この作品は「新薬」の続編です。まずは、「新薬」をお試し下さい。

 

 

 

 私は人生最大の勝負に出る。 シンジに告白するのだ。

 但し、薬の力を借りて……。

 そこんところが、ちょっと情けないんだけど…。

 でも仕方がない。

 自分の性格は自分が一番わかっている。

 大好きな人(もちろん、シンジのことよ!)に「好きよ」なんて、言えるわけないじゃない。

 何度かそれっぽいことを言ったことがあるんだけど、

 あの鈍感大王のシンジ(ごめんねシンジ)が気付いてくれるわけない。

 まあ、こっちも超変化球ばかりだけどさぁ。?  とにかく、薬の力でもいいの!

 

 シンジが私のモノにならないんだったら……。

 地球なんて使徒に滅ぼされてしまったらいい。

 サードインパクトでも何でも起こったらいいのよ。

 ふん!どうせ私はこういう女なのよ。だって、だって……。

 本当のことを言うと、私は使徒に感謝したこともあるの。

 だって、使徒が出てこなけりゃ、シンジにめぐり逢うことができなかったんだもの。

 もしシンジに出逢えなきゃ、

 きっとドイツで「私は天才」なんて片意地張って、ひとりぼっちで寂しく生きていったに違いないわ。

 ああ……。

 シンジ、シンジ、シンジ、シンジ、シンジ!!!

 苦しいよ。

  シンジのことを考えると、息が苦しくなる。

 シンジの姿を見ていると、胸が切なくなる。

  シンジの声を聴いていると、頭がぼぅっとしてくる。

「それが恋なのよ」

  そうヒカリに言われた。

 わかってる。 たぶん、初恋。

  初恋は実らないってクラスメイトが喋ってるのを聞いたけど、そんな淡い恋じゃない。

 私の恋は!生きるか死ぬか、なのよ。

 そうね、今ならハムレットの気持ちがよくわかるわ。

  シンジは…。

 シンジだけが、私を見てくれている。

 私という生身の人間を。

 セカンド・チルドレン、エヴァのパイロット、13才で大学卒業、容姿端麗の天才美少女……、

 そんなレッテルの貼られた、惣流・アスカ・ラングレーという外見の入れ物ではなく。

 それに気付いた時、私の恋は始まっていた。

 

 

 

 

  認  知 〜はじまりの朝〜

 

  Act.0 傘と泥だらけの靴

 

 

 

 

 あれは、2ヶ月前のことだった。

 その日、午後から酷い雨になった。

 例によって無頓着な私は、傘を持ち歩いていない。

 何故かっていうと、ドイツでは常にガードが送り迎えしてくれていたからね。

 日本じゃ表だってガードをしないのにびっくりしたわ。

 やっぱり、ニンジャの国?

 ガードが付いているのは知っているけど、目の当たりにしたことはほとんどない。

 だから、傘とかは自分で考えなきゃいけないんだけど、私は考えない。

 だって、アイツがいるもの。

 今日もきちんと2本、傘を持っていた。

 アイツは微笑んで、私の赤い傘を差し出した。

 左手にはアイツの黒い傘が見える。

 私は赤い傘を礼も言わずにひったくると、さっさと一人で帰宅した。

 アイツは週番。

 別にアイツを待つ義理も人情も、私には全く無い。

 当然よね。アイツはただの同居人。

 便利なヤツだけど、ウジウジしてて、すぐ人の顔色伺って、すぐ謝る、内罰的なヤツ。

 嫌い、嫌い、だ〜い嫌い!

 あ〜!アイツのこと考えてたら、無性に腹が立ってきた。

 私は目の前の水たまりに、思いっ切り右足を踏み込んだ。

 ビシャ!

 当然、靴はびしょ濡れ。

 靴下も泥に汚れた。

 次は左足の番。

 そして、何度もその水たまりで足踏みを続けた。

 靴の中まで濡れて、気持ち悪くなるまで。

 周囲に人はいなかったが、もし誰かが見ていたら、私の気が変になったかと思われていたに違いない。

 自分でも何がしたかったのか、わからなかった。

 ただ一つ、はっきりしていたのは、アイツのせいだということ。

 アイツに苛立って、私はこんな訳のわからないことをしたのだ。

 それだけは了解していた。

 

 その1時間後、マンションの玄関には泥まみれの靴が転がっていた。

 私はというと、熱いシャワーで心身共にリフレッシュして、リビングのソファーで横になっていた。

 頭には髪の毛専用のタオルが巻き付いている。

 どうして、あの時あんなことをしたんだろうか?

 私には自己分析の趣味はないから、深く考えなかった。

 とにかくアイツのことが気に入らなかった。

 またイライラしてきた。

 その時、私は凄く大事なことに気が付いてなかったことを知った。

 アイツが気に入らないなら、どうして私は出ていかないのか?

 ネルフの女子寮はとても快適だと聞いている。

 申請すればすぐに入居できるに違いない。

 わざわざ同居を続ける意味など何処にも存在しない。

 ミサトの家族ごっこに付き合う気持ちは元から無い。

 アイツが便利だから?

 それもNO。

 別に寮でも生活に不便は感じないだろう。

 ドイツでも私は一人だった。

 

 じゃ、何故?

 

 アイツを虐めて楽しい?

 とんでもない。アイツにいくら罵詈雑言を浴びせても、気持ちなんか良くならない。

 むしろ不快感がつのるだけ。

 

 じゃ、何故?

 何故なんだろう?

 

 わからない……。

 私は、両足をソファーの上に上げ、両手で抱え込んだ。

 丸くなった体勢のまま、身体を前後に揺する。

 

 早く帰ってこないかなぁ…、アイツ。

 

  へ?

  私、今、何考えてたの?

 『早く帰ってこないかなぁ…、アイツ』

 な、な、な、何よ、これ!

 無意識に何変なこと考えてるのよ、この私は!

 そ、そうよ。きっと、体調不良。

 アレは終わったばかりだから、風邪かな…。

 あ、わかった。お腹が減ってるから、それでよね。

 今日は罰として、ハンバーグ!

 アイツ、確か豚の生姜焼きって言ってたけど、変更よ、変更!

 で、何の罰だったっけ?

 なんか、私、どんどん馬鹿になってるみたい……。

 きっと、アイツのせいよ。

 アイツとユニゾンの特訓をはじめてからね。

 感染したのよ、アイツの馬鹿が!

 どうしてくれるのよ!バカシンジ!

 私が馬鹿になっちゃったら、地球規模での損失よ。

 きっと、人類は滅亡してしまうわ。

 で、私、何考えてたんだったっけ?

 あ〜っ!もう!

 私、馬鹿!

 

 その時、玄関が開いた音がした。

 

 

「ただいま…」

 

 

 

 

 

 

 

 

認  知  〜はじまりの朝〜

  

Act.0 傘と泥だらけの靴

 

− 終 −

 

 

「認知」Act.1へ続く