「こら、レイ!早くおにぎり食べてよ。アンタの鞄重いよ!」 「ぐわげぇ」 「はいはい、返事はしないでいいから、早く食べる!」 聖ネルフ学園1年生の私、惣流・アスカ・ラングレーと、隣人の転校生・綾波レイ。 その二人が学園に向かって走っている。 私は両手に通学鞄。レイは両手におにぎり。 そのレイの心の中には、私が愛する碇シンジの心も宿っているの。 深夜限定で身体を支配するっていう、まるでモンスターみたいな設定なのよ。 レイはそのことを知らない。 身元不明の美少女・レイはようやく私に心を開いてくれるようになったんだけど…。 さっさとおにぎり食べてよね!
私は担任のマヤちゃんに頼んで、朝のHRに時間を貰ったの。 目的はレイの好感度アップよ。 昨日の転校初日には、持ち前のクール&ドライで、 ほとんどのクラスメートを敵に回すっていうとんでもないことをしでかしちゃったからね。 ここは私がでしゃばらせてもらって、レイの可愛さをアピールするのよ。 「えっと、昨日の綾波さんの自己紹介でかち〜んときた人が多かったと思います」 私は開口一番、レイの悪かった点を指摘したわ。 みんな私の言葉にきょとんとしている。 「まず、その件について綾波さんに謝ってもらおうと思うんです」 私の情け容赦もない発言にクラスメートたちはびっくりしたわ。 そして、私に並んで立っていたレイが深深と頭を下げるのを見て、教室がざわざわと騒がしくなった。 「ごめんなさい…」 レイの小さな声は教室の全てには聞こえなかったと思う。 だから、ここは私のフォローがいるの。 「は〜い、ちょっと聞いてよ。あのね、レイ…じゃなかった、綾波さんは私の隣の家に住んでいるの」 私は口調を一変させて、いつもの感じに戻したわ。 これも演出のひとつよ。 「それとこのレ…、綾な…、もうレイでいいよね。 このレイはアメリカから帰ってきたばかりで、私たちとちょっと感覚がずれてるの。 だから多少無愛想なところもあるけど、その辺は大目に見て欲しいの。 お願い。そういうことで、このレイをよろしく!」 そして、この私が頭を下げたの。 教室がその瞬間、静寂に包まれたわ。 だって、天上天下唯我独尊惣流アスカラングレーって長ったらしいネーミングをされてる私だもの。 その私が頭を下げるところなんか、誰も見たことがないし、 頭なんか金輪際下げるわけないと誰もが思っていたはず。 私の敵も味方も中立も、すべて声を失っていたわ。 ふっふっふ…、こういうのって結構気持がいいわね。 そのとき、レイがすっと耳元で囁いたの。 「アスカ…邪悪な笑み」 ぎくっ!また出てた? 私の引きつった表情を見て、レイが微笑んだ。 よし!今よ! 「じゃ、とっておきのものを見せてあげるわ」 私はそう言って、私の方を見ていた微笑みのレイの顔をぐいっと前に向けさせたの。 その瞬間、教室にどよめきと黄色い歓声が溢れたわ。 でも、3秒後には失望のざわめきに変わっちゃったんだけどね。 だって、レイが意味なく微笑んだりしないもの。愛想笑いなんかできないからね。 すぐにいつもの無表情に戻っちゃったから。 私は教室のざわめきを楽しんでいたわ。 レイの方はきょとんとしている。歓声とかざわめきが自分の仕業と思ってないみたい。 「あ、あの…」 横からマヤちゃんが声を掛けてきた。 「すみません。もうすぐ終わりますから」 「い、いえ…。時間はいいのよ。あの…もしよければ今のをもう一度…駄目?」 はい?今のって、レイの微笑みのこと? なんと、マヤちゃんまで!まあ、可愛いもの好きだもんね、マヤちゃんは。 「レイ。先生のリクエストよ。笑える?」 「無理。おかしくないもの」 そうよね。う〜ん、でもここで駄目押しは必要だわ。 作戦がひらめいた私は、マヤちゃんの耳元にあることを囁いたの。 マヤちゃんは即座にうなずいたわ。 よし!これで大丈夫。 みんなにレイの至福の微笑みを披露できるのよ。 私はレイのところに戻り、小声で言ったの。 「レイ」 「何?」 「今日の放課後は、みたらし団子よ」 「みたらし…それは何?美味しいもの?」 「そうよ、昨日の貞雪庵の人気メニュー第2位よ」 「胸焼け…しない?」 くくく、昨日のおしるこ胸焼けが相当こたえたみたいね。 「大丈夫よ。私の指示どおりに食べたらね」 「いっぱい食べてもいいの?」 「そうね、10本くらいなら胸焼けしないと思うわ」 「そう…じゃ、アスカの言う通りにする」 あ、少し頬が緩みだしたわ。もう一息よ。 「それはそれは、美味しいのよ、みたらし団子は。程よく焼かれた白いお団子に、甘〜いたれがついてるの。 ああ…早く食べたいわ」 「私も…楽しみ。みたらし団子…早く会いたい」 おいおい、日本語間違ってるって…。あ!来た、来たっ! まだ見ぬみたらし団子に思いを馳せて、レイが恍惚の表情よ。 「うおぉ〜」「きゃぁ〜」「可愛い!」 またもや教室は歓呼の嵐。 拍手まで始まっちゃったわ。いわゆるひとつの、スタンディング・オベーションよ。 まるで、前に見たアニメの最終回みたい。「おめでとう」ってね。 そりゃそうよ。レイの微笑みは殺人的なんだから。 この私でさえうっとりするくらいなんだもの。 そういや、違った世界でうっとりしている人がぶつぶつ言ってるのが聞こえるわ。 「綾波さんと惣流さんと3人で甘味処…。早くならないかしら、放課後に」 こうして、レイの好感度アップ大作戦は大成功に終わったわ。 さすがは私!
やりすぎちゃったかもしれないわ。 レイの微笑みの噂は、瞬く間に校内に広がったの。 まるで天使の微笑みだって。 しかも、それからレイは二度と微笑まなかったから、余計に噂は神秘性を増したわ。 1年B組の人間だけはそれを見ることが出来たってわけ。 放課後まで、いろいろとレイを笑わせようとしたクラスメートがいたけど結果はもちろん無表情。 そう簡単にレイが笑ってたまるもんですか! ま、その辺はゆっくりと、ね。別に私はレイを独り占めしようとは思ってないんだし。 私が独り占めしたいのは、この世界中で碇シンジただ一人なんだもん! もしそれを邪魔する人は絶対に許さないわ! たとえ、それがレイやヒカリであってもね。
次にレイが微笑んだ場所は、やっぱり貞雪庵だったわ。 マヤちゃんの前に私とレイが仲良く並んで、みたらし団子を頬張っているの。 レイは一口食べたその瞬間に、にっこりと微笑んで遠い目付きになった。 「美味しい?綾波さん」 マヤちゃんの質問にレイは力強くうなずいたわ。 そして、マヤちゃんは3本食べたあとは山のように積まれた団子のお皿を私たちに任せて、 机に頬杖をついてニコニコしながら私たちの食べっぷりを見てるの。 その様子はホントに楽しそう。 この様子じゃ、あの噂はホントなのかしら。 それは、マヤちゃんが聖ネルフ学園の教師になったのは…、 “女子高生が好きだから!”なんだって。 お願いだから、それがディープな意味を持っていないことを祈ってるわ。 目の前のマヤちゃんの瞳の輝きを見ていると、どうも怖いんだけどね。 レイはみたらし団子にすっかりご満悦よ。 でも昨日の胸焼けには懲りたのか、ゆっくりとお茶と一緒に団子を食べてるの。 それから、10本目を食べた後に私の顔を見るのよね。 「まだ欲しいの?」 こくんとうなずくレイ。 か、可愛いじゃない。ほら、マヤちゃんがぽぉ〜と見とれてるわ。 「そうね、じゃあと3本ならいいわ」 私の返事に嬉しさ半分哀しさ半分って感じの複雑な表情をしているわ。 もっと食べたいんでしょうけど、却下よ。 「すみませ〜ん。あと一皿くださ〜い!」 「ね、惣流さん。先生に気を使わなくてもいいのよ。好きなだけ食べていいわ」 マヤちゃんは誤解したみたい。ごめんね、私は全然気を使ってないんだけど…。 ところがレイはマヤちゃんの言葉に、もっと食べられるものと思い込んじゃったの。 すっごく、いい顔になっちゃったもん。 その顔を見て、マヤちゃんが頬杖したまま目を細めてるの。 私の第六感はその表情にとっても危険なものを感じたわ。 マヤちゃんは要注意と。 うん、私にはこんなアプローチはなかったから、きっとレイみたいなのが好みなのね。 「駄目ですよ。昨日レイったら、おしるこ食べ過ぎて、酷い胸焼けになっちゃったんだから」 ほんわかムードの二人に、私は頭上から冷水を浴びせたの。 あ、レイが少し頬を膨らましてる。 ほんの少しだけど、だんだん表現力がついてきたのかな? 「え、そうなの?それは残念だわ」 「先生!その代わりっていっては何ですけど、お土産はいいですか?!」 「え!お、お土産?」 返事を躊躇っているマヤちゃんの心中は、 レイが喜んで食べている姿を見たいから奢ってるのよ、てとこね。 家で食べられてもお財布の中身が少なくなるだけだから…と考えているはず。 じゃ、とっておきの攻撃を致しますか。 「レイ、お夜食におしるこ食べたいよね?」 「おしるこ…5杯食べたら胸焼け…でも1杯なら大丈夫。食べたい」 「じゃ、マヤ先生にお願いしなさいよ」 「お願い。どうすればいいの?」 「マヤ先生に聞いてみなさいよ」 「え…」 レイは戸惑ってマヤちゃんを見つめたの。 私にはこの時点で、お土産確定がわかっていたわ。 あとはこの二人のやり取りを楽しませてもらいましょ。 「先生。私、わからない。お願いはどうすればいいの?」 「え、綾波さん?」 突然、ウルウルした瞳で見つめられて、マヤちゃんがあたふたしてる。 レイの天然攻撃は慣れてないと、まともに受けちゃって被害甚大になっちゃうわよ。 「お願いって…?」 「わからないの。私、どうしてもわからない。お夜食におしるこを食べたいのに…」 みたらし団子に夢中で、私とマヤちゃんの話を聞いてなかったレイはお土産の一件がわからない。 ただ夜食におしるこが食べたいと言う一心で、瞳を潤ましているの。 ホント、レイの食欲って凄いっていうか、まるで幼児みたい。 まるで小さい時から美味しいものを食べたことがないみたいに、ご馳走に目がないわ。 「綾波さんは、おしるこが食べたいの?」 「はい。私、おしるこをお夜食に食べたいんです」 マヤちゃんの問いに、真っ直ぐに真剣な面持ちで話すレイ。 出ました!見る者を石に変えるといわれるメデューサの眼光にも負けない、レイの眼差し。 マヤちゃんの笑顔がちょっとひきつってるわ。 ぷっ、おっかしい! 我慢我慢。ここで笑ったら、例の“邪悪な笑み”になっちゃうのは確実よ。 「そ、そうなの…?食べたいのね」 「はい…!」 燃えている!燃えているわ!静かに、熱く、レイの食欲が。 ここよ、マヤちゃん。ここで食べさせてあげるって言えば、極上の微笑みを見られるわよ! 「そ、そう…。じ、じゃ…先生がご馳走してあげよう、かな…?」 恐る恐る言ったマヤちゃんに、レイは怪訝な表情をしたわ。 「ご馳走…。それは美味しいもの。先生が美味しいもの…?」 ぷっ! 私はとうとう吹き出しちゃった。 「レイ、アンタ馬鹿ぁ。ご馳走の意味が違うわよ」 レイはきょとんとして私を見たわ。 「マヤ先生の言ってるご馳走は、ここのおしるこをお土産で持って帰れるように奢ってくれるってことなの」 「……!」 レイは了解した。 そして、最大級の喜びをマヤちゃんに示したわ。 今朝の特訓で編み出された、“感謝の微笑み”よ! マヤちゃんは至近距離で直撃弾を食らってしまった。 もちろん、マヤちゃんは撃沈。こっちの世界に戻ってくるのに数分かかったの。 その間、当のレイ自身はマヤちゃんに何が起こったのか皆目わからずに、首を捻っていたわ。
「ご、ごめんなさいね〜。先生、ちょっとぼぉ〜となっちゃって。 じゃ、おしるこのお土産。惣流さん、頼んでもらえる? 先生も家で食べるから全部で3つね」 「はい!ありがとうございます! すみませ〜ん、おしるこをお土産でお願いします。全部で4つ!」 「え?」 「あ、一つはママの分です。もちろん、その分は私が払います」 ごめんね、ママ。これ、シンジの分なの。ちょっと名前を借りちゃった。 マヤちゃんは4つとも払うって言ってくれたけど、私は固辞したわ。 シンジのものは私が払う。 絶対にこれだけはゆずれないの。 だって、約束したのは私だもん。
「じゃ、また明日ね」 貞雪庵の前でマヤちゃんは、ニコニコ笑いながら私たちに胸の前で小さく手を振った。 私は頭を下げ……、レイがぽけっとしてたから、レイの頭も押し下げてお礼を言ったわ。 「ありがとうございました。ごちそうさまでした!ほら、レイもお礼言いなさい」 「ごちそう、また食べたいの。先生、ありがとう」 変な日本語とともに、レイはにこりと笑ったわ。 くわ!何てお礼なのよ! ま、いいか。言われたマヤちゃんが喜んでるんだから。 「ううん、また来ましょうね」 「はい、明日」 「は、はは…。毎日はちょっと…むりかな…」 私は肘でレイのわき腹を突付いたわ。 はぁ…。こりゃ、礼儀作法も教えないと駄目ね。 「でも、綾波さんが甘いものが好きなら、今度の学習旅行が楽しみねぇ」 「はい?」 「だって、京都は和菓子の本場でしょ」 「あ、そうですね。よかったじゃない、レイ」 「和菓子も美味しいの?」 「そうよ。自由行動の時にごちそうしてあげるわ」 わ!マヤちゃんたら、何気なしに旅行のときの約束取り付けてるんだから、抜け目ないわね。
私は、この時には気付いていなかったの。 学習旅行は3泊4日。 みんなでお泊りなの。 ……。 泊まるってことは、夜中にシンジに変心したら、どうなっちゃうの?!
第5話 「嵐を呼ぶ転校生」 −終−
<あとがき> ジュンです。 第5話掲載です。展開が遅いぞ!う〜ん、私の方針である日常LASSSならではの、この遅さ。 LASといいながら、今回もシンジは出ていない! 大丈夫!絶対にLARにはしませんから。LRMもないですよ。Mはミサトじゃなくてマヤちゃんですが。 私には耽美な世界は描けませんので。あしからず。 レイがちょっと食い意地が張りすぎてますので、アスカにある程度調教してもらいます。 今回、伏線を張りました。覚えておいて下さい。おっと、わかった人は掲示板にカキコは駄目ですよ!作者が拗ねて続きを書かなくなりますから。どうしてもいいたい場合は、木の洞に大声で叫ぶか、私にメールで! 2003.1/10 ジュン |
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