B面 1曲目 2012.5.30 (6/24修正) ジュン |
アスカは舞い上がっていた。
夢に描いていたことが次々と叶っていくことで心が舞い上がってしまうのは当然のことと言えるだろう。
だがしかし、調子に乗ると高転びに転ぶというのはおそらく原始時代にも普通にあった事だと思われる。
人間に限らず、感情がある生物ならば必ずそういう失敗をするだろう。
それが妄想を描くことができるホモサピエンスで、しかも少々お調子者の性格を持っている場合はさらに危ない。
罠に向かって全力疾走するようなものだ。
そう、この時のアスカのように。
もし、彼女が全校生徒の前とはいかないまでもヒカリ以外の誰かに碇シンジに好意を持っていると喋っていたならば、これから起きる展開はもっと違ったものになっていたであろう。
その場合、生徒たちの、特に男子生徒の反感はシンジに向かっていたに違いないからである。
ところがアスカはおのれの恋心についてまったく尻尾をつかまれていなかった。
こんなにシンジや鈴原トウジたちと行動をともにしていても彼らがアスカの恋愛対象であるとはまったく想定されていなかったのだ。
彼女が惚れる相手はもっともっと凄い男子、いや年上の男性かもしれない。
告白してふられた連中が自分を慰めるために想像した、勝手なアスカの好みというものが中学内を一人歩きしていることをアスカ自身も知っていた。
知っていて、鼻で笑っていたのだ。
残念でした、アタシが好きなのは馬鹿シンジなのよ!ふふん!
他人に対して秘密を持つということは少なからずいい気持ちになってしまうものだ。
それに今のアスカは絶好調そのもの。
シンジにいいところを見せたいとばかりに今まで以上に猛勉強をしており、当然成績も学年トップを維持している。
ただテストの結果だけならばまだよかったのだが、それでは彼に対するアピールにはならない。
何故ならテストの順位など発表されないし、100点だったと自分で吹聴するのもさすがに自慢しているようでマイナスポイントのほうが高かろうと判断できるくらいの常識をアスカは備えていた。
しかしながら、彼以外の生徒に対する配慮、というものが彼女の常識からは欠落していた。
結論から言おう。
アスカは同じ教室にいるシンジに凄いと思ってもらおうとビートルズ同好会ではどんどん挙手をして発言していったのだ。
これまでの彼女は当てられない限り自分から挙手などしなかった。
それが好きな男子に認めてもらいたい一心で方針を一変させたのだ。
もし二人が同じクラスにいたならば、アピールする機会はそれこそ無尽蔵だ。
授業中に手を上げまくって碇シンジの度肝を抜く。
そうすれば素直な彼はこんなことを言うだろう。
「す、凄いね、ほら、5時間目の数学の問題。あんなの解けるなんて凄いや。そ、それに3時間目の英語だって……」
効果抜群。これなら『授業中で目立って好感度アップ大作戦』は大成功で心の中で200mトラックを1周3秒で50周以上も全力疾走できたことだろう。
ところが残念なことに二人のクラスが違うばかりか、特別授業でも決して同じ教室にはならないほどかけ離れた2組と7組なのである。
授業中はどうしようもなく、彼へのアピールタイムは同好会の間に限られてくる。
ドラム練習中ではほかの生徒より自分がすごいでしょうというアピールができないからである。
だからこそアスカは同好会のときには張り切って発言しまくっていたのだ。
その結果、確かにシンジはそのことを大いに評価した。
それはそうだろう。
彼にとってアスカは大好きな女子だし、それに素直すぎる彼の性格では出る杭を打とうなどとはこれっぽっちも思えないからだ。
実際に彼は屋上での練習タイムの合間に、勇を鼓してアスカに告げたこともあるからである。
しかしアスカがそれを嬉しいと素直に表現できるわけもなく、ただ「当たり前でしょ、はんっ」と謙遜の言葉を返しただけに過ぎない。
もちろん謙遜など彼女自身がそう感じているだけで、近くにいたヒカリなどは親友の鼻がピノキオよりも長く伸びたように見えて目を慌てて擦ったくらいである。
だが友人だからこそアスカの言動を苦笑しつつも温かい気持ちで見ることができるわけで、決して親しいとはいえない同好会の生徒たちたちにはそういう意識はこれっぽっちもない。
そこにあるのは、何をいい気になっているのだという負の感覚だった。
まさかそれがたった一人の男の子に凄いと思ってほしいという純粋な乙女心の発露だなどと考えが及ぶわけがない。
もしその真実がわかっていたならば、惣流にも可愛げがあるなと評価は大いに変わっていたことだろう。
その場合、負の感情は当然のことながら碇シンジへと向けられていたに違いないので、騒動が治まった後はアスカもあれでよかったのかもしれないと思ったものだ。
しかしながら、騒動の渦中にいた彼女にはそんな余裕はない。
どうして自分がみんなから白い目で見られるのかという暗い気持ちでいっぱいいっぱいだったからだ。
何はともあれ、騒動が起こる直前。
白い目ではなかったが、かなり灰色がかった目で自分をみんなが見ているなど、アスカはまったく知らなかった。
ことの起こりは青葉先生だった。
いや、こういう書き方をすれば惣流アスカ排斥の先頭に立ったかのように思われてしまって青葉先生が可哀相だ。
彼がしたのは単純にビートルズ同好会に大きなステレオラジオカセットレコーダーを持ち込んだだけのこと。
その名はZILBA'PデラックスCF-6600。
中学生にとっては目の毒になりそうなSONY製の大型高級ステレオラジカセである。
全校生徒にアンケートを取れば裕福な家庭の御曹司か、若しくはお年玉数年分を突っ込んだ勇気ある者が何人かがジルバップシリーズを所持していたかもしれない。
ただ普通の中学生にとっては金額よりも見た目的に高嶺の花そのものである。
まず圧倒されるのはその外見であろう。
横幅52cm、高さが30.9cm、奥行き13.5cmと寸法で書けばよくわからないだろうが、当時の教室に配置された生徒用の机のサイズは横幅60cm奥行き40cmである。
その机の上に置いたならば左右の余白はそれぞれわずか4cm。
まさに威風堂々であろう。
しかもこのCF-6600はデラックスという愛称が示すように機能よりもその外見で見る者を圧倒していた。
何しろ木目調キャビネットなのである。家具調ラジカセとも呼称しても良いだろう。
左右に木製キャビネットを配したその姿は見るからに高級感がたっぷりで、それだけでも中学生の目には魅力的この上ない。
大人金額で乗り物には乗るものの精神的には大きく子供を引きずっている年頃にはこういう大人を思わせて、しかも豪華絢爛機能充実を絵に描いたような見た目はインパクトが大きいのだ。
電池式のウィンカーなどがどっさりと荷台に付いた黒いサイクリング車が非機能的で、カマキリハンドルのシンプルなものの方がカッコいいのではないかと思いはじめる年頃から見れば、豪華さと機能の双方を兼ね備えたこのラジカセに男子中学生が目を奪われても仕方はあるまい。
彼らよりも少し大人の女子もサイクリング車はともかくとしてラジカセについては凄いという印象を持ってしまう。
可愛らしいという表現のラジカセが発売されるのは残念ながらあと数年待たねばならなかったからだ。
だから大きすぎるという感覚は持っても、こんなラジカセが要るかどうかと問われれば欲しいと答えてしまっていただろう。
ともあれ、教壇の横に置かれた机上に鎮座したZILBA'PデラックスCF-6600を羨望の目で見ていない生徒は一人としていなかった。
2年前に発売されたラジカセだったがまったく古臭さを感じることはなく、アスカもシンジもみな一様に「欲しいなぁ」と心の中で呟いていたのだ。
その音にならない呟きはしっかりと所有者の耳には届いていた。
生徒たちの輝く眼差しが、目は口ほどにものを言っていたわけだ。
もっともそれを期待したからこそ、アパートからわざわざ運んできている青葉先生だった。
ただし彼が一番期待した人からの賛辞はまったく得られなかったのは想定外だったが。
これ大き過ぎませんか?と冷たい眼で伊吹先生から愛機を見られたときには、滂沱の如き涙を脳内で流しながらも「女にはこの良さがわからないんですよ」と嘯いた彼は教え子たちの純なる瞳に心を癒されたのであった。
冬のボーナスの大半をはたいて購入したラジカセなのだから、賞賛こそがその対価に値しよう。
生徒たちのその賞賛は初回ほどのことはないものの、それでも青葉先生の気持ちを毎週充分に慰めてくれている。
さて、その家具調ラジカセ、もとへ、CF-6600はビートルズ同好会でいったい何をしているかというと、レコード鑑賞のためであった。
もちろん大型ラジカセにレコードプレーヤーを接続してという浅墓な考えを実行したわけではない。
(註:CF-6600には外部入力端子はあるがPHONO端子はない。フォノイコライザーつきレコードプレーヤーなどは青葉先生は持っていなかった。ましてビートルズのレコードを持ち歩くという発想すらとんでもなかった)
レコードを録音したテープを再生して鑑賞しようと考えたわけだ。
ビートルズのファーストアルバムからはじめて順番に鑑賞していこうという訳だが、もちろん全曲を聴く時間はない。
そこで先生が選曲して録音したテープを鑑賞するスタイルで、1曲を聴き終わるたびにああだこうだと感想を言い合うのである。
いくらビートルズが好きでも音楽的に専門的なことを喋ることはできないので好きだとか苦手だとかそういう類の話題が中心だった。
だが、ここでも舞い上がり気味のアスカは少し暴走していたのであった。
シンジの好きなビートルズという分野で知識をひけらかせばそれだけ彼からの思し召しが良くなるだろうという目論見だったが、当然のことながら他の生徒たちはやたらに発言をしたがるアスカを快く思わなくなってきていた。
残念ながらそのことに気がつくほどにはシンジもヒカリも鈴原トウジも、そして当のアスカ自身もビートルズの知識は付け焼刃クラスだったのだ。
他の会員たちはアスカやシンジのように一夜漬け的に学習したのではなく、自分で1枚ずつレコードを購入して覚えていったのだから逆に歌ごとのデータなどどうでもいいという気持ちが強かったのだ。
好きになったときには家にビートルズのすべてが備わっていたという惣流家や碇家のように恵まれた家庭は稀有だったわけである。
そうやって蓄積されてきたアスカへの反感が爆発するのは同好会の7回目の集いでのことであった。
その日は伊吹先生が同好会に出席できなかったのがアスカにとって不幸だっただろう。
ところが生憎彼女はもともと顧問をしていた演劇部に顔を出してしまった。
文化祭での出し物についての話し合いが持たれることになったからである。
もし彼女がいれば不穏な空気が漂いだしたことを敏感に察知して巧く場をとりもっていたかもしれない。
この日の話を始める前にまずは1週間前へと時を遡らなければならない。
その朝、伊吹先生は誰よりも早く学校へと姿を現し、職員室の自分の机の奥へと大きな荷物を隠した。
誰よりも青葉先生にその中身を見られないようにと用意してきた風呂敷をかぶせたのだが、さすがの青葉先生も意中の女性の足元を注視できるわけもなく、伊吹先生はシナリオどおりの時間まで見事にその存在を隠し通したのである。
そしてその時はきた。
これ見よがしに家具調ラジカセを片手に下げた青葉先生に用事があるので先に行っておいて欲しいと告げた伊吹先生は何の疑問も持たずに彼が職員室から姿を消すのを見送るとにっこりと微笑んだ。
そして足元の風呂敷を取って綺麗にたたむと机の脇に置いて、それからよいしょとばかりに隠しておいたものの取っ手をつかんで椅子のところまで引っ張りあげた。
自宅からバス停まで10分、バスの車中で15分、中学校近くのバス停から3分間。
通勤時間のバスは満員が普通だが駅とは反対側の方向なので空いている席のほうが多い状態だから、彼女はその物体を隣の席に置き振動で倒れないように注意し続けた。
お金を出したのは自分だが所有権は伊吹先生の弟にあるから、傷をつけてはいけなかったのだ。
最初は優しく頼んだのだが、大学1年の弟は首を縦に振らず、結局は姉の威厳を用い、そして親にその存在を隠している彼女のことをネタに脅迫して強制的に借り出したのである。
ご近所で評判の優しいお姉さんとしてはいささか強引な手法だったが、憎らしい青葉先生をぎゃふんと言わせるためには仕方がない。
彼女は椅子の上の大きなラジカセを見て少し首を傾げた。
このラジカセで大丈夫だろうか?
弟は断然こっちのほうが格好いいと言ったのだが、伊吹先生は正直に言うと青葉先生の家具調ラジカセのほうが好みだ。
音の良し悪しよりも木の温かさが伝わってくるからである。
弟へ大学入学祝いに買ってあげた、このラジカセは物凄くメカニカルな感じがして彼女の好みではない。
カタログを見て、そして近所のSONYショップで本人同道の上、このラジカセに間違いないことを確かめてプレゼントしたのだ。
その店からずっと弟に持たせていたので、この朝に初めて持ってみてその重さに辟易したが、計画はもう進行しているのでもう引き返すことはできなかったのである。
だが、教室までの間で伊吹先生の疑念は晴れた。
すれ違う生徒たちがみな彼女の持つラジカセを見て一様に顔を輝かせたからだ。
かっこいいですねと口にする女生徒もいたし、中には製品名をずばりと言い当てた男子生徒もいた。
いける!この“CFS-686 XYZ”、通称ジィーゼットならば必ず青葉先生をやっつけることができる。
何が女にはわからないよ、馬鹿にしてるわ。
数週間前に言われた侮蔑に対する復讐のときは来た。
伊吹先生の復讐は完璧だった。
わざわざ少し遅れてきたことで教室の扉を開けた伊吹先生の姿はみなの視線を集める結果となった。
そして彼女が持っている、巨大なラジカセは当然大いに目を惹いたのである。
「鈴原君、空いている机をここに持ってきて」
できる限り冷静に、そしてさりげなく、伊吹先生は生徒に命じた。
そうすることで青葉先生へのボディーブローになることを本能的に知っていたからだ。
恐るべし、女性の本能。
トウジはうんしょと机を抱えて、伊吹先生が示した場所、すなわち家具調ラジカセが鎮座する机のすぐ隣へと新たに机を運んだ。
その時彼はそのラジカセを間近で見て思わず溜息を吐いてしまった。
「凄ぇ、ごっついカッコええわ、ホンマに」
その呟きは伊吹先生の心を擽り、そして青葉先生の心を刺激するのだった。
わかってるわい!鈴原!いいよなぁ!ジィーゼット!カッコいいよなぁ、滅茶苦茶カッコいいぜ、こいつ。どうしてもう1年早く発売されなかったんだよ!もし売ってたら100%こっちを選んでるに決まってるんだよ!いやいやいや、それよりもどうして伊吹先生がこれを持ってるんだ?これは去年の製品だろう?まさか今までそんなこと何も言ってなかったけど、実は物凄いオーディオマニアとかだとか?いやいやいや、オーディオマニアなら寧ろSONYは選らばねぇか。ちっくしょう!どっちにしても、ジィーゼットを選ぶなんて……伊吹先生最高!
何はともあれ、青葉先生の心を乱すことには大いに成功した模様である。
しかし、心中でどのように思おうと、人間には見栄とかという類の感情が存在するのだ。
伊吹先生が最高であるのは世界(青葉中心世界)の常識としても、自分の愛機を貶められては所有者としては黙っていられない。
何しろ、生徒たちがみんな席を立ち、伊吹先生の持ってきたラジカセを見ようと教壇の横に押し寄せたからだ。
生徒たちは口々にカッコいいという言葉を連発した。
確かに高級感あふれるCF-6600に比べると、CFS-686を表現するにはその一言でことが足りるからだ。
しかもオーディオマニアではない中学生たちにとっては機能がどうこうという点よりも何よりも見た目が優先されるのだからたまらない。
CF-6600を目にして以来、ずっと欲しいなぁと思い続けてきたシンジでさえ、カッコいい、凄くカッコいいよ、と無意識に呟いていたくらいなのだから。
その呟きは当然アスカの耳にも達していて、彼女もまたその発言に完全に同意していた。
普通にカッコいいと思っていたのが、シンジの発言によりこの名前も知らないラジカセは世界一カッコいいラジカセへと昇格したのである。
「確かにカッコウはいいな。だが音はどうだ?」
青葉先生は腕組みをしながらゆっくりと喋った。
いいよ!いいに決まってるだろ?俺のは3W×2で、ジィーゼットは3.2W×2なんだし、スピーカーの径だって一緒なんだ。新しい方がよくなってるのは当たり前だろうが。だがここで引き下がるわけにはいかないんだ。俺のジルバップデラックスをそう簡単に時代遅れにされてたまるかってんだ。
真実を知っていながらも、愛する我が子を守るために青葉先生は詭弁を展開した。
「ステレオのスピーカーを思い出してみろよ。高級機ほど周りが木製だぞ。な?こういう高級ラジカセはやっぱり音の良さが一番だ」
「そやけど、センセ。むっちゃカッコええやんか。わし、音なんかようわからんし、どうせ買うんやったら断然こっちやわ」
「鈴原に買えるのか?」
「あ、そりゃ絶対に無理ですわ」
3年生に突っ込まれて、トウジはあっさりと首を振って周囲は笑いに包まれた。
その笑い声のためにせっかくの詭弁展開も霧散する。
しかしながら、青葉先生も無茶振りは承知していたので、溜息混じりに伊吹先生の(弟の)ジィーゼットをしげしげと見下ろした。
おいおい、どれだけスイッチが増えてるんだよ。フェリクロムだとぉ?あの黒と金のカセットテープだよな。Duadだっけか。いったいどんな音がするんだ?ええっと週刊FMに確か記事があったよな。中低音と高音の両方がいいんだっけ。つまりクロムより上級ってことかよ。うわぁ、聴いてみてぇっ!
青葉先生も男の子。
カッコいいメカの魅力には抗し難いものがある。
それならば最初から素直に反応すればいいものを無意味な見栄や意地といったものを出してしまったのがこの後の成り行きに大きな影響を及ぼしたのであった。
「伊吹先生、Duadってどんな音がするんですか?」
「はい?」
伊吹マヤ、24歳。
オーディオにはまったく興味がなく、Duadが何を意味するか、いやテープセレクトとは何かも知らなかった。
「意地悪しないで教えてくださいよ。やっぱり低音がいいんですか?俺のはついてないから聴いたことないんですよね」
伊吹先生も虚栄心という代物を持ってはいるものの、まったく何者かわからないものに対して適当な言葉を発する性格は持ち合わしていない。
テストの答案に適当な解答を書かず、空白で提出するタイプだったのだ。
ちなみに青葉先生はわからなくてもとにかく何かを書き込むタイプである。
「何ですか、それ。私、全然わかりません」
言葉自体は丁寧でも、その口調はかなりつんけんしている。
それはそうだろう。
彼女にしてみれば、青葉先生がわざと高度な質問をしてきて彼女を困らせようとしているものだと思ったのである。
彼の日ごろの言動にそれに類したことがたびたびあったからだ。
「えっ、知らないんですか?じゃ、ノーマルだけ使ってるとか。ああ、宝の持ち腐れですね、それじゃ」
青葉先生としては彼女のジィーゼットを宝と表現することで持ち上げたつもりだったのだが、如何せん伊吹先生は揶揄されたとしか思わなかった。
こういう場合、青葉先生はかなり鈍感であり、泥沼へと頭から身を投げてしまうような方向へ進みがちだ。
周囲にいる生徒たちのほうが大いに敏感で、二人の先生に敬意を表してそれぞれ物理的に1歩後ろに下がり精神的には警戒警報を発令し、ある意味わくわくしながら事の成り行きを見守った。
教師同士の喧嘩、しかも好感度の高い先生たちが「どうでもいいことで」言い争いをするのは見ていて面白いではないか。
もし深刻な内容での諍いならば何とか止めようとするのが当然だが、あまりに馬鹿らしく、そして微笑ましい。
揉め事の嫌いなシンジでさえ少しおっかないなと思いながらも、どうなるんだろうかと興味津々だった。
「持ち腐れですって?何ですか、その言い方は。ノーマルとかアブノーマルとか意味がわかりません」
「いや、その、俺はアブノーマルなんて言ってないっすよ。困ったな。おい、みんな黙って見てないで助けろよ」
「こういう話題に生徒を巻き込まないでくれます?それに助けろって何です?あなた、教師でしょう?」
疑問系の文章を羅列する時の伊吹先生は手に負えない。
意中の女性であるだけにそれくらいの基礎知識が青葉先生には備わっていた。
ただし生徒たちにとってはこういう伊吹先生を見ることはまずない。
生徒相手に我を忘れるほど頭に血が上ることなど彼女には絶対にないからだ。
いや、逆に言えば、この中学内でこういう態度を示すのは青葉先生だけであるということを彼女自身が気づいていない。
親しみの感情を持っているからこそ、家族や友人相手に見せる素の自分を出してしまっていることを察知していないのだ。
因みに職員室の年上の同僚たちが彼女の感情についてしっかりと気がついていることはずっと前に述べたとおりで、いつ二人の関係が先に進むかが学年主任たちの間で賭けの対象となっていることも当然伊吹先生は、そして青葉先生も知るわけがない。
もうひとつ因むと、この時の言い争いが噂の発信源になり、拡大し、尾ひれが付き、その噂に相合傘まで付いてB棟4階から屋上へと向かう階段壁面に黒々とマジックで落書きされるのはこの2ヵ月後の話。
そこまではこの物語では面倒を見ていないので、その時二人がどうしたとかこうしたとかという話は知らぬ。
「きょ、教師ですよ。俺は。一応」
「一応?何ですか?一応って?そんないい加減な気持ちで先生をしてるんですか?どうなんです?」
これは拙い、拙すぎる。
青葉先生は宙を仰いだ。
こういう場合の対処法は、言いたいだけ言わせる、それしかない。
決してマゾではない彼にとって意中の人からの攻撃は快感どころではなく一言一言がぐさりぐさりとその胸を抉るのではあるが、
だが今回はギャラリーがいつもの同僚先輩たちではなく、教え子たちなのだ。
しかも彼らは瞳を輝かせながらこの展開を楽しんでいる。
見世物じゃねぇっ!
そう怒鳴りつけてしまいたい欲求を抑えながら、彼はどうしようかと考え続けた。
ところが青葉先生の引き出しは結構少ない。
「おい、鈴原。ジルバップのテープを出せ。それからAC抜いて、ジィーゼットにつなぐんだ」
結局、生徒を巻き込んでしまった。
しかしながら、それしかないではないか。
生徒には厳しくても突っぱねることなどしないのが伊吹先生である。
となれば、その弱点、いや長所を突くしかない。
一方的に痛めつけられている青葉先生をにやにやしながら見ていたトウジではあったが、水を向けられると自分もお笑いに参加してしまうというのは関西人の本能か。
トウジは男と女の修羅場へと足を踏み入れてしまった。
「すんません。ジルバップは青葉センセのでええんですよね。で、ジィーゼットってなんですか?XYZってそう読むんですか?そんなんわかりませんやんか」
伊吹先生の質問調を真似ようとしたトウジだったが、周囲の笑いを取るまでには至らない。
ただし青葉先生の要求には見事に応えたといえる。
彼の発言によって伊吹先生の言葉が途切れたからだ。
「おう!そういえば、説明してなかったな!いいか?このラジカセはな、XYZと書いてジィーゼットと読む。それからな…」
それから青葉先生は知る限りの情報を並べ立てた。
愛読するFM雑誌で紹介されてすぐに「欲しい!」と思い、買わないまでもSONYショップへ足を運びパンフレットをすぐさま入手していたのだ。
もう1年経過しているがパンフレットは捨てておらず、愛機ジルバップを学校デビューさせた折もジィーゼットのパンフレットを見かえしていたほどである。
当然、機器情報に関しては家電販売店員に勝るとも劣らないレベルにあった。
立て板に水が如くという描写がぴったりなほど、見事な商品説明に全員、つまり伊吹先生までもが聞き入ってしまった。
弟に買ってあげたというものの、彼女は詳しい商品説明は受けていない。
伊吹先生は財布からお金を出しただけで、店員とのやりとりから家までの持ち帰りまではもちろん弟がやっている。
重い、手伝ってと弱音を吐く弟に自分のものでしょうと伊吹先生は突っぱねたのだが、そんなに凄いラジカセとは思わずに無理矢理学校に持ち出してきたのであり、弟が苦情を申し立てたのも当たり前だと、「そりゃあ姉貴に買ってもらったんだから仕方ないけどさ…」と唇を尖らせていた可愛い弟に彼女は心の中で手を合わせた。
これは今回限りにしないと拙いわねと反省しつつも、伊吹先生は心中の葛藤などこれっぽっちも表には出さず、腕組みをしたままつんとした表情を保っている。
「いいすか、伊吹先生?」
「はい?」
「再生していいですか?」
思わず調子に乗って二言三言付け足してしまいそうになった青葉先生だったが、ここでせっかく鎮火しそうになった炎を再び燃え上がらせるわけにいかないことなど百も承知だ。
青葉先生と生徒たちの視線を受けて、伊吹先生は顔を火照らせそうになるところをようやく踏みとどまった。
明らかにみんなは自分のことをこのラジカセの持ち主と誤解している。
物凄く気恥ずかしいもののこの段階で「実は…」と白状するのは躊躇われた。
それはやはり青葉先生への見栄というものだったのだろう。
だから彼女はどうぞとばかりに澄まして頷いただけだった。
今は言えないが来週の集いには本当のことを話そう。
おそらく笑い話で済むはずだ。
伊吹先生は苦笑しながら、弟のラジカセから流れ出す音楽に耳を傾けた。
HELP!
前奏なしにいきなりシャウトからはじまった。
この場にいる誰と比べてもビートルズに詳しくない伊吹先生は少し肩がびくんと動いてしまい、周りの者に見られたのではないかとちらりと様子を窺う。
しかし生徒たちは瞳を輝かせてラジカセを見つめ、青葉先生は目を閉じ腕組みをして歌に聴き入っている。
ほっと溜息を吐き、ビートルズの曲をもっと聴かないといけないなと思う伊吹先生だった。
そのためには自分でレコードを買うか、誰かに借りるか…。
レコードレンタルの店があるとどこかで聞いた気もするがそういうものは都会でないと見つけられないだろう。
アイドルソングしか聴かない弟が恨めしい。
青葉先生に頭を下げるのは嫌だから、生徒の誰かにレコードかカセットを借りようか。
洞木さんあたりが無難かなぁ…と先の事を考えながら伊吹先生はいつしか苦笑から普段の微笑みに戻っていた。
伊吹先生はいない。
最初に述べたように本来の顧問である演劇部の練習の方に向かったのである。
昼休みの段階で演劇部から脚本の手直しの件で顔出し要請があったのだ。
弟の愛機・ジィーゼットはもちろん学校に持ってきていないから、無理にビートルズ同好会に顔を出す必要はなかったわけだ。
そして、青葉先生も姿を消した。
同好会を始めて早々、職員室から呼び出しを受けたのだ。
担任の生徒の家から電話がかかったのであとを3年の代表に任せて教室から出て行ったのだが、そのタイミングが悪かった。
何故ならば、事件は呼び出しが来るその少し前に起きたからである。
この日のビートルズ同好会のアルバム鑑賞は『ラバーソウル』の番だった。
全曲を聴くことはできないので、青葉先生が勝手にセグメントしてカセットテープに録音してきている。
教師の威厳を示そうと、いや、単純にいい音で聴かせたいという親心みたいなものだろう、奮発してクロムポジションのテープを使っていたのだが、今日はそのテープとは別に違う種類のテープをポケットに忍ばせていた。
それは彼のジルバップでは使えないフェリクロムポジションのDuadテープだったが、伊吹先生に巧く頼んでビートルズを録音してもらおうとわざわざ購入してきていたのである。
まさかジィーゼットの持ち主であり、ビートルズ同好会に毎度顔を出している彼女の家に一枚もビートルズのレコードがないということなど彼は想像もしていなかった。
ところが今日はタイミングを逃しっぱなしの上に、最大のチャンスである同好会にはなんと不参加。
生徒を出汁にすれば伊吹先生は断りにくいだろうと、教師にあるまじき、ある意味教師ならではの戦い方で立ち向かおうと決めていたのに、ターゲットにあっさりと演劇部へと向かわれてしまい、この時の青葉先生はかなりテンションが下がっていたのだ。
だからこそアスカの発言の時に当意即妙ないつもの対応が鈍っていたのだろう。
「よぉし、どうだ?中期の傑作アルバム『ラバーソウル』をさらに選りすぐった名曲だぞ。感想を…」
青葉先生は一応みなの顔を見渡してから肩をすくめた。
「いつものように惣流からいくか。ただし1曲だけだぞ」
仕方がないという感じの口調に生徒たちは、とくに3年生からくすくすと笑いが起こった。
シンジの前でいいところを見せたいという目的まではもちろんわかるはずもないが、アスカが率先して発言することは一同から寧ろマイナス的に受け止められていた。
その理由は、煩い、偉そう、といったものだったが、舞い上がっているアスカにはそういう空気を察知することは不可能だったのである。
ヒカリは承知していたのだが苦笑するレベルでわざわざ友人に注意するほどのことはないだろうと高をくくっていたのだ。
最初は流れた曲すべてに感想を述べ、しかもそれが誰でも知っているような内容、つまり何曲目でボーカルが誰某だという情報を喋っているだけだから、ファンの連中からすれば好意的な感触は得られないものであった。
だがその点はさすがに教師で青葉先生が2回目からは1曲だけの感想だと釘をさすようにしていたので、ヒカリも安心していたのである。
ところがその1曲にアスカは『君はいずこへ』を選び、さらにいつもと違って笑いながら発言したことが周囲の反感を煽ってしまったのだ。
「先生、あそこをどうして編集したんですか?演奏ミスでもオリジナルのままで録音したほうがよかったと思います。なんだか気の抜けたコーラみたいな感じに聴こえたわ」
アスカとしてはうまい感じに言ってのけたつもりだった。
自分でもいつもいつもウィットがきいていない面白くもない発言だとは思っていたのである。
だからこそ青葉シゲル選曲版『ラバーソウル』の『君はいずこへ』を聴いたときにこれだと思ったのだ。
ここならばみんな知っていることでも笑いが取れるに違いない。
前までの発言後の静寂はありえない。
わざわざ編集してきた青葉先生も頭を掻きながら冗談っぽく何かを言うことだろう。
生徒たちもくすくす笑い、シンジの自分への好感度も絶対にアップすること請け合いだ。
そのようなアスカの期待は見事に裏切られた。
まず彼女を待っていたのは沈黙だった。
しんと静まり返った教室の中でアスカは予期せぬ反応に大いに戸惑う。
無視とかいう類の沈黙ではない。
これはまさしく授業中における、生徒たちが教師の言うことをまったく理解できないときの教室内の状況だった。
この状況にはまさしく文字通りに面食らってしまった。
大受けしようと思っていたわけではない。
いや、できることならば大受けしたいと願っていたのだが、これまでの人生において賞賛の声を浴びることはあっても爆笑を取ることなど一度もなかったアスカだけにそのあたりの感覚がよくわかっていなかった。
本能的に受けを狙ってしまうトウジとは大きく違っている。
彼の場合は自分の発言で起承転結を構成しオチを用意するのは計算してのことではなく無意識にしてのけているのだ。
まさしく関西人の血の為せる業であり、逆に計算して喋るほうがかえって破綻が発生してしまうことは面白い事象ではあるが、アスカにとっては異人種のように感じていたのも事実だ。
ともあれ、その一瞬だけはアスカは自分が問題発言をしたものだとは夢にも思わず、いつものように喋り方を間違えたものだと錯覚したのである。
面白いはずの話題を上手く語ることができなかったばかりにみなに受け入れられなかったに違いない。
彼女はそう判断したのだが、それは間違っていた。
受けるとか笑うという前に彼女の発言内容自体がまったく伝わっていない。
そのことがアスカにわかったのは青葉先生が苦笑まじりに質問してきてからのことだ。
「惣流。すまんが意味がよくわからん。とりあえず、俺は編集なんかしてないぞ。レコードそのままだ。あ、何曲か端折ってはいるが…」
その口調は歯切れが悪い。
教師として生徒が意味不明の言葉を発しているときに頭から否定してはならないことはよく承知している。
伊吹先生からは教師落第とまで言われている彼だったがその程度の常識は持ち合わせているのだ。
そのような教師の戸惑いはもちろんアスカに伝わってきた。
「えっ?あの…だから『I'm looking through you』の出だしのことなんですけど…」
「出だし?イントロのことか?」
頷くアスカを見て、青葉先生は眉を顰めた。
「イントロは…別に録音ミスはしてないぞ。してなかったよな?」
さすがに100%の自信はなかったのか青葉先生は生徒たちに確かめてみたが、ほとんどの生徒は当然のように首を縦に振った。
首を振らなかったのはそれほどビートルズには詳しくはないヒカリとトウジだけだった。
そう、シンジでさえ、いささかの戸惑いを含めてだったが頷いてしまったのだ。
これは彼の素直な性格が災いしたといってよい。
年長者、しかも教師の問いに対し、自分が答を知っている場合はちゃんと反応してしまう。
挙手をして答えをするというレベルまでは絶対にいかないが、全員に対し、またはシンジ個人に対する質問の場合は何の逡巡もなく動いてしまう。
このときもそうだった。
彼にとってラジカセから流れた『君はいずこへ』は自分が何度も聴いた曲とまったく変わっていないはずだ。
だから頷いた。
その動きがアスカに見られているとは気がつかずに、である。
もし彼女にチェックされているとわかっていればどうだっただろうか。
教師への反応をする前にアスカの様子を窺っていたに違いない。
そして彼女の表情を見てからどう動くか決めていただろうが、その場合白か黒かを決する前に回答時間が終了していたことも間違いなかった。
そういう迂闊な優柔不断さこそが碇シンジの性格をかたちどっていたからだ。
ところがこのとき、シンジはアスカに見られているなど微塵も感じていなかった。
アスカは青葉先生と話をしているのであり、まさか自分の言動に注目しているなどとは思いもよらない。
その小さな頷きが彼女に大きなショックを与えたなど、ただでさえ自分を過小評価すること甚だしいシンジにわかるわけがなかった。
アスカが受けたショックはとんでもない大きさであった。
好きな人から自分が否定された。
物事の、なかでも人の好き嫌いが激しい彼女にとって、眼中にない人物からの攻撃や誹謗はほとんどダメージにならず、寧ろエネルギーにすらなるくらいだ。
しかしながら、好きな人間から受ける場合は我を忘れ、狼狽え、判断を誤る。
このときがそうであった。
もしシンジの頷きが目に入らなければ、いつもの攻撃的な手法でこの問題を収束に向かわせていたかもしれない。
ところが、この時点でアスカの攻撃力はかなり減衰していたのだ。
「あ、あの…、えっと、アタシ……」
あれ?と思ったのは彼女と親しい3人だけ、つまりヒカリを筆頭にトウジと、そして遅まきながらシンジもそうだった。
アスカが口ごもるなど珍しい。
彼女ならば間違っていると指摘されれば、限りなく悪罵に近い割に論理的な言葉を投げかけるはずだ。
それなのにこの言葉、そして目をうつむかせる様はアスカらしくない。
3人だけは、いや教師である青葉先生も少し様子がおかしいことに気がついた。
「ん?どうした?惣流の知ってる『君はいずこに』は違ったのか?」
揶揄するような語調ではなく、いかにも教師らしい優しげな問いかけはアスカの口を開かせることを手伝ってくれたのだが、それは同時に他の生徒たちにアスカが間違っているという印象を受け付けることにもなってしまった。
教師の口調が与えるイメージというものは小学校から子供たちに対してその潜在的な部分に植えつけられるものだからだ。
「アタシが知ってるのは……、出だしのギターが演奏をミスして…何度かやり直してる…んです」
その時、何人かの生徒がぷっと吹きだした。
彼らが、いやこの教室にいる全員が知っている『君はいずこに』にはそんな部分はなかったからだ。
つまり、アスカだけが間違っている、と認識したから笑い声をあげたわけである。
「『ラバー・ソウル』だよな。惣流が言ってるのは」
「はい、LPのタイトルは確かに…でも、アタシの…」
そしてアスカにとってはタイミングが悪いことに、この瞬間に校内放送が入った。
「青葉先生。ご父兄から電話が入ってます。至急職員室まで戻ってください」
学年主任の声が流れたスピーカーを振り返ると、青葉先生は慌てて教壇から降りた。
すまんがしばらく席をはずすと言い残して廊下へと先生が姿を消したあと、アスカの悲劇は始まった。
上級生たちに悪意がなかったとは言い切れない。
しかし、日ごろ小憎たらしい態度を示し続けている下級生にここぞとばかりに攻撃してしまったのは無理もないところがあったかもしれない。
いくら容姿が良くともその言動には相手を馬鹿にしているように見える部分があり、「お高くとまりやがって」という感覚を与えがちなアスカだ。
事実、彼女に異性としての好悪の感情を抱いてなかったトウジもこの同好会でのいきさつがなければ同じように「いけ好かんやっちゃで」と心の中で思い続けていただろう。
女子としても男子から容姿的にちやほやされる存在は鬱陶しいものである。
その上、地域的にだが家柄がいいということもアスカにはマイナス的に作用していた。
金持ちとはいえないが城代家老の血筋を誇っているかのような態度に見えなくもないからだ。
「偉そうに」見えるのは明らかに惣流家の遺伝かもしれないが、鎌倉時代からの由緒ある血筋だからと容認されるには彼女の見た目が邪魔をしていた。
明らかに白人にしか見えないのに日本古来の血統を主張するのは筋違いなのではないかという意識が深層心理下に、特に昔からの住民の中に存在していたわけだ。
ただし、所謂お屋敷町の人々にはそういう悪感情はない。
トモロヲが青い目の花嫁を連れてきて以来、もう40年以上にもなるのだから当然だろう。
つまり小学校の校区内というエリアならば問題ないが、中学校高校と地域が広がるとそういう感情が強くなってしまうわけだ。
彼女の母親であるキョウコもまたその容姿のためにいろいろと苦労はしてきたのだが、すでに母が通ってきた道だけに娘であるアスカはそれほどの苦難を味わうこともなく歩いてくることができたともいえよう。
だからこそ彼女は人の顔色を窺う意識が薄くなってしまったのかもしれない。
ともあれ、アスカは危機に瀕していた。
「惣流、お前のレコードに傷が入っていたんだろう」
真っ先に口を開いたのは3年生の男子だったが、彼には特にアスカを苛めようという意思はなかった。
だが、集団心理というものは恐ろしく、冗談めかしく始まっていても徐々に言葉の端々に棘が含まれていく。
「そうだな。それに決まってるぜ。傷だ、傷」
「傷を聴き間違えたの?ふ〜ん」
「全部好きって言ってる割には聴いてないんじゃない?」
アスカは顔を上げられなかった。
上級生が恐ろしいわけではない。
確かにこれまでにない圧迫感は感じていたのだが、それよりも何もシンジの顔を見ることが怖かったのである。
彼も3年生と同じように私を非難しているのではないだろうか。
もしかすると一緒になって言葉を発しているのかもしれない。
あのときのシンジの頷きがアスカを追いつめていた。
アスカは耳をふさいだ。
掌をぐっと両の耳に押さえつける。
しかしそれでも声の断片は彼女を襲い続けた。
そして、アスカはそのまま、何も言わずに教室を飛び出してしまった。
その間、シンジはどうしていたのだろうか。
何もできなかった。
もちろん彼がアスカに向かって毒を吐いていたわけがない。
ただうろたえていただけなのである。
どうすればアスカを助けられるだろうか。
そのことを一生懸命に考えていたのだが、内気な彼に名案が浮かぶわけがなかった。
たった1年歳が上だけなのだが上級生は恐ろしい存在だと思ってしまうシンジには彼らを抑止できるような言葉が見つからない。
どうしようどうしようと考えながら、情けないことに机の一点を見つめ続けていたのである。
彼が顔を上げたのはアスカが教室から飛び出していった音を耳にしたときだった。
時、すでに遅し。
それくらいのことは彼にもわかる。
自分は彼女のために何もできなかった。
その後悔の念が彼の表情を大いに曇らせたのだった。
結局、アスカは教室を戻らず、そして同好会の空気はすっかりと重くなってしまっていた。
上級生たちは集団心理でわいのわいのと言っていたのだが、いつもの彼女のことだから自分たちに突っかかってくるものだとみんな心のどこかでそう思っていたのだ。
ところが現実にはアスカはまるでか弱き乙女のように、もっとも足音だけは男子なみにドタバタと音を立てていたが、この場から走り去ってしまった。
当然のことながら、しばらくの間教室内の雰囲気は凍りつく。
そのような空間では人は大きく二つの方向に思考が流れがちである。
己の言動を反省するか、もしくは自分を正当化しようとするかのどちらかだ。
そして残念ながらそのふたつのうち後者のほうが声が大きく、全体の空気はそちらの方向へと流れていきがちなのだ。
さらに少しでも早く自分の正当性を立証したくて、真っ先に口火を切るのも後者であるのがありがちのことだった。
「で、でもよ、間違えてるほうにあんな風にされちゃ、俺らが悪いみたいだよな」
「お、おう。まったくだぜ。なあ、みんなもわかるだろ。『君はいずこへ』にはそんな変なの全然なかったし。だよな」
3年生の男子が口火を切るとすぐに隣の男子も応じ、さらに彼も周りに相槌を求めた。
言葉にはしなかったが、3人ほどの男子がうなずき、様子見風の女子もそのうち同調しそうな雰囲気が漂ったとき、トウジがよっこらしょっと声に出して立ち上がった。
「わし帰ってええですか?なんや知らんけど、おもろのうなってきよったんで」
トウジの発言は方向が固まりかけた教室の空気をいったんかき回す効果を与えたが、その一方で自分たちが正しいと認めさせようとしていた上級生たちに冷や水をかぶせたかのような状況となったのも事実だった。
当然、彼らはトウジに突っかかっていくことになる。
しかしながら彼はそうなることを見越した上での発言であった。
「おい、2年。面白くないってどういうことだよ」
「生意気だぞ、2年」
「はぁ?生意気もなにも、わしはただおもしろうないって言うただけですわ」
にやりと笑いながらそんなことを言うものだから余計に3年生たちは腹が立ってしまう。
こうしてどんどん殺伐とした空気になっていくと周りの生徒は、とりわけ1年生が教室から逃げ出してしまいたい気持ちになるのは当たり前だろう。
そうなればもちろんヒカリがトウジを止めるべきところなのだが、彼女としては親友のことで頭がいっぱいだったので反応が少し遅れてしまっていた。
「ト、トウジ」
「黙っとれ、センセ」
これまでの経緯ですっかり胃の辺りがずんと重くなっていたシンジが小さく声をかけるが、トウジは吐き捨てるような調子の言葉を返しただけだ。
その語調で友人がこの事件に対しものすごく怒っていることがわかりシンジは感謝の念を覚えた。
「鈴原、やめなさいよ」
「あ、いいんちょ、あれ頼むわ」
ヒカリにも目もくれないトウジの視線の先にあるのはアスカがいた机の横にかかっている鞄である。
彼女は鞄を置いたまま教室を飛び出したのだ。
一瞬はっとしたヒカリはその意図を察して無言で鞄をつかみ出て行く。
その行動については3年生たちは何も言わない。
それよりも生意気な下級生との対決の方を優先したわけであるが、何よりアスカが教室を飛び出した件については内心まずいなぁとみんな思っていたのだから、ヒカリが後を追っていってくれるのはその実ありがたいことこの上ないわけだ。
「えっと、先輩。何でしたっけ?」
扉が閉まるとすぐにトウジはとぼけた調子で戦闘を再開した。
関西出身の生徒は他にもいるかもしれないが、彼ほど露骨に関西弁を喋るものは一人もいない。
だからこそトウジはこの中学で目立つ存在であり、表立ってはいないが殴り合いの喧嘩を同級生や先輩相手にしたことが何度かあった。
ただしそれらの事件が起きても尾を引くことが一度もないので教師からもそれとなく注意程度で済んでいたのだ。
そういう噂を知っているからこそ上級生たちもトウジ相手には好戦的になってしまうのかもしれない。
「おい、2年。いい加減にしないと…」
3年生が眦を吊り上げて立ち上がったその時、扉を開けて入ってきたのは伊吹先生だった。
演劇部の会議が終わり、練習の方は形になるまで部員たちだけでするという自立した活動を重んじる部活動だったので彼女は早々に練習場所から追い立てられたのである。
ビートルズ同好会が、というよりは青葉先生が気になる彼女は職員室に戻るよりも同好会の方を先に訪れたのだが、さすがに教師だ。
扉を開けてすぐに教室の空気を読み取った伊吹先生はつかつかと教壇へ歩み寄る。
教師の姿を見ると条件反射的に黙ってしまった生徒たちは何事かと教室をじろり見渡す伊吹先生から目をそらしてしまい事態の深刻さをさらに強調することとなった。
青葉先生がいないことは校内放送で呼び出されていたことからまだ戻ってきていないと容易に推測できる。
ただ、どこにいても一目でわかるアスカが見当たらず、そして廊下を駆けていくヒカリらしき女子の後姿をちらりと見たことから、もしかすると騒動の原因はアスカ絡みではないかとも考えた。
それにしても青葉先生は何をしていたのだと舌打ちなるものを心の中でしてみたかったのだが生憎と躾よく育った伊吹先生にはやり方もわからないので、まずは事の次第を誰に語らせようかと考え騒動の中心であろう男子を外す。
そして3年生の女子の中で一番真面目そうな生徒に白羽の矢を立てた。
安藤という名の眼鏡の生徒はロックが苦手でラヴバラードが好きだという嗜好性通りに喋るとややもすればゆったりとした口調になりがちだった。
ぴんと張り詰めた空気を和らげるにはひとつの手であると伊吹先生は踏んだのだ。
「安藤さん、青葉先生は放送で呼ばれたきりかしら?」
「はい」
「出て行くとき、何て言い残していたのかしら」
「はい、ええっと、それはですね…」
少し首を傾げて思い出すようにゆっくりと間違いのないように説明をするが、そのために教室内の空気圧は徐々に凋んでいき、トウジも先生に促されるままに素直に着席する。
ところどころで相槌を打っていた伊吹先生は安藤が語り終えると同時に大きくうなずいた。
「よくわかりました。青葉先生の通達ミスですね。とはいえ、あなたたちのしたことが許されるわけではありません」
「で、でも、惣流のやつが嘘をつくから」
「百歩譲って嘘だったとしてもそんな風に追いつめる必要がある?それに制裁しなければいけないような、どうしようもない嘘かしら。それに…」
伊吹先生はここぞとばかりに凛とした声音を出す。
「嘘って決め付けるのはどうかしら?その変なところっていうのを実際に聴いたわけじゃないんでしょう?もしかすると本当にそういう部分があるのかもしれない」
「だって、そんなの誰も知らないんだし。な、なぁ」
先ほどとは違い、言いだしっぺの3年生の語気はすっかりと弱くなっていた。
いきおい周囲の生徒たちのうなずき方もぎこちなくなってしまう。
ただしその様子を見て、伊吹先生には生徒たち側が少なくとも曲に関して嘘をついたりしていないことはわかった。
だとすれば…と、そこでさすがの伊吹先生も困ってしまった。
彼女のビートルズを含むレコード知識ではこれ以上の論証的展開ができない。
そもそも話題になっている「君はいずこへ」というタイトルの曲すら知らないのだ。
とはいえ、このまま放置するわけにはいかないのが教職の哀しさかもしれない。
「私にはよくわからないけど、そうね、青葉先生にその曲のことをもっとよく考えてもらって…」
そこへ実にタイミングよく入ってきたのは当の青葉先生だ。
彼の背後にヒカリの姿が見え、その手に鞄がないことを確認して少しほっとするシンジだった。
「うん、そうだな。伊吹先生のおっしゃるとおりだ。この件はちゃんと考えなきゃいけない」
発言内容はもっともなことを口にしているのだが、青葉先生は実に不自然な格好で歩いてくる。
つまり教壇のところで腕組みをして立っている伊吹先生を見ないようにして首を不自然な角度で曲げているのだ。
青葉先生は教師としてアスカをそんな立場に追いやってしまった責任を感じ、そして男として伊吹先生に植え付けてしまったであろう不信感を払拭すべく、事態をいかにして収束させるべきかを脳細胞をフル回転して考え続けていた。
機転を利かし昇降口から職員室へと向かったヒカリの注進を受けたことで教室に戻る間にこれからどうしようかと考えていたのだが、不遜なことにそれほど切迫したものとは考えておらず、明日以降にそれなりに双方をなだめれば大丈夫だろうと高をくくっていたのである。
ところがそれが浅はかな考えだったことが教室の扉に手をかけた瞬間にわかった。
それはちょうど伊吹先生が「よくわかりました」と言ったときで、背後にいたヒカリからは青葉先生の背中がびくりと動いたのが一目瞭然で、さらに明らかに聞き耳を立てているのが背中を見ているだけでわかったほど彼は動揺してしまったのだ。
これは声をかけるのはまずいなと直感したヒカリは一歩下がってしばらく様子を見守ることにしたわけである。
伊吹先生と生徒たちのやり取りを聞いた青葉先生はこれ以上登場を引き伸ばすのは自分の印象がどんどん悪くなってしまうだろうと判断し、ええいままよとばかりに扉を開けたのだった。
自分の方を向こうとしない青葉先生を見て、伊吹先生は内心がっかりした。
解決策を持っておらず、時間稼ぎをしようという腹積もりがその様子からありありとわかる。
それでも彼女は口を出すことを我慢した。
それは教師として彼を信頼したのではなく、ビートルズを好きだという、その知識に賭けたのである。
時間稼ぎといってもほんの数十秒に過ぎないことは青葉先生も承知していた。
だからこそ彼は必死に考え続けたのである。
くそぉ!こんなことならもっと前から考えときゃよかったぜ!どうする?じゃなくて、なんだ?解決策はあるのか?
曲は「君はいずこへ」。原題は「I'm Looking Through You」。LPは「ラバー・ソウル」。ここまでは同じだ。
それなのにどうして惣流が知ってる曲だけ違うんだ?レコードの傷じゃない。そんなことなら子供だってわかるし、傷を承知で持ち出してきた冗談じゃない。
あの歌の前は「ガール」か。あれの終わり方は?いやいや、そこにもやっぱり間違えるような要素はまったくないぞ。
惣流だけ違う?まさかレコード盤自体のプレスミスか?そんなレアすぎるミスがあるか?ないとは言い切れないがないと思う。
じゃ何なんだ!惣流と俺たちの違い?そりゃあ、あいつは日本人だが見かけは白人…。おっ、それか?そこか?それじゃないのか?
「洞木。惣流が日本に来たのは最近だったな」
いきなり話を振られて戸惑いを隠せないヒカリだったがそれでもすぐにしっかりとした返事を返すのはさすがである。
「はい、去年、横浜に」
「それまでは当然外国にいたってことだな。ドイツとアメリカだっけか」
横目で確認する青葉先生にヒカリはうなずいてみせた。
詳しい在住期間は知らないが自分は確かにそう聞いている。
「つまりだ」
青葉先生はにやりと笑った。
「惣流が聴いていたのは日本盤じゃない。だから違いがあるんだ」
きっぱりと言い切った青葉先生は拍手喝采を待った。
だが、待てど暮らせどその気配はない。
反応が悪すぎることに生徒たちの様子を伺うと、明らかに彼らは先生の結論に納得していなかったのだ。
ただ一人、鈴原トウジだけがなるほどとばかりに頷いているのが際立って見えるくらいに場の空気は冷たい。
「おい、反対なのか?これ以上に説明のつくものはないだろうが」
「反対です」
すっと立ち上がったのはこれまでの騒動で無言を保ってきた3年生の男子で名を稲洲という。
彼はもともとビートルズ博士と異名を持っていたのだが、元来物静かな性格をしていたので同好会では派手なアスカの陰に隠れてしまっていた存在だった。
稲洲君は東芝から発売されたビートルズレコードを例に挙げ、アメリカ発売のビートルズレコードで日本のものとは違うものはすべてあのシリーズで発売されているのではないか、とすれば全部持っている自分の記憶が正しければ「I'm
Looking Through You」は日本版以外には収録されていないのでその説は成り立たないのではないかと理論立てて発言した。
うんうんと頷く、教師とトウジ、ヒカリ以外の一同。ただ、シンジは頷きはせず、記憶を一生懸命にたどっているような顔つきだった。
あの帯に国旗が描かれたLPレコードシリーズでビートルズに接してきた世代がこの同好会のメンバーだといえる。
そういう知識を持つものとすれば、あのシリーズでのLPが全世界で発売されたすべての種類だと考えてしまうのは無理もない。
ところが彼らより一回り歳が違う青葉先生は違う。
帯に国旗が描かれてなく、ジャケットやアルバム名が異なるレコードでビートルズを愛してきた彼だ。
兄や姉が買ったそういうレコードを見たことがないか?という問いに、何人かの生徒がああそういえばと口にし、当の稲洲君も知っていますと答えた。
「『ステレオ!これがビートルズだ』とかでしょう?片側が演奏のみみたいな変なステレオのLPですよね。でもあれは日本で勝手にやったことで、だから新しいシリーズでちゃんとした曲順のレコードになったんじゃないですか?変なステレオでなくなったんですし」
うぅ〜む、自分が正しい歴史で育ったと思い込んでいるのを相手にするのは大変だと青葉先生は苦笑した。
これは少々長くなるがビートルズのレコード発売の歴史を話さねばなるまいと考えたが、彼のそんな考えは教壇で腕組みをしている女性に伝わってしまったようだ。
青葉先生のビートルズスイッチが入ったことを察知した彼女は今はそんなときじゃないだろうがっ!と腹立ち気分にあふれてきた。
外面似菩薩内心如夜叉とはいうが、今の伊吹マヤ先生は夜叉の方が表に出てきてしまっている。
しかも小さく咳払いをしたというのに彼は全然気がつかないので、余計に苛立たしさが募ってきてしまった。
「青葉先生っ!いい加減にしてください。今はそんなおしゃべりしている場合じゃないでしょう!」
その語気の荒さに思わず振り返った青葉先生は、そこに眦を吊り上げている愛しき人の顔を見た。
「あ、いや、あの、これは、惣流のですね、つまり、あいつが聴いた曲が、ですね、だから」
「曲のことはよくわかりませんがここでビートルズ談義をしていても何も始まらないでしょう。さっさと惣流さんのところへ行って確かめてくればいいんじゃないですかっ?」
そうだった、と気がついてももう遅い。
引きつりながらも何とか笑顔を見せて惣流家へ急行しようとした青葉先生だったが、ベルトの後ろのところをぐっと掴まれつんのめった。
「待って。先生一人じゃだめ。惣流さんが会ってくれません。洞木さん、お願いできるかしら?」
「はい」とすかさず返事し自分の鞄を取りに行った時にヒカリはちらりとトウジを見たが、彼はことさらに顔を捻じ曲げ視線を合わさないようにした。
これが男ってもんよと感謝の眼差しをわざと見ないようにしたのだが、残念ながら後に後悔してしまうのがまだ若いということか。
ヒカリと青葉先生が出て行ったとき、トウジは微かに溜息を吐き、そしてシンジの横顔を厳しい目つきで見据えた。
友人にそんな風に見られていることにまったく気がつかないシンジは、この騒動が平和裏に治まりそうな感じなのでこころの底からほっとしていたのである。
「さてと、惣流さんが嘘なんかついていないことがわかったら、どうする?みんなは」
伊吹先生は真剣な表情で教室中の生徒を見渡した。
青葉先生には反論できても、こういう場合の伊吹先生にはなかなか逆らえるものではない。
まだまだ自分たちが正しいとは思ってはいるものの、もしもと仮定されてしまえばうなだれる他ない。
「もしかすると、明日の放課後、緊急集合かけるかもしれないから覚悟しておいてね。それじゃ今日は解散」
きっぱりと言い切ると、伊吹先生は生徒たちに微笑んだ。
ぶつぶつ言いながらもみな立ち上がって教室から出て行こうとする中、見るからに肩の荷を降ろし気味だったシンジはその右の肩に物理的な重みをぐっと感じた。
その重みの主、トウジは友人の肩に置いた手をポケットに突っ込むとこう言い残して後を振り返らずに出て行ったのである。
「ちょっと顔貸してんか、センセ」
第8回目のためのあとがき
第8回を掲載いたしました。
豆腐メンタルで申し訳なく思います。
要はアスカが追い込まれる展開だったので筆が鈍っていたわけです。
騙し騙し書いていっては消してを繰り返し、
ついに後半の展開を大きく変更することで自分の気持ちに折り合いをつけました。
さあ、こういう終わり方をしたからには
次は早めに書かないといけませんね。
ちなみに今回出てきたSONYのラジカセですが、
XYZの方を所持していました。
しかし写真もカタログも残していませんでしたので、こんなのですよ〜とお見せすることができません。
リンクを張ることができませんのでこのサイトですよはいえませんが、
「SONY ラジカセ XYZ CFS−686」で検索するとXYZが。
「SONY ラジカセ ジルバップ CF-6600」で検索すると木目調ラジカセを見ることができるはずです。
でも、シゲルさんとは違い本当に欲しかったのは木目調の方で、した。
あ、今、思い出しました。
畳に置いていたXYZを不注意で蹴飛ばして倒してしまい、その巨体で塗料乾燥中のイギリス野戦救急車ローバー7を見事に粉砕してくれましたっけ。
今のラジカセしか知らない人には、7.8kgの重量級ラジカセって何に使うんじゃいってところでしょうね。
ジュン
感想などいただければ、感激の至りです。作者=ジュンへのメールはこちらへ 掲示板も設置しました。掲示板はこちら |