「さあ、来なさいっ!」
アスカが叫んだ。一緒になって喧嘩売るなよ、その間に君は逃げなくちゃダメじゃないか。
「なぁるほど、こいつぁー強えや。」
野太い声がして、ひときわ大柄な男が闇の中から進み出た。こいつがリーダーってとこだな。
もう一度ジュウシマツを
− 25 − 「アスカとシンジ、嫉妬する」
こめどころ 2004.6.16(発表) |
「アスカ、僕がこいつと始めたら、海の中に回り込んで逃げるんだ、絶対アスカの方が
早いから、逃げられる。」
「はぁ?何いってんのよ、あんた私より弱いじゃん、逃げるのはあんたの方よ。」
「馬鹿言うなよ、アスカ置いて逃げられるわけ無いじゃない。」
「はん!武士道精神なんてはやらないわよ。」
「悪かったね、どうせ僕はずれてるよっ!このわからずやっ!」
目の前の暴漢を完全に3秒は忘れてたかも。でも本当に逃げるなら相手が武器を持ってない
今のうちだったんだ。柔道は相手が一人なら勝てる、当て身をうまく使えば2人でも勝てる
かもしてない。でも3人いっぺんだったら勝てるのはもう技じゃなくて体力でしかない。
一人一人を順番に相手にするならいいけど、一度に複数では柔道は不利な武道だ。組み合う
って事は相手に手を押さえられているって事と同じだもの。
「取り込み中済まんが、そろそろこっちを相手してくれよ。なぁ、」
結局僕らは2人同時に、その男と向かい合った。
2対1じゃフェアじゃないけど、もともと突然襲ったのはむこうだ。我慢してもらおう。
立っているのは正面の男の他にあと3人。
――こんなの早い者勝ちだっ!
僕は正面の男に猛然とつっかけた。男は一歩半身になって引き、咄嗟に僕は右に飛んだ。
ざーっと砂が舞い、男の脚が中空を蹴り上げていた。半呼吸遅れて拳が目の前を切った。
瞬間、その袖を握り外側に体を回転させた。ここで堪えれば相手の肩関節は外れる。それを
防ぐには一緒に飛ぶしかない。通常は試合では使わない、相手の関節を外す為の危険な合わ
せ間接技だ。僕の身体が既に関節の外側にある肩を守る為には相手は背面に飛ぶしかない。
と思った瞬間、男の身体が見事に飛んでいた。実際に地を蹴って背面反転対応できる奴なん
てめったにいない。総合武道――総合柔道や実戦系空手をやっている人間の動きだ。綺麗な
回転をわざと捨てて潰し――寝技から関節技、腕挫十字固に入れば、相手の打撃技が襲って
くる――頭から砂地に叩きつけた。身体をかがめようとする相手の水月に、膝蹴りを一つ。
そこで手を離して間を取った。
「ぶふぁっ、ぺっ!」
男は直ぐに立った。
「危なく肩関節やられそうになった。おー、痛てて。」
みぞおちを撫で肩をゆっくり回している。軽いダメージにしかなっていないのか。
いや、あれで関節をどうにかしていないはずは無い。そう思った瞬間、今度は明らかに油断
していた男の金的を、アスカが蹴り上げた。アスカの上に男が呻きながら屈み込み、それを
あっけに取られるぐらい見事な内股で投げ飛ばした。
全く受身を取れないまま、男は流木に背中をしたたかにぶつけ、うめきを上げた。
「ふん、弱いくせにガタイだけで勝って来た奴の典型ね。」
「そんな、火に油を注ぐような事を。」
見ると残りの3人もあちこちを押さえてうずくまっていた。アスカの強さを思い知り、僕は
もう呆れるしかなかった。男3人を僕が組み合っていた間のたった2、3分で?
「悪は滅びるって事ねえ。」
パンパンと手をはたく僕の彼女は、ロマンチックじゃないどころじゃなくて。
「暴漢が気づく前にさっさと戻ろうよ、アスカ。」
僕はアスカの手を引っ張って駅の方に戻りかける。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。」
流木の所でのびていた大柄な男が、起きだして声を掛けてきたんだ。
「おい、お前等、何か誤解してる。俺たちは暴漢とかじゃないぞ。」
「なによっ、今更道を聞こうとしただけだなんて言わないでよ。」
「そのまさかだよ、道を聞こうとしただけなんだ。」
へなへな声で言う。あっけに取られたのはこっちだ。
「だって、あんたたち、急に襲い掛かってきたじゃないの。」
「いや、道がわからなくなって、かなりあせっていたんだ。隣の駅で降りちまって、浜を
歩いてきたんだが真っ暗になってしまって駅の場所を聞こうとして道にでようとしてた所に
たまたま君たちがやってくるのが見えたんで急いで駆け寄ったんだ。」
「普通、こういう人気の無いところに来るカップルに声をかけないでしょ。」
「いや、最初はおまえら、離れて歩いてたし。カップルにしてはまだ子供だったし。」
「子供って何よっ。あたし達は高校生よっ!」
「いや、お姉ちゃんと弟かなと。」
「なぁんですってー。こちとらちゃんとした恋人同士よっ、ねっ、シンジ。」
「ちゃ、ちゃんとしたって、どういうのか知らないけど、親しいよね。」
「あんたバカッ?そういうのを恋人同士って言うんじゃないの!」
アスカがムキになって怒鳴り散らしたので僕はすっかりびびってしまった。
そのうえアスカが怒鳴るたびに倒れていた人たちも身体を起こしてきてニヤニヤ笑うんだ。
倒されたにしては皆余りダメージが無い。そういえば向こうからは殆ど反撃されてなかった。
「まあ、それで急いで声を掛けたわけさ、ところが近づいたら木の影で抱き合ってたんで、
その時点で初めて、まずいってい思ったんだよ。最初にあんた達にぶちのばされた奴等も
そう思ったんだろうさ。まだお前等中学か高校生だろ、なのに最初の3人をぶちのめした
手際に舌を巻いてな、それで強いなと。」
「あのタイミングで、その顔ででてきたら、こっちだって親玉が出てきたのかと思っちゃい
ますよ。で、妙に嘗め回すようにじろじろ見るし。こっちは女の子連れなんですから、警戒
しますよ。人相の悪い男ばかりの集団なんて。」
「う、やはりそう見られてたか。いや、すまんすまん。で、最初に戻るんだが駅の場所と
飯の食えるところと、総合武道合宿センターの場所を知ってたら教えて欲しいんだが。」
アスカと僕は顔を見合わせた。くだんのとんかつ屋に戻って食事をした。
「すごいねえ、こんな場末の店にこんな大物のお客さんが来るとは。あとでサインして
くださいよっ。」
とんかつ屋の親父さんは興奮で顔を真っ赤にしてる。こころなしか豚の切り身も分厚いか?
「ねえ、おじさん、この人凄いの?」
きょとんとした顔で尋ねるアスカ。
「あんた、オリンピックに出ようって人の顔も知らんのか?」
「お、オリンピックぅ〜?」
余りにも上の世界の話すぎてぴんと来ない。そんな凄い人を叩きつけてしまったなんて。
「ご、ごめんなさい、でした。」
へえ、アスカが真っ赤になって謝ってる所なんてはじめてみたよ。と思いながら僕のほうは
そんな様子のアスカを見て、いつかの試合の後のように面白くない気分が。
しょうがないんだけどさ、アスカがそうなったって。身体も大きくて笑顔も少々苦みばしって、
ハンサムっていえるほうだと思うし、それでオリンピック。僕にとったって憧れの人だもんな。
でも、僕がサインしてって言うのはいいけど、アスカに言わせたくない。僕ってむちゃくちゃ
やきもち焼きだったのかな。
タクシーで合宿所にもどる。
驚いた事に、講師と担当コーチ、校名の入った専用バスなどは、僕らが上り下りしていた階段
とは山の反対側からの道で、合宿所のすぐ近くまでいけるのだ。合宿に入ってしまえば高校生は
車の使用は厳禁だが、何が何でもだめということでは無いって事。
何事も裏と表があるんだ。と、アスカと二人で溜息をつく。
合宿所の玄関に、昼間のJ大付属の女の先生が立っていた。
「いらっしゃい。あら、シンジ君と惣流さんも一緒なの。」
「途中で行き合ったんだが。そうか君が碇シンジ君で、女の子が有名な惣流さんだったのか。
道理で強いはずだ。」
「僕らの事知ってるんですか?アスカはともかく僕のことなんか。」
「もう聞いただろ、俺も、こいつも、君のとこの母親やっている赤木と大学が一緒だったんだよ。
シンジ君が小さい頃に、何回も君のうちに遊びに行ったことも泊めてもらった事も有るんだぜ。
いや泊まる方はは俺じゃなくて、女同士の方だがな。結構君はなついてたんだけど忘れてたか?
まだ確か君は4年生くらいだったかな。」
「そうそう、シンジ君は小鳥をいっぱい飼ってたわね。今でも飼ってるの?」
「はあ、飼ってます。」
後ろを振り返るとアスカが物凄く機嫌の悪そうな顔をしていた。ジュウシマツの事はアスカと
僕の特別なつながりだと彼女は思ってるわけで。それを犯すものは敵って言う感じらしいんだ。
ああ、こういう顔をしたときはあとが大変なんだよなあ。
「じゃあ、紹介するわ。あなたたちの修永館OB、加持よ。」
「で、こいつが信じられない事だが、お淑やかな地の塩OBの葛城というわけだ。
俺の方はリッちゃんの頼みで、明日から君らの合宿の指導をすることになる。」
あ、これでアスカの不機嫌は全部僕に集中してくる事が決定したな。
僕は覚悟を決めた。
「母さんの頼みって、母さんと修永館のつながりってあるんですか?」
「あー、何と言うか君らの部の顧問の、今産休採ってる、あれがリッちゃんに頼んだんだな。
それでリッちゃんが俺を推薦して、碇氏が校長に推挙したとそういうわけだ。」
「父さんが?何故そこに父が出てくるんです。」
「知らないのか? 碇氏は修永館のOB会会長だ。修永の理事も兼ねていて今は地の塩もな。」
「なるほど。みんな繋がってるわけか、ってそんな事全然知らなかった。」
思わず、いつものマイナス思考が愚痴になって出る。
「父さんも秘密主義って言ってもその程度のこと、僕を信用して教えといて欲しいな。
それともやっぱり子供が知っていていい影響があることではないってことかな。」
「何いってんのよ、子供がそんな事知ってても普段関係ないからよ。あたしだって教えないわ!」
そうアスカは言って僕の背中を思いっきり叩いた。
「いてーーっ!」
アスカがけらけら笑ったんで、暗い気分は直ぐに吹き飛んだ。アスカは続けて尋ねた。
「あの、他の人たちはどういう人なんですか?」
「あれは俺が連れてきた柔道部の後輩連中さ。全部修永館のOBだ。学生と院生だ。」
そこで僕らは別れ、加持さん達はどこか奥のほうへ消えた。教職員区分の別館だ。
僕とアスカは自分たちの合宿棟の方へ戻った。
うわー、しかし明日から指導を受ける先輩を殴ったり蹴ったりしたわけか。まずいなあ。
「シンジ、あんた拙いなーと思ってるでしょ。」
「そ、そりゃあね。アスカだってそうでしょ。」
「あたしは修永館のOBとは何のかかわりも無いもの。」
「いまは同じ学校でしょ。少なくても葛城さんは。」
「あの人はJ大付属のコーチでしょうが。」
頑として無関係を主張するアスカ。
「それより問題は、リツコさんとあんたのお父さんよ。無関心装って裏でいろいろ糸を
引いてるじゃないの。可愛いシンちゃんのために一生懸命ってとこなのかしら。」
僕だって、アスカのためになろうと思って色々頑張ってるのに、加持さんみたいな人が
でてきちゃったら全然お呼びじゃないじゃないか。気分的にだって断然面白くないよ。
でもそんな事をアスカに言うわけには行かないし。がっかりだ。
「ひとつだけ警告しておくけど、葛城さんと仲良くしたらダメだからね。」
「え、な、何でそうなるんだよ。」
「どうしてもっ。個人的に接触しないって約束しなさいよ。」
「なんだよそれ。幾らでも約束するけど。」
「あの人、シンジになれなれしいんだもん。胸だって私より大きいし結構美人だし髪も
真っ黒できれいだし、なんかカッコいいし。とにかくだめーっ。」
「じゃっ、――じゃあ、僕のほうも約束してよっ。」
言ってからしまったとまた思ったけど、もう手遅れだ。僕はアスカ絡みになると頭より先に
口と舌が勝手に動いてしまう傾向にある。
「な、なによ。」
たじろいだようにアスカが一歩バックする。ええい、言っちゃえ。
「アスカは加持さんと仲良くしない事、一緒に合宿してるインターナショナル高校の男の子達と
仲良くしないことっ。」
「なによそれって。加持さんはともかくインターナショナル高校の男の子って誰?」
「この間あんたが試合した後良いライバルが出来たって、はしゃいでた男の子がいたでしょ。
なんていったっけ?あの金髪のドイツ系の男の子よ。」
えっ! と振り返るとそこに立っていたのは洞木ヒカリだった。
「い、いつからいたのよっ、そこに!」
「あら、私は浜辺にいたって今頃アスカが何してたかすっかりわかってるんだけどねえ。」
「ど、どういうことよ。」
「アスカって単純だからまる分かりね。その機嫌のよさと独占欲から考えると碇と仲直りも
できたし、ちょっとキス位してランクアップできて、舞い上がってるんだけど、お互い初め
ての嫉妬心にどきどきしてるって感じ?」
うわあ、ずぼし! アスカなんか完全に固まっちゃってる。
「どど、どして、そんなことっ!わかる訳ないっ!ずっとつけてた?いやあ〜〜っ!」
髪を振り乱してぶんぶん振っている。パニック状態だ。僕だって一緒に頭を振り回したいよ。
「まぁ、碇は前にも嫉妬に狂ってた時あるみたいだけどね?」
「あっ。」
とっさに家に送られてきたアスカと金髪ドイツ人と僕の3人が映し出されたビデオを思い出した。
「あっ、あれ、洞木の仕業かあっ!」
「およ、ばれたか。」
「え、ビデオって何よ。」
「アスカは知らなくていいのっ!洞木、あれをアスカに見せたらもう只じゃおかないからなあっ。」
洞木は怒鳴っている僕を完全に無視してアスカに言った。
「ほら、この前の試合であんたが負けたドイツ系のインターナショナルハイスクールの。
あの男の子よ。」
「あ、あいつか。なに、シンジってあいつとあたしが仲いいって、やきもちやいてたわけ?
あ、それであのあとおかしかったんだ。あ、それで本屋の一件に!」
ああ、僕の秘密がどんどん露見していく。
洞木の馬鹿野郎!惣流の馬鹿野郎!(もうアスカなんて呼ぶ気にならなかった。)
僕はその場で庭に飛び降りると、参道の方へ逃走した。
後ろでアスカの明るい笑い声が聞こえた。うわあ、もう絶対軽蔑された。もうおしまいだ!
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くわぁ。すべてはヒカリの策略?
いつの間にビデオに録ってたのよ。
どうやら意味深な編集までしてるみたいだし。
まあ、ジュウシマツアスカは面と向ってお礼はいえないだろうから、
ここは私から。
アリガトね、ヒカリ。
ん?でもそのせいでシンジはよからぬものを見て妄想を…。
うきぃ!やっぱりさっきのお礼は返しなさいよ。許さないから!
ミサとだけじゃなくて加持さんも登場。でも惚れないからね。シンジがいるんだもん。
ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、こめどころ様。