もう一度ジュウシマツを

 

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「バンカラとお嬢様合体す」


 

こめどころ       2004.4.18(発表)5.18(一部修正補筆掲載)

 

 

こういうのもなんだけど、僕の学校はすごく荒っぽい。別に不良がいて学校が
荒んでいるって事じゃない。むしろそういう情け無い人間はぜんぜんいなくて、
もしそういう人間がいたら、上級生にフクロにされるだろう。そしてそうなった
原因をたちどころに白状させられて、勉強ができないなら数人の先輩達がそいつ
の家に毎日押しかけ、勉強の悩みがなくなるまでとことん荒っぽく教え込まれる
事になる。その熱い後輩を思う心を知った時、僕ら1年生は心底震え上がった。
そんな集団に寝込みを襲われて、「まだ寝るような時間じゃねえ!」「そんな事
だから勉強が遅れるんだ!」「さあ教科書を出せ。今日習った所を読んでみろ!」
「馬鹿やろう、今日習ったとこがもうわかってねえじゃねえか!」などと手取り
足取り優しく指導などされたくない。その話が広まったと同時に授業態度が一気
に改まったことは言うまでも無い。真剣そのもの。無駄口の一つも無い。
父さんに尋ねてみたが、ニヤニヤするばかりだ。きっと昔からこんな馬鹿げた事
を伝統と称してやり続けて来たに違いない。上級生にしてみればこんな楽しい遊
びはない。昔は寮制だったからもっと盛んに行われていたと聞いた。なんて学校だ。

「そういうのをストームというのだ。昔はよくやらかしたもんだ。」

父さんは懐かしそうに言って、できればまた参加したいとまで言った。本で読んだ
りする大昔の旧制高校という男子全寮制時代の名残らしい。僕が上級生になったら
絶対廃止してやる。と言うと、皆そう言うんだが残ってるのは何故だろうなと笑う
父さんだった。

「早くやる側に回るしかないわよね。それと、成績がよく無いとやる側には回れ
ないんじゃない?」

レイは無責任な事を言い放つがいわれて見れば確かにその通りだ。泣く泣くだろう
が何だろうが、やるべき事をやらなければ待っているのは手ぐすね引いた鬼共だ。

色々な事があっても男子校の気楽さというか、だからこその傍若無人さ大らかさ
が次第に好きになって来た頃。とんでもない事が起きた。女子高との合併だ!!
相手はレイの通う『地の塩』学園。まさに美女と野獣、薔薇と獅子、糠に釘、座
れば牡丹の猪鹿蝶だ。新しい校舎が設立されるのは広大な敷地を誇るわが修永館
学園。敷地の北半分と南半分を分ける森の向こう側に『地の塩』の新校舎が建設
され始めた。向こう側に合った広大な野球部サッカー部、ラグビー、アメフト、
陸上部は南に追いやられ、講堂体育館が取り壊された跡地で活動する事になった。

「と、言うことは朝礼や行事、そして屋内競技の体育授業は向こうの体育館で女
生徒と一緒という事になるな。」

「自治総会とか、自治会活動も合同って事か。お、俺立候補しようかな。」

「畜生、プールも取り壊せばいいのに!」

ここのプールは公式記録が取れる正規プールで、その為色々水連の競技日程が組
まれていたため、取り壊しが出来なかったらしい。また、まだ作られて3年目で
十分な広さゆとりもあった為でもあったらしい。つまり「地の塩」の女生徒達も
ここで授業を行うということらしい。大歓声が上がったのは言うまでも無い。

「男の子たちと同じ水に浸かるのは汚いって、皆言ってるわ。妊娠したらどうして
くれるのよって冗談がはやってる。水虫がうつる、変な匂いがうつるって話もあっ
たわね。水飲んじゃったりしたらもっと変な病気もうつるって…反対署名に名を連
ねた先生も多いそうよ。」

「幾ら男っ気の無い修道院立の学校とは言え、嫌われたもんだなあ。大丈夫だよ。
高度オゾン殺菌浄化装置と生物活性炭処理装置の強力なのがついてるからドブの水
だってネコの死骸が浮いてるような水源の水だろうが飲めるほど綺麗になるって。
東京の金町浄水場でも使ってる奴だよ。」

「シンジ君、そういうもの使ってるって事自体、余り名誉な話じゃないわよ。
そんなのが必要なほど男の子が不潔なんだって認めたことになるでしょ。
そういう事を言ってるんじゃないのよ。女の子っていうのはね、もともと…」

「あー、お姉さん無駄無駄!」

レイが手を振ると、リツコさんはそうねと言ってチェシャネコのように笑い、説明
をやめた。そりゃないよ。

「とは言ってもねお兄ちゃん、女の子なんていろんな趣味の人がいるし、基本的に
うちに学園は小学生から短大までいるでしょ。小学生から短大まで約3800人。
お兄ちゃんとこは35人クラス5クラス1年〜5年と進学部で厄1150人。
つまり全くに売り手市場ってこと。地の塩の短大分除いても2000人だから、
これはもてるわよ〜。」

「あのな、レイ。もてる奴ってのは一人で3人も5人も抱え込んでるもんなんだ。
そうそう人数比で女の子にもてる訳じゃないんだよ。それに友達の女の子が多いの
と、恋人がいるって言うのも全然別のことなんだよ。」

「お兄ちゃんは…」

レイが何かぼそぼそ言った。

「え?なに?」

「ううん、なんでもない。とにかく初めて男の子と学校で暮らすんでどきどきよ。
でも私なんかはまだお兄ちゃんで慣れてるからましな方かな。」

「ましは無いだろ、ましは。」


 そのうち合併式も終わり、僕とレイは毎日一緒に学校へ通える様になった。正門
迄は一緒で女子はさらに石畳を森の向こう側に見える白い女子校舎に向かっていく。
約800m遠回りになるので最初は文句も合ったらしいが、男子の始業時間は8:20で、
女子は8:40なのだからまあ、公平というもんじゃないかな。レイはバス通学の必要
がなくなったのを喜んでいる。バスは結構込むし、嫌なこともあったらしいんだ。

女子部ができてから学校の名前も変わった。キリスト教系の学校と宗教色の無い学校
だから、ごくごく当たり前の「私立新東京森の原学園」あえて『の』を残す名前で、
「地の塩」へのこだわりを残したのかな。この辺りは以前は森之原町と呼ばれていた
地区なのでそれを持ち出したらしい。多分敷地に残る森に昔は覆われていたのだろう。

敷地を南北に分かつような形で残る森は、結構広く、樹齢をかなり経た杉やブナの混
生林になっている。森の中を散策するのは僕の密かな楽しみ。同じように森を歩く趣
味の人達とはいつの間にか知り合いになるけれど、互いに会釈はするけど話しかけな
いというのがここの暗黙の約束だ。小路の途中には所々にベンチが置かれ、そこで本
を読む人、魔法瓶のお茶を飲む人といろいろだ。女子がここに踏み入るようになって
からは、陽射しの入るちょっとした空き地でお弁当を広げている姿も良く見かける様に
なった。本を読んでいてその子たちの笑い声が遠くから聞こえてきたりするのも、ほの
ぼのしていてなかなかいいと思う。

『柔道部は本日より、旧地の塩学園柔道部と合併し、森の原学園柔道部とする。』

掲示板に張り出された一枚の通知書。
青天の霹靂とはこの事だ。地の塩に柔道部があったなんて聞いたことも無い。

「地の塩は、柔道部といっても総合武道部として合気道空手なども含む、まあ護身術
を主体としたクラブなのであまり聞いた事がなかったと思う。対外試合も全く行って
いなかったというしな。こちらには空手部合気道部というのは無いので、一応柔道部
と合併することになったということだ。」

女の子たちの方も聞かされていなかったらしい。がやがやとざわめいている。

「はい!はーい!」

誰かが列の後ろの方で手を挙げたようだが顔は見えない。

「はい、どうぞ!」

地の塩の先生が手を挙げた子を指差し、発言を許した。

「何で柔道部なんですか?今までどおり総合武道部でいいじゃないですか。」

「そうよ、大体修永館の柔道部なんて都大会で優勝したって話も聞かないし、そんな
弱小部の風下に立つのは納得いきませーん!」

「うんうん、人数だってこっちの方が多いじゃない!」

この無礼極まりない発言を血の気の多い先輩たちが黙って聞いているわけはなかった。

「なんだと!我々が弱小部だと!」

「確かにこのところ優勝は逃しているが、都大会の勝者は全国大会で3位から落ちた
ことの無い強豪校ぞろいだぞ。それの個人戦では中等部高等部ともに過去5年で優勝
2回、準優勝3回を出している。弱小などではない。」

「あら、それって無差別級でのことなの?」

「中量級と軽量級だ。重量級も1回ある。」

「はん!要するに中途半端。無差別にはどんな体重でも出ていいんだったわよね。
それに出ようって奴はいなかったわけ?」

柔道は、一時期は体重別に細かく7階級寸断されて試合をしていたが、現在は軽量級、
中量、重量級、無差別級の4階級に戻され、無差別は体格に関係なく誰でも参加できる
体制になっているんだ。だけど実際は100kgを越えるような選手でなければ、無差別
での優勝はおぼつかない。実際無差別級ではルールも他部門と違い、よほど危険なこと
でなければ禁止はされない。直接的な目への攻撃ですら一撃目は禁止されていない。
空手や合気道の技も使用可能で、むしろ古武道に近いものといえる。

「惣流さん!少しは口を慎みなさいっ。」

「地の塩」の先生はさすがに叫んだ。それに対して小柄な女の子が列から飛び出してきた。

「アスカ頑張れっ!」

「きゃーっ!待ってましたっ!」

後ろの方から盛んな声援が飛ぶ。どうやら相当な人気をそれなりに持っている娘らしい。
一応怒ったけど『地の塩』の先生はやれやれと言う表情で腕を組んで苦笑してる。
そして僕ら男子は一斉にその子を見て、眼を見張り、息を呑んだ。
150cmそこそこの小柄で活発そうな身体。その輝く赤金のひっ詰め三つ編みと青く澄んだ
利発そうな瞳。そしてその横柄な口のきき方に。横柄と言うよりむしろ毒舌に近いかも。

「文句があるってなら、どこの誰でもいいわ。あたしに挑んで勝ってやるってな男が
こん中にいるってならね!どう、あんたたち、雁首揃えて口先ばっかりってこたぁない
でしょうねっ!」

うわぁぁ、おしとやかな『地の塩』に、こんな女の子がいるなんて!

 

第5話へつづく

『もう一度ジュウシマツを』専用ページ

 

 


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 くっくっくっ!
 
来た来た来た来た来たぁっ!
 連載4回目にしてよ〜やくヒロインの登場よっ!
 ずいぶん待たせちゃったわねぇ、シンジ。
 でももう安心しなさいよ、こ〜して私が出てきたからには…。
 って、私とシンジはラブラブになれるのかしら?
 初めて読む人は楽しみにしておきなさいよっ。
 ま、強者の余裕ってヤツかしらぁ?
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、こめどころ様。

 

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