破壊されたネルフ本部から赤木リツコ、葛城ミサト、冬月コウゾウがアスカのもとへや
ってきていた。

「すまない」

　三人を代表して冬月が頭を下げた。

「今は謝罪を受け入れる気にはなりません」

　アスカは冷たく拒絶する。

「ごめん、アスカ」

「わびの言葉も無いわ」

　ミサト、リツコも目を伏せる。

「シンジを学校にやることに反対したわたしの杞憂が現実になりました」

　冬月を前にさすがにアスカも言葉使いを変えている。

「義務教育を理由にシンジの命が危険にさらされるなら、私たちは日本にいる必要性を認
めません」

「どういうことかね、惣流君」

　冬月が穏やか声で訊く。

「先ほどアメリカ大統領、ドイツ首相にメールで連絡を取りました」

「えっ」

　リツコが驚いた顔を見せる。

「あなた達が本部を出た後だから。本部は復旧作業に忙しくてＭＡＧＩのログに気が付い
ていないようね」

　リツコが慌てて携帯を取り出す。

「ここは病院、携帯は遠慮して」

　アスカに咎められてリツコが電話をあきらめる。

「どういうメールか訊いて良いかな？　」

　冬月が尋ねる。

「私とシンジの結婚と生活を保障するなら、亡命してもいいというものです」

「な、なにを。馬鹿言わないの、アスカ」

　ミサトが大声でアスカを叱った。

「最初の約束通りシンジを守れなかったのは、ミサト、アンタでしょ」

　アスカも感情的になる。

「落ち着きたまえ、葛城君」

　冬月がミサトをたしなめた。

「返事は来たのかね？　」

「はい。共に条件をのむそうです」

　冬月に向かってアスカは応える。

「惣流君はどうするつもりかね？　」

「シンジの生命の保証を私は第一に考えます。シンジに万一のことが有れば、私も生きて
いるつもりはありませんから」

　アスカはきっぱりと言い切った。

「アメリカに行くと言うことかな」

「そうなります。シンジは今アメリカの手にあるのですから」

「アスカ、あなた何を言っているのか分かっているの？　あなたは日本を裏切るつもり？」

　ミサトがアスカを責める。

「私に日本やネルフ本部への義理はないわ。シンジもね。利用されるだけだったから」

　アスカの言葉に誰も反論することは出来ない。

「でも、敵対している国に移住するなんて……」

「私は正気よ。ミサト、あなた気づいていないの？　ここ最近の襲撃の内容が変わってき
たことに？　」

「えっ？　」

　ミサトがきょとんとした顔をする。

「ロシアのアイツからだけど、シンジに怪我をさせることを気にしなくなってきているの
よ。いえ、重傷を与えることも平気になってきている。これがどういうことか分かってい
る？　」

「シンジ君の身体ではなく、脳あるいは、細胞さえ有ればいい」

　リツコが黙り込んだミサトの代わりに答えた。

「クローン技術、あるいは、生命維持システムに大きな進歩があったと考えるべき。ゼー
レの遺産を見つけた？　」

「リツコは見ているようね」

　アスカは三人をじっくりと見る。

「最悪シンジの精子だけでも良いのです、細胞でも。ただ、人工授精にせよ、クローンに
せよ、命令を遂行できる年齢に育てるまでの期間は無くなりません。だから、シンジを生
きたまま捕らえただけで、いざと成れば殺してしまっても良い状況に変わった」

「またもや子供の命を危険にさらすのか、私たちは」

　冬月が呟く。

「はっきり申し上げて、私は、シンジの安全以外に興味はありません。シンジが助かるな
ら明日地球が滅びても気にしません」

「それだと日本やネルフ本部がどうなろうとかまわないわね」

「はい。日本政府や戦略自衛隊を抑えることさえ出来ないネルフに期待することはありま
せんから」

　リツコの言葉にアスカははっきりと頷いて見せた。

「で、惣流君の条件はなにかな」

　表面的な話し合いはもういいと判断したのだろう。冬月が切り出した。

「三日です。三日以内にシンジを救出出来なければ、私はシンジと共にアメリカに亡命し
ます。もちろん、私は未だ満足に動けませんが、迎えの手配もされています」

　ネルフが第三新東京市の交通を遮断できる限界、その三日がシンジを救出できる限度だ
とアスカは考えている。

「そんなことはさせないわ」

　ミサトが腰に付けていた銃に手をやる。

「あなたとアメリカの連絡を絶てば計画は破綻するわ」

「進歩してないわね、ミサト。行き当たりばったりのひらめきと勘に頼るしかなかった使
徒戦役とは違うのよ。あなたが闘うのは、私、惣流・アスカ・ラングレー。すでに手は打
ってあるわ」

「時限式メールね」

　リツコが冷静に口にした。

「さすがね」

　アスカはリツコを褒め、冬月に顔を向ける。

「国連人権委員会、国際児童保護連盟、アメリカ合衆国の三カ所に向けて、私と碇シンジ
のアメリカ亡命要請と、ネルフによる児童虐待と人権侵害の事実を記したメールを既に準
備してあります。MAGIを経由せず、某所のサーバーにプールし、三日後の午後１１時５
９分までに私がキャンセルのパスワードを送らないと発信されることに成っております」

　淡々とアスカは事実を告げた。

「アスカ、なんて言うことを……」

　ミサトが絶句する。

「私を糾弾する時間があれば、シンジを救出する手だてを考えたら？　」

　アスカの声は冷たい。

「司令、ミサト、本部に戻りましょう。急いで現状を把握し対策を練らないと」

　リツコに言われて新生ネルフの幹部三人が病室を去っていった。



　しばらくしてアスカ直属の部下水城一尉が、病室へ入ってきた。

「よろしいのですか？　あのようなことを言って」

「いいのよ。ちょっとたるみすぎていたから、こんなことになる。本部の防衛よりも優先
すべきはシンジの身柄だと言うことぐらい考えなくても分かるでしょうに。ネルフ本部が
未だに存続できているのは、MAGIとシンジの存在。それを守るために必死にならなくて
はいけないときに、ミサトは戦自へ交渉に行くことさえせずにアタシの見張りばっかりや
っていた。優先順位さえ分からない人間が幹部やっているような組織、先はないわ」

　アスカは嘲笑を浮かべる。

「でも、本当にアメリカに亡命を？　」

「状況によってはね。でなければシンジと永遠に引き離されることになるから」

「永遠にですか？　」

「アメリカは甘い国じゃないわ。アタシと引き離されたシンジが言うことを聞くはず無い
からね。洗脳はエヴァとのシンクロを阻害する可能性が高いからしないでしょうけど、電
気的な刺激を利用した射精で多くの女を妊娠させることは出来る。後は生まれた子供を人
質にすれば、あのシンジのことだからアメリカの言いなりになるしかないわ。そして他の
女とそういう関係を持ったも同然となったシンジは二度とアタシの前に姿を現さない」
　アスカには見えていた。生まれた赤ん坊を人質にされ、宇宙から初号機を地球におろし
たシンジが自殺することが。初号機を宇宙で始末してしまえば、生まれたシンジの子供た
ちは無用となり、間違いなく殺される。捨てられた子供としてのトラウマを持つシンジが
それに耐えられるはずはない。初号機さえあれば、シンジが居なくなっても子供はシンク
ロできる限り生きていける。だが、シンジはアスカへの罪と人類への絶望で死を選ぶ。
「シンジに死を選ばせるぐらいなら、アタシもアメリカに行くわ。そしてシンジの子供を
産む。どこの馬の骨とも分からない女との子供より、チルドレン同士の子供の方がシンク
ロする率は高いわ。アメリカもそのくらいの計算は出来る」

　アスカの言葉に水城が喉を鳴らして唾を飲む。

「三日という数字はアメリカがシンジの身柄を国外へ出すかどうかぎりぎりの判断をする
時間。ネルフの追っ手を排除してシンジを密出国させるより、アタシとセットで堂々と亡
命させる方が安全だし、世間体も良いからね。まあ、時間稼ぎでしかないけどね」

「惣流三佐、そこまで考えて、アメリカにメールを……」

「一応、アタシもシンジも日本人だからね。シンジの故郷、なによりもシンジとアタシを
出会わせてくれた国。初めて出来た友人もいるし、ごっこみたいなものだったけど家族と
言ってくれた人もいる。離れたくないわよ。なんといってもシンジは英語が喋れない。日
本じゃないと生活できないのよ。なにより、アタシとシンジの将来の就職先ネルフを鍛え
直さないとね」

　アスカは照れたように笑う。

「でもね、水城。三日が限度なのは事実なのよ。これ以上返事を延ばせば、アメリカもし
びれを切らすわ」

「わかりました。指示を三佐」

　水城が背筋を伸ばす。

「三日後の午前３時以降に駿河湾を出航する船全部のリストを出して、その中からロシア
船籍、ＥＵ関連国家船籍、中国船籍を除外して」

「アメリカ国籍以外の船もですか？　」

「ええ。本来の船主がアメリカ国籍で便宜上パナマとかに船籍を移している船はね、アメ
リカ大統領の命令一つで即座に船籍をアメリカに変更できるらしいわ。まあ、アタシも知
ったばかりなんだけどね」

「そうなんですか」

　知らなかったのだろう水城一尉の表情が変わる。

「飛行機は無視して良いのですか？　」

「大型の旅客機は完全にＭＡＧＩの支配下にあるし、小型飛行機じゃシンジの精子を採取
するだけの設備をもてないからね」

「いきなりですか？　」

「一日でも早く出産して貰わないと困るでしょ。それにシンジが死なないとは限らないか
らね」

「わかりました。では」

　水城一尉が出て行く。

「シンジ、もうちょっとだけ我慢してね。アタシが必ず迎えに行くから」

　アスカは、シンジの背中を求めるように誰もいないキッチンに目をやった。



　シンジが閉じこめられているところは地下室らしく、灯りがまったく入らない。日中は
もちろん、夜になっても電灯さえ灯されない漆黒の闇でシンジはずっと膝を抱いている。
　発信器がつけられていた腕時計は、部屋に入る前に取りあげられ、今何時かさえ分から
ない。食事は粗末ではないが心のまったくこもっていないコンバットレーションが一度だ
けだされたが、食べていない。

「アスカ……ゴメン」

　シンジは同じ言葉だけを呟いている。自分を救ってくれたマリア・マクリアータの危機
に直面し、普段からアスカに注意されていたアタシ以外の人間を信用するなと言うことを
忘れたことをずっと詫びているのだ。
　アスカに二度と辛い思いはさせない。そう決めたからこそ、ゼーレの起こしたサードイ
ンパクトをシンジは否定したはずだったのに、自分の油断からアスカに心配をかけること
になった。

「二度とアスカと会えないかも知れない」

　シンジもアメリカの目的が自分と初号機のシンクロだけだと分かっている。
　ロシア娘のイリーナから聞かされたシンジの子供妊娠作戦も知っている。
　二度と初号機にエントリーする気はないだけに、自分の利用価値が無くなれば、殺され
ることも分かってもいる。

「アスカ以外の女の人との間に子供なんて……アスカが知ったら悲しむよなあ」

　お互いの存在を完全に否定するところから始まった絆は、命さえも重要視しない。もし、
アスカに何か有ればシンジは躊躇することなく死ぬ。それはアスカも同じだ。

「アスカに死んで欲しくないなんて思わない。一緒にこの世から消え去り、一緒に輪廻転
生する。この宇宙が無くなるまで僕とアスカは離れることはない」

　シンジは決めている。日本を離れたら死のうと。日本にいる限りアスカは必ずシンジを
助けに来てくれると信じている。

「神の使いを殺したくせに輪廻は信じているのですか。自分勝手な子供の考えですね」

　いつの間にかアメリカの情報部員ジョージアが地下室に入ってきていた。

「…………」

　シンジは無視している。

「黙りですか。まったくすねた子供というのはどうしようもありませんね。親のしつけが
出来ていないからこういう生意気な子供が出来るんです。やはりこの国はもう一度偉大な
るアメリカ合衆国が占領して再教育してやらなければ成りません」

　ジョージアが真剣に演説しているが、シンジは膝の間に顔を埋めて反応しない。

「暗いガキだな。うっとうしくてたまらない。本国の命令でなければ、こんなガキの側に
一秒でもいたくない」

「だったら、出て行って下さい。あなたが生意気な子供が嫌いなように、僕も偉そうな大
人は嫌いですから」

　シンジがぼそっと言った。
　ジョージアが地下室の壁を蹴り上げる。すさまじい地響きと音がするが、シンジはびく
つきもしない。

「さすがはサードチルドレン、わたくしごときじゃ相手にも成らないようで。では、不愉
快でしょうから失礼しますよ。そうそう、本国から指令が来ました。あなたは、三日後の
午前５時に、日本を発ってアメリカに向かうことになります」

　ジョージアの話にシンジが初めて動いた。

「私の顔を見るのも嫌だそうですから、食事と水の差し入れも遠慮しますよ。二日ぐらい、
お強いサードチルドレン様ならどうということはないでしょう。自殺したければどうぞ。
その代わりマリアも生きてこの国からは出られません。では、次のお目にかかるまでご機
嫌よう」

　地下室の扉を閉じかけたジョージアに向かってシンジが声をかけた。

「マリアさんは元気ですね。マリアさんに何かあったら、貴方を許しません。僕の一言で
アメリカは貴方を捨てますよ」

　シンジが脅しをかける。シンジがアメリカに帰属する条件にジョージアの処刑を望めば、
アメリカは躊躇しない。

「我が娘をそこまで想っていて下さるとは、感激で身が震えますよ。サードチルドレン。
分かりました。マリアには、せいぜい身体を磨かせておきましょう。コピーを産ませるに
は偽物が最適でしょうからねえ」

「コピーとか偽物とか、貴方は人をなんだと思っているんです？　」

「力のないものは道具に過ぎません。拳銃や車のように持つものの思い通りに役立つだけ
のね」

「貴方は……」

　シンジが憤りの声をあげる。

「そうだ。良いことを思いつきましたよ。マリアに新しい思い出をあげておきましょう。
貴方とマリアの母が仕事場の同僚で、あなた達は隣に住む幼なじみ。毎朝、寝坊をする貴
方をマリアが起こして学校に通う。恋人となるには一言が足りない関係にやきもきしなが
ら毎日を送っている二人。いいですね。これならマリアも貴方を喜んで受け入れるでしょ
う」

「なんということを。人の想いまで貴方は、冒涜するのか」

「命令で好きでもない男とするよりは、はるかにましだろう。脅しをかけるなら、最後ま
でやり通して見せろ。中途半端なんだよ、少年」

　重い音を立てて地下室の扉が閉じた。

「くそっ」

　シンジが床を拳で叩く。

「取り敢えずマリアさんの無事は確保できた」

　シンジはほっとため息をつく。

「アスカ、これで良いんだよね」

　シンジは聞こえないと分かっていながらアスカに向けて話しかけた。



「三日と日限をきられたのは痛いわね」

　ネルフ本部に戻ったミサトが渋い顔をする。

「馬鹿ね、三日くれたと考えるべきなのよ。どうしたの？　かつての楽天主義はＬＣＬの
海に置いてきたのかしら？　」

　リツコが軽く窘める。

「あの頃は、ああでもしないとやっていけなかったからね。あたしの復讐のためにシンジ
くんやアスカを兵器として使わなければならない。いつ死んでもおかしくない戦場へ手助
けすることも出来ずに送りださなきゃならない。脳天気な振りでもしなければやってらん
なかったわ」

「今は違うのね」

「護る者が人類全体からネルフへとスケールダウンしたわ」

「だったら、作戦を考えなさい。ミサトの仕事でしょ。はい、これが、シンジ君を拉致し
たのではないかと思われる７台の車が最後に確認されたところの一覧」

　リツコがプリントアウトされた文書を差しだす。

「ハミルトン薬品日本研究所、ジョージア・マクリアータのマンション、マックスウエル
貿易日本支社倉庫、第三ホテル東京、山下ケンザブロウ妾宅、大木タスケ別荘、日本ピク
サス工業湾岸工場」

　さっとめくったミサトが読み上げる。

「なんなのよ、この山下ケンザブロウの妾宅って？　」

「山下はアメリカ寄りで有名な与党の大物政治家よ。彼が第二新東京でクラブホステスを
やっていた桜居ヨリエを囲うために買った家。第三新東京市を一望できる公園近くの豪邸
よ」

「大木タスケは？　」

「新日本経済同友会の会長を務める男。２０いくつかの会社を経営する大金持ち。もっと
もその中核はアメリカとの貿易を主とする総合商社」

　ミサトの問いにリツコが応える。すでに調べてあるのだろう。

「両方、アメリカさんとの関係は真っ黒けのけか」

　ミサトがプリントを上下に振ってあきれる。

「そして共に日本政府に強大な影響力を発揮出来るわ」

「よほどの証拠がない限り、押し入ることは出来ないか」

「そうね。二人が手を組めば今のネルフぐらい吹き飛ばすに困らないでしょうね」
「となるとまずは、会社組織から行くべきか。一番簡単なのはハミルトン薬品研究所ね。
ここにはネルフのテクノロジーが使われている。視察とか監査とかの名目で入り込めそう
ね」

　ミサトは一つ一つ潰していくしかないと考えたのだろう。

「日向くん、急いでチームを２つ作って。護衛も加えた１０名ほどで」

　作戦部の全兵力でもそれだけしかない。

「了解しました」

　日向が立ちあがった。



　ミサトが見ていたのと同じプリントをアスカも見ている。

「山下ケンザブロウ、もしくは大木タスケ名義のクルーザーが太平洋側のマリーナか港に
登録されていないかどうか調べて」

「はい」

　水城一尉も自分の端末をアスカの病室に持ちこんでいる。

「飯田、テーブルの地図にピンをたてて」

「了解」

　病院に戻ってきた飯田一尉が、テーブルの上に敷かれた大きな第三新東京市の地図に７
つのピンをたてる。

「三佐、確認できました。山下、大木名義の小型のクルーザーが、新熱海マリーナに停泊
してます」

　水城一尉が報告する。

「そう、その二隻のメンテナンスはいつ行われたかもわかる？　」

「港湾局へ問い合わせましょうか？　」

「政府関係は信用しないで。出来ればハッキングして」

　水城の問いかけにアスカが言う。

「了解です」

　水城の指が素早くキーボードを打つ。諜報部のメンバーは同時にいっぱしのハッカーで
もある。
　しばらく水城がキーを打つ音だけが響いていた。

「わかりました。大木のクルーザーの整備は、昨日済まされています。山下のものは明日
の予定です」

　水城がハッキングしたのは、マリーナに出される陸揚げ申請のようである。

「そう。どうやら、シンジは大木の別荘のようね」

　アスカは断じた。

「部長、確定してよろしいのですか？　」

　飯田一尉が心配そうにアスカを見る。

「シンジを運び出すのにネルフの臨検を拒否できるのは、日本の国の有力者だけだからね。
政府が絡んでくるとなると今のネルフじゃ手も足も出ないから。アメリカの会社が保有す
るクルーザーなら、領海内では臨検できる。そんな危ない橋を渡るとは思えない」

「ですが、惣流三佐。それであれば、政治家の山下のクルーザーが疑わしいのではありま
せんか？　大木はいかに経済界の大物とはいえ、民間人です」

「山下のクルーザーを外したのは、整備が明日だからよ。もし、致命的な問題が出てきた
ら、三日後に間に合わないわ。部品の手配ができないもの」

　アスカは自信ありげに語る。

「残っている会社関係はミサトが作戦部を使ってやるでしょう。強行作戦になったときの
ミサトは信じるに値するからね。だから、こっちは個人を狙う」

「では、どのようにしますか？　」

「諜報部で使えるのは何人？　」

「一斑が全滅しましたので、現在は私の三班と水城一尉の別班だけです」

　飯田一尉が戦力を報告する。

「少ないわね。飯田、戦自から手を借りられる？　」

「冬月司令がコンタクトを取られていた第一空挺団と交渉できると思います」

「頼むわ。出来れば３個小隊は借りて欲しい」

「一個中隊規模ですが。何とかします」

「お願い。それを三つに分けるわ。編成は飯田一尉に一任するわ。メインの戦力は大木の
別荘、もう一つは念のために山下の妾宅を抑えて。最後の一つは万一に備えて新熱海マリ
ーナを制圧して」

「了解しました。周囲の調査のために一日と戦自のメンバーとの息合わせに半日ください」

「わかったわ。直ちにかかって」

　アスカの命を受けた飯田一尉が敬礼を残して病室から去る。

「私はなにをすればよろしいでしょう？　」

「飯田一尉の突入に間に合うようにアタシを大木の別荘まで連れて行って」

「無茶言わないでください。お一人で歩くことはおろか立つことさえままならない三佐を
戦場にお連れできるわけありません」

　アスカの言葉に水城一尉が驚愕する。

「無茶は承知よ。でもね、今度ばかりはここに寝ているわけにはいかないのよ。アタシの
読みが当たらなければシンジはアメリカに連れさられるか殺される。その現場に立ち会え
ないのは嫌なの」

「駄目です。この命令だけはきけません」

　水城一尉が頑強に抵抗した。

「お願い、シンジの傍で死なせて」

　アスカの眼が水城一尉を捕らえて離さない。

「惣流三佐……」

「水城一尉、あなたはわかっているでしょ。ネルフが最後に考えていることが何かを」

　アスカに問いかけられた水城一尉が顔を背ける。

「そう、シンジという最強のカードを失うくらいなら殺す。それが政治であり生き残りの
手段。シンジを他の国に奪われれば、日本はその国に膝を屈するしかない。でもシンジさ
え居なければ、ネルフと日本は唯一残ったＭＡＧＩシステムで世界に君臨し続けることが
可能。ミサトもリツコも躊躇はしないわ。アタシがその立場だったら同じことをするわ」

　アスカは冷静に語る。

「もし、うまくアメリカがシンジを連れ出せたとしたら、アタシはどうなると思う？　」

　水城一尉は応えない。

「シンジに対する人質にされるわね。エヴァ初号機が日本を攻めないための盾としてね。
その時は、アタシはアタシで無くなっているはずよ。自殺されたら困るから。たぶん、洗
脳されるか、ロボトミー手術で人形にされているか」

　アスカは淡々と続ける。

「作戦に成功すれば良し。シンジが殺されたら、アタシも死ぬ。シンジがアメリカに奪わ
れたら、アタシは壊される。作戦の成否を目の当たりにしなければ不安でならないわ。ネ
ルフに騙されて作戦が成功したと思いこんだまま、脳をいじられるのは嫌。なによりシン
ジに会えないまま死ぬのはもっと嫌」

「三佐……」

　水城一尉が潤んだ目でアスカを見た。

「命令したくないの。ねえ、一人の女として手伝って」

「返事は、飯田一尉の報告を受けてからでも良いですか？　」

　水城一尉は周辺調査の結果を待ちたいと願った。

「いいわ。アタシが頼れるのはあなただけだから」

　呂貞春が今度の作戦に使えないことは誰もが承知している。まだ信頼度が低いのだ。中
国の残党が居る限り、漁夫の利を狙わないとは言えない。おそらくミサトによって身柄を
抑えられているはずだ。

「わかりました。では、下がります」

　水城一尉もアスカの病室を出た。



　翌朝一番にミサトが率いるネルフ作戦部が一日かかって広大なハミルトン薬品研究所を
視察したが、やはり何も出なかった。

「リツコ、設計図にない地下室なんかの可能性は？　」

　携帯電話でミサトはリツコに訊く。

「赤外線監視衛星の映像から見てもなさそうね」

「そう」

　ミサトは電話を切った。

「三人残しなさい」

　ネルフによるテクノロジー流出監視との名目で作戦部のスタッフ三人が研究所に駐留す
る。
　ミサトの携帯が鳴る。

「葛城二佐」

「日向くん、そっちはどう？　」

　電話の向こうは別の作戦部隊を率いている日向である。

「第三新東京ホテルも駄目です。シンジ君の気配もありません」

「妖しい奴は？　」

「ＭＡＧＩに記録されていた車両は発見しましたが、持ち主は居ません。社内に薬品が撒
かれており、指紋も毛髪も採取不可能です」

「そう。じゃ、あなたたちは、日本ピクサスへ。私たちがマックスウエル貿易を」

　すでに深夜になっている。ミサト率いる部隊の一日は空振りに終わった。



　二日目、お昼前に飯田一尉が、戦自の制服を着た男をつれてアスカの元へやってきた。

「第一空挺団第三中隊の瀬戸曹長であります」

　男が戦自特有の肘を身体につけるような敬礼をする。

「惣流・アスカ・ラングレー三佐よ。というより、あなた達には紅の稲妻と言った方がわ
かりやすいかしら」

　アスカも名乗る。

「お目にかかれて光栄であります」

「そうしゃちほこばらないでいいわ。アタシはあなたの上官じゃないんだから」

「はあ、では、ちょっと崩させていただきます」

　瀬戸曹長が足を拡げた。

「協力してくれるの？　冬月司令とは別系統だけど」

「はい。すでにネルフ本部に、御殿場の教導団から一個中隊が警備に出ておりますが、私
たちは、ネルフからの依頼ではなく、男なら誰でも憧れる美しき姫君のお願いを受けてや
って参りました」

　瀬戸曹長が微笑む。

「いいの？　場合によっては懲罰ものよ」

「私たちに懲罰を与えられるものなど居りませんよ。中学生の少年少女を殺せと命じた連
中のおかげで指揮官と現場の信頼関係は完全に無くなっておりますから。今現場を怒らせ
れば、吹き飛ぶのは階級章の星を磨くことに汲々としていたお偉いさんです」

　瀬戸の言葉を聞いたアスカが飯田一尉を見る。

「こいつとは、レンジャー教程で同期なんです。熊のような顔をしておりますが、気のい
い男で。腕は保証します。先日第一中学校で碇二尉を救出したのもこいつです」

　飯田一尉が説明した。

「ありがとう。心から感謝するわ」

　アスカはベッドの上に横たわっていた上体を起こして頭を下げた。

「よしてください。怪我をした女の子にそこまでして貰えれば本望ですよ」

　瀬戸曹長の顔が赤くなる。

「無事にこの戦いが終われば、一度食事を奢らせて」

「紅の稲妻と食事ですか？　それは凄い」

「もっと凄くしてあげるわ。紫の悪魔が調理させるから、あなたの好きなものをね」

「えっ……」

　瀬戸曹長が言葉に詰まる。

「大丈夫よ。アイツの料理は下手なレストランよりおいしいから」

　アスカの目に小さな涙が浮かぶ。もう、何日シンジの作った料理を口にしていないだろ
う。

「楽しみにしております」

　瀬戸曹長がアスカの気持ちをおもんばかったのだろう、小さく頷いた。

「で、飯田一尉、準備は？　」

「整いました。今夜午前１時に作戦を開始します」

「内容は？　」

「今夜６時頃から市内全域に強力なジャミングをかけます。これは相手のレーダーを使え
なくするためです。そして作戦開始時間にグライダーに載った空挺部隊１個小隊が目標の
敷地内に降下。敵兵力を排除しながら、門扉を破壊、外にいる部隊と合流。一気に制圧し
ます」

「シンジの居場所はわかっている？　」

「これをご覧ください」

　飯田一尉が赤外線航空写真を差しだす。

「赤木博士からいただいたＭＡＧＩのデーターです」

「リツコ……」

　アスカが呟く。

「これが大木の別荘です。熱海まで２キロほどの山間にあります。敷地は５００坪。ヘリ
ポートもあるようですが、ヘリは見えません。そして、この母屋の隣、車庫だと思われま
すが、その右手に１０メートル四方の白く抜けたところがあります」

「これね」

　アスカが指さす。

「はい。おそらくここに地下室があるものとも思われます。出入りはガレージの中から行
うのでしょう」

「ご苦労様。飯田一尉、瀬戸曹長」

　アスカは二人の顔を順番に見た。

「日本のためなんて言わない。人類の救世主を救ってとも言わない。アタシの男を取り返
して、お願い」

「了解」

　二人の兵士が綺麗な敬礼を捧げた。



　水城一尉はその日午後１０時になるまで顔をださなかった。すでに作戦は始まっている。

「惣流三佐」

　ようやく顔をだした水城一尉の顔は憔悴していた。ずっと悩んでいたのだろう。

「水城一尉……」

　アスカもその顔色を見てはもう何も言えない。

「惣流三佐、一つだけ約束してください」

　しばらくの沈黙を破ったのは水城一尉であった。

「なに？　」

「早まったことをしないでください」

　水城一尉の言葉にアスカは意思をこめて力強く応えた。

「わかっている。シンジの遺体にキスするまでは死なないから」
　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　続く

後書き
　お読み頂きありがとうございました。
　次がアメリカ編のクライマックスです。
　最後になりましたが、文中にありました他国の船籍でも有事の際は大統領の命令でアメ
リカ船籍に変更出来るというのは、ＴＦさまから教えて頂きました。
　ここに深く感謝します。

タヌキ　拝

　タヌキ様の当サイトへの１８作目。
　いよいよ大作戦が始まるのねっ。
　アタシの男を取り返してっていい台詞じゃない。
　でもまぁ、ミサトもしっかりしてほしいわよねぇ。
　今回は後手後手なんだもん。
　ま、これからの活躍に期待させてもらうわっ。
　さあ、これからどうやってシンジを奪回するの？
　どきどき、わくわく。ん？ど〜して、わくわくかって？
　だって、私とシンジの仲は誰にも裂けやしないからよっ！
　
　ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、タヌキ様。