この作品は「新薬」「認知」「告白」「平行世界」の後日談です。
まずは、「新薬」「認知」「告白」「平行世界」をお読み下さい。
夢のお店 〜紅茶をどうぞ〜
Act.3 私の夢は…
「ふぅ〜、今日は疲れたよ、アスカ…」
「そうね…。あんなに見物人が来るなんてね。予想外だったわ」
シンジが私の煎れた紅茶を美味しそうに飲んでいる。
教室までは入ってこなかったけど、生徒が(たぶん100%の女生徒が来ていたと思うわ)廊下に押し寄せてきたの。
新婚カップルたって、私たちって、前とまったく同じなのにね。
「昨日の夜は、ミサトさんで疲れちゃったしね…」
「ホント、絡む、絡む。『おね〜さんに一言も言わないなんて酷いわぁ〜』これ、何回言ったと思う?」
「数えてたの?」
「途中で止めたわ」
「そうだね、でも嬉しかったんだと思うよ、ミサトさんは」
「うん、知ってる。だって一度真顔に戻って、私にこっそり言ったもん。『できることなら4年前に結婚させてあげたかった』って」
「へぇ〜、なんだか…、それって嬉しいよね」
「そうね。ミサトが一番近くにいたんだからね、私たちの。傷つけあってた時から、二人を見てたんだもん」
私たちはあの頃を思い出して見つめ合った。
本当に、夢みたい。今、シンジと二人、こうして夫婦になっている。
私は、幸福。
4年前にはこんなに幸福になっているなんて、想像もしてなかったわ。
エヴァ。チルドレン。使徒。闘い。
負けたくない、そう思っていたけど、勝って、生き残ったらどうしよう、なんて何も考えてなかった。
13才で大学を卒業した、究極才媛美少女。
エヴァのエースパイロットで、使徒との闘いに勝っちゃたら、あと残ってるのは世界征服くらいじゃないの?
ドイツにいたときには、真剣にそう考えたときもあったわ。
馬鹿げた考え。まるで子供。
シンジに会って…、その心に触れて…、自分の気持ちに気付いてしまったら…、もうお終い。
もし世界が手に入るとしても、シンジが…、唯一人、シンジが私の手に入らないのだったら、世界も、何も、私はいらない。
私はシンジだけが欲しい。シンジが手に入るなら、私はすべて投げ出しても良かった。
そう思っていた。
でも実際にシンジの心が私に在るとわかったら、気持って簡単に変わったわ。
今度はシンジと幸せな生活を送りたくなった。
そのためには、使徒に勝たないといけなくなった。
次には、ゼーレを撃滅しないといけなかった。
そして、勝った。私たちは勝ったのよ。
その後、この世界に私とシンジを邪魔するものはいない。
その筈だった。
でも、それから後の方が、戦っていたときよりも、私は怖く感じるようになっていたの。
これに勝てば幸福になれるって、目標があったから…。
その目標がなくなってしまったから…、眼前に立ちふさがっていた壁が崩壊して戸惑っていたのだろう。どっちへ、どうやって、進めばいいのか、見当が付かない。
よく世間で言われている、『危機状況下で知り合ったカップルは長続きしない』というジンクス。私は理解できるような気がした。
正直言って、危ない時があったかもしれない。
私…、馬鹿だから…、考え過ぎちゃうのよね。
シンジは凄いんだよ。
ホントに、凄いんだよ。
ちゃんと地に足が着いてるの。私と一緒にずっと暮らしたいからって、私をズンズン引っ張っていったの。
使徒とゼーレとの闘いが終わって、世の中が収まりだした、中学3年生の夏休み。
私はシンジに強引に連れ出されて、失踪した…。
つもりだったけど、翌日にはしっかりとガードが付いていた。さすがはミサト。ただのアル中じゃなかったわね。
何かしそうだと、それなりの用意をしていたと後で言われたわ。
とにかく、それから私はシンジに日本全国を縦断させられたのよ。
まず、修学旅行のリベンジで沖縄。沖縄の青い海と青い空が、妙に歪んでしまっていた私の意識を矯正してくれたみたい。
泳いで、食べて、泳いで、潜って、食べて、また泳いで…。シンジも何とか格好が付くくらいには泳げるようになったわ。専属の教師が良かったのね。
次に、九州。そして、広島から四国。大阪には1週間滞在したわ。
シンジはお好み焼きをマスターしようと、毎日お昼は違う店でお好み焼きだったの。大阪を根城に、京都と奈良に行ったわ。
その京都ではびっくりしたわ。
殺人的に忙しいはずの冬月司令(当時は司令って役職名が生きてたの)が突然現れて、ユイさんゆかりの場所を案内してもらったの。
たった半日だったけど、本当に信じられなかった。
その時、シンジと私に対するみんなの暖かい気持にようやく気付いたの。
殺伐とした闘いが終わって、みんな人間らしい感情を回復していったみたいね。シンジが私を連れだした理由がなんとなくわかってきたの。
『僕たちは子供なんです。だから我が侭をさせてもらいます。迷惑をおかけしますが、お願いします。ごめんなさい』
こんなメールをシンジは、出ていく朝に司令宛に送っていたの。さすがは司令ね。シンジの真意にすぐ気付いたみたい。
チルドレンは14才の少年少女に戻り(シンジは15才ね)、大人たちはその成長を見守る。そういう普通の生活を望んでいることがわかったの。
だからネルフの全員に『チルドレンを特別扱いせずに年相応の扱いをすること』を徹底させたの。
だからこそ、司令当人が無理にでも京都に向かったし(確かにこの役は司令にしかできないものね)、
あの無口なはずのガードの人たちだって時にはお話ししてくれて、仲良くなっちゃった。
こうして、日本海側から私たちは北上して、東北から北海道に渡ったわ。
北海道には、レイが待っていた。
おいてけぼりにして怒ってるかと思ったけど、シンジにあらかじめ教えられていた(このたびの目的がアスカのリハビリだって)ので、
ベタベタカップルの二人を見て、楽しげに笑って出迎えてくれたわ。
そして阿寒湖や摩周湖の辺りで1週間、夏休みの最後を過ごしたの。
その時、私は幸福だった。
本当に、幸福だった。
この幸福をずっと、ず〜と続けたかった。
そのためには、毎日の生活を…普通の生活をしていく。単純なんだけど、これまでの波瀾万丈な生活とはまったくベクトルの違う生活。
それができないと、すべてが崩壊してしまう。
私は理解したの。難しいけど、やらなきゃいけない。これまでの14年間とは全然違う生活。普通の女の子になるの。
湖の畔でシンジにそう告げたとき、やっと私のジレンマは解放されたの。
『自縄自縛』。
シンジからこの言葉を教えられたとき、私は腹を抱えて笑ったわ。本当にこの言葉通りじゃないの。
ありがとう。
みんな、ありがとう。
この旅行を通して、私は14才の普通の女の子に戻ることができたの。
シンジ、ありがとう。
やっぱり、私にはアンタが必要。
アンタがいないと、駄目アスカになっちゃう。
だから、私を見捨てないでね。
でも、私も知ってるよ。
アンタも私の面倒を見ることで自分の存在価値を見出そうとしていたの。
アンタにも私が必要。
私がいないと、駄目シンジになっちゃう。
だから、アンタを離してあげない。
ず〜と、一緒にいるんだからね。私たちは!
その湖で、レイに撮ってもらった写真。
その写真は大きくプリントして、リビングの壁に飾っているの。
もちろん、今も、写真の私たちは笑って、肩を寄せ合っている二人を見下ろしているわ。
私はそっと写真を見上げた。
二人並んで、カメラに向かってにっこり笑っている写真。
結婚したよ。
あの時のアスカさん。私たち、ちゃんと結婚したよ。
でもこれがゴールじゃないんだよね。
ゴールなんて何処にもないんだよね。
わかってるよ、ちゃんとわかってる。
将来の夢。
大学を出て、仕事をして、子供をつくって…、平凡だけど幸福な生活。
それでいいのかな?
私とシンジの能力なら、どこの大学でもパスするだろうし、就職も思い通りだろう。
でもそれじゃつまらない。
せっかく、シンジと一緒に生きて行くんだもの。
この奇蹟が何時までも輝き続けることができるように、何かしたい。
国が、とか、地球が、じゃなくて、シンジと二人三脚をしたい。
二人で何かをしたい。
あ!
だから、アレにこだわってたのか。
小さな喫茶店、に。
わかった!
じゃ、決めた。
喫茶店します。
シンジと二人で、喫茶店。
私が決めたんだから、シンジはOKするわ。
よし!アスカ、行くわよ!
「シンジ、決めたわ。あの喫茶店の話、先に進めるわ」
私はシンジにそう言って、微笑みかけたのよ。
夢のお店 〜紅茶をどうぞ〜
Act.3 私の夢は…
− 終 −