太陽は気の強い光を浴びせるのを止めて、

今度は穏やかな光を大地に浴びせていた。

風のほうは相変わらず、自由気ままな妖精のように舞っていた。





僕とアスカは放課後、二人そろって行く先もないまま、散歩をした。

いつも僕らは今まで通ったことのない道を選ぶようにして歩くのだけれど、

こうも毎日歩いていると、必然とそういう未知なる道はなくなってしまう。

もしかしたら僕たち、この街で一番の道案内人になれるかもね、

とアスカに言うと、ばっかじゃないの、なんて鼻で笑われてしまった。

でも口元に浮かぶ笑みと僕を見つめる瞳は満更でもなさそうだった。






























 マフラー

 


 

zeus        2004.11.18








































どこまでも深いコバルトブルーの空と急に冷たくなったそよ風を

肌で、目で、楽しみながらアスカとたわいもない会話をする。

そして、そうこうしてる間に家へとたどり着いた。

鍵を開けて玄関に入り、二人で互いに挨拶し合い、リビングへと進む。

リビングに入って壁に掛けられている時計に目をやると、

時刻は6時をすでに回っていた。

僕は急いで夕食を作るために、部屋へ着替えに行く。

途中、アスカにチラリと目線を移すと何やら真剣に貼り付けられた

カレンダーを眺めていた。





家着に着替えてリビングに戻ると、アスカはまだカレンダーを眺めていた。

不思議に思った僕は、声をかけてみると

何か思いつめた表情でこちらに振り向く。

そしてアスカは、


「シンジ、アドヴェント・カレンダーって知ってる?」


と、ポツリと呟いた。

僕はその言葉を聞くのは初めてだったから、

首を振ると、


「じゃあ教えてあげるから、作って」


なんてお願いしてきた。

突然の頼み事に驚く僕であったけど、

落ち込んだ様子のアスカに違和感をもって、断ることが出来なかった。





アスカの話を聞くところによると、アドヴェント・カレンダーとは

ドイツの子供たちが、クリスマスがやってくるのを待ち遠しく、

楽しく待つために作られた、12月の始めから24日までを数える

カレンダーだそうだ。カレンダーには一日一日、窓がついていて

窓の向こうにはクリスマスの絵が描かれている。

中にはお菓子やチョコレートの入ったモノもあるらしい。





アスカはそのチョコレートの入ったカレンダーを作って欲しいみたいだ。

今日は28日だから、頑張れば12月1日には間に合うと思う。

しかしここで一つ問題が生じる。

それは、僕は昔から工作なんて得意なほうではなかった。

そのことを告げるとアスカは、


「いいのよ。別にアンタに完璧を求めたりしないわ。
 たとえ出来が悪くても、一生懸命作ってくれさえすれば、
 わたしはそれで満足よ。だから頑張りなさいよ」


と言って、背中を叩いてきた。

この種の頼みごとは初めての事だったけど、そういう習慣を

今でも継続しているアスカがとても可愛らしくて、僕は俄然とやる気が出た。

無意識に頬が緩んだのだろう、アスカが何ニヤついてんのよ、

とまた叩いてきたが、緩むのは仕方ないことだった。

僕はまた着替えるために部屋へ戻ろうとしたが、


「そういえば、晩御飯はどうする?」


とアスカに聞くと、


「まっ、シンジには苦労させるんだから
 その間くらいは、わたしが作ってあげるわ」


と返された。

……そういや僕はアスカの料理って、食べたことないや。





その後、僕とアスカはそれぞれの目的を果たすため、家を出た。

街のメインストリートから少し離れた場所にある文房具店に入り、

カレンダーに使う材料の選択に四苦八苦する。

そして自分なりの最低限これは必要だろう、と思われる文具を買い込み、

すぐに家に戻った。





靴を脱いでリビングに入ると、キッチンのほうから匂いが漂ってきた。

何を作っているのか、非常に興味があったけど、それと同時に

見たくない気もしたからその時まで我慢することにした。

……本当に我慢であってほしい。





自室に篭って、アドヴェント・カレンダーの形を

アスカから聞いた話だけでどうにかイメージしようとするけれど、

それは工作をしたことの無い僕には重労働だった。

それに普段、こんなに脳を働かせることなんてなかったから、

頭から湯気が出そうな勢いだ。

そうして考えていると、障子の向こうからアスカの呼ぶ声が聞こえた。

……いよいよ、決戦の時が来た。





キッチンに入り、テーブルの上に置かれた料理を恐る恐る見る。

そこには ”キツネ色をした揚げ物” があった。

アスカには気づかれない程度に平常を装い、席に着く。

チラリとアスカを見ると箸に手を付けず、こちらをジッと見ている。

うう、やっぱり僕から先に食べなきゃいけないのか。

緊張しているのがバレないように、出来るだけ自然な仕草で

揚げ物を一つ取る。そしてそのまま、口へと運ぶ。





(ん? これは……トンカツか。

うん、ちゃんと中まで火が通ってて、おいしいや。

でも、それにしては歯ごたえがあるよな)





「どう、シンジ?」


「あのさ、アスカ。これって何の肉?」


「牛肉よ。豚ってさぁ、ただ太ってるだけじゃん。
 それじゃ活が入れるなんて出来ないでしょ。
 だからね、闘志溢れる牛で揚げてみたの。
 どう、力が湧いてくるでしょ?」


アスカは自分の揚げた、トンカツならぬギュウカツを口にしながら笑った。

僕も苦笑いをしつつ、もう一口入れる。


「あれ、そういえば味噌汁とかサラダはないの?」


「えっ? あ、ああ、そう、ね……」


何故かアスカは僕から顔を背けて、明後日の方向を向く。

テーブルの上には、トンカツの皿とご飯の茶碗しか置いてなかった。

ふと、台所に目をやると


「あーーー!!!」


そこには、山のように重なったトンカツがあった。


「何してんだよ、アスカ!?」


「い、いや、別にこんなに沢山作ったって、
 困るわけじゃないでしょ? シンジがこれから
 毎日トンカツ食べて、カレンダー作りに
 精を出ますようにって思ってさ」


「こ、こんなに食べられるわけないだろ!?
 それに全部食べたら、本当に牛になっちゃうよ!」

「大丈夫よ、わたしも一緒に食べてあげるから」

アスカはニコッと笑った。

僕はあんぐりと口を開けたまま、へなへなと腰を下ろす。

そして、もしかしたら今年一番のため息を吐く。

……結局、アスカが食べたかったからなのか。





その晩から作製をしたおかげで、カレンダーは何とか

前日の夜には完成した。出来栄えは予想通りというか、

たいしたモノは作れなかった。

けど、もらったアスカはとても喜んでくれている様子で

ずっとさっきからうつ伏せに寝転がって、それを眺めている。

出来の悪いモノなのに、と思いつつも嬉しさと照れが半々の気分になった。

そして翌日の朝から、ベッドから起き上がるとカレンダーの前に立ち、

開きの悪い小さな窓を開けて、一口サイズのチョコを口の中で

堪能しながら、窓の向こうのクリスマスの絵を眺めるという日課を始まった。

それと同時期にトンカツ生活という、トンカツとご飯だけの食生活も始まった。





その期間中、ミサトさんにからかわれたり、

ペンペンにチョコを奪われて怒ったり、

なんて微笑ましいことも起こった。

でも僕の中で一番印象に残ったのは、カレンダーを見つめながら、

ときどき悲しそうな横顔をするときだった。





































街に雪が降った。

それを皮切りに街には活気が入り始めた。

商店街の道の真ん中にクリスマスツリーを

歩道の端から端まで並べるように立っていた。

どのツリーにも派手な装飾が施され、

ツリーとツリーの間には色鮮やかなライトが繋げて結んでいた。

ずいぶんと贅沢な気もするが、今まで見てきた

どのツリーよりも綺麗だったので許すことにした。

もちろんツリーの左右を固める店々も負けないように

様々な装飾が施されていた。





わたしとシンジは雪と水で地面を滑りそうだったので

滑りにくいスポーツシューズを履くことにした。

カラーは色違いの赤と黒で。

それと雪が降って寒かったからマフラーも一緒に。

わたしのは、やっぱり赤にしたんだけどシンジは青だった。

マフラーくらい同じにすりゃいいのに……。





本当は軽い程度の散歩のはずだったのに

いつの間にか、いろいろな店を見回ってしまった。

家で待つミサトには悪いと思ったけど、今日はイヴなんだから

仕方ないのだ、と心の中で言い聞かせる。

この日に恋人として過ごせる時間を少しくらい設けても

バチは当たらないと思う。





それにしてもたった2年、常夏の暑さを体験しただけだというのに、

この寒さに耐えられなくなるのは何だか悔しかった。

そんなくだらない考えもしつつ、寒いという事実は永久に変わることはない。

故にわたしは、たまたまわたしの隣をボケっと歩いていたシンジの腕を

カイロ代わりに使う。頭も寒かったから、とりあえずシンジの肩にくっつける。

……やはりこれは効果バツグンだ。





頬に熱を感じて火照っているわたしはシンジの顔をチラリと覗き込む。

シンジもわたしの顔をチラチラと見ながら、何か言いたそうな表情をする。

だてにこの男と3年も付き合ってるわけでなかったから、

何となくわかっていた。

わたしは一つ深呼吸をして、覚悟を決めた。


「あのアドヴェント・カレンダーはね、小さい頃から、
 まだママが生きていた時からやっていたものなの。
 その頃はママとパパとわたし、三人でクリスマスを過ごしてた。
 でもママがエヴァに取り込まれ、パパが愛人のところへ行っちゃって、
 一人ぼっちのクリスマスを迎えるようになったの。
 確かにドイツ支部では皆と一緒にクリスマスを祝ってたけど、
 でもそれは誤魔化しでしかなかった。誰とも上辺だけの
 付き合いだったから、心の底から楽しめたことはなかった。
 その当時からね、わたしはママがいなくなって
 首を吊って死んでしまった事実を認めたくなかった。
 いつかママはわたしの元へ帰ってくるって本気で思ってた。
 だからわたしは毎年、クリスマスイヴが来るまでまで
 アドヴェント・カレンダーをめくりながらママが帰ってくるのを待ったの。
 ママは必ずイヴの夜に、プレゼントを抱えて帰ってるってね。
 まぁ結局、ママはわたしの傍にずっと一緒にいたんだけどね」


休みなしで一気にしゃべったから喉が乾いてしまった。

これは後でシンジにジュースを奢らせてやろう……。





果たしてシンジはこの話を聞いて、どんな反応するのか。

もういちどシンジの顔をチラリと覗いてみると案の定、

情けない顔をしていた。

わたしは小さくため息を吐き、


「確かに悲しい思い出ではあるけど、
 わたしの中ではもう整理がついてんだから。
 だからアンタに話せたし、今では良き思い出よ」


そう言ってやったが、シンジはまだ納得できないのか、難しい顔をする。

まったく、この男は……。


「自惚れるな、ばぁーか」


そう言ってシンジのマフラーを下へ引っ張り、

わたしの唇をアイツの唇へ押し付けてやった。


「これはカレンダーのお礼よ」


ポカンとわたしを見つめるシンジを置いて、わたしは俯きながら先を歩いた。





わたしは大丈夫。

今はもうママはいないけど、アイツがいる。

アイツならどこかへ行ってしまうこともないし、

不器用だけどわたしを大事にしてくれる。

アイツなら……これからのクリスマスイヴ、

待ってやってもいいと思った。








Fin...

 

 



皆さん初めまして、zeusと申す者でございます。
旬ではなく早熟といった感じで、この時期に投稿させて頂いたのですが、
楽しんでもらえたでしょうか? 今回の文体は某氏のを参考にさせて
いただいたのですが、不愉快に思われた方はごめんなさい。
でも、私もこれ大好きなんです(笑)
ジュンさんには一番最初にお世話になったにも関らず、御礼が遅れて
申し訳ありませんでした。
許して?(笑)

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zeus様のサイトはこちら 無の極地

 


 zeus様の当サイトへの1作目。
 この私はなかなかやるじゃない。
 シンジに初めての手料理。
 もちろん他にも作れるのよっ。
 シンジにより美味しいのを食べてもらおうってがんばったから…。
 なんて言わなくてもここで読んでくれてる人にはバレバレよね。
 さぁてこれから毎年アドヴェントカレンダーをシンジに作らせるわよ!
 何しろ何年かしたらそれを楽しみにするのは私一人じゃなくなってるんだもんね。
 碇家の恒例行事にしなくちゃ!
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、zeus様。

 

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