もう一度ジュウシマツを
− 17 − 「 最 悪 」
こめどころ 2004.5.8(発表)5.31(修正補筆掲載) |
―警告:少しだけ成人向け表現があります―
2人組の片方の家は交差点の直ぐ脇のマンション。そこの506号室だった。
「こいつここで一人で暮らしとんや。」
「へえ、凄いじゃないか。お父さん金持ちなんだね。」
僕は上の空で答えた。何で付いてきてるんだろう。早く家に帰らないとレイが一人で待ってるのに。
「なんだよ。早く家に帰らないといけないのか?そんならまた今度にするか?」
落ち着かない様子に気づいたのか、そう言われた。それはその通りだったのだがここで帰れば僕は。
「大丈夫さ。門限があるわけでも無いし。」
気にしながら平静を装って、がさがさと本屋の紙袋を破った。さっき僕が見ていた奴が一番上に積
まれている。可愛い女の子がミニスカートをめくって自分のパンツに手を掛けている。何を考えて
るんだこの女は。そう思っているのに、僕のモノは元気一杯に熱を持って膨れ上がってくる。
「碇、やる気満々やな。でもこっちもエエで〜。」
ジャージ男は咥えた煙草に火をつけると、煙たそうな顔をしながら自分の買った本を取り出した。
こっちは可愛いって評判のタレントの写真集で、本の腹巻にはエロ度390%とか魅惑の天使とか
描かれている。身体に食い込むようなぎりぎりの水着に、水滴が弾ける少し小麦色の肢体が眩しい。
次のページでは自分の胸元を寄せるように腕をこちらに向かって伸ばし、形のいい乳房をカメラに
突きつけていた。幼い顔なのにボディは成熟しきっていて、僕ら男の子を誘っているように見える。
試合の時にアスカのやったのと同じポーズ。
「でもおまえ、得したわなぁ。惣流の胸を一番近くで見れたんやろ?」
「おお、シャツの隙間からピンクの乳首と谷間がこう、確かにな。うしししし〜。」
「エロかったやろ?小柄な割りに成熟しとるもんなぁ、あいつは。」
「そうそう、さすが混血だよな。ありゃあもう、男の3人4人はとっくに咥えこんでるな。」
「バージンがあんな事するかいな。エロイ声出すんやろうなぁ、く〜っ、お相手が羨ましいわっ。」
「清純そうな顔してるから一層エロいんだよな。ボーイッシュなあいつがどんな風に乱れるのか。」
「そうそう、ええなぁ、なぁ、碇も一回くらいさせてもらえたんやろ?」
暫くこいつらが何の事を言ってるのかわからなかった。その直後に意味がわかってかっと頭に血が
上った。惣流をそんな目で見てただなんて。
「あ、アスカはそんなっ!」
「オー、やっぱりお前等そういう仲だったのか。そうじゃねえかと思ってんだよ。」
「違うよっ。」
「まあ、そう照れんと。な、こっちは洋物のハイスクールもんや。惣流のそっくりさんも一杯や。」
目の前に広がったのは波打つ金髪の少女たちの強烈な裸裸裸。思わず目をそむけ、それでいながら床
と写真集の間を行き来する僕のいやらしい目。だめだよ、駄目だってば!そう言いながら興味が迸る。
その向こうではパソコンにセットされたDVDがモニターから、強烈な甘い声で男にすがり付いて、
ガクガクと細い腰と丸いヒップを振り、悲鳴を上げている女の子を映し出している。激しい息使いが
次第に高まっていく。赤く染まっていく全身の皮膚、仰け反る白い喉笛。男の腰に絡みつく輝く大腿部。
振り乱される金髪。だらしなく潤みきった青い目。愛らしく喘ぐぷりんとしたばら色の唇。
――シンジ、ねぇ、シンジ、とアスカの声が聞こえたような気がした。
「あぁ、あぁ、はあああっ、はぁぁっ!」
女の子の喘ぎ声が部屋の中に満ちて、僕はもう顔から火を噴きそうだ。あっちだってもう爆発寸前。
「どうだ?これなんてまだ16歳の女だってよ。俺たちと同い年でも女って凄いよなあ。」
思わず見たモニターのその子の表情と身体に、アスカをだぶらせたわけで。僕は、僕はっ。
その子を抱きしめる、少女と同じ髪の色同じ青い目の男。その逞しい身体が激しく白い脚の間で動く。
だめ!ダメだダメだダメだ!
『あ、レイ?シンジ、まだ帰ってきて無い?』
「まだなの、もう10時過ぎてるのに。お兄ちゃんは遅くなるなら必ず私に電話してくれるのに。」
『リツコさんはまだなの?』
「お父さんも12時過ぎになるだろうって電話があって。」
『おかしいなぁ。本屋行ってから先どこに行ったのかしら。漫画買うからって言ってただけなのに。
どこかで誰かに会って、そいつのうちに行ったのかしら。』
「何かおかしいの。ジュウシマツの世話があるから何が何でも普通なら小鳥しまっておいてって電話が
来るはずなのに。それすらないなんておかしい。私探しにいってみようと思うの。」
『ちょっと待ってて。』
アスカさんがママに向かって何か叫んでいる。
『今からそっちに行ってあげるわ。ママが車出してくれるって。うちはパパがもう帰ってきてるし大丈夫。』
それじゃ悪い、と言おうとしたけどもう電話は切れていた。学園都市でも夜の犯罪数は多い。中学生や高校生
が夜間に一人で外出するなんて犯罪に会いに行くようなもんだと言う事はわかっている。でもこの辺は明かり
も多いし車も通るからと思ったんだけど。考えたら助けてって言った様な物だ。悪い事しちゃった。
かっきり7分半で車が止まった音がした。立ち上がろうとした所でガラガラッと玄関の引き戸が開いた。
「レーイ、来たわよっ!」
私は玄関に飛びだした。黒いシャツに黒のジーンズ黒い野球キャップをかけたアスカさんが笑って立っていた。
すみません。その行動力にあっけに取られた私だったけど。
「すみません、私達のために。」
「最初(はな)っからレイのためじゃないわよ。やっぱりシンジの事あたしが勝手に心配してるだけだもん。
だから気にしないしないっ。」
快活な笑顔。私はその時何故お兄ちゃんがこの3年間、あの馬鹿とか暴力女とか乱暴者とか、ぶつぶつ言いながら
この人と一緒にいたのかがわかった。私ではお兄ちゃんに与えて上げられなかったもの。お兄ちゃんが欲していた
ものの姿がおぼろげに見えた。お兄ちゃんは家の裏に咲いている辛夷(こぶし)の花のようだった。
明るく快活な暖かい陽射しを欲しがっていたのね。お兄ちゃんはお父さんとよく似てる。あの辛夷は家を建て替え
た時、根を半分切られて、日陰になった。多分持たないでしょうと植木屋のおじいさんも言ってた。それでも春が
来て、花の季節になると遠い方の駅のホームからでさえ、まるで大きな白い炎のように見えるほど花をつけた。
いつの間にか屋根の上にまで枝を伸ばし陽光を一杯に受けて花を一杯につけた。その後の新緑の美しさ、夏の緑陰。
私は幾夏その木陰で午睡をしたことだろう。寝起きにはお兄ちゃんが何時もカルピスを作ってくれた。あの氷の音。
お兄ちゃんとの静かな夏休み。お母さんが植えたと言う色々な花や樹木が、まるで無造作に茂り放題になっている
ように庭に咲き乱れている。だけどこの庭はリツコさんと植木屋のおじいさんの手が隅々まで入っている。
お父さんの心の中に、リツコさんはこの花の庭のように隅々まで入り込み、お母さんの植えた花を生かしたままで
咲き乱れている。だけど、お兄ちゃんは一人きりだったんだ、ずっと、私を庇ってくれていたから。自分だって、
温かな陽射しがきっと欲しかったのに、私が小さいから。自分の方がずっとよく病気をしたくせに、喧嘩だって弱
かった癖に。いつだってお兄ちゃんは私への強い陽射しを遮り、UVクリームを背中に塗り、ほっぺたに塗り、帽子
を被せ、世話を焼いた。
お兄ちゃんは、やっと自分の陽射しを見つけたんだ。
「とにかく、その本屋へ行きましょ。」
「ええ。」
着ていたジーンズとブラウスの上に一枚羽織ると、シューズをつっかけてアスカさんのお母さんに丁寧にお礼を言う
のもそこそこに車に乗り込んだ。後ろで「挨拶なんかもーいーでしょっ!早く早く早く!」と喚き散らす人がいたから。
「ああ、6時、7時ごろかなあ、何時も遊びに来ていっぱい借りていく2人組がいるんだよ。その子達と一緒にいた
ようだったよ、今時あんなにきちんと制服を着てる男の子は少ないからね、大柄で背も高いのに、妙に線が細い感じ
の子だったなぁ。」
「それよっ!それそれ。その子達探してるのよ。」
「お願いです小父さん。その男子達どんな子だったか教えて下さい。」
私たち2人のお願いに抗しけれるほど、この店員さんは悪人ではなかった。
「スポーツ刈りのジャージ姿のと、眼鏡で茶色っぽい巻き毛がこうくるくるっとした…」
「あ、柔道部のっ。わかった、小父さんありがとうねっ。」
アスカさんは携帯を掛けまくっている。
「あ、ヒカリッ、あのさちょっと教えてくれない?例のあいつさ、住所どこよ。畷?もっと山寄りよねえ。あそうだ、
いつもくっついてる巻き毛の眼鏡は、あ、そっちだ。クロニクル506?電話は?うん、うんうん。わかった。
わかったてば心配しなさんな。じゃっ!」
電話を切るとアスカさんはどんどん歩き出し、交差点脇のマンションにずんずん入って行った。
「こ、ここにお兄ちゃんが?」
「多分ね。ここの506にいるらしいのよ。柔道部の仲間よ、何やってんだか。」
怒ってる、アスカさん凄く怒ってる。笑ってるけど全身が総毛立つ感じで。お兄ちゃんが早く帰ってこないから
いけないんだからね。私知ぃらないっと。
「だからこれだけ見てから帰れよもう一本だけ。傑作だぜ。」
駄目だもう駄目だ。もう限界っ。僕はよっぽど面白い反応を示したみたいで、離してくれない。僕は玄関先で、
靴を半分履きながら、2人に腕をつかまれて引きずり込まれそうになっていた。
ドンドン!ドンドンドン!
鉄の扉が激しくノックされた。
「ちょっと!あんたたちここ開けなさいっ!シンジが来てるでしょっ!」
「そ、惣流やんっ!」
「うそっ、何でここがわかったんだよ!」
え、ア、アスカッ?別に犯罪行為をしてたわけじゃないけど、後ろめたい事はしてた。僕らは同時に顔を見つめあい、
わっと散って大慌てで散らばってるビデオやDVDや、エロ本をベッドの下に放り込んだ。
玄関では相変わらず激しくドアが殴打され、アスカが高めのアルトで叫んでいる。
「こらーっ! 開けろーっ!」
「お兄ちゃーんっ!いるなら出てきてっ!」
レ、レイが一緒だって、一体どういう状況なんだこれは。でも間違いなく言えるのは状況は絶対的に悪いと言う事だ。
「い、いいか開けるぞ。」
「おう。」
「い、いいよ。」
「うるさいなぁ、一体なんだよ。」
ナイスな演技でこの部屋のオーナーはドアを開けようとチェーンを外し、錠をはずした。バカンッ!っと激しくドアが
蹴り飛ばされ、人間は吹っ飛び、ドアは壁に叩きつけられてバーンと派手な音を立てた。
僕らは奥の部屋でおもわず腰を浮かせた。完全に犯罪者的心境になっているところへ、アスカがズックのまま上がり
込んで来た。
「シンジッ、あんたこんな遅くまでレイちゃんほっぽりだして、何遊び呆けてたっ!」
「はいっ!」
「何よこの部屋、散らかってるし、生臭い匂いするし、ろくにゴミも捨ててない最っ低の部屋ね。」
僕は前の主将に怒鳴られた時みたいにきりきり舞いして直立した。アスカは部屋の中をぐるっと見回し、回線ごと
引っこ抜かれたモニターのスイッチとかを見やり、煙の匂いをくんくんと嗅ぎ、雑誌の表紙の一部がはみ出している
押入れなんかを見た。僕は生きた心地もない状態で鞄を持ったまま立ち尽くしてる。
「そこのジャージ!もう2度とシンジを引っ張り出すんじゃないわよっ!」
「は、はいっ!!」
「シンジッ!」
「はいっ!」
「帰るわよ。」
その声は静かで、今までのドスのきいた声とは全然違った。僕らはハナヂを出したままひっくり返っている、哀れな
家主の少年の脇を通り抜けて階段を下りていった。
「心配したんだからね。レイも、あたしも。何してたんだか。」
降りていく途中でアスカは静かな声で言った。脇にいたレイが僕の腕を取ってぎゅっと抱きしめた。
表に出た。アスカの母さんが、静かに立っていた。
「ああ、見つかったのね、じゃあお父様たちに見つからないうちに急いで帰りましょ。」
何も言わないで、アスカのママは僕らを乗せて坂を下り、家の門の前で降ろしてくれた。アスカは僕とレイの前に
出て、今日のことは内緒にしときましょ、と改めて言った。
その時だ、間の悪い事に僕の鞄の口が外れて、中身が零れ出た。その中に置いてきたとばかり思ってたあの本が
あった。見開きの凄いピンナップがもろに。なんであいつらわざわざ几帳面に返しとくんだよ。
僕らは声も出ないままそのとんでもないシーンを見つめてしまった。顔を上げると真っ赤な顔をしたアスカがいた。
「この大バカモノッ!」
いきなり往復ビンタがパパババンと2発。強烈だった。頭がジーンと痺れてるうちに車の発進音が聞こえた。
振り返ると、そこには氷のような冷たい表情をした妹が軽蔑しきった声で言った。
「そう、こんなもん読んでて遅くなったのね。いいえ、お姉ちゃんの様子からするともっとひどい事してたんだ。」
そういうとそれを拾い上げ、脇に抱え、すたすたと家の中に入っていってしまった。
「お、おい、レイ、レイってばっ。」
そのままレイは部屋に閉じこもってしまった。
「レイ。出て来いよ、レイ〜。」
「向こうへ行って。今から私この本読むんだから。お兄ちゃんだって読んだんでしょ。」
「それは、成り行きで買っただけで、読んでなんかいないよっ。」
「それを信じろと言うの、甘いわね。」
後は幾ら叫んでも呼んでも、返事はなかった。僕はあきらめざるを得なかった。
部屋に戻り、パソコンを起動するとメールがたまっていた。そのなかに Asuka S.L.の名があった。
そこにはただこう書かれていた。
『変態、不潔、最低!! 1m以内に近づくな!』
僕はがっくりと崩れ落ちた。
事のきっかけだったインターナショナルスクールの選手の事なんか、とっくにどこかに吹っ飛んでいた。
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ジャージにメガネ………!
ぶちぶちぶちぶちっ!
さすがに温厚な私でも頭に来るわっ。
シンジを何て道に引き込むのよ!
許さない許さない許さない許さない。
シンジだってどうして妄想の中の私の相手が自分じゃないのよ!
もう!一人相撲しちゃってっ!
私が好きなのはアンタ。アンタ以外の誰も愛してはいないんだからっ。
ま、口で言っても信じてくれないでしょうね。じゃ、ほっぺ出しなさい。身体に刻み込んであげるわ。
べしべしべしべしべしべし!
ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、こめどころ様。