もう一度ジュウシマツを

 

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「さよならとこんにちは」


 

こめどころ       2004.4.17(発表)5.17(修正版掲載)

 

 

 

ジュウシマツが増えすぎたので、クラスでもらってくれる人を募集することになった。
最初は十姉妹あげますって、マジックで書いただけだったので欲しがる人は誰もいな
かった。一人だけ十姉妹って何?と聞いてきた人がいたが、小鳥だというとがっかり
した様子だった。一体なんだと想像してたんだろう。

「お兄ちゃん、十姉妹あげますだけじゃ駄目だよ。やっぱり目に訴えかけなくちゃ。」

レイは生意気な口調でそういうと自分の作った小さなポスターを見せてくれた。
飾り文字に、少女漫画みたいな目をした小鳥が指に留まって女の子とキスをしている。
そんな絵だった。

「なんだよこれ、…お芝居の広告じゃないんだから。」

「そう?結構人気だったんだよ、倉持さんと神戸さんが貰ってくれそうなんだ。」

「それって、レイが思いついたの?」

「お友達のアイデアだけどね。写真を引き伸ばしてもいいよね。」

「うん、まぁパソコンがあるんだから簡単に出来るよ。デジタルの写真があるだろ?」

そう言いながらも、ビジュアルに訴えるのはいい作戦だと思った僕は、今までに撮った
小鳥たちの写真を取り込んでポスターを作製した。小さい頃のレイの頭に3羽の十姉妹が
乗って、動くに動けないレイが目を×にして叫んでいる写真。小鳥たちがきょとんとして
いるだけに、真剣に泣きそうになっているレイとの対比が笑える。中々可愛い写真だし。
と、兄馬鹿と影でからかわれている僕は思ったりした。カゴの無い人には古いのでよけ
れば3つくらいあります、と書いたのも良かったか。女の子3人と男2人がもらいたいと
次の日言い出した。つがいでくれという人もいた。その時には既にお父さんとお母さんの
直系の子孫とお兄ちゃんの子とまた別の雄が一緒になった奴の子などもいたからそれにも
応じられた。十姉妹は野性味に欠ける分、子育てが上手で仲良しで平和な性格をしている。
だからどんどん増えてしまうんだ。

「シンジ君、幾らなんでももう他所に上げるとか、少し減らす事を考えた方が良いわ。」

「うむ、近所迷惑にもなるしな。お前が愛着を持っているのは分かるが。」

リツコ姉さんと父さんに真面目に言いつけられては、これ以上十姉妹の天国をやっている
訳にもいかない。いずれ子離れしていかねば。と僕はまるで娘を嫁にやる父親?の様に思
い、同意した。十姉妹の食べこぼしが庭やベランダに落ち、それを狙ってすずめや野鳥が
集まってくる。庭はそれが芽生えて粟や稗が雑草のように茂る。菜っ葉用に撒いた小松菜
の畑が広がっている。集まった野鳥たちの糞や何かが周囲を汚す。車に付いたり、洗濯物
についた糞は中々取れない。朝早くから煩いという人もいる。
結局父さんには10羽くらいにしろと言い渡された。がっかりしたけどそうすべきだろうと
も思った。ここで嫌だ嫌だと泣き喚くほど、僕はもう子供じゃない。

 十姉妹たちは大勢の人たちに貰われていった。貰ってくれた人の住所をみんなノートに
まとめておいた。だから僕は今でも貰われていった先のうちがわかる。貰われていった直
後に殆どのうちの前を通った。遠くにまで貰われていったのはどうしようもなかったけれ
ど、軒先にかごを吊るされ、縁側に置かれ、それぞれに皆大切にされ、小さな子供やお年
寄りたちが面倒を見ていた。結局クラスメートだけでなく街の広報に十姉妹を上げるとい
う事を書いてもらったんだ。80羽以上の小鳥たちの養子先を、学内だけで見つけるのは
土台無理な話だった。家にはもとのお父さんとお母さん、そしてお兄さん夫婦、一番若い
子供達5羽が残った。全部で9羽。これだって、普通の家だったら随分飼ってますねとい
う数だよ。余った幾つものか後は良く洗って熱湯で消毒し、物置に大切にしまった。僕は
この十姉妹たちとの喧騒の中で寂しいと感ずることなく、小学校時代をすごした。小鳥の
クリクリした目と明るい鳴き声と、仲良く詰めあって止まり木に並ぶ姿に、どんな時も慰
められた。ありがとう、小鳥たち。
僕は暫く物置の前に佇み、それから部屋に戻った。

 リツコさんは大学を卒業。そして、父さんの会社の総合研究所に勤務するとになった。
それは中々大変なことらしい。僕は中学1年になり、妹のレイは4年になった。父さんは
相変わらずの言わゆる猛烈サラリーマンで、いつも遅くまで帰ってこない。僕らが小さい
ので今までは無理をしていた事が僕にはだんだんわかって来ていたので、その事で苦情を
言うつもりはなかった。ただレイはお父さんっ子なので時々会社に遊びに行って一緒に晩
御飯を食べ、その後父さんはまた仕事に戻るなんてこともしていたようだ。僕と違い、何
事にも積極的で明るいレイは、誰が見ても可愛い素敵な女の子に育っていたから父さんも
自慢だったに違いない。勉強も良くでき、小学校から私立の、ちょっとかっこいい制服の
学校『地の塩学園』に通っていた。その制服がよく似合うので、朝バス停まで一緒の時は、
僕自身レイの事がちょっと自慢だった。

「ねぇ、今日はお父さんとご飯食べる約束なの。会社の前で7時に待ち合わせだって。」

「え? ぼくはいいよ。」

そう言うと、レイは少しむくれて僕を見た。

「またそんなこと言う。お兄ちゃんはいい人だと思うけどちょっとそういうとこ拙いと
思うよ。人との絆は大切にしないと。それにお父さんの誘いなんだよ。」

意外な人物に意外な事を言われた気がした。

「そうかな?」

「そうだよ。あの忙しいお父さんがわざわざ言ってくれてるのは何故だと思うの?
私達の為じゃない。子供との触れ合いの一時を期待してるのにそれを裏切ったらいけない
と思うの。」

「わかったよ、行くよ。」

「いい子ね。私今日塾あるから直行する。お兄ちゃん、忘れずに制服でくるのよ。」

完全に最近子ども扱いされてるような気がするんですが。どっちが年上だよ。でもそういう
時のレイは、びっくりするほど母さんに似てる。薄い髪の色、透き通るように白い頬、淡い
薄茶の瞳。それは横から陽射しが入ると青く見えたり紅く見えたりさえする。
すらりと伸び始めた背がレイを一層細く見せる。近所の4年生に比べると少し背が高い。
ほっそりと儚げな、白樺の若木のような少女。でも実はそう「見える」だけで、健康優良児
で、結構力持ちだったりする。昨日もゴミ出しを忘れて蹴飛ばされたばかりだ。
にっこりじゃなくて、ニカッと笑ったりするし、今も。

「え、なぜさ。僕は着替えていけるよ。」

「今日は入学祝もかねてってことでしょ。だから。」

「ああ、なるほど。」

やっと納得できた僕はレイの乗っていくバスを見送った後、自分の通学路を辿った。


 会社の前で妹と2人で待っていると黒塗りの車が停まった。

「碇シンジさんとレイさんですね。お迎えに上がりました。」

運転手さんが丁寧にお辞儀をして言った。挨拶を交わし父さんに食事をする場所まで送るよう
に頼まれたという。

「聞いてた?レイ。」

「うん、時々こういうことあるの。ね、堂島さん。」

「ああ、もう知り合いなんだ。」

車は快適だった。車内には好きなリストのピアノが静かに流されていた。「巡礼の年」の
一曲。第1年スイス、第4曲。「泉の畔で」

「お兄ちゃんて、クラシック好きよね。小鳥を飼い、クラシック音楽を楽しむ。
何か孤高の人って感じだけど、学校で友達づきあいちゃんとやってる? 少し心配。」

「レイだって昔からピアノやってるんだ。クラシックは好きだろ。」

「それはそれ、これはこれよ。好きって言ったらやっぱり今はやってる曲とかよね。
たまにカラオケなんか友達同士で行くともう凄いわよ。」

 妹の通う『地の塩』学園は物凄く厳しいしつけでも有名で、学園内はレイに言わせれば
『修道院』並らしい。そのくせ、一歩学園外にでれば非常に自由だ。学外での行動を制限
するなんてことはしない。学園の先生たちは、躾とは外で優雅に振舞うために行われるもの。
礼儀作法は他人に不快な思いをさせないためのもの、という考えらしい。

要するに、折角教えたんだから外でどんどん実践しなさいってことらしいんだ。レイたち
小学生でもカラオケに行って別にお咎めは無い。むしろ、カラオケに入るのを止めようと
した地元の学校のお母さんたちに対して、それで不都合が発生するような躾はしていない
し、そういう家庭のお子さんもお預かりしていない、と言い放った先生がいたというのは
有名な話。無菌教育はしないということなのか、いずれにせよ、活動家のレイにとっては
ぴったりの学校で、最も学園の生徒らしい生徒の一人といえる。

食事会はリツコ姉さんも参加した。スーツを着こなし、髪を短くしたお姉さんはとても
大人っぽくてちょっと他所の人のようだった。ちょっと得意そうな笑顔をしてるような
気がするのは僕の僻みかな。

父さんは上機嫌だった。しきりに僕を褒めてくれた。僕は父さんにそんなに褒められた
事がなかったので真っ赤になってうつむいていたかもしれない。僕は今年父さんの出た
『修永館中学』という5年制学校に入学したんだ。勉強の方は言われるほど厳しくは無
かった。一番大変なのは体育だった。今時どこでそんな事をやるかと言うほどの荒っぽ
さ。先輩の話ではこの5年で半分の人間は骨折を経験できるらしい。うわー嫌な伝統だ。
どちらかと言えば内向的な性格の僕は、多分ここで否応なく開放的で豪放磊落な男の中
の男に鍛え直される…父さんはそれを期待してるんだ、きっと。子供を見て選べよ、と
僕は密かに考えていたわけで。

「お兄ちゃんに向くかな、あの学校。体育会系肉体派の拠点校だよぉ。」

「男の子だから。何とかなります。」

リツコさんはしれっと答えた。他人事だと思って、と一瞬拗ねようかと思った。

「それよりもさ、お父さんがあんな学校の出だったなんてちょっとショック。」

『あんな学校』は無いだろ。そこへ通わされるのは僕だぞ。

「私は納得言ったわ、ゲンドウさんがあのお年で筋骨隆々なわけ。」

二人は顔を見合わせて吹きだしたりしている。いいよなあ、女の子が入れない学校で。
ところがその後、この学校は学生不足でやむを得ず女子の入学を許可することになる。
父さんの理想。懐かしい青春の学び舎は木端微塵となってしまうことになる。周囲の
連中は喜んでいたけれど…ほんとに喜んでいたのは高等部のほうで、中等部は話題には
なったけど、具体性がなかった。女の子ってめんどくさいと思ってる奴のほうが多かっ
たんだ。僕らはそういう意味では極めてストイックな中学生活を送っていたんだ。

 

 

 

 

第4話へつづく

『もう一度ジュウシマツを』専用ページ

 

 


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 あああっ!
 
ど〜して、私に声かけてくんないのよ!
 私だったら、十姉妹をぜーんぶもらってあげんのにさ!
 あ、ついでに世話係も必要だからシンジも貰っちゃわないとっ。
 でもまあ、男子だけの学校に行くっていうからはらはらしちゃった。
 だけど、方針が変わるって書いてあるから……。
 ふっふっふ…はぁっはっはっ!いよいよ私の出番が近いってわけよね。
 よかった。男装しないといけないかとこのしとやかな性格を改造するとこだったわ。
 じゃ、このまま女らし〜い私で待ってるからねっ!
 で、次回?まさか、その次?ひょっとすると、もっと後ぉ?
 この忍耐深い私の我慢にも限界があるのを知ってるのかしら?
 何はともあれ、ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、こめどころ様。

 

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