この作品は「新薬」「認知」「告白」「平行世界」の後日談です。

まずは、「新薬」「認知」「告白」「平行世界」をお読み下さい。

 

 

夢のお店 〜紅茶をどうぞ〜

 

Act.2 結婚発表

 

   

 2日後の月曜日、朝のホームルーム。

 奇蹟か設定か、レイとヒカリ、トウジと、おまけのケンスケも同じクラス。

 今、私とシンジはみんなの前に立っている。

先生に時間をもらって、あれを発表するのだわ。

私は黒板に大きく『碇アスカ』と書いたの。字の優劣はどうでもいいわ。

私は腰に手を当てて、高らかに宣言したの。

「3日前に私は!」

 私は黒板をバシッ!と叩いたわ。あまりの音に先生は持っていた出席簿を落としたの。いいのよ、気迫よ、気迫!

「この通りになりました。これでクラスに『碇』が3人になってしまいますが、私は!ミセス碇、または碇夫人となりますので、間違えないようにそう呼んで下さい」

 はん!決まったわね。

 あ〜ら、クラスのほとんどが旅立ってるわ、って、意識があるのは、シンジとレイ、ヒカリの3人か。そろそろトウジとケンスケも帰ってきそうだけど…。

「アスカ、碇夫人って、ちょっと変よ」

 みんな旅行中だから、ヒカリが周りを気にせずに喋ってくる。

「ど〜してよ、事実じゃない。事実」

「だからいくら結婚しても、何とか夫人って呼ばないわよ。普通」

「そうね、変よ」

「何よ、レイまで。じゃあね、若奥様は?」

「え〜、それはもっと変だよ」

「もぉ、シンジまで。そんなに変?」

「変よ。変。出席番号2番、碇の若奥様、次の問題にお答え下さい、って言わせるの」

「あ、いいわね、それ。そ〜よ、出席番号も2番になることだし。ほら、シンジ、アンタはもう2番じゃないのよ。私はアスカだから、私が2番なのよ。」

「別に僕は、2番でも3番でも、どっちでもいいけど」

「お兄ちゃんをいじめちゃ駄目」

「惣流、お前な」

「私は碇、碇なの!」

「まあええがな。そやけど名字で呼んでた連中は呼びにくいで。そんな変な呼び方でけんしな」

「どうしてよ!」

『はぁ…、これで惣流の写真は全く売れなくなっちまうのか。まあ、シンジべったりだから中学の頃より売上は悪かったのは事実だけど…。

 いや!待て!待てよ!これは売れる。売れるぞ!もしかしたら、これは!』

「まてよ、トウジ。俺は惣流、じゃなかった、碇の若奥様に賛成だ」

「お、おいケンスケ。お前、あっちに行ったときに精神が侵されたんやないか?」

「いや、俺は正常だ。他に呼びようが無いじゃないか」

「そやかて、若奥様はないんとちゃうか。もうちょっとやなぁ」

「いや俺は断然、若奥様を支持する」

 ケンスケが眼鏡を光らせたわ。へぇ、アイツ見直したわ。

「相田君、あなた」

「何、碇さん」

「また商売を考えてるんでしょ」

「は?何のことかな?」

「さっきのブツブツ聞こえたわよ。これは売れるって」

「は、わかったでぇ、ケンスケ。お前の考えてることが」

「な、何だよ」

「お前、若奥様ネタで大々的に売り出そ思とるやろ」

「げ」

「図星みたいやなぁ。まあ、あっちの業界では『若奥様×××』とか『△△の若奥様』みたいのが売れるらしいやんけ。お前、それを」

「不潔よぉ!」

 パシィ〜ン!

 ヒカリが私の代わりにトウジを殲滅してくれたわ。そうか、それはまずいわね。そんな目で私を見られたら、シンジが可哀想だわ。

「わかったわ。奥様ネタの呼称は一切禁止。いい?相田ぁ。私の写真にそんな売り出し文句を付けたら、レイに殺させるわよ」

「どうして私?」

「だって奥さんが殺人者になっちゃたらシンジが可哀想じゃん」

「私ならいいの?」

「要は相田が馬鹿しなきゃいいのよ。お兄ちゃんに恥かかしたくないでしょ、レイも」

「了解。不埒なことをすれば、出席番号1番・相田ケンスケは即時殲滅」

「わ、わかったよ。しないから、絶対にしないから」

 ふふふ、レイの冷たい眼差しに勝てる人間はいないのよ!

 でも、じゃ私を何と呼ばせたらいいの?

 その時、ニコニコ笑いながら私の言動を見ていたシンジがありきたりの提案をしたの。

「アスカ、呼び方はみんなに任せたら?」

「わかったわ、シンジ」

 決定。新妻は夫の言うことには逆らえないの。

「なんやねん。シンジの言うことやったら何でもええんか?」

「あったり前じゃん。シンジは私の愛しい旦那様なのよ!」

「だ…」

 シンジ以外、全員旅立ってしまったわ。

 仕方ないわね、呼び方はみんなに任せるしかないか。

 でも、こうやってみんなに発表できただけでも良かったわね。

 学校側との話し合いも円満に(一方的に)終わってるしね…。

 

「明日、私と碇シンジは婚姻届を提出します」

 一瞬、校長室から物音が消えたわ。物凄い効果ね。

「ついては、私の姓が惣流から碇に変わりますので、変更の手続きをしたいのですが、どうすればよろしいでしょうか?」

 う〜ん、何と礼儀正しい言葉なのかしら。トウジあたりが聞いたら、ジト目で見られそうね。

 校長室を選んだのは、生徒に聞かれたくなかったからよ。どうせ、この衝撃が収まったら、なんのかんのと無駄な抵抗を始めるでしょうから。相手は校長、教頭、担任、生徒指導、事務長といったお歴々。でも私には相手不足ね。束になってもぜんぜん大丈夫よ!

「惣流さん、少し待ちなさい」

 来たわね!さすがは学校の長、立ち直りが早いわ。いいわよ、どんどん来なさいよ!

「確かに男性が18才になれば婚姻が認められますが、未成年であり、また高校生であるということを考えておるのかな?」

「はい、校長先生。もちろん未成年である以上、婚姻届には保護者の署名捺印が必要です。但し、碇さんのご両親はすでにお亡くなりになられてますので、届けには私の両親のみが記入しています」

 私は校長の机に婚姻届を出したわ。既に全員復活していたから、5人の頭が届の上に集合したの。ところでパパとママのサイン読めるかしら?

「捺印がないようだが」

 はぁ…、お馬鹿な質問は生徒指導のアンポンタンね。

「はい、ご存じとは思いますが、外国には捺印という習慣が日本のようには確立されておりません。そういう届もサインで済ませるのが常識です」

 しかつめらしく頷く教師たち。ホントに知ってるの?

「もちろん、役所に於いてもそういう問題が懸念されますので、こちらが」

 私は届けの隣に一通の手紙を置いたわ。

「私の父が書いた、婚姻の認可書です。どうぞお確かめ下さい」

 校長は頷いて、中の書類を取り出したわ。あら、読めるの?

「教頭先生、これはどうやらドイツ語のようじゃな」

「はい、惣流の実家はドイツですので」

「わしは第2外国語はフランス語でな」

「申し訳在りません、校長。私は中国語でして」

 年長者二人は若手3人を見やった。ふるふると首を横に振る3人。

「内容は、娘のアスカが未成年に相当すると言うことだが、父親として碇シンジとの婚姻を認めているので、婚姻届を受領して欲しい、といったことが書かれています」

 5人全員が呆然と首を縦に振っている。

「さらに、碇さんの方は、保証人として、国家特別研究プロジェクトの中核をなしている、財団法人『ネルフ』の総合所長をしておられる冬月コウゾウ氏に署名捺印をいただいています。もし、お疑いでしたら、所長とはホットラインで連絡が取れますので、お話になられますか?」

 私は白々しく、ポケットから携帯電話を出した。

「い、いや、それにはおよばんよ。そ、そうなのか…」

 校長は額の汗をハンカチで丁寧に拭き取ったわ。

 まずは、これで婚姻の承認は取れたわね。

 

 今度はさっきのように簡単には行かないわよ。

 学校内での私たちの処遇が問題になるのよ。さあ、行くわよ、アスカ!隣のシンジは黙って微笑んでなさいよ。攻撃はこの私に任せなさい!

「あの…、先生?」

 まずは、最初から必殺技『女神の微笑み』をいきなり出すの!

「こちらの方への届けはどのようにしたらよろしいでしょうか?」

「あ、いや、事務長、婚姻による氏名変更というケースはこれまでにあったかな?」

「いえ、校長、このようなことは過去150年の当校の歴史において…」

 話が長いのよ!

「あの先生?婚姻という事例でなく、両親の離婚等で姓が変わることがあるのではないでしょうか?」

「なるほど!それです」

「わかりました。それならば書類もございます」

 隣でシンジが微かに震えてる。場所が許せば、腹を抱えて笑いたいのでしょうね。まあ、学校の有力者相手に、文字通り慇懃無礼な発言を続けてるんだから、わかるけどね。もっとも慇懃無礼かどうかわかってるのは、シンジだけなんだけど。

「では、書類等は後ほど事務室に取りに伺いますので、よろしくお願いしますわ」

 私は事務長に『女神の微笑み』を贈ったの。あらあら、年甲斐もなく少し赤面してるわ、って隣でシンジが微笑みながら、掌に血管を浮き出させてるじゃないの!

 まずい!まずいわよ!このパターンのシンジは危険よ!

 駄目よ、シンジ。こんなところでキレたら駄目よ!私でさえ、抑えきれないときがあるのに。

 年寄りを籠絡するのに、『女神の微笑み』を乱発したのが間違いね。シンジの嫉妬パワーは凄いのよ!困ったわ…。そうだ!シンジを嬉しがらせるには…。

「先生、うちの主人のことでお伺いしますが…」

 やったわ!瞬間集団固定よ!これで1分は大丈夫でしょう。シンジも…。

「アスカ…、まだ届けは出してないんだから、『主人』はちょっと…」

「あ、ごめんなさい、あなた。まだでしたわね…」

 と、私は隠れて練習していた、とっておきの新兵器を出したの。

 結婚のこの日のために、テレビや小説で研究に研究を重ねた、『奥床しい新妻』攻撃よ!

 薄く微笑みながら、目を伏せ加減にするのがポイントよ!

 どぉお!シンジ、惚れ直したでしょ…、って、シンジの顔がにやけたままで…、シンジも旅立ってしまったわ。

 いける!この攻撃はいけるわ!よしっ!お強請り、じゃなくって、夫婦仲が険悪になりかけたら、使いましょ!

 

 こんな感じで私はどんどんと問題を解決していったわ。

 ところが最後の最後で、生徒指導のコチコチ岩石教師と対立してしまったの。

「いや、事務的なものは別として、生徒に公表するのは反対です。他の生徒に悪影響を及ぼします。例えば、不純異性交遊を増長させる結果に」

 ブチンッ!

 後でシンジが私に言ったの。アスカがキレた音が聞こえた、って。

 あったり前じゃない!売られた喧嘩は買わなきゃいけないのよ!

 まず、声を低くしなきゃ、ね。啖呵を切ってはこっちの負けよ。

「あら、そうしますと、私も不純というわけでございますの?まあ、それじゃ、私恥ずかしくて学校へなど出てくることができませんわ。

 はぁ…、そのように人様に後ろ指を指されるのでしたら、いっそのこと、退学処分にしていただいた方が…」

 そして、私は白々しく俯いて、ポケットから白いハンカチを出して、目に当てたの。これをレイやヒカリが見たら、何て言うかしら。

 ふぅ〜ん、シンジもやるわね。私にあわせて、俯いて落胆した感じを出してるわ。

「僕は、アスカさんをそんな目には遭わせられません。アスカさんが不純と言われて退学となるなら、僕も同様の処分としていただきます」

 Goot!見事な連携プレーよ、シンジ!使徒をも撃ち破った、私とシンジのラブラブパワーにあんたらごとき普通の人間が勝てるとお思い?

「いや、私たちは退学だなどとは一言も…」

 わかってんのよ。学年主席の私と2位のシンジを退学なんかしたら、大問題だもんね。

 理事会あたりも動き出しそうだし、校長&教頭あたりはそれくらい読んでるから、無茶はするはず無いわ。

 その上、もし退学なんて騒動になったら、レイの親衛隊長の生徒会長なんか大騒ぎして(愛するレイ様のお兄さま&義姉さまのピンチですもんね)、

 生徒会対学校側の闘争になることは見えてるわ。考えただけでも…、面白そう。

「このことを隠さないといけないくらいなら、退学処分にしていただいて結構ですわ」

「惣流、お前教師を脅迫する気か!」

 はぁ〜、やっぱ岩石野郎ね。まったくお馬鹿な台詞。ま、確かに私が今してるのは、文字通り『脅迫』だけどね。で、どうするの?

「ひ、酷いです。き、脅迫だなんて…」

 はい、白ハンカチが再登場。シンジも怒らずに、俯く演技なんて絶品よ。さ、どうします、センセ?

「あ〜、先生、今のはまずいですよ」

 ははぁ。担任が寝返ったわ。

 そりゃそうよね、ここで私たちを擁護しなかったら、明日から悲惨なホームルームが待ってることくらい、担任だけに重々承知でしょうから。

「そうですね、ここは変に隠し立てしない方が…」

 校長の鶴の一声に、生徒指導本人がほっとしているわ。

「では、婚姻届を出した後で、誤解が発生しないようにきちんと説明させていただきます。それでよろしいでしょうか?」

 

 という約束で、誤解のないようにきちんと説明したんだけど…。誤解という字句の解釈に隔たりがあったみたいね。

 ま、いいか。二人の結婚については、これで勝手に校内全域に広まることでしょう。

 

 

 

 

 

 

夢のお店 〜紅茶をどうぞ〜

  

Act.2 結婚発表  

 

− 終 −

 

 

「夢のお店」Act.3へ続く