もう一度ジュウシマツを
− 1 − 「ゲンドウの朝」
こめどころ 2004.4.14(発表)5.13(掲載) |
ある日僕は自分の部屋の窓を大きく開く開いた。すると何かが飛び込んできた。
パタパタという小さな羽音。振り向くとそこにぶちの小鳥がいて、僕の青い椅子に
とまったところだった。白い身体に島のようにこげ茶と薄茶の紋様。黒い円らな目。
そっと手を伸ばしたら飛び立とうとして一瞬羽ばたいた、がそのまま僕の手の中に
納まった。暖かい体温、そして小さな鼓動がトキトキと手のひらから伝わってきた。
僕はその小鳥の名前は知っていた。十姉妹って言うんだ。
うちの息子は小鳥を飼っている。小さい頃から身体が弱くて冬場はいつも風邪を引
いて長く寝込んでいた。勉強は慨して良く出来たのだが、体育の成績はいつも2。
3学期は大抵1だ。1学期と2学期はどの科目も5なのだが3学期は3になってし
まう。奴の身体が弱い事を妻はいつも気に病んでいた。妹は折り紙つきの健康優良
児なので余計その弱さが心配だったのだろう。
ある時気がついた。あれの母は早くに死んだのだが、私はその事を忘れる為、遮二
無二仕事にのめりこんでいた。うちの事は家政婦に任せ、いつも帰りは遅い。
たまに部屋に行って息子の寝顔を見る。私と違って女の子のような優しい寝顔だ。
その顔は私に妻との優しい時間を思い出させ、これのために頑張っていれば幸せだ
という錯覚を私に抱かせるには十分だった。
だがある日家政婦が私に告げた。坊ちゃまの成績で、気になる事が有ると。
それが気になり早くうちに帰ってきたがもう10時。子供等はとっくに眠っていた。
まだ2年生と幼稚園では当たり前のことだった。子供等にお土産のつもりで買った
寿司折を家政婦の娘に与え、茶でも飲みながら最近子供達との日常がどうか、先日
口にしていた気になる事の内容などを話す様、言った。
その家政婦は職場の紹介で雇った、会社の誰かの遠縁の田舎娘だった。その頃日本
はまだ戦後の復興期で地方の子女がこの東京まで出てくることはよほどの資産家で
も無い限り無理だった時代だっのだ。条件として住み込みで近所の高校に通わせる
こと、できれば大学も(こっちは学費は親が出す)同様に願いたい、というささや
かな物。つまり住み込みの手伝いを、学費以外の諸雑費で雇って子守をしてもらう
ということだ。昔なら行儀見習いとでも言う所か。
実際に必要な諸実費を算出し提出しろと言うとその娘は臆せず消耗する下着や一日
当たりの電話代に至るまで、その必要性を付記した書き込みつきで提出してきた。
それは事細かで、私が見る限り少女の生活には最低限度必要不可欠なものばかりに
思えた。私はその几帳面で合理的な部分が気に入り、それに幾分かの小遣いと習い
事に通う程度の経費を足して2階奥の子供達部屋前の部屋に住まわせることにした
のだった。それは結構な費用ではあったが主婦業を任せる以上妻以下の扱いをする
積もりもなかった。幸いなことに資産があったので金には困っていなかったのだ。
「それは、どういうことかね。」
「これは坊ちゃんの学校のテストです。この生活のテストを見てください。」
いつも100点のテストしか見たことの無い私はそのテストを見て驚いた。30点?
そこには、七夕とか、夏の海水浴とか、年越しの飾りつけとか、正月の初詣とかそう
いった季節ごとの行事が描かれていて、それぞれ何月の行事かと言う設問だった。
「坊ちゃんはこの行事が何月にあるのかといった知識は十分にお持ちです。」
「それなら何故こんな点数なんだ?」
「この問題の絵を良くご覧になってください。」
家族がみんなで一緒に七夕に願い事を書いている挿絵。爺さん婆さん妹に父母が
仲良く寄り添っている。どの場面も家族を随分美化して描かれているな。今時世間に
こんなに互いに依存した仲良し家族がどの程度存在しているというのか。
「坊ちゃまは間違いなく家族を求めているんです。回答拒否とかそんな風に認識してる
訳ではないと思います。でもそんな物が今の自分に無い事も良く分かってらっしゃる。
国語の授業でも欠損家庭の話をベースにした授業は明らかに積極性が落ちます。知らな
いんです。だから余計に家族という物に憧れていらっしゃるんです。かと言ってお嬢様
のように無邪気に私に甘えて来るほどにはもう子供では無いんです。この事は、私には
どうしようも無いことです。」
「私にどうしろというのだ。」
「急に変わってくださいとは申しません。何か一つの事でもきっかけにして坊ちゃんと
もっと関わっていくべきだと思います。」
私は情けなくうろたえた。今更どうすればいいと言うのだ。
「それは旦那様自身が考えなければ何ともならない事です。」
――今更、家庭第一主義になれといわれてもな。会社でも責任のある位置について、
さてここから管理職コースの戦闘開始という時期なのだ。こんなときの為の家政婦では
ないか。この程度のことは任せるといえば終わりなのだ。しかしあの娘が敢えて父が
必要だというからにはそれなりの事が有るのだろうと、悶々としながらベッドに入り、
うつらうつらしながら夜を明かした。
朝早くに目を醒まし縁側に出た。息子は朝から早速ジュウシマツに菜っ葉をやっている。
小松菜は十姉妹の大好物だ。小鳥の声が賑やかだ。青空は気持ちがいいし空気もいい。
庭でも菜の花が咲き乱れている。
「あれ?お父さん。おはようございます。」
「うん、おはよう。いつもこんなに早起きなのか?」
「早起きって訳でも無いよ。もうすぐ7時だもの。十姉妹の世話もあるしね。毎日水も
餌も変えてやら無いといけないんだ。」
「随分大きな鳥かごだな。」
そう言って箱を覗くと、小鳥は一羽ではなく、10羽ほどもいるのだった。
「買い足したのか、随分いるな。」
「最初にうちに飛んで来たのが1羽。それにお嫁さんを飼ったんだ。そしたら増えてさ。
これ皆家族なんだよ。」
「全部で何羽いる?」
「12羽。それと卵が2個あるんだ。」
息子は得意そうに言いながら鳥篭の底の糞や何かが溜まった新聞紙を取り替えた。
そして、歯の隙間から音を出してピッと鳴き声を出した。
ピッと声をそろえて十姉妹たちが鳴きかえした。それを幾たびか繰り返した。
「ね、返事するんだ。」
「凄いな。」
本当に凄いと思った。息子と十姉妹たちは本当に心が繋がっているのだ。そう思えた。
私が息子とこうやって声を交わしたのはもう何ヶ月ぶりだろう。小学校の入学式には行った。
その後、クリスマスのプレゼントの配達を頼んだのは去年のクリスマスだったが私が帰宅
した時にはもう息子も娘も寝てしまっていた。娘には正月用のスコッチハウスのワンピース。
特注のポエゾのコート。ダブルの肩マントの付いたかっこよくかわいい奴だ。部屋を覗きに
行くと、パジャマの上にそのチャコールのコートを着て寝ていた。皺になってしまうのに。
息子には天体望遠鏡だ。それはまだ接眼レンズを付けないままに部屋にあった。
外したかなと思ったがその次に会った時、クリスマスに天体望遠鏡ありがとうと言われた。
それが最後だったか… そうだ、あの桜並木の下で。呆れた物だ、半年に一度か。
「でね…其の時、雛は結局一羽しか育たなかったけど、次の年は3つ卵を孵化させる事が
できてうれしかったんだ。卵を産ませるには方法があってね…。」
息子は途切れることなく話し続けている。こんなにおしゃべりな奴では無いと思ったが。
息を弾ませ、頬を紅潮させ、次々とよくも話題が続く物だ。会社に良く来る出入り業者の
若い男の事を思い出した。いつも昼食時にやって来る。普通のセールスなら非常識だと
思うのだが、彼はいつも目新しい話題を持って尋ねてくるのだ。きっと私との話題を繋
げる為に彼が考えたのだろう。話題は街の清掃作業から科学上の新しい発見までに及ぶ。
そういう話題自体は珍しいわけでは無い。お天気の話と同じだ。だが彼は私がその事に
興味を示すと次の話題を振ってくる。新規化合物の話には、その詳しい骨格や分子量を
示した資料が付き、その向こう側にはさらにこの新規化合物の応用についてのコメント
などが付記されている。これには参った。彼の仕事と関わり無い分野であっても私と会う
ために毎朝のようにそれだけの検索をしているのだ。無駄になる資料も随分あるだろう。
その上に更に彼の話術が次第に磨かれ、聞いているのも心地よくなってくるのだ。飯を
食いながら彼の話を聞く。最近は一緒に社員食堂の管理職ブースで2人で飯を食う事も
ある。彼のアポイントが入っていると楽しみだ。
そうか、息子は彼を思い出させるのだ。普通の親なら逆かもしれない。会社で彼と会い、
息子を思い出すのだろう。この私はいつ息子たちと食事をし笑いあったろう。
「むき粟を餌に30%くらい混ぜるとね…」
「凄いじゃないか。30%という意味が分かってるのか?」
「うん、餌の量を100に分けたうちの30、つまり10のうちの3と同じだよ。」
「いつに間にか色々な事を憶えているものだ。小鳥が好きか?」
「うん、十姉妹はとても仲良しなんだよ。ほらこれが最初に飛んできたお父さんで、この
こげ茶が多いのがお母さん。この白いとこが多いのが最初のお兄さんで、この3羽が次に
生まれた妹たちなんだ、みんな雌だったから…」
「全部見分けが付くのか、同じように見えるが。」
「模様が全部違うんだ。だから分かるんだよ。全部同じのはいないんだよ。」
家政婦の少女が食事が出来ましたよとその時呼ばなかったら、私達はもっと長く話し込ん
だかもしれない。久しぶりに朝食を共にし、学校へ行く息子を見送った。何回も振り返り
ながら奴は走って行き、角を曲がった。その後迎えの車に乗り込んで私も仕事に出かけた。
家政婦と娘も一緒に乗り込ませ、保育園で降ろした。
「今日の最初の予定は何時からだったかな。」
携帯に電話を入れた。10:30にアストペリル社の面会がある。その時間までに行けば
特に予定は無い。今日の出社を1時間遅らせることにした。保育園から出てきた家政婦を
学校まで送ることにした。まだ7:40だ。ゆとりは十分ある。
「いつもはここから自転車で学校まで行ってしまうんです。雨でもレインコートを着て。
それが7:50。学校着が8:20です。」
「そういえばきみの自転車には子供用のイスが付いていたな。」
娘がそれに乗っている姿も私は見た事が無い。私の家庭はこの高校生の少女によって
辛うじて結ばれているのだ。そう思って改めて家政婦を見る。どこにそれだけのタフさ
が隠れているというのだろう。
「学校で、ママなんてあだ名を付けられてます。お子様たちが熱を出してとか怪我をした
とかという連絡があると早引けして帰るので。」
娘はあっけらかんとした顔で笑った。ママか、私は息子が紹介してくれた十姉妹の母親を
思い出して、その笑顔につられた様に微笑んだ。
「リツコ君。これからもよろしく頼む。私も今後はなるべく早起きするとしよう。」
「はい。差し出がましい事を申し上げて済みませんでした。」
「とんでもない。早速だが今度の日曜は予定を入れないようにする。何か…」
「わかりました。お任せください。」
目元涼しげな少女は、既に何か思いついているようだった。
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まずは真面目な話。
風月堂様を本名…じゃない、本HNに戻して掲載させていただきました。
詳しくはここの掲示板で書きましたので、この論議については終了したいと思います。
この作品を20話まで既に読まれている方もたくさんいらっしゃると思いますが、未読の方もいらっしゃいますので一気掲載ではなく少しずつとさせていただきます。
では、掲示板で書きましたが重ねて私も要望を一つ念押しで。
投稿規程は守ってくださいねっ!
実はこれが一番言いたかったりして(爆)。
では、今回はこれまで。アスカとの掛け合いのコメントはもういたしません。マンネリになっちゃいましたから。
ちょっと、待ちなさいよ!
私にも喋らせなさいよっ!
人の発言の場を失くすだなんて、アンタ鬼よ、鬼!
ここで、初めて読む人もいるんだから、いきなりわけのわからない論説するんじゃないわよ。
つまり、投稿掲示板で別HNで20回まで出ていたわけよ。わかる?
で、ここで改めて第一回目から掲載するってこと。
初めて読む人は気合入れて、私が出てくるのを楽しみにしておくことねっ。
ま、最初はこんなとこかしら。次回からは私一人でするわよ!
ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、こめどころ様。