もう一度ジュウシマツを

 

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「男ごころだって複雑なんだ」


 

こめどころ       2004.5.6(発表)5.30(修正補筆掲載)








 春の新人戦も終わり、春の高体連も終った。結果的に僕らは見るべきものを残せずOBらは残念がった。
新人戦はJ体大付高に強力なメンバーが加わったこと。大会本戦では3年生の抜けた穴が余りにも大き
かったと言うしかなかった。卒業した先輩の中には先鋒、副将、大将を務めた先輩が含まれていたんだ。
でもアスカは新人戦でも本戦個人戦でも勝ち進んだ。団体戦に加えなかったのは体力温存のためだったが、
彼女は鼻の穴を膨らませて抗議した。
「なぁんですって?あんたたちだけで本戦を勝ち抜けるとでも思ってるの?」
「だから、だからこそだ。お前が加わった所で勝ち進めるのはせいぜい3戦目だろう。だが個人は地区
大会優勝まで行けそうじゃないか。」
「行けそう、じゃないわよっ!何が何でも行くわっ。」
おおっと部員たちは仰け反った。女性の身で地区大会優勝宣言だって。だけどそれがこの金色ひっつめ
三つ編みの娘なら、出来そうに思えてしまうところがなお凄い。この地区は学校数も多く、何故か妙に
柔道の有力高が集まっているので、地区大会で優勝して関東大会に出るのは5回も勝たねばならない。
関東も激戦区だから更に4回、全国大会に出場するまでに9回も勝たねばならないのだ。過去、全国大会
に出れたのは4回。全国大会では一回は2回戦で負け、一回だけ4回戦に臨んだ記録が有る。残りは全て
初戦敗退。選手層の薄い修永館の記録はそこで幕を閉じた。
それだけに森が原高校全国柔道大会地区予選第一回目には思い入れも強かったのだ。
それがまさかの予選2回戦敗退を喫した。
「ほらぁ、だからあたしを出せばよかったのよ。校名で戦えるのは本戦たる団体戦だけなんだから。
最初から負ける準備をしてちゃ勝てっこないのよ。やるだけやったなんてのはぁ。」
「惣流てめえっ!」
胸倉をつかんで立ち上がった奴がいる。眼鏡で巻き毛の少年はアスカに換わり団体に出て2戦とも敗れた
奴だ。真っ赤な目をして、それだけ責任も感じていたんだ。だから――
「何よ、この手は。負けたくせに偉そうに。女相手なら勝てるって思ったわけ?」
「ウ、いや…」
「なによ、今度はあたしの胸が見えたんで恥ずかしくなったっての。言っとくけどね試合の時に男だ女
だって気にした事なんかあたし、無いからっ。」
そう言って彼女は胴着の胸元をばっと開いた。わっ!アスカなんて真似を。スポーツブラにつつまれた
小振りだけど綺麗なアスカの胸は薄いシャツの下でくっきりと自己主張していた。
「しまいなさい!アスカっ!」
洞木さんに怒鳴り飛ばされて、しぶしぶ胴衣を調えるアスカ。シャツ着てたんだけど汗でしっとりしてる
から、はっきりと線が見えたんだ。しかも斜め上からだからね。僕ら(呆れてみていたほかの男子柔道部員
て事だけど)は大きな溜息をついた。洞木さんとアスカが2重唱で叫んだ。
「ええいもうほんとに男子ってのはぁっ!」
暗かった雰囲気は消え大爆笑になった。あ、もしかしてわざと? 僕がそんな目で見るとアスカは手を併せ、
ぺこっと謝って見せた。新人戦から後、出番の無い僕はしょうがないのでそっぽを向いた。見て見ぬ振りだ。
柔道の試合って言うのは、結構って言うか、かなり荒っぽい。襟を引く振りをして拳骨でガンガンPushするし
(要するに殴るのと一緒だ)反則すれすれのところで打撃を狙ったり大げさなアピールをしてせこくポイント
を稼ぐ奴がいる。それは柔道がポイント制になり、試合の駆け引きという部分が大きくなったせいだ。つまる
ところ武道としての柔道がスポーツとしての柔道になったせいで武道としての潔さとか誇りとかが失われた部
分があるということ。もちろん元々殺し合いの技術である武術を指向しているならまた話しは別なんだけどね。
サッカーの試合を見ていて嫌な気分になったことがないかい。僕が言っているのは、紳士のスポーツとか言う
ならああいう事は見苦しいってことだよ。今の柔道は階級制はスポーツ、無差別制なら武道武術により近いっ
てことかな。だからあれは総合武道という別の競技だという人もいる。
「ええい!」
ドシッ! 鋭い気合諸共、見事な巻き込み落とし片手一本背負い。アスカの一本勝ち。前にも言ったけれど
今僕らがやっている柔道には男女別試合の規定は無い。女子柔道は、女子のみでも混合でも試合が出来る。
それでもやはり男女の体格差という物は大きいから混合には出ないという女性も多い。でもアスカの出てい
るのは、まさにその無差別制なんだ。今投げ飛ばした奴だって、体重は100kgを軽く越えているだろう。
打ったり突いたりする事ができなければ圧倒的に女子が不利なのは言うまでも無い。それを補って余りある
アスカの身のこなしの、凄まじいまでの速さ。普段の練習では見せない本気の彼女の実力だ。僕らはあっけ
に取られて見守る。その後アスカは男子を3人倒した。いずれ劣らぬ巨漢ぞろいだった。
ただ、アスカにも弱点はある。スタミナだ。5人目にとうとう破れ悔しそうに目を真っ赤にして俯いていた。
それでも準決勝だよ、ベスト4だ。もし2日に分けて試合が行われたなら――もしという言葉は試合には無
いけど僕はそう思わずにいられなかった。
試合が終った後、彼女が負けたインターナショナルスクールの選手が声を掛けてきた。並んでみると、アスカ
の方がずっと背が低い。だって彼は僕よりも更に一回り大きかったんだ。あんなに大柄の選手は僕らの柔道部
にはいない。手の長さも足の長さも。胸板の厚さだって僕よりずっと分厚くて男らしい。アスカと話している
彼を見て僕は複雑な思いだった。もし彼くらいの体格があればアスカはずっと強くなれるだろうに。先輩たち
がいなくなった今は、アスカの練習相手で一番大きいのは僕なんだ。僕ががもっともっと強くならない限り、
アスカも強くなれない。
「ねぇ、何か素敵よね。」
洞木さんが言ったのが聞こえた。
(「え?」)
「やっぱり向こうの人と並ぶと絵になるわねえ。白馬の王子様と手弱かなお姫様って感じ。」
「そうね、あそこだけ御伽噺とかシェークスピアみたいじゃない?」
「いいなぁー、憧れちゃう。白人系の人ってやっぱり綺麗よねー。」
女子部員たちが2人を見て言ってるんだ。そんな目で見てなかった僕はあっけに取られた。そうか、そう言わ
れてみると、あの二人はとても綺麗だ、とそう思った。汗を拭きながら談笑している二人。多分さっきの試合
について話し合っているんだろうけれど、その様子はとてもそんな風には僕には見えなかった。2人が持って
る青いタオルがまるでお揃いみたいに見えたんだ。

「ねぇ、どうしたのよ。」
「なんでもないよ。試合惜しかったなって思ってるだけさ。」
「ならいいけど、むすっとしてるからさ。」
「だって君が負けたんだぜ、悔しいじゃないか。最初に当たってたらあの男だってアスカには勝てなかっただ
ろうって思って。」
「そ、そう?そう思う。実はねあたしもそう思ってんだ、へへ。あいつさ、試合の後で挨拶しに来て、あなた
が疲れていなかったら私が負けていたことでしょうって言っていったのよ。あたしが潰された時に小内刈りを
打ったんだけど、足がもたついて十分崩せなかったのよ。あいつそのことに気がついてて、あれが決まってい
たら、私は体を潰せなくて投げを逸らせなかったろうって。」
「ふうん。」
「やっぱりちゃんと見てるひとは見てて、わかってくれるんだなあって嬉しかったの。あいついいライバルに
なれそうね。次に会うのが楽しみだわ。それにね、あいつもドイツ系なんだって、奇遇ねぇ。でね、」
僕は大声で言ってた。
「よ、よかったな、ちゃんとした目標ができてさ!」
「そうね。」
「僕が幾ら頑張っても、君より弱い奴と稽古しても実力がつかないもんな。警察の柔道部だけじゃなくインター
ナショナルハイに出稽古に行く許可も貰ったらどうかな。同じ市内なんだし、アスカは向こうの人たちと一緒の
方が、大きい同格の相手をいつも相手にできるから有利じゃないか。」
「そ、それはそうかもしれないけど。シンジあんた本気でそんなこと思ってるの?」
僕はその言葉を無視するように立ち上がってバスの降車ボタンを押した。ピン!と音がして『次止ります』の
灯が点いた。
「ほら、君のバス停だよ。」
「シンジは降りないの?」
「うん、ちょっと2つ先の本屋に行って漫画買うから。今日はここで。じゃねっ!」
疑わしげな目をしているアスカを降車口に押し出した。彼女はしぶしぶって感じで下りて行き、バスは発進した。
目立つ金髪のひっつめ三つ編みがこちらを向いてバスを見ている。それがみるみるうちに離れていった。
そうだよ。僕じゃアスカのいい練習台になんかなれないんだ。身体も技も貧弱であいつはその為に試合で勝ち抜け
ない。僕はアスカに何かしてもらうばかりで、アスカの夢のために何の役にも立ってない。不甲斐ない、情け無い。
その上、アスカに対して感じてるこのもやもやした鬱陶しい気持ちはなんなんだ。アスカがあのインターナショナ
ルの男子選手と親しげに話してるのを見たときに湧き上がったいじけた気持ちはなんだ。
――最低だよ、僕は。アスカが想っていてくれる気持ちを、いつだって裏切ってる。


ぼんやりと漫画を立ち読みしていた。頭になんか入ってない。気がつくとただ指がページをめくっているだけだ
った。しかもその雑誌はエログロというか、正視に耐えないような雑誌で、可愛い女の子がスカートをめくって
いて、思わず手を離すと棚の奥のほうに放り込んだ。まだどきどきしてる。時々更衣室で回し読みされてるよう
なそんな奴。レイになんか見られたらきっと凄い目つきで睨まれて口も聞いてもらえなくなるのは間違いない。
だから、まぁ…興味が無い事はなかったし、貸すぞーと言われても借りた事もなかったけど。――凄い。
「おんやあ、なんかええもの見つけたみたいやったなあ。せんせ。」
ぎくっとなった後振り返ると、柔道部の仲間だった。なんだ、と溜息をついた。
「そんなんなら、うちに来れば幾らでも見せてやるがな。どやこれから。」
「こんな物も有るぜ。」
もう一人、やはり柔道部の仲間が。今日アスカと怒鳴りあっていた奴だ。そいつはパンパンになった貸しDVDの
袋をかかえて、にたーりといやらしく唇を歪めて笑った。そいつがちらりと見せた表紙の女の子は確かに
アスカにそっくりで、その子は潤んだ眼差しで僕を熱っぽく見つめていたんだ。






第17話へつづく

『もう一度ジュウシマツを』専用ページ

 

 


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 うっ!うううううっ!
 
こ、この展開はっ!
 違うわよ、誤解しちゃダメよ。シンジ!
 その上、あの馬鹿二人はシンジを良からぬ道に誘ったりなんかしてっ!
 ど〜すんのよ、ど〜すんのよ!
 悪魔の誘惑に負けちゃダメよ、シンジ!
 ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、こめどころ様。

 

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