100001HITしていただいたみどりさまのリクエストです。

お題は…。

「本編第22話準拠、または分岐」「始まりはアラエル撃退後から」「シンジ一人称」というお題を頂きました。

正直言って、このリクはきつい!さすがにお知り合い。私の弱点を熟知しておられる。

でもでも、天邪鬼ですから、私。例によって方向性を捻じ曲げてしまいました。

ということで、天邪鬼の権化・ジュンが贈ります、100001HIT記念SSは…。第三幕となります。

 

 

 


 

「その、綺麗な瞳をよく見て御覧なさいよ」

 その青い瞳の中には僕がいた。

 間抜け面をした僕が映りこんでいる。

「ふん!それが私が次にキスする相手よ!」

 言うが早いか、その瞳の中には僕の目しか見えなくなった。

 よく考えたら、1回目も2回目も、そして今も、キスはアスカの方からだった。

 

 

 

The Longest Day

 

〜 前進 〜


100001HITリクSS

2003.12.05         ジュン

 

 

 

 

 

 どうして、アスカは僕にキスしたんだろう?

 それより、僕を殺すとかそういう話はどうなったんだろう?

 恐る恐るそのことを…殺す方の話だけど、聞いてみたんだ。

 すると…。

「誰がアンタを殺すって言ったのよ。私は一言も言ってないわ」

「だって、ナイフを僕の喉めがけてって」

「さあ、これからどうしよっか」

 話を逸らされた。

「どうしょうって、ここから出られないんだろ」

「そういえばそうねぇ」

「で…」

 腹を据えて、アスカに尋ねる。

「大丈夫なの?」

「何が?」

「あ、あの…使徒の…方は」

 ああ、男らしくないっ!

 どうして僕ってこんな風なんだろう!

「はん!大丈夫なわけないじゃん!」

 言葉とは裏腹にアスカは胸を張った。

 ベッドサイドに腰掛ける僕の前をアスカは行ったり来たりしながら話す。

「えっ?」

「あのね、心の隅から隅まで、ぜぇ〜んぶ覗かれちゃったのよ。平気なわけないでしょっ!」

「そ、それはわかるけど。じゃ、どうしてそんなに元気なの?」

「はん!過去は過去じゃない。それに覗き魔のピーピングトムは殲滅されちゃったんだしさ」

「ピーピング?」

 何だそれ?

 僕の疑問にアスカは答える気はないみたいだ。

「これで私の過去を知るものはまた私一人だけ。それでいいじゃない。交通事故みたいなもんよ」

 アスカはさらっと言う。

 だけど、その横顔が僕には気になった。

 笑ってはいるけれど、何故かその笑顔が空々しく感じた。

 もし僕が前の僕だったら…アスカのことを好きだと自覚する前の僕だったら、うっかり見逃していたと思う。

 アスカが僕の前を通った時、その白い腕を僕は掴んだ。

「何すんのよ!」

「巧く言えないけど…、無理しないでよ、アスカ」

「何よっ!」

 僕の手をアスカは強い力で振り解いた。

「私は大丈夫って言ってんじゃない!アンタはそれで、はいそうですかって言ってりゃいいのよ!」

 アスカは僕に背を向け、壁を見つめながらそう言った。

 その背中は嘘だと言っている。

 今の言葉が嘘だと、微かに震えた肩が雄弁に語っている。

「僕は…嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ」

 アスカの背中がピッと伸びる。

 顎を上げて、壁の上の方を見ているみたいだ。

「何よ、調子に乗るんじゃないわよ。たった1回や2回キスしてやったくらいで」

「キスは関係ないよ。ただ…」

 どう言えばいいんだろう。

 口ごもった僕を促すように、アスカの背中がぴくりとも動かない。

「できれば、僕には…僕でよければ、虚勢を張らずに接してくれればと…」

「……」

「そうすれば少しは楽になるんじゃないかって思うんだ」

「楽に?楽になったらどうだって言うのよ」

 低い声で問い返してくる。

 やっぱり…。

 確信が持てた。

 さっきのアスカは本当に復活したわけじゃなかったんだ。

 躁鬱の躁の方が出たんだ、きっと。

 そうだよな…あんな目にあったんだもん。簡単に元のアスカに戻るわけないじゃないか。

「何とか言いなさいよ」

「うん。そしたら昔のアスカに戻るんじゃないかって…」

「はん!そんな…」

 反論しようとしたアスカより大きな声で言葉を続けた。

「思ったんだけど、間違いだった!」

 アスカの背中が揺らいだ。

「それって…どういう意味よ」

「あの元気なアスカも本当のアスカだけど…」

「も…?も、って言ったわよね、今」

「うん、言ったよ」

「話して。お願い。どうして、も、なの?」

 アスカの声が震えていた。

 言葉の調子にもさっきまでの激しさがない。

 ゆっくりと息を吐き、慎重に言葉を選んだ。

 ここで間違えちゃいけない。僕のアスカのためにも…!

「あの元気で明るくて、自信たっぷりで、僕のことを馬鹿シンジって言ってたアスカは嘘じゃない。

 見せかけじゃないんだ。でも…」

 一度唇を噛む。

 言わなきゃダメなんだ。

「自信を失ってしまって、落ち込んでいるアスカも…」

 目を固く瞑る。

 唾を飲み込む。

 そして、目を開いた。

 アスカの背中はとても弱弱しく見える。

「そんな今のアスカだって、本当のアスカなんだ!」

 アスカは言い返してこない。

 あの背中は僕を拒絶しているのだろうか?

「僕は、どっちのアスカも愛していきたいと思う」

 生まれて初めてだった。

 『愛』という言葉を使ったのは。

 恥ずかしくはなかった。

 誰にだって…父さんにだって胸を張って言える。

 

 碇シンジは惣流・アスカ・ラングレーを愛している。

 

 アスカは僕の言葉をどう受け止めてくれたのだろう?

 その背中は少しも動かない。

 さらに言葉を募らせるのは憚られた。

 何故って、もう『愛する』って言葉を言ってしまったのだから。

 それ以上の言葉なんかあるわけない。

 どんな返事が返ってくるにしても、ただ待つしかなかった。

 アスカの背中を見つめながら。

 1分、2分…。もし僕にカラータイマーがついていたら点滅を始めそうな頃、ようやく背中が少し動いた。

 顎が下がり、壁の正面を見ている。

 腕組みが解け、その両手が腰に移動した。

 来る…!

 アスカが何か宣言する時の、いつものポーズだ。

 

「馬鹿シンジ、アンタちゃんと覚悟決めてる?いい加減なこと言ってんじゃないでしょうね」

 

 よし、大丈夫だ。

 まっすぐ受け止めてくれている。

「うん、ちゃんと意味がわかって言ってる。見せ掛けのアスカを好きになったんじゃない」

「見せ掛け…か。ぼけぼけのアンタに言われちゃおしまいよね」

「EVAに乗れない、ただの性格の悪い女の子でもいいの?」

「性格なんて悪くないじゃないか。感情表現に問題があるだけで」

「はぁっ?」

 アスカが振り向いた。

 仁王立ちのポーズは変わっていない。

「今の何よ!感情表現に問題があるって」

「えっ、性格が悪いよりいいんじゃないの?」

「信じらんない!愛してるって言ってくれたそばから、その女の子のことをそんな風に言う?」

「あ、そ、そうだね。ははは」

 ジト目で睨むアスカが怖い。

「それにアンタ、私の過去って知らないでしょうが。気軽に背負い込めるほど軽くはないわよ」

「知らないけど…さ」

「教えて欲しい?」

「アスカが望むなら」

「はん!逃げたわねっ!アンタって所詮その程度の…」

「違うよ。アスカが話したくないことを無理矢理聞きたくないだけだ。僕はあの使…」

 口ごもった僕をアスカは皮肉な笑みで見つめた。

「あの覗き野郎とは違うって訳か。そっか、そうだよね。ごめん、シンジ」

「アスカ…」

「話そうか。聞いてくれる?」

「うん」

 

 ベッドの上。

 僕たちは背中合わせに座っている。

 これはアスカの希望だった。

 顔を合わせて喋りたくない。

 でも、ぬくもりが欲しい…そうだ。

 アスカの背中…。

 重い。

 全体重をかけているんじゃないかと思うくらい、僕の背中にくっついている。

 きっと、わざとに違いない。

 だって、くすくす笑ってるもん。

 でも、重いけど、嬉しい。

 好きな人と身体を接していることがこんなに嬉しいなんて考えたこともなかった。

 だけど、その嬉しさはアスカの話で吹き飛ばされてしまったんだ。

 こんなこと、想像もしていなかった。

 信じられない。

 あのアスカの笑顔の陰にこんな過去があったなんて。

「びっくりした?」

「うん。何て言ったらいいかわかんないよ」

「そっか。ま、アンタに気の利いたセリフは期待してないしね」

「うっ」

 期待してないなら、質問しないでよ。

 そうは思ったものの、アスカは意外に朗らかだ。

「何だか、胸がすぅ〜としたような気分」

「そうなの?」

「うん。覗かれるのと自分で話すのとでは大違い」

「そうなんだ」

「そりゃそうよ。無理矢理嫌がってる相手を…って、何言わせるのよ、このスケベっ!」

「何も言ってないじゃないか。アスカが勝手に…」

「ホ〜ント、アンタって救い様のない、スケベで変態でエッチで……アリガト」

 スケベだからありがとうって言ってるんじゃないよね、当然。

 なんだかこういう話し方って、いかにもアスカって感じがする。

「シンジ…」

 アスカの背中が重くなる。

「何?」

「これから頼むわよ」

「うん」

 その時、笑い声も聞こえないで顔も見えていないのに、アスカが笑ったような気がした。

「さて、何を頼まれたのかなぁ?」

「えっ!」

 そうきたか。

「全部」

「あっ、汚〜い。そんなのダメよ。ちゃんと答えなさいよ」

「うっ…、怒らない?」

「返答しだいね、それは」

「困ったなぁ…、アスカ本気で怒りそうだし」

「当たり前じゃない。いい加減な返事じゃ許さないんだから」

 ぐっと押し付けられる背中。

 その背中が凄く暖かい。

 その暖かさがアスカの心を表しているようで、涙が出そうなくらい嬉しい。

 まあ、今はアスカに答える方が問題だ。

「あのさ…僕が…僕の存在がアスカの心の隙間を埋められるように…って、ちょっと自分を買いかぶりすぎだよね」

 はは…、こいつは怒鳴られるなぁ、絶対に。

 あれ?何も言ってこない。それに背中がすっと軽くなった。

 あはは…まずかったかな、これは。

 どんっ!

「わっ!」

 背中に物凄い衝撃。

 何とかベッドから落ちないように踏ん張ると、僕の胸の前に白くて細い腕が交差している。

 アスカの腕…。

 それに、背中に感じる二つの柔らかい…………。

 平常心だっ!平常心!

 柔らかくて気持ちのいいものの他に、その少し上にも暖かいものがあった。

 アスカの頬だ。

 僕の背中にぺったりとくっついてる。

 Tシャツの薄い生地だから、アスカの吐息がくすぐったい。

「シンジ…?」

「は、はい…!」

 カッコ悪い。完全に声が裏返っちゃってるよ。

「情けなくて、冴えない馬鹿シンジはどこにいっちゃったのかなぁ?アンタ、カッコ良過ぎるよ」

「へ?僕がカッコいい?」

 あまりに予想からかけ離れた言葉だった。

 そりゃあ大好きな女の子にそういわれて気分が悪いはずはないけど…。

 どうも、この僕がカッコいいっていうのがピンとこない。

「そうよ…。もしかして、誰かがシンジに化けてんのかも」

「そんな!僕は正真正銘の碇シンジだよ」

「ほらほら、そうやって力説するところが怪しい。さては新手の使徒ね。こら!正体を見せろ!」

 アスカは前にまわした腕にグッと力を入れた。

 そうなると、二人の身体がさらに密着する。

「や、やめてよ、アスカ」

 そう、やめてくれないと、さっきよりその存在をますます強調しているふたつの胸の膨らみが…。

 もしかして、ノーブラ……?

 うっ…………。

 鼻の奥が急に熱くなった。

 鼻血だ。

 

 仰向けに寝た僕を見下ろして、アスカは楽しそうに笑っている。

「はん!アンタの正体くらい見分けるのは簡単なのよ!」

 アスカは仁王立ちして、天井に向かって宣言する。

「私のシンジは馬鹿で間抜けで情けなくて、その上エッチでスケベで変態なんだから!」

 私の…って、嬉しいなぁ。

 でも、どうして、天井に向かって?

 アスカの視線を追うと、そこにはモニターカメラが据え付けられていた。

 忘れてた。

 全部、見られてたんだ。リツコさんに。

 無機質なカメラがなんだかリツコさんの目に見えてきた。

 しかも、面白そうに笑っている目に。

 ただ、アスカの方は見られていることをわかってて僕に抱きついたりしてたってことだよね。

 嬉しいというか何というか…。

 

 この時の二人にはその後に聞かされることになる衝撃的な事実など知る由もなかったんだ。

 

 

 

〜補完〜 へ続く


<あとがき>

 The Longest Day 第三幕です。

 少しシリアスに戻ろうとしたのですが、やっぱり甘甘だぁ。

 ようやく舞台は病室から外に…って、それは次回ですけど。

 二人の一番長い日は、まだまだ続きます。

 

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