私とレイの仲直りパーティーはすっかり盛り上がったの。

 そのとき、リビングの扉が開いて、懐かしい声がしたわ。

「あら、パーティー?楽しそうね。どうも絶好のタイミングでおじゃましたみたい」

 おば様!

 私は振り返った。

 相変わらず綺麗なおば様が戸口に腕組みをして立っている。

 そう、3年ぶりにシンジのママが帰国したのよ。

 

私が愛した赤い瞳


第13話 「帰ってきたおば様」

 

 

「おば様、お帰りなさい」

「ただいま、アスカ」

 3年前とぜんぜん変わってないわ。

 相変わらず、髪の毛を金色に染めて…。どうせなら眉毛も金色にすればいいのに。

「おかえり、リツコ」

「ただいま帰りました。キョウコ先輩」

 リツコおば様はママに軽く頭を下げたわ。

 二人は同じ研究所の先輩後輩なの。ママは引退しちゃったけどね。

 それからおば様は視線をレイに移したの。

「綾波さん…ごきげんよう」

「はい、碇博士」

 うわっ!他人行儀!少なくとも3年は一緒にいたのに…。

 そっか。シンジの母親としては、レイの心の中にいるシンジのことが引っかかっているのね。

 ヒカリが小学校のときに顔なじみだったけど、渚はシンジのママだって紹介されたときにどことなく変な表情をしたわ。

 確かにシンジの一家は親子3人とも微妙に雰囲気が違うもんね。

 おば様に驚いていたら、おじ様には絶句しちゃうわよ。

「さて、このお料理私も頂いていいのかしら」

「もちろんよ。はい、そこ…レイちゃんの隣に座って」

「ありがと」

 ママがお箸とお皿を準備すると、レイが大皿から食べ物を入れてあげたの。凄く自然に。

 そのお皿を受け取ると、おば様はじっとレイを見つめるの。

「ありがとう、レイ」

「いいえ」

 何なんだろう、この二人の雰囲気は。 

「あら、レイはお肉を食べられるようになったのね」

「はい」

「そうよ!最初は恐る恐るだったけど、ママの料理は絶品だもん」

「アスカ。それは私の料理が不味いってことかしら」

 わ!しまった!確かにおば様はレトルトと出来合い専門だったけど…。

「どうせ、私の料理は美味しくないわ」

 わざと拗ねてみせるおば様に、私は首を竦めたわ。

「でも、碇博士のコーヒーは美味しいわ」

 ぼそりと言ったレイにおば様は目を細めた。感情を殺したような、科学者の眼…って感じなのかな?

「じゃ、あとで煎れてあげる。キッチン借りますね、先輩」

「いいわよ。あ、レイちゃんだけじゃなくて、私も含めて全員の分よ」

「はい。わかってます。先輩とアスカの分は特別苦くしておきますわ」

 げげ!私も?

 

 9時過ぎにはヒカリと渚は帰ったわ。

 リビングに残ったのは、私とレイ、それにママとおば様だけ。

 私の憧れのおば様。シンジを産んでくれたというだけでも大感謝のおば様。

 でも…近くで見たら、おば様、少しやつれたみたい。

 そりゃそうよね。シンジがこんなことになってんだもん。

 日夜研究の連続でしょうから。

 日本に帰ってきたのは…あ、そっか、きっとレイの様子を見によね。

 もう2ヶ月になるものね、レイが来てから…。

 私は今度の誕生日で16歳だけど、リツコおば様はその歳でシンジのママになってたんだもん。

 私には真似が出来ないわ。

 ううん、ママになるだけならそりゃなれるけど(でもその気はまだないわ!)、

 リツコおば様はそれから博士号を取って、バイオテクノロジーでは日本でも有数の科学者なんだから。

 やっぱり、私の憧れの人だわ。家事くらいできなくてもいいじゃない。

 でも、ママはどうして研究を止めたんだろう?

 私のせい?私が産まれたから家庭に入ったの?

 私が質問しても、ママは決して真面目に答えてくれない。

 にっこり笑って、「アスカがお腹にいたらママはお馬鹿になっちゃったのよ」とはぐらかすの。

 惣流キョウコといえば、かなり有名な科学者だったらしいわ。

 あのママにラブラブのパパが研究を止めさせたとは考えられないし…。

 う〜ん、駄目。全然わかんない。

「さてと、レイにアスカ。ここからは大人の時間だから。先輩と二人にしてもらえるかしら?」

 あ、っともう10時半か。

 あと少しで、シンジに変心しちゃうもんね。

 

 レイとの喧嘩の話をすると、シンジは大笑いしたの。

 レイの身体で大笑いされると、むかつくのよね。

 だってシンジに大笑いされたら、問答無用で再起不能寸前まで叩きのめすのに。

 レイじゃそんなことできないんだもん。

 でも、レイの大笑いしている姿ってあまり見ないから新鮮でいいわ。

「だ、だから言っただろ。カヲル君ってアスカが思ってるほど変なヤツじゃないって」

「じゃ、少しは変なヤツだって、シンジも認めてるんじゃない!」

「はは、それは…そうだね。何せカヲル君だからね」

「だけど、けっこういいヤツなのかもね」

「うん、そうだよ。見かけや言動よりも初心だし…」

「あ、そうだった。レイのこと名前で呼ぶのに、30分かかってた」

「だろ?」

「うん、レイともうまくやっていきそう」

 そう考えると、私の心は少し曇った。

 もし、このままシンジの心がレイに残ったままだったら…。

 ううん、もしシンジの身体が戻ったとき、レイという存在が消えてしまったら…。

 この不安はシンジには言えない。

 そうだ。おば様に相談してみよう。

「ね、おば様っていつまでいるんだろう?」

「そ、それは…僕が知ってるわけないだろ」

「あ、そっか。私、馬鹿よね。あっ!シンジ、おば様と全然お話してないじゃない!」

「え?あ、そうだね」

「そうだねって、冷たいんだ。碇家ってドライなんだから」

「そんなことないよ。でもいつでも話せるし」

「いつでも?」

「うん、ほら母さんが帰ってるんだったら、ね」

「ふ〜ん。まあ彼女としては嬉しい選択か。母よりも彼女と話したいって言ってんだから」

「そうそう」

 にこやかに笑うシンジの心のレイの表情は、今では別に珍しいものじゃなかった。

 レイはもう笑ったり、怒ったり、悲しんだり…少々ピントがボケてる部分もあるけど、

 彼氏もいて、デートもして、友達と喧嘩もして…、普通の15歳の女の子だわ。

 その日、シンジは珍しく膝枕をおねだりしてきた。

 私も何だかこの数日のバタバタで、シンジがより一層恋しく思ってたのか、喜んで応じたわ。

 

 私は疲れていたせいか、レイのベッドで膝枕をしたまま眠ってしまったの。

 

「アスカ、離して。苦しい」

 はへ?

「離してよぉ、アスカ」

 何?えっと、ここは…。

「アスカったらぁ、起きてよ」

 はい?

 私の目の前には、レイの赤い瞳が。

「きゃっ!」

 完全に私は目を覚ました。

 私は…レイのベッドにもぐりこんで、しっかりとレイを抱きしめていたの!

「離して!アスカ、私にはカヲルさんがいるの」

 ぽっ!って、渚の名前を呼ぶ度に顔を赤らめないでって!

「わ、私にだって、シンジがいるもん!」

 私は慌ててレイの身体を離した。

「痛かった。アスカ、凄い力で抱きしめてるんだもん。息苦しくて目を覚まして驚いたわ」

 アスカ、痛恨。

 全然覚えてないわ。

「それに目の前に顔があるんだもの。まさかキスなんかしてないでしょうね?」

「と、と、とんでもないっ!ど〜してアンタとキスしないといけないのよっ!」

「私の唇は渚さんのもの…」

 ぽっ!って、もういい加減にしてよ。この妄想娘は。

 私はベッドから出ると、思い切り伸びをしたわ。

 何か身体が固まってるみたい。

 二人で寝るとこんなのかな…ふと思った想像で、私は真っ赤になってしまった。

 レイと会ってから、こんな風にして眠ったのは初めてだったから。

 覚えてないけど…シンジと…抱き合ってる夢だったのかな…?

 あんな感じでレイをぎゅってしてたんなら、きっとそうね。

 くそぅっ!覚えてないなんて、惜しいことをしたわ!

 

 朝食を食べに家に戻ると、リツコおば様はソファーでお休み中。

 ベッドで寝ればって言っても、ここでいいって眠っちゃったんだって。

 これって何か、いかにも科学者って感じよね。

 レイが毛布をかけ直してあげてたわ。

 そういえば、昨日のパーティーでもレイってさりげなくおば様の面倒を見てたような…。

 

 今日は余裕を持って登校なの。

 背中で鞄をぶらぶらさせながら、私はレイと並んで歩く。

 先生にこんな態度見られたら、呼び出されて注意されちゃうわね。

「ねえ、レイ。リツコおば様ってアメリカでもあんな感じ?」

「そうね。料理はうまくなかったわ」

「いや、料理は私も知ってるわ。ほら、生活というか…」

「生活のリズムは滅茶苦茶だったわ。朝も昼もなくて…部屋に帰ってこないこともよくあった」

「え?じゃ、レイはおば様と同居してたの?」

「そうよ」

「そんなこと一言も言わなかったじゃない」

「だって、聞かれてなかったから」

 あ、そっか。レイの思考パターンじゃ自分から話すことはあまりないわよね。

「じゃあさ、3年同居していたの?」

「そうね、そうなるわ」

 ふ〜ん、その割にはあのおば様のよそよそしさって何なんだろ…?

「で、今日はまたデート?」

「わからない。校門を出たところにカヲルさんが待っていれば、デート」

 ぽっ!

 もう!いい加減にしてくれる?名前を言うたびにいちいち、ぽっぽっ赤くなっちゃって。

 羨ましいな…。

 私なんて、物心ついたときから『シンジ!』だったもんね。

 あ〜あ、今日も委員会か。

 まあ、記念祭の2週間前だもんね。仕方がないか。

 

 ががぁ〜ん!

 勘弁してよっ!

 私が記念祭のシンボルガールですってぇ!

 そ、そりゃあ、成績優秀で眉目秀麗の生徒を選んだって言われれば、悪い気はしないけど…。

 本来なら第一候補のテニス部部長は…ほら私に言い寄ったことのあるあの先輩…、

 例の醜聞(レズ発覚)で外されちゃったんだって。

 私はレイを推したんだけど、スピーチがあるから綾波さんはちょっと…なんだって。

 そ、それは…そうよね。

 何言い出すか見当がつかないもの。

 散々逃げたけど、逃げ切れなかった。

 まあ、シンジが記念祭に来れないんだから、別にシンボルガールでもいいか。

 シンジと一緒に模擬店とかを回れないんだもんね。

 

 そうこうして金曜日になったの。

 なんと、その夜はレイがヒカリの家にお泊り。

 シンジに変心したら困るじゃないって私は主張したんだけど、

 おば様が絶対大丈夫だからって押し切ったの。

 レイは松坂牛2kgの包みを持って、にこにこ笑いながらヒカリと出て行ったわ。

 今日はすき焼きね。きっと全力で食べるでしょうね。2kgで足りるのかしら?

 

 私はレイを外泊させるって聞いたときから、胸騒ぎがしてたの。

 レイに聞かれたら困る話。

 変心の話をするに違いない。そう確信してたから。

 そして、食事が終わって、片付けもすんだ。

 ソファーに私とおば様は向かい合って座ったわ。

 ママは私の隣。

 おば様はじっと目を瞑ってる。

 そのまま時間が過ぎていく。デジタル時計の音が聞こえてくるくらい、部屋の中は静まり返ってる。

 私は喉がからからになってきたわ。

 凄い緊張感。きっと、きっと…。

 そのとき、おば様が眼を開いた。

 その眼はあの、科学者の冷徹な眼だったの。

 

「アスカ。あなたはシンジとレイのどちらかを選べって言われたら、どっちを選ぶ?」

 

 

第13話 「帰ってきたおば様」 −終−

 

第14話に続く 


<あとがき>

 ジュンです。

 第13話です。シンジのママ…リツコさん登場!

 伏線は張っていたのですが、読んでましたか?ユイさんが15歳でシンジを生んだはずないでしょ。(第2話参照)

 さて、あと2回です。竜頭蛇尾にならないようにがんばります。 

2003.1/25 ジュン   

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