もう一度ジュウシマツを
− 34 − 「アスカとシンジ奮闘する/60秒間のキス」
こめどころ 2005.1.1(発表)16(改定)3.19(再改定) |
東会場での試合が始まった。
僕の目の前で、まるで獣のように雄叫びを上げている両者。
下から見上げているせいか強い照明の下、陰影が濃くなって余計獣じみて見える。
真っ赤な顔。体内に格闘のためのホルモンがどっさり出ているんだ。
鍛え上げた筋肉と、短い息遣い。激しく体を捌く空気の波が感じられ、畳の擦れる音が響く。
緊張した空気が立ち込め、声援もまだ控えめだ。動きで見る限り双方遜色ないように思える。
一方の選手がすばやく片襟をつかんで、強引に崩そうとするが相手も袖口をつかんでいる。
距離をとったまま引っ張り合い、道着があっというまにはだける。
ぐるぐると威嚇しあいながらつかみあわずに、身体をかがめたり仰け反ったり。
これじゃあ猿のダンスだ。
ついに審判が2人を止め、注意。もっと積極的に戦えということだ。
注意されるまでやめる事が出来ないって言うのが駆け引きといっても見苦しい。
再びつかもうと両者近寄った所をとっさの出足払い。相手にすがるように半身になって倒れた。
技ありっ! 審判が叫んだ。そのまま寝技に持ち込んで暫くもみ合う。再度分かれて再開。
うまい!
立ち上がったところを再度突っこんだ、そのまま巻き込むように一本背負い、入った!
鋭い気合一閃。相手はごろんと回転して背中から落ちた。
併せて一本!歓声が上がった。
勝者北の丸高校。
ああ、そういえば北の丸の選手は一本背負いを得意にしてたんだっけ、やっと思い出した。
足払いから背負いへの連続展開も十分。鮮やかなもんだった。強豪と言えるだろう。
スピードも申し分ない。
けれど、いつも見てるアスカと比べるとかなりゆっくりに感じる。
足を払ってからの体の入れ替えが僕にははっきり見えた。あれなら十分ツバメ返しが掛けられる。
よし、いいぞ。僕の体調はばっちりみたいだ。
その時、向こう側の試合待ちの列に、カヲル・渚・シュナイダーの姿を見つけ、我知らずじっと見つめた。
その気配を感じたのか、彼のほうも僕を睨みつけてくる。
かっとなった。何故そんなにカヲルに敵愾心を感じているのか。その理由もわかっていた。
カヲルが、アスカと寄り添うようにして笑いながら話していた時の光景と、僕のいじけた
気持ちが身体全体に甦った。あの情けなかった想いと、その後での惨めな一件。
あいつのせいじゃないのはわかっていた。でも僕の身体全体が危険だとあの時叫んでいたんだ。
やきもちって言うのか、嫉妬っていうのか。背中がうすら寒くなるような気持ち。
アスカには絶対知られたくない気持ちが僕の中にあの時漲っていた。あんなのはもう沢山だ。
僕が特別な感情を持っているって事なんだけど、ライバルに違いない。好敵手ってことの他に、
アスカが彼の事を同じ日独のハーフってことで親近感を持ってるって事。
あいつと話してるとき嬉しそうな顔してるってこと、僕はそのことについて全然鷹揚じゃない。
合宿明けの試合では勝ったけれど、それがあいつの今の実力とは思えなかった。
審判が呼んだ。
いよいよ僕らの番だ。僕の相手はあの因縁の相手。
男らしくも無い。いじけて、嫉妬して、どうでもいい事で転げまわっちゃう僕だけど。
この試合でカヲルに勝てば、こんどこそもっと余裕を持ってあいつに臨めるようになる、きっと。
「関東東インターナショナル高等部カヲル・渚・シュナイダー選手!」
「新東京森の原学園高等部、碇シンジ選手!」
「はいっ!」
ちらっと客席を見る。父さんが2階席の一番先まで降りて、乗り出して観ている。視線を感じる。
はっきりそれと意識して父さんの前で試合をするのは初めてのような気がする。
相手はインタ−ナショナルのカヲル・シュナイダー。こいつとは何かと因縁がある。
夏の合宿でもよく乱取りであたった。
だから互いに手の内を良く知っている、と彼は思っているだろう。
だが僕にはとっておきの技がある。あのころよりずっと切れも冴えも良くなったはずの技。
飛び込み背負いの巻き込み技。どこでそれを決められるか。
「はじめぃっ!」
鋭く飛んだ主審の声に僕らはガッと音を立てるような激しさで一気に組んだ。
差し手の争いは一瞬で終った。組んだまま袖口を絞り上げる。
それをカヲルが嫌い無理やり振り抜いた。その瞬間に踏み込んで払い腰に入る。浅いっ。
咄嗟に元の位置へ戻りながら足を刈るがこれは読まれた。
合宿で散々やった小技なので、彼はこれを警戒している。タイミングも練習のときのまま
スタンダードな戻りにしか過ぎない。抑えた事でシュナイダーはさほどではないと安心している。
僕の動きは次第に速くなる。これはアスカとの練習でスタミナを奪うために良くやる手だ。
動きに緩急をつけ、大きく身体を動かして相手の反応を誘う。
僕の軽い動きに対し、あいつは自分よりも動きの速い、僕という敵に過剰に反応する。
ひっきり無しに仕掛ける小技。
反応する筋肉の疲れと同時に、何とか凌げると思ってくれれば僕は随分やりやすくなる。
袖釣り込みっ、凌ぐ。カヲルはあせっている。
攻められ続けている時は不用意に荒い崩しから大技を出したくなる。
それは、まだだ。こらえろ。
奴の技を出すタイミングが次第にわかってくる。呼吸を読む。
がつっ!
来たッ。シュナイダー渾身の体落としだ。
僕は一歩踏み出してその肢を踏み越えた。2度、3度。
再度身体をあてがってもう一度足が出る。
僕はその足も踏み越える事ができ、ついにカヲルの体を崩したっ。
背を向ける技を出した後は身体が屈む。僕より背の高いカヲルが僕より小さくなる。
身体を併せた瞬間僕の両足が揃い、そのかがんだ姿勢でカヲルの懐に潜り込んだ形になった。
押し出してくるカヲルの勢いをそのまま僕の背中が吸収したその瞬間!僕の上半身は身体をそらせて
彼の力を膝とくるぶしへ放出する。カヲルを支えるものが消える。
腰を跳ね上がらせながらカヲルの右腕を思い切り真下に引き込んだ。
同時に肢が跳ね上がるほど突出させながら力は足から腰を抜け、カヲルの下腹に伝わる。
この一瞬に背筋で、投げたっ!
僕の身体は電撃をくらった蛙みたいに跳ね上がった。
カヲルのつま先が畳から離れたっ!
身体を引き抜くような勢いで胸元の左手が親指で道着を巻き込み彼の身体をつかんで引き落とす。
あっ、というような彼の悲鳴がかすかに聞こえ、身体の真正面でカヲルの身体が宙に崩れていく。
右手で袖を絞って彼の腕をしっかりとさらに真下に引き込み投げ下ろした。
膝が戻って、そこを中心に僕の身体も回転し、さらに身体がカヲルと一緒に浮いた。
崩れ倒れた奴の上に身体ごと落ちた。
ダダンッ!
ふたりが一塊になって畳の上に転がった。
とっさに身体を押さえ込んだ。そこまでが一瞬だった。完璧?逃れた?
「技ありっ!」
審判の声が 響いた。うわああっと言う歓声がその時になって初めて耳に届いた。
「シンジーッ!キャーッ!やったーっ!」
「お兄ちゃん!すごいっ!」
声援が聞こえた。だけどまだ半分だ。まだ勝ってないっ!
咄嗟に身体を投げ出して半身を残したカヲルは試合のテクニックをよく知っている。
さすがは強豪と言われているだけの事もある。長い手足を旨く使って身体を残している。
「シンジーッ!ちょっと、頑張んなさいよっ!」
アスカの声が耳に飛び込んできた。自分の試合はどうなったんだよ。
寝技へのガードをがっちり固めたカヲルの身体の上から、僕はあきらめて起き上がった。
「待てっ!」
審判が、顔と首を腕で覆って倒れているカヲルの腰を、軽く叩いて起こした。
「始めッ!」
試合再開。今度は慎重に距離を置いているカヲル。ゆっくり構えられるとリーチが長くて体重に
勝る彼の方が有利になる。ぼさぼさになった前髪の下で、赤い瞳が爛々と僕を牽制している。
流れる汗が襟元と胸元に流れ落ちてくる。
「しゃあああっ!」
「おおりゃああっ!」
互いに吼える。身体を揺らし、袖を握ろうと片手を伸ばしあう。一度つかまれかけた袖を振り払った。
そろそろ積極的に攻めないと注意を喰らって減点になる。攻撃のふりだけでもしておかないと減点に
なるのは国際ルールから来たつまらない採点法だが、従わないわけには行かない。
顎の先から、汗が滴り落ちる。
袖をつかんだ瞬間、僕は飛んだ!
空中で体を翻し、袖を引き寄せながら畳横2枚分を低く飛んで、カヲルの足元に両足先をそろえ
飛び込んだ時には既に僕の両腕がカヲルの上半身を崩し、半身が僕の背中の上をゆっくり跳んでいた。
小さく足元にかがみこんだ僕の上をカヲルの体が僕自身を振り子のように使った力で舞うように
浮かんでいた。振り払われた左手の代わりに僕の左はカヲルの右腕を決めていた。
一本背負いに変化した僕の背負いにカヲルは巻き込まれたんだ。逃がさないっ!
バァンッ! 奴の身体が僕の目の前に転がり、その瞬間に僕は袈裟固めを決めた体勢でカヲルを
押さえ込んでいた。
やった・・・やったぞっ!飛び込み巻き落とし背負いが決まった。
そのまま、グイと脇を締め上げた。審判が叫んだ!
「一本、碇シンジ君っ!」
僕は跳ね上がるように起きた。カヲル君は顔をしかめながら脇を押さえて起き上がる。
相対して礼。大歓声の中で僕は客席に目を走らせていた。
「シンジーッ!」
「お兄ちゃーん!」
「よしやったっ!」
アスカとレイと、そして父さんの興奮した声がはっきり聞こえた。
客席に向かって片手を上げた。母さんが手を胸の前で合わせているのが見えた。
父さんの髭面が真っ赤になって叫んでる。旗を振っている同期の仲間たち。
レイの仲間の弓道部員や、神社のおじさんたち、学校の仲間が手を振っている。
それに応えて思い切り手を振った。勝った、シュナイダーに勝ったぞ。アスカの目の前で勝ったんだ。
悔しそうに引き上げるカヲルを目の端に捕らえていた。
こんな感情を持っていた事を少し恥だと思う気持ちがあった。
でもその気持ちを振り払って、アスカの笑顔を見た。僕はこの笑顔が見たくて戦ったんだ。
凄く誇らしい気持ちと、安心した気持ちで胸が一杯になる。
それは、なんていうんだろう、独占欲が満たされたって言うのか、アスカを守りきった満足感ていうのか。
かなり自己中心的なものだと思うんだけど。男の子にはこういう見苦しいとこがかなりあるんだ。
それは女の子には絶対知られたくない感情だけど、赦してもらうしかないよね。
僕の汚い気持ちを何にも知らないアスカの顔がくしゃくしゃに笑ってた。手を思い切り振ってくれてた。
――アスカは、僕のアスカだ。誰にも渡したりしないぞっ。
そんな言葉を僕は心の中で叫んでいたわけで。
「シンジーッ!よくやったーっ!」
誰よりもよく聞こえる声で叫んでいるアスカの顔中の笑顔に向かって親指を突き出していた。
アスカも同じように親指を突き出した、と思った瞬間、彼女は身を翻して出口の方に走って消えた。
「あ、そう言えばあいつ、自分の試合はどうなったんだよ!」
あたしはシンジが勝ったのを確認すると、隣の試合会場に向かって飛んで帰った。
会場入口にはヒカリがやきもきした顔で待っていて、あたしの顔を見るなり飛びついてきて引きずっていく。
「はやくっ、こっちよっ!」
「あはは、何とか間に合ったみたいね。」
「さっき前の試合が始まったところよっ!
もしかしたらもう前の試合終っているかもっ。」
「うひゃあ。まずいまずいっと。」
「やきもきさせないでよねっ!」
ヒカリはあせっていたけど、こっちで待っていていらいらしてるほうがよほど精神集中を欠いちゃうんだから
しかたがないよね。シンジも勝ったし、これで安心して試合に望めるってもんよ。
「まっかせときなさぁいっ!いくわよっ!」
東会場のAコートの第2試合。無差別男女混合クラス。
このクラスは試合数がやや少ないため他の級より約30分遅れで始まる。
だからシンジのを観にいったんだけど。
あたしの相手はどこだろう…と、会場を見回す。
試合はあたしが会場の照明の眩しさに目を細めた途端始まった。
「県立奥三峡高校、野苅谷芳樹選手。中央に進みなさい。」
「はいっ!」
3年生2段で、たしか昨年も出場して決勝戦まで進んだ人だ。精悍な顔だち。足技が得意なんだよね。
奥三峡は県内でも一番山奥、林業が盛んなところ。きっと足腰が鍛えられてるんだろうな。
おまけにあたしより20cmは背も高い。シンジよりも体重がありそうだ。でもパパほどじゃない。
この人に勝つと、シードの関係で一試合儲かって体力温存できるんだ。
そのことしか考えないでいよう。人を掻き分けて走った。
「新東京 森の原学園高等部、惣流アスカ・ラングレー選手、中央に進みなさい。」
「はいっ!」
私と目があった途端に、野苅谷君は一瞬眩しそうな顔をした。
ま、可愛い女の子を相手にする機会なんて山奥の地区ではめったに無いだろうからね。やり難いでしょうね。
ただ、油断したり恥ずかしがったりするって言うのは、あくまであんたのほうの事情であって、あたしは
下級生の可愛い娘、ってそれだって武器にしちゃうわよ。武の道は厳しいんだから。
「始めッ!」
「うおぉぉぉっ!」
開始直後に、相手は凄い勢いで突っ込みそのままあたしの肩をつかんで押し倒すように足を薙ぎ払ってきた。
うわっ、情け容赦ない突っ込み。猪突猛進タイプだったのか、あたしを軽く見たのか。
両袖をつかみながら押し下げて、背負うか、落とすかほんの一瞬の迷い、わたしの身体は宙に浮いた。
「しまっ・・・!」
咄嗟に体をかわし、薙ぎ払われる直前に腰を浮かせて押し倒す勢いをいなして、逆上がりの要領で背に回り、
腕をへし曲げて逆手にとり、反動を利用した全体重で真下に押し倒した。
相手は堪らず崩れ落ちた。逮捕術の一手の応用だ。
おお〜っ、と体育館中にどよめきが湧き上がった。だけどこれじゃあ一本にはならない。
「有効っ!」
野苅谷君は、半身が崩れて腿が畳についたけれど、潰す事は凌がれた。
でも半身仰向けの一瞬を見逃すもんかっ!
咄嗟に躍りかかって腕挫(ひしぎ)十字を掛けた。今度は完全に決まったっ!
苦痛に歪んでいる相手の顔、これ以上粘ると靱帯を切ることになるわよっ!
「ぐ、くあっ、うっ。」
相手が女の子だと思って降参できないっていう人は結構いるのよね。審判が駆け寄って参ったを確認する。
顔を振る。あたしはさらに腕を締め上げた。顔色がもう真っ青になっているのにぃ。
「うおおっ!」
無念の叫びを残して畳が2回叩かれた。こっちがホッとしちゃう。あんまり頑張りすぎないでよね。
ぱっと技を解いて立ち上がったが、野苅谷君は相当痛かったようで腕を押さえてよろけて立ち上がった。
関節技は決まってしまったら女子の力でも外せる事はめったに無い。
無駄な頑張りは選手生命を短くするのよ。とにかく私は勝った。
「あわせて一本、惣流アスカ選手の勝ちっ!」
体育館中がゴオッと唸りを上げたみたいだった。
でもあたしの耳に届いていたのはママとパパの歓声だけ。それだけがはっきり届いていた。
そっちのほうへ向かって、大きく手を振った。パパが背広を脱いで振り回していた。しょうが無いパパ。
そしてお母さんは、持って来ていた長いフランスパンを剣みたいに振り、椅子の上で叫んでいた。
その隣では小さな弟が何度も飛び上がっていた。
その2階席の下まで走っていくと、あたしは何度も家族に向かって投げKISSを飛ばしたのだった。
「アスカッ、ナイスッ!」
ヒカリが走ってきてあたしの身体を大きなタオルで包んだ。気がついたら全身から汗が迸っている。
身体を冷さないようにしなくちゃ。次は他の2回戦が終ったあとの3回戦だ。
「あ、あのっ、まだ次まで間があるよねっ?」
あたしがそう言うと、ヒカリはあからさまに渋い顔をした。
「ア〜ス〜カ〜、ダメよう。碇の試合をまた観にいこうって思ってるんでしょ。」
「へ、やっぱりばれたか。だって、あいつの試合見て無いと気になって気になって。」
「もし自分の試合に遅れたらどうするのよっ!」
「だからさ、少し前に携帯で連絡してっ!お願いよう。」
「しょうがないなあー、こんなんじゃ勝てる試合も、負けるわよっ!」
ここは一番、もう一歩の押しだっ!
「あっ、それは問題ない。見て無いほうが乱れるから集中力。」
「そればっかねっ!」
だって、本当に本当のことなんだもん。実際自分でもどうしてこんななのか不思議に思うくらい。
それで、今もそうだったけど、シンジの勝った後は不思議なくらいに力が漲って身体が軽いのっ。
「じゃあほらっ、着替えてからなら行っていいから。携帯これっ。」
あたしは躊躇わずにその場で上着を脱いで、ランニングシャツの上から新しい胴衣を羽織った。
汗で濡れた肌着が身体のラインを浮かび上がらせてたかもしれないけど、そんな事どうだっていい。
「こ、こらっ!アスカッ!」
ヒカリが何か叫んでたけど、その時あたしはもうとっくに表通りを走っていたわけ。
「シンジーッ!」
試合会場の外のベンチに腰掛けて、水分補給をしていた僕に誰かが背中から飛びついてきた。
誰かって、こんなことするのはアスカに決まってるけどね。
「あたしも勝ったよ、一回戦。腕ひしぎ十字固で。最初ちょっと先行されちゃったけど何とか勝った。」
「凄い!一回戦て、去年の準優勝か準々優勝者でしょ?確か3年生。」
「うん、でも勝っちゃった。褒めていいわよ。こら、誉めろってば思いっきり。」
これがいつもの、道場で見る厳しいアスカと同一人物とは、とても思えない。
子犬みたいに甘えついて、きらきらの元気な目が僕に息が触れるくらい近くで輝いてる。
腕にしがみ付いて見上げるアスカの頭を、思わずいい子いい子と撫でていた。
「偉いぞアスカ、すごいね。」
「えへっ、へへへぇ〜。」
さすがにちょっと恥ずかしくなったのか、僕の柔道着に顔をうずめて染まった頬を隠そうとしている。
その可愛い仕草と照れくさそうな声を聞いていると、何ていうのかな、僕自身もほわっと頬が熱くなって、
全身の緊張がほぐれて行く。
アスカを好きになってよかった。
強張っていた勝たなきゃいけないっていう圧迫感が消えて、アスカの前でちょっといいとこを見せたいなって、
それだけを思うようになっていた。
それは本当に自然な感情で、まるで河原で石投げをして、アスカより遠くに飛んだのを喜んでるみたいな、
自然な気持ちだったんだ。
さっきまでの震えるような興奮が消えて、自然な動きでアスカの両肩に手を回す事ができた。
そして、ふたりで勝ち取った一回戦の勝利がとても温かい物になって僕らを包んでくれたように感じた。
「アスカ、次の試合も頑張ろう。」
「あったりまえじゃない。ふたりで掛かれば、どんな奴だってチョロイもんよっ!」
そう言ってアスカはちろっと赤い舌を出して笑った。
そんなアスカを見て、不思議な衝動が僕を身震いさせた。
「アスカッ、ちょっとこっちに来てっ。」
「あん、なによ一体。」
「いいからっ。」
僕は、ホールの裏側に回りこんで、そこにあったエレベーターのスイッチを押して、アスカを押し込み、
僕も乗り込んだ。そして最上階のボタンを押した。
圧迫感と共にエレベーターが上り始めた時、僕は。
「なによ一体、むうっ。」
腰に手を当て、偉そうに振り返って何か言いかけたアスカを抱きしめていた。
ごわごわした厚い柔道着越しに彼女の身体を感じることはほとんどできやしない。
だけど、その時の僕には、ほんの3,4秒の抱擁。それで十分だったんだ。
唐突な行為に、ちょっと抗いかけたアスカ。
ふたりの身体の間に挟まった彼女の両手は、一瞬僕を押し戻そうとして、すぐに力が抜けた。
僕は抱きしめていた腕を解き、両手を壁に突いて腕と壁の間にアスカを閉じ込める。
身体を彼女に押し付けるようにしながら、その明るい色の唇に自分の唇を重ねていく。
彼女の手がゆっくりと両脇に落ちて行く。
アスカの見開かれた瞳が、同じように少しずつ閉じられていく。
彼女の息遣いと、身体から香る清潔な汗の匂いが僕を包んだ。ああ、アスカ。
唇を離すとアスカは目蓋を半分開け、・・・シンジ、と呟いた。
エレベーターの壁から手を離して、今度はアスカの両頬を掌でくるむようにして、そっと唇を併せた。
アスカの両方の手が、僕の髪にそっと指を差し入れて、僕を引き寄せた。
柔らかな唇が、僕の唇を押し開けて、優しい舌が初めて微かに触れ合った。それは今までとは違うキス。
身体が熱くなるような、大人への入り口にいるようなキス。
僕らは呟きあった。
「勝とうね、きっと。」
「ふたりで。」
「ふたりで。」
僕らは最上階まで行って、また一階まで、抱きしめあって、キスをしながら戻った。
往復60秒のせわしない抱擁とキス。
たったそれだけなのに僕らの動悸は、まるで試合の開始線に立った様にどんどん激しくなって行った。
扉が開いた途端、アスカは手を頬に当てたまま、外に向かって飛び出して行ってしまった。
誰もが自分たちの試合の準備に忙しくて、女の子が真っ赤な顔で走り出ていったことなんか気づかない。
僕はもう一度唇の感触を反芻してから、両頬をバシバシと叩いた。痛いはずなのに、何も感じなかった。
「よっしゃああっ!」
がぜん気合の入った自分が可笑しかった。 とにかく最後まで頑張るぞっ!
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よっしゃっ!
二人とも勝ったわよ。
しかもシンジったらあのカヲルに勝ったんだからっ。
かなり意識してくれてたのね。
嬉しいけどそんなの取り越し苦労よ。
さあ、これからどんどん強い相手が登場してくるはず。
一緒にがんばるわよ、ねっ、シンジ!
ホントに素晴らしい作品をありがとうございました、こめどころ様。