もう一度ジュウシマツを

 

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「僕のたからもの」


 

こめどころ       2004.4.15(発表)5.16(掲載)

 

 

 

 

 僕はジュウシマツを飼っています。ジュウシマツというのは漢字では十姉妹と書きます。
ただそれをちゃんと読める人は少ないのでお店では漢字よりカタカナやひらがなで書いて
あります。でも、僕は漢字で十姉妹と書いたほうがこの小鳥の感じがよく伝わると思います。
僕には一人妹がいますが、10人もいたらどうだろうかと想像しました。妹は無口な方です。
それでもお姉さんのまねをして、どうでもいいことで僕を見張ってうるさく言ったりします。
幼稚園の運動会に行ったりすると結構女の子たちの真ん中でワーワー騒いでいて、うちでの
ようすとは大分違いました。女の子がぎゅうぎゅう並んで押し合ったり手を振り回したりし
て一生懸命応援してるのは、十姉妹と良く似ています。

 うちには今、23羽の十姉妹がいます。ずっと前、お父さんがどこからか飛んで来て、僕が
捕まえました。そしてお母さんを小鳥屋さんから買ってきました。お兄ちゃんが生まれ、妹
たちが生まれ、毎年増えて行きました。今はお兄ちゃんにもお嫁さんが来ています。去年は
雛がかえりました。お兄ちゃんは雛の扱いに慣れていて、とても上手に雛に餌をやれます。
お嫁さんは時々こぼしたりします。小鳥でも経験のあるほうが上手に出来るんだろうなと思
いました。これからもどんどん増えたらまた小鳥の箱を増やさないといけません。
昔は僕一人で世話をしていました。今はお父さんと妹も面倒を見ています。お姉さんも時々
水が汚れすぎているかどうか、見てくれて替えたりしてくれます。
夜は家の中にしまって寝ます。昼間は2階のベランダに出してあります。冬は大きな毛布で
作った袋をかぶせます。

十姉妹は、みんなで固まって寝ます。箱には大きな藁で出来た壺巣を2つ入れてあります。
10羽ずつも住んでいるので5羽くらいに別れて寝ればいいと思うからです。
ところが十姉妹たちはどんなに苦しくても窮屈でもどうしても一つの巣で寝ようとします。
しょうがないので、壺巣をやめて、楕円形の大きく開いた巣に替えました。これだと大分楽
です。それ何にまたいつの間にか残っている壺巣で寝ています。誰かがきつすぎて反対の巣
に移ると、またそっちがよさそうに見えるのか一羽二羽と移っていって、またぎゅうぎゅう
で寝ています。それを何回か繰り返してどっちかで寝ています。

それは丁度、妹がお父さんと一緒に寝たがるのと似ています。何時もはお父さんは遅いので
特別早く帰ってきたときはレイがお父さんと一緒に寝ます。僕はもうお父さんと一緒に寝た
いとは思わないけれど、レイはその時必ずお兄ちゃんも一緒に寝ようと駄々をこねます。
レイはお父さんのお腹側にくっついて寝ます。お父さんは大の字になって寝ていても、途中
から横になって寝るのです。僕はいつもお父さんの背中にくっついて寝ます。お父さんがい
ない夜は、妹はお姉さんと寝ます。僕はその隣に布団を敷いて寝ます。お姉さんは家事や勉
強があるので、僕らが寝込むとそっと抜け出て行きます。
お姉さんは受験生で、来年の3月頃難しい試験を受けるそうです。だから余り面倒をかけな
いように、自分で出来ることは自分でするようにとお父さんに言われています。お姉さんは
僕が一年生になった時家にやってきました。お母さんがその前に死んでしまったからです。
妹は死ぬという事が良く分からなかったみたいでした。

お母さんはその前の夏から、ずっと虎ノ門国際高度医療専門センターという所に入院してい
て、もう1ヶ月の命だと言われていました。誰もが内緒にしていましたが、僕は知っていま
した。お母さんは僕の頭を撫でて、レイちゃんを頼むわと言い、お父さんと仲良くしてねと
言い、ゴーフルを食べなさいと言いながら、そっと笑います。そういう笑い方は、好きじゃ
ありませんでした。綺麗な笑顔だと思うと、どうしてか胸がすごく苦しくなって、泣きそう
になってしまうからです。僕はゴーフルをバリバリ音を立てて何枚もかじり、禁止されてい
たけど窓を開けて手すりに欠片をばら撒きました。すると鳩が飛んで来て鳴きながらそれを
綺麗に食べてしまいます。鳩の羽にはダニがいるので撒いたら直ぐに窓を閉め、そのようす
を眺めます。そうやって鳩をお母さんと眺めていると涙が収まって、また話ができるように
なります。

もっと無いの、と言うような顔をして鳩は手すりに並んで僕らを眺め、またどこかへ飛んで
行きます。あなたは動物が好きねとお母さんは言い、羽根の生えた夢を見た、と言いました。
僕は、もう帰らなきゃと言って真っ直ぐ地下鉄の駅まで走って行きました。

そんな時に、僕の部屋に「お父さん」が飛んできたのでした。僕は捕まえたお父さんを金魚
鉢を伏せてその中にお父さんを入れました。テーブルの上だと空気が通らないと思ったので
台所からもちあみを持ってきて下に差し込みました。小鳥がそのもちあみの焦げをぴっぴっ
と鳴きながら剥がして食べているのを見て、お腹がすいているのが分かりました。僕は急い
でペットショップに行って十姉妹のかごセットを買ってきました。説明書どおりに餌や水を
セットして、庭からハコベやカタバミを摘んで来ました。そこに小鳥を入れてやると、満足
そうに水を飲んだり葉っぱをかじったりし始めました。

 お母さんは1月12日に死にました。お正月は家に一度帰ってきたのに、その時はお母さん
の作ったお雑煮をみんなで一緒に食べて、車椅子を押して近所の神社にも初詣に行ったのに。
僕の十姉妹を見て、お嫁さんをもらってあげないとね、と言ってお年玉をくれたお母さん。
お母さんはもういない。お母さんの身体は病院から運ばれてきてふとんに横たえてありまし
た。いつもお手伝いに来てくれていた叔母さんが、僕を抱きしめて泣きました。僕はとても
悲しかったのに涙が出なくて、自分はなんて薄情なんだろうと思っていました。大人は何故
涙が出せるんだろう。

お母さんの前でお父さんが泣いている。何時もの眼鏡を外して、涙を流して、正座したまま
お母さんの手を握って。さっき触ったお母さんの手は冷たかったよ。冷たいだけじゃなくて、
もう人形の手みたいに固くなって動かなかったよ。僕をもう撫でてくれる事は無いんだ。僕
の頬を触ってくれる事も無い。声を聞く事も無い。お母さんの匂いがする事もない。一緒に
寝ることも無い。笑い声を聞く事も、お母さんのスカートにつかまる事も、お母さんのお雑
煮も、剥いたリンゴも、もう無いんだ。もう無くなってしまったんだ。
お父さんは何を無くしたの。お母さんの何を無くしたの。いつも家に居なかったのに、何を
無くしたの。妹は人が大勢来ているのを喜んではしゃいでいました。黒い綺麗なワンピース
を着てくるくる回って見せてくれました。僕は妹が小さくて何もわからなくて可哀そうだと
思いました。妹はお母さんの事を何もおぼえていないままです。その時初めて僕は少し泣き
ました。レイの手を握って2階の奥のいろんな家具が急に詰め込まれた部屋の影で。妹は、
その事をぜんぜん憶えていないそうです。良かったと思っています。

一階の奥の16畳の和室と8畳の床の間の襖を全部外して一つにして人が大勢座れるように
しました。黒白の幕がその部屋の壁を包みました。葬儀屋の人たちが来て綺麗な木の仏壇が
天井に着くほどに組み上げられ、山のように花が飾られ、その花の匂いが家中に立ちこめ、
その後、お坊さんが来ると今度はお線香の匂いだけがしました。その日は通夜と言って親し
い親戚や友人が集まる夜で、その次が告別式でした。前の夜お父さんは宴会の真ん中に座っ
てみんなにお酒を勧められ、何本も何本もお酒を飲んでいました。お父さんは、お母さんが
死んで嬉しいのかとその時は思いました。今はもう悲しいときに大人はお酒をいっぱい飲むと
いう事も知っているけど、その時は父さんの事が分かりませんでした。僕はレイと一緒に寝て、
レイが眠ると、自分の部屋に戻って十姉妹を眺めました。君にお嫁さんをもらってあげる。
そう約束しました。小鳥は丸い目をして短く鳴きました。気が付いたらその日は水も替えて
やっていませんでした。餌と水を取り替えて、どんな事があっても小鳥の世話を忘れたら、
小鳥は死んでしまうんだと、絶対に気をつけなきゃと、すごく思いました。

そして3月になってお姉さんがうちに来て、御飯を作ったり洗濯や部屋の掃除をしてくれる
ようになりました。妹は直ぐお姉さんになついてべったりくっ付くようになりました。僕は
その時、本当は妹のようにくっ付きたかったんじゃないかと今は思いますが、その時は妹が
お母さんを裏切ったように思っていた気がします。自分だけは、お母さんを忘れないでいて
上げなくちゃいけないと思い、頑なになっていたような気がします。

ある日僕が、外に出しっぱなしのままで、十姉妹を忘れていた事がありました。
前にもそれでハツカネズミを死なせた事があったのです。
まだ寒い季節には小さな動物はカゴに入ったままでは耐えられないのでした。慌てて急いで
ベランダに行きました。でももう十姉妹は部屋の中にしまってありました。きちんと毛布袋をかけ
てあって、中の餌や水もきれいに替えてありました。眩しそうな十姉妹たちを見て、僕は安心して
そこに座り込んでしまいました。もしあのままだったら。外は木枯らしの音が怖いくらいでした。
よかった。お姉さんありがとうと、ちゃんと言わないままだったけど、僕はその時からお姉さんの
事を好きになったと思います。それからも3人で、お父さんが居ない時も協力して仲良く頑張って
います。近頃はお父さんも朝ごはんを大抵一緒に食べるし、日曜日にお父さんと3人で出かける
事もあります。
時々はお姉さんも一緒です。受験が終ればもっと一緒にいられる時間が増えるよね、と妹は
楽しみにしています。僕も楽しみです。
 
                                       4年1組 碇 シンジ
 

 

 

第3話へつづく

『もう一度ジュウシマツを』専用ページ

 


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 ぐすん…。
 
シンジ、かわいそう。
 私がそこにいたら、いっぱいいっぱい慰めてあげんのにっ!
 もっと早く出逢えればよかった!ぷんぷんっ!
 おうちでお葬式するときって、こんな感じよね。
 子供の居場所がなくなって。家具部屋が一番落ち着いたりして。誰も邪魔しないからね。
 ああ、やっぱり、一緒にいてあげたかったよぉ。
 ま、仕方がないか。ヒロインは満を持して登場するもんなのよっ!
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、こめどころ様。

 

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