この作品は「新薬」「認知」「告白」「平行世界」の後日談です。
まずは、「新薬」「認知」「告白」「平行世界」をお読み下さい。
「ねぇ〜、シンジ。二人で美味しい紅茶専門の喫茶店でも開かない?」
「あ、それいいかも」
「小さくてもいいからさ、静かな住宅街かなんかで」
「うんうん」
「私が紅茶煎れて、シンジがスコーンつくるの。ランチタイムもと〜ぜん大丈夫よね」
「夜は?」
「う〜ん、お酒出すような店にしたくないから、夕方まででいいんじゃないの?だから軽食程度でいいと思うの。あ、それと、喫煙禁止」
「え〜、それじゃ、お客さん少なくなるよ」
「ダ・メ。煙草で紅茶の香りが損なわれるでしょ。禁煙喫茶なの」
「夕方までと禁煙じゃ、儲からないなぁ」
「あ、何かむかつくぅ。どうしてアンタはそんなに現実的なの?」
「はは」
「ロマンがないのよね、アンタは。私はシンジとそんな生活がしたいの…」
「……」
「これは、本当のことなの…」
「アスカ…」
「毎日の生活さえできたらいいの。お客さんがいっぱい来てくれたら、そりゃあ嬉しくなると思うけど…。それもいいけど…、私はシンジとゆっくりとした時間を過ごしたいの」
『平行世界』Act.1 第15使徒襲来 その壱 冒頭より
夢のお店 〜紅茶をどうぞ〜
Act.1 私たち、結婚しました
「この前の喫茶店の話、覚えてる?」
「うん、紅茶専門の禁煙喫茶で、夕方まで開店の儲からない喫茶店のことでしょ」
「ヤなヤツ。ほぉんとに、ヤな男になっちゃったね、アンタ」
「はは」
私はシンジを睨み付けたわ。最近、レイに冷たい眼差しの講習を受けてるんだけど、やっぱりど〜も性格に合わないのよね。どうしてもジロッて感じになっちゃうの。
「ごめん、アスカ。ふくれたアスカも可愛くて…ね」
あぁ〜ん、にやけてるわ!私絶対にやけた顔になってるわ!
ど〜して、私こんな女になっちゃったんだろ?
ドイツにいたときに一番嫌いだったタイプ。
惚気話するヤツ。彼のプレゼントを幸せそうに見つめるヤツ。携帯電話で嬉しそうに喋るヤツ。楽しそうに街角でデートしているヤツ。
だ〜い嫌いだった。ラブラブなヤツら。
一度、あの時の私に会いたいわ。4年後の私は、こ〜んなアンタの嫌いなヤツになるのよ、って。きっと、そんなことな〜い!なんて絶叫するわよね、あの時の私なら。
「アスカ、本当にしたいの?喫茶店」
「え…?」
「ただの夢?それとも…?」
「……」
「冗談抜きで答えてよ。アスカの答次第で、僕も真剣に考えるから」
「うん」
私は思わず小声で答えたわ。
シンジって…。やっぱり、大好き。
私の言葉に真剣に対応してくれる。
「もう…、少し返事は待って。私も夢なのか、本当にそういう生活をしたいのか、もう一度考えてみる。きちんと返事するから」
「うん、わかった」
見つめ合う二人。
相変わらず、シンジの瞳って綺麗…。
これはキスへのパターンに入ったわね。
別にあのドラマ見逃したって、問題なしよ。シンジとの時間の方が、何倍、いや何千倍も価値があるのよ!
ピンポン!ピンポン!ピンポン!
はぁ〜、ミサトね。
『ア、アアァッ〜!』
廊下からミサトの絶叫が聞こえたわ。ふん、あれを見つけたのね。近所迷惑な、オ・バ・サ・ン。
「ミサトさん、だよね」
「そ〜みたいよ」
私はシンジとのラブラブタイムが100%邪魔されることが間違いないので、一気に不機嫌モードに突入していったわ。
「あんな声上げて…、あ、見たのかな」
「たぶんね」
「どこまで聞こえたかな?」
「ここ静かだからね…。そろそろ、リツコが出てくるわよ」
面白そうだから、私とシンジは年増漫才を楽しむことにしたの。聞き取りやすいように、二人は玄関に移動したわ。
『ミサト、アナタ煩いわよ』
『ち、ちょっと、リツコ!これ見てよ!何これぇ!』
『何って、ネームプレートじゃない』
『それはわかってるわよ!問題はこれよこれ』
『これがどうしたのよ』
『アンタ、よく冷静に!プレートが変わってるじゃない!』
『それは状況が変われば、変更するのが当たり前でしょ』
『じょ…。変更って、アンタね!』
『その雰囲気じゃ、ミサト、アナタ今日郵便チェックしてないわね』
『そんなこと関係な…、あぁっ!』
ドタバタした物音と、扉の開閉音。
しばらくして、また開閉音がして、力のない足音が聞こえたわ。
ミサトのヤツ。ハガキを発見したのね。
『リツコ、アンタ…?』
『郵便物はきちんとチェックするのが基本ね。それに、あの子たち前からずっと言ってたじゃない』
『だって、最近ぜんぜんそんなこと言ってなかったから…』
『相変わらず、鈍いわね』
『昨日のシンジ君の誕生パーティーだって…』
『アラ、バレバレだったじゃない、昨日なんて』
『うそ…』
『あのアスカの顔見て何もわからなかった?って聞くだけ無駄ね。アナタ、始まってすぐ泥酔モードに入っちゃったものね』
『だ、だぁってぇ、最近子育てがぁ、昨日はみんなうちのこの面倒見てくれたから、安心して、ち、ちょっちぃ…』
『そのしゃべり方いい加減にしなさいよ。アナタのとこの子、最近アナタの口調真似てるわよ』
『は、はは』
『たしか、男の子、だったわよねぇ。この前うちで、わたしぃちょっちぃじゅぅすぅのみたいのぉ、なんて言ったわよ。レイが呆れてたわ』
『……、反省します』
『無様ね』
『はぁ…。じゃなくて!』
ドンッ!
ミサトが玄関を叩いたわ。
『今は、この子たちの話でしょうが!』
『あら、まだ何かあるの?』
『どわぁからぁ、いくら18才になっても!』
『司令が、じゃなくて総合所長が保証人になったから、問題は全くないわ』
『あ〜、だったら、みんな知ってんじゃない!ど〜して、私だけ仲間外れなのよ!』
『だって、ミサトが知ってたら、お兄ちゃんたち可哀想』
レイの声。
私とシンジは抱き合って笑いをこらえていた。
無料でこんな出し物が鑑賞できるなんて、ラッキーよね。
年増漫才からトリオ漫才にバージョンアップしたわ。
『わ、レイ!相変わらず唐突に出現するわね』
『失礼ね。私を使徒か怪獣のように』
『どうせ、アンタも知ってたんでしょ?』
『当たり前でしょ。私、妹だから。アナタはただの近所のおばさん』
『お、おば、おば、おば!』
『けのQ太郎は頭に毛が3本しかないの』
『私はQちゃんより、O次郎が好きね。可愛いから』
『アスカはドロンパ』
な、なにぃ!ドロンパ!って、ドロンパって何?
あ、シンジが苦しんでる。胸を押さえて…、笑いを抑えてるんだ。しかも爆笑を。
シンジがこれだけになるってことは、今のにかなり嵌ったのね。
ドロンパ、ドロンパ…。わからない。
悔しいわね。よし!後でネットで調べてやる。
覚えてなさい。レイ!そして、シンジ!
結果次第じゃ、只では済まさないわよ!
『私がおばさんだったら、同い年のリツコはどうなるのよ!行かず後家のおばさんじゃない!』
ミサトが反撃に出たわ。でもその攻撃はまずいわよ。言っちゃいけないこともあるの。私だって成長したんだから。ミサトとは違うのよ。
ほら、異様な沈黙がドアの向こうに展開されてるわ。リツコ&レイのW冷たい眼差しがミサトに浴びせられてるのね。怖いわ。
「く、く、くく…、ど、ドロンパ…、アスカが、ドロンパ…、ドロンパ…、く、く」
シンジが苦しそうに床でのたうち回ってる。
なんだか無性に腹が立ってきたわ。
ドロンパって、何なのよ!
『ごめんなさい…』
ミサトが素直に謝ったわ。
『いいの…』
『今度言ったら、二度と子供は預からないし、おかずのお裾分けもしないわ』
おおっ!レイは許さないわ。しかもこれは最後通告ね。もしそうなったら、可哀想に、隣のあの子は2才で死んでしまうのね。
『申し訳在りません!以後絶対に申しません!』
廊下に這い蹲った音がしたわ。マジックミラーつけとけば良かった。
ミサトはプライドを捨てたみたい。これが母の愛なのね、って、そんなことするよりも家事を覚えなさいよ!
『レイ…、もういいわよ。さあ、ミサト立ちなさいよ』
『許して…、くれるの?』
『リツコママが言うなら、仕方ないわ』
『さてと、あの子もう寝てる?』
『今、テレビ』
『連れてきなさいよ。アナタの家でくつろぐ気にはなれないから。レイ、コーヒー煎れて』
『はい、リツコママ』
『ビールは駄目ぇ?祝杯って奴で。あ、はい、わかりました。コーヒーお願いします!じゃ、連れてくるねんっ!』
ばたばたと隣室に入る音。
『いい加減主婦しなさいよ、ミサト…』
『無理、だと思います』
『はぁ…、でしょうね…』
私もそう思う。
『アスカ?そこで楽しんでるんでしょ』
あ、ばれてる。
「わかった?」
『ミサトのあの声じゃ、ねぇ。ミサトには、明日挨拶をすること』
「わかった」
『今日はミサトを引き留めとくから、新婚第二夜をゆっくり二人で過ごしなさいね』
レ、レイったら。
『でも、私まだ、おばさんにはなりたくないから』
ぼふっ!
「わ、わかってるわよ!私だって!」
『ふふふ、仲良く、ね』
二人は自分の部屋に戻っていったわ。
私もママって存在に憧れてるのは確かだけど…、あと何年かはシンジと二人でいたい。子供は二人できちんと育てられる環境をつくってから、ね。
いつの間にかシンジが復活して、気が付かないうちに私はシンジに背中を預けていた。
何か…、幸せすぎて、怖いくらい。
扉の開く音がして、ミサトがリツコの部屋に歩いていく。
『おめでと…、アスカ、シンジくん…、幸せにね』
一瞬、ミサトは立ち止まって、祝福の言葉を扉に投げていったわ。
ありがと、ミサト。
絶対に、幸せになるから、ね、シンジ!
振り返ると、シンジが優しい微笑みで頷いてくれたわ。
「さ、僕らも紅茶飲もうか」
シンジが私の手を引っ張って、立たせてくれた。
「はい、あなた…」
ぼふっ!ぼふっ!
言った本人も赤面してたら世話無いわね。
シンジが紅茶煎れてくれてる間に、そうね、私はさっきのドロンパでも調べましょ。
シンジが煎れてくれた熱い紅茶は、ドロンパのおかげでアイスティーに化けてしまったわ。
碇レイ、明日殲滅予定。
夢のお店 〜紅茶をどうぞ〜
Act.1 私たち、結婚しました
− 終 −