『ねぇ、ママ。
 今年のバレンタインデーはこんな程度だったけど、来年はちゃんと日本流でやり遂げてあげるんだから。
 覚えておいてよね、この一年で絶対に彼を私に夢中にさせるの。
 本当の戦いはこれからなのよ!』

 

 

 

 


2006.03.25         ジュン











 

「あらら、アスカもやるわね」

「な、なんだ。何をした?」

「ふふ、可愛いわよ。教えてあげるわ」

「ああ、頼む。聞かせてくれ」

 マリア・マグダレーネ・ラングレーは夫に微笑みかけた。
 ハインツ・ラングレーはすやすやと眠る次男を胸に抱き、妻の言葉を待つ。

「いい?その日、二人は買い物に行ったの……」





「アンタ、何にするか考えて来た?」

「えっ、アスカが選んでくれるんじゃ…」

 アスカの予想通りの反応だった。
 駅前までやって来て、一番大きなショッピングセンターの玄関に立った時だった。
 シンジが隣に立つアスカの顔を見た瞬間に彼女がずばりと訊いて来たのである。

「何言ってんのよ。アンタがもらったんでしょうが」

「えっ、別に欲しくなかったよ、僕は」

 この答えは予期していなかった。
 不意打ちだった。
 表情に困った。
 
 そこでアスカはいつもの手に出ることにしたのである。
 そっぽを向いて知らぬ顔。
 頬を染めた上に歓んでいる顔など見せられたものではない。
 それでも頭の中ではシンジの言葉がリピート再生され続けている。

「ねぇ、お願いだよ。手伝ってよ。そのために来てくれたんでしょ」

「はっ、誰がっ。アタシは欲しい本があって、暇だし、ケーキ驕ってくれるって話だし。
 ま、どうしてもって言うなら、見てあげるくらいしてあげてもいいわよ。
 ど〜せ、アンタのセンスじゃどうしようもないもの選ぶんだろうしねぇ〜」

 憎まれ口も極まれり。
 シンジから顔を背けてフロアマップを見ている振りをしながらそんなことを嘯く。
 扉のところに立っていた案内嬢が顔をしかめている。
 そしてそんな言葉に笑顔で「助かるよ」と返事する少年の方にも呆れた視線を送っていた。

 アスカはシンジの顔を見ることができないままにずんずんと足を進めていった。
 シンジからのホワイトデーのお返しは何にするか。
 そんなものはもう決めている。
 何しろ2月15日から考えていたのだから。
 基本は消えモノ。
 当たり前である。
 贈られるのはこの自分にではない。
 別の、オ・ン・ナなのだ。
 もっとも彼女たちはアスカが絶対安全圏にいると認定しているからまず一安心。
 だが、焼棒杭に火が点いてはたまらない。
 何と言ってもこの惣流・アスカ・ラングレーが地球上の男どもの中から唯一無二の男として選出したシンジである。
 少し甘い言葉や態度を見せたことで彼女たちがふらふらすることは充分考えられる。
 
 現在、妊娠中の葛城夫人…加持が何故婿養子になったのかは誰にもわからないことだった…彼女だって、シンジにファースト“大人の”キスを仕掛けたのだ。
 そのことを知った時にアスカはつくづく思ったものだ。
 あんな形ではあったが、シンジの唇をあの時点で奪っておいてよかった。
 ともあれ、あれが彼のファーストキスになるのだから。
 
 現在、婚約中の伊吹マヤ…2ヵ月後の青葉夫人もそうだ。
 何がいいのかまったくわからないが、あんなロン毛で変な歌ばかり唄っている男よりもシンジの方が100倍以上魅力たっぷりではないか。
 それに気がついたらどうなる。
 そう考えるとアスカは背筋が震えた。

 現在、妊娠計画中と噂される碇夫人…この呼称方法はアスカは即行で変更した。
 ヒゲグラサン夫人…にしようと思ったのだが、アスカの遠大な計画通りにことが進むと、
 何とこの女性はアスカの義理の母になるではないか。
 ということは、ヒゲグラサンは義理の父。
 ぶるるるる。
 その時、アスカはまだ和解しきれていない父ハインツの容姿を思い出した。
 素晴らしい。世界に冠たるドイツ男性。
 しかし仕方がない。ヒゲグラサンはシンジの父親なのだ。
 彼女は時々夜中にイメージトレーニングに勤しんでいる。
 ヒゲグラサンを思い描いて、彼に語りかけるのだ。
 ようやく最近になって「お父様」と詰まらずに言えるようになってきた。
 10回に一度くらいは。
 このトレーニングは確実に続けられなくてはならない。
 素晴らしく、輝ける未来のために。
 そして、彼をお父様と呼ぶからには、金髪黒眉毛のあの女性はお母様。
 正直、勘弁して欲しいとアスカは思った。
 もっとも呼ばれる方もそうだろう。
 シンジにも“リツコさん”と言わせているのだから。
 ただ、それが曲者である。
 もしかすると、彼女もシンジを狙っているのではなかろうか。
 だからこそそういう呼び名で通しているのではないか。
 妄想は広がり、そしてどんどん曲がっていくばかりである。

 さて、大問題の女が残っている。
 綾波レイ。
 自分から絆だからと身を退いた女。
 アスカは彼女の言う事を100%信用していた。
 戸籍上はともかく遺伝子上は明らかにシンジの肉親。
 アスカは目撃していないが、シンジとミサトは魂の入っていないレイのいれものたちの姿をしっかりと見ている。
 そのことについてシンジはたったの一言だけアスカに話していた。

「綾波は母さんと同じだったんだ。うまく言えないけど」

 確かにまったく説明し切れていない発言だった。
 だが、アスカにはそれで充分だったのである。
 しかし彼女はそれに念を押した。
 ことシンジのことになると彼女は石橋を叩きまくって壊してしまうほどなのだ。

「へぇ、そ〜なんだ。
 まっ、マザコンの馬鹿シンジにとっては嬉しいってことよね。
 ファーストは胸もおっきいしさ」

 アスカはつくづくあの精神崩壊を後悔していた。
 何よりもその時に肉体が痩せ衰えてしまったから。
 悔しいことに健康な時でさえ、レイの方が数センチ胸が大きいと彼女は踏んでいた。
 それがあの入院やサードインパクトのおかげで全盛時よりも1センチ5ミリ、
 実は1センチ8ミリが正しいのだが、バストサイズが縮んでいたのである。
 これにはアスカも慌てた。
 大いに慌ててしまった。
 そして、暴飲暴食、いつもの牛乳パックも1リットルに増やしたのである。
 その結果、肝心のバストが増えずにウェストとヒップの数値がアップした。
 この時のことはマリアへの手紙に詳しく記述されている。
 見たこともないアスカの部屋がマリアに見えるくらいそのイメージが伝わってきたのである。

 湯上りのアスカは牛乳を飲むのが日課である。
 それはコンフォートに住むようになってからかかさず行われてきた。
 ただし、あの頃のようにバスタオルを巻いただけの姿ではない。
 ちゃんとパジャマに着替えていた。
 これはいかなる心境の変化だろうか。
 アスカはマリアへの手紙でこう書いている。
 恥ずかしくなった、と。
 使徒と戦っている時はシンジのことを意識していなかったからああいうことができた。
 挑発するようにバスタオル一枚でシンジの目の前を歩いた。
 今、もしそんなことをすれば足をもつれさせてすってんころりんとこけてしまうだろう。
 さすがに好きだということを意識してしまうと大胆なことができなくなってしまった。
 そんなアスカにマリアは返事をしている。
 男を誘うような娘じゃなくてよかった、と。
 そしてアドバイスもきちんと付け加えた。
 肉体の魅力で深い関係ができたとしてもそれはいつ破綻するかわからない。
 しっかりと心と心で結ばれてから、好きなようにしなさい。
 赤ちゃんはまだ早いけどね、と最後に付け加えられてアスカがどんなに真っ赤になったことか。
 当たり前!ママって酷い!と手紙に書いて、アスカは少し胸を撫で下ろした。
 もしマリアに相談していなければ、切羽詰ってシンジを誘惑していた可能性も否定できない。
 それが彼女に手紙を書いたという事で一種の防波堤の役目ができた。
 確かにマリアの言うことが正しいだろう。
 アスカはシンジのすべてが欲しいのだ。
 身体だけでなく、こころもすべてを。
 さて、上記のような理由からアスカはパジャマを着用している。
 その姿に変わってはいても牛乳を飲むポーズなどはまったく同じであった。
 冷蔵庫から紙パックの牛乳を出してコップに注がずに直接喉に流し込む。
 シンジに行儀が悪いと注意されても知らぬ顔なのも変わらない。
 彼のことが好きだと意識するようになっても180度性格が変わるわけがないのだ。
 寧ろ余計に彼のあきれたような顔を見るのが楽しかったりもする。
 彼女は腰に手をやり紙パックに口をつける。
 角度をつけてぐびぐびっと飲んでいく。
 途中でシンジの様子を窺うことも忘れない。
 もしこっちを見ていたら不敵な視線を返す。
 すると彼は慌てて目線を他に逸らすのだ。
 そして、彼女は一気に500ccの牛乳を体内に取得するのである。
 さてさて、その500ccが倍の1リットルになった。
 バストアップのためならと、アスカは一生懸命に飲んだ。
 だが、量が増えたというのに飲み方を替えようとはしない。
 アスカは基本的に大いに意固地なのだ。
 500ccまではいつものことでまったく問題はない。
 だが、600ccを超えたあたりから肉体から不満の声が上がり始める。
 それを叱咤激励し、アスカは涼しい顔で飲み続ける。
 休憩すればいいものをいつものように一気に飲もうとするのだ。
 当然、本人は涼しい顔をしているつもりなのだが、まわりから…つまりシンジから見ると何とも苦しげに見える。
 何度も彼は「ゆっくりと飲めばいいのに」と声をかけるのだが、その都度アスカは睨みつけ、飲み終わった後に悪罵を放ってしまう。

「途中でやめろって?うっさいわね、アタシはそんな軟弱者じゃないのよ!
 ははぁ〜ん、さては残した牛乳を飲もうってわけぇ?
 間接キスがしたいんでしょっ。ま、仕方ないとは思うけどさ。何しろこのアタシと間接キスなんだからねっ」

 一度、彼女は彼の言うとおりに途中でやめて牛乳を冷蔵庫に戻したことがあった。
 そしてわざと外出したのだ。
 そして内心ワクワクしながら帰宅し、こっそりとチェックした。
 紙パックが持ち上げられると仕掛けていた髪の毛が外れているはず。
 しかし、その髪の毛はしっかりとついたまま。
 アスカは小さな声で「意気地なし」と彼を罵り、そしてまた次の日からムキになって1リットル一気飲みを敢行するようになったのである。

 ここでアスカの知らない重要なことをこっそりとお教えしよう。
 問題のシンジ君がアスカ嬢のことを猛烈に好きだということは、賢明なる読者諸君はよく承知されていることと思う。
 彼はこれまで何度もアスカと間接キスをしてきている。
 いや、アスカに間接キスをさせていたのだ。
 何しろこの家の家事担当は彼。
 アスカが毎日飲んでいる牛乳を購入してくるのは彼の役目なのだ。
 彼は彼女がお風呂に入っている間に冷蔵庫から新品の牛乳パックを取り出す。
 そして、まず念入りにアスカが口をつけるあたりを清潔なハンカチでごしごしと何度も拭く。
 その部分に誰かの…特に男の指が触れているかもしれない。
 一度そんなことを考えてしまうともういけない。
 アスカほど表面には出ないがシンジもまた独占欲の強さは尋常ではないのである。
 しかも表に出さないだけにその暗い情熱は相当なものだ。
 実父のゲンドウを見ればよくわかっていただけると思う。
 シンジは彼の遺伝子を強く受け継いでいるのだ。
 そして、碇ユイの愛する人への盲目的な愛情を注ぐという遺伝子も。
 すなわち、アスカ以外の女には目もくれない。
 そこで彼が何をしたかというと、牛乳パックの口の部分にそっと口づけたのだ。
 満足げな表情でその部分を眺めると、慌てて耳を澄ます。
 お風呂場から微かに水の音。
 安堵の溜息を吐いて、彼は急いで逆サイドにも口づける。
 これで完璧だ。
 どちらサイドを開けても間違いなくアスカはシンジと間接キスをすることになる。
 おお、見よ。
 シンジの邪悪な微笑を。
 しかしそれはゲンドウというよりも最近学校で有名なレイの微笑みにどちらかというと似ている。
 ということはすなわち母譲りというわけ。
 しかし碇シンジという少年の奥は深い。
 その夜、湯上りのアスカが紙パックに直接桃色の唇をつけてぐびぐびと牛乳を飲んでいるその姿を
 彼は表情も変えずにじっと見ているのだ。
 ただ唇が触れた瞬間、瞳が少しだけ輝いたのみで。

「はっ、何見てんのよ!アンタになんかあげないわよっ。
 ああ、わかった。間接キスを狙ってんでしょ!まったく、懲りないヤツね。はんっ」

 飲み終えたアスカがいつもの悪態。
 その悪罵にもシンジは曖昧模糊な笑みで応えるだけ。
 彼としてはアスカに間接キスをさせているのだから満足といえば満足なのだ。
 もちろん、生のアスカの唇とキスしたいことだけは確かだが。

 さて、こういうダークなシンジの部分は生憎アスカが感ずいていないので、
 当然ドイツにも知れ渡ってはいない。
 もし、そんなことがハインツに伝えられれば、シンジは地獄を垣間見ることになったかもしれない。
 もっともそんなことになれば、アスカは父親と和解などまったくできなくなってしまうので、
 ここはアスカ視点の意気地なしシンジということで話を進めようと思う。

 

 
 また、つい10日ほど前のことだ。
 レイが遊びに来た。
 彼女の住んでいた廃墟のような団地は使徒戦により本当に廃墟になってしまっていたので、
 綾波レイは今は碇家に住んでいる。
 当然、その碇家というのはシンジとアスカのいる場所ではなく、
 ゲンドウとリツコの夫婦が新婚生活を送っている新居である。
 新居は新築でそれなりに広い。
 いや、敷地自体がかなり広い。
 庭も広いが、住居の左右にそれぞれ更地があった。
 アスカはミサトとリツコが話しているのを聞いたことがある。

「ねぇ、あれって、2世帯住居用?」

「そうみたいよ」

「あらン、一家の奥様が知らないのぉ?」

 からかうミサトを氷のような視線で射すくめるリツコ。
 当然わかっていて知らぬ振りをしているわけだ。

「へっへ、そういう顔をするって事は未来のベイビー用じゃなくて、
 シンちゃんとレイのためってことね」

 そう言いながら、ミサトは3mほど向こうで耳をダンボにしているアスカの方に笑いかけた。
 
「だって、アスカ。わかったぁ?」

「はんっ」

 条件反射でそっぽを向いてしまったアスカだったが、これでは聞いてましたと白状しているようなものだ。
 そんなアスカに若奥様ならぬ新婚奥様二人が顔を見合わせて微笑みあう。
 リツコはいささか不満なようだが、ゲンドウはシンジとレイがそれぞれ持つ家庭を将来一緒に住まわせたいようだ。
 そんな情報をアスカは早速ドイツの義母に書き記したのである。
 
 国土が狭いのはわかるがやたらと親子で住みたがるのはどうかと思う。
 でも、もし自分に子供ができたら一緒に住みたいと思うのかもしれない。
 ママは私と住みたい?


 私もハインツも大歓迎よ。
 でも、あなたの夫になる人がいやがるんじゃないかしら?


 ママのいじわる。
 夫になってくれなかったらどうしたらいいのよ。

 大丈夫。彼は絶対にアスカと夫婦になるわ。

 ありがとう、ママ。

 などというやりとりが日本とドイツの間で交わされていたのだが、これはここの部分では余談。
 何故ならここではレイのことを語らねばならないからだ。
 綾波レイ。
 実は現在、その名前は芸名と化しているのだ。
 彼女の本名は碇レイ。
 この度、ゲンドウとリツコの婚姻を機に二人の養子となったわけだ。
 だから彼女の正式な名前は碇レイとなる。
 だが、学校では彼女は元の通りに綾波レイで通しているのだ。
 その理由とは何か。

「はは、でも名前で急に呼びにくいなぁ。ずっと綾波って言ってきたから」

「じゃ、これからもそうしなさいよ。うん、それがいいわ。その方が慣れてるんだし」

 横から口を出したのはアスカだった。
 彼女の意図は明らかだ。
 たとえ妹(らしき)であっても、シンジに名前で呼ばせたくない。
 しかもミサトやリツコと違って“さん”付けではなく、“レイ”と呼び捨てになるのだから。
 シンジが呼び捨てにする女性はこの世界中で自分ひとりだけがいい。
 
「ねっ、アンタもいつもの『いかりくん』の方がいいでしょうがっ」

 普通の人間ならあとずさってしまいそうな勢いでアスカがレイに迫る。
 ただし、レイは普通の人間ではない。
 そんな勢いで目の前に燃える青い瞳が迫っているのに、ただじっと考え込んでいる。
 
「お兄ちゃんがいいかも」

 ぼそりと言うレイにアスカは慌てた。
 シンジに妹属性などあるのかどうかまったくわからないが、もしあったなら拙い。
 拙すぎる。
 人間はアダムとイヴの昔から“禁断の”というフレーズに弱いのだ。
 
「それはダメ。だってシンジは綾波ってアンタのことを呼ぶのよ」

 アスカはその呼び名を規定事実として植えつけた。
 さすがに巧妙なテクニックを弄している。
 事実、素直なシンジはこの時点で“綾波”継続を受け入れていたのだ。

「それなのに姓の違うアンタが“お兄ちゃん”じゃあ変じゃない」

 その言葉を聞いてレイはぐっと赤い瞳でアスカを睨みつけた。
 何故ならこの呼び方は今思いついたものではなかったのである。
 そう、たっぷり10日は一人で悩み続けたのだ。
 さすがの彼女もシンジを“碇君”と呼ぶのはおかしいと思っていた。
 では、何と呼ぼう?
 そこで考えついたのが“お兄ちゃん”だった。
 事の発端はリツコの一言。
 
「誕生日はシンジ君の方が先になるのね。レイの方がお姉さんに見えるけど」

 彼女がそう笑った時、レイはピンと来た。
 ならば私は妹ではないか。
 ということは碇シンジはお兄さん。
 レイは思いつくばかりにその呼称方法を羅列してみたのである。
 お兄さん、兄上、兄貴、お兄ちゃん、兄様、マイブラザー、えとせとらえとせとら。
 そして選択したのが“お兄ちゃん”だったのである。
 それだけ考えに考えたのだから、アスカのこの横暴な横槍にむっと来るのが当たり前だ。
 そこで彼女はまさに決定的な一打をアスカに打ち返した。
 
「わかった。じゃ、私は碇君と繋がりがなくなるのね。だったら、碇君と結婚することもでき…」

「いいと思うわっ。うん、お兄ちゃんっていいじゃないっ。ねっ、シンジ、アンタもそう思うでしょっ!」

「え、う、うん。ちょっと恥ずかしいけど」

「何言ってんのよっ!こぉ〜んな可愛い妹がいるのに照れてどうすんのよ!この馬鹿シンジがっ」

 妹の部分に思い切りアクセントを置いてアスカは強調した。
 もっとも彼女がそんなに力まなくてもシンジもレイもお互いを恋愛対象とは微塵も思っていない。
 まさに空回りなのだが、最近頓に感情領域が広がってきたレイは密かにそんなアスカを楽しんでいたりする。
 サードインパクトの後、また綾波レイとして生活を始めて以来、
 他人の行動が面白い、可笑しいと感じるようになったのはアスカを見ていてからだ。
 そういう意味ではアスカという感情の起伏が激しく周囲を喧騒に巻き込むキャラクターが身近にいたことは
 レイにとって幸福だったのかもしれない。
 と、リツコが言っていた。
 そのことをレイは素直に受け入れていたのである。
 この時も“お兄ちゃん”という呼び名がアスカに認められ、胸の奥の方がぽかぽかと温かい気分になった。
 そして、思った。
 これが、嬉しい、のね、と。

「じゃ、お兄ちゃん、で、いいのね」

「あったり前じゃない。誰が反対してたのよ」

 こういう時に「そりゃアンタや」などというツッコミを入れるようなシンジとレイではない。
 レイは勝利に微笑み、シンジは苦笑した。
 さて、だが問題はシンジの呼び名ではなく、レイの呼称方法である。
 世界中でただ一人のシンジから呼び捨てにされる栄誉を他の女に渡したくない。
 
「でも、シンジは“綾波”でいいわよねっ」

「え?でも、お兄ちゃんなのに綾波って言うのは変じゃないかなぁ」

 アスカはぶるんぶるんと首を横に振った。
 
「変じゃないっ。全然、変じゃないっ!」

「そうかなぁ」

「変」

「変じゃないわよっ」

 とは言うものの、やっぱり変だ。
 それはアスカもよくわかっている。
 しかしここは何としても何とかしないといけない。
 レイちゃん、レイちょむ、レイっぺ、レイどん、レイりん、レイてぃー……。
 ダメだ、しっくり来ない。
 
「ねぇ、アスカ、それじゃ、名前でいいんじゃないかなぁ。恥ずかしいけど」

 ピンっ!
 発想の転換が素早いのはアスカならではである。
 行き詰ったからあきらめて他の解決策に飛びついたのではない。
 決して、ない。
 彼女の名誉のためにそういうことにしておこう。
 因みにその後のマリアへの手紙に自分の不甲斐なさに涙が出そうだったと本音を漏らしているのは秘密だ。

「恥ずかしがるからいけないのよ!」

「はい?」

「今、急にできた妹じゃなくて、生まれたときからの兄と妹っ。
 い〜い?アンタとレイは兄と妹っ!実の兄と妹っ!わかる?」

「あ、うん、そういうことになるよね」

 アスカの勢いにまたまた素直にシンジは納得。
 もっと深い絆なのだと主張したかったレイだったが、あることに気付き彼女は矛先を収めることにしたのである。

「嬉しい」

「はっ、そうでしょうよっ。これでアンタはシンジの妹に…」

 ううん、違うと首を横に振るレイ。

「レイって呼んでくれたから」

「はぁ?まだ呼んでないじゃない、馬鹿シンジは」

「アスカ」

 少し頬を赤らめてレイは呟いた。

「何よっ」

「ふふ、私も初めて」

「はあ?」

 アスカは眉間に皺を寄せた。
 レイはいったい何を言っているのか。
 このファーストチルドレンで、命令通りに動く人形のような少女は…。
 彼女は少しだけ俯き加減にアスカに薄く微笑む。

「な、何よっ。変な顔してアタシを見るんじゃないわよ、まったく」

「初めて。名前で呼んでくれたのは」

「へ?嘘…」

 アスカは心もち斜めに視線を上げ、これまでのことを思い起こしていた。
 普通は“アンタ”に“ファースト”。
 機嫌の悪い時には“人形女”である。
 さて、名前で呼んだことがあったか。

「あのさ、ホントになかった?」

「ないわ」

「そうだっけ?」

「私もアスカとは言ってなかった」

「ああ、そうだよね、そういえば」

 なるほどと頷くシンジ。
 しかし、アスカは未だに怪訝な表情であった。
 だが、この時のアスカの頬にはレイほどではないが微かに赤みが差している。
 その通り。
 アスカも気がつき、そして照れていたのである。

 本当にびっくりしちゃった。
 よく考えたら、私はあの子に随分酷いことを言ってきたの。
 もし彼女の出生の秘密を知っていたら、とてもじゃないけどそんなこと言えなかったと思う。
 ああ、でもシンジのことを好きだって感じてたら、やっぱり対抗心を燃やして滅茶苦茶言っていたかも。
 レイとはいい友達になれそうな気がする。
 戦友だから、ね。
 それにシンジを争わなくてもよくなったし。


 アスカ、よかったわね。
 でも、いい友達になれるのは、2番目の方の理由なんでしょう?


 随分と脱線してしまった。
 このようなやりとりの末、シンジとアスカは“レイ”と彼女を呼ぶようになったわけだ。
 しかし、学校の方ではいろいろと手続きが面倒なので“綾波レイ”で通すこととなる。
 高校に進学する時に正式に“碇レイ”と改めるそうだ。
 
 さて、問題はレイの呼び名ではない。
 そのレイが遊びに来た時のことである。

 この日はお泊りとのことで、アスカとレイは仲良くお風呂に入っている。
 不思議かもしれないが、そのことでシンジが妄想をたくましくはしていない。
 何故なら彼にとってレイは妹であり、尚且つ恋するアスカについては彼女がお風呂に入るのは毎日のことだから、
 特にレイと一緒に入浴しているからといって取り立てて男性の本能を駆り立てられるものではなかったのだ。
 そう、寧ろ彼は二人が仲がいいことに安心していた。
 心がほんわかと温かかったのである。
 その彼が一瞬で青ざめたのは二人がお風呂から出てきてからであった。

「こら、馬鹿シンジ。アンタ、何か言うことあるでしょうがっ」

「はい?何を?デザート?」

「アンタ、馬鹿ぁ?」

 彼女は顎でレイを指し示した。
 アスカと同様にパジャマを着て、そのショートヘアは水分を含んで重く見える。

「えっと…なんだろ」

「はぁ…、レイ。こいつはこ〜ゆ〜ヤツなのよ。鈍感で気が利かなくて」

 ふふふと微笑みながらも少し残念そうな表情をするレイ。
 隣のアスカは腕組みをして、そして一生懸命に横目でレイを見ている。
 その二人の間をシンジの視線が何度もターンして泳ぐ。
 
「無理よ、コイツにわかるわけないわ」

「ダメなのね、もう」

「ご、ごめん。えっと、レイが使ったシャンプーはアスカのだとか…」

「なんでわかったのよ…って、あ、そっか、アンタのを使うわけないもんね」

 うんうんと頷くアスカはその匂いをシンジが嗅ぎ分けたとは思いもよらなかったようだ。
 そして、彼女はシンジに気をつかせることを諦めてしまった。 
 決して気が長い方ではないのである。
 
「あのねぇ、女の子を見たらまず顔とか服を見なさいよ」

「あ、うん」

 言われたとおりにしげしげとレイを見るがただそれだけ。
 その様子を見て、アスカは再び天を仰ぐ。

「アンタの大切な妹のパジャマ姿を見たのよ。なんか感想を言いなさいよっ」

「感想?あ、うん、えっと…あれ?」

 適当な言葉が出てこず口ごもってしまうシンジ。
 そんな彼に顔を見合わせて笑うアスカとレイ。
 実に平和な光景。
 問題は、その後だった。

「さあっ、レイ。湯上りにはね、これが一番なのよっ!」

 ぎくっ!
 シンジはいやな予感がした。
 アスカがレイの手を引っ張りながらずんずんと進んでいくのは紛う方もなき冷蔵庫。
 彼のいやな予感はさらに加速度を上げて膨らむ。

「コップに入れて飲むのは邪道っ。いい?こうやって注ぎ口を開けて…」

「わわわわわぁっ!」

 アスカに牛乳パックを手渡されたレイが彼女の言う通りに飲もうとしたその時である。
 奇声とともにシンジが突進してきた。
 その意外な動きに唖然としているアスカの手から牛乳パックをもぎ取ると、そのまま食器棚に駆け寄る。
 そしてガラスコップを取り出し、危なっかしげな手つきで牛乳を注いだ。
 レイはともかくアスカまでが声を失ってシンジの背中を見つめている。
 彼はコップに牛乳をなみなみと注ぐと振り返った。
 真剣な表情でコップをレイに、そして牛乳パックをアスカに差し出す。
 何となくそれぞれの前に突き出されているものを二人は受け取った。

「く、口飲みなんか、だ、駄目だ。女の子なんだから」

「わかった。お兄ちゃん」

 素直に頷くと、レイはコップに唇を寄せる。
 ほっと溜息をつくシンジの意図がどこにあったかはみなさんにはおわかりだろう。
 そう、レイに間接キスをさせたくなかったからだ。
 その日も彼は牛乳パックにキスをしていたのである。

 しかし、そんなことをアスカが知りようもない。
 彼女にわかったのは、レイにはコップで飲ませてアスカには口飲みを許しているということ。
 しかもその理由が「女の子なんだから」。
 つまり、アスカを女の子として思っていないということではないか。

 ママ、懺悔するわ。
 私は悪い子。
 昨日の夜にね、シンジを引っ叩いちゃったの。
 だって、私のことを女の子として見てないって。
 涙が出てくる前に彼の頬をバシンと。
 私、謝りもしなかった。
 そのまま自分の部屋に入っちゃったから。
 でもね、扉を少しだけ開けてそっと立ち聞きしていたら、馬鹿らしくなっちゃった。
 どうしてだと思う?
 彼とレイが私がどうして怒ったのかを悩んでいるのよ。
 それでね、やっと出した二人の結論は、
 私がレイに親切にしていたのにそれをシンジが邪魔したから…だって。
 呆れたというか、そういう考え方もあったんだと、私はようやく気がついたわ。
 そのことに気がつくと無性にそのことに腹が立ってきたの。
 
 
まあ、これって懺悔?
 その割には悪かったって反省はどこにも書かれてなかったように見えるけど。
 私の読み方が悪いのかしら?
 ところで、あなたは大事なことを忘れているように思うの。
 シンジ君は本当にそんなことを考えて牛乳パックを取り上げたのかしら?
 それだけじゃないように思うわ。


 え、あれが理由じゃないの?
 私はシンジに嘘はつけないって思ってたから、てっきり本当にそうだと思ってた。
 でも、いくら考えても他の理由って見つからないわ。
 ねぇ、何だと思う?
 ママ、わかる?
 
 
わかるわけないでしょう。
 その場にいたのならともかく。
 ただはっきり言えるのは、彼があなたのことを好きだということね。
 間違いないわ…って、いつも言っているでしょう?

 だって、自信ないもの…。

 アスカに、そして遥か彼方の地のマリアに、シンジの秘密がわかろうはずもない。
 もっともこの時の騒動が元で彼は牛乳パックにキスをしておくのをやめてしまったのだが。



 さてさて、ようやく話は元に戻る。
 アスカの1リットル牛乳口飲みの件だ。
 幸いにもバストはアップしてくれた。
 1センチ8ミリ。もしかすると6ミリかもしれなかったが。
 だが。
 不幸にもウエストが1センチ9ミリ。おそらくは2センチ7ミリ成長していた。
 これにはアスカはさらに慌てた。
 拙い、拙過ぎる。
 全体的に太ってどうする。
 アスカはすぐさま牛乳の量を元の500ccに戻した。
 だが、それでことが済むわけではない。
 アスカの目的はバストアップなのだ。
 マッサージをすればいいのかとお風呂で揉んでみたが、
 目的と異なる方向に突っ走って行きそうになりこの方法も頓挫。
 結局、しっかり運動もしながら栄養を摂るという消極的な方法をとるしかなかったのである。
 もっとも、その方法がじわりじわりと功を奏しているのではあったが。

 そんなアスカはホワイトデーの買い物にある計画を盛り込んでいたのである。
 題して『こっそりホワイトデーのプレゼントをゲット大作戦』。
 いささか長いが作戦の立案実行者に敬意を表して彼女の付けたタイトルどおりにしておこう。
 
 

 レイたちへのホワイトデーのお返し。
 それは消えものにするとは遥か昔から決めている。
 連中にそんな気持がないとしても後に残るものなど真っ平だ。
 ただ変なものを渡したくもない。
 それがシンジの評価にも繋がってしまうのだから。
 洒落ていて、美味しくて、それでいてそれほど高価に見えないもの。
 これが常夏の日本であればアイスクリームとかのデザート系でよかった。
 今はサードインパクトを越えて地軸が元の状態となり四季が戻った日本である。
 春ってこういう感じだっけ?とミサトがリツコに確認していたのをアスカも聞いたことがある。
 それへの答えは気温はセカンドインパクト以前に比べると…と数値を並べ立てていたわけだが。
 ともあれ要約すると通常の初夏くらいの気温だそうだ。
 つまり少し暖かい程度。
 それでも常夏に慣れた人々には肌寒さを感じる時もある。
 だから冷たいものは避けた方がいい気がする。
 アスカが候補にしているのはビスケットにクッキー、ケーキ、それに和菓子の類だった。
 しかし、あくまで候補にしているだけで決め込んではいない。
 それは何故か。
 どれにするか決めるのにシンジとぶらぶらできるではないか。
 これはデートに見えなくもないではないか。
 かなりアスカとしては謙虚に思っていたが、シンジを筆頭に事情を知らない第三者までがその光景はデート以外の何物でもないと見えていた。
 遥か彼方のドイツにいるマリアどころか、弟のシュレーダーでさえ「アスカお姉ちゃんは彼氏とデートのこと書いてきた?」などと母に尋ねていたりするのだ。
 さてさて、アスカはその計画通りにシンジを引き連れてデパートの地下や名店街などをぐるぐると回る。
 昔のシンジなら間違いなく「疲れたよ、もうどれでもいい」などとぼやいていたところだろう。
 だが、今のシンジはこうしてアスカと一緒に過ごす時間が楽しくてならない。
 だからこそ少々足が疲れてもアスカにしっかりついていく。
 しかしこういう時には幼少の時から教練に明け暮れたアスカとの差は明瞭になってしまう。
 まずシンジの方が先に疲れてしまうのである。
 ところがシンジは弱音を吐くわけにはいかない。
 好きな女の子の前でカッコ悪い真似はできないからだ。
 昔のアスカならそんなシンジの状態に気が付かなかっただろう。
 いや、気が付いたとしても、情けない男だとして軽蔑するか無視するかのどちらかだった。
 でも今のアスカは違う。
 少なくともシンジが疲れていること、そしてそれを彼女に隠そうとしていることはわかるようになった。
 ところが何故隠そうとしているかを誤解している。
 彼女はシンジが単にやせ我慢をしているだけだと確信し、それがアスカへの想いの発露であるなどとは想像だにしていない。
 もし考えたとしても瞬時に打ち消したことだろう。
 何にでも自信満々なアスカの唯一の弱点と言ってもいい。
 愛する気持が深くなればなるほど、その相手に嫌われるのではないかという気持ちがどんどん強くなってくる。
 それなのに、その相手にでさえも弱みを見せたくない。
 言わば矛盾の塊なのだ。
 
「シンジ、喉渇いた。何か飲も」



 いい、アスカ?
 素直に相手のことを心配して動くことができないのなら、
 いっそのこと自分のわがままの所為にしてしかったらどうかしら?
 相手の食べたいものを自分が食べたいって言ったり、
 相手の行きたいところを考えていかにも自分のためにその場所に向うってこと。
 こうすれば、どう言えばいいか悩んでしまってタイミングを外すなんて事がなくなるんじゃない?

 
 ママ、ありがとう!本当にありがとう!
 これなら大丈夫よ!
 自分でもわかってるの。
 私って全然素直じゃない。
 でも、このやり方なら何とかなりそう。
 ううん、何とかしてみせるわ!




「馬鹿シンジ、何かめぼしいのあった?」

「え、アスカが見繕ってくれるんじゃ…」

 シンジはちびりちびりと突いていたアイスクリームをぐっとソーダの中に押し込んでしまった。
 しゅわしゅわっと緑色の泡がグラスの縁に我先にと昇ってくる。

「わっ」

「馬鹿っ。早くっ」

 こういうときのシンジの動きは鈍い。
 というよりも、わけのわからない行動をとることが多い。
 この時も泡を飲もうともせずにその泡をスプーンで掬おうとした。

「ああっ、もう!」

 向こう側から身を乗り出したアスカはグラスに唇をつけた。
 唇を縁に沿ってスライドさせながらずずずと泡を飲んでいく。
 すんでのところで泡の氾濫は防がれた。
 だが、シンジは途惑ってしまった。
 このままクリームソーダを飲んでいいのだろうか。
 あの自分にしかわからない牛乳パックの間接キスなどとは大違いの誰が見ても一目瞭然の間接キス。
 アスカはまったく素知らぬ顔で元の姿勢に戻った。
 ソファーに背中を預け窓の外を見ている。
 そんな真剣な眼差しを送っている先は消費者金融の大きな看板。
 シンジは思った。
 アスカはお金に困っているのだろうか。
 もしかするとドイツは大変なことになっていて彼女は実家に送金しているのではないか。
 毎日牛乳をごくごくと飲んでいるのは、もしかドイツの実家が牧場を経営していて牛乳の消費を増やすという涙ぐましい努力を?
 
「あ、あのさ」

「何よ」

 アスカの視線は窓の外のまま。
 何故なら彼女は平静を装っていたからである。
 クリームソーダの泡をグラスの縁から直接吸ってしまった。

 馬鹿シンジがさっさと対処しないからいけないのよっ。
 ああ…飲んじゃった、アタシ。
 どうしよ、どうしよ、シンジ、汚いとか思ってないでしょうね。
 続きを飲んでくれなかったらどうしよ…。
 飲んだら恥ずかしいけど、でも飲まないってことはアタシのことが…。
 ああぁん、どうしよ、どうしよ、どうしよ。

 うろたえ波打つ心をひた隠しに、アスカはじっと窓の外を見ている振りをしていた。
 
「アスカのお父さんって何の仕事してるの?」

 ずざっ!
 効果音が聞こえてきそうな勢いでアスカは首を前に向けた。
 その勢いに少しだけ身を引いてしまうシンジ。
 
「アタシの…パパ?」

「う、うん」

 訊ねてはいけなかったかと少ししまったと思ってしまった。
 何しろサードインパクトの時にアスカの事情はわかったものの彼女の口からは一切聞いてはいないのだ。
 無意識に視線を外してしまうシンジに彼女は心の中で盛大な溜息を吐いた。
 それは質問してきたシンジにではなく、己自身に。
 
「パパはカーエンジニア。詳しいことは知らないけどね」

 笑顔、笑顔、笑顔よ、アスカ。
 
 彼女は自分を奮い立たせた。
 父親をもう憎んではいない。
 だが彼のことをマリア以外の人間と喋るのは殆どないことだ。
 しかもその相手が愛するシンジなのだから。
 
「あ、そうなんだ。エンジニアって設計とかをするんだよね。凄いなぁ。リツコさんみたい…な…」

「わけないでしょっ。パパをあんな危ないのと一緒にしないでくれるっ」

「あ、危ないって、僕のお母さんになるんだよ」

 二人の視線が真っ向からぶつかった。
 ただし、それは険しいものではなく、家族のことを話題にしている一種の温かさが互いの瞳の中に見られたのである。
 同時に二人は笑顔になった。
 この後、アスカの父親のことは話題にはならなかったが、微妙な緊張感はもうどこにも見受けられない。
 そして、二人とも気がつかなかった。
 シンジがクリームソーダをいつの間にか飲んでいたことを。
 そのことに気づいたのはアスカが先だった。
 シンジの方はトイレに立ち帰ってきてテーブルの上が片付けられていた時にようやく思い出した。
 その時、アスカは座ってはいたがもうデイバックを背負っている。

「ほら、行くわよ、馬鹿シンジ。まだ何も買ってないんだから」

「うん、あれ?」

 勘定書きがない。
 テーブルの上を探しているシンジにアスカはいかにもつまらなそうに吐き捨てた。

「もう払っといたわ。遅いわよ、馬鹿シンジ」

「ごめん、ごちそう様」

「ふんっ、次はアンタが払いなさいよ!」

「あ、うん、わかった」

 次という言葉に嬉しくなるシンジだったが、お芝居に必死なアスカはその笑顔を確認できなかった。
 背中を向けてつんつんとした態度をとっていたのだから。
 その背中に目があれば、シンジの嬉しげな笑みを見ることができたのだが。
 


 結局、ホワイトデーの贈り物はクッキーの詰め合わせとなった。
 そして、アスカはその計画を見事に崩されてしまったのである。
 彼女の予定ではこうだった。
 プレゼントを決める前にあちらこちらの店を二人でうろうろ歩く。
 まず、シンジを巧みに誘導して、何か後に残るものを選ばせる。
 それを彼を巧みに誘導して、自分で代金を払わせる。
 さらに彼を巧みに誘導して、それをアスカに渡させる。
 これでホワイトデーのプレゼントがアスカに手渡されるというわけだ。
 心がこもっていないではないかと言うなかれ。
 今のアスカにはこれで充分なのだ。
 ただし、巧みに誘導する部分が多すぎて、アスカが幾重にも張り巡らせた言葉のトラップにシンジが中々引っかかってくれない。
 いらだち、焦るアスカだったが、プレゼントはもう決まってしまった。
 彼女は半ばあきらめかけていたのだ。
 その時である。

「すみません、このクッキーのセットを5つ下さい」

 放心状態に近かったアスカだが、シンジのその言葉に引っかかった。
 5つ?
 レイ、ミサト、リツコ、マヤ……。
 4つである。
 ということはもう一人プレゼントを渡す女性がいるというわけではないか。
 一気にヒートアップしていくアスカの頭の中でまずヒカリが登場し、血相を変えて否定した。
 
 違う、違う!私じゃない!私は今年から本命以外渡さないことにしたの。す、鈴原以外の男の人にチョコなんて。

 アスカはまず親友を寛大にも釈放した。
 その後ろで恐れおののいているクラスメートたちも我先に自分ではないと申告し始める。
 胡散臭げに彼女たちを睨みつけるアスカだったが、どうも彼女たちでもないようだ。
 その時、ふっと映像が湧いて出てきた。
 アスカ、臨界点突破。
 
「ちょっと、シンジっ」

 さすがにそれでも高級洋菓子店の中で叫ばなかっただけでもまだ理性は残っていたようだ。
 彼の肘を掴んで彼女は囁き声で怒鳴った。
 相変わらず器用なものである。

「アンタ、その5つ目のは誰にあげんのよっ」

「あ、ごめん」

 振り返ったシンジは少しおどおどしていた。

「くわっ、やっぱりっ。あの戦自のスパイ女ねっ。アイツ、こっそり戻ってきてたんだっ。いつの間にっ」

「えっ、ち、違うよ」

 彼女には可哀相だが、今のシンジには完全に過去の思い出の中に生きている少女となっている。
 今の今まで、アスカに問いつめられるまですっかり忘れていたのだ。
 ただ、サードインパクトの時に彼女が生きていることを確認してしまった事実は、シンジを少なからず動揺させたのである。
 その様子がさらにアスカの戦意を攪き立てる。

「何よっ、言い訳なんかしちゃってさ。はっ、まったくアタシもお人よしよね、アイツへのプレゼントを見立ててやってたなんて……」

「これ、アスカにだよっ」

「はっ、何がアスカによ。気安く名前なんて呼んでくれて…へ?アスカ?」

 うん、と大きく頷くシンジ。
 その頬は赤く染まっているのだが、頭の中でそのアスカと言う名前を高速照合中の彼女の目には入っていない。

「うん、アスカ」

「アスカって…、このアスカ?」

 自分の鼻先を指さすアスカ。

「うん、そうだよ」

「でも、アタシ…。アタシ、シンジにあげてない……」

 もしかするとシンジは誤解しているのではないか。
 アスカがバレンタインにチョコを渡したものと思い込んでいるのかもしれない。
 とすると、それは物凄く悲しいことではないか。
 彼女が悲しみの淵に身投げしようかと思っていたとき、シンジは頭を掻きながら言った。

「あ、う、うん。あの…今日のお礼なんだけど」

「あ、なんだ、そういうことか。ふ〜ん、そうなんだ」

 複雑な思いでアスカは了解した。

「あの、お客様。5250円になりますが…」

 二人のやりとりはおずおずと声をかけてきた店員の一言で終わりを告げた。
 




 さて、マリアに書き送ったアスカのホワイトデーの頂き物とはクッキーのことだったのか。
 いや、そうではない。
 肝心な部分はその後だったのである。

「おい、もったいぶらずに先を読んでくれよ」

「待って。喉が渇いちゃった」

「ああ、コーヒーか?紅茶か?それともあの子が送ってくれた日本茶か?」

「あの子じゃなくて、アスカ。名前で呼んであげなさい」

「ああ、わかっているんだが、なかなか」

「なかなかじゃありません。仕方がありませんね。教育しないと」

「コーヒーでいいだろう。少し待ってくれ」

 抱いていた次男をベビーベッドに置き慌てて逃げ去っていった夫を見送り、マリアは椅子から立ち上がった。
 まったく無器用な人だ。
 そして、彼女はベビーベッドの赤ん坊を愛しげに眺める。
 彼はすやすやと眠っていた。

「お前もあの人に似るのかしら」





「ねぇ、シンジ。ガラス玉を売ってるとこ知ってる?」
 
「ガラス玉?」

「うん。色つきの。小さくて丸いの。インテリアショップかなぁ」

「えっと、それってビー玉のこと?」

「び〜だま?何、それ」

「ええっと。確かあれはあそこに。こっちだよ」

 怪訝な顔のアスカにシンジはこっちだと促す。
 名店街のフロアを抜けてファーストフードの店が並ぶ界隈に出る。
 真ん中に噴水の広場を設けそこは吹き抜けになり、
 天気のいい日には天井のドームが稼動し広場に太陽の光が直接入る設計になっているのだ。
 今日は天井が開き気持ちのいい風が入ってきている。
 子供達は噴水の周りの人工のせせらぎで下着姿で走りまわり遊んでいた。
 使徒戦終結の前はここはもっと無機質な空間だった。
 機能的で合理的な場所がこんなにも暖かい気持ちになる。
 平和っていいな、と二人は思った。
 その平和をもたらしたのが自分達であるなどということはすっかり忘れている。
 いや、そんな意識が元々チルドレンたちにはなかったのかもしれない。
 戦っている時はまだしも、普通の中学生に戻ってからは。

「ここだよ」

「えっ、これって何屋さんなの?」

 アスカはその場所を知らなかった。
 言うなれば駄菓子屋さんである。
 もっともシンジもケンスケとトウジに教えられたのだったが。
 ファーストフードの店が立ち並ぶその裏手にその店はあった。
 昭和の時代にあった駄菓子屋とは大きく違い、スペースも広く先を争って選ぶという雰囲気ではない。
 ゆったりと商品は平置きされて小さな子供もにこにこと手にとっておもちゃを見ている。
 
「これって何屋さん?」

「えっ?えっと、新世紀駄菓子屋……さんだって」

「看板くらいアタシにも読めるわよっ。って駄菓子屋って何なのよ」

「はは」

「笑って誤魔化すな。でも…楽しそうね」

 3歳くらいの子供もいれば、シンジたちと同世代のものもいる。
 
「ふ〜ん、お菓子とかおもちゃを売ってんのか」

「うん、安いからそんなに立派なものじゃないけどね」

「でも、面白そうじゃない」

 きょろきょろと商品を見渡す彼女は、目的のものも忘れて通路を歩く。
 そして、すぐに肝心のものが目に入った。

「あっ、これねっ」

 様々な色のビー玉が色ごとにボックスへ入れられている。
 
「うん、これだよ。これがビー玉」

「ふぅ〜ん、まあ、アタシが言ってたのとはちょっと違うけどさ。でも、これで充分よ」

 アスカは青いビー玉の前に蹲った。
 
「あっ、こっちの方がいいかな。ねぇ、シンジ、どっちがいいと思う?」

「えっと、何に使うの?」

 その的を射た質問にアスカは慌てて話をそらす。

「うう〜ん、こっちのつや消しのはよくないわねぇ。まあ、こういう感じのガラス玉を考えてたんだけど」

 いくら鈍感なシンジでもアスカが隠し事をしていることはわかる。
 それにそれは別にいやな感じではない。
 何だか温かい目で見てしまうような雰囲気なのだ。

「青色の?」

「うん、混ぜてもいいかな。こっちの水色のとかコバルトブルーとかも。ああ、でも、あまりごちゃ混ぜにするものねぇ」

 こういうアスカを見ているのは楽しい。

「あのさ、これ量り売りだから、色々選べば?」

「あ、そうなんだ。これに入れるのねっ」

 小さなプラスチックのバケツをむんずと掴むその動きはまだまだ子供である。
 大学を卒業しているとはいえ、まだ14歳なのだ。

「えっと、これ、僕が払ってもいいかな?」

 バケツにビー玉を移していたアスカの背中がぴくんと動く。
 彼女の心臓はばこんばこんと大きな音を立てて連打され始めた。
 これはチャンス。
 大チャンスである。
 彼女は凄い勢いで首を上下に3度も振った。

 アスカは調子に乗った。
 ビー玉だけでなく、福笑いや紙風船、すごろくに得体の知れないゲーム。
 それから飴玉やカレー煎餅などの駄菓子も次々に選んでいく。
 結局はシンジの財布からお札が3枚ほど羽を生やしお店のレジの中に消えていった。
 もっとも千円札だったから彼の被害はそう大きいとはいえない。
 しかも彼は充分納得して払ったのだし。
 
 ビー玉だけはアスカは自分で持った。
 シンジの右手はホワイトデーのプレゼントが入った紙袋。
 左の手には駄菓子やおもちゃがいっぱい入ったビニール袋。
 両手に荷物の彼の目の前をアスカは意気揚々と歩いていく。
 そのリズムに合わせて赤金色の髪の毛が左右に揺れた。
 そしてその髪の毛の間から真っ赤なデイバックがちらちらと姿を覗かせていた。




 
「なんだい?この写真は」

 ハインツは同封されていた写真を手にとってしげしげと眺めた。
 机の上に置かれたガラスのコップ。
 その中には青いビー玉が入っている。

「アスカの戦利品よ。ホワイトデーとやらの」

「クッキーではなかったのか?」

「いいえ。これは、ほら喫茶店のクリームソーダが入っていたグラスなのよ。
 彼が席を立った間に交渉してアスカが買ったの。記念にね」

 お店の人にさっと洗ってもらって新聞で包んでもらったのだ。
 そしてそれは彼女のデイバッグの中に。
 レジのお姉さんはタダでもいいと言ってくれたが、アスカはいくらでもいいから払わせてくださいと頼んだ。
 その様子は紛れもなく恋する乙女の一心不乱に違いない。
 紅茶とクリームソーダで850円。
 千円札でお釣りなしということで商談は成立した。

「ほう、間接キスの記念か。まだまだ子供だな」

 鼻で笑うハインツにマリアは惚けた調子でこう告げたのである。

「あら?あなたはご存じなかったかしら。
 アスカと彼はキスしたことがあるのよ」

「なにぃっ!」

 カールが、ベビーベッドの赤ん坊が、家を揺るがすような父親の叫びに目を覚まし、そして大声で泣き出した。
 妻に叱られハインツは息子を抱き上げ慌てた調子であやすが、そう簡単に泣き止んでくれない。
 困った顔の夫を見て、マリアは楽しそうに笑った。
 キスといっても、ムードも何もないとんでもないキスだったとアスカは教えてくれた。
 あれがファーストキスだなど、残念でたまらない、と。
 ただ、じゃ彼のファーストキスが別の誰かだったらどうなのと返信されて、アスカはすぐに書き返してきた。

 問題ない。私が彼の最初で最後のキスの相手になるのだから。

 そんな断固とした調子にもかかわらず、次の行で早速弱気の虫が顔を覗かせる。

 そうなるように、ママも祈ってね。

「おぉ〜い、頼む。助けてくれよ」

 仕方がないわね、とマリアはハインツから赤ちゃんを受け取る。
 しばらくはむずかっていたが、やがて彼は母の胸で再びすやすやと眠りにつく。

「やはり母親の胸の方がいいのか」

 少し唇を尖らせるその仕草をシンジが見たならアスカとの相似性にすぐに気がついただろう。
 二人を知っているマリアだけがハインツとアスカの親子ならではの似た部分を知っている。
 外見だけでなく、精神的な部分も。

「ああ、そうだ。あなた?」

 マリアは最後においてあった切り札を出す。

「なんだい?」

「封筒の中にカードが入っているから見てくださる?」

「私が見ていいのか」

「ええ、あなた宛だから」

「そうなのかっ」

 巨体をテーブルにダッシュさせるハインツ。
 後のことが予想できるマリアはカールを抱いたまま少し離れる。
 ハインツは突進したもののすぐに封筒の中を見ることができない。
 おそらくアスカもあんな風に逡巡するのだろう。
 彼は封筒を手にして、そして振り返った。

「なあ、私が見ていいのか?本当に」

「あなた宛ですから」

「そうか、そうなのか。それなら私が見ないといけないな。ああ、そうに決まっている」

「ぶつぶつ言ってないでさっさと見なさい。封筒ごと暖炉で燃やしてしまうわよ」

 まるで長男を嗜めるような声音でマリアがぴしりと言う。
 バネに弾かれたようにハインツは封筒の中に指を入れた。
 マリアは赤ん坊を優しく抱きしめる。
 また大声を出されてカールが泣き出されては困るから。
 だが、驚愕の叫びはまるで起こらなかった。
 10秒、20秒。
 彼はじっとカードを見つめていた。
 ハインツは泣いている。
 アスカからのカードを何度も読み返しながら。
 たった一言だけ書かれたカードを。



 バレンタインデーのお返しありがとう。

 アスカ

 パパへ



 言葉ではないが、長い間待ち望んだ娘からの呼びかけ。
 それは胸を熱くさせた。
 歓喜の叫びよりも涙を要求したのである。
 その姿は見ているマリアの涙腺も刺激して。
 ぽつんと雫がカールのふくよかな頬に落ちた。
 赤ん坊は何を思ったか、むにゃむにゃと顔を動かしそして少し微笑んだ。





 アスカにとっては大切な思い出の品となったクリームソーダのガラスコップ。
 もちろん、それを机の上に飾りっぱなしにはできっこない。
 アスカの机には鍵の掛かる引き出しがある。
 いつもはそこに大切にしまわれているのだ。
 ジェリコの壁はもうアスカの心にはまったくないが、未だにシンジは入室禁止だ。
 これは心より肉体が先に結ばれるのはいけないという、マリアの忠告を守っているわけだ。
 だが、開いた扉からこのガラスコップが見えるのは拙い。
 だから、宝物庫に厳重に保管されているのである。
 そして物思いにふけったり、ドイツへの手紙を書く時にそれらはスタンドの隣に飾られる。
 それらと複数形なのは間接キスの思い出の品だけではないからだ。
 一緒に並んで飾られるのはドイツのラングレー家の写真。
 それは最近撮影されたもので長男のシュレーダーは元気一杯に笑い、
 次男で赤ちゃんのカールはマリアの腕に抱かれている。
 何とかカールの表情が見えるが、その愛らしさにアスカは微笑んでしまう。
 そして、彼らの後にハインツが硬さ一杯の引き攣った笑顔で立っている。
 マリアの話ではアスカに送ると言われてこういう表情になったそうだ。
 その写真が飾られている、木製の飾り気の少ない写真立て。
 この写真立てこそがハインツからの贈り物……であると称されていた。
 確かに選んだのは彼である。
 マリアからアスカに送るならどの写真立てがいいかと問われ、これを選んだのだ。
 それをいつの間にか購入し、ギフト包装をしてアスカに贈ったのはマリア。
 バレンタインの後にアスカから家族4人の服のサイズを問われたことを
 ハインツへのメッセージだと了解し、それをバレンタインデーのプレゼントだと受け取ったのである。
 しかし、そのことを伝えても夫は照れているのか自信がないのか、はっきりしない。
 そこでマリアがアスカにハインツからのプレゼントだとこの写真立てを贈ったのだ。
 まったく手のかかる父娘である。
 それでもまた少しだけ前進した。
 いつか二人が笑顔で会話する日が必ず来る。
 マリアはそう信じていた。
 
 


 

「よぉ〜しっ、またアタシの勝ちねっ」

 ぐっと握りこぶしを突き上げる金髪の少女。

「ずるいよ、アスカ。どうして僕ばっかり振り出しに戻すんだよ」

「はんっ、アンタはアタシの後についてくればいいのよっ」

 新世紀駄菓子屋で購入したすごろく。
 3コマ前を進んでいたシンジをアスカが振り出しに戻したのだ。
 勝つのはいつも彼女がシンジに集中攻撃をするために漁夫の利を得て独走するレイだった。

「私、一番。商品貰うわ」

「はいはい、ど〜ぞ。カレー煎餅でも黒棒でもお好きに。さあ、もう一回するわよっ」

「まったく勝つまでするんだもんな、アスカは」

「はんっ、そ〜ゆ〜台詞はアタシに勝ってから言うのねっ」

 惣流・アスカ・ラングレーは不敵に笑った。



 シンジは間違ってるの。
 私が何度もこのゲームをするのは楽しいから。
 レイたちも一緒になって、そして彼とわいわいい言いながら。
 まるで小さな子供みたい。
 だけどそれでもいいと思わない?
 小さい時からずっと張りつめて生きてきたんだから。
 ふふふ、自分で言っちゃいけないよね。
 そうだ、シュレーダーにこのゲームのドイツ語版をつくってあげる。
 でも、ルールの説明をしないといけないわね。
 いつか、きっとそっちに行くわ。
 できれば彼と一緒に。
 そんな日がいつか来ればいいなぁ。
 じゃ、みんなによろしく。

 アスカ

 PS.
 4月になれば私も中学3年生です。
 ただクラス替えがあるそうなの。
 シンジと同じクラスになれるようにママも祈ってね。




 

 

<おわり>


 

 

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<あとがき>

 

 何とか3月中に掲載できました。
 すこし、いや、いつものように長くてすみません。
 レイのあたりの話を書き込みすぎました。
 来月は月末掲載にならないように善処します。


2月のお話(FEBRUAR 2016)

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