(その壱)


(その弐)


(その参)

 

女王蜂

 角川文庫・初版 昭和48年10月20日 解説:大坪直行 本文461P

 金田一耕助の第7長編。
 伊豆の南方にある小島・月琴島。源頼朝の末裔といわれる大道寺家の美しい一人娘・智子を目当てに群がる男たちは無残な死を迎えるのだ。
 発表が『犬神家』と『…笛を吹く』の間に挟まれたせいか大長編の割に何故か評価が低めのこの作品が、他の作品と一躍肩を並べたのは市川崑の東宝映画のせいでしょう。ワンランク下と評せられていた『女王蜂』をむしろ前作の『獄門島』より上質の映画に仕立てたのが、小説の評価も自動的に昇格したのではないでしょうか。

 

 表紙は3バージョン有ります。

(その壱)

 この『女王蜂』ほどヒロイン・大道寺智子のイメージが、表紙のバージョン毎に違っているのも珍しく、私が購入した順序が<弐>→<参>→<壱>の順番だったのでこのバージョンを手にしたときは智子さんの余りの変化にびっくりしてしまいました。といっても本当はこの表紙絵が最初だったんだけど…。<その壱>は少し陰気な感じの智子さんです。しかし他のバージョンと違ってこの表紙なら、智子さんが犯人でもおかしくない!いわゆるミスディレクションにもつながってしまうのです。でもこの表紙をそう受け取った人は『ひどい!』と思ってはいけません。実際作中の智子さんは陰気です。べつに杉本画伯がそれ狙いで表紙絵を描いたのではないということは後に出版された『真珠郎』の表紙絵を見れば一目瞭然です。本当に作品に忠実に描かれているのです。

↑ネタバレ有り(OKの人は反転してネ)

 

(その弐)

 <その弐>は都会風の顔立ちになりましたが、頭にコウモリ親父がのっかっているので、少しオマヌケに見えてしまっています。それと帯を付けてしまうとただのコウモリ物の怪女に見えてしまうので、<その参>が登場したのかも知れません。いやはや販促用の帯を計算に入れて描け、とはさすがの角川書店も言えないですよね。帯を外したときにこれまたオマヌケな構図になってしまいますから。

 

(その参)

  <その参>は女王蜂に群がる男たちという本作のイメージが端的に表現されています。このバージョンの凄いところは左下の服を引っ剥がそうとしているスケベ親父の手です。これは帯が付いていると全く見えません。帯を外して初めて「おぉっ」となるわけです。これは<その弐>バージョンのリベンジでしょうか?ともかくこの表紙絵は私のお気に入りの一つです。

 

 

 

 

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