『今年3度目の雪』

 

 



今日は明け方前から雪が降っていた。街は雪に覆われ辛うじてそのままの景色を保っていた。
その日の下校時、アスカは僕に付いて来た。団子狙いなんだろうな。 


「雪だし、今日は団子屋さんは休みかもしれないよ。」 

「その時はその時よ。」 


石段を登り、山門を前にするとアスカも僕もその見事な様子に歓声をあげてしまった。 
左右から張り出した、ケヤキや桜の枝々に積もった雪の重なり。 
山門の瓦を写し取ったように白く積もった雪。それらにさらに斜めに降りかかっていく雪の線。 
その線は、目を凝らすと一ひらずつの雪の切片だ。 
アスカは傘をたたんだ。それを僕に押し付けると山門までの石段をさらに駆け上がっていった。 
途中で一度だけ振り返って笑った。白い斜線の向こうに行ってしまったように見えた。
アスカの姿が薄くなったように感じ、僕は不安になった。 
山門のところでもう一度彼女は振り返って手を振った。
けれど、その表情は降り積む雪に隠れて見えなかった。


「アスカ?」 

 




僕が山門に辿りついた時にはアスカの姿はそこにはなくて、只僕より少し小さな足跡が事務所の一角に続いている。 
アスカの足跡は飛んだり跳ねたりしていた。
それを辿っていくと、雪見障子の向こうに座っている彼女が見えたわけで。 
軒が張り出している場所に、アスカのレインシューズがちょこんと並んでいて片一方は倒れていた。 
そこを開けると、紅い敷物があり、すそを払って長靴を脱いで上がり、アスカのと僕の長靴を揃えた。
広間には木をそのまま薄切りにしたような机が幾つかあり、その向こうには大きな長火鉢があった。
時々パチ、パチと音がして、炭の独特な香りが匂っている。


「遅かったのね。ま、あんたが下向いてその植木の向こうを通っていくのが見えて面白かったけど。」

「アスカの足跡を追ってたんだ。」 

「上手に追えた?」

「猟師に追われたウサギごっこだったわけ?」 

「あら、よくわかったじゃない。」 

「アスカの本棚は僕も見てるからね。」 


紅葉の頃に来たときは、アスカがどんな本を持ってるかなんて知らなかった。 


「本棚を見ると、その人のメンタリティーがわかるって言うけどちょっと情報公開しすぎたかな。」 

「僕の本棚だって見てるじゃないか。」 

「あんたのメンタリティーなんて知ってもも知らなくてもなんら変わらないわ。」

「そ、それってどういうことだよっ。」 

「単純明快にお見通しだからよ。買ってきた本にすぐ影響されるけど長続きしないじゃん。」 

「悪かったね、単純で…」


大声で途中まで言いかけたら、そこに店のお姉さんが何かを運んできた。慌てて口を閉じた。
そういえば何も注文してなかったっけ。 甘酒2つと、餡団子2本が乗ったお皿が2つ。
もう注文してあったのか。


「こちらでよろしいでしょうか。」 

「はい、ありがとうございます。」 


アスカったら「完全に余所行き」の声でそう答えた。僕との会話で声を抑えていたのはそのせいか。
ぼ、僕だけが興奮してたみたいでみっともなくて。 


「では、ごゆっくり。」 


お姉さんは団子の皿を置いて下がっていった。


「ア、アスカっ。」 

「何かしら、シンジ君。」 

「図ったね。」 


キロッとした目でちょっと僕を見上げるようにして、くしゃっとした顔で笑った。 


「そ、そんな顔したってごまかされないからな。」 

「あら、何をごまかすって言うの。」


ぼ、僕がアスカのその表情に弱いの知ってて、女の子ってなんてずるいんだ! 


「なんでもないっ!」 


そう言って、団子を2つ、いっぺんに口に押し込んだ。 
ガウガウと噛んで飲み込むと、甘酒をグイとあおった。



今年3度目の雪 −了−

 

挿絵:六条一馬

「二人の季節」メインページに戻る