タヌキ

　











「おい、レーダー画面が真っ白になったぞ」


　大木の別荘の一階、その片隅にあるセキュリティルームがざわめいた。


「ジャミングだな。周波数を変えてみろ」


　指揮官らしい中年の男が命じる。


「駄目です。全周波数使用不能」


　担当者が悲鳴のような声で報告する。


「電話は？　」

「携帯も無線も駄目です。有線も不通になってます」

「来たようだな」


　ざわめいているセキュリティルームを鎮める十分な重い声が響く。


「指揮官」


　部下の声に出迎えられたのは、ジョージア・マクリアータであった。


「どうやらネルフの攻撃のようだ。全員戦闘態勢に入れ。侵入者への遠慮は要らぬ。子供
であろうが、女であろうが、処分しろ。この屋敷を放棄する。捕虜の必要はない」


　かつてゼーレの指示の元、ネルフを襲った戦略自衛隊と同じ行動が始まろうとしていた。



　大木の別荘を中心に、２キロメートルごとに配置された１２式ECMポッドが、戦自の
トラックの荷台で稼働している。
　一機で半径３キロメートルの電波発信全てを妨害する高出力のポッドは、自律式ＣＰＵ
を搭載、相手側が如何に周波数や出力を変えようとも、一瞬で解析して対応する。この装
置の影響力下では、一切の誘導兵器、無線が使えない。
　アスカの要請に応えた第一空挺団は、装備している６機のポッドを全部提供していた。
　その一機のポッドから５００メートルほどの所に、大型トレーラーに擬したネルフ諜報
部前線指揮所が作られていた。


「作戦開始は、明日午前１時だろ？　今は午後６時。ジャミング開始にしては早すぎない
か？　」


　瀬戸曹長が、飯田一尉に問うた。


「早すぎるジャミングは、不意打ちの利点を失うことになるぞ」

「人質を二人も取られて居るんだ。それも別々の場所に。不意打ちをかけて両方助け出せ
るとは思えないからな」


　飯田一尉は落ち着いている。


「敵さん、今頃戦闘態勢で緊張していることだろうよ。だが、それを７時間も継続できる
か？　」


　訓練された兵士といえども、命のやりとりをする戦いを前にした緊張は辛い。精神が削
られていく。それにずっと耐えきれるものは少ない。


「こっちは、交代要員も豊富だ。休憩もとれる。こういう場合は、攻撃側が、防御側より
はるかに有利なんだ。まあ、ゆっくりしておけ。屋敷の周りには見張りも出した。対人監
視システムも配備した。本番まで体を休めておけ。特に、おまえたちは、屋敷の中での人
質奪還という最難関任務をこなさなきゃならない。正義のヒーローが、寝不足じゃ、さま
にならねえぜ」


　飯田一尉が笑った。


「わかった。じゃ、休ませて貰おう。おい、第一班。今から５時間の休憩に入る。しっか
り休んでおけ」


　瀬戸曹長が部下と共に臨時指揮所を出て行った。





「強力な電波妨害を感知しました。新熱海付近です」


　ネルフ本部で、モニターを操作しながら伊吹マヤが、報告した。


「どういうこと？　」


　シンジ捜索を日向マコト以下の作戦部員に任せて、本部に戻っていた葛城ミサトが訊く。


「始めたわね」


　ミサトへの返答は、赤木リツコの低い声であった。


「アスカの戦いよ。奪われた自分の男を取り返すためのね」

「じゃ、シンジくんは、大木の別荘にいるの。どうして教えてくれないのよ」


　ミサトがリツコに詰め寄る。


「私が確認したことじゃないわ。アスカが、データーから割り出したんでしょう」

「じゃ、あのジャミングはなに？　諜報部にそんな設備はないはずよ」

「無いなら借りたんでしょ」

「どこから？　」

「さあ、私も知らないわ。アスカから連絡があった訳じゃないから」

「リツコ、あなたねえ」


　ミサトがリツコの胸ぐらに手をやる。
　リツコが寂しそうな表情を浮かべた。


「ミサト、私の首を絞めている暇があったら、することがあるんじゃないの？　あなたの
敵は、私？　それともアスカ？　」

「うっ……」


　ミサトの手から力が抜ける。


「護るべきものを間違えていない？　もう人類全体じゃないのよ。ましてや、ネルフ本部
なんかじゃない。私たちが護らなければいけないのは、シンジ君とアスカ、いえ、これか
らの可能性のある子供たち」


　リツコの声は厳しい。


「わかっているわ」


　ミサトが力無く言い返す。


「いえ、わかっていない。ミサト。いい加減に軍人の教育を忘れなさい。護るべきは人で
あって組織ではないのよ」


　サードインパクト前、リツコは組織ではなく個人にこだわって、子供たちを道具にした。
だが、その個人はすでに亡い。
　一方、ミサトは、父の死の原因となったセカンドインパクトを起こした使徒を恨み、そ
の復讐の武器として子供たちを使役していた。使徒が全滅した今、ミサトはこだわるもの
を失い、ネルフにそれを求めていた。それは、ミサトの中にたたき込まれた軍人としての
教育が原因だった。


「ネルフを失えば、千人からが路頭に迷うのよ」


　ミサトの意見は一種正しい。


「目的と手段をはき違えてはいけないわ、ミサト。シンジ君やアスカはネルフのためにい
るのではない。彼らのためにネルフがあるの」

「…………」

「いい加減に認めなさい。あの子たちは、自分のことは自分で決めるだけの経験を積んだ
わ。私たちは求められれば手助けをする。それだけの存在で良いと言うことをね。ミサト、
あなたはあの二人の保護者なんでしょ」

「大人の都合を押しつけるなっていうこと？　」

「わかっているなら、やるべきことをやりなさい」


　リツコがようやく微笑みを浮かべた。
　一服するほどの間が、二人の間に生まれる。
　柳眉を逆立てていたミサトが、ふっと息を吐くと肩をすくめた。


「１４歳の小娘に男が居て、どうしてあたしのようないい女に居ないのかしらねえ？　」


　ミサトがぼやく。


「お互いの紅い糸が切れたから……」


　リツコがつぶやく。科学者とはいえ、女。リツコが自分の小指に目を落とす。


「しゃあないわね。妹の紅い糸を守りに行ってくるわ」

　ミサトが発令所から出て行った。



　水城一尉がアスカを迎えに来たのは、作戦が始まって４時間が経った午後１０時である。


「ありがとう」


　無言で病室に入ってきた水城一尉にアスカは頭を下げた。


「惣流三佐、わたくしは、今でもお連れするべきではないと考えております」


　水城一尉が口を開いた。
　アスカは、囚われたシンジの救出を見守るために、前線へ行きたいと水城一尉に頼んだ
のだ。


「三佐は、未だに自力で歩くことも難しい状態です。そんな三佐が戦自とアメリカ軍の特
殊部隊が、刃をかわす戦場へ出向かれるなど自殺行為でしかありません……」


　水城一尉が、言葉を切った。


「部下として上司をそのようなところに行かせるわけにはいきませんが、女として恋人を
迎えに行きたいという少女の願いを断ることは出来ません」

「水城……」


　アスカが瞳を輝かせる。


「命に代えてもお守りします」

「ありがとう」


　アスカは真摯に頭を下げた。



　大木屋敷内では、アメリカ海軍特殊部隊、アメリカ陸軍特殊部隊から選抜された隊員た
ちが、敷地内に散りながら防衛についていた。


「まだ攻撃してこないな」

「すでに、ジャミングが始まって４時間になるぞ」

「油断するな。じらしているだけだ」


　本命のシンジを閉じこめておくために、ここにはジョージア以下２５名の特殊部隊の人
間が詰めている。もちろん、十分な武器弾薬も備蓄されていた。


「いざとなれば駿河湾に停泊中の、ホーリーメシアから援護が受けられる。向こうもこち
らの異常事態には気づいているはずだ」


　特殊部隊の隊員たちは、遮蔽物の影に身を置きながら、緊張に耐えていた。

　


　発令所をでたミサトは、階段を素早く上って、６階にある仮眠所へと足を向けた。


「作戦部長、どうされましたか？　」


　仮眠室の前で立番していた保安部の生き残りが問うた。


「中の人を出して欲しいのよ」

「えっ、よろしいのですか」


　保安部が驚愕の表情を見せる。


「人手不足だから。猫の手も借りたいのよ」


　ミサトが肩をすくめた。


「しかし……」

「作戦本部長権限で釈放させます」


　ミサトの剣幕に解体寸前の保安部は、抵抗することなく身を退く。


「さて、お手伝いしてくれるかしら？　」


　仮眠室の鍵がはずされ、扉が開かれる。


「ネルフのためならお断りします」


　中から帰ってきたのは拒絶だった。


「違うわ。シンジ君とアスカのためよ」


　ミサトの話に姿を見せたのは、中国から送り込まれた呂貞春であった。



　新熱海マリーナを戦自の空挺部隊は５分かからずに制圧した。もちろん死人はおろか怪
我人すら出していない。


「班長、対人警戒システム設置完了しました」


　大木の別荘まで、直線距離で２キロほどのマリーナは、当然ジャミングの傘の下になる。
レーダーのたぐいは一切使用できない。有線式のものを使用するしかないため、警戒でき
る範囲は狭まるが、無いよりはましである。


「絶対に一人で動くな。相手はアメリカ海軍の特殊部隊シールズの猛者連中だ。海の中で
あいつらに勝てる者はいない。こちらから水中戦を仕掛けるなよ。まずは近づけないこと
が目的だ。我々の任務は、足止めだからな」

「了解」

「水面をよく見張れ。オシロスコープの波形の乱れを見逃すな。わずかでも異常を感じた
ら、まず迫撃砲か、ロケットランチャー、手榴弾をお見舞いしてやれ」


　班長の命令は交戦法規も何も無視している。
　不正規戦、世に言うゲリラ戦に宣戦布告は必要ない。


「半水没型ボートか、水中モーターには、それしかない。遠慮はいらん。責任は全て上官
が取ってくれる。ネルフ本部を攻撃するときよりはるかに軍人らしい戦いだ」

「はい。警戒に入ります」


　特殊部隊員たちが、音もなく散っていった。



　二日ほったらかしにされたシンジは、自分の排泄物の匂いに満ちた地下室で膝を抱えて
いた。食事はおろか水分さえも補給していない。


「妙だな」


　シンジが顔をあげた。


「使徒と向かい合ったときのような感じがする」


　全身の体毛がざわつくような感触。シンジが感じているのは殺気である。
　立ちあがって出入り口に向かおうとした、シンジの身体がふらつく。


「ははは、三日ぐらいでこの有様。情けないな。アスカに見せられないや」


　壁に手をついてシンジが小さく笑う。
　小さな豆電球だけしかない部屋は薄暗く、気をつけていないと足下に置かれているいろ
いろなもので蹴躓きかねない。
　きしむような音をたてて、地下室へ通じる蓋が開かれた。


「少年、君はもう少し身体を鍛えた方が良いな」


　籠もる匂いに顔をしかめながらジョージアが階段を降りてくる。


「ここを出たら、毎日走ることにしますよ」


　壁に手をついたままシンジが応える。
　切り返してきたシンジに、ジョージアがちょっと驚いた顔をした。


「男子三日会わざれば、刮目してみよとかいうことわざが、この国に有るそうだが」

「出来れば一生会いたくなかったですよ、あなたにはね」


　シンジが吐き捨てる。


「ふふふ、成長したか。幼児が子供ぐらいにはなったかな」


　嘲笑いながらも、ジョージアの右手には拳銃が握られている。


「外がざわついているようですが、ネルフですか」


　拳銃を見てもシンジはおびえていない。


「気にしなくて良いよ。君には関係なく終わる話だから。合衆国の精鋭が、待ちかまえて
いるのだよ。勝負にならんさ」


　ジョージアがにやりと笑った。


「あと６時間ほどで出発だから。ゆっくり休んでいるが良い。１時間前には迎えに来てあ
げよう。そのままだと、一緒に行く私がたまらないからね。シャワーを浴びて着替えても
らわないとな」


　ジョージアが、階段を上がり始める。


「ああ、そうそう。マリアのことだがね」


　マリアの名前が出た途端、シンジの顔が険しくなった。


「君のことを随分と心配しているよ。なにせ、産まれたときからの幼なじみだからねえ」

「貴様……マリアさんの記憶を変えたな」


　シンジが絶句する。マクリアータという名前が、この男と共通していると思うだけで、
たまらないシンジは、いつのまにかマリアをファーストネームで呼んでいた。


「たいしたことではないよ。君のこと以外は変えていないからね。周囲の人間関係もその
ままだよ。ああ、マリアの生まれ育った場所が、アメリカから第三新東京市になったこと
ぐらいかな」

「なんということを。マリアさんの育ってきた歴史を奪ったのか」


　シンジが真っ赤になって憤慨する。


「船の中で迎える、二人の初めてへのささやかなプレゼントだと思ってくれたまえ。優し
くしてやってくれよ。我が愛娘は、バージンなんだから」


　ジョージアが、あざ笑う。


「許さない、おまえだけは許さない」


　激昂するシンジに、ジョージアが哄笑した。ジョージアの笑い声は、地下室の蓋が閉ま
っても、しばらくシンジの耳から離れなかった。



　最初に戦いが始まったのは、新熱海マリーナである。


「オシロスコープの波長に乱れ、１時の方向、距離２００ｍ」

「グレネードを撃ちこんでやれ。人の家の庭先で好き勝手を許すな」


　分隊指揮官の命令で、グレネードランチャーが目標の海面直前に撃ちこまれた。
　くぐもった爆発音がして、水面が盛り上がる。
　停泊しているボートを遮蔽物代わりにした空挺隊員たちが、付近の水面に銃弾を撃ちこ
む。


「撃ち方やめ。警戒を怠るな」


　指揮官の命令で喧噪に終止符が打たれる。


「あそこに」


　隊員の一人が、水面を指さす。そこに力無く伸びた黒いウエットスーツ姿が、５つ浮い
てきた。


「水中爆発の衝撃波で鼓膜を破られて気を失っているだけだ。油断するな」

「どうします？　」

「引きあげて拘束する。後で証拠になるからな」


　そこへ銃弾が撃ちこまれた。


「第二波です。先ほどの爆発の影響で見つけられませんでした」

「応戦しろ」


　分隊長の命令は、銃声に紛れていく。


「本隊が、子供たちを救出するまで、絶対に上陸させるんじゃないぞ」


　午前０時を回ったところであった。



「飯田指揮官、第三班より連絡。交戦だそうです」


　移動指揮所の飯田一尉に、戦自の隊員が告げる。
　熱海アリーナとは、離れている上に土地の高低差も大きい。音はまったく聞こえてこな
い。


「了解した。さて、そろそろこちらも仕事の時間だ」


　飯田一尉の命で、隊員たちの動きがあわただしくなる。


「グライダー班に出発の用意をさせろ」


　瀬戸曹長率いる１８名が、空から別荘内への侵入をはかるのだ。


「残りは、派手に敵さんの注意を惹いてやれ。やつらの武装には対戦車ミサイルもある。
良いか、地上班の仕事は、空中班が無事に降下するまでの陽動と援護だ。別荘内に侵入し
ようとする必要はない。碇二尉とヤンキー娘の救出も彼らに任せればいい」


　飯田一尉が、指揮所の前に集まった隊員たちに檄を飛ばす。


「いいかしら？　」


　車いすに乗ったままアスカが、声をかけた。


「戦自の皆さん、改めまして。惣流・アスカ・ラングレーです。お互い心に引っかかるも
のは有ると思いますが、お願いします。シンジを助けてください。アイツは、一人で辛い
思いを背負おうとする悪癖があります。使徒戦役、サードインパクトでもアイツが一番哀
しかったはずなんです。でも、アイツは私に笑いかけ続けてくれました。私がそれを拒絶
しても。そんな思いこみの激しいシンジは、目の前であなた方の誰かが撃たれでもしたら、
その罪悪感に耐えきれないでしょう。ですから、必ず生きて帰ってください」


　アスカは、言葉を切る。
　誰もしわぶき一つあげない。静まりかえった聴衆にアスカが続ける。


「シンジが救出できなくても、あなた方の責任ではありません。責めを負うべきは、アメ
リカ、ロシア、日本政府、そしてネルフです。いまだに私たちを道具として扱おうとして
いる連中。私は結果がどのようなものであっても、あなた方に感謝します」


　アスカはじっと隊員一人一人を見つめる。


「瀬戸さん」


　アスカは、整列している空挺隊員の先頭に顔見知りを見つけた。


「はっ」

「こちらへ」


　呼ばれて瀬戸曹長がアスカの車いすの前に立つ。アスカが慎重に立ちあがる。


「女神の祝福を」


　瀬戸曹長の頬にアスカがキスをする。小さな音が真夜中のしじまに響く。


「おおおっっ」


　ざわめきが起こる。


「シンジ以外の男では、初めてです。無駄にしないでください。生きて帰ってきてくれな
いと、私が女神でないということになります」


　アスカは、真剣に言った。


「感激であります」


　瀬戸曹長の声がうわずる。


「野郎ども、いくぞ」


　振り返った瀬戸曹長の叫びに唱和するものが居ない。


「班長だけ、ずるいよなあ」

「ああ、一人いい思いしてな」

「後ろから撃ってやろうか」


　物騒な声まで聞こえる。


「おまえらなあ」


　瀬戸曹長が、怒りの声をあげようとしたのをアスカが制した。


「作戦が終わって、皆さん全員でここに再び集まることが出来たら、女神のお礼を頬にさ
せていただきますから」

「うおおおおお。紅の稲妻のキスだとよ」

「殺されても生きて帰ってくるぞ」


　隊員たちの志気が一気に上がる。


「わたくしにも頂戴できるのでしょうね」


　飯田一尉が訊く。


「アンタはだめ。ユリア曹長に殺されるわよ」

「だったら、惣流三佐も碇二尉に怒られますよ」


　アスカの背後から水城一尉が声をかける。


「そうなのよねえ。あいつったら、嫉妬深いからさ」

「でしたら、私が、碇二尉にお帰りのキスを……」


　水城一尉は最後まで言えなかった。アスカがもの凄い悲鳴をあげたのだ。


「それは駄目ぇ」


　１４歳の少女らしい嫉妬は、全員の雰囲気をさらに良くした。


「では、女神さま、行って参ります」


　コンバットブーツの踵をならして、戦士たちが出撃していった。



　０１００時。



「第一分隊、あの二階のベランダにいる連中を黙らせろ。あそこから重機関銃を撃たれて
は動きが取れない」

「第二分隊、側面を抑えろ。敵を出すな」


　別荘を取り囲んだ空挺部隊が一斉に攻撃を始める。別荘への交通路は車一台がやっと通
れるほどしかない。戦車や装甲車などの車両は持ち込めない。


「弾丸の消費は気にするな。腐るほど予備はある」


　飯田一尉の命令で始まった戦いは、凄まじい音を辺りにまき散らす。


「反撃来ます」

「対戦車ミサイルです」

「伏せろ」


　大きく切り開かれ、遮蔽物のない正門前は、苦戦していた。



「来やがったぞ。歓迎の花火を上げてやれ」


　中ではアメリカの精鋭たちが、応戦にでる。
　だが、７時間にわたる緊張のために、ほんの０．５秒ほどだが、普段より反応が遅れた。
それは、二階のベランダが一発の弾丸も撃つ前に壊滅するという事態を招いた。


「重機沈黙」

「ちっ。まずったな。よし、対戦車ミサイルをありったけ、撃ちこんでやれ」


　歩兵携行型対戦車ミサイルが、数発目標を求めて奔る。


「いいか、正門は死守しろ」


　アメリカの精鋭たちは、必死に不利を跳ね返そうとしていた。



「迫撃砲、母屋とガレージへの直撃を避けて撃て。５発撃ったら移動しろ」


　攻める側の有利な点は、攻撃する場所と時を選べることである。


「砲撃か、場所を確認。反撃しろ」


　守る側の有利な点は、堅い遮蔽物の中に隠れていると言うことだ。
　正門を挟んでの攻撃は一進一退を続けている。


「村雨と小川が、負傷」

「命に別状はないか？　」

「はい、アーマー越しに喰らっただけです。肋骨を数本持って行かれたようですが」

「下がらせろ」


　飯田一尉は負傷兵を下がらせる。



「ジャックが戦死、トミーが重傷です」


　偶然門扉の内側に落ちた迫撃砲に巻きこまれた二人は、戦力ではなくなった。


「このままでは、じり貧だな。オーパス、三名連れて二階のベランダへあがれ。あそこか
らミサイルを撃ちこむんだ」

「了解、サニー、クローガ、ついてこい」


　母屋に入った三人は、リビングでくつろいでいるジョージアを見つけた。


「指揮官、なにをしているんです？　戦いは始まっているですよ」

「わかっているとも。我が合衆国の勝利の決まっている戦いがね。君たちは、もうちょっ
と頑張ってくれればいい。風が吹きさえすれば、私たちは勝つのだ」


　ジョージアの言うことがわからない。オーパスたちは、あきれたように無言で二階へと
上がっていった。


「そろそろ準備をするかな」


　手にしていたコーヒーカップを置く。


「地上が陽動だと言うことぐらい気づいていないと思っているのかね。これだから、東洋
人は駄目なんだよ。空から援軍が来て、ここの混乱が頂点に達したとき、栄光は私の頭上
に輝くのだ」


　ジョージアは、ゆっくりとガレージへと向かった。



　移動指揮所に戻ったアスカは、飯田一尉が座っていたモニターの前に車いすを置いた。
そこには、現状と別荘の俯瞰図が表示されている。


「大丈夫ですよ」


　黙ってモニターを見ているアスカに水城一尉が声をかける。


「…………」


　アスカは無言のまま、別荘の俯瞰図をいじくっている。真上から見たり、斜めに角度を
変えてみたり、最後は、縮尺を大きくして熱海全体の地図に重ねた。


「気象データーは？　」


　アスカの問いに水城一尉が素早く反応する。


「出します」


　アスカの見ているモニターに気象データーが表示される。


「吹きあげの風、まずい」


　アスカが叫んだ。


「誰かいる？　」

「いえ、もう全員出てます」

「しまった。調査不足だった」


　アスカが苦い声を出す。


「どうされました？　」


　水城一尉が様子の一変したアスカに問うた。


「この別荘には脱出手段がある。それを止めなきゃ」

「えっ」

「無線は？　有線は？　」

「ジャミングで無線は使えません。有線は、新熱海アリーナと新静岡空港だけです」


　水城一尉が首を振った。


「私が行くわ。飯田の所まで連れていって」

「無茶言わないでください。あそこはもう戦場です。車いすの三佐が出向いたりしたら、
格好の的です」

「でも、そうしないとシンジが……」

「シンちゃんがどうするの？　」


　アスカの背中に声がかかる。


「アンタたち……」


　移動指揮所に入ってきたのは、ミサトと呂貞春であった。



　二階へ上がったオーパスたち三人の不幸は続いていた。
　破壊された重機関銃と巻きこまれた仲間の死体に邪魔されて、ミサイルを構えるに貴重
な数分が消費されたのだ。


「ハロー」


　空中から掛けられた声に顔をあげたオーパスたち三人は、二度と喋れなくなった。
　グライダーから舞い降りた空挺部隊の進撃が始まった。
　無音で侵入したグライダーから、空中に飛んだ落下傘兵たちは、反撃の弾を浴びること
なく敷地へと侵入した。


「来たか」


　空挺部隊の降下を見ていたジョージアが、ガレージの扉をしっかりと閉じた。耐爆仕様
になっている。そう簡単に破られることはない。
　ジョージアは、急ぐ振りでもなく地下室の蓋を開けた。


「予定がちょっと変更になったんだよ。碇シンジくん。悪いが、シャワーは我慢してくれ
たまえ」


　降りることなくジョージアが告げる。


「嫌です」


　シンジは拒絶する。


「ほう、なかなか生意気になったね。いいのかな。そんなことを言っても。君も気づいて
いるだろうが、ネルフの攻撃が始まった。なかなか彼らもやるようだ。さて、私は一人で
ここに来た。マリアは何処にいるのかな？　」


　ジョージアが楽しそうに言う。


「マリアさんをどうした？　」

「どうもしていない。マリアは母屋の客室でじっと君を待っているよ。ここにいるとシン
ジ君が迎えに来てくれると伝えたからね。けなげだと思わないか。そう伝えてからは、ず
っと動かないんだよ。水も食事もとらない。トイレ以外で動くことさえしないんだ」

「…………」


　ジョージアの意図がわからないシンジは黙る。


「念のために教えておこうか。マリアのいる部屋は防弾じゃないんだよ。いつ流れ弾が彼
女の身体に当たるかは、神のみがしることだ」

「貴様、マリアさんをすぐに脱出させろ」


　シンジが大声で怒鳴る。


「そんなことをしなくても、君が言うことを聞いてくれれば良いんだよ。簡単なことだ。
上がってきてくれれば説明しよう。そうそう、抵抗しようなんて思うんじゃないよ。私は
君を撃ちたくて撃ちたくてたまらないんだから」


　ジョージアにうながされてシンジは階段を上がった。


「これは……ハンググライダー」

「よく知っていたね。これで不本意だが、僕と君はタンデムでナイトクルージングに出る
ことになる。君と僕がここを無事に出れば、屋敷内にいるアメリカ兵たちは、降伏する手
はずになっている。そうすれば、流れ弾はなくなり、マリアは無事に保護されるわけだ」

「本当だな」

「ここまできて嘘をついても仕方ないだろう。もともとマリアは捨て駒だからな。ネルフ
にくれてやっても惜しくはない」


　捨て駒という言葉にシンジは我慢が出来なかった。
　ジョージアに殴りかかったが、あっさりと倒された。


「少年、少しは客観的に物事を見ることを覚えたらどうだ？　日本人は昔から無謀な戦い
をするのが好きだが、あまりに酷いぞ。ああ、次にこんなことをしたら、抵抗できないよ
うに手足を全部へし折ってやるからそう思え」


　ジョージアが、地面に倒れてうめいているシンジの脇腹を蹴りあげる。


「さっさとしないか。時間がかかればかかるほど、マリアの命は危なくなるんだ」


　ジョージアに急かされて、シンジはうめきながら立ちあがった。


　
　崖に面したガレージの壁がゆっくりと開いていく。それに合わせるように、ガレージの
床が傾いていく。


「走れ、少年」


　ハンググライダーが、動きだした。
　山に向かって噴き上げる風にあおられるようにハンググライダーが、浮いた。


「さらばだ、日本。二度と来ることはないがな。少年、故郷の見納めを……げっ」


　勝ち誇った科白を口にしていたジョージアが、驚愕の声をあげた。
　進行方向に張られたロープにハンググライダーは引っかかって止まった。敷地内の樹木
である。高度があまり無かったことが幸いし、シンジに怪我はない。


「この世の見納めをするのは、あんたよ」


　ロープを張ってある樹の影から出てきたのはミサトである。


「くっ。きさま、葛城ミサト」


　落ちたハンググライダーの中からシンジを盾に、ジョージアがミサトに銃を向ける。


「逃走は失敗ね。当然よ。あんたが喧嘩を売ったのは、ネルフじゃなく、紅い稲妻なのよ。
あんたの手の内なんか、全部お見通し」


　ミサトが嘲笑を浮かべる。


「おのれ、ラングレーめ。アメリカ人でありながら合衆国に逆らうとは」

「あら、アスカからアメリカ国籍を取り上げたのは、大統領だったはずよ」


　ミサトが、馬鹿にした声で言う。


「アスカは、もう日本人なの。なんせ、最愛の男を得た国なんだからね」

「うるさい」


　ジョージアが余裕のない表情で怒鳴った。


「動くな、動くと、こいつを殺す」


　ジョージアがシンジの眉間に銃を突きつける。


「どうやって逃げるつもり？　ご自慢の特殊部隊はもう壊滅状態よ」


　外と中から挟撃された特殊部隊は、抵抗らしい抵抗も出来ずにすでに降伏している。


「私とこの少年を黙って行かせたまえ。なあに、こいつから絞るだけ搾り取ったら返して
やる」

「あら、そんなことアスカが許すはず無いでしょ。シンちゃんの唾液の一滴まで、アスカ
に所有権が設定されているの」


　ミサトが笑った。


「黙れ」


　からかわれたジョージアが銃口をシンジからミサトに向ける。


「シンジ」


　背後から掛けられた声に思わずシンジが振り向こうとする。マリアが、呉貞春とともに
ガレージの扉を開けて、駆けてきていた。シンジを抑えようとジョージアが左手に力を込
めた。銃口が僅かに揺らいだ。
　ミサトが引き金を引いた。
　轟音と共に、ジョージアの眉間に花が咲いた。


「ごめんね」


　同時に、呉貞春がマリアの首筋を打つ。マリアが、くずれるのを呂貞春が支えた。
　呂貞春は、ミサトと一緒に崖を登り、母家の中からマリアを救出していた。マリアも見
知らぬ戦自の兵士ではなく、顔見知りの呂貞春だからこそ、安心してついてきた。



「シンちゃん」


　ミサトが、シンジにこわごわ声をかける。人が傷つくより、自分が傷つくという内罰的
な少年の目の前で人を撃ち殺したのだ。


「ありがとうございます。ミサトさん」


　シンジは、しっかりとした眼でミサトを見つめる。


「大丈夫なの？　」

「ええ。護りたい人がいる。その為に他人を傷つけることもある。それを選んだのは自分
だとようやく気づけましたから」


　少年は、大人への階段を一歩上がっていた。


「シンちゃん」


　感極まったミサトがシンジを抱きしめる。


「良かった、良かったわ。もし、シンちゃんに何かあったらどうしようかと思ったわ」


　ミサトはいつも本気なのだ。シンジを見捨てるといったミサトもミサトなら、こうやっ
てシンジの無事に涙を流せるのもミサト。


「ありがとうございます、お姉さん」


　シンジは、ようやくミサトを本心から許した。


「呉さん、ごめんね」


　シンジは、気を失ったマリアを支えている呉貞春に声をかける。


「いえ。気にしないでください」


　呉貞春が、にっこりと笑う。


「僕がマリアさんを抱きますから、ここから離れませんか？　」


　シンジの提案に二人が首肯する。


「そうね。たぶん、架空の親子でしょうけど、目の前に血まみれになった父親の死体が転
がっているのは、ちょっとね」

「じゃ、中庭も駄目ですね。アメリカ兵の死体が転がってますから」


　呉貞春が首を振った。


「何処が良いですかね」

「外へ出ましょう」


　ミサトの勧めで三人と一人は大木の別荘を出た。



　ジャミングは解かれた。


「リツコ、シンジ君を無事救出したわ。マリア・マクリアータさんもね」


　ミサトが、携帯電話でリツコに連絡する。


「そう、良かったわね。ミサト、今度奢るわ」

「ホント？　やった。思い切り飲むわよ」

「ほどほどにしてね。じゃ、私は用があるから」


　通信をリツコが切る。


「マヤ、ホーリーメシア号に船舶電話をつないで頂戴」


　ＭＡＧＩによる衛星監視で、ホーリーメシア号から特殊部隊隊員が出たのをリツコは確
認している。


「ホーリーメシア号の船長さん？　私はネルフの技術部長の赤木リツコ。なにも言わなく
てもわかると思うけど、今すぐに日本の領海から出なさい。そして、二度と日本の領海に
入らないで。文句を言える立場だと思って？　ああ、念のために言っておくけど、あなた
の船は、海上自衛隊の潜水艦に監視されているから。２時間以内に領海からでないと撃沈
するわ」


　一方的に言うだけ言うと、リツコは電話を置いた。


「残るは、ＥＵだけね。たたみかけるように今、来られたら大変ね。ぼろぼろだもの」

「神に祈りたくなりますね」


　マヤが応じる。


「そうね。でも私たちが祈る神は、破壊を司るだけかもしれないわ。創世の神の連れ合い
には、ふさわしいけど」


　リツコが小さな笑いを浮かべた。



　アスカは焦れている。戦いが終わったとの報告を伝令が伝えてきたにもかかわらず、シ
ンジの姿が見えないのだ。


「水城……」


　アスカは水城の手を握る。


「大丈夫ですよ。すぐに来られますから」


　水城一尉が慰めを口にするが、アスカには聞こえていない。
　車いすの上で腰を浮かせているアスカの視界に人影が入るが、深夜の月明かりしかない
ので、誰だかわからない。


「ア・ス・カ」


　脳天気な声が名前を呼ぶ。


「ミサトか。お呼びじゃないわよ」


　アスカは、落胆を隠さない。


「あらん、だったら、シンちゃんも連れて行っちゃおうかな」


　小走りによってきたミサトが、意地悪なことを言う。


「えっ、シンジ、どこ？　」


　アスカが慌てて周囲に目を向ける。
　残りの人影は、まだ木立のなかだった。


「あそこよ。もっとも一人じゃないけどね」


　ミサトが、いかにも喜んでますと言わんばかりの笑いを浮かべる。


「どういう意味よ……」


　アスカの言葉を抑えるように、シンジが月明かりの下に出た。


「あああああ、シンジ、アンタなにやってんのよ。アタシ以外の女を抱くなんて……」


　アスカは、金切り声をあげる。


「違いますよ、アスカさん」


　呉貞春が、笑いながら事情を説明した。


「うううう」


　でもアスカは不服そうだ。


「ヤンキー娘をシンジが抱いてくる理由は無いじゃない。アタシだってまだお姫様だっこ
して貰ってないのに……うううう」

「あの、アスカ、ごめん」


　目の前に来たシンジが詫びる。


「ううううううう」


　アスカはうなるだけ。


「あのう、アスカ？　アスカさん？　」

「ううううううううううう」


　アスカはじっとシンジを睨みつける。


「碇さん、まずはマリアさんを、寝かせた方が良いと思いますよ」


　水城一尉が、唇をひくつかせながら、アドバイスを出す。


「そ、そうですね」


　シンジはようやく、アスカの怒りの原因に思い至った。
　臨時指揮所奥につくられた野戦衛生所の寝台にマリアを降ろしたシンジが、再びアスカ
の前に立つ。


「アスカ……本当にごめん」


　シンジが心から謝る。


「生きて帰ってきてくれたから、もういい。それよりも抱っこ」


　アスカは両手をシンジに向かって突きだす。


「へっ？　」

「とぼけるんじゃないわよ。他の女は抱けても、アタシは出来ないって言うの？　」


　アスカの声がぐっと低くなる。


「みんなが見ているのに」

「出来ないって言うの」


　アスカの声が最終防衛ラインまで下がる。


「わかったよ。でも、僕、三日お風呂に入っていないから、臭いよ」

「いいの。さっさとする」


　アスカに急かされて、シンジはアスカをお姫様抱っこする。アスカの両手が、シンジの
首にまわされ、ぐっと引き寄せられる。


「本当に、本当に、心配したんだからね」


　涙声でアスカが訴える。


「うん。ごめん」

「罰として、今日、日が昇るまで、アタシを抱っこしてなさい。重いなんて言ってごらん。
ディラックの海へ沈めてやる」

「うん」


　シンジも涙ぐんでいる。
　周囲を囲んでいた、水城一尉、ミサト、呉貞春も涙を浮かべている。


「キスしてよ。三日間も一人で寂しかったんだから。こういうことを女に言わせないのが、
いい男なのよ」


　アスカは、ため息をつく。


「ごめん。でも歯も磨いてないから」


「アンタ馬鹿ぁ？　アタシはアンタが腐乱死体になっていてもキスするわ。アンタは嫌な
の？　」

「そんなことない。僕だってアスカが白骨になったって、気にしない」


　シンジが、強くアスカを抱きしめ、唇を合わせる。


「似たもの夫婦とはよく言ったものね」


　ミサトがあきれて、天を仰いだ。


「あらっ？　」


　唇を離したアスカが、シンジの胸の辺りに鼻を寄せて、匂いを嗅ぐ。


「このラベンダーの香りは………」


　アスカの両手に力が入る。シンジの首が絞まる。


「く、苦しいよ、アスカ」

「アンタ、ミサトに抱きついたわね。このスケベ。病気でやつれたアタシに対する嫌み？
あのでかい乳に埋もれたのね。あああん、悔しい。男ってどうしてこう、身体にしか興味
がないのかしら」


　アスカの嫉妬が爆発した。


「僕からじゃないって、ミサトさんが……。ミサトさん、説明してください……って、ミ
サトさん？　」


　シンジが気づいたときには、ミサトは逃走した後だった。


「アンタが浮気したんだから、アタシも浮気してやる」


　アスカは泣きわめく。こうなったアスカを止めるには、たった一つしか方法はない。
　シンジはもう一度唇を寄せながら、囁く。


「違うって、僕は、アスカ以外にそんなことしたいと思わないから」


　シンジの必死の弁解を崩す声がした。


「どういうこと、シンジ。幼なじみのアタシじゃなくて、そんな気の強い女を選ぶの？　」


　見ると意識が回復したマリアが背後に立っている。


「マクリアータさん」

「シンジ、やはりアタシのこと捨てるのね。昨日までマリアって呼び捨てにしてくれてい
たのに」


　マリアが哀しそうな顔をする。植え付けられた記憶には、昨日まで一緒に過ごしたとあ
るらしい。


「シンジ、説明して欲しいんだけど」


　アスカの声が地獄の重さを運んでくる。


「だから、これは、アメリカの記憶操作で………」

「あたし、あきらめない。１４年も一緒にいたんだもの。シンジのこと忘れられない」


　マリアが、アスカを睨みつける。


「宣戦布告よ。あたしのシンジを奪おうたって、そうはいかないわ。あなたを選んだのは、
シンジの一時の気の迷いよ」

「上等じゃない。アタシとシンジの間には、余人のはいる隙間なんて無いの」


　アスカが、受けて立つと言わんばかりに指を突きつける。


「それにしても、シンジ。ミサトだけじゃなくて、ヤンキー娘にも手を出していたのね。
この分じゃ、ロシアの乳女も妖しいわね。まさか、フランス娘にも……」


　アスカが、ぎりぎりとシンジを責める。


「何股やったら気が済むの？　」


　アスカが、一気にシンジの首を締め上げる。


「だ、誰か、僕に優しくしてよ」


　シンジが、気を失った。





　無事に作戦が成功して一週間、シンジは大汗をかいて走り回っていた。
　アスカから罰として空挺部隊三個小隊分の料理をつくらされたのだ。それも５種類も。


「いいなあ、ネルフは、こんなうまい飯が食えて」

「転職しようか」


　ネルフの社員食堂で開かれただけに、空挺隊員の一部が誤解したのも無理はない。事実、
この後、ネルフの保安部に空挺隊員が移籍してくることになる。


　
　この日、朝から腕がつるほど料理をさせられたシンジだったが、これだけで罰は終わら
ない。
　怒ったアスカは、シンジにこう言ったのだ。


「１０日間キス禁止」


　アスカにそう命じられたでもシンジには辛いのに、そのシンジの目の前で、アスカは空
挺隊員全員の頬にキスして回ったのだ。


「酷いよ、アスカ」


　泣きながら見ているシンジに、ご相伴に来ていたリツコが冷めた顔で言った。


「無様ね」

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　続く

後書き
　お読み頂き感謝しております。アメリカ編終了です。いよいよ、最終章ＥＵ編に入ります。
かなり間隔が開きましたことをお詫びします。

タヌキ　拝

　タヌキ様の当サイトへの１９作目。
　よしっ。シンジ奪還！
　ま、ヤンキー娘の記憶は厄介だけどね。
　あれって学園アスカのデフォだもん。
　あんなことするんだから、あのアメリカ野郎は正義の鉄槌が下ってと〜ぜんよねっ。
　ミサトもどうやら目が覚めたみたいだし。
　こうなったらＥＵもど〜んと来いって感じ。
　でもやっぱり不安。
　だってアタシにそっくりでしおらしい…う〜ん、アタシがしおらしくないってことじゃないわよ！
　
　ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、タヌキ様。