もう一度ジュウシマツを

 

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「僕たちの疾走」


 

こめどころ       2004.7.6(発表)7.8(プチ修正)









 「お兄ちゃんッ!お兄ちゃんどこっ!」


次々と蒲団を剥がして回ってる子がいる。男子部員の悲鳴に目が覚めた。僕の前に
いたのは、我が妹のレイだ。既にもう弓道着に着替え、胸当てまでつけている。


「こら、レイ!何してるっ。」


時計を見るとまだ5時じゃないか。


「いたいた、お兄ちゃん。どうしてちゃんと来ないのよっ。」

「来ないって、何のことだ?」

「聞いてないの?お父さんたち、うちの子達、連れてきてるのよ。」


とにかく道着を羽織って、レイの後に続いた。

ホテルの庭の隅にワゴンが駐車されていた。その後部のスライドドアを開けると、
小鳥たちの巣箱が積み上げられている。なんだよこれって。


「ええっ、父さんたら全部連れてきたわけ?」

「お兄ちゃんが昨日アスカちゃんに引きずられて帰っちゃったあと、私とお母さんが
全部世話させられたんだよ。」

「え、母さんも来てたの? 父さんの任せろって、こういうことだったわけか。」

「結局連れて来ただけなのよね。私と、お母さんも一緒になるの見越した上で。」

「状況を良く見て、損なくできることしか約束しないってことか。さすが父さんとも
言えるね。」


レイは嬉しそうに目を細めた。父親のそういうところがレイは気に入ってるみたい。
やっぱりちょっと変わってるよ。こいつ。


「しかしよくもまあこんな風にワゴンの中に積み込めたもんだなあ。幾らバスタイプ
とは言え。」

「経具屋さんに無理やり作らせたんだって、お母さん呆れてた。確かにこんな蜂の巣
みたいな固定棚を作れば、幾らでも運べるわね。研究所の試験動物運搬にも使えるか
どうか、実地試験とか、名目つけたらしいの。私も呆れちゃった。」


そう言って、レイは笑う。こういう唐突なとこ、お兄ちゃんとお父さんは確かに似て
るって。そうかなあ。


「ほらこれ、昨日来る途中畑で買ってきたらしい。」


そういうと、しゃきしゃきの小松菜をバケツから取り出して20個近くある大きな巣箱
用に次々と小分けにしはじめた。僕は洗車用のホースと後部に用意されていたバケツ
を出し、巣箱から大きな水飲みや餌入れを取り出していく。


「おーい!レイとシンジッ、一体何してんの!」


水を換えると直ぐに小鳥たちは水浴びを始めた。朝日が昇り、庭に差し込む中にピィッ、
ピピッと嬉しそうな小鳥の囀りが響く。水しぶきを飛ばして。


「シンジッ・・・何これっ、家から連れて来たわけ?凄い。あたしも手伝うっ。」


アスカが直ぐに飛んできて次々と菜っ葉を差し替えている。小鳥たちは見慣れない顔
にもかかわらず、抵抗なくアスカの手が差し込まれるとまだ菜挿しに入れる前なのに、
彼女の指にとまって小松菜にかじりつく。愛鳥家にとっては至福の一時だ。


「痛っ、もう、あたしの指まで齧らないでよ。ほら、引っこ抜いて他の葉っぱを散ら
さないで。そんなに慌てないでもいっぱいあるから。」


普段の顔とは全然違う優しい顔。悔しいけど、僕に見せるアスカの顔とはまた全然違う
んだ。邪気の無い、そのまんまの笑顔。レイも小さい頃の、どこへ行くにしても僕に付
いて来て、帰れって言ってもにこ〜と笑っていたあの頃の笑顔だ。自分もあんな無用心
で、何も考えて無い顔をしてるんだろうか。

僕は大人かと言われればそうじゃない。子供かと言われれば、もうそうではない。
いや、そうやって逃げるのはもう正しくは無いんだ。僕らは既に若い大人になっている。
だからこそ、僕はアスカにこんな熱い気持ちを、胸の中に感じているんだ。確かに外で
喧嘩をして負ければ、僕はまだ父親の家という洞穴に一目散に駆け戻って、一番奥で震
えているしかない情け無い若いチンピラだろう。だけど、僕は少しづつ自分を鍛え、い
つの日か独立し、アスカを手に入れる。それを目指す僕は一人の若い大人の男なんだ。
レイやアスカが、こんな風に優しい無邪気な笑顔でいられるように、僕は自分の力を導
き出す。僕が守ってるなんて、何も気が付かないままで女の子達が遊んでいられるくら
い強くて広々とした、立派な男になろう。

とは言っても、その道は遥かに遠く長く、厳しい。今日も激しい練習が僕を待ち受けて
るんだ、きっと。






「おらおらおら〜〜、そんなことでへばってどうするっ!」

「気合いいれろ!抜けてると怪我するぞっ!」

「吉田っ、引き手が甘いッ!」


どかーっ!  


羽目板に叩きつけられて思わず吐きそうになる。羽目板って言っても、今はショック吸収
タイプの特殊ラバー製だ。それでもかなりの衝撃がある。汗が分厚い柔道着に滲み込んで、
ずっしりと重くなる。汗が出るのは身体がまだ余裕を持っているからだ。
汗をかいて堪えた分、筋肉がタフになっていく。昔と違ってむやみに根性だけで練習を続
けさせるわけではない。マネージャーが時々休憩を入れ、水分を取らせ、休養をとらせる。
一番効率よく筋肉を鍛え上げていく。だけど、そのリズムは初心者にあわせてあるわけで
上級者はさらに過酷なリズムを自らに課す。床が汗で滑る。白く塩が浮き出てる。黒帯が
まだらになる。アスカの『舞い』は5人以上の上級者を続けざまに相手にする稽古だ。僕は
その最初と4番目の相手をする。真ん中の3人は2年生だ。合宿ではそれに先生が2人加
わる。

合宿に入る前のアスカは5人相手でてきめんに勝率が下がった。だが、今では5人に対し
最後まで勝ち抜けるようになってきた。続けざまの休みの無い稽古。息が上がりすぎて倒
れることもある。よろけながら再び立ち上がると、見事な関節技を決めてくる。何人めだ
か、アスカはわかっているのだろうか。加持先生の檄が飛ぶ。


「お前らそれでも男かッ、何としても惣流を止めろっ!遠慮するなっ!」


明日の午後には東京に戻る父さんが、アスカと投げを打ち合う。関節技の掛け合い。動きに
沿って、二人の手が流れるように相手の腕と絡み合う。差し手の打ち合い。同時に掛け合う
脚払いと体の入れ替え、すべるような軌跡を二人が描く。スピードとそれについていく動態
視力の勝負。古武術や合気道の技までが動員される逆間接技の応酬。打突と蹴り。父さんの
技のスピードは凄い。加持さんが本気を出しても負けるときがあるのではないかと、僕は思
ってるんだ。加持さんや父さんとの練習はアスカを本当に強くした。

僕自身も父さんとの練習がそのまま技巧に繋がると感じた。父さんは黙々と練習を続ける。
殆ど言葉での指導はしない。指導は体で感じる物が全てだ。手応えこそが修行なんだ。
父さんの筋肉の動きが、その呼吸の一つ一つに次の一手を感じる。身体が語るというのは、
こういうことなんだ。この差し手に、ある時は父さんの手加減を感じ、打ち据える厳しさを
感じる。激しい絞めに自分を越えろという意志を感じる。その視線の内に僕を見守ろうとす
る思いが存在している。かっと何か熱い物が僕の中を貫いてある。
僕は必死になって父さんの指導に、父さんの大きな手の中で応えようと全力を尽くす。
この、父さんの僕を守っている袋の中。満たされた平和の中から飛び出していこうとする自
分を、強烈に意識する。父さんは僕を守りながら、いつの日にかここを飛び出していく事を
僕に期待している。その日は自分が培ったこの僕がこの袋を裂き、一部分なりとも自分を越
えた時。僕はその日を誇らしく思うだろう。そして父さんも必ずそう思ってくれる。

そして、アスカのパパとの力技の打ち合い。荒々しい重量級筋肉とのぶつかり合い。男と男
が戦っていると感じられる、力でのねじ伏せあい、正面からの打突の打ち合い。投げの打ち
合い。充実した正々堂々の戦いが、引こうとか避けようとか、ともすれば逃げたいという、
本能的に自分より強い物に迎合しようとする精神を真っ直ぐにしてくれる。その厳しさは、
どんな相手にも主張すべき事を堂々と唱えられる事に繋がる。アスカの父さんであるラング
レーさんの練習はとにかく過酷なまでの実践だ。投げられませんでしたでは終りにはしても
らえない。乱取り稽古の最中、半端な技を打つと後ろからのしかかって潰される。


「碇っ、さあ、もう一度正面から投げをうつんだっ。」

「はいっ!しぃりゃああっあぁ!」


得意技の一つ、飛び込み背負いの巻き込み形。どんな重量級の選手でも完全に決まれば僕の
背中をうなりを上げて飛んでいく。たまに指導に来てくれる武道館の岡野5段直伝の技だ。
アスカのパパはそれに乗って向こう側の畳に叩きつけられた。と思った瞬間身体をねじって
僕の手を引き崩し、体を引き倒した。しまったと思った時には、アスカの得意とする締め技
が僕を捕らえていた。だがその力はアスカに10倍する。たちどころに僕は参ったの合図を出
す。


「こらっ、もう少し堪えんか。だらしないぞっ。」

「喉仏が、――砕ける。」


情けないっツ!とばかりに送り襟を更に締めあげられる。僕は必死で喉首に力を入れる。
まさか、まさかこのまま締め落とすつもりかっ。アスカに手を出したから、僕の事を気にい
らないからか?目の前が不意に真っ暗になりかける。必死で堪えると一息だけ呼吸が出来た。


「さらに練習を一つ加えよう。テレビを見てるときは寝転がって首を上げながら見るんだ。
喉の筋肉を鍛えるならそれが一番だ。自分に負けずに続けろよ。」


もう、僕は落ちかけてる。其の向こうから声が聞こえてわかりましたと、潰れた声を出す。
ラングレーさん、僕、頑張ります。頑張りますから。その場で僕は遂に落ちた。
首上げで鍛える事。これはやってみるとかなり厳しい練習だ。2分3分すると首が震えだす。
これを最低10分迄出来るようにしなければならない。合宿が開ければ、9月の合同武道選手
権の日本全国柔道選手権の団体と個人の争いとなる。僕とアスカは必死になって、父さんたち
OB達にくらいついた。身体が動かなくなるまで、歯を食いしばって挑み続けた。

部員たちも随分変わって行った。強くなるという事はそれほど魅力のあること。いままでに数
倍する練習量は僕らには確かに過酷だった。だけれどその過酷な練習に耐えたあと、技の切れ
がまるで違ってくる。腕や肩の筋肉が盛り上がる鏡に映る姿と自分や友人の顔が変わったのが
わかる。掛かり稽古、乱取りの時の音がまるで違うのに気づく。投げや払いのスピードが群と
速くなっている。受身の音がばたんばたんではなく、ピシッピシッと聞こえるんだ。

インターナショナル高校やJ体大付属との交流試合。彼らも厳しい合宿を通してより大きく強
くなっているはず。一学期のままの我々だったら怖(おじ)け、あいつらは外人だから、体育
馬鹿だからと言ってこそこそとした試合をして、自分達とは違うと思って恥じなかっただろう。
だが、僕らは十分以上の結果を今合宿で出せた。試合を通じて得た自分の弱点をさらに夏場の
練習で小さくし、得意技に磨きをかける、その目標を把握し、そのための練習を考え出した。

合同武術日本選手権。アスカを何としてもそこに送り込むんだ。

僕とアスカは夜の道場で、皆が上がった後、更に練習を続けるのが日課だった。アスカの練習
に付き合うのは、はっきり言って辛い。だがそれこそが僕の望み。アスカの練習台になれるよ
うに、筋力と、重さと、特にスピードを。アスカの前に立ちふさがれるほどにならなければ。


練習が終ると僕は井戸から水を出してかぶり、顔を洗ったりする。その間にアスカはシャワー
を浴びにいく。練習を終わるとしんとした夜気が僕らを包み、静かな虫たちや小鳥たちの声が
時たま聞こえてくる。冷たい水で身体を拭き、風が僕の身体を気持ちよく抜けていく。


「シンジ、強くなったね。」


道場の周囲を囲む廊下に座ってアスカは僕に言った。縁側で古い下駄をつっかけていた僕は、
下ばきだけで上半身は裸のままだ。体が火照って、まだ汗が収まらないからそれが気持ち良い。


「汗の分だけ強くなれるって、本当だったね。」

「そうね。シンジは強くなったわ。」


そう言いながらアスカは僕の隣に座った。蚊取り線香を持ってきてくれたんだ。そちらに目を
やった僕は少したじろいだ。淡い色のキャミソールとハーフパンツなんていう格好だったから。
僕がよほど間の抜けた顔をしていたのか、アスカはちょっと怪訝そうな表情で、どうかしたの、
ときつい目になりかかった。


「そうじゃないよ、そうじゃなくて、珍しいなってそんな格好。」

「ああ、これね。ママがリツコさんに頼んでくれたらしいの。リツコさん、ママも一緒に行かない
かって、パーティーにも誘ってくれたんだって。そしたらママはあたしが女の子らしい服の一枚
も持たないで行ったってそっちを気にしたらしいのね。で、2,3枚服が増えたって訳。
パーティー用のミニドレスとか、このキャミもそう。どうかな、これ。」


そう言ってアスカは立ち上がった。そのキャミは身体にぴったりしていて、肩もかなり出ていて、
ちょっと僕としては動悸が弾んでしまうような感じの服だった。どきどきしながら僕は言った。


「とてもいいと思うよ。」

「そう?」


アスカはその場でくるりと一回転した。白い小鳥のような愛らしい姿だと思う。こんなに綺麗
なのに、あんなに強くてタフな子だなんて、誰が思うだろう。そしてあんなにタフな女の子が、
こんなに優しくて繊細な子だなんて誰が想像できるだろう。アスカはそのまま僕のほうに歩い
てきて縁側に下り僕の前に立った。僕は縁側の高い敷石の上。ちょうど顔の位置が一緒になる。
アスカが片手を僕の肩に置く。


「パパがね、シンジ君とお付き合いするなら、あの、安心だなって。」


え、それって―― と僕は思わず振り返った。同時にアスカが大きな声で言った。


「いけない!小鳥たち!」


唐突にアスカは叫んだ。もう9時を回ってるじゃないか。僕もすっかり忘れていた。大慌てで
行ってみると夜の世話はもう終っていて、背の高いショートヘアの女性が掃除をしてたとホテ
ルの従業員が教えてくれた。まずいなぁ、それってレイじゃないか。


「ひどいよね〜、可愛い妹一人に何もかも押し付けて自分たちはどこにいらしてたんですか。」


部屋を訪れると、妹はもうすっかり拗ねていた。それにしても柔道部とは偉い待遇の違いだ。
豪奢なベッド。完全空調のデラックスツイン。壁はシックな薄茶で統一され、品の良いエッチ
ングがかけられている。冷蔵庫やシャワーが部屋ごとについて、ルームサービスも充実してい
る。上等なソファとカウチ。第一占有面積が段違いだ。いいなあ、弓道部。


「だから悪かったって。」

「ほらほら、サーティーファイブアイスクリーム買ってきたから。」

「私、アイスって余り好きじゃありませんの。」


何言ってるんだか。おまえなんか、スイカくらい有るアイスが食べたいとか年中言ってるくせに。
でも、小鳥のために頑張ってくれたからアスカには内緒にしておいてやるよ。そう思った。
お澄ましして見せてるレイの肩が震えてる。
アイスクリームと聞いた途端に顔が笑っちゃうのを必死で堪えてるんだ。
弓道の女神様もこんな所はただの女子中学生に過ぎないんだから。可愛い奴。
僕は思わずレイの頭をくしゃくしゃと撫で回してしまった。


「ああ、もうなにするのよっ!」


振り向き様叫んだレイだったが、もう顔が笑っちゃってた。
そして僕らは、ニコニコしながら3人でアイスを食べたんだ。


「アスカちゃん。夏休み明けの選手権。勝算はどうなの?」

「この2,3日。パパやシンジのお父さんとの練習で、とても鍛えられたように思うわ。
シンジ、あなたは特にそう。ここに来て4日。見違えるほど進歩した。あたしと二人でJ大付属
と練習した、あの時と比べても格段の進歩よ。あんたの癖を知ってるから勝てるけど、いきなり
なら。あたし、あんたに負けるかも。」

「やだな、アスカそれは褒めすぎだよ。豚もおだてりゃ木に登るって――」


アスカの目は真剣に光っていた。ほ、ほんとに?


「選手権予選では、あくまでライバルなんだからね。シンジ。」

「う、うん。それでも同じチームなんだからねッ、それまで。」

「そんなのは当たり前よ。それに第一、あたしの彼氏で、親に申し込みまでした仲なんでしょ。
でも嬉しかった。あの参道での事、忘れないわ、一生ね。」


レイがそれを聞いた途端真っ赤になった。もちろん僕もだ。


「お、お兄ちゃん――まさか。だから結婚の申し込みをしたんじゃ。」

「バ、ご、誤解すんなよ。パーティーのあれは興奮しすぎで訳わかんなくなっただけだよ。」

「本当ね? アスカちゃんに子供できたりしないよね。」

「あ、ああああたりまえだろ!」


つまり、レイはアスカに僕が、その―――子供を作るような真似を参道でしちゃってそれ子供が
できちゃったから、僕がアスカのパパに申し込んだって、そう思ったわけだ。しかし僕もそんな
こと言われてうろたえたのも確かだった。でもそんなに速くわかるわけ無いだろって・・・そう
言うとますます疑われそうなんで何も言わなかった。


「あたしはいつでもどこでもOKの3連呼なんだけどなあ。うっふん。」


にやり笑いで混ぜっ返すアスカに、レイはさらに首まで真っ赤に染め上がる。


「お、お兄ちゃんっ!」

「アスカ、レイを刺激するなよっ。うちの親に筒抜けになるんだぞっ。」





合宿はこんな調子で終った。最終日のインターナショナル高校、J大付属との対抗戦で
僕らは快勝した。僕も補欠に選ばれ1回出場し、インターナショナル高校の選手とあた
った。僕の巻き込み背負いが完全に決まって、一本勝ち。試合が終った後で、対戦した
彼が、僕がやきもちを焼いていたK.N.シュナイダーって奴だと気が付いた。
こうしてみると、何のことは無い普通の男だ。身体が幾らか大きくてアスカと同じ様な
金色の髪と青い目をしている、それだけの。僕は一体何に拘っていたんだろう。


「ほら、自信があるときはどうってことないでしょうが。」


まるで測ってでもいたようなタイミングで、突込みが入った。振り向くとやっぱり。


「ほ、洞木…お前って一体なんなんだよ。」

「なんでもないわよ、ただのアスカの友達。」

「ほんとにそうか?どこかの諜報部員とかそういうことって無いだろうね。」


一学期の対抗戦で、彼の事をアスカは良いライバルだと言っていた。僕は今その彼を倒
せる位置にまでやっと追いついたんだ。アスカのライバルといえる位置に。
もちろん、この夏にアスカが強くなった分、また頑張らなくちゃいけないんだけどね。

『流した汗の分だけ強くなれる』アスカはそう言って僕を励ましてくれて、その言葉を
頼りに僕はこの合宿を乗り切ってきた。今その言葉がやっと身体で感じられる。

もっと、もっともっと。僕はアスカの壁役ができるようになりたい。
アスカのためになりたい。アスカを羽ばたかせるための助けになりたいんだ。

パワフルで、勇敢で、大胆なアスカ。優美で真っ正直で、明るくおおらかな僕のアスカ。













 合宿はこうして終った。僕らは電車で帰るとばかり思っていた。ところが。

父さんは会社の迎えの車で帰った。リツコ母さんはレイの合宿が終るまでここでノンビリ
するそうだ。
じゃあ、ジュウシマツはどうするんだよ。僕はまだ免許を持ってないし。置いていくわけ
にもいかないじゃないか。小鳥は頻繁に餌を代えなきゃいけないんだよ。暑さにも弱いし
環境の変化もよくない。特にジュウシマツは野生に適応できないほど人為的な品種だから。


「いやー、お世話になります。」

「すみません助かりまーす。」


そこにやってきたのが、加持さんと葛城さんだった。


「え、まさかこの二人と一緒に行けって事?」

「そうよ、アスカちゃん。シンジも良いわね。」


そう母さんは言った。
僕はアスカと二人で皆と別の時間の電車で帰ろうかなー、と思っていたんだけど。アスカも
また。恨めしそうな目で僕を見る。そんな目で見るなよ、多分同じ事を考えてただろうけど。


「あらあら、そんな悲しそうな目をしないの。二人っきりの時間もたっぷり作ってあげる
わよぅ。ま、あたし達もねってことで、お互い。」


葛城先生が僕らにこっそり耳打ちした。え、あの、決してそういう事じゃ。
顔を少し火照らせて、アスカは僕に向かってグッと拳を握って見せた。僕もそれに倣って
密かに合図を送る。


「はーい!一緒に帰りまーす。」


厳しい合宿の最後にこんなご褒美があったなんて。アスカじゃないけど「ラッキー!」だった。








第30話へつづく

『もう一度ジュウシマツを』専用ページ

 

 


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 シンジはとても強くなってくれて…。
 
それも私の為だって言うんだから、もう何も言うことないわよ!
 二人でいっぱい強くなろ!
 で、アイツの名前。
 そうそう、シンジが勘違いで焼きもち焼いたアイツ。
 私も知らなかった名前が今回明らかに。
 K・N・シュナイダー。
 ぷっ。こうきたかって感じ!
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、こめどころ様。

 

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