JUNさまの名作、『碇シンジの修行時代』とは全く関係ございません。
 ただの馬鹿話です。石を投げないでください。
 

 

惣流・アスカ・ラングレー

の修業時代

 


 

タヌキ        2004.07.20

 

 






 サードインパクトは起こった。人類は一度LCLの海に溶けたが、リリスの力を借りた
碇シンジの願いによって、人は再び群体としての形を取り戻した。
 神に等しい力を持ったとはいえ、14歳のいじめられっ子、碇シンジは、自分を嫌う人
間の存在を許さなかった。
 ゼーレの一族、戦自の幹部、日本の閣僚、ネルフの各支部長、そして碇ゲンドウの姿は、
新しい世紀にない。
 
 そして半年、お互いを欲しながら傷つけ合い、罵りあったアスカとシンジの二人は、
心の奥底までさらけ出す醜い争いを病院で繰り広げたが、いつの間にかくっつき、退院後
も同じマンションに住んでいる。もっとも顔ぶれは変わった。



「8年前に言えなかったことを言うよ」

 そう抜かして逃げだした男を追い回し、3ヶ月かけて捕まえた三十路に入ったばかりの
お姉様が、結婚して出ていったのだ。

「あたしの作ったカレーを3ヶ月食べ続けるか、それともあたしと結婚してインスタントを食
べるか、どっちがいい? 」

 余命三ヶ月か、生きる屍として地獄に堕ちるか、選択肢があるようでない言葉に肩を落
とした男は生きながらえる事を望み、第三東京市郊外に農地付き一戸建てを購入し、新婚
生活に入った。


 一部屋空いたコンフォート17マンションで、二人きりの砂糖に蜂蜜がけをしたような
生活が始められると喜んでいた金髪碧眼の美少女は、どう料理してくれようかと獲物を前
に舌なめずりをしたが、味見さえするまもなく愕然とすることになる。


「なんで、アンタがここにいるのよ」


 春休み最後の日、ゆっくりと朝寝を楽しんだ惣流・アスカ・ラングレーは、部屋をでて
すぐに大声をあげた。


「気にしないで」


 あいも変わらず短いセンテンスで応えたのは、綾波レイである。彼女は、アスカの獲物、
おもちゃ、下僕であり、生涯の伴侶となるべき碇シンジと向かい合わせに座ってお茶を飲
んでいた。


「おはよう、アスカ。お風呂わいてるよ」


 アスカの両手がわなわなと震えていることに気づいていないのか、キッチンから顔をだし
たシンジはいつもと変わらない笑顔だ。


「アリガト、じゃないわよ。どうしてここにファーストがいるわけ? まさか、アンタ、
アタシが寝てから、ファーストを連れこんで、あんなことをしたり、こんなことをしても
らったりしたんじゃないでしょうねえ」


 アスカがつかつかとシンジに近づく。ノーブラ、タンクトップにホットパンツ、一時精
神的な原因でやつれたアスカもシンジの看病で元の体型を取り戻している。同年代の少女
を遙かに凌駕するボディが、揺れるさまは思春期まっただ中の男の子にはN2爆雷並の
破壊力をもつ。

 シンジの両目がタンクトップにうっすらとうつる突起に引きつけられた。


「やっぱり、そうなんだ。このエロシンジ。アタシにはなんにもしてくれないくせに」


 アスカの右手が見事なスナップをきかせてシンジの頬をうち、シンジは見事にふきと
んだ。続けて足蹴を喰らわそうとしたアスカをレイが羽交い締めにして止める。


「離しなさいよ、この人形女」

「だめ、碇くんは私がまもるもの」


 暴れるアスカをレイが抑えている間にシンジが復活した。


「アスカ、話ぐらい聞いてよ」

「遺言なら聞いてあげるわ」


 アスカの怒りはまだおさまっていない。シンジはアスカの攻撃が届かない距離をあける。


「綾波は、今日からここに住むんだよ」

「なんで、ファーストが一緒に住むのよ。やっとミサトが出ていったのに」


 アスカの本音がちらりと見えたが、鈍感を彫刻にしてそれを模写して絵にしたような
シンジが気づくはずもない。


「綾波の住んでいたアパートが取り壊されることになったんだよ。それでミサトさんが、
一部屋空いたから一緒に住んで良いわよって許してくれたんだ」

「あの乳だけ女、おのれの幸せは追求したくせに、アタシの幸せは邪魔しようってのね。
今度会ったら只じゃおかないわ」


 アスカの体から目に見えるほどのオーラが上がる。思わずシンジが後ずさった。


「なんで、断らないのよ、シンジ」


 アスカは、とりあえず目の前にいないミサトは後回しにすることにしたようだ。


「断れるわけないじゃないか。綾波は行くところが無いんだよ」


 シンジの声に非難が混じる。

 アスカはしまったと後悔した。シンジがレイに特別な感情を持っていることは知ってい
る。アスカにとって恋敵だが、それを邪険にするようなまねは優しいシンジが嫌う。


「わかったわよ。そんな顔しないで、アタシだけが悪者みたいじゃない」


 アスカはすぐに態度を変えた。ついでにちょっとうつむいて声を小さくすることは忘れ
ない。


「あっ、ゴメン。アスカに前もって言わなかった僕が悪いんだ。いきなりだったから驚い
たんだよね」


 済まなさそうにアスカに近づいたシンジが、そっとアスカの頭を胸に抱く。入院してい
た頃エヴァ量産機に陵辱される夢を見てうなされるアスカをシンジはこうやって落ち着か
せた。殴られようが蹴られようが抱き続けたのだ。以来、アスカが感情を爆発させると
シンジは必ずこうやって慰め、アスカはシンジの存在を堪能し、落ち着きを取りもどす。

 シンジの匂いに包まれながら、その鼓動を聞く。アスカにとって至福の時が始まった。


「だめ、碇くんの胸で泣いて良いのは私」


 まだアスカを羽交い締めにしていたレイが、ぐっとアスカを引き離した。


「なにすんのよ、サードインパクトでシンジが望んだのはアタシ。アタシとシンジは恋人
同士なんだから。シンジの胸はアタシのもの」


 アスカがレイを怒鳴りつける。


「弐号機パイロット、嘘はだめ。碇くんが本当に望んだのは私。リリスの力を失って
崩れていくだけの私を碇くんは人として生き続けるように願ってくれたわ」


 アスカの言葉にレイが斬りかえす。二人の間に火花が散った。


「しんじぃ」

「碇くん」


 二人にじっと睨まれてシンジは硬直した。キングコブラとハブに挟まれたハムスターの
気分がわかったに違いない。


「あ、朝ご飯、冷めちゃったね。おみそ汁あたためなおさなきゃ」


 そう言って背中を向けたシンジの口から逃げなきゃ駄目だ、逃げなきゃ駄目だという小
声が聞こえる。


「逃がすかあ」

「逃がさないわ」


 訓練さえしていないはずの二人のユニゾンアタックを喰らったシンジは、そのまま気を
失い、うやむやのうちにレイの同居が決まった。





 サードインパクトで政府さえ失った日本をネルフは吸収した。新しい内閣は、ネルフの
幹部で構成された。

 総理大臣兼外務大臣兼法務大臣    冬月コウゾウ
 財務大臣兼金融監督庁長官      相田シュウスケ
 文部科学大臣兼厚生労働大臣     赤木リツコ
 国土交通大臣兼国防大臣       加持ミサト
 農林水産大臣兼国家公安委員会委員長 加持リョウジ
 総務大臣兼官房長官         日向マコト
 
 適材適所というのか、第三新東京市に首都を遷都し、内閣を再建したネルフのメンバー
は寝る間もないほどに忙しい。行方不明になった髭色眼鏡のことなど誰も関わっている暇
もない。死んだことにしてしまえという意見もあったが、「葬式するのさえ嫌だ」という
意見が続出し、失踪宣言さえだされず、戸籍も放置されたままになっている。
 また、子供たちのことも気にはかかっていながらも誰も手をさしのべないまま、新学年
が始まった。

 第三新東京市立第一中学校、使徒戦役の影響で転校していったものも多く、また逆に
新都心へと移ってくるものもあり、新しい3年生となったシンジ、アスカ、レイのクラス
に知人は、洞木ヒカリ、鈴原トウジ、相田ケンスケだけ。

 トウジは失った片足をLCLの海から帰るときに修復している。泣いて謝るシンジに、
「一発殴らな気がすまへんのじゃ」
 とお約束の科白を吐いて、トウジが軽くシンジをこづき、親友たちは抱き合って再会を
喜んだ。

 顔見知りの少ない教室では、シンジは目立たない。人生経験の浅い中学三年生が、シン
ジが心からの笑顔を浮かべるのにどれだけ苦労したかなど気づくわけもない。気の弱そう
なやつ、それが同級生の一致した見方だった。

 三人がエヴァのパイロットであったことを知らないことは良いのだが、アスカとレイが
シンジにべた惚れだというのも知らない。

 始業式の後教室で自己紹介が始まったが、出席番号トップ、綾波レイが立った途端に
教室は興奮の雄叫びに揺れた。蒼銀の髪にルビーの瞳、人を越えたような美しさは、男子
生徒ほとんどの恋心を撃ち抜いた。

「綾波レイ」

 愛想もこそも無い名前だけだったが、騒ぎはおさまらなず、続いてシンジが立ってしゃ
べったが誰も聞いていない。
 シンジの自己紹介が聞こえないことにアスカの眉間がひくついたが、気配を感じたシン
ジに目で諭されてぐっと我慢した。
 10人ほど終えて、アスカが登場、白磁の肌、紅茶色の髪、ブルーサファイアの瞳。
女神でさえ嫉妬する美の極致は、綾波レイの攻撃にも耐えた生徒だけでなく、間違いなく
男子全ての脳裏に焼き付く。

「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしくね」

 転校してきたときに見せた笑顔は、破壊力抜群であった。

 ホームルームが終わって、たちまち男子に囲まれるアスカ。
 一緒に帰りませんかというのから、つきあってください、一目惚れしました、運命をあ
なたは信じますか? という怪しいのまで好き勝手なことを言われて黙っていられるはず
もない。にこやかだった顔が般若に変わるのに時間は要らない。


「うっさいわねえ。なんでアタシがあんたたちごときの相手しなきゃなんないの? 」


 アスカの怒声に一瞬にして教室中が静まりかえる。


「始めよった」
「変わらないな」


 トウジとケンスケが顔を見合わして笑う。


「アタシは、頭のてっぺんから足の指先まで、全部シンジのものなんだからね。あんたた
ちの入りこむ隙間なんてこれっぽちもないの」


 中学三年生には、毒な言葉がアスカの口から飛びだす。固まるお子様な男子生徒、女子
生徒。「いやーんな感じ」「ふ、不潔よぉ」と叫ぶ男二人女一人。
 そして、一人真っ赤になってうつむく、アスカの所有者。


「惣流は、やはり男がいたか、こっちで正解だったな」


 レイに群がっていた男たちが素早く我を取り戻し、再びアタックを始める。アスカより
はるかに忍耐力があるレイであるが、たった今アスカのアタシはシンジのもの宣言を聞い
たばかり。やはり、冷静ではいれなかった。


「なぜ、わたしに声をかけるの? わからないわ。わたしは碇くんのためにだけ存在して
いるというのに」


 感情を出さずに淡々と言うレイの言葉は、じわじわと教室を浸食していく。
 再び「もの凄くいやーんな感じ」「二人同時になんて、とっても、ふ、不潔よぉぉ」と
身もだえして叫ぶ男二人、女一人。
 世間に顔向けができないとばかりに机の下に隠れてしまう、レイの存在理由。


「シンジって、誰だ? 」

「碇ってどいつだ? 」


 せっかく同じクラスになれた、間違いなく日本を代表する美少女二人がすでに売約済み
であったことへの悔しさをこめて、クラスを見回すが、誰もその二つの名前を足さない。
 誰もその名前が、そう、自己紹介したことさえ忘れられている気弱な少年が14年前
から使っているものだとは気づかない。


「ああ、うっとうしい」


 さっとアスカが立ちあがった。つかつかと机の下に避難しているシンジに歩み寄ると、左
手をぐっと引っ張る。


「なにやってんのよ。アンタはアタシが選んだ男なんだから、堂々としてなさい」

「うん」


 あの戦いの後、それこそ殺し合ってもおかしくないほどお互いを憎み、そして許した。
出会って一年足らずだが、他の恋人たちが一生かかっても経験できない濃い期間を過ごし
たシンジとアスカである。余人の入れない雰囲気をまとっている。


「ごめん、恥ずかしかったんだ。だって、女の子とつきあったことなんか無かったから」


 シンジがアスカに謝った。


「あったりまえじゃない。この世界の宝とも言うべき天才美少女、惣流・アスカ・ラングレー
さまを奥さんにできるんだからね、他の女との前科なんか論外よ」


 アスカが見事なボディラインを見せつけるように胸を張る。男子女子関係なく、ため息
が漏れる。


「う、うん」

「帰るわよ。あたしたちの家へ」


 シンジの腕にアスカが腕を絡める。もちろん、自慢の膨らみを押しつけることを忘れて
はいない。


「あいつが、シンジか、あんな冴えないのが? 」


 男子生徒の誰かが、呟いた。きっとアスカが睨みつけ、怒鳴り声をあげる前に、トウジ
が口を開いた。


「おい、シンジのことなにも知らへんくせに、勝手なこと抜かすなや。あいつは、少なく
ともおまえより漢やし、強いで」


 トウジの迫力に男子生徒が黙る。


「さんきゅ」


 アスカがトウジに笑いかけて歩きだそうとする。


「待って、弐号機パイロット。一人だけずるいわ」


 いつの間にかレイが真後ろに立っていた。


「ファースト、足音をたてずに近づくのはやめなさいって言ってるでしょ」


 アスカがびくっとふりかえって、レイに文句を言う。


「碇くん、一緒に帰っていい? 」


 アスカを無視して、シンジの制服の裾を掴んだレイが上目遣いに訊く。


「もちろんだよ、綾波」


 シンジがにこやかに頷く。レイがうれしそうにシンジの右腕を抱えこみ、頬をほんのり
と染める。アルピノという体質が、生み出した透き通るような肌が桜色になって、この世
のものとは思えぬ美しさを醸しだす。うっとりと見る女生徒、呆然とする男子生徒、時の
止まったような空間は、アスカの怒声で崩れ去った。


「ファースト、なに胸押しつけてんのよ。離しなさいよ」


 アスカの目が吊り上がる。 


「弐号機パイロット、あなたが離せばいいの。私は碇くんの妻、腕を組んでいい唯一の異
性」

「かあっ、腹立つわね。シンジ、この妄想女になんとか言ってやりなさいよ」


 アスカの怒りがシンジに向かう。


「碇くん、心配しないで。必ず私が、この赤鬼からあなたを救うから」


 レイがアスカを睨みつける。


「綾波さんが、感情をだしてる」


 洞木ヒカリが、驚いてトウジとケンスケに話しかけた。


「ほんまや。あの綾波が、惣流相手に一歩も引いてないで」

「人形のような綾波もいいが、この綾波もいいな」


 ケンスケが素早くデジカメでレイの顔を撮る。

「碇くんって、あいつか。なんで、あんな女みたいな奴が、惣流と綾波の両方と……。
そうか、弱みを握っているとか、家が大金持ちとかだな」


 どこのクラスにも馬鹿は何人かいるものだ。先ほどトウジに言い聞かされた奴がいたこ
とをころっと忘れて、誰かが憎まれ口を叩く。


「いい加減にして。アスカや綾波さんがそんなどうでもいいことで、彼氏を選ぶと思う?
その程度の頭しかないから、あなたたちには彼女ができないのよ」


 ツインテールの髪型に学則通りの制服、おとなしいイメージのヒカリの口からこれほど
辛辣な科白がでるとは思わなかったのだろう。級友たちが唖然としている。


「帰るわよ」


 アスカに言われて、6人が教室を後にしていく。行列の最後だったケンスケが、教室を
出るときに足を止めて、顔を級友たちに向ける。


「せっかく見知らぬ連中ばかりでおとなしくしようとしていた惣流の歯止めをおまえらが
外したんだ。明日から、覚悟しておいた方が良いぜ」


 ケンスケがウインクして出ていった。

 ケンスケが言ったことがどれほどおそろしいことだったか、級友たちは翌日から身に
しみて知ることとなった。


 腕を組んで登校してくるのはもちろん、顔を見やすいようにとシンジの両脇の席を奪い
取っただけでは済まず、アスカもレイもシンジから授業中といえども目を離さない。
 あまりのことに授業に集中しろとどなった教師もいたが、大学を出ているアスカ、赤木
リツコの暇つぶしに英才教育を施されたレイに太刀打ちできるはずもなく、いまでは触ら
ぬ神にたたりなしと三人を無視して授業は進む。
 休み時間ともなると、アスカはシンジに絶えず話しかけ、レイは無口ながらじっと潤む
目でシンジを見つめる。
 一番の地獄は昼休みである。毎日毎日シンジの膝の上を巡って、赤と白が戦い、勝った
方は膝上に横座りして、シンジの首に両手を巻きつけ、自分では箸さえ使わない。
 そう、新婚さんの特権、「あーん」が行われるのだ。
 赤が勝ったときは、教室にブリザードが吹き荒れ、白が勝ったときは、火山が爆発する。
 もちろん、シンジを巡っての戦いは、それこそ毎日である。レイがシンジの消しゴムを
借りた、アスカがシンジのシャーペンを銜えたという些細なことから、夕食のおかずをど
っちの希望に合わせるかという重要なものまで、争いの原因は尽きることはない。


「ファースト、いい加減にしなさいよ。シンジが優しいからって、いつまでも恋人のつも
りで居るんじゃないわよ」

「弐号機パイロット、あなたこそあきらめて。碇くんが愛しているのは私」


 勇気ある級友がレイにファーストの意味を訊いた事があるが、「そう、たぶん三人目」と
訳のわからないことで煙に巻かれ、アスカに弐号機パイロットとはと問うた奴は、
「あんたには関係ないわよ」と死にそうな目線を投げられて以来、誰も気にしないようにしている。

 人間とは不思議なものである。他人のものとわかっているものほど欲しくなる。
 隣の芝生は青い、隣の奥さんは綺麗という言い回し? もある。
 アスカとレイの靴箱は、毎日専用のごみ箱が居るほどラブレターであふれかえり、シン
ジと離れるトイレへの往復の間に10人以上から告白される。もちろん、シンジしか目に
入らない二人は、全て黙殺しているが、それでは済まない事が起こり始めた。
 シンジにラブレターが届くようになったのだ。それどころか、アスカとレイの隙を見て
告白する女生徒もあらわれた。


「困ったわね」

「ええ」


 シンジの所有権では争うが、一緒に生活するようになって二人きりでは結構話しもする
ようになったアスカとレイは、シンジがキッチンで夕食の用意をしている時間を利用して
話し合っていた。


「やはり、これはシンジとの愛が形になって見えないから、有象無象が近寄ってくるのよ」

「愛の形。それはとてもとても気持ちの良いことなの」


 レイがぽっと頬を染める。


「違うわよ、違ってはないかもしれないけど。でもそんなことしちゃったからって、他人
には見た目でわからないわよ」


 アスカが、ため息をつく。


「あなたもわたしも経験無いわ。ひょっとしたら、変わるかもしれない。だから、私はや
るの。赤木博士も言っていた。わからないことはやってみればいいと」


 レイが立ちあがった。


「さあ、碇くん、わたしと一つになりましょう」

「あんたばかぁ。そんなもん実験しなくてもわかるわよ」


 アスカがレイの手を捕まえて引き戻す。


「私はわからないからしたい。わかっているアスカは碇くんとしたくないのね」

「そんなわけないでしょ。アタシが毎晩どれだけ、部屋のドアが開くのを待っている
と思っているの」


 アスカが自爆する。


「何の話し? 」


 できあがった料理を手にシンジがリビングへとやってきた。


「な、なんでもないわよ。ファースト、ちょっと来なさい」


 アスカはレイを自分の部屋に連れこんだ。後ろ手にドアを閉める。


「しないの? 」

「だあああ、その話から離れなさいよ」


 アスカが頭を振ってレイの話題を脳裏から剥がす。


「では、どうすればいいの? 」

「そうよ、結婚よ。結婚してしまえば、望みがあると誤解している馬鹿からシンジを守れ
るわ」


 アスカが名案とばかりに手を打った。


「そう。私が碇くんの妻になればいいのね」


 レイが恥じらいを見せる。


「殺すわよ。シンジの妻はア・タ・シ。そんな当然のことは、まあ良いとして、困るのは、
法律よねえ」

「何が困るの? 」


 レイがアスカに問う。


「ほんと、あんたってウルトラ馬鹿よねえ。日本の国では男は18歳、女は16歳になら
ないと結婚できないの」


 アスカがあきれたように手を広げた。


「法律を変えればいいのね」


 あっさりとレイが言う。


「そう簡単にいくわけ無いじゃない」

「大丈夫。電話貸して」


 レイはアスカの携帯を借りると電話をかけた。


「綾波レイです。冬月さんをお願いします。……冬月のおじさま、レイです。お願い。結
婚できる年齢を14歳にしてください。……ありがとうございます。冬月のおじさま」


 レイが電話を切った。


「冬月のおじさまって、冬月副司令のこと? 」


 アスカが驚いた顔でレイに訊いた。レイは淡々とした顔で応える。


「そう。そう呼べば、なんでも言うことを聞いてくれるの」

「髭色眼鏡といい、ネルフって、変態に支配されてたのね」


 アスカが呆然と肩を落とした。




 
 そして1週間後、民法が急に改正された。セカンドインパクト、サードインパクトに
よる人口激減への対処として早婚を奨励するという名目で、男女とも14歳で結婚が認め
られたのだ。

 その法律が施行される前日、不意に赤木リツコがコンフォート17にやってきた。


「リツコさん、どうしたんですか? 」


 出むかえたシンジに笑顔を見せて、リツコは三人をリビングに集めた。


「民法が変わったのは知っているわね。アスカとレイの事だから、明日にもシンジくんと
の婚姻届を出すつもりだろうけど、ちょっと待って欲しいの」

「なによ、リツコに反対する権利はないわよ」

「ばあさんは、用済み」


 アスカとレイが、憎々しげにリツコを睨む。


「この色ガキども……まあいいわ。今から言うことは嘘じゃないから、そのつもりで聞い
て頂戴。レイ、あなたはシンジくんと結婚できないわ」


 リツコがレイに言った。


「どうしてあなたは邪魔をするの? 」


 レイの目が赤く輝く。無くなったはずのリリスの力が再発動したのか。


「どういうことなんですか、リツコさん」


 シンジがレイの手を握りしめて落ち着かせようとする。レイの瞳が穏やかに戻った。


「レイ、あなたはシンジくんのおかあさん、ユイさんのクローンなのよ。遺伝子の親子確
率が、99.89%もあるの。法律的には問題なくても遺伝学的に結婚は認められないわ」


 リツコのしゃべる内容の重さにレイもアスカもなにも言えない。


「やっぱりそうですか」


 シンジが小さく呟いた。


「知っていたの? 」


 アスカがシンジに詰め寄る。


「なんとなくそうじゃないかなって思っていたんだ。アスカとは憎しみあったけど、レイ
にはそう言う感情が全く起こらなかった。それにレイはあまりにもかあさんに似すぎてい
て、好きなんだけど、アスカに対する好きとは違う気がしていたんだ」


 シンジが寂しそうな声で言う。


「それをわかっていながらアンタは、レイを……」


 アスカの声に怒りがこもる。


「うん。人として生きていく勇気を持ってくれたレイが感情を手に入れようとしているの
を見守っていきたかったから。二人をだましたことになったね。ゴメン、卑怯だよね」


 アスカの視線にシンジはゆっくりと応え、レイを正面から見て頭を下げた。


「ねえ、駄目なの、私では駄目なの」


 レイが辛そうな声をあげる。リツコが頭をさげた。


「許して。おごり高ぶった大人たちの傲慢さと科学者としてのわたしがやったことを」


 リツコの目から滴が続けて垂れた。
 シンジが涙を流しながらも柔らかい笑みを浮かべてレイを見つめる。


「碇くん。こういうときどういう顔をしたらいいの? 」


 レイが、涙を浮かべながらシンジに訊く。


「泣いていいんだよ」


 シンジの胸にレイがとびこんで大声をあげて泣きじゃくった。


「いまだけ、いまだけ、シンジの胸を貸してあげる」


 アスカはかぼそい声で呟き、自分の部屋へと戻っていった。  





 赤木リツコに連れられてレイはコンフォート17を出ていった。



 二人きりの食事、アスカとシンジにとって楽しいはずの時はながら、話し声一つ無い。
食器が触れる音だけが響く。


「シンジ……」


 アスカが箸を置いた。目の前におかれた食材には一切手がつけられていない。


「シンジ、アタシ、レイとの戦いに勝ったんだよね。でも、ちっとも嬉しくない。ねえ、
寂しいよ、大きな穴が空いたみたいで、心がこぼれていっちゃうよ」


 アスカの両目からぼろぼろと涙がこぼれていく。シンジが席を立ってアスカの後ろから
抱きしめた。


「ゴ、ゴメンね。僕がちゃんと最初から話をしていればアスカにこんな辛い思いはさせな
くて済んだのにね。でも、僕たちのために死ぬとわかっていながらリリスとしての力を放
出してくれた綾波にも人として生きて欲しかった。僕の勝手な思いこみだったのかもしれ
ないけど」

「違うの、シンジは悪くない。アタシがちゃんと気づかなければいけなかったの。だって、
シンジは病院でアタシを抱きしめて好きって言ってくれたもの。アタシの傍に一生居るっ
て約束してくれたのに……レイにシンジを取られるんじゃないかって、焼き餅焼いて、
レイにずいぶんきつくあたってしまった」


 アスカが激しく頭を左右に振る。


「ありがとう。やっぱりアスカは優しいね。アスカを好きになってよかった」


 シンジがアスカを抱いている両手に力を入れた。


「ねえ、もう一度言って」


 アスカが細い声でねだる。


「好きです。大好きです。愛してます。一生僕の妻でいてください」


 シンジがしっかりとした声で宣言する。


「絶対に離婚なんてしてやらないんだから。浮気したらコロス」


 アスカが涙声ながらいつもの口調で応える。
 二人の顔が近づく、レイと同居しだしてから初めての口づけであった。

 レイが居なくなって一週間目の土曜日、二人は入籍をすませた。式や披露宴は、中学を
卒業してからにするつもりだが、二人の仲を形にしておきたくなったのだ。



 翌日、二人は初めて一つのベッドで朝を迎えた。



「おはよう、アスカ」

「シンジ、おはよう」


 二人は軽くベッドでキスを交わす。


「ねえ、もうちょっと寝ていていい? まだ、痛くて辛いの」


 アスカが恥ずかしげに目の下までシーツをかぶりながら囁く。


「うん。ゆっくりしてて。朝ご飯の用意ができたら起こしに来るから」


 女だけが背負わなければいけない痛みを我慢してシンジを受け入れたアスカが愛おしく
てたまらないのだろう、シンジが輝くような笑顔を見せる。


「アリガト、愛してるわ、シンジ」


 アスカの言葉に送られて寝室を出たシンジは、リビングに人影を認めて、驚いた。


「わっ」


 シンジの声に甘い余韻に浸っていたアスカも部屋から飛んででてきた。裸にシーツを
巻き付けただけで。


「レ、レイ」


 アスカが目を見張った。渋い留め袖の着物を着たレイがじっとリビングの床に正座して
いた。




「あら、アスカさん、朝からお盛んなことですこと」

「へっ? 」


 レイの口から出たとは思えない言葉にシンジもアスカも口を開けたまま固まる。


「シンジ、あなたもあなたですよ。結婚したのに、夫であるあなたが朝食の用意に起きて、
アスカさんは寝たままとはどういうことですか? 最初から妻を甘やかしてどうするの
です」


 レイが厳しくシンジを叱る。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。ファースト、なんでアンタがシンジのことを呼び捨てに
しているの」


 最初に復帰したのはアスカだ。


「まあ、口の利き方もしらない。下品な。シンジ、こんな女と一緒に居てはおまえが不幸
になります。この私があなたにふさわしい娘さんを探してあげますから、さっさと別れて
しまいなさい」


 レイがシンジに顔を向けた。戸惑っているシンジを尻目にリビングのテーブルを人差し
指でこする。


「まあ、指先が真っ黒。お掃除もまともにできないのですね。まったく、料理は駄目、
掃除もできない。一人前なのは、夜のおつとめだけとは」


 レイがアスカを冷たい目で見る。アスカが絶句した。


「綾波、どういうことなの? 」


 シンジがやっと蘇る。レイの変わりようにとまどっている。


「まあ、母親に向かって綾波なんて、お母さんは、あなたをこんな子に育てた覚えは有り
ませんよ」


 レイが着物のたもとで顔を覆い、泣き真似をする。


「お母さん? 」


 シンジの疑問にレイが、懐から一枚の書類を出した。


「戸籍謄本、えっ」

「見せなさいよ。げっ」


 シンジとアスカが目をむいたままフリーズする。そこには、夫碇ゲンドウ、妻レイと
書かれていた。


「あなたのお父さんと結婚した私は、あなたのお母さんということになります」


 冷静にレイが説明する。


「ど、どういうこと」


 シンジの頭はまだ混乱しているようだ。アスカもなにも言えない。


「妻なら離婚して別れられる。でも親子は永遠の絆。ふっ、弐号機パイロットに碇くんは
渡さない」


 レイがいつものしゃべり方に戻る。


「そのためだけに髭色眼鏡と籍を入れたの? わかってる? アンタの戸籍はもう汚れた
のよ」


 アスカがレイに迫った。


「シンジもシンジよ。どうして髭色眼鏡の死亡届を出しておかないのよ」


 怒りはシンジにも向かう。


「面倒だからほっとけばって言ったのアスカじゃないかあ」


 シンジがアスカに口答えした。


「ちいっ、済んだことを今更言っても仕方ないわ。レイ、アンタ、それで良いの? 」


 アスカが話をごまかす。


「アスカさん、夫の母親にむかってアンタとは、どういうことです? 外国育ちとはいえ、
こういう粗雑な女はシンジの妻にふさわしくありません。私はあなたを碇家の嫁と認めま
せん」


 レイがアスカをにらみつける。こういわれて黙っているアスカではない。


「はん、じゃ、認めさせてやろうじゃない」

「碇家の花嫁修業は厳しいですわよ」

「望むところよ」


 アスカが胸を張った。途端に巻き付けていたシーツが落ちる。全裸のアスカをみて、シ
ンジが真っ赤になる。


「はしたない。いいですか、アスカさん、わたしがあなたを嫁と認めるまで、シンジとの
同衾は禁止します。もちろん、キスも許しません」


 レイが汚らわしそうにアスカを見た。


「ええっ、ファースト横暴よ」


 アスカが抗議の声をあげた。


「私のことは、お義母さまと呼びなさい。さあ、いつまでもみっともない裸体をさらして
いないで、さっさと着替えて朝食を用意しなさい。いいですか、これからわたしもここに
同居してあなたをびしびし鍛えますからね」


 レイが再び同居すると口にする。


「なんで、帰ってくるのよ」

「親子が同じ家に住むのになにが問題があるのです? もちろん、今夜からシンジと私
は同じ寝室で寝ます。いいですね」


 レイがとんでもないことを言いだす。


「アンタばかぁ? そんなことさせないわ」


 アスカがレイのことを思って泣いたことなど忘れ果てたようにののしる。


「シンジは小さい頃母と別れました。ですから母のぬくもりを欲しているのです。そんな
貧弱な胸でシンジを癒せますか」


 レイがそう言ってシンジにとろけるような目を向けた。


「シンジ、今夜からお母さんの胸で眠りにつきなさい。子守歌を歌ってあげるわ」


 胸だけを見ると確かにレイの方が大きい。シンジがレイの裸の胸を掴んだことを思いだ
して、鼻血をだす。


「こらあ、なにを想像した、このスケベ、変態、浮気者」


 アスカがシンジの首を絞める。レイがシンジの体を引き寄せようと引っ張る。


「離しなさい。シンジを殺すつもりですか」


 レイの目が嫉妬で紅く燃えあがる。
 しばらくシンジの奪い合いが続く。彼岸まで行きかけたシンジが、断末魔の悲鳴をあげ
て、やっと解放された。

 シンジを挟んで対立する赤と白。
 レイがアスカを睨みながら宣言した。


「覚悟しなさい、弐号機パイロット」

「あああん、アタシ実家に帰るう」


 アスカの悲鳴がマンションにこだました。





「ところで、綾波、そのしゃべり方どうしたの? 」

「マヤさんに借りたテレビ番組のDVDで練習したの」

「なんていうタイトル? 」

「嫁姑バトルスペシャル」






                               終わり



 

 

後書き
 すいません、別作にレイがでないので、レイをだしたいが為だけに書きました。
 ああ、また管理人さまにご迷惑をかけてしまった。



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 タヌキ様の当サイトへの4作目。
 これは他のシリーズと別の世界よね。
 ミサトがいなくなっていよいよ甘い生活が始まるかと思えば、
 ぬっと出てきたレイ。
 おまけに最後の最後までとんでもないことしてくれて。
 こうなったらとっとと髭親父を死亡申告して、レイを再婚させなきゃね。
 相手見つけないと。
 さて、管理人は冷や汗を流しながら読んでたわよ。
 ここはハーレム禁止なんだから。
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、タヌキ様。

 

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