もう一度ジュウシマツを

 

− 5 −

「旋風一閃 木端微塵」


 

こめどころ       2004.4.19(発表)5.19(修正補筆掲載)

 

 

 

結果から言うと、同じ1年の女子であるその子に最初に挑まされた僕ら1年男子は、
木端微塵にされたわけで。こんな風に。

「おい、1年。女の子に負けたとあっちゃ面子が立たないだろう。頑張って来い。」

「あははっ!何よそのもやしっ子たちは。5人いっぺんでいいわっ。」

僕らをチラッと見た後、その子は口の端で笑い、蔑むような調子で軽く言った。

「なにぃっ!」

さすがに僕らも頭にきて、一斉に飛びかかった。でも後で考えたらそれこそ相手の
思う壺だったわけ。一人一人掛かっていったら幾ら彼女が強くたってこっちも慎重
に行っただろうから体力が持たなかったと思うんだ。それをいっぺんに掛かってい
けば、惣流さんは効率よく一度にまとめて相手が出来たわけ。しかもこっちは多人
数といってもやっぱり攻撃はまとめて5倍というわけじゃない。見た目ほど有利じゃ
ないわけで。

飛び掛っていった瞬間に先頭の奴は一本背負いで高く投げ飛ばされ、同時に次の奴
は、鮮やかに体落としで叩きつけられた。そのまま覆いかぶさるように押し倒した
3人目は下から蹴り上げるような強烈な巴投げを喰らって丸まった。最初の僅か数
秒で僕らはもう2人だけになっていたんだよ。

「何やってるっ!いかりっ、両足を絡めとれっ!」

先輩の怒声が飛んで、僕は夢中で体当たりをするように彼女の両足にしがみついた。

「きゃっー!」

「ひきょうものっ!」

女の子たちから悲鳴のような罵声が飛ぶ。惣流さんは僕の胴着の背中をつかんだまま
どどどっと後ろに引いたが、堪らずに倒れた。倒れた瞬間に弾みで手が解け彼女の身
体の上に、袈裟固めの体勢に近く滑り込んだ。残ったもう一人が、しめたとばかりに
もう一度足を押さえつけようとした瞬間。

「ええええいいっ!」

天と地がさかさまになった。僕は見事に惣流さんに奥襟をつかまれたままブリッジで
軽々と彼女の身体の上に持ち上げられ放り出された。もろに背中を打ち付け息が詰ま
りそのまま転がる。足にしがみついた奴は逆さに襟をつかまれ、あっという間に落と
された。残ったのは…僕一人ぃっ?

ざざざっと突き進んできた惣流さんの顔はすごく嬉しそうでもう舌なめずりしてるよ
うに見えた。ガシッと互いに組んだ。その勢いを殺さないように破れかぶれにそのま
ま股間に飛び込んで体を思い切り低くして背負った。身体が潰れかけて思い切り顔を
畳で擦ったまま腕を振り回した。非力な僕では惣流さんの身体は向こう側に落ちない。
そのままつぶれた僕の真上に女の子の身体が降って来た。どすん、ぎゅっ。
途端に襟首から彼女の手がもぐりこんできた。上半身を思い切り反らされ送り襟で絞
め上げられた。喉に細い女の子の腕が食い込んでくる。これはきつい。

「頑張れ、碇!」

「耐えろ!、死んでもギブアップするな!」

絞められてるのはこっちなんだぞ。そう思いながら必死で腕を引き、喉に力を入れる。

「あんた、さっさと参ったしなさいよっ、完全に決まってんじゃない。」

そう言われても先輩怖いし、女の子に負けたくないし。

「あ、落ちる…」

そう思った瞬間ホイッスルが鳴った。僕は立ち上がったけど、礼と同時に目の前が
スーッと暗くなったら畳に思いっきり倒れてしまった。


「お兄ちゃん、気がついた?」

僕の周りに人だかりが出来ている。正面にいるのはレイじゃないか。そうか、レイは
弓道部だもんな。武道場の隣の弓道場から僕が落ちたのを聞いて駆けつけてきた訳か。
ああ、なんて恥ずかしい。
同じようにのされた1年生たちが僕を取り囲んでいる。

「惜しかったな、あそこで膝が砕けなかったらお前、勝ってたかもしれないな。」

とんでもない。型にもなっていなかったのは僕がいちばん良く知ってる。夏の合宿で
やっとそれらしくなっただけだ。

「いや、完敗だよ。あの子ほんとに強かったな。」

「そりゃそうよ、惣流さんは何でもどこかの警察柔道にずっと通ってたとかいう猛者
だもの。春の大会で1年生なのに参加してたって話をきいた。」

「え、地の塩は試合はしないとか言ってなかった?」

「だから、どこかの道場の枠で出たの。よほど好きなのね武道が。」

「そういうこと。こういうなりだから護身術が必要だったって事もあるんだけどね。」

しゃがみこんでぼそぼそ話していた僕らの頭の上から声が降って来た。
見上げるとさっきの子。

「今日の練習は顔見世程度だからもうおしまいだって。集まれってさ。」

「お、そうか。じゃあ行こうぜ。」

「私ももう戻らなきゃ、じゃあね。」

レイも袴を翻えして走って行った。

「可愛い子ね。誰かのガールフレンドって訳?」

「まさか、碇の妹だよ。まだ小学4年だぜ。」

「小学生か、どうりで私が知らないわけね。」

戻りながら少し話した。彼女は中学転入なので「目下売り出し中よ。」ということだった。
校門で何となくたむろしていると先輩や女生徒たちがぞろぞろと通りかかった。僕ら下級生
は、帽子をとって挨拶をする。それに目礼を返す先輩たち。高等部の女生徒たちは優雅に
――ごきげんよう、君たち今日はかっこよかったわよ。などと笑いさざめき通り過ぎていく。
やはりむさ苦しい男の先輩たちとは違うなあ、なんかいい匂いもしてたし、などと1年生は
こそこそ話す。帰ろうとした所に今度は一年生の女の子たちがやってきた。僕らは5人だが、
向こうは10人もいる。そう思ったら、3人は小等部の子供達だった。4年生から上の希望
者は中等部高等部との合同練習に参加できるんだそうだ。上と一緒にやれば実力がどんどん
付く。自主的に高みを目指す。そういう点、地の塩と修永館は良く似ている。

バスに行く者、リニア駅に向かう者、ぞろぞろ話しながら歩いているうちにレイと僕と惣流
の3人だけになった。日が翳り暗くなり、街路灯に明かりがともる。街路ごとに違う樹木は
街ごとに違った影を歩道に落とす。

「あ、あたしんちここなんだ。じゃあまたね、碇兄妹。」

ひと括りで呼ばれて苦笑する僕とレイ。

「ごきげんよう、惣流先輩。」

「またな、惣流。」

彼女が駆け込んでいったアパートはできたばかりの3階建てのメゾネットで、2階から出入り
するタイプの5棟続きの建物だった。ちょっとロンドンの映画にでも出てきそうな感じの。
この一角はそんな瀟洒な感じのミニ開発が行われたので街路灯もちょっとしゃれたデザインだ。
そんな街に赤い髪の女の子が妙にマッチしていた。

「気になるタイプ?お兄ちゃん。」

「冗談じゃないよ、すごいお転婆なんだぜ。初対面でのされちゃったよ。」

レイはくすくすといつまでも笑ってる。

「いつまでも笑わないの!」

「はいはい、でもいい感じの人じゃない。」

「生意気だぞ。年上の人つかまえて。」

「だって、お兄ちゃんと同い年じゃない。お兄ちゃんと同い年じゃあんまりねぇ。」

「ちびはちびらしくしてないと、修永館じゃやってけないぞ。」

「それは地の塩でも同じだけど。」

あれ?その時小鳥の鳴き声が聞こえたような気がした。周りを見回すと惣流のメゾネットの方
からだ。僕とレイはそちらに駆け戻った。茜の残る紫紺の空を背景に、レンガタイプの外装の
ベランダにカゴが吊り下げられていて、そこから数羽の十姉妹のさえずりが聞こえてくる。

「ママー、お腹すいちゃった。」

惣流の声がその部屋から聞こえた。

「あれ、うちの小鳥だよね。」

「うん。3番目の妹の子供だ。」

「ここに越してきたんだ、小鳥も一緒に。惣流さんとこでも増えたんだね。」

「可愛がってくれてたんだな。」

僕とレイは顔を見合わせて、思わず微笑みあった。



「今日お前たちの子供に会ったよ。幸せそうにさえずってた。」

お父さんとお母さんは目をぱちくりさせ、何時ものように新しい小松菜をちぎって食べている。
僕がこのお父さんを拾ってからもう8年目。セキセイインコなんかは、大事に飼えば10年生きる
そうだけど、十姉妹はどうなんだろう。いずれにせよもう随分年寄りなんだろうけど、見た目は
余り変わらない。相変わらず元気そうだし、お母さんとも仲がいい。他の子供達と離して飼って
いるのはぎゅうぎゅうづめの壺巣ではさすがに辛いだろうと思うからだ。寂しく無いように寝る
ときはカゴを向かい合わせて寝るんだけど、その時は1時間ぐらい互いに呼びかけあってうるさ
いくらいだ。夜中に真っ暗になっても時々寝言のようにぐじゅぐじゅさえずる声が聞こえたりす
ると、思わず微笑んでしまうほどかわいいと思う。

部屋を暗くしないといつまでも寝ないので、僕は机の置いてある一角にカーテンを引き、その中
でスタンドをつけて勉強をする。勉強に飽きると世界の歴史や日本の歴史、文学全集なんかを読
む。静かにドアが開いて、レイが本を借りにくることも有る。僕がシスコンだなんて言われるの
と同様にレイもブラコンだなんて言われるらしい。兄貴がいるってことは、女の子たちの間では
結構憧れなんだってさ。とてもそうは思えないんだけどね。今度は一緒の学校なので直ぐに馬脚
が顕れるだろうと思う。

馬脚といえばリツコ姉さんはもう僕らと7年目なのに、相変わらず綺麗だし、尊敬できる先輩で
あり、姉であり、母さんでもある。どこにも隙が無いあの様子は、まるでコンピューター仕掛け
で動いてるようにさえ思える。一体何か欠点なんてあるんだろうか。研究所では1年目にして既
に若手の旗手として認められていると父さんが言っていた。だんだん僕らから遠くなっていく様
で少し寂しい時もある。既にうちには違う家政婦さんも来てるんだけど、相変わらずうちから社
に通っているのは何か理由があるんだろうか…そう言ったら、レイはぼくに向かって馬鹿ね、と
言った。僕には何のことかわから無いのに、3つも年下のレイにはわかる。女の子ってどうして
こう何でも知ってるんだろう。惣流なんかもやっぱりそうなんだろうか。十姉妹たちもやっぱり
メスたちにオスは牛耳られてるんだろうか。

父さん、やっぱり父さんも母さんに頭が上がらなかったの?

そうして僕は季節風の吹く頃には柔道も大分上達し、成績も何とか確保した。年末の昇段審査で
僕ら1年は全員初段を獲得した。惣流さんは警察柔道2段を獲った。本来は16歳で無いと取れ
ない段だ。やっぱり彼女はすごいと思う。レイも僕も寒稽古に毎日出かけていく。冷たいバケツ
の水に薄氷が張る季節。それを砕き、固く絞った雑巾を並べて何回も畳を往復する。道場の周囲
の掃き掃除をして、その後、身体が熱くなるほど基礎運動や打ち込みを続ける。僕ら1年生は、
女子7人男子5人共に年を越え、自分でも張り詰めたと満足できる筋肉を鍛えあげ2年生になっ
た。

 

 

 

第6話へつづく

『もう一度ジュウシマツを』専用ページ

 

 


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 ご対面〜っ!
 
って、いきなり私ってシンジを抱きしめてんだから。
 はん!ま、他人には柔術の試合にしか見えないでしょうけど。
 私の場合、意識とは別の世界でシンジと繋がってんだもん。
 運命ってヤツよ、ウ・ン・メ・イ!
 さあこれから一気に行くわよ!って思っていたら、あらもう2年になっちゃうんだ。
 光陰矢のごとしってことよね。
 よし、2年になったら馬鹿シンジをしっかりつかんでやるんだから。アンタたちも楽しみにしておいてよね。
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、こめどころ様。

 

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