この作品は「新薬」の続編です。まずは、「新薬」をお試し下さい。 

 

 

 

 

 

 

認知 〜はじまりの朝〜

 

 

Act.2 認めたくないこのキモチ

 

 

 

 

 

 そのまま翌朝まで、私は部屋から出ようとはしなかったの。

 どんなにアイツが懇願しても。 

 アイツはとうとう諦めて、それでも晩御飯のトレイを部屋の前に置いていったわ。

 アイツが部屋に入った後、ようやく私はトレイを部屋の中に入れ、遅い晩御飯を食べた。 

 おにぎりが3つ、お漬け物と、高野豆腐、それに煮込みハンバーグの小さいのが4つ。

 今日は豚の生姜焼きじゃなかったっけ。

 そうよね…、生姜焼きよりもハンバーグの方が冷めても美味しいよね。

 アイツ…、わざわざ作ってくれたんだ。バカシンジ…。

 自分の恋心を認めようとしない私だったが、いろいろなことがわかるようになってしまっていたの。

 昨日までは気付いてなかった。

 アイツの行動の意味を。

 トレイの晩御飯が冷めても美味しいように、アイツがわざわざ作ってること。 

 私がトレイを取りやすいように、まだ8時なのに部屋に入って出てこないこと。

 そして、夜中に私が食べて外に出しておいたトレイを回収して、洗っておくこと。 

 これからも毎日お弁当を作り続けること。

 たとえ私がどんなに罵詈雑言をアイツに浴びせたとしても、アイツはお弁当づくりを…、いや私の世話を続けるに違いない。

 それは…、ただの優しさ?

 違う!違う!違う!

 絶対に違う!

 アイツは言ってた。嫌われたくない、と。

 人の顔色を伺い、すぐ謝る、情けないヤツ。

 私を怖がっているから?

 違う!

 私の過去を知っているから?

 違う!アイツが知っている筈ない。 

 私に嫌われたくない、から?

 そうなの? 

 私はわかってしまった。

 嫌いな人には嫌われてもいい。 

 自分の能力さえ認めてくれるなら、嫌われていてもいい。 

 自分という存在を必要としてくれるなら、嫌われていてもいい。 

 なんて、寂しい考え方なんだろう。 

 私には好きな人がいなかったのだろうか?

 ママ…。

 加持さん、ヒカリ…。

 嘘! 

 他に好きな人はいないの? 

 私には…。

 私が好きな人って、これだけ?

 アイツは?

 アイツはどうなの?

 情けないヤツ。

 冴えないヤツ。

 でも…、でも……、

 あ〜っ!て、もう!わかんないっ!

 ヒカリがあのジャージバカのことが好きなのは、見ていてすぐわかるのに、

 ど〜して自分の気持ちがわかんないのよ!

 私はベッドに俯せになって、枕に顔を埋めた。

 あ…。

 アイツの部屋の戸が開いた。

 静寂。

 微かな足音。

 私の目を覚まさせないようにしているんだ。

 そして、足音が止まる。

 しまった。トレイを廊下に出してなかった…。

 再び微かな足音、次に戸が閉まる小さな音。

 私は時計を見た。

 午後11時。

 アイツのことだから、また1時間くらい後に見に来るだろう。

 私はわざと音を立ててドアを開け、廊下にトレイを置いた。

 ドアを閉めるとすぐに、アイツが出てきた。

 そしてトレイを持ってキッチンの方へ向かう。

 でも…、トレイを持ち上げたその時、アイツが吐いた溜息が聞こえた。

 あ、駄目。

 これじゃ、私が喧嘩売ってるみたいにアイツは思ったのかもしれない。

 そりゃそうよね。

 アイツが部屋の前まで来たことを私は知ってるぞと宣言したようなモノだもの。

 せめて音をさせずに、そっとトレイを置いておくべきだった。

 あぁ…。

 私って、馬鹿…。

 馬鹿、馬鹿、馬鹿!

 違うの。

 食べ終わったことを早く教えたくて…。

 アイツに掛けさせている面倒を少しでも減らしたくて…。

 え?

 何、これ。 

 私は右手を頬に当てた。

 そこには、水滴が頬を伝って…、顎の方に流れている。

 涙…。

 私、泣いている…。

 どうして?

 哀しいの?

 悔しいの?

 何なのよ?

 わからない…。

 胸が苦しくなってきた。

 駄目!駄目よ!

 声を上げて泣きたくなってきた。

 私は慌てて、枕を抱きしめた。

 強く、強く。

 まだ、駄目。

 我慢できない。

 でも、我慢するの。

 我慢するのよ、アスカ。 

 私の泣き声なんか聞いたら、アイツ、また変な誤解して、わけのわかんないことしでかすわ。

 アイツに心配させられない。

 駄目、もう駄目、声が出ちゃう!

 私は枕に顔を押しつけた。

 その瞬間、嗚咽が溢れ出る。

 外に漏れないように、枕を強く押さえつける。

 息が苦しい。 

 こんなに泣いたのは…、ママが死んで…、そのお葬式の前夜、私はベッドで一人泣き続けた。

 誰も私の所には来なかった。

 慰めてはくれなかった。

 今みたいに、声を殺して泣いてはいなかったのに。

 周りの部屋まで充分聞こえる泣き声だったのに。

 その日から私は泣くのを止めたんだっけ。

 それなのに、私は今、泣いている。

 どうして?

 やっぱり、かまって欲しいから?

 違う!

 それなら、こんな息苦しいことしなくていい!

 泣き声聞かせたら、アイツは飛んでくる。

 私の様子を見に来る。

 ……。

 アイツにかまってもらえる。

 じゃ、どうして?

 どうして、私は泣いているの?

 泣き出したのは…、アイツがトレイを持っていったときに溜息が聞こえたから…。

 その溜息は、私の考えたことを誤解していたから…。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 私の、想いが、通じ、なかった、から……?

 そうなの?

 ……。

 そ、そんな…。

 そんなの、まるで…、恋する乙女、そのままじゃないの…。

 恋って、やっぱり、恋、よね。

 あの有名な、恋、よ。

 この、惣流・アスカ・ラングレー様が?

 そんな!

 み、認めないわよ!

 いくら私が泣いても、私は認めないわ!

 あぁ…、考えてることが滅茶苦茶になってきた。

 私、精神分裂?二重人格?

 大体、全身フル稼働で号泣してるっていうのに、どうしてこんなに冷静に思考ができるの?

 私、天才?

 あぁ、だんだんオバカさんになってきたわ。

 天才と気○いは紙一重、て言ったよね。

 私、もう駄目なのかも。

 明日の朝にはチンチラポッポ…、て何?

 あれ?

 変よ、変。

 私って、へっぽこ……。

 アスカは、へっぽこ……。

 ……。

 

 

 

 

 

認  知  〜はじまりの朝〜

  

Act.2 認めたくないこのキモチ

 

− 終 −

 

 

「認知」Act.3へ続く