『年末は色々と忙しい』
想像していたよりこの街は雪が多かった。
降り込められた毎日。学校のほかは出かけるのは大晦日の買出しとかお正月の準備とかだけ。
お重を作るなんて事を何でアスカが知っているのか尋ねると、アスカのママはドイツに戻ってからも年末にはお重を作っていたらしい。もちろん中身は違うけどね。
「お重自体は日本から持って帰って来たらしいわ。立派な漆塗りの黒いお重だったもの。」
「へえ、今はそんなの手に入らないかもね。」
「たぶん、ママが亡くなって家を父親が売り払ったとき、何もかもガラクタとして売り払われたんじゃないかな。」
僕はちょっとしんみりしてアスカにかける言葉を捜したけれど、彼女の方が立ち直りが早かった。
「でね、ママのお重のメインはとにかく10種類はあるソーセージとハムとケーゼなのよ。
あと、最高なのはツンゲンブルートヴルスト。血のハムの中にタンのハムとか何種類も入ってるの。」
「へえ、日本でも手に入るのかなあ。」
「どうかな、生ハムを自分とこで作ってるようなお店なら今時分だったら作るかもね。」
「生の血を使うとなると、特別な免許とかが必要なのかもしれないね。
豚一頭潰して作るようなお店じゃないとなぁ。」
検索してみると、何とあの時々行くお寺の坂を下まで下っていった先の商店街がHITした。
そういう「こだわりのハムソーセージ」を扱っているお店があるらしい。
さっそく出かけて行った。100g450円。
決して安い金額ではなかったが横目で見たアスカの表情って。
高いからやめようなんて言い出せる雰囲気じゃなかった。
「散財させちゃった。ごめんね。」
最近アスカの雰囲気がどんどん変わって来てる様に思う。
「ごめんね」だって。アスカが?
それは僕らの住んでるこの日本の気候が変わって行っているように。
10月には鮮やかな紅葉になったし、11月半ばには雪が降り出した。
12月末の今は雪が50cmも積もって、気温は零下5度にもなる。
よくわからないけれど、昔の青森とか北海道って感じなのだろうか。
暑い夏日が毎日続いた反動で今度は雪ばかりになるとか。そんなうわさも聞いたことがある。
「久しぶりだから、甘酒でも飲んでいこうか。」
「いいね。行こ。」
石段を上がりながら、アスカは自然に僕の腕を取って自分の傘を閉じた。
振り返った僕に「枝が撓って降りてきてるから、傘が当ると危ないでしょ。」と言った。
団子屋さんは今日もちゃんと店を開けていた。
新年15日まではずっと休まないと言うことだった。
「甘酒を二つね。アスカはお団子食べる?」
「シンジは?」
「うーん、どうしようかなぁ。」
「じゃあ、一皿取ろうよ。」
「あ、それがいいな。すいません、一皿だけお願いします。」
雪がまだ降り続いていて、今日はどうやら大分積もりそうだった。
そういえば、初めてアスカとここに来たときは団子を5皿も食べたんだった。
ミサトさんもそうだったけれど、アスカは食べるだけ食べても太らない「お得な体質」だ。
この間見せてくれた写真もアスカを抱き上げているママはすらりとした人だった。
アスカによく似ていた。僕も母似だとよく言われていたっけ。
「ほら、甘酒来たわよ。」
気がつくと、アスカが甘酒の湯飲みをふーふーと一生懸命吹いていた。
「あれ?僕の分は?」
「ちょっと待ってなさい。いま。」
そういいながら、今まで吹いていた湯飲みを僕に渡した。
「なんて目ぇしてんのよ。この間あんた、いきなり飲んで舌やけどしたでしょっ。」
「う、うん。だから、冷ましてくれたの?」
「そうよっ、悪い?」
いや、悪くなんかないけど。そういう目をし、アスカを伺いながら口を付けた。
丁度いい温度だったので、ずず、と続けて飲んだ。
アスカの付けているルージュが微かに香った。
年末は色々と忙しい −了−
挿絵:六条一馬
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