『紅葉の寺を歩いていくと』
「こんなところでお団子売ってたなんてねえ。」
満足そうに呟くアスカの横顔を盗み見ると本当に嬉しそうだったのでほっとした。
真っ赤な紅葉が、石畳を染めたように敷き詰められ、ちょっとした森のようだ。
空を仰ぐとその葉の重なりを透け、青い空が見える。
「あんた、よくこんなとこ知ってたわね。」
「このお寺は、知り合いのお墓があるんだ。それで。」
アスカはちょっと眉間に皺を寄せた。
「悪いこと、聞いちゃった? ごめん。」
「いや、本当にささやかな知り合いだから。」
この街は新しい街だから、そんなに古いお墓があるわけではない。
母さんのお墓があのそっけない集団墓地にあったように むしろそういうのが今は普通なんだ。
この寺も先祖代々の菩提寺だとか、特別なこだわりがあるとか、集団墓地が嫌いだとか、そういう人が入ってる。
巨大な街が作られる以前からの数少ない地元民だけが檀家となっている閉鎖的なお寺は他にもいくつかある。
このお寺もそういう古いお寺の一つなのだった。檀家以外にここに入ってくる人はめったにいない。
「だから、アスカはこのお団子を楽しんでくれればいいのさ。」
じっと見つめた後、アスカは「ん。」と返事をしてあんこ団子をぱくっと口に入れた。
「この餡のさらし具合が上品で、只者じゃないって感じよね。」
「もともと、東京の上野にあった老舗の団子屋さんらしいよ。」
「ふーン、江戸前って奴かぁ。」
お団子でも江戸前なんていうのかどうかは知らなかったけど、僕はあいまいに肯いて抹茶をすすった。
煎茶もいいけど抹茶も餡子には合うよね。アスカも、おうすを抱えて器用に回しながら飲んでいる。
そんな事どこで身に付けたんだろう。 時々アスカって不思議だよな。
言葉だってべらんめえ調の江戸っ子ことばだし。
「ああ、それはね。」
もう一個。今度は粒餡のかかった草団子だ。
「最初に日本語を教えてくれたのがママだったからよ。ママって東京で育った時期があったんだって。」
そんなこと聞いたこともなかったよ。
「浅草雷門はなんとかで〜帝釈天で産湯を浸かり〜って、お風呂でうなってたわ。」
それって随分離れた場所だけど、どこかで混乱しちゃったんだろうな。
とにかくまがい物でも何でも江戸っ子の文化が気にいっていたんだね。所謂変な外人だったってこと?
「研究者としては澄ましこんでたけど、家では落語聞いて大笑いしたりしてたわよ。」
アスカのお母さんはリツコさんのお母さんやうちの母さんと並んで有名な科学者だったと聞いていた。
風呂でうなって、落語で大笑い。胡坐かいて冷やそう麺をすすっていたかもしれない。
堅物でまじめな人って、抱いていたイメージががらがらと崩れそうになっちゃったよ。
「ごふっ、ごふっ。」
思わずむせると、アスカが背中を思い切り叩いた。
「何よッ、失礼ねっ!」
その顔が笑っていた。
紅葉の寺を歩いていくと −了−
挿絵:六条一馬
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