この作品は「新薬」「認知」「告白」の後日談です。

まずは、「新薬」「認知」「告白」をお読み下さい。

 今回は少しシリアスが入ってます。

 

 

 

平行世界 〜あの日、あの時に〜

 

Act.2  間奏曲

 

 私が第15使徒の精神汚染に苦しんでいたとき、司令室は大騒ぎになっていたらしいわ。

 それはそうよね。

 レイが命令を聞かずに、私を助けるために独断で持場を放棄したのだもの。

 その上、私に呼びかけるレイの言葉にみんな驚いてしまったの。

 

『お姉さん!がんばって!今行くから!』

 

 あのレイが、私のことを『お姉さん』と呼んだ。

 その本当の意味が了解できた人間ほど、レイがそんなことを言うはずがないと確信していた筈だものね。

 

 レイはクローン人間。

 

 私はそれをシンジに教えられたの。

 LCL化したシンジが1週間後にサルベージされた後のことよ。

 シンジは私だけに、LCL化していた間に知った事実を教えてくれたの。

 

 愛する(照れるじゃない)アスカの元に一刻も早く戻ろうとするシンジに、お母さんがコンタクトしてきたというの。

 お母さんって、あの碇ユイさんじゃない。

 どうしてユイさんが、と思ったら、ユイさんが初号機のコアになってる、ってとんでもないことをシンジが私に告げたのよ。

 私は驚いたわ。そりゃそうよね。エヴァのコアが人間だったなんて。

 じゃ、もしかして弐号機は?

 ユイさんが言うには、惣流・キョウコ、つまり私のママがコアになっている筈、なんだって。

 私は、シンジの胸に縋り付いて泣いたわ。だって、嬉しかったんだもの。

 ママは私を捨てたんじゃなくて、私と一緒にいてくれたんだ。

 

 良い話は此処まで。

 後は吐き気がするくらい、厭な話ばかりだったわ。

 

 司令のこと。

 ネルフのこと。

 ゼーレのこと。

 セカンドインパクトのこと。

 使徒のこと。

 

 そして、一番不快になったのは、あの機械人形・ファーストのことだったわ。

 酷い!本当に酷すぎる。

 ジオフロントの地下に、たくさんの綾波レイが培養されている。

 はん!いくら言葉で飾っても、これは『培養』以外の何ものでもないわ!

 それとも『養殖』?

 クローン人間たって、人間は人間なのよ!

 可哀想な、あの娘…。

 私も随分酷いこと言っちゃった。謝んなきゃね…。

 

「で、アンタどうするの?」

「父さんの馬鹿な計画を止めたい」

「それは二番目にすることよ!」

「じゃ一番は?」

「アンタ馬鹿ぁ!あの娘を一秒も早く救わなきゃ!アンタ、あの娘がとんでもないとこに住んでるって言ってたよね」

「綾波のこと?」

「そうよ!あの娘、人間なのに、女の子なのに、道具として育てられて…!許せないわ!」

「アスカ…」

 私は大きく頷いた。

「行くわよ、シンジ!」

「うん」

 久しぶりのシンジの笑顔だ。

 あの娘…、あの娘がユイさんのクローンなんだったら、やっぱりシンジみたいに、いい笑顔をするんだろうな。本当は…。

 それ、見てみたい…。

 

 げぇ!何これ!こんな廃墟みたいなとこに、あの娘、住んでるの…?

 よぉ〜く、わかったわ。やっぱり彼女を道具としてしか見ていないのね、あのヒゲ司令は!

 たとえシンジの血を分けた父親でも、絶対に許せない。許してやるものですか!

 

 想像はしてたけど…、中も壮絶なものね。

 レイったら、シンジだけじゃなく、私まで此処に来たものだから、少しご不満のようね。

 あ〜、シンジが説明してるけど、巧く理解できないみたい。

 ここは私の出番ね!

 

「いい?これから私のことをお姉さんと呼ぶのよ!」

「?」

 固まったわ。見事に固まったわ。シンジの固まったのは見慣れてるけど、レイのは初めてね。結構、いい顔して固まってるじゃない。

 あ、シンジが復旧したわ。さすがに私の攻撃に慣れてるわね。

「アスカ。どうしてアスカが綾波のお姉さんになるの?」

「え〜っ!じゃ、シンジは私と結婚してくれないのぉ?」

「け、結婚!」

 ぼふっ!!

 シンジが赤色人に変身したわ。

「どうして?どうして、碇君とアナタが結婚するの?」

 あら、お帰りなさい、レイ。

「教えてあげるわ。私とシンジは恋人同士なのよ。だから将来私たちは結婚するの」

「……」

 わ、怖い。まさに冷たい視線ね。でももう私は動じないわ。どうしてアンタがそんな目で私を見るか、わかっちゃったもんね。

 アンタはね、ユイさんの記憶というか、そう、本能を受け継いでるから、息子を取られるような母親の心境なのよ!

「いいこと?レイ…」

 さあ、行くわよ、アスカ!

「……」

 名前で呼ばれたから驚いてるわね、アンタ。

「そうよ、これから私もアンタのこと、レイって呼ぶの」

「どうして?アナタは私のこと人形だから嫌いじゃなかったの」

「アンタは、人形じゃない!」

 レイは私の大声にたじろいでいる。

「アンタは人間よ…。立派な人間よ。誰が何と言っても、人間よ、道具なんかじゃない!」

「……」

「綾波…、アスカはね、いや僕も、アスカも、知ってるんだ。綾波のこと…」

「……」

「シンジ、アンタもこれからレイって呼びなさいよ」

「え?」

「だって綾波って名前、勝手に付けられた名前なんでしょ。アンタの妹なんだから、レイって呼んであげてよ」

「妹…。私、碇君の妹じゃない。私は綾波レイ」

「もぉ、碇君じゃないの。シンジのことは『お兄さん』!私はお兄さんのお嫁さんなんだから『お姉さん』!わかったぁ?」

「でも私は…」

「ああっ!焦れったいわねぇ、もう!いい、レイ?私たち3人は本物の家族になるの。

 アンタとシンジは血がつながってるんだから実の兄妹じゃないの!

 私はシンジの奥さんなんだから、兄嫁ね。アンタは小姑になるの。

 そして私はアンタにいびられるのよ。掃除が完全じゃないとか、うちのみそ汁の味と違うとか、兄さんのワイシャツにアイロンが掛かっていないとか」

「ごめん、アヤナ…、じゃなかった、レ、レイ。アスカは最近テレビで見たホームドラマの影響うけちゃってるみたい。でも」

「?」

「でも、アスカの言うことわかるよね」

 よし!シンジが狼狽えシンジくんモードから、頼れるシンジモードに入ったわ!

「正式には僕とレイがどんな関係になるのかわからない。

 でも母さんが元にされてるんだったら、間違いなく僕たちはかなり近い血縁者になるんだ。

 言っちゃ悪いけど、レイはあまり世間のことを知らない。だから僕が兄としてレイを支えるよ。

 アスカだって…。僕とアスカは、本当に将来結婚するんだ。だから今からレイのことを妹として考えたいんだよ、アスカは」

 よく言ったわ、シンジ!その通りよ!ふふん、棚からぼた餅よね。自分でも気付かないうちに、シンジのヤツ、婚約発表しちゃってるじゃないの。ふふふ。

「レイも知ってるように、アスカは口は悪いけど、レイのこと真剣に心配してるんだよ。

 今日だって、レイのことを知った途端に僕をここに引っ張ってきたんだ。レイにこんな生活をさせたままじゃいけないって」

「そうよ、レイ。アンタは今日から私たちと暮らすのよ。いい?これは決定事項なの!さあシンジ、引っ越しの用意して!」

「アスカ、ちょっと話が早すぎるよ。ほら、レイが困ってる…」

レイが困った顔をしている。か、可愛いじゃないの。ほら、アンタこんな普通の顔もできるのよ。

「えぇ〜い、煩い!ガタガタ言わずに引っ越し!」

「碇くん…」

「違う、違う!レイ、『お兄さん』よ」

「あ、あの…、お、おにいさ、ん…」

「何?」

「本当にいいの?私が一緒に、住んで」

「もちろん!だから兄妹なんだから、当然なんだよ」

「いいの?私…、普通の暮らしをして…、本当にいいの?家族になって、いいの?」

 あぁ〜ん、馬鹿シンジ。ここは『いいんだよ』って優しく抱きしめてあげるんでしょうが。もう!

 

その後、レイはすぐに私たちの部屋に同居した。

荷物っていっても、制服と学用品だけ。私服もなければ、日用品も装飾品もない。

ホントにとんでもない生活をさせられていたのね。可哀想って言葉だけじゃすまされないわ!

それから、私たちの『レイ・可愛い妹化作戦』が始まったの。ミサトも協力してくれたわ。やっぱり心のどこかで私たちにすまないって思ってるみたいね。

部屋の問題があったんだけど、とりあえずシンジがソファーで眠ることに落ち着いたの。

シンジが私の部屋で同居するっていう、私の最高のプランは多数決で否決されてしまったわ。

どうしてみんな不純に考えるんだろう?私は添い寝してもらうだけで充分幸せなのに。

 

まあ、いいわ。それよりも問題はレイのファッションだったの。素材がいいのに、ファッション性が皆無だからたちが悪いのね。

まず、翌日にデパートに買い物に行ったわ。レイの私服と部屋のアクセサリーとかを買うのが目的ね。もちろん、シンジは荷物持ち兼『似合ってるよ、レイ』係。

本当にレイは可愛いのよ。この1日でどんなに表情が出るようになったか。

そりゃあ、大声で笑ったりはしゃいだりはまだできないけど、あのお人形さんだった毎日に比べると雲泥の差よ。

あの顔で微笑まれたときには、私の得意技だった『天使の微笑み』という名称をレイに譲渡してしまったわ。

因みに私は『女神の微笑み』に昇格してるの。

 

それにね、帰り道で、レイったら、『重たくない、お兄ちゃん?』って言ったのよ!

『お兄ちゃん』よ!『お兄ちゃん』!

全然教えていないのに、『お兄さん』から『お兄ちゃん』に変更しているのよ、この娘は。

やるわね、レイ。これは将来大物になりそうだわ。

 次にびっくりしたのは、家事への順応性の高さね。

 あの部屋の状況だから、家事能力はミサトレベルと踏んでたんだけど、さすがシンジの血縁者。

 教えれば、何でも簡単にこなしていくのよ。きっとシンジは母親似なのね。正直、父親には似て欲しくないけど…。

 私も負けていられないから、ううん、このままじゃ直にミサト扱いされそうだから、レイに負けずとシンジに家事を教わったの。

 意外にできるからびっくりしたよって、シンジのヤツ、失礼よねぇ。

 きっとシンジのヤツ、家事を交代制にしようと考えてるわよ。はん!それはできない相談ね!……。

 だって、私が家事するのは、シンジが一緒、だから、するのよ…。一人で、なんてヤだからね。

 

 レイは徐々に私たちの生活にとけ込んでいったわ。ミサトやリツコも協力してくれた。きっと、彼女たちなりの贖罪の意味もあったんだと思う…。

 そして学校でもレイは少しずつ感情を表現できるようになってきた。

 ふふふ。ヒカリたちは驚いていたわ。だって、レイの変貌もそうだけど、私がレイに嫉妬してないってことが意外だったみたい。

 まあ、クローン人間だってことは絶対に言えないから、レイ自身も知らなかった、本当はシンジの腹違いの妹だったってことで逃げたわ。

 それはすんなり受け入れられたの。まあ、二人の様子を見ていれば納得よねぇ。

『はいレイ、お弁当』

『ありがとう、お兄ちゃん』

 くぅ〜、微笑ましいじゃない!

 そうそう、一般大衆は現金なものね。

 レイの『天使の微笑み』に呆気なく撃沈された連中が、レイの下足箱にラブレターの山!

 しかもレイのヤツ、1通1通に丁寧にお断りの返事をするものだから、懲りない連中が毎日毎日!

 仕方がないから、私が代わって殲滅してあげることにしたの。

 でも『惣流のヤツ、綾波の人気があがったからやっかんでるんだぜ』なんて陰口叩かれてたのがちょっとショックよね。

 そんな時、廊下で私にわざと聞こえるように私の悪口を言ったヤツに、レイが平手打ちをしたの。

『アスカは、そんな人じゃない。私のことを思いやってくれる、優しい人…。悪口は私が許さない…』

 レイの絶対零度の眼差しは健在だったわ。

 でも、土下座をして謝るそいつに『わかればいいの。叩いて悪かったわ。ごめんなさい』なんて言うものだから、

 レイの信奉者はさらに増えて、親衛隊が組織されたみたい(カメラバカの情報よ)。

 

 それでも…、レイは私のことを『お姉さん』とは呼んでくれなかった。

 

 

 

 この時までは。

 

『お姉さん!がんばって!今行くから!』

 

「がんばるわ!レイ!私、負けないわよ!」

 

 

 

 

 

平行世界 〜あの日、あの時に〜

  

Act.2 間奏曲

 

− 終 −

 

 

「平行世界」Act.3へ続く