『春休みが明けると
そこは新学年だった』



桜が満開になるとすぐ新学年。クラス替えがある。


「何でクラス替えなんかあるのかな、今まで通りでいいじゃないね。」

「新しい知り合いが増えるのは悪いことじゃないし、選択科目の差が大きくなるからね。」

「んもぅ、んなことわかってるっ。」


ぬるくなった紅茶をぐいと飲み干すと、アスカは立ち上がった。


「今朝は私、先に行くから。」

「え、なんでだよっ。」

「たまには私だって一人で学校に行くわよ。あ、今日は教科書も受け取るんだからね、忘れるんじゃないわよ。」


そう言って、机の上にバンと教科書購入登録書の写しと購入書を置いた。


「何だよこれ、僕が受け取って来いって事?」

「そうよ、あんな重いもん、当たり前じゃない。」

「ひどいよ、僕は2冊買うから重いのに。」

「2冊づつぅ?何でそんな無駄なことするのよ。」

「学校に一冊おいとけば軽くていいし忘れないし…」

「なにあんた、馬っ鹿じゃないのっ!復習とか予習とかどうすんのよ。」

「そのためのノートPCじゃないか。手書きのノートだってあるでしょ。」

「軟弱ッ!そんな無駄な出費は認めませんからねっ。」


アスカって、妙なとこで堅物なんだから。じゃあ、人に教科書買わせたり持たせたりはいいのかよ。
でも、この目つきの前じゃ、うーん結局肯くしかないのか。ちぇっ。
アスカはさっさと出かけ、僕は戸締りとか片づけをして大分後から家を出た。
あっ、今日は真っ直ぐ教室に行かないで、クラス編成を見てからじゃないと教室に入れない。
それから講堂に行かなきゃいけないんじゃないか。いつもどおりの時間じゃ間に合わないぞっ。
ゆとりを持って家をでた積りだったのに、結局猛ダッシュかけて走っていくしかなかったわけで。
ああ、自転車買おうかなぁ。
掲示板の前は黒山の人だかり。抱き合って飛び上がってる子とかいて、女子の喚声が響いている。
それに比べれば男子の声は静かなもんだ。


「碇はAだぜ。」


誰かが教えてくれた。2−Aか。ざっと見て自分の名を確認。
その次にアスカの名前を探した。「惣流 アスカ」あった、同じクラスだ。
なぜかほっとした。
時間がないので、他の奴の名はざっと見るだけ。
中学からの持ち上がりと1年のクラスメートは半分もいなかった。暫くは寂しいかな。
教室に入ると、もう誰もいない。
鞄やザックは置かれていたので、外の連中は一度確認してからもう一度行ったんだろう。


「シンジ。」

「アスカ。」


後ろから声をかけられたけど、もうアスカだということは声でわかっていた。


「また一緒だね。宜しく。」

「よろしくって、それだけなの?」

「他にって、別のクラスになったって一緒に暮らしてるんだし、朝夕も一緒だし。」


そう言いながら振り返ると、アスカはため息を付いて脱力、のポーズをとった。


「このニブチン!」

「いてっ!」


蹴られて、思わずしゃがみこんだ。目の前にあるアスカの脚の震えにその時やっと気が付いた。


「クラス別々だったら、どうしようとか、なに、ぜんぜん思わないわけ?ほんとにもう男子って!」


思わず見上げたら、「見るなっ!」って後ろを向いた。スカートが翻って…でもあまり感じなかった。
そのまま走って行ってしまったので、アスカがどんな顔をしていたのか永遠にわからないままだ。




講堂では、新しい先生の着任式と担任の発表があった。僕らのクラスはまぁ若い先生。
30代前半くらいかな。
きちんとした背広が浮いてる、と思ったら体育の先生だった。
と同時にオーラルイングリッシュの講師兼任だって。知性派なのか、体育会系なのか。
留学帰りのスポーツマンてところなのかもしれないな。
ちょっと正体不明という感じだが笑った顔は人懐っこそうで悪くなかった。
新任の先生は僕ら2−Aにとってはあまり関係なかったが、養護の先生がちょっと美人だった。
アスカは男女別に並ぶと僕より少し前のほうになる。
今度のクラスでもアスカをゆっくり眺めることができるいい位置になった。
そういうわけで朝礼は嫌いじゃなかった。しかも今日はさっき喧嘩?をしたばかりだしなおのこと。
その時、急に彼女が振り返って僕と目が合った。
その途端ちょっと頬を染めながら顔をしかめてべッ!と舌を出した。何なんだよ。
すぐに、生徒手帳の破られた欠片が回ってきた。
表には乱暴な字で『To イカリシンジ』
開けると『養護に見とれてるんじゃないッ!』これには苦笑するしかなかった。


「ねぇ、あの子はきみの彼女なのかい?」

「彼女なぁ。多分あっちにはそういう認識はないんじゃないかな。」

「凄いね、結構きみ、もてるんだ。」


おいおい、今何を聴いてたんだよ。自分が僕の彼女だなんてアスカは思ってないよ。
あれ?じゃあ僕は?
そうだよ、僕は自分のこと彼女のなんだって思っているんだろう。
そして、僕にとってアスカって何なんだろう。
その考えに取り付かれて、僕はさっきの奴につつかれるまでどこかに跳んでしまっていた。


「解散だよ。」

「え?」


ああ、何してたんだろう、僕。アスカが見咎めてたちまち飛んできた。


「ああ、またぼけぼけっとして。すみませんお世話かけました。」

「あ、さっきのメモの女の子。」

「えっ、中身見られちゃったの?」

「半分折っただけだもの、リレーした奴は皆見えちゃってるよ。で、何できみが謝るわけ?」

「何故って言われても…
なんか中学校の頃からの習慣というか。シンジの面倒見るのは私の役目って言うか。」


アスカはちょっと困ったように、それでいてちょっと嬉しそうな顔をして言った。


「シンジ君ていうんだ。これから僕も宜しく、シンジ君。うらやましいよ。」

「ま、待てよ。」


彼は大股でどんどん行ってしまった。追おうとした僕のシャツをアスカが引っ張った。


「あいつ、何か言ってた?」

「え?アスカは僕の彼女なのかって聞かれたから。」

「ええっ、あんたなんて答えたのよっ!」


剣幕に恐れをなして、僕は正直に答えた。


「アスカにはそういう認識は無いんじゃないかなぁって。」

「そうっ、そう答えたのね。」


アスカは僕の胸から手を離した。いつの間にか胸倉をつかまれていたんだ。


「なら、よかった。」


アスカは急に身を翻して走って行き、僕は講堂に一人きりで取り残されていた。ぽつんと。



春休みが明けるとそこは新学年だった −了−


 

挿絵:六条一馬

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