしようもない。アタシが行ければねえ。一個師団ぐらいなら片手
でつぶせるのに」

 アスカが言うと誇張に聞こえない。

「あのう、提案が有るんですが……」

 水城一尉が軽く手を挙げる。だが、なぜか腰は引けているし、声も消えそうなほど細い。

「なに? 」

「呂貞春さんを中心にアメリカとEUの二人の女の子の手を借りてはいかがでしょうか?
あの三人は、それ相応の訓練を受けて……ひっ」

 修羅場に慣れているはずの水城一尉が、悲鳴をあげる。15に満たない弱々しい重傷の
少女の放つ気迫に圧されたのだ。

「良い度胸しているわねえ。褒めてあげるわ。アンタ一尉じゃもったいないわ。直ぐに二
佐にしてあげる」

「に、2階級特進は遠慮したいのですが」

 軍隊で2階級特進は殉職を意味する。準軍事組織であるネルフも同様。
 水城一尉が目立たない程度に後退しはじめる。

「遠慮しないで良いのよ」

 アスカは笑っている。屈託のない子供のような笑顔で。ただ、目と声が違う。暗闇で絶
対に見たくない瞳、一人きりで決して聞きたくない音。

「でも、それしかないか。仕方ないわ。アタシが動けないからね。それにアメリカとEU
をセットにしておけば、抜け駆けも防げる」

 アスカの身体から殺気が霧散していく。水城一尉の腰が砕けた。床に座りこむ。

「紅い稲妻じゃない。真紅の破壊神」

「なにか言ったぁ? 」

 水城一尉の声は蚊のようであったが、神の耳には届いたようだ。水城一尉が必死で首を
振る。

「なら良いのよ。命は大切にしなさい。一個限りだものねえ」

「だ、大事に使えば一生ものですし」

 水城一尉の声が震えている。

「鍵のついたパンツ、どこかに売ってないかしら? 」

 水城一尉を脅すのにあきたのか、アスカが話題を変える。

「14歳でそれはちょっと問題が……」

 水城一尉の顔が引きつる。

「そういえば、シンジの奴。アタシ以外の女の胸また触ったわよね」

 アスカはふと思い出した。モニター越しに見たシンジの行動を。触ったと言っても胸に
開いた傷口をふさぐための純粋な医療行為でなのだが。

「三佐、それは……」

 水城一尉がさすがにあきれる。

「ふふふふ、そんなに脂肪のかたまりが好きなら、今晩からラードを抱いて寝れば良いん
だわ」

 ちょっと回復したとはいえ、激減した胸のふくらみに目をやる。

「そんなことより、そろそろ碇シンジさんが戻ってこられますよ。どうします? 間違い
なく今晩のおかずは買っておられないようですが」

 水城一尉が必死に話を変えようとする。シンジの作る料理が食べられないと確実にアス
カの機嫌が悪くなる。とばっちりを食うのは、水城一尉たちなのだ。

「そうね。こういう状況じゃ、仕方ないわ。悪いけど買い物頼める? 」

「はい」

 水城一尉がメモを出す。アスカに言われたものを一つでも買い忘れたら、命が危ない。

「レバーに生卵、ウナギに肝吸い、トロロにスッポン、そうそう、赤まむしドリンクも要
るわね」

「三佐、ちょっと偏りすぎてませんか? 」

 水城一尉が困ったような顔をする。レジに並ぶのは自分なのだ。レジ係のおばさんの好
奇心に満ちた目つきが今から想像できる。

「えっ? だってシンジの血を増やさないといけないんでしょ。だから精の付くものを選
んでいるのよ」

「精力と造血は確かに関わってますけど、これじゃあ、鼻血が出ますよ」

 判ってやっているのか判ってないのか、アスカのボケぶりに水城一尉がため息を漏らし
た。



 ヘリに同乗しなかった呂貞春は一人、現場である校舎裏に戻っていた。
 腰をかがめて地面を探り、校舎も念入りに見ていく。

「やはり一発しかないわ」

 スカートのポケットから折りたたみのナイフを出すと校舎にめり込んでいた銃弾を掘り
出す。

「狙撃者の位置とイリーナさんの立ち位置から考えて、これは最初の1発」

「どうした? 」

 ヘリを見送ったケンスケが呂貞春に声をかける。

「相田さん、わたしの身長では見つけられないかもしれないので、ここ10平米辺りにあ
る立木に銃痕が無いか見てくださいませんか? 」

「良いけど、何でまた? 」

「あの時、間違いなくあと2発銃声が聞こえたのです」

「なにっ? じゃ、シンジも撃たれたと言うことか」

「はい」

 二人は無言で1時間ちかく辺りを探したがやはり見つからない。

「威嚇射撃で空に向けて撃ったのでは? 」

 ケンスケの言葉に呂貞春は小声で応える。

「そうだったらいいのですが」

 呂貞春が暗い目をしたとき、携帯電話が鳴る。

「アスカさんからですわ」

 画面に出た発信人を見て素早く通話スイッチを押す。

「…………」

 アスカがまくし立てているのだろう、呂貞春は、黙って聞いているだけ。

「判りました。この後話をしてみます」

 そう言って電話を切った呂貞春が、大きなため息をつく。

「どうしたんだ? 惣流のことだ。無理難題でも言われたか? 」

 ケンスケの問いに弱々しく頷いた呂貞春は、アスカの話をケンスケに伝える。

「思い切ったことを。毒を持って毒を制するつもりか、惣流」

 ケンスケが驚いた。

「熊が狙う子羊の番を狼と虎にさせるようなものじゃないか」

「ですが、それしかないですわ。わたし一人ではどうしようもありませんし」

「そうだな。俺もサバイバルゲームならちょっとは自信があるけど、実戦じゃ邪魔なだけ
だ。警報と連絡係に徹するよ」

「自分の実力を知っているのは、凄いことですよ」

 呂貞春が、ケンスケを誘いながら歩きだす。教室で午後の授業を受けているはずのマリ
アとフランソワーズに話をしなければならない。

「応じるかな、あいつら」

「大丈夫です。獲物を横取りされるのを黙ってみているわけないですから」

 二人は階段を上がって2−Aの前に立つ。

「遅れました」

 教室の後ろ扉を開けて入った二人は、大きく自習と書かれた黒板を見つける。

「ちょうど良いですわ」

「立ち会おうか? 」

 ケンスケの申し出を呂貞春は断わる。

「相田さんは表に出ない方が良いです。もう知られてはいるでしょうが」

「そうか」

 離れていく呂貞春を目で追いながらケンスケは自分の席につく。
 一悶着は有ったようだが、二人は呂貞春というよりアスカの計画にのった。



 シンジが戻ってきたのは、すでに日が暮れた後である。いかに輸血を受けたとはいえ、
ふらふらである。それでもアスカのために夕食を作るシンジをアスカは複雑な思いで見て
いた。

「シンジは、知ってしまったのよねえ」

 アスカは独り言を呟く。
 サードインパクトを越えて多少変化は出てきたとはいえ、元があれなシンジである。人
を傷つけるくらいなら、自分が死んだ方がましという、現代では稀少品な性格。

「落ち込むんだろうなあ」

 使徒に乗っ取られたエヴァ参号機に乗っていた友人鈴原トウジを怪我させたとき、それ
が自らの意思ではなかったとはいえ、シンジの落ち込みは酷いものであった。全てを放棄
し、第三東京市から去ろうとまでした。

「あの時も、アタシはトウジがパイロットに選出されたって知っていたのよねえ。今から
思えば、あれもシンジを壊すための計画だったことは判るけど。シンジに伝えることが出
来なかったのは、アタシ。今回もそうだものねえ。シンジはアタシを許してくれないかも」

 さすがのアスカも力無く肩を落とす。ただいまもキスもなく、何も言わずに調理に取り
かかったシンジが、遠い存在に見える。

「お待たせ」

 シンジが夕食をいつものように運んでくる。

「ごめん、一人で食べて、僕疲れたから寝るから」

 いつものように口を開けたアスカにそう言うとシンジはベッドに潜りこむ。

「シンジ……」

 アスカは意識を回復してから初めて、シンジとの間に壁を感じた。



「碇さん、学校へ行きましょう」 

 翌朝、そう言って303号室へ呂貞春が入ってきたのは、早朝の5時である。

「病院の外でマクリアータさんもフランソワーズさんも待ってますから」

 抗議を口にしようとしたアスカは、呂貞春にそう言われて黙るしかない。シンジの学校
での安全を3人に託した限り、口出しはできない。

「うん、じゃ、行ってくる」

 黙って準備をしていたシンジはアスカの顔を見ずにそう言い残して出ていく。

「シンジを守るためには仕方ないことと判っている。でも、辛い。心が二つに割れたよう
なの。アタシ、間違っていたのかな? 」

 アスカは急に寒々とした部屋の中でじっと自分の肩を抱くしかなかった。



「くそっ、やられたか」

 シンジを拉致する任務を与えられたクリヤコフ大佐の部下たちが、臍をかむ。シンジが
すでに登校してしまったことに気づいたのだ。
 やることがやることだけに人目を引くわけにはいかない。あまり早くから待ち伏せ出来
なかったのが響いた。

「学校を襲え。すでに保安部は無い。ガードもほとんど無いに等しい」

 連絡を受けたクリヤコフはそう命じる。

「急な変更は気になるな」

 優秀な軍人には頭脳よりも予感が求められる。クリヤコフは念のため、ネルフ本部攻撃
班へ連絡を入れた。

「サードチルドレンの行動に変化があったが、そっちはどうだ? 」

 無線に出たのは、元ネルフ保安部長の石坂である。

「そうか。こちらはいつもの通りだ。保安部が裏切った後だからな、多少警備は厳重にな
っているようだが、こっちは裏口も全部知っている。問題はない」

「よかろう。では、予定を少し早めよう。こちらもアクションを起こす。時計を合わせよ
う。30分後で良いか」

「ああ」

「では、お互いの祖国のために」

 無線を切った石坂が、部下の顔に目をやる。

「予定変更だ。30分後に突入」

「了解」

 無線で直ちに予定変更が伝えられていく。



「まるっきりの馬鹿ね」

 ネルフ本部発令所で赤木リツコが冷笑を浮かべていた。

「この第三東京市で有線無線を問わずMAGIに知られず連絡など取れるわけ無いのに」

「対人レーダーに反応。包囲網を狭めてきています」

 マヤが報告する。6畳間ぐらいはありそうなモニターが細かく分割され、監視カメラが
とらえた襲撃者の顔を映していく。

「あれは保安部長だわね」

「その周囲にいる連中は、あの装備からみてSATね。他にも戦自の特殊部隊もいるわ。
全部で一個中隊、80人ぐらいかしら? 」

 リツコとミサトが淡々と会話している。

「ミサト、あの様子だとどのくらいで襲撃開始かしら? 」

「そうね。20分から30分というところじゃない? 1時間はないわ。包囲網を縮めす
ぎだから」

「わかったわ。一階の連中に上がってくるように伝えて」

「はい。一階に残留している所員の退避を開始します」

 日向マコトが、リツコの命令を復唱する。

「一階の防護シャッターは下ろしますか? 」

「いらないわ。どうせ、壊れるから」

 リツコは冷静である。

「一階退避終了しました」

「裏口に2個小隊規模の敵接近。扉にC4爆薬を仕掛けたようです」

「くるわよ」

 ミサトが舌なめずりをする。
 大きな衝撃は前後二つから来た。

「裏口爆破されました。正面、バズーカの一撃を喰いました」

「マヤ、ジャミング開始」

「ジャミング開始します。これで半径500メートル以内の全ての通信、ミサイル誘導、
レーダーは使用不能です」

「対空迎撃ポット、開け」

「了解」

 ミサトの命令に日向が応じ、ネルフ本部ビルの屋上が開く。

「戦自の対戦車ヘリを確認。5機です」

「ヘリだけ? 戦闘機は確認されてないのね。なめたまねを……対空ミサイル1番から8
番まで。撃て」

「1番から8番のセーフティ解除、発射します」

 小さな振動を残してミサイルが飛ぶ。MAGIによる光学誘導弾は、あらゆる妨害を受
け付けない。逃げ足の遅いヘリにとってまさに死の翼である。

「四方より装甲車。30ミリ機関砲を装備。戦自の11式です」

 別のオペレーターがわめく。

「歩兵携行式ミサイルの使用を許可します。作戦部員に各自対応をと伝えなさい」

 ミサトが怒鳴る。

「了解」

「一階に侵入者」

 マヤが叫ぶ。

「どのくらい? 」

「30名ほどです」

「そう、少ないわね。まあ、いいわ。トラップ1作動」

 リツコがマヤに言う。

「作動します」

 マヤがファンクションキーを押す。途端に一階の床が落ちた。元は弾薬庫として使われ
ていた地下である。吹き抜けで5階分の高さがある。うめき声さえ出せずに侵入者は即死
した。

「ヘリ全機撃墜。ですが、2機が対戦車ミサイルを計4発発射。つっこんできます」

 目視で直撃なら誘導なしでもミサイルは当たる。
 日向の報告にミサトが反応する。

「対空ミサイル連続発射、バルカンファランクス起動」

 軽いショックを残してミサイルが飛びだし、バルカン砲がうなりをあげる。

「ミサイル3発撃破、1発迎撃に失敗。あたります」

 日向が悲鳴のように告げる。

「マヤ」

 リツコの叫びとマヤの指が同時に動く。
 重い衝撃が本部ビルを揺らした。

「ミサイル至近距離で爆発しました。被害軽微」

 日向が現況を報告しながら驚愕している。

「リツコ? 」

「反応装甲の応用よ。ビル周囲の一定範囲の装甲版の下に爆薬を仕掛けてあるの。それを
起爆させることで装甲板を飛ばして、ミサイルなどを早期爆発させたのよ」

 反応装甲は20世紀後半に戦車の装甲として開発されたものだ。砲弾を受けた部分の装
甲が同時に爆発することで、砲弾の威力を相殺する。

「こんなこともあろうかと密かに開発していたの。って一度は言ってみたいじゃない」

 ミサトの問いかけにリツコがはにかむように応える。



「どうなっているんだ? 」

 侵攻部隊の相次ぐ撃破に石坂元保安部長は蒼白になっていた。

「ヘリの乗員の脱出は有りません。装甲車も全車両破壊されました」

「空自のVTOL戦闘機はどうなっている? 」

「通信がジャミングを受け、確認できません。最終連絡では出撃準備完了とのことでした
が、予定が早まったことを伝えられていません」

「くっ、仕方ない。ここまで来たらネルフを陥落させないことには帰れないぞ」

 最後の戦いでアスカの乗る弐号機に大きな痛手を負わされた戦略自衛隊の中には、反ネ
ルフの人間は多い。だが、サードインパクト後真相を知らされた隊員のほとんどは、少年
少女を襲った罪悪感からネルフに友好的になっている。また、特務機関として無謀な権力
を振り回すネルフに反感を抱いていた警察も最近は変わりつつある。

「残った戦力を一気に出せ」

 石坂の声には悲壮感が漂っていた。


 
「三佐、本部が襲撃を受けているそうです」

 303号室に水城一尉が慌てて駆けこんでくる。

「そう」

 アスカの反応は鈍い。

「念のため医療施設周辺を確認しましたが異常ないようです。ですが、万一に備えて装甲
シャッターの展開を要請します」

「分かったわ」

 アスカのIDをノートパソコンにうちこみ、パスワードをいれる。

「認証されました。直ちに防御システムを作動します。隔壁付近のものは、直ちに離れて
下さい。これより3階病棟は隔離されます。解除には諜報部長のパスワードが必要です」

 病棟内に合成音声の警告が流れる。
 大きな音がして窓にシャッターがおり始めた。

「これでミサイルの直撃を受けても大丈夫です」

 水城一尉がほっとした顔をする。

「今のところ情報はありませんが、碇二尉の周辺警護には第一班も出ていますので、大丈
夫ではないかと思います。どっちにしろ、碇二尉の生命は保証されていますし」

 4大国、中国が脱落して3大国になったが、の目的はシンジの拉致である。生かして連
れ出さなければ何にもならない。だからシンジの命に危険が及ぶことはない。だれもがそ
う思っていたが、違うことをアスカは昨日知った。銃弾はシンジが側にいることを知って
いながら放たれたのだ。

「…………」

 アスカが無言で首を振る。

「三佐? 」

 そんなアスカを見たことがない水城一尉が首をかしげた。

「シンジを失わないために、アタシは、どうすればいいの? 」

 がっくりとうなだれたアスカに水城一尉は言葉を失った。




                                続く


 

 

後書き
 お読み頂き感謝しております。次でロシア編は完結です。長すぎますね。

タヌキ 拝

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 タヌキ様の当サイトへの15作目。
 うわぁっ!すっごくやばくなってきたって感じ。
 ううん、あいつ等の襲撃なんて大丈夫よ。
 問題はシンジ。
 それと、私も、かな…。
 二人ともこうなってしまうと…。
 ああ、ダメダメっ!二人の愛の力で何とかしないと!
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、タヌキ様。

 

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